Switch 14

2

 ヘンリーがドアのノックして部屋に入ると、鬼柳はベッドの側の椅子に座って、透耶の点滴していない方の手を握って撫でている。
「何で、いつも透耶なんだ? こうやっているのを見るのは二度目だ。本当は病院に運んだ方がいいんだろ?」
 鬼柳がそんな事を言い出したので、ヘンリーは溜息を吐いて点滴の様子を見た。
「成島さんが喋ったのか」
「ああ」
「口止めしとくの忘れてた。まあ、透耶が何を飲まされたのか解れば俺でも対処出来ると思ったから。大丈夫、死んでしまうような物じゃない、ただ薬の効力で数日辛いだろうから、入院させた方がいいだろうという事なんだ」
「辛いのか?」
 鬼柳が不安そうな顔をしてヘンリーを見る。
「頭痛とか吐き気が酷いと思う。メイドがやってた薬は、透耶に合ってなくて、すでに拒否反応で、嘔吐してるくらいだから、薬が抜けるまで点滴するしかない。目が覚めても丸一日やった方がいいから、通 ってくるよ」
 ヘンリーが言って、点滴の様子を確認し、更に何かをカルテに書き込んでいる。
「結局、何だったんだ?」
 あのメイドが何をしようとして、こんな事をしたのか。そんな事には興味はなかったが、透耶を苦しめるのは誰であろうと許せない。
「セックスさせたくなかったんだ」
 ヘンリーの答えに鬼柳はキョトンとした。
「はああ?」
 本当になんなんだその理由は……。
「透耶が夜早くに寝てしまえば、どうやったって鬼柳さんとはセックスしないだろう?」
 メイドはそう言った。
 鬼柳が透耶に触れるのは許さない。
 それどころか、鬼柳には誰も愛さないで欲しい。
 あの方を誘惑するのは、悪魔だ。初めて見た時に鬼柳に惚れ、透耶を見た時には、鬼柳に優しくされているのを見ると煮えくり返る思いだった。しかもその透耶は鬼柳に抱かれている。なら、抱けないようにすればいい。
 その結論が、透耶を眠らせる事だったのだ。
「解らん。何で昼間まで眠らせるんだ?」
「家の中で、キスでもしてたんじゃないかあ?」
「あああ? そりゃするだろう。それが眠らせた理由なのか?」
 鬼柳は信じられないと、口をあんぐりと開ける。
「そう、セックスさせない、キスもさせない。そうすれば鬼柳さんが透耶に飽きるかもとか期待した。 目の前には年頃の女がいるわけだしな。あわよくば、身替わりでもいいんですーとか思ってたかもしれない」
 ヘンリーの言葉に鬼柳は正気か?と言った。
「無茶苦茶下らないぞ」
 下らない。そんな果てしもない野望を持った女の考えなど、鬱陶しいを通 り越して、馬鹿以外何もない。そんなものの為に透耶は薬漬けにされたのか?
 ヘンリーもこれを聞いた時は、呆れてモノが言えなかった。
 自分の好みの男が目の前に現れたから、それについてきた恋人を悪魔と称して、排除しようとする。しかも自分から告白するわけでもない。鬼柳の方が自分を好きになるかもしれないと期待して待っているだけなのだ。
「俺もそう思う」
 だからヘンリーは頭を抱えてしまったのだ。
「大体、セックスなんて、やろうと思えば、相手が寝てても出来るぞ」
 女の考えより、やっぱりそっちを考える鬼柳には、女の考えなんて一生届かない。
「言うと思った。でもやらなかったんだろ?」
「やったって楽しくない。透耶の反応がなきゃな」
「まあねえ……」
 鬼柳にここまで思わせる程、透耶は鬼柳を全部手に入れている。そして、沖縄で何があったかは想像はつくが、透耶も鬼柳を受け入れている。それでは、いくらいい女でも誰も叶わない。
 鬼柳が何より大事なのは、この世には透耶しかいないのだから。

 
 夜になって、一本目の点滴が終わると、宝田が二本目の点滴をセットする。
 さすがに執事だけあり、こういう事さえ慣れている様子で扱っていく。
 鬼柳はベッドに一緒に入って、透耶に腕枕をしている。
 一緒に眠っているかと思ったが、目は開いている。
 その瞳がずっと宝田の行動を追っている。まるで信用をしていないように、何をしているのかを確認しているようでもあった。
  それが終わると、宝田は鬼柳と視線が合った。鬼柳は何もいいはしないが、明らかに批難の色が見られる。
「恭一様、本当に申し訳ありませんでした。透耶様が目覚められる時にお暇させていただきます」
 宝田は頭を下げて謝る。これで許してはくれないだろうとは思っているが、それでも謝って、何か言葉を貰わなくてはならない。
「……いや、謝られても困る」
 ボソリと鬼柳が呟いた。
 驚いた宝田が頭を上げた。
「恭一様?」
 何故そんな事を言うのか、それが不思議だったのだ。
「……透耶がお前を気に入ってる。それなのに出て行かれると、この事を話さないといけなくなる。これは透耶に話したくないから、メイドは家庭の事情で辞めたという事にする。メイドの事くらいなら透耶を騙せるだろうからな。でもお前の事は多分無理だ。だから辞められると困る」
 鬼柳は面倒臭そうに言って、目を瞑った。
 宝田には信じられない言葉だった。
 鬼柳は失敗した人間を許しはしない。特に透耶が絡むとそれは一層酷くなる。それなのに今回は許そうとしている。
「本当にそれで宜しいのですか?」
 宝田は再度尋ねる。
「透耶に良くしてくれたらそれでいい」
 それが本心。
 透耶にとって良い事であるなら、鬼柳は全て許すつもりだった。
 透耶は宝田を気に入っていて、信用もしている。それは態度を見ればよく解る事で、宝田も透耶に好かれている事を嬉しく思っている。
 もし、ここで宝田を切ったとして、透耶が納得するとは思えない。勝手に宝田が出ていくはずもないと言い出して、何かあったんだろうと騒ぎ出すと、この事を全部話さないといけなくなる。
 それだけはしたくないから、宝田を許すしかない。
「点滴が切れる頃に起こしてくれ」
 鬼柳はそう言うと、それ以上喋らなかった。
 本当に寝る訳ではないが、それが出て行けという合図。
「ありがとうございます」
 宝田は短く礼を言って部屋を出て行った。
 部屋を出ても、入り口で宝田はもう一度頭を下げた。
 失敗を許されたわけではない。
 失敗は許さないが、ここに残る事を許された。
 自分が許されるのは、透耶の為である。
 これは、透耶に向かっての謝罪の叩頭だった。


 透耶が目を覚ましたのは、翌々日の朝早く。
 まだ頭がはっきりと覚めないが、目が開いた。
 二三回瞬きすると、横で誰かが動く気配があった。
「透耶? 起きたか」
 鬼柳の声がして、透耶は完全に目が覚めた。
 頭を動かすと、隣に鬼柳がいた。
「恭? あれ? 俺また寝てた?」
 枯れた声が出た。
 透耶が覚えているのは、書斎で仕事をしていた所までで、自分で歩いてリビングに行った事までは覚えてなかった。
「うん、寝てた。過労だって」
 鬼柳が言って起き上がると、透耶の顔を覗き込んで額にキスをする。
「過労?」
 なんの事だがさっぱりの透耶は、キョトンとする。
「ほら、疲れたように寝てただろ? だからヘンリーに相談したんだ。そしたら過労だって、それで身体が反応して眠ろうとしてたって」
 鬼柳はそう言いながら、透耶の顔を覗き込んで繁々と見ている。
 そういう説明をされて、透耶は納得してしまった。
 医者であるヘンリーがそう言っているのだから自分が気が付かない間に、身体に変調があったのだと。
「何だ、そうだったんだ」
 透耶はホッと息を吐いた。
 ……だから吐いてたんだ。
 よく解らないが、何故吐くんだろうと思っていた。気分が悪いのは、風邪を引いた時に似ていたので、風邪なのだろうか?とは思ったが、ご飯は食べられるし、眠いだけというのも変だと思ってはいたのだ。
「御免」
 鬼柳が謝ってくる。
「何で謝るの?」
「ん、気が付かなかったから。それに嘔吐までしてたんだろ?」
 鬼柳にそう言われて、透耶は吐いてた事はすっかりバレていたんだと解った。
 相談しなかったのを悪いと、この時初めて後悔した。
「何で嘔吐してるのかも、過労だって事も俺だって解らなかったから。ほら、そんな顔しないで」
 本当に申し訳ないという顔をしているから、透耶は微笑んで頬を撫でてやる。
 こういうの前に見たような気がする……。
 透耶はふと思い出した。
 そう、入院した時も鬼柳はこうやって自分を責めた。自分のせいではないのに、御免と謝ってくる。
 しょうがないなあ……。
 首に手を回して引き寄せてやると、鬼柳はそのまま倒れてくる。ちょうど肩の辺りに頭を埋めると動かなくなった。
「?」
 何だ?
 そう思っていると、穏やかな吐息が聴こえる。
 どうやら眠ったらしい。
 ずっと起きて様子を見ていたのだろう。
 そう考えると、透耶は鬼柳が可愛くて仕方なくなる。本当に一喜一憂する人だ。
 透耶が腕枕をする形になって、反対側は予想通りに点滴で身動きが取れなくなる。
 ……うーん、見事に動けないや。
 どうしよう……。
 そこへ、宝田がノックをして入って来た。
 宝田は、透耶が目覚めているのを見るとホッと息を吐いている。
 この人にも心配かけたんだ……。
「すみません」
 透耶がそう謝ると、宝田が慌てて頭を下げてくる。
「私の方こそ申し訳ありません。体調にお気付きになりませんでした」
「いえ、俺も自己管理が出来てなかったんです」
 透耶がそう言っても、宝田はもう一度謝ってくる。
 もう何で鬼柳家の人は、悪くもないのにこうも謝ってくるんだろう?
 透耶が不思議に思っていると、宝田が点滴を取り替えてくれている。
「どれくらい、点滴してなきゃいけませんか?」
「ヘンリー様が、いらっしゃいますので、それまでは続けるように仰せつかっております」
「……そっか」
 透耶は深く息を吐いて尋ねる。
「もしかして、宝田さん、眠ってないんじゃないですか?」
「いえ、私はちゃんと眠らせて頂いております。恭一様は眠られてはいなかったようですね」
 透耶の隣で肩へ顔を埋めるようにして眠っている鬼柳を見ると、宝田の顔が綻んでしまう。
 どんなに深く眠っていても、人の気配で目を覚ます習慣がある鬼柳が、宝田がいるというのに目を覚まさないのは、珍しい事だ。
 それだけ、透耶の側は安心するという事だ。
 そう思うと、どれだけ鬼柳が透耶を思っているのかがよく解る。やっと、一緒にいて安堵出来て眠れる場所を見付けたのだ。
「そうか、それでいきなり寝ちゃったんだ。悪かったな」
 横を向くと、鬼柳の眠っている顔が見える。
 寝顔が普段の鋭い目つきがないから、余計に綺麗な顔。思わず頭を撫でてしまう。
「俺、どれくらい寝てました?」
 透耶がそう聞くと、宝田は困った顔をしながらも答えた。
「二日ほど」
「……そうですか」
 ……俺、寝過ぎかも。じゃあ、恭はその間ずっと起きてた事になるわけ?
 んー、それじゃいきなり寝てしまうのは当たり前だ。
「御気分の方は、宜しいですか?」
 下がろうとしている宝田が尋ねる。
 透耶には嘔吐の問題が残っている。
「う……ん、ちょっと、ヤバイかも……」
 つまり微妙に吐きそうな感じが渦巻いている。
 起き上がったら一発で終わりって感じ?
 透耶がそう正直に話したとたん、鬼柳がガバッと起き上がった。
「吐く?」
 真剣に言われて、透耶は頷いてしまう。
 寝てたんじゃあ……。
「宝田」
「はい」
 はっきり言わなくても、ツーカーな二人。宝田がすぐにバスルームなどがある部屋のドアを開けて、戻ってくると点滴を持つ。それで鬼柳が透耶の身体を抱え上げてトイレに運ぶ。
 運ばれる浮遊感で透耶の吐き気は一気に本物になる。
 ぐっと吐くのを我慢していると、トイレの前で降ろされた。
「もういいぞ、吐け」
 そう言われて、透耶は我慢していたのを解放した。
 とはいえ、吐く物は殆どない。
「……ゲホッ、ゲホッ……」
 吐き終わると、ヒューヒューと苦しそうに息をする透耶に、鬼柳が水を持ってくる。
「口を濯げ、気持ち悪いだろ」
 言われた通りにすると、透耶はグッタリとしてしまう。
 身体を起こすと余計に目眩がする。
 透耶は、鬼柳の服にしがみついて深呼吸を繰り返す。
 あまりに苦しそうにするから、鬼柳も更に心配になる。
 まさか、毎朝こうなっていたんじゃないか、そういう事にさえ気が付かなかったのか。
 それが悔しくて仕方がなかったし、こういう事をした、メイドをやはり殺しておくべきだったか、と鬼柳は真剣に考えてしまった。
 ベッドに横たえると、透耶は深く息を吐いて気分を静める。
「大丈夫か?」
「ん……さっきよりいい……」
 鬼柳が透耶の髪を梳くって撫でるので、透耶の気分が落ち着いてくる。
 気分がいい。
「……それ、気持ちいい」
 うっとりとしてしまう透耶。
 撫でられる事が気持ちいい。そう言われて鬼柳は笑ってしまう。そんなことはとっくに知っている。
「じゃ、寝るまでやってようか?」
「ん……」
 そのまま撫でていると、透耶は眠ってしまう。
 宝田はそれを見ながら、部屋を出て行った。

 透耶が次に目を覚ますと、ヘンリーがいた。
 点滴を外しながら、透耶が目覚めた事にヘンリーが気が付いた。
「どう?」
「……朝よりいいです」
 いつの朝なのかは解らないが。
 透耶がそういう顔をしていたのだろう、ヘンリーが笑って言った。
「透耶が一回目を覚ましてまた寝てから、丸一日経ってるよ」
 この言葉を聞いて透耶は、嘘~と言いたくなった。
「吐き気はない?」
「今は……ないです」
「頭痛は?」
「……しません。頭が少しぼーっとしてる感じ……」
「そっか。少しの間、体調は悪いかもしれないが、無理はしないように」
「はい。ありがとうございます」
 透耶はヘンリーに礼を言う。
 ヘンリーは、熱を計ったり脈を取ったり、色々やっていたが異常はないようだ。
「鬼柳さん、入って来ていいよ」
 ヘンリーがそう言うと、鬼柳がいそいそと部屋に入ってくる。何で部屋出てたんだろうと、思っているとヘンリーが笑って説明してくれる。
「くっついて離れないから、診察出来なかったんだよ」
 なるほど……。
 納得出来たのは、鬼柳がベッドに上がり込んで来て、顔中にキスされて頭を撫でられているからだ。
 そうされている透耶は、少し妙な気分になってきた。
 んー、これは、ヤバイかなあ。
「恭、ちょっと離れて……。ヘンリーさん」
 鬼柳を押し退けて、身体を起こすとヘンリーに耳打ちをした。
 ヘンリーは驚いた顔をしたが、少し考えて言った。
「透耶がそれでいいなら、いいんだけど」
「無理かなあ?」
「今週はやめておいた方がいい、と、これは医者の意見だけどね」
「ん……じゃあ、我慢する」 
 透耶はそう言って引き下がった。
 それを見ていた鬼柳が擦り寄ってくる。
「何の相談なんだ?」
 とにかく透耶に関する事での秘密は絶対に許さないという態度である。透耶は少し困った顔をしてヘンリーを見る。
 ヘンリーは笑って言った。
「鬼柳さん、セックスはまだ禁止だからね。透耶がいいと言っても駄目だよ。今週いっぱいは認めない」
 ヘンリーの言葉に透耶は顔を真っ赤にする。
 ストレートに言わないで欲しい……。
 鬼柳はそれを言われて固まった。
 透耶もまさか自分でそんな事を相談するとは思わなかった。
 顔を見ていたら、したくなっただなんて。
「それは……透耶が、したかったって事か?」
 信じられないという風に鬼柳が尋ねる。
 透耶は素直に、うん、と頷く。
「……透耶、あんまり可愛い事言うなよ……」
 鬼柳はそのままベッドに減り込んだ。
 抱き締めてやりたい所だが、透耶の状態からして深いキスもしてはいけないんだと思っていたから、それを今我慢しているのだった。
 ハッキリ言って、おあずけされて、目の前に美味しいモノがあるのに触る事も出来ない、生殺し状態だ。
 しかも、透耶からしたいなどと言われたのは、これが二度目だ。
「ごめんね……」
 透耶は本当に申し訳なくなって謝ってしまう。
「とおや~」
 情けない声で鬼柳が言う。
 生殺し、更に追い討ち。
「透耶、それ以上は生殺し」
 ヘンリーが助け舟を出す。
 その言葉で透耶ははっとしてしまう。
 もしかして、追い討ちかけてる?
 じーっと見ていたが、鬼柳は起き上がらない。
 爆笑したヘンリーが診察を終えて帰って行くと、鬼柳が情けない顔をして起き上がった。

「ちくしょー、やりまくりてぇ」
 ストレートに言う鬼柳は顔がマジだ。
 透耶はそんな鬼柳を見て、布団から這い出してた。
「透耶?」
 いきなり起き出したから、鬼柳が止めようとすると、透耶は鬼柳に近付きキスをする。
 鬼柳は驚いて動かなかったが、透耶はわざと誘うように口を開かない鬼柳の唇を舐めた。
「……と」
 透耶、と呼ぼうとしたのだが、開いた口に透耶が舌を滑り込ませる。
 舌が絡まってきて、鬼柳は我慢が出来なくなった。
 こうなると、主導権は鬼柳に移る。
「……ん……」
 透耶がいつもより激しく答えるから、鬼柳も駄目だとは解っているが、無理をさせるとは解っていても止まらない。
 抱き寄せて深いキスをする。
「……ん、はあ」
 唇が離れると、透耶は完全に身体の力が抜けた。
 久しぶりに、強烈なキスをした。
 飢えて食らいつくす様に求められて、透耶は何故か満足していた。
 一方、鬼柳は焦った。
「うわ、御免!」
 慌てて透耶をベッドに寝かせると、頬を両手で掴んで覗き込んだ。目を瞑っていた透耶の瞳が開いて鬼柳を見上げている。
「俺も御免……」
 心配そうに覗き込まれて、透耶はいつものように微笑む。
「透耶……挑発しただろ……」
「うん……したかったんだ……」
 朦朧としている透耶は素直に答えていた。
「嬉しいけど、今なのか?」
「うん……」
「何故?」
 いきなり透耶がそうした事を言うとは信じられない鬼柳。
「顔、見てたら、したくなった……。それに……駄目だと言われると、したくならない?」
 悪戯っぽく見つめて言うと鬼柳はやっと笑ってくれる。
 それから何か思い付いたように鬼柳が言った。
「じゃあ、中に入れないから、やってみる?」
「はあ?」
 ……何だそれ?
「初心者用」
 鬼柳はいいながら透耶を抱き寄せる。
「でも、お風呂入ってないから、汚いってば……」
 そう言った時には、鬼柳は透耶のパジャマを脱がしている。
 脱がしながら首筋から舐めていく。
「あ……駄目……汚いって…」
 鬼柳を押し返そうとするが、今の透耶ではそれは何の抵抗にもなっていない。
「ん、何処が?」
 鬼柳は、ニヤリとして、透耶を久しぶりに味わうなあとか思いながら、丹念に舐めていく。
  手は透耶の身体中を這い回る。
「ん、や……ん……あ」
「いい反応……可愛い」
 ズボンも下着も剥ぎ取られて、鬼柳も服を脱ぎ捨てる。
 座ったままの状態で、鬼柳がキスを降らせてくる。
 透耶はいきなり自身を握られて身体が跳ね上がる。
「んん……」
 既に身体を舐められただけで立っているそれは、液を流している。
「俺と一緒に」
 鬼柳は、透耶自身と自分のを擦り合わせると、両方を握って扱き始めた。
「あ、ん……」
 ゾクリと一気に快感がやってきて、透耶の身体が反り返る。
「気持ちいい?」
 鬼柳が聞くと、透耶は素直に頷いた。
「ん……いい……」
 朦朧としているのだろうか、言葉にもしてくれる。
 これも珍しい反応だ。
 こういう事を聞くと大抵睨まれるのだが、この反応から、透耶も我慢が出来なくなっているのが解る。
「ん……」
「俺も最高」
 しかし、先に達したのは透耶の方だった。
「や、ごめん……」
 一緒にいこうと思っていたのに、気持ちよさに先に達してしまった事を透耶は謝った。
 鬼柳はそんな透耶に微笑む。
「よかったんだろ?」
 わざとそういう聞き方を鬼柳はしてみる。
 すると、透耶は頷いた。
 これで、鬼柳は確信した。
 やはり、今日の透耶は普通じゃない。
「でも……」
 鬼柳がまだ達してない。
 透耶が慌てていると、鬼柳は自分で処理するために立ち上がろうとした。
「俺が……!」
 透耶は言って鬼柳自身に手を伸ばした。
 さっきのような事でも確かに感じていたらしく、先から密が出ている。透耶は握って扱いた。
「……えっと。自分でやるから」
 鬼柳が遠慮していうが、透耶は聞いてない。
 既に手が扱き始めている。
「……ん」
 息を吐き鬼柳が甘い声をあげる。
 あまりに感じているイイ顔をしているから、透耶はしゃがみ込んで、鬼柳自身を口に銜えた。
「え? と、透耶!」
 透耶に銜えられて、鬼柳は驚いて目を開けた。
 透耶がしゃがみ込んで銜えて口で扱いているのを見て慌てて、透耶の頭を離そうとしたが、透耶は言うことを聞いてくれない。
「それはしなくていい……」
「やだ」
 透耶は、まだ頭の中がはっきりしないのか、妙に拗ねて意地になって、鬼柳自身を再度銜えた。
 やっぱり普通じゃない。
 けど、気持ちいいんだけど。
 どうしたものかと、鬼柳が迷っていると、透耶はさっさと先へ進めていく。
「……とおや……」
 根元を握って先の方だけを舐める。
 鬼柳がやっていたようにと透耶は奉仕する。
「う……ん、とおや……」
 頭を抱え込まれて、鬼柳が甘い声を上げる。
 積極的な透耶の奉仕に、さすがに一週間もおあずけをくらった鬼柳の限界は速かった。
「……とおや、もう……」
 透耶もこれ以上続けるのは自分の体力的に無理だと判断して、手を離した。しかし、まだ銜えたままだった。
「っ……!」
 鬼柳は透耶の口に放ってしまう。
 これだけはマズイと鬼柳も思っていた。
 なのに、自制がきかなかったのだ。
 透耶がそのまま飲み込もうとしていたので、鬼柳が叫んだ。
「透耶、駄目だ! 吐け!」
 そう言われて透耶は洗面所へ抱えられて連れて行かれた。流しに押し付けられて口に指を突っ込まれる。
 そうすると口が開くので、精液を吐き出さされた。
 そして急いで水でうがいをするように言われた。
「そんなにしなくても……」
 ぐったりしながらも透耶がそう言うと、鬼柳が言った。
「馬鹿言うな。空きっ腹にんなもん入れたら吐くだろうが」
「……そうか……」 
 透耶がそう溜息をつくと、そのままバスルームへ運ばれた。
 お湯はもう張ってあったらしい。
 ちょうど、裸同士だったので、そのままシャワーを浴びせられて身体を洗われる。
 綺麗に洗われて、シャンプーまでやってもらってお湯に浸かる。鬼柳は自分で身体を洗っている。
 全部が済むと、鬼柳も湯舟に入ってきて、透耶の身体を自分の足の上に乗せて安定させる。
 何故だか向かい合わせだ。
 鬼柳は口笛を吹いている。余程機嫌がいいらしい。
「口笛ってさ。女の子が人前で吹くのはよくないって言うよね」
 透耶がいきなりそう言い出したので鬼柳が不思議そうな顔で透耶を見た。
「何で?」
「キスする形になってるからだって。今どき言わないのかなあ?」
「ふうん。透耶は口笛吹けるのか?」
「ん、俺? 吹けるよ」
 透耶が言って口笛を吹こうとすると、すっと鬼柳がキスをしていく。
 いきなりキスをされたので透耶が驚いた顔をしていると、鬼柳がニヤリと笑った。
「本当だな。誘ってるみたいだ」
 もしかして、余計な事を教えたか?
 それを実践する鬼柳が鬼柳らしくて笑ってしまう透耶。
 その笑っている透耶の頬を手で撫でて鬼柳が笑う。
「そういう顔、他でするなよ」 
 などと言われるから、透耶も困る。
「どういう顔だよ……」
 まったく、意味が解らない。
 鬼柳はよく、そういう顔を他でするな、とか、見せるな、とかいうのだが、透耶にはさっぱり解らない。
「身体、辛くないか?」
「ん、大丈夫……」
 正直、今は気持ち良かった。肩が出ているから鬼柳がお湯を漉くって肩へとかけている。
「今日、綾乃のコンクールだったけど。ちゃんと説明しといたから」
 鬼柳がそう言ったので、透耶はそれを思い出した。
「あ、今日だったんだ。今からでも間に合うかな?」
 風呂場にある時計を見ると、ちょうど昼を回ったところだった。
 プログラムでは、綾乃は最終の方だったので、急げば演奏は聴けるはずだ、と透耶が考えていたのだが、それを鬼柳が止めた。
「無理して行く事はない」
「聴きに行くだけなんだから、大丈夫だって」
 透耶はそう言って笑う。
 しかし結局外出許可は出なかった。
 途中でまた倒れたりしたらどうするんだ、という鬼柳の言葉に透耶は反論出来なかったからである。
 後で綾乃に謝りの電話を入れよう。透耶にはそれしか出来る事はなかった。




 風呂を出て、食事を作るという鬼柳について透耶は一階へ降りて行った。
 ご飯類は食べれそうにないが、果物なら剃り下ろしたモノが食べられるだろうと鬼柳が用意し始めた。
 そこで透耶はメイドの野田が辞めた事を聞かされた。
「……そうなんだ」
 透耶の感想はそれだけだった。
 透耶には珍しく、メイドに懐かなかったのも鬼柳は少し気になっていた。
 沖縄の使用人が優しかったのもあるが、透耶は誰にでも親しく接する事が出来る。地位 の関係などどうでもいいみたいに、誰にでも同じように接する。
 だが、宝田には懐いているのに、メイドにはそういう態度は微塵も見せなかったのだ。
「もしかして、あまり好きじゃなかった?」
 鬼柳がそう聞くと、透耶は少し言いにくそうに口を開いた。
「ん、ま。宝田さんが選んだ人だから、出来る人なんだろうけど。その、何か……俺の事、見る目というのかなあ? 汚いモノを見る目って感じがあった。まあ、恭とこういう関係だから、偏見はあるだろうし、仕方がないとは思う」
 つまり相手からそういう目で見られているという事を透耶の方が敏感に感じ取っていた訳だ。鬼柳の方はまったく気にしないので気が付かなかった。
「そう見えたのか? だったら最初にそう言えば良かったのに……」
 そう鬼柳が言ったが、透耶は少し考えて言った。
「だって……彼女、恭の事が好きだったんだよ。だから余計に俺の事嫌いだっただけだよ。それ以外では、問題ないし」
 透耶は本当に何も問題はなかったと言う。
 しかし鬼柳はメイドが何をやったのかを知っている。
「そういう問題が一番問題なんだよ」
 だから事件が起きたとは口が裂けても言えない。
 とはいえ、透耶は自分が嫌われている事を知っていた。何が原因なのかさえも。
 しかも、メイドは透耶に対して、出ていくようにも嫌がらせをしてたと言っていた。
 透耶にとっては、それすら大した事ではないらしい。
「恭、気が付いてなかったじゃん。そんなの俺の口から言えるわけない。彼女だって俺が気付いているとは思ってないだろうしさ。もし、彼女が行動に出るなら、俺は戦う気はあったけどね。恭を誰かに渡すなんてもう出来ないよ」
 でも、あくまで相手の気持ちが優先である。
 メイドが告白する気はなかったというのも解っていた。もちろん、告白されたって透耶が鬼柳を譲る事はない。だから嫌われていても仕方がないという結論に至る。
 自分さえ我慢すれば、それで周りが治まるならそれでいいという自虐的な考え方だ。
 あえて、好かれようとはしない。
 ただし我慢して、鬼柳を渡す気は更々ない。
 そういう透耶の考えが解って、鬼柳は嬉しいやら悲しいやら。
「沖縄の人達が特殊だったのかな? 俺、あの人達好きだったから」
 透耶が懐かしそうに話すので、余程あの屋敷が居心地がよかった事が解る。
「まあ、あいつらは出来過ぎって感じだからな」
「じゃあ、エドワードさんに人を見る目があるって事だよね。凄いなあ」
「それは認める」
 渋々鬼柳は認めた。
 エドワードの才能は認めるが、どうも過去に何かあったらしく、鬼柳はあまり関わり合いになりたくないらしい。
「でさ、メイドさん、どうするの?」
 透耶は何気ないように聞くと、鬼柳の動きが止まる。
「……暫くはいらん」
 鬼柳の押し殺したような声が返ってくる。
「そう? 困らない?」
「別に」
 言い方があまりにそっけなかったので、透耶は少し不安になる。
 メイドが辞めたのは、別の意味があったのではないか?という事である。しかし、それは聞けなかった。
 そこへ宝田が入って来たので、透耶が尋ねる。
 同じ事を聞くと、宝田まで一瞬だが固まった。
「それですが、今代わりがすぐには見つかりませんので、掃除だけを業者の方へお願いしようと考えております」
 何とかそれだけを宝田は伝えた。
 まさか、また問題が起こるかもしれないから、鬼柳が嫌がっているとは言えない。
 透耶は宝田の説明に納得したようだが、宝田はヒヤヒヤである。
 透耶は、これで確信した。
 メイドは何かやって、それで鬼柳を怒らせたのではないか、ということだ。その理由を知られたくない。そんな節がある。
 透耶はその理由を聞かない事にした。
 その問題はもう終わっている事で、鬼柳と宝田が蒸し返したくないという風だからだ。
 まあいいや。
 透耶はそれを考えるのをやめて、鬼柳が出してくれた果物を平らげた。

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