Switch 15

2

 ヘンリーの家らしいマンションに到着して、透耶は無言で車を降りた。珍しく鬼柳は付いてくる気はないらしく、車から出て来なかった。
「……たくっ、何で怒ってんだ?」
 透耶は呟きながら、ヘンリーのマンションに入った。
 名前で部屋番号を確認して、オートロックだったのでインターホンで呼び出した。
『あれ? 透耶、どうした?』
 ヘンリーは驚いていた。透耶が訪ねるのは初めての事だからだ。
「えっと、ちょっと出掛けてたので、この間のお礼に、クッキー持ってきたんですけど」
『あ、悪いねえ、入って』
 そう言うと、入り口が開いたので透耶はヘンリーの部屋へ向かった。
 部屋の前まで来ると、ヘンリーがドアを開けていて外へ出て出迎えてくれた。
「あれ? 透耶、鬼柳さんは一緒じゃないのか?」
 意外そうに言われて透耶は答えた。
「一緒ですけど、車で待ってます。あ、これお土産です」
 透耶は言ってお菓子を差し出した。
「ありがとう、じゃ入って。那波さーん」
 ヘンリーがそう言ったので、透耶は他に誰かいるのだと解った。
「もしかして、来客中でしたか? 俺、帰りますから」
「ん、いいよ。那波さんは、俺の友人で暇人だからいるだけだし」
 ヘンリーはまったく気にしない様子で透耶に中に入れと、進めてくるので、透耶は少しはだけと中へお邪魔した。
 居間へ通されると、そこは綺麗に片付けられた、まるでモデルルームのような部屋だった。
「そこ座って」
 ヘンリーに勧められて透耶はソファに座った。
 そこへ、隣の部屋から誰かが出てきた。
「あ? ヘンリー呼んだか?」
 透耶がびっくりして振り返ると、そこにはえらく綺麗な男性が立っていた。
 鬼柳とは違う、ヘンリーともエドワードとも違う。日本人臭さがある、整った顔と細さの長髪の男だ。年は30くらいだろうか、しかし三白眼は怖い感じの印象がある。
 その那波は、透耶を見付けて驚いた顔をした。
「お? なんだあ? こりゃ」
 そう言って、透耶の顎を掴んでジロジロと眺める。
「那波さん、触らないで。後が怖いから」
 お茶を持ってきたヘンリーがそう言った。
 透耶は驚いた顔で那波を見ていたが、いつもの様に言った。
「こんばんは。お邪魔してます、榎木津透耶です」
「那波。那波竜二だ」
 那波はニヤリとして自己紹介をした。
「後が怖いって何だ?」
「ん、彼氏が下にいるからだよ。バレたら殺されるねえ」
「へえ、触っても駄目なんだ」
「そりゃ、医者だって立場じゃなきゃ、俺だって触らせてくれないさ」
「なんだそりゃ。俺のものだって? えらい独占欲の固まりだなあ。ちょっと見てこようっと」
 那波はそう言うと、やっと透耶から手を離した。
「ついでだから、コーヒーでも持って行って」
「ラジャー」
 那波はそう答えると、冷蔵庫の中にある缶コーヒーを二本持って出て行った。
「那波さんって何者ですか?」
 透耶はキョトンとしてヘンリーを見る。
 ヘンリーは苦笑して説明をした。
「医者仲間なんだ。なのに俺の上客なわけ」
「へ?」
「那波さん、ホモだよ。攻めも受けもやる人だから、俺の所にも出入りしてて、それで知り合ったんだ。まあ、面 白い奴だからいいけどね」
「ふーん」
 大して興味のない透耶。
 そういう顔をしているのでヘンリーは笑ってしまう。
「それどころじゃないって顔してる。何かあった?」
 ヘンリーがそう聞くと透耶は驚いた顔をした。
「え!?」
 透耶の驚き方にヘンリーは再度笑ってしまう。
「だって、そんな色気あるフェロモン全開でまき散らしてたら、鬼柳さんと何かあったんじゃないかって思うよ」
 そう言われて透耶は少し沈み込んでしまう。
 何だそれは……。
「いえ、あの……それは……」
 何と説明していいのか解らず、それでも透耶は正直に話してしまう。他に誰に相談していいのか解らなかったからだ。
 話しを聞いたヘンリーは。
「カーセックスしようとしてた? それで嫌がったら鬼柳さんが無口になった?」
 呆れてしまう訳である。
「まったく、君達はどうして下らない事で、喧嘩するかなあ……。はあ、鬼柳さんが無口なのは、たぶんだけど、カーセックスを嫌がられたより、自分を嫌だって言われた事だろうねえ」
 ヘンリーは呆れながらも説明してくれる。
「でも、嫌だったんだ」
 透耶がむくれて怒っているから、ヘンリーもこれはちゃんと説明しなきゃいけないだろうと思った。
「うーん、透耶はそういうのは、まだ早いよね。鬼柳さんも急ぎ過ぎ。下手にテクニックあるだろうから、色々試したいんだろうけど、困った人だなあ。素人にそれ求めてもねえ」
 ヘンリーは色々と知っているらしく、透耶が素人である事で話を進めてくれている。
「俺、そういう風にやるのは好きじゃないです。何で普通じゃ駄目なんですか?」
 透耶が純粋にそう聞くと、ヘンリーは考え込んでしまう。
「それは、マンネリじゃ飽きるかもってのがあるんじゃない?」
「恭が飽きるって事ですか?」
 透耶は驚いた顔をした。
「ないわけじゃない。鬼柳さんみたいなタイプだと、やった事ないのってSMくらいじゃないの? それにさ、透耶だって鬼柳さんには興奮して貰いたいだろ?」
「それは、所構わず誘えって事ですか? でも俺、鬼柳さんほどやりたいとは思わないんですけど……」
 そこまで性欲がある訳ではないし、ただ寄り添っているだけでも透耶は良かったのだが、鬼柳はそういう訳でもないから求めにも応じる。
「まあ、誘えって言っても、鬼柳さんには何処でも誘われている気がしてるかもしれないけどね。透耶に負担がかかるのは解るよ。どう考えても受ける方が負担が大きいしねえ」
「負担は解ってます。恭もそれは解ってると思うし。そっか、マンネリじゃ飽きるんだ……」
 透耶はそう呟いて、真剣に考えていた。
「透耶?」
「……」
 透耶はすっかり考え込んでしまった。
 ヘンリーは変な事教えたかなあと思ってしまった。これでは、透耶と話をするより、鬼柳に話をつける方が解りやすい。
 特殊な考え方をする透耶であるから、何がどうなってという話は鬼柳に聞く方が理解しやすいのは確かである。
「えっと、とりあえず鬼柳さんに話してみるけど?」
 ヘンリーがそう言うと、透耶が立ち上がった。
「いえ、いいです。帰ります。失礼しました」
 透耶は言って、さっさと帰ろうと玄関へ向かってしまう。
「え?」
 ヘンリーは呆然としてしまう。
 玄関を出て行く透耶を追い掛けて、ヘンリーは部屋を出た。
「透耶、待って!」
 エレベーターに乗った透耶に追い付いて、一緒にエレベーターに乗った。
「どう納得した訳?」
 荒い息をしながらヘンリーが尋ねた。
「うん、ちょっと考えたいですし」
「えっと、どう考えるのかな?」
 ヘンリーがそう尋ねると、透耶は真剣に言った。
「……マンネリがいけないんですよね。でも俺、そこまで付き合えないし、そうなると他でやって貰うしかないですよねえ」
 透耶の意外な言葉で、ヘンリーは固まってしまう。
「はい? それってソープとか行けって事?」
 透耶はキョトンとして、ヘンリーを見る。
「俺だけじゃ飽きるって事でしょ? やっぱり俺だけじゃ駄目なんだ……」
 本気でそう考えているような口調にヘンリーは脱力してしまう。
 何でそういう考え方になるんだ?という所である。
「あのー、それは違うんだけどー」
 ヘンリーがそう言った時、エレベーターが一階に着いた。
 透耶はヘンリーの話を殆ど違った方向へと解釈してしまっている。
 エレベーターを降りると、マンションの前に出た。
 しかし、そこに止めてあった鬼柳の車がない。
「あれ? どこ行っちゃったんだろう?」
 透耶はもしかして怒って帰ったのだろうと一瞬思ってしまった。
「透耶、鬼柳さんは?」
 ヘンリーにそう聞かれて、透耶は今にも泣きそうな気分を押えながら、なんとか答えた。
「解らないです。電話してみます」
 透耶がそう言って電話をかけると、すぐに出た。
「恭、何処?」
 透耶の問いに答えたのは、鬼柳だったがどうも様子がおかしい。
『おい!返せ!』
「?」
 なんかドタバタしている。鬼柳の声も少し遠かった。
『あ、もう話終わった? ごめんねえ、もう10分待ってくれる? ってー、いいとこ……』
 この声は……。
「あれ? 那波さん?」
 意外な人が電話に出てきたので、透耶は驚いて言った。
「え? 那波さんが出たの?」
 それを聞いたヘンリーが慌てた。
「まさか、あいつ、手を出したんじゃあ? いや、鬼柳さんなら誘いに乗らないはずなのに……どうなってるんだ?」
 ヘンリーは顔色が悪くなる。
 この言葉を聞いて、透耶は全身の血が抜けるような感覚を味わった。
『透耶?』
 電話の声が鬼柳に変わった。
 ……いいとこってそれってやっぱり。
「えっと、邪魔してごめんね。俺、タクシーで帰るから」
 震える声を押さえて、透耶はなんとかそう言った。
『ちょっと待て。え?何でタクシーなんだ』
 鬼柳が慌てて聞き返すが、もう透耶の耳には入ってなかった。
「一人で帰れるから」
『は? どういう意味だ』
「じゃ、おやすみ」
 透耶は言って、電話を切った。ついでに電源も切る。
 手が震えた。声も震えた。
「透耶?」
 透耶の様子が明らかにおかしいので、ヘンリーが顔を覗き込もうとする。
「ヘンリーさん、俺帰ります」
 透耶は言って、ヘンリーを振り切ってさっさと歩き出す。
 ヘンリーは慌てて追い掛ける。
「ちょっと待って透耶」
 それでも透耶は止まらない。
 ヘンリーは透耶の腕を取って、強引に止めた。
「離して下さい!」
 透耶は抵抗して暴れる。
 もうここには居たくなかった。
 泣きそうになって、何処かへ一人で行ってしまいたかった。
「あの、誤解だからさ。鬼柳さんはそんな事しないって!」
「じゃあ! 何でいいところなんて言うんですか!?」
 透耶がありったけの声で叫んだ。
「鬼柳さんが言ったのか?」
 ヘンリーはまさかと思いながら透耶に聞き返した。
「……違う、那波さんが……そう言った。何で恭の電話に出る……んだ……」
 透耶は言いながら、その場に座り込んだ。
 まさか、自分とやれなかったからって、他の人を直ぐさま車に連れ込んでやる人とは思わなかった。
「……うっ……うっ」
 嗚咽が出る。
 涙が流れて、悔しくて仕方がなかった。
「透耶……。那波さんはからかっただけだよ」
 ヘンリーがそう言っても、透耶は聞いてない。

 そこへ鬼柳の車がやってきた。
 すぐに停まり、鬼柳が降りてくる。
「透耶」
 その鬼柳の声に透耶が反応して顔を上げた。
 透耶の顔が向くと、瞳から涙が溢れて頬を伝っている。
 鬼柳は焦った顔をした。まさか、泣いてるとは思っていなかったのだ。
「……透耶」
 鬼柳が透耶に近付いて行くと、透耶は逃げるように身体をずらした。
 これで、透耶が完全に思い違いをしているのを鬼柳は悟った。
 座って透耶の顔を覗き込むと、顔を背けた。
「何か勘違いしてないか?」
 そう言っても透耶は顔を背けている。
「透耶、ちゃんと俺の話を聞け」
 鬼柳が言って、透耶の顔を向けようとすると伸ばした手を振り払われた。
「……たくない」
「え?」
「言い訳なんか聞きたくない!」
 透耶は鬼柳を睨み付けて叫んだ。
「だから、違うって」
 鬼柳がその先を続ける前に、透耶がまた言った。
「俺以外、抱きたければ勝手にやればいい! どうせ俺じゃ満足しやしないんだし、マンネリして飽きてるんだろ!」
 吐き出すように言った言葉に、鬼柳がすっと表情を変えた。

「今、なんて言った」

 物凄く低い、突き刺さるような声で鬼柳が言った。
 透耶は驚いて顔を上げた。
 鬼柳の瞳は、突き刺さるように透耶を見つめている。明らかに怒りがある色だ。表情がない。
 これは前に見た事がある。
 沖縄で怒らせた時と同じ顔だ。
 透耶はそこで余計な事を言ったと悟った。
 見る見る怯えて行く透耶を見て、鬼柳は更に厳しく問い詰める。
「今、なんて言ったって聞いてる」
 今にもキスしそうな距離で、鬼柳が言う。透耶は顔を反らす事が出来ないで、目だけ伏せた。震える口から、謝罪の言葉が出る。
「……あ……ごめんなさい……」
 小さな声でそう言うが、鬼柳は許さない。
「もう一回言えないんだ?」
「だから、ごめんなさい……」
「謝って済むとでも思ってんのか?」
「……」
「黙ってて、やり過ごせるとでも?」
 何を言っても無駄な状況だ。
 見兼ねたヘンリーが、どうしてこうなったか、説明してくれるように、鬼柳に質問した。
「鬼柳さん、那波さん……一緒にいた奴は?」
 ヘンリーが申し訳ないと聞いた。
 鬼柳はヘンリーを見ずに答えた。
 まるで透耶に聞かせるように。
「マンションの前に捨ててきた。何だあいつは。いきなり襲い掛かってきやがった。気持ち悪いから追い出してたら、透耶からの電話に出て余計な事言いまくるしよ。ムカついたから、殴ってやった。あれ位 で済んで良かったな、本当なら殺してやりてぇんだが、今はこっちが先だ」
 とにかく、透耶の一言に激怒している鬼柳。
 ジロリと透耶を睨んで言った。
「覚悟出来てるだろうなあ、透耶」
「……恭、俺……」
 もう、怖くて声もマトモに出ない。
 鬼柳は透耶を覗き込んで微笑む。
「ん? 何だ、言い訳なら聞いてやるぞ」
 優しく言ってくるが、それが優しさではないのは透耶には解る。
「……勘違い、してた。そうだって、思わなくて……」
 だんだんと声が小さくなる透耶。
「へえ、そりゃ言い訳聞かなきゃ、解らねぇだろうがな。だがな、勘違いにしちゃ、えらく俺を馬鹿にした発言だったじゃねぇか?」
「……それは」
 疑ったのは本当だった。
 だからそれ以上透耶には何も言えない。
「後でたっぷり聞かせて貰おう。帰るぞ」
 鬼柳はそう言うと、座り込んでいる透耶を抱え起こした。
 透耶が震えてちゃんと立てないでいると、鬼柳は支えたままで耳にキスをして囁いた。
「別にカーセックスしやしねぇって」
 言って、透耶を助手席に座らせた。
 鬼柳はヘンリーに何か言って、車に乗ってきた。
 透耶は俯いて目を伏せている。
 鬼柳の身体が動くと、透耶がビクッと震える。だが、鬼柳は後部座席に置いてある、透耶に買ってやったぬ いぐるみを取って、それを透耶に渡す。
 透耶が驚いて顔を上げると、目の前にぬいぐるみがある。恐る恐る受け取った。
 怖い……絶対、ただじゃ許してくれない。
 車の中で、透耶は家に辿り着かなければいいのにと思った。

 家に辿り着くまで、鬼柳は口を聞かなかった。
 ただ、途中で一箇所寄り道をしたが、透耶は逃げる事が出来なかった。
 鬼柳が一言。
「逃げたりしたらどうなるか、解るな?」
 そう言ったからである。
 しかし、家に着いて、先に家に入った透耶は、逃げてはいけないと思いながら、出迎えた宝田を見ると、そのまま書斎に駆け込んでしまった。
 中から鍵をかけて、ソファの後ろに隠れてしまう。
 1分もしない内に鬼柳が家に入ってきて、透耶が隠れた事に気が付いた。
「宝田、透耶は?」
 怖いくらいの真剣な声に、宝田は「書斎でございます」と答えた。
 鬼柳は書斎のドアの前にすると、開けようとはせずに一回ドアを足で蹴った。
 ダン!と音がして透耶は身体を震わせた。
 そして声がした。
「10数える間に自分で出てこい」
 命令する声に感情はない。
 透耶はぎゅっと瞳を閉じて、カウントダウンを聴いた。
 しかし、カウントダウンが終わっても透耶は出て来なかった。
「次はないぞ。宝田がどうなってもいいんだな」
 まったく関係ない宝田の事が話になって透耶は目を開いた。
「……宝田さん?」
 何故?
 どうするつもり?
 さっぱり解らず透耶は困惑する。
「出て来なかったら、宝田を殺すぞ。それでいいんだな?」
 殺すと言われて、透耶は立ち上がった。
 またカウントダウンが始まって、透耶は持っていたぬいぐるみを床に落として、ドアへ向かった。
 鍵を開けて、ドアを開くと、ドアの前に鬼柳が立っていた。
 感情のない表情で透耶を見下ろす。
「逃げたらどうなるか、解っていて逃げたんだな?」
 鬼柳の言葉に透耶は首を横に振った。
 震える透耶の耳元で鬼柳は命令を下す。
「……先に二階へ上がって、風呂に入ってろ。部屋から出るな、いいな」
 透耶は力なく頷いた。
 それを見ていた宝田は、いつもと違う二人に不審な顔をしている。
 一体、何があったら鬼柳があれほど静かに怒るのか、そして透耶があれほど黙って怯えているのか。
 鬼柳は透耶に触れないし、透耶も顔を下に向けて鬼柳を見ない。
 鬼柳が透耶の前から居間へ入って行くと、透耶は暫く立ち尽くしていたが、トボトボと二階へと上がって行く。
 それを見送って居間へ入ると、鬼柳は台所にいるようだった。
 覗くと、何かを作っているらしく、冷蔵庫を開けて何かを取り出している。見ている限りでは普段と変わらないのだが、微妙に違うのが解るのは、宝田だからだろう。
 ふっと鬼柳が宝田を振り返った。
「何だ」
「いえ。ただどうなされたのかと……」
 宝田がそう言ったとたん、鬼柳が持っていた果物をシンクへ投げ付けた。
 物凄い音がして、それが鳴りやむまで双方動けなかった。
「ちくしょう……」
 鬼柳が唸るように呟いたが、それ以上は何も言わず黙々と果物を剥いていた。宝田は口を挟む事はしてはいけないと悟り、何も言わずに下がって行った。


 透耶は寝室に入って、溜息を吐いたが、鬼柳に言われた通りに風呂へ入る準備をした。
 タンスの中から、パジャマや下着を出している手が震えている。
 鬼柳が怖い。
 でも、怒らせたのは自分。
 鬼柳を信じてなかった発言。
 何であんな事言ったんだろう……信じられない。
 俺、馬鹿だ。
 透耶は深い溜息を吐いて、風呂へ向かった。
 湯は既に宝田が張ってくれたらしく、追い焚きすればいい暖かさだった。
 身体を洗って、髪も洗って、お湯に浸かっていると、鬼柳が入ってきた。
 何故か手には果物の盛り合わせがある。
 鬼柳は濡れるというのに、バスタブの縁に腰をかけて、果物の中から梨を取り出して一口食べると残りを透耶の口へと持ってくる。
 よく解らず、透耶が見上げると、鬼柳は無表情のままで透耶を見ている。
 梨を見て、鬼柳を見上げる。それを繰り返す。
「口、開けろ」
 鬼柳が命令をしてくる。
 透耶は従って口を開けると、梨を入れられる。
 梨を食べていると、鬼柳が透耶の唇を指で何度も触ってくる。梨を食べ終わっても、それが続けられている。鬼柳は指を透耶の口が開いた所へ押し込む。
「……ん……」
 口の中で妖しく動く指に、透耶の喉から声が漏れる。
 鬼柳の指が口から無くなると、透耶はふっと目を開けて鬼柳を見上げる。鬼柳は透耶のだ液で濡れた自分の指をペロリと舐めている。
 そうやって、鬼柳は透耶を風呂に入れたままで果物を食べさせていく。透耶も少しお腹が空いているから、与えられるままに食べていた。
 ある程度食べた所で透耶がもう入らないと首を振った。
 すると、鬼柳は一気に果物から興味がなくなったらしく、洗面所へ皿ごと投げ入れる。皿が割れ、破片が床にも飛び散る。
 その音で透耶の身体がビクッと震える。
「……何だ、怖いのか?」
 少し笑いが含まれている声で鬼柳が言った。
 とてもじゃないが、今の鬼柳の顔は見れない。
 透耶は黙って下を向いていた。
「初めての時より、怯えてるなぁ」
 鬼柳の手が透耶の顎を掴む。
「出てこい」
 しっかりと透耶の瞳を覗き込んで鬼柳は言うと、そのままバスルームから出て行った。
 透耶は暫く呆然としていたが、意を決して風呂から上がった。
 着替えを取ろうとして服を掴んだ時、さっきの割れた皿の破片を踏んでしまった。
「……つっ!」
 慌てて足を上げて、一歩下がる。
 そうか、鬼柳は土足だったから踏んでも何ともなかったんだ。
 そう思うと、透耶は何故か泣きたくなった。
 透耶が裸足で歩く癖。鬼柳はそれすら忘れている。
 透耶はそのまま壁に背中を付いて、ズルズルと座り込んだ。
 思ったより血が出て、床に血が落ちる。
 それを呆然として見ながら、透耶は壁にかけてあったバスローブが側に落ちているの気が付いて、それを羽織った。血が付くかもしれないが、それでも気にならず足を引き寄せた。
 足の裏を見ると、思ったより切れているかもしれない。血が止まらない。
 一瞬で冷静になって、足を洗わないと、と思い、シャワーで血を洗い流して、破片が入っていないかを確かめていると、あまりに出てくるのが遅いと感じたのか、鬼柳が戻ってきた。
「何やって……」
 怒りを露にしていた鬼柳の顔が一瞬で固まる。破片の側に血の雫がいくつか落ちている。
「破片、踏んだのか?」
 そう言う鬼柳に透耶は顔を上げて頷いた。
「見せてみろ」
 バスタブの縁に座って足を洗っている透耶の前に膝をついて座ると、真剣に傷を見る。
「……深くはないから」
 透耶がそう言うが、血がなかなか止まらない。
「……っ!」
 いきなり鬼柳が傷を舐めてきたので、透耶はピリッとした痛みと奇妙な感覚に身体が強ばる。
 鬼柳は血が止まるまで舐め取るつもりなのか、暫く舐めていた。
 それが終わると、鬼柳は透耶を抱え上げた。
 歩かせるとまた破片を踏んでしまうからだ。
 寝室に戻るとベッドへとゆっくり降ろされる。
「痛いか?」
 鬼柳は言いながらも、膝をついて、また透耶の足を持ち上げて足の裏を見ている。
「……少し疼く感じがするだけ」
「そうか。これなら一日くらいで傷は閉じる」
「そう……」
 それ以上は言葉が出ない。
 繁々と傷を見ていた鬼柳が、ふいに透耶の足の指を舐めた。
「き、恭……!」
 透耶が声を上げて足を引いたが、しっかりと足首を掴まれていて動かす事は出来なかった。
  鬼柳は執拗に指を舐め、まるで忠誠を誓う兵士のごとくキスを落とし、踝から順番に唇と舌を使って、透耶の身体を昇ってくる。
「……ん……はぁ……」
 身体を走る衝撃に透耶の身体が弓反りになり、ベッドへ倒れ込んでしまう。 
 太股まで攻めてきて、バスローブの裾をはだけている所から鬼柳の唇が這い回る。
 だが、反応し始めている透耶の中心には触れず、太股へキスマークを付けている。強く吸われ、さらに痛みがあるくらいに噛み付き歯形を残す。
「いっ……!……あぁ……はぁ……んんっ……」
 透耶の甘い声が漏れるのを聞きながら、鬼柳はふっと透耶の身体から離れた。
 いきなり攻撃が止んで、透耶は薄らと目を開いた。
 鬼柳が立ち上がって、ベッドに足を架けると透耶の腰に手を回して持ち上げて、ベッドの中心へと運んだ。
 透耶の上にのしかかる様にして、鬼柳が透耶の顔を覗き込んでいる。
「……き」
 鬼柳の名前を呼ぼうとしたのだが、それを遮られるように鬼柳が言葉を発した。
「マンネリになって、俺が透耶に飽きただと?」
 その言葉で透耶はヒュッと息を呑んだ。
 射るように睨み付けられ、透耶は身体を小さくした。
「それは……」
「それは、何だ」
「俺の……勘違いで……」
「勘違いで、その言葉が出るって事はないだろう。何を考えてた」
「何をって……」
「他を抱けだと? 一体どういう思考回路でそこへ行き着くんだ。ヘンリーに何か言われたのか?」
「い、言われてない!」
 透耶は慌てて言った。 
「じゃあ、一人で考えたって事か? いつ俺が、マンネリで飽きてるなどと考えたんだ」
 答えを言わないと許さないというのが、鬼柳の瞳から伝わってくる。
「……車で……しようとした……から」
「カーセックスか? ああ、あれがどうした」
「……普通に、するのが、飽きたんじゃないかって。それで、でも、俺は、嫌で」
「したかったからしようとしただけだ。それに解ったって言わなかったか?」
「でも、怒ってたから、やれれば、誰でもいいんじゃないかって……」
「つまり、透耶を抱けない時は他で済ませろって事か。だったら何で泣いたんだ。他に抱いてもいいんだろ? それじゃ矛盾してる」
「……考えたけど! 嫌だったんだ……。那波さんの声が、電話から聴こえた時に。凄く、嫌だったんだ。頭で考えるより、感情で、それが認められなかった」
 透耶は言って、泣こうとする自分を懸命に押さえていた。
「……天然もここまでくると、腹ただしいな」
 透耶の言葉を聞いて、鬼柳はそう呟いた。
「え?」
「今まで俺に対しての独占欲はなかったのか。俺がこれだけ思ってるのも解ってないのか。最初に言った事も忘れてるわけだ。絶対一生離さない、そう言ったんだけどな」
 鬼柳は言って、透耶のバスローブを剥いで身体を露にさせ、スッと掌で身体を撫でていく。
 透耶の身体がピクッと反応するのを楽しむように、撫で回して、鎖骨にキスをした。
 強く吸って印を残し、首筋に吸い付く。
「……ん」
 顎が跳ね上がった所で舌で舐めながら顎まで舐め上げて言った。
「これに飽きろって? 無茶苦茶だ。全然解ってねぇな。どれだけ俺が透耶に溺れているか、思い知らせてやる。今日は、朝までやるぞ、覚悟しろ」
 鬼柳はそう言うと、透耶の反論しようとする声を遮ってキスをした。開いた口へ舌を侵入させ、透耶の舌を刺激する。苦しくなって離れようと顔を背けようとする透耶を逃さないように、透耶の後頭部へ手を入れて更に深く口づけをする。
 向きを変えて何度も繰り返していると、どちらのともいえないだ液が透耶の口から溢れて流れ出る。
「……はぁ……んん」
 向きを変える間に透耶の甘い声が漏れる。
 優しいキスではない、食いつくすようにキスを繰り返す鬼柳に、透耶はどんどん追い詰められる。
「……ん……あ……はぁ」
 キスが止むと、透耶はもう朦朧としてしまっている。
 涙が流れて、瞳で鬼柳の姿が見えない。
「はぁ、はぁ……」
 苦しそうに荒い息を繰り返す透耶を見ながら、鬼柳は透耶の頬を撫で、額にかかる髪を梳いて上げると額からキスを落としていく。
 涙を吸い取って、耳を舐めて甘く噛む。
「んっ……」
「これくらいで音を上げてどうするんだ?」
 耳に囁くと、透耶の手が鬼柳を押し返そうとする。
 明らかに怯えている反応だった。
 抵抗する手をベッドへ押し付けて抵抗を封じる。
 やり方がいつもより違う。
 透耶はそう感じて、鬼柳がしてくるのを嫌がった。
「……い、や……」
「いやじゃないだろ」
 そう言った鬼柳の唇が胸の突起に吸い付く。
「やぁ……あ……」
 執拗に攻めると、肌に汗がほんのりと浮かんでくる。拘束した手を離して、空いた方の突起を指で捏ね解す。
「んん……!」
 漏れる声を呑み込んで、透耶は与えられる快感に耐える。いつも以上に怖さを感じ、身体が震える。
 鬼柳がいつも優しいのは、自分がちゃんと答えているからなのだろう。
 透耶を見下ろす瞳には、まったく興奮のない色しか見えない。
 自分が招いた事とはいえ、それを甘んじて受けられない。
 違うのに。そう思うと涙が出る。
 でも、鬼柳が自分に優しくするほど、自分は鬼柳に優しくしているのかと考えると、言葉が出ない。
 甘やかされて、天狗になってないか?
 この人が絶対自分を裏切らないからと、自惚れてないか?
 だから、あんな人を馬鹿にした言葉が出たのではないか?
 自分はどうだ? 鬼柳に飽きたからと言って、他の人に抱かれたり、抱いたりするのか?
 鬼柳が、自分を他の誰かに抱かれてこいと言ったら、その通りにするのか? 
 そう、考えた瞬間、透耶は息が止まりそうだった。
 深く息を吸って、口を両手で塞いで、透耶の身体が強ばった。
「……透耶。そんなに嫌なのか?」
 声を殺すように口を押さえ、身体を強ばらせて静かに泣いている透耶を見て、鬼柳が手を止めた。
「なあ、俺に触れられるのはそんなに嫌な事なのか?」
 溜息のような感じで言われ、透耶は鬼柳が勘違いをしてしまうと慌てて答えた。
「……違っ!」
 透耶は目を見開いた。
 そういう事じゃない!
「じゃあ、何で震えるんだ? 言わなきゃ解らない」
 鬼柳は本当に言われなければ解らないと繰り返した。
「怖い、んだ……」
「俺が怖いのか?」
「違う……怖いけど、違う」
 支離滅裂な言い方に、鬼柳は透耶の顔を覗き込んだ。
 その顔は、いつもの鬼柳の顔で、鋭い視線だが、人の話を聞こうとする時の真剣さがあるものだった。
「何が怖い?」
 鬼柳に優しく聞かれて、透耶はしゃくり上げながら答えた。
「恭が、俺に、飽きて……他に、抱かれろとか、そう、言うの、言われたら……」
 透耶の言いたい事は、透耶が鬼柳に言った事をそのまま返されたらという意味だ。
 鬼柳はそれを聞いて、苦笑してしまう。
 透耶は、自分に捨てられる事を何より恐れている。
 それだけで泣く程に。
 本当に透耶は解ってない。
「んじゃ、そう言ったらどうするつもりだったんだ」
 鬼柳が意地悪をしてそう聞くと、透耶が一層泣いてしまう。
 あーこりゃ駄目だ。冗談でも言えない。
「ごめん、冗談だから。もう泣くなって」
 透耶を抱き起こしてやると、すぐに鬼柳の胸にしがみついてくる。
 透耶はこれで、自分がどれ程酷い言葉を鬼柳に言ったのかを十分に理解した。
 自分がこれほど嫌な事だから、鬼柳も同じくらいに嫌な思いをしたはずだ。
 そう思うと、激しく後悔してしまう。
 鬼柳が透耶を抱き締めて背中を摩ると、透耶は十分位で落ち着いてきた。
 こうなると、泣いた事や言った事を反芻してしまうのか、透耶は恥ずかしそうにして顔を上げてくれなくなる。
「……何も照れなくてもいいんじゃないか?」
 鬼柳が言って顔を上げようとするが、透耶はしがみついて抵抗する。
「そうか、抵抗するか。よし」
 鬼柳はいきなり思い付いて、しがみついている透耶をくっつけたままで、透耶を下敷きにしてベッドへ押し付けた。
「わあ? わああ!」
 下敷きになった透耶は、鬼柳の全体重でのしかかられて、当然身動きは出来ない。
「退け~! 重い! 苦し~!!」
「やだね」
「ちくしょー! 馬鹿!阿呆!変態!」
 ありったけに透耶が叫ぶと鬼柳はパタリとそれを止めてニヤリとした。
「変態ときたか。そうか、解った。御期待にお答えして、変態な事する」
 鬼柳は言って、透耶の上から退いた。
「……はい?」
 何だろうと透耶が見ていると、何か紙袋を持って戻ってきた。
「何?」
「さっき貰ってきたんだが、使わないだろうとは思ったけどな」
 鬼柳が言って袋をひっくり返して中の物を出した。
 ボトボトとベッドへ物が落ちてきた。
 瞬間、透耶の顔がヒク付く。
「…………待て、これは……」
「ん? こっちが欲しくて寄ったんだけど、新作だとかで試作品で貰った。いらねぇって言ったけど、使えそうだな。な、透耶」

 鬼柳がにっこり笑って言う。透耶は固まる。
 こっち→ローション。
 試作品→ディルド。
 …………。
「嫌だー! 絶対嫌だー!」
 透耶は真剣に逃げようとするが、もう既に鬼柳に押さえ付けられている。
「入るって。俺のとそう変わらないから」
「そういう問題じゃない!」
 透耶が叫んでいるが、腰を押さえ付けられると、逃げ出す事が出来ない。
 鬼柳は器用に片手で透耶を押さえ付けて、片手でローションの蓋を開けている。
「やだっつってんだろ!」
「んー?」
 聞いてないし……。
「冷っ! 何やって……ん」
 鬼柳はローションを手に取るでなく、そのまま透耶の尻に垂れ流していた。
 ピシャと音がして、鬼柳の手が忍び込んでくる。
「ん……やぁ……」
 一本の指が孔に侵入してきて、踏ん張っていた透耶の腕の力が崩れて、腰だけが上がっている状態になる。
 左手で透耶の中を犯しながら、右手で透耶自信を掴み扱く。
「……あ!……ん……」
 滑らかに動く鬼柳の指に翻弄されていく透耶。
 指が二本、三本と増やされていくと、透耶は完全に鬼柳の思い通りに妖しく揺らめく。
「ん、あ! や、だぁ……んん」
「ああ、ここだったよな」
 透耶の身体が反り返るのを見て、鬼柳がそこを攻める。
「あっ! ん、あ!」
 透耶は懸命にシーツを握り締め、快感に堪える。
 これだけ攻めても中々達しない透耶を不審に思う鬼柳。
「んんっ……」
 孔に挿れた手の動きを止める。
 何で達かないんだ?
「はぁ、はぁ、はぁ……はぁ」
 透耶自身を扱いていた手を外して、背中を撫でる。
「達っていいのに……何で?」
 意地でも堪えるという態度の透耶を不思議そうに見る。
 透耶は全身の力が抜けたように横に倒れる。
 ゆっくりと目蓋が動いて、瞳が鬼柳を捕らえる。
「……服」
「え?」
「……着たまま、ズルイ」
 そう言われて、鬼柳は思わず笑ってしまう。
 何だ、俺が服を着たままでやろうとしているから、気に入らなくて堪えてた訳か?
 ……無茶苦茶可愛過ぎなんだけど。
 孔に入れていた指を抜いて、希望通りに服を脱ぐ。
 それをジッと見ている透耶。
 何で、服脱ぐのにそんなに嬉しそうな訳?
 さっぱり意味の解らない透耶。
「透耶も、それ脱ごう」
 自分の分が終わったので、透耶が殆ど肩で引っ掛けているだけになっているバスローブを脱がす。
 脱がし終わると、背中にキスを落とす。
 白い背中に自分の所有印を刻み込んでいく。
 前に残したのは殆ど消えている。身体の色が白いから、残せば一発で何だか解る程で、それが余計に興奮させる。
 肩や首筋に噛み付いて、歯形も残す。
 これは全部自分の物だと示す為だ。
「……ん、はぁ……んん」
 シーツで泳ぐ透耶の身体が艶かしく誘っているように見える。
 これに飽きろって、その後一体、何を抱けばいいんだ?
 今まで色んな人を抱いたが、これほどのは抱いた覚えはない。どんなに美貌や身体に自信がある女だって、こんな吸い付くような肌なのはいなかった。
 一度抱いたら終わりだ。
 これ以外はいらなくなる。
 他なんかに魅力など感じなくなる。
 いくら抱いても抱き足りない。限界まで抱いてもまだだと思う。もっと欲しい。もっと。
「はぁ……んっ!」
 透耶自身をしつこく攻めていると、やっと透耶が達した。
 鬼柳は指についた液を舐めながら、ふむと考え込んだ。
「あ、そっか、舐めなかったからだ」
 鬼柳の呟きに、透耶が不思議な顔をして見上げる。
「ん、何?」
「いや、何でもない」
 いつもと違うやり方だった為、透耶が慣れてなかった上に、透耶自身を舐めてやらなかったので、達しなかったのだと解った。
 さてと、希望通りに変態な事。
 力が抜けている透耶の腰を抱え上げて腰だけ立たせると、ディルドを持つ。
「♪」
 何をされるのか解ってない透耶に、ローションで慣した孔へとディルドを忍び込ませる。
「えっ、何!?」
 冷たい感触に、透耶が驚いて顔を上げる。
「ん、大丈夫」
「や! それ、いやっ!」
 違う感触に、透耶が嫌がって暴れるが、鬼柳は中へと沈めていく。
「あ! あぁっ!」
 全て入ってしまうと、透耶の身体が弓反りになる。
「すごい、透耶、全部入ったぞ」
「いやっ! 動かさないで!」
 異物の挿入に、透耶は不快感を覚えた。
 気持ち悪い!
 身体に鳥肌が立つ。
 透耶の言葉など聞いてない鬼柳が、ディルドを動かす。
「あっ! んんっ!」
 ローションのお陰でスムーズに動くのだが、透耶はやはり快感は感じなかった。あるのは圧迫感だけ。
「いや……! 恭っ! 嫌だっ!」
 中を圧迫する感じに透耶は声を上げるが、本気で嫌がっている様子に鬼柳は動かす手を止めた。
 透耶の身体中に鳥肌が立っているのは、鬼柳にも解っていた。
「嫌?」
 気持ちいいはずだという確信はあるのに、透耶は本気で嫌がっている。
 自分とする時はそんな事になったのは一度もなかったので、鬼柳は驚いていた。
「……気持ち悪い」
 意外な言葉に鬼柳は驚く。
「感じない?」
「……全然」
 透耶が睨み付けるので、鬼柳はすぐにそれを抜いた。
 透耶はそれが抜けるとホッとしたように力を抜いたが、すぐに身体を起こして鬼柳が握っているディルドを取り上げた。
「こんなもん、最悪」
 ポイッとベッドの下へ投げた。
 それから鬼柳を見て言った。
「あんなの使いたかったの?」
 そう言って怒っている透耶に、鬼柳は微笑んでしまう。
 透耶の手首を掴んでそのまま押し倒す。
 驚いている透耶の顔中にキスをして、最後に唇にする。
「な、に?」
「そんな事言われたら、喜ばない奴はいないって」
 鬼柳は嬉しくて仕方がないという笑顔だ。
 何だか、物凄い笑顔なんだけど?
「は?」
「俺のじゃなきゃ、駄目だなんて、最高だ」
 そう言われて、透耶は顔を真っ赤にして背ける。
 あれはそういう意味ではなかったが、要約すれば、そういう事になるからだ。
 恥ずかしそうに顔を背ける透耶の耳にキスをして、鬼柳は身体を動かす。
 透耶の足を持ち上げて、腰を高くすると、もう高ぶっている自分自身を挿入する。
「あ……んっ!」
 中へと入ってくる感覚に、背中がゾクリとする。
 さっきの気持ち悪さなど、まったく感じない。それどころかすぐに身体が熱くなる。
「……くっ! はぁ……やっぱ、いいや」
 全てを収めると、鬼柳は息を吐いて、透耶の首筋にキスをする。
「……動くよ」
 鬼柳は言ってから、腰を動かし始める。
 中を出入りする熱いモノに透耶は翻弄される。
「ん……はぁ、あ……あっ……あっ!」
 突き上げられると、感じる場所に当たるので、声が漏れる。
「……ん、キョウ……キョウ……」
 透耶が一生懸命呼ぶので視線を上げると、腕を伸ばしてしがみつこうとしている。腕を取って首に回してやると、透耶が強く抱きついてくる。
 耳元で甘い息を吐いて、声を上げる。
 透耶の限界は意外に早かった。
 それにつられて、透耶が放った瞬間に締まる内部に鬼柳は射精を速められた。
「くっ……はあ、つられた……」
 鬼柳は言って、ぐったりとする透耶にキスをする。
 奇妙な緊張感やら恐怖感に、最後に快楽を与えられた透耶は、久しぶりに意識を手放していた。
 これでは、朝までやるという目的は果たせない。
 仕方がない。溜息を吐いて少し余韻を楽しんでから、透耶の中から自身を引き抜いて、鬼柳は身体を起こす。
「あ、そうだ。今、風呂使えねえんだった……」
 皿の破片に透耶の血の痕。
 頭を掻いて、仕方がないと、内線で宝田に鬼柳の仕事部屋にあるジャグジーを支度するように頼む。
 透耶にバスローブを着せて、自分も持ってくる。パジャマやら着替えを用意した。
 宝田が呼びに来るまでに、バスルームの破片の後片付けをする。しかし、大きな破片は拾えるが小さいのは拾い切れない。
 さて、このまま流してしまっていいものか? そう考えていると、宝田が呼びにやってきた。
 バスルームに居た鬼柳が気が付かずにいると、そこまで宝田がやってきて言った。
「ジャグジーの方、御用意出来ましたが。如何なされました?」
 しゃがみ込んで考えている鬼柳に聞くと。
「いや、皿を割ったんだが、大きいのは拾ったが、小さいのは流しても構わないかと思って」
 そんな事を真剣な顔で言われて、宝田は、鬼柳の機嫌が治っているのが解った。苦笑して、「後はお任せ下さい」と言うと鬼柳はそうかと言ってバスルームを出た。
「着替えをそこへ置いてあるから、持ってきてくれ」
「はい」
 透耶を抱えて部屋を出ようとしている主人にドアを開けて通し、着替えを持って後を追う。
 地下まで降りて、ジャグジーまで入ると、宝田は着替え一式とバスタオルを並べる。
 一旦ジャグジーに入った鬼柳から声がかかる。
「悪いが、救急箱も頼む」
 そう鬼柳が言った瞬間、ほんの一瞬だけ宝田の顔色が変わる。しかし、すぐにいつもの柔らかい表情に戻る。
「何処かお怪我でもなされましたか?」
「ああ、透耶が皿の破片で足の裏切ってな」
 しくじったなあと呟く鬼柳。
「私が手当て致しましょうか?」
 ホッとしたように宝田が申し出ると、鬼柳は迷わず頷いた。
「頼む」
「畏まりました。御用意致します」
 宝田が下がっていくと、鬼柳は透耶を風呂に入れた。

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