Switch 14

1

「あ、恭、折角箱詰めしたの出さないでよ」
 ダイニングでいらない物を処分する為に箱分けしていた透耶が、リビングで箱を開いては中を見ている鬼柳を止めた。
 周りには、宅急便さんが箱詰めしながら荷物を運び出している所である。
 そう今日は透耶の家の引越である。
 元から使わない物は箱詰めされたままで、日用品も少ないから荷造りは簡単だった。
 しかし、押し入れから出してあった箱を見付けては鬼柳が一々開けてしまう。
「もう、何やってんだよ」
 透耶が怒って鬼柳の前に立つが鬼柳は視線を上げない。
「ん、アルバムって書いてあるからさ」
 広げているのは透耶のアルバムで、高校を転校してから撮られたものばかりが入っているものだった。
「そんなの向こう運んでからでも見れるでしょ」
「今見たい」
「解った。その箱に全部入ってるから、自分で運んで行ってね」
 どう説得しても引き下がりそうもない鬼柳は放っておく事にして、他の荷物を全部運んでもらった。
 残ったのは、アルバムが収められている箱だけ。
 それでも鬼柳はアルバムを手放そうとしない。
「ほら、もうここは閉めるよ」
「んー」
 生返事。
 聞いてない……。
 透耶は鬼柳が持っているアルバムを取り上げる。
「あ、透耶ー」
 鬼柳はそれを取り返そうとして顔を上げるが。
「帰ってからだ!」
 透耶が仁王立ちで睨み付けている。
「……はい」
 ここは逆らわない方がいいと素直に返事する鬼柳。
 さっさと段ボールを運んで部屋を出る。
 とにかく早く返ってアルバムを見たいとばかりな行動だ。
 それを見て透耶は溜息を吐く。
 ……別に見せないって訳じゃないのになあ。
 部屋に残っているのは、透耶が要らなくなった家具類で、そのまま売り出すつもりで契約も済ませてある。


 鬼柳の車で新しい家に向かう。
 一年と少し過ごしたマンションを後にする事は寂しい事ではなかった。
 あそこは逃げた場所。
 そういう気が透耶にあったからだ。
 新しい家には、今日全てが揃う。
 ただ、ピアノだけが揃ってなかった。
 結局、あの日の次の日、透耶はまったく纏められていない鬼柳の部屋に引っ越し屋の段ボールを運んでもらい、大事な機材や写 真とネガの整理をしたからだ。
 そうしないと、鬼柳は適当に詰めてしまう。カメラ以外の事はちゃんと整頓出来るのに、カメラの事だけはまるっきり駄 目な鬼柳である。
 一々ネガやらを確認させて番号を振り、写真をアルバムに全部入れて整理整頓をしたのだ。膨大な量 に及ぶ写真の整理だけで透耶は一週間もかけてしまったのだった。
 その荷物の整理が終わった所で、透耶は一人でマンションに帰り、自分の家の整頓をしていた。
 鬼柳が付いてくると言ってしつこかったが、鬼柳の家を整理している時に始終邪魔をしてHをしようとするので、作業にならないと透耶が嫌がった。
 幸いな事に新居への荷物があり、それを何処に配置するかは鬼柳しか解らないので、そっちに狩り出された為に透耶は自分の作業が捗った次第だ。

「透耶、ピアノどうする?」
 どうしても、これだけが揃わなかった事を鬼柳は凄く気にしていて、始終こればかりを言うようになっていた。
「んー、どうしようかなあ。こうなったら工場まで行った方がいいかもしれない」
 ここまで粘ってしまったから、買うならそれがイイだろうと透耶は思っていた。
「工場まで行くのか?」
 そこまでして買うものなのかと鬼柳は驚いてしまう。
「市販じゃ、合うのがあるか解らないし、直販の方が注文つけやすいんだよ。台数もあるし、弾き比べが出来るから」
 透耶がそう言っていると、透耶の携帯が鳴った。
 見ると、新居からの電話だった。
「宝田さんかなあ?」
 呟いて出ると、やはり宝田だった。
「え? ハーグリーヴス氏? ああジョージさんが電話してきた? 何で電話番号知ってるの?」
 意外な人からの電話があった事と、折り返し電話を掛けるように言われたと報告された。
「んん? 何だ?」 
 さっぱり訳が解らないが、取り合えず言われた番号に掛けてみる。
『This is Toya speaking.(こんにちは、透耶です)』
 と透耶が名乗るや否や。
『Long time no see. Toya.I am sorry but I have no time to talk to you. so I am going to be brief. I guess you are tied up with moving to your new house. well. I wish you great happiness. I was thinking about sending you some present. and I came across something rare. so I sent it to you right away. It will reach you around today.I hope you like it.If you have the same one. you can send it back. Oh. and as for lunch. let’s have one with Ayano next week.I am looking forward to seeing you.So long. (久しぶりだね、透耶。すまないがこちらは時間がなくてね、用件だけ伝えるよ。新居への引っ越しで忙しいと思うが、取り合えず、おめでとう。引っ越し祝いに何かを送ろうと思って、珍しいものが手に入ったので、さっそく送らせて貰ったよ。今日辺りに届くはずだから、使ってくれると嬉しい。もし同じものがあるなら送り返してくれても構わない。食事は来週綾乃と一緒に食べよう。じゃあ、会うのを楽しみにしているよ)』
 ジョージが一気に喋り、一方的に用件だけ述べて電話は切れてしまう。
「え! ジョージさん!」
 透耶が呼び止めようにも既に電話は切れている。
 ジョージさーん、それはないんじゃない?
「相変わらずだ、ジョージさん」
 パワフルジョージ、健在という感じだ。
 透耶は携帯電話を握り締めて、グッタリしてしまう。
「何だって?」
「うーん、よく解らないけど、引っ越し祝いに何か送ったって事を言いたかったみたい」
 結局何が言いたいのか解らなかった透耶である。
「何かって?」
「解らない、言ってくれなかったから。でも今日届くはずだって」
「大体、何で奴が新居の電話番号知ってんだ?」
 新居の電話番号は、まだ誰にも教えていない。
「さあ?」
 確かに謎である。
 電話が通ったのは昨日。当然誰にもまだ教えていない。なのにジョージがかけてきたということは、誰かが教えたか、調べられたかのどちらしかないわけだ。
 まあ、どちらにせよ、それに構っている暇はない。

 一軒家の家は、元々海外の企業家が住んでいた家で、様式もイギリス風とあり、鬼柳の背の高さでもまったく問題ない。
 まず門があり、車が入る為にはリモコンが必要。人であってもリモコンがなければ開けられない。外部の人間が入る時は、中からカメラで人物を確認してからしか開けられないという万全なセキュリティーなのだ。
 これはやり過ぎだと、透耶が文句を言ったのだが、宝田に、これでも不十分です。と一括されてしまったのである。しかも、この時ばかりは鬼柳も宝田の味方だったものだから、透耶が妥協するしかなかった。
 最後にはSPまで準備すると言い張った宝田の言葉があったから、透耶はそれだけは勘弁してほしいと言った事で、セキュリティーだけは妥協しないと言った宝田の言葉に頷くしかなかったのだった。
 門から10mの私道があり、家が奥にある感じになっていて、外からはわずかな外観しか見えない。
 車庫には、車が3台停められるが、そこには宝田の持ち車と、鬼柳が以前乗っていた車と、今鬼柳が乗っている車を停める事になっている。
 玄関前には車が一周出来るスペースがあり、引っ越しの車が停まっていて、荷物を運び込んでいる。
 玄関ドアは両開きで、今は開け放たれている。
 家に入ると、まずホールがある。
 二階への階段と、4つのドア。そして中庭へのドアがある。
 この家には中庭があり、それを取り囲むように部屋が並んでいる。
 玄関を入って左側に、リビングルームと書斎がある。書斎は透耶の仕事部屋になり、リビングルームはソファとテレビを置き、ピアノもここへ入れるつもりで今もスペースを開けている。
 リビングからダイニングに繋がって、奥右キッチンがある。キッチンは大き目で使いやすい造り。鬼柳が熱心に見ていた場所でもある。
 不思議な事に、キッチンの隣にまたダイニングスペースがある。これはどういう事なのか解らないが、普段使わない皿などを置くにはいいと鬼柳は言う。
 その隣がランドリー。日本と違って、ランドリーがある。一階に風呂はない。
 その理由は、二階や主寝室に風呂が完備されているからである。
 グルリと家を一周すると、玄関ホールへ戻ってくる。
 つまり、玄関を入って左廊下→途中左ドアが書斎→リビング→ダイニング→キッチン→廊下で、途中にランドリー、物置き、地下への階段→玄関、と一周出来る造りだ。
 何故一周回っているかというと、この家には中庭があるからである。
 石張りの庭で、木や花壇などがあり、ベンチまで置いてある。
 中庭には、玄関ホール、リビング、ダイニング、キッチン、廊下、と、何処からでも出入りが出来るようになっている。光り取りには十分なモノ。
 お陰で家の中は、日中、電気をつける必要はない。
 透耶はこの中庭が気に入っていた。
 螺旋階段みたいになっている階段を登って二階へ上がると、正面に主寝室がある。
 エアーベッドを欲しがった鬼柳がキングサイズのダブルベッドを買い入れていた。
  入って正面の壁にドアがあるが、そこはトレイ、バス、サウナがあるパウダールーム。
  クローゼットもあり、便利な作りなのだが、何故かもう一つパウダールームがある。女性の為、らしいのだが、そんなに寝室にトイレ、バスが二つもあってどうするんだという感じである。
 子供部屋らしい、ゲストルームが二つと、バス、トイレがある。 
 地下は、フィットレスルームだったらしく、一番広い部屋は窓がガラス張りで、明るい。ジャグジーや風呂まで完備されているから、どうするんだという話になったが、風呂は完全に潰して、暗室に作り替えられている。
 広い部屋は鬼柳の写真を整理する時に使えそう。ワインセラーまであるのだが、そこは鬼柳の機材を仕舞うのに使っている。
 他にもメイドさんが使う部屋が3つあるが、何故か、その一つに宝田が住み込む事になってしまった。


 実は、宝田が住み込む時に、少し揉めてしまっていたのだった。
「これだけ広い家を管理なされるのには、私のような者がいた方が便利でございます」
 宝田が、新居の引っ越し手伝いをしている時に、いきなりそんな事を言い出したのだ。
「いらねえ! 帰れ!」
 当然、鬼柳はこう言う。
 だが、そんな鬼柳の言葉などには動じない宝田はニコリして言葉を続けた。
「おや、恭一様がいらっしゃらない時に、透耶様が見知らぬ方を招き入れないとでも言い切れますか?」
「……う」
 詰るなよ……。
 透耶は言葉に詰まった鬼柳を恨めしそうに見てしまう。
 しかし、それはないと言い切れない透耶でもある。
 鬼柳の知り合いだとか言われて入ってこられると、透耶はその知り合い全部を知っている訳ではないから、拒めなくなってしまう可能性もあるからだ。
 鬼柳が言葉に詰まったのを確認して、宝田が更に話を進めて行く。
「もう一人、部屋などを掃除するメイドがいると便利なのですけれど」
 そう切り出した宝田に鬼柳は息を吹き返して怒鳴る。
「それこそいらん!」
 はっきりと言い切られてもなお、宝田はニコリとして言い放った。
「ほう、では透耶様に手伝わせるとおっしゃる? これだけの広さを掃除なされば、丸二日はかかりますよ。それを毎日やれるとおっしゃるのですね?」
「……う」
 完全に負けてるし……。
 別に毎日やる必要はないだろうと思っている透耶だが、鬼柳が言い淀んでいる所を見ると、そういうわけにもいかないらしい。
「俺もやります」
 透耶が鬼柳を助けるようにそう言うと、宝田は首を振って言った。
「いえいえ、透耶様はお仕事がおありでしょう。それに集中なされると、とても掃除どころではなさそうです」
 ニコリと言われて透耶は言葉を失う。
「……はう」
 俺も負けてる。
 駄目だ、性格、癖を見抜かれている。
 さすが、20年、鬼柳を扱ってきた執事だけの事はある。
 透耶の性格も見抜かれているから、二人に反論する余地は何処にもなかった。
 結局、二人とも押し切られてそれを受け入れる事になった。 
 そうしてやってきたのは、22歳の若い女性。
 野上妙子というメイドになって4年目の人だった。
 必要な事以外の私語はなく、無口でテキパキと仕事をする女性であるが、透耶はどうも自分は好かれていない気がしていた。
 鬼柳が主人で、宝田が仕事の上司。で、透耶はただのおまけ。そういう態度がありありと感じられるのだ。
 まあ被害を被った訳でもなし。鬼柳の役に立っているらしいので、透耶はいい事にしておいた。
 12LDKという馬鹿でかさの新居。
 買う時には考えなかったが、確かに掃除は大変だ。



「恭一様、透耶様、おかえりなさいませ」
 玄関を入った所で、宝田に出迎えられた。
「ただいまです」
 透耶が挨拶をして家に入った。
「お荷物の方は、全て受け取りまして、指定の部屋へ運ばせて頂きました。恭一様、それもお運び致しましょうか?」
 鬼柳が段ボール箱を抱えているので、宝田がそう言うが鬼柳は無視してリビングへ入って行く。
「あの、どうかしましたか?」
 いやに真剣だった鬼柳に、宝田が不思議な顔をして透耶を見た。
「あ、いえ。あれ、俺のアルバムなんですよ」
 透耶がそう説明すると、宝田は納得した顔をした。
 ある意味仕方がない状況である。
「透耶様、それから……」
 そう宝田が言いかけた時に、リビングから鬼柳が出てきて言った。
「透耶! ピアノがあるぞ!」
 凄く驚いている様子だった。
「へ? 何で?」
 驚きながら鬼柳に引き摺られて行くと、本当にピアノがあった。
 黒のグランドピアノだ。
「ええ? 何で?」
 透耶が宝田を見て言うと、宅配の明細を手渡されて説明してくれた。
「先ほど、ハーグリーヴス様からの届けものという事で、届けられました」
 普段なら、こんな怪しい贈り物は、主人の判断なく受け取りはしない宝田であるが、先に先方から連絡があり、しかも透耶が見知っている様子だったので受け取ったのだ。
 透耶は呆然として、ピアノを見ている。
 引っ越し祝いの贈り物って、これだったんだ!
「ジョージさーん、そういう事はちゃんと説明してよぉー」
 透耶は頭を抱えてしまう。
 こんなの貰える訳ない。
「駄目だ、こんなの貰えない!」
 透耶は力強く言った。
 大体、貰うものではない。
「じゃあ買い取ればいいじゃないか」
 平然と言う鬼柳。
「こんなに高いのでなくていいんだ……」
 自分が気に入って弾けるものであるなら、透耶は文句を言ったりしない。
 なので、鬼柳は不思議そうに見て言った。
「ピアノとしてはいい方なのか?」
「スタインウェイだよ、これ。最高級品」
 メーカー表示を見なくても、姿形だけで透耶にはメーカーが解る。
「じじいに電話して、買い取る事にすればいいじゃないか。買いに行く手間も省けるし」
 ピアノの最高級品、と聞いて、鬼柳は貰うのではなく、買い取る方法を考えていた。
 買いに行く手間は省けるし、一番いいものが目の前にあるのだから、逃すはずもない。
 だが、透耶は、絶対駄目だと言い張った。
 こんな、何千万単位のピアノなんて、弾くのも恐ろしい。
「取り合えず、受け取れないって電話する……」
 が、いくら電話してもジョージは出なかった。
 携帯は通じない。留守電にもなってない。
 会社関係は取次いでくれないし、居場所は不明。
 徹底的に居場所を隠しているのだ。
「何で!?」
 透耶は電話を握り締めて叫ぶ。
 その様子を見て、鬼柳はピンとくるものがあった。
「ははあ、あのじじい、わざとだな」
 鬼柳がボソリと言った。
「え?」
 呆然としていた透耶が鬼柳を見上げる。
「電話もじじい直通じゃねえから、繋がるはずもない。いくらいらねえと言っても返品出来ないようにしてやがるんだよ。ああいうのは、返品しようたって出来ないだろう? 返品だって期限があるだろうし、不良品じゃねえしな」
 胸くそ悪いが、作戦としては間違ってない。
 鬼柳はそう思っていた。
 
 つまり、透耶はジョージに嵌められたという事だ。
「ハメられた……。ジョージさん、相変わらず我が道を行く」
 今頃、ニヤリとほくそ笑んでいるだろう。
 透耶は脱力した。
 すっかり落ち込んで床に座っている透耶を鬼柳が抱き起こす。
 とりあえず貰えという鬼柳と、絶対貰えないと言い張る透耶。
 なんとかそれが治まったのは、鬼柳の一言だった。
「仕方ねえから、貰っとけ。納得出来なきゃじじいを説得するしかねえな」
 鬼柳は既に返す気はない返事をする。
 一旦送ったものをジョージがすんなり受け入れるはずはないと透耶は思った。
 とりあえず、ピアノは買い取るという方向で話が進んだのだが、透耶一人は納得してなかった。
「……もう、絶対文句言ってやる」
 そんな事を透耶は一人で誓っていた。
 鬼柳は内心、透耶はあのジョージに適う訳ないと思っていた。


 透耶が寝室のクローゼットで衣服の整理をしていると、妙子が入ってきた。
「夕食の準備が整いました」
 いきなり後ろに立たれて、透耶は驚いて振り返った。
「あ、はい、解りました」
 透耶がそう答えたが妙子がすぐに下がって行く様子はなかった。
 不思議顔で、透耶が見ていると妙子がやっと言葉を吐いた。
「あの、ハーグリーヴス様というのは、イギリスのエレクトラの社長ですか?」
 妙子が透耶を見下ろして、そう聞いてきた。
「え、ええ、そうです」
「そうですか。失礼しました。電話などがかかった場合は、透耶様にお通しすれば宜しいのですね」
「はい、お願いします」
 鬼柳に通したら、まず喧嘩にしかならない。
「畏まりました」 
 妙子は言葉では納得しているようだったが、態度では、「何故、あんたが」という風な言葉が聴こえてきそうな感じだった。
 透耶は妙子を見送って、少し頭を掻いた。
 最初の予感通り、妙子とは相性が悪いみたいだ。
 そんな事を思いながらも、自分が我慢すればいいんだと思い直して、クローゼットを後にした。

 食事をした後、コーヒーを飲んで透耶はまたクローゼットの整理をしていたが、段々と眠くなってきて、とうとう耐えられなくなってしまった。
「……うわ、無茶苦茶眠い……」
 フラフラしながらベッドに倒れ込むようにして、そのまま眠ってしまっていた。
 鬼柳は、写真の手入れをしていたが風呂の準備をしなければと二階へ上がってきた。
 寝室に入ると、灯をつけたままで透耶が眠っている。
 着替えもしてないのは珍しい事だった。
「……透耶?」
 一回起こして着替えをさせようとしたが、透耶はピクリとも動かないで寝ている。
「透耶、服脱がないと」
 耳元で呼び掛けるが、反応はなし。
 まるで気を失っているかのような寝方である。
「?」
 大抵無意識に声を聞き分けて反応してくれるはずが、今日はまったくない。
 取り合えず服を脱がせて着替えをさせ、布団に入れて寝かせた。
 引っ越し作業で疲れたのかと鬼柳はそう思った。


 しかし、その日以来、透耶の眠り病が始まった。

 朝はしっかり起きるのに、夜は倒れ込むように寝てしまう。
 起こしても起きない、呼び掛けても返事をしない。
 そういう事が続いていた。
「透耶、何処か悪いんじゃないか?」
 さすがに心配になってきた鬼柳がそう聞くが透耶は首を振った。
「ううん、別に眠いくらいだし何処も悪くないよ」
 透耶は笑って言う。
「そうか? 顔色は悪くはないな」
 鬼柳は言って、透耶の頬に触れる。
「病気じゃないってば、たぶん、いろいろあったから疲れてるんだよ」
 あまりに心配されるから、透耶はニコリと笑って安心させようとすると、鬼柳が透耶を引き寄せてキスをしてきた。 
「……ん」
 深く口付けて離れると、額にもキスをされる。
「疲れてるなら仕方ないな」
 鬼柳は言いながら透耶を抱き締めて、いつものように透耶の髪を梳く。
「何?」
「セックスしてないからさあ」
 しみじみと言われて、透耶はふと考え込んでしまう。
「あ、そういえばそうだねえ」
 眠いばかりで、そういう行為は透耶からは要求できないし、鬼柳も気遣って無理矢理やろうとはしていなかった。
「一緒にいるのに、何で何日もしてないんだよぉ」
 情けない顔で言うものだから、透耶は笑ってしまう。
 それじゃあ、セックスだけしたいに聞こえる……。
 本当に眠いだけで、それも夜になると眠るのが早いというだけだった。
 ただ、朝起きた時に気持ち悪くて吐いている事は言えなかった。


 4日目に入る頃、とうとう昼間まで眠くて仕方がないというように透耶は欠伸をしている。
 おかしいなあ、何でこんなに眠いんだ?
 そんな事を思っていたが、すぐに行動が出来なくなるくらい頭がぼーっとしてくる。もう何も考えられない状態だ。
 仕事にもならなくて、もっていたノートとペンを地面に落としても拾おうとは思えなかった。
 そのまま中庭のベンチに座って寝てしまう。
 洗濯を終えた鬼柳が、キッチンから透耶が中庭にいるのを見付けて出てくる。
 腕を投げ出してグッタリしているから、明らかに眠りに入りかけているのが解る。
「透耶、また眠いのか?」
 鬼柳が透耶の身体を起こして呼び掛けると、目を瞑ったままで口だけが動く。
「ん……眠い……」
 完全に思考力がない状態で、ただ眠いと繰り返す。
 やがて、完全に意識が無くなる。
「透耶!?」
 幾ら呼んでも眠りに入ると返事はしなくなる。
 明らかにおかしい。
 あれだけ寝ているにも関わらず、昼間まで意識を失うように眠るなど、どう考えても何かある。
 二階の寝室に運んで寝かせて出てくると、部屋の前に宝田が立っていた。
「恭一様、透耶様を医師に見せた方が宜しいのではないでしょうか?」
 宝田も明らかにおかしいと、そう言い出した。
「それは考えたんだが、異様に眠るってだけなのは、病気とかと何か違う気がする」
 鬼柳は何故かそう思いたかった。
 病気であるはずがない。今までそんな症状はなかった。透耶も持病があるような事も言ってなかった。だから疑う部分がある。
「ですが……。もしかして御存じありませんか?」
 宝田がそう言ってきたが、鬼柳には何の事だが解らない様子だった。
「何を?」
 聞き返されて宝田は言った。
「透耶様は朝起きていらっしゃた時、洗面所で嘔吐なさってます」
 宝田がそれを報告すると、鬼柳がまさかと顔を向けた。
「吐いてる? いつからだ」
 そんな事はまったく知らないと、鬼柳が真剣な顔で宝田に問うた。
「私が気付いたのは、今日の事なのですが、もしかすると毎朝そうだったのかもしれません」
 透耶の慣れた様子から、今日だけの事ではないと宝田は思っていた。
 鬼柳はそれで深く考え込んだ。
 何故、透耶は吐いた事を黙っているのか?
 心配かけたくないから、黙っている可能性は高い。
「その前に、一人知り合いの医者に見せておきたい」
 鬼柳がそう言った。
「医者に知り合いがいらっしゃるのですか?」
「専門じゃないが、どうすればいいのかは教えてくれると思う」
 透耶を一度見て、よく知っている人物がいる。
 もし何か持病があったとしたら、鬼柳に何も言ってなくても医者である人物には何か言っている可能性もあるからだ。
 鬼柳は、透耶の携帯からその人物のナンバーを探し出した。
 翌日。その人物はさっそくやってきた。
「やあ、透耶久しぶり」
 透耶が書斎で仕事をしていると、ドアが開いてその人物が覗き込んでいた。
「あれ、ヘンリーさん?」
 沖縄で別れたきりの、ヘンリー・ウィリアムズだ。
「近くまできたら、鬼柳さんを見かけてね。招待してもらったんだ」
 まったく変わらないヘンリーの笑顔に透耶も微笑んだ。
「いらっしゃいませ」
 透耶はそう言って立ち上がろうとしたが止められた。
「いいよ、仕事しててくれ」
「すみません。一段落したら行きますね」
 正直、頼まれている月刊連載になる小説のネタを考えている途中だったので、透耶は中断出来なかった。
 ヘンリーはそれを解っているように部屋を出て行った。
 それを見送って、透耶は溜息を吐いた。
 どうも最近眠過ぎて、集中出来ていない。
 そこへドアがノックされた。


「で、いきなり寝る?」
 居間へ通されたヘンリーは、鬼柳から詳しく透耶の様子を聞いた。
「うん。ここへ来てからなんだ。最初は疲れてたのかと思ったんだが、夜は早くから寝るし、朝は早いが、ここ2日くらい昼間もいきなり寝るようになってきた」
 いきなり眠る病気は、殆ど聞いた事がない。
 透耶にそういう持病がある話は聞いてないし、健康そのものだった。それは沖縄で自分がみたのだから、ヘンリーが一番よく解っている事であった。
 それが、たった一ヶ月足らずで、しかもここ数日で容態が変わっている。それもただ眠るだけ。
 ヘンリーはある仮説が頭を過った。
「その時の思考能力は?」
「眠る前は殆どない。答えはするけど、眠いしか言わない」
「まさか、あっちの方で酷使した?」
 ヘンリーの問いに、鬼柳はキョトンとする。
「は?」
「セックス」
 その言葉に鬼柳は納得した。それは一番に疑う事だろう。
「いや、ここへ来てからは一度もやってない。来た日から死んだように眠ってから」
 なんていったって、悪戯しても目を覚まさない程に眠っているからやれるわけがない。
「ふーん。風邪薬とか、何か鎮痛剤は飲んでない?」
「それもない。薬類は宝田が管理してる。使われた形跡はないし、透耶も家から一歩も出てないから、買って来れるはずはない」
 透耶が異様に眠るようになってから、薬の管理は宝田が行っている。それに元々透耶は薬が何処にあるのか知らないのだ。
「元々、精神安定剤を飲んでるとかは、ないよな」
 ヘンリーは自分で言いながら、それはないだろうとは思っている。
「考えられるから、探したんだが、そういうのはなかった」
 一度透耶が家に帰っている間に、そういう薬を持ち出した可能性は、鬼柳も疑っていた。
 悪いとは思ったが、透耶の持ち物は全部調べた。書斎も全部調べたがそういう物は出なかったし、薬なら使った形跡が残るので解るはずだが、そのゴミも出てなかった。
 通院記録も宝田に調べさせたが、透耶が病院にいったのは、去年、風邪を引いた時と、今年4月のあの誘拐の事件の時で、睡眠薬などが投薬された記録は何処にもなかったのだ。
「おかしいなあ……。記録まで調べてるなら、持病があるならそこに記載されてるはずだ」
 今、そういう病気が発症した可能性はあるが、それがここへ来てからというのが、ヘンリーには引っ掛かった。
「それと、昨日と今日。透耶が嘔吐しているのを宝田が見てる。それから気になって見ていたんだが、吐くのは朝起きてからだけのようだ」
「嘔吐ねえ……朝起きてからだけとなると……」
 そう話していると、ホール側のドアが開いた。
 一斉に皆が振り返ると、透耶がドアに凭れ掛かるようにして立っていた。
「……恭、……ここへ置いてた、ノート知らない?」
 やっと喋っているという風な言い方で透耶が言うと、鬼柳が駆け寄って透耶を支えた。
「透耶、また眠いんだろう?」
「……ん、でも、仕事、しなきゃ……」
 言いながらも完全に目を閉じている。
「仕事は後でやろう。眠いなら眠っていいから」
「……うん」
 鬼柳に言われ安心して透耶は眠ってしまう。
 崩れる身体を鬼柳が抱え上げて、開いているソファに寝かせる。
 初めて透耶が眠ってしまう所を見たヘンリーは確信した。
 前と同じ眠り方だった。
「ははあ、これ、薬だ」
 沖縄で透耶を治療する時に、薬を入れた時も透耶はこうやっていきなり眠った。
 同じである。
「え? 薬?」
 鬼柳がキョトンとする。
「うん、眠剤か精神安定剤」
 ヘンリーは透耶の脈を取ってみるが、少し乱れている。手も冷たい。急激に薬を与えられた状態であり、これは普通 に飲む量でもない。呼吸が弱いが、病院に運ぶ程重傷でもない。
 だがやる事がある。
 ヘンリーは携帯電話で自分の病院に電話し、幾つか点滴を持ってくるように伝えた。
「点滴って?」
 心配した鬼柳がヘンリーに問う。
「ああ、ちょっと用心の為。中毒に成りかかっているかもしれないから、血液中の薬の効力をなくしたいと思ってな。大丈夫、病院に連れて行く程じゃない」
 テキパキと作業していくヘンリーを見て、鬼柳は溜息を吐いた。
「病気じゃないんだな」
「病気じゃない。薬だ」
 ヘンリーはそう言うと、透耶の掌を両方匂いを嗅いで、上がって書斎に向かった。
 鬼柳も透耶を宝田に任せて付いて行く。
「鬼柳さん、悪いけど、もう一度家捜ししてくれない?」
「解った」
 ヘンリーが何を思っているのかはすぐに解った。
 机の引き出しから全て調べたが、薬は疎かその塵さえ出ない。
「やっぱり、透耶が自分で飲んだんじゃない」
 ヘンリーが断言した。
 手の匂いを嗅いだのは、薬の匂いがしないかどうかを確認したかったからだった。しかし透耶の手からは匂いすらしなかった。
「どういう事だ?」
 透耶が自分で飲んだのではないとすれば、どうやって薬を飲む事が出来ると言うのだ。という疑問が含まれた問いだった。
「さっき見た時、透耶は疲れていたけど、眠そうではなかった。時間にして30分程。どれだけ強力な眠剤でも、1時間程効くまでにかかる。逆算すれば、俺が透耶を見た時には、もう眠たくなってなければならない。でも違った」
「?」
 そんな説明では、鬼柳はさっぱり解らない。
「いきなり眠る程となると、急激に強い安定剤を与えなきゃ無理だ。そんなの自分で飲む訳ない。知ってるか? 透耶は眠る薬が嫌いなんだよ。それにこれ程の量 は、今の処方じゃ出ない事になってる。
 仮に透耶が持っていたとしても、今までの経過からして、それだけの量があるなら、探した時に出てきているはずだ。注射系なら30分くらいで効くのもあるが、透耶にその痕はない。なら解らないまま飲まされていると考えた方が妥当だ」
 ヘンリーは言って、テーブルに置かれているペットボトルの水を取り上げた。
 水はよく冷えている。
 薬を飲んだなら、そのゴミがあるはずだ。日本で眠剤系を手に入れる方法はいくらでもあるが、それでもシートや包み紙がないものはない。
 そうなると、もうこれしかない。
「鬼柳さん、透耶が書斎に入ってどれくらい時間が経ってる?」
 ヘンリーの質問は変なものだが、それでも透耶の事に関係しているのは明らかなので鬼柳はそれに答える。
「そうだな、昼の1時に入って、それから一度も出て来ていない。心配だから、居間にいる間はここを見ているから間違いはない」
 鬼柳の説明で、ヘンリーはなるほどと頷く。
「もう3時間は経ってる訳だ。じゃあ、この水は何で冷えてる訳?」
 ヘンリーは言ってペットボトルをテーブルに置いた。
 書斎には冷蔵庫なんてものは置いてない。
「透耶がもし、自分で水を取りに行く気があったなら、仕事に集中出来ないでいたはずだ。透耶の集中力は並じゃない。仕事を中断したなら、ここに俺がいるのに、わざわざ別 ルートから水を取りにキッチンへ行くと思うか?」
 ヘンリーの質問の意図は鬼柳にも解った。
 それは透耶の性格からしてあり得ない行動である。
 なら、透耶以外の人物が水を書斎へ運んだ事になる。
「誰かがその水に仕込んでるって事か? しかもそれをわざわざ透耶に渡してたと? ああ、透耶は飲みかけの水を冷蔵庫へ戻す癖がある。飲み切らないんだ。それは寝室にもある」
 ここにいる者なら、透耶の癖はよく知っている。冷蔵庫と寝室にある冷蔵庫の両方を自由に触る事が出来、今透耶に水を渡す事が出来る人物は一人しかいない。
 それはもうヘンリーにも解っていた。
 メイドの野田妙子しかいない。
「なら、それしか考えられない。でも意味が解らない。透耶を眠らせてどうするんだ?」
 殺害する訳でもない。精神安定剤の強力なものを与えつづければ、いや、もっと量 を増やしていたら、意識のない透耶を殺害することは可能だ。
 透耶が嘔吐しているのは、薬が合ってないからだ。それを吐き出そうとしている。ああいうのは合わない人にはそうなる。
 しかし、妙子は、透耶を眠らせる事しか考えていなかったようだ。それも夜だけ。今は昼にも眠らせようとしているが、その意味が解らない。
「どうするかは、そいつに聞けば解るだろう」
 鬼柳が言って立ち上がった。
 ヘンリーはそれを止めようとは思わない。
 鬼柳にとって、相手が誰だろうが、透耶に危害を加える人間を許せる訳がないからだ。
 しかし、意外な人物から止めが入った。
「恭一様、私にお任せ下さいませ」
 言ったのは宝田だった。
 宝田は今、誰が犯人なのか気が付いたようだった。
「恭一様でも私でもなければ、こんな事ができるのは一人しかいません。ですが、それを家に入れたのは私の落ち度でございます。ですから、私にお任せ下さいませ」
 鬼柳は暫く宝田を無表情で睨み付けていた。だが、それで怯む宝田ではない。やはり慣れがある分、鬼柳が今何を考えているのかは手に取るように解る。
「お願い致します」
 宝田はもう一度言った。
 それで折れたのは、鬼柳の方だった。
「勝手にしろ。俺がどうかしてしまう前に」
 ぶっきらぼうに鬼柳がそう言った。
「ありがとうございます」
 宝田は頭を下げると、妙子を探しに下がって行った。
 それを見ていたヘンリーが意外そうに言った。
「へえ、鬼柳さん、メイド殺すかと思ったのに」
 言い方は呑気そうだが、目は笑ってないヘンリー。
  鬼柳は溜息を吐いて透耶の側で座る。眠っている透耶の顔を撫でて、髪を梳く。
「今でも殺してやろうと思ってる。しかし、宝田のメンツもあるしな。それに透耶は何も知らない。出来れば黙っていたい」
 自分がどうこうする前に、透耶の気持ちを考えるとこうするしかないと、納得しなければならない。
「まあ、メイドに眠剤仕込まれてたなんてショック受けるよな」
 ヘンリーは、そう言って溜息を吐いた。
「過労って事でやって欲しいんだが」
 鬼柳がそう頼むと、ヘンリーは頷いた。
「OK。やたら眠かったのは、今までの疲れが出ての症状って事にしておこう。嘔吐もそれが原因。でもさ、鬼柳さんがメイドを殺していたら、俺は遺体の処理もしてやったんだけどな」
 物騒な事を平気で口にするヘンリー。
 驚いて鬼柳がヘンリーを見る。
 瞳に真剣な色が見える。冗談で済ませないというのは解る。
 鬼柳はニヤリとしてしまう。
「へえ、温厚なお前でも怒っている訳だ」
「当り前。どう考えたって、透耶は何も悪くないんだ。あのメイドの嫉妬って下らない事でお気に入りを滅茶滅茶にされるなんて、許せる訳ないだろう? 俺はそこまで寛大じゃないんだ」
 ヘンリーはそう言い切った。
「物騒だな。で、下らない嫉妬って何だ」
 本当に何の事だが解らないという顔をしている鬼柳。
「あのメイド見たら解る。鬼柳さんを好きなんだよ」
 ヘンリーは本当に気付かなかったのかという顔をしている。
  鬼柳は眉を顰めて訳が解らない顔である。
「何だそりゃ?」
 本心からそう思っている顔だ。
 そりゃ、他人に興味がない鬼柳だ。そんな他人の感情などに気が付くはずもない。
 そこへ宝田が戻って来た。
「どうだった?」
 ヘンリーが尋ねる。
「それが、意味の解らない事を申しまして……。その恭一様の為だとか言っております」
 いいにくそうに言う宝田に、鬼柳がハッキリ言えと視線だけで訴える。
「鬼柳さんの為ってなんだ?」
 代わりヘンリーが質問した。
「その、透耶様を悪魔だと申しまして、悪魔に渡してはいけないと……」
 どうも内容がぐちゃぐちゃらしい。
 何度問い返しても、透耶を悪魔だと言い、鬼柳を助ける為だと口にするだけで、理由はそれだけだと言う。透耶に鬼柳から離れるように、嫌がらせもしたし、透耶の言葉は聞かないという、メイドとしては失格の態度も取っていた。
 それでも透耶が出て行く素振りも見せないので、薬の量を増やしたのだと。
「結局はさ、鬼柳さんが好きだったって事でしょ?」
「それも申しておりました。理由については、悪魔から恭一様を守る為だと言い張りまして」
 どうも、それ一本でしか説明をしたがらないメイドの妙子の様子に、宝田も辟易しているようだった。
 肝心の理由と、どれだけの量を飲ませたのかが解らないから、ヘンリーはイライラして立ち上がった。
「宝田さんともあろう人が、何迷ってる訳。面倒臭いなあ。俺が直接聞いてくる」
 ヘンリーはそう言うと、ダイニングに行った。


 一時間してヘンリーは戻って来た。
「宝田さん、彼女に今までの給料払って追い出して。まったく頭痛い女だ」
 ヘンリーは本当に頭が痛くなっていた。
 あの理由と薬の量。
 本当に、警察沙汰にしてやりたいくらいの出来事である。
「あ、成島さん、点滴やってくれたんだ」
 居間のテーブルの上にはメモが置いてあり、ヘンリーの病院にいる看護士の成島がやって来ていて、ヘンリーが残していたカルテ通 りに点滴を行って帰っていた。
 透耶は寝室に運ばれており、居間に残っていたのは宝田だけだった。
「解りました。寝室は二階に上がって、廊下をまっすぐ、突き当たりのドアです。ヘンリー様、ありがとうございます」
 宝田は言って頭を下げた。
「俺はあの二人が気に入っている。それだけだよ」
 ヘンリーは言い残して、二階へ上がって行った。


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