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「呪いの話をしよう」
四日部屋に籠ったまま。
使用人が心配する中で、二人はただお互いだけを確かめあった。散々犯りまくって、ずっと二人で肌を確かめあって眠って起きた時、透耶はソファに座っていた。
何か難しい顔をしていたので、鬼柳は話しかけれなかった。
起きてご飯を用意しシーツを変えて、二人で風呂に入ってまたベッドへ雪崩れ込んだ時、透耶がそう言った。
「呪いの話をしよう」
鬼柳はキョトンとして透耶を見た。
「a curse?」
「そう、それ」
透耶は少し笑って言うと、寝転がって天井を見上げた。
鬼柳はその横で肘をついて身体を起こして透耶を見た。
透耶がそういう話をする時は、必ず最初に少しだけ笑う。それが重要な話であり、透耶が話す事によって不安になる話である合図だった。
「俺の母親の実家は、京都にあって、老舗の旅館とかホテルとかやっている名家。その家は、玲泉門院(れいせんもんいん)と言って、遡れば天皇家縁の一族だとも言われてる。京都では、ある意味知らない人はいない名家なんだ」
呪いの話で、どうして実家の話なのか、鬼柳は首を傾げた。
「そんな偉い家なのか」
「まあ、偉いとは言わないけど、有名って事かな? でもその家は呪われてるんだ。玲泉門院は呪われた一族」
透耶は意外にすんなりとこの言葉が出たのには驚いた。
言えないと思っていた事は、こうしてスラリと言葉に出来る。鬼柳に話す時はいつもこうだ。
「呪われた?」
「昔、帝を愛した女性がいた。身分は低かったけど、美しい人で寵愛を受けてた。あ、寵愛ね、色んな意味で可愛がられたって事。でも、宮中の女性には恨まれてた。そこに子供が生まれた。男の子だった。母親に似て美しい男性に成長して、仕事も必要以上に出来るんだけど、女性問題が色々あって、東宮が彼を呪った」
「何故?」
「東宮が望んだ女性が、その男性を好きで、でも遊ばれて捨てられた。女性は入水して死んだ。昔なら行き遅れだと言われた二十歳。東宮はこう呪ったと言われてる。愛する人ができれば誰であろうとも呪い殺す。男性は、子供は残したけど女ばかりで、何人もの妻は子供を産むと皆死んでしまった。
呪いを受けた子供は、皆父親に似て美しかった。でも、皆早くに亡くなった。二十歳で。男性は、権力を手に入れたけど、愛するものは皆失った。子供は子供を産んで、玲泉門院家は栄えるだけ栄えた。でも呪いの効力は100年経っても変わる事はなかった。早死にするんだ。
流行り病、原因不明の病、時には辻斬りやら、事故死。でもそれならと、子供だけは沢山残して、家は栄える。普通 、こうして呪われた家は嫌われるものだけど、何故か玲泉門院家のやることは、全て成功するんだ。だから、当主が男なら、娘を差し出し、女なら男を養子に出す人は後をたたなかった。こうして玲泉門院家は、血筋が絶えることなく続いている。
呪われた血を宿して。やがて、時代は移り変わり、二十歳で亡くなる人はそういなくなった。血が薄まったとも言われているけど、現在では平均寿命の半分は生きられる」
透耶は一気に話を聞かせた。
鬼柳はその話に矛盾を感じた。
「透耶、それは変だ。血筋じゃない者まで死んでる。それは血の呪いではないぞ」
鬼柳がそれを指摘すると、透耶は少し笑う。
「うん、これは例え話。こういう伝説があるって京都の人は知ってるって事」
「じゃあ、呪われてる一族ってのはないわけ?」
ただのジョークなのかと思ったが、透耶がそういうジョークを話す事はない。確かめる様に聞くと、透耶は本題に入った。
「ううん。あるんだ」
「え?」
鬼柳が透耶を見ると、透耶は天井を見つめたままで、息を少し吐いてから、淡々とした口調で言った。
「玲泉門院家には、呪いがあるよ。寿命がはっきりしてる」
「寿命?」
「平均寿命は、最近結構伸びてきてるよね。でも、解っているだけで300年前から、玲泉門院家の人間は40才までに死ぬ 」
それが呪いの正体。寿命。
当然、誰でもそんなのは迷信だと思うし、そう言うはず。
鬼柳も同じだった事を言った。
「そんな迷信」
その言葉に透耶は首を振った。
「ううん、これはちゃんと調べられて統計まで取られている。それも、例え話のように、妻や夫、玲泉門院の者と婚姻もしくは愛し合った人は皆40までに死ぬ 。100%なんだ」
「100%? そんな確率あるわけない」
出るわけない確率。100%。ただの一度も狂いがない。
それにも透耶は首を振る。
「例外はない。愛し合わずに子供を残した人もいるけど、その人曰く、子供は好き同士じゃなくても出来るって事らしい。子供だけが欲しいと言われて作っただけだから、相手は死ななかったよ」
「それが例外じゃあ?」
やはり透耶は首を振る。
「ううん、その人にはちゃんと本命がいたんだよ。その人は俺の母親を愛してたんだ。その人の従妹になる俺の母さんを。でも子供は残せない、そんなの自覚した時に覚悟してたけど、それでもいいから産んでくれって言われたから作った。それだけ。ああ、ちゃんと生まれた子供は自分の手元で育てて、凄く愛してたよ。俺はそれをよく知ってる」
透耶は静かに言った。瞳は閉じている。
「その人は?」
「死んだよ。ちょうど40。殺されたんだ」
「他には?」
「俺の母親と父親もちょうど40で事故で死んだ。母親の両親も40で事故で死んだ。その人の両親も40で事故で死んだ。その両親も、その先も皆40までに殺されたりして死んだ。40以上生きた人はただの一人もいないんだよ」
早婚で子供を早くに産み育て、そしてその子が成人するときには、もう親は死んでいる。親は孫の顔を見れないか、見ても一歳二歳までしか見る事が出来ない。
昔なら、法律が改正される前までは、もう少し見る事は出来ていた。
「それで呪われた一族なのか?」
「そう。これだけ見事に死なれると、子供心にも自分は40までしか生きられないってのは実感するわけ。何も、玲泉門院の血が悪いわけじゃない。医学的にも、早死に家系であるはずはないと言われてる。関係ない血筋まで死んでるからね。見事呪いって事だよ」
もうそう言う事でしか証明する事が出来ない異常事態だ。
透耶もDNAなど調べられたが、欠陥は見つかっていない。まったくの正常。親兄弟にもそれは同じ事が言えた。散々調べた挙げ句、原因不明と言われた程だ。
「透耶はそれを信じてる?」
「うん、俺は信じてる。いや、その血を引く人は皆信じてる。でも家を血を恨んだ事はないよ。同族愛ってのかな? 玲泉門院は結束が固いんだ。でも、もう5人しか生きてない。俺の叔父さんが最年長で32才。彼が死ねば玲泉門院の名はこの世から抹消される」
それで呪われた家名は消える。
僅かな血は残ろうとも。
「何故だ?」
「叔父さんは結婚してないし、誰にも子供を残すつもりはないからだよ。俺達は小さい時、その話を聞いて約束したんだ」
「何を?」
「誰も愛さない、好きにならない。子供は残さない」
透耶は自分の中で何度も繰り返していた言葉を口にした。
今まで透耶が鬼柳を受け入れられなかった理由。
誰も愛さない、好きにならない。
この呪いがある限り、人と愛し合うという事は、その人をもこの呪いにかけてしまう事を意味する。
ただそれだけが恐ろしかった。
「……透耶、それじゃあ」
鬼柳が不安そうな顔をして透耶を見つめた。
透耶はニコリと笑って説明した。
「あ、ううん。大丈夫だよ、俺は鬼柳さんを好きだし、愛してる。俺は約束を破った二人目だから」
「二人目?」
「うん。まあ、個人的な事だから詳しい事は省くけど。玲泉門院は女系の家でね。女性が強いんだ。心も強くて、呪いなんかどうでもいいって思うらしい。寧ろ、それを利用する。俺の母親はこう言ったよ。愛してる相手と同時に死ねるなら、それ以上の幸せはないって」
「同時?」
「そこがよく解らないんだけど。全員、夫婦で一緒に亡くなってるんだ。同じ場所、同じ時間。例外は結婚しなかった人と、愛している事を隠し通 した人。そしてただ寿命がきた人」
これは呪いという人もいる。でも良く考えれば、当人達からすれば、これ以上の贅沢はないと言う。特に女性が思う傾向にある。
「透耶は寿命を選んだのか?」
「うん。結婚しない、誰も愛さない、思わない、好きにならない。だけど、長生きはしたくなかった。だから早く死にたかった。でも自殺はしない。そう約束で決めてた」
「自殺?」
透耶が事あるごとに死ねばよかったと繰り返すのは、これがあったからだった。
それほどまでに思うのに、自ら命を断とうとはしていない。それはこの約束事があったからだ。そうでなければ、透耶はとっくの昔に自殺していただろう。誰かが、それに気付いて予防線を張ったという所だろう。
「うん、これも約束ごとだけどね。また一人目が破るだろうけど。まあ、これは仕方ないね」
自殺をする身内がいるというのに、透耶は本当に仕方がないと思っている言い方をした。
透耶らしからぬ言い方に鬼柳は鋭く言った。
「何故、淡々と言える」
「淡々として言っている訳じゃなくて、そうしなければ、彼女は欲しい人が手に入らないんだ……死ぬ 瞬間、ほんの一瞬。その時、彼女は自分を自由にする事が出来る。その瞬間の為だけに彼女は生きる事を選んだんだ。……解らないならいいんだ。こんな事を理解してる俺はたぶん狂ってるから」
透耶はそう説明して、息を深く吸って言った。
「だから、鬼柳さんに俺を捨ててさっさと何処かへ消えろって言いたい」
いきなりこんな事を言い出した透耶に鬼柳は困惑した。
「透耶。それはどういう意味だ」
鬼柳の低い声が突き刺さるように透耶を襲う。しかし、透耶は目を瞑ったままで言った。
「まんまの意味。逃げるなら今だよ。鬼柳さんが逃げるなら、俺はそれでも構わない。絶対に追わない。愛し合ってなければ鬼柳さんは死なない。俺がいくら思ったって鬼柳さんは死なない。俺といると、碌な死に方をしないよ。よくて事故死だから。40までしか生きられないから、死にたくなかったら、長生きしたかったら、早く俺の事なんか忘れて」
透耶には鬼柳の顔を見る事は出来なかった。
鬼柳は透耶が早急に答えを求めているのだと解った。透耶がこれを話したのは、この答えが聞きたかったからだ。
「……ちょっと待て。頭がこんがらがってきた」
「いいけど」
鬼柳は一から透耶の話を再度考えて言った。
「……その話、透耶は信じてるんだな?」
「うん。実際の事であるし、統計でも出ている事だよ」
「愛し合ってると、同時に死ぬんだな?」
「今まではそうだった。たぶん変わらないと思う」
「で、透耶は俺と離れても構わないと本気で思ってるのか?」
「うん。鬼柳さんが望むなら」
淡々と答えを返す透耶に、鬼柳は溜息を洩らした。
それが透耶には怖かった。
一瞬の沈黙の後、鬼柳が口を開いた。
「じゃあ、何で告白前にこれを話してくれなかった」
この言葉を聞いて、透耶は手で顔を覆った。
やっぱり、誰でもこう言うだろう。
誰だって寿命が40までだと言われたら怖いに決まっている。しかもろくな死に方はしない。よくて事故死だ。
これを言ったら終わるとは思った。
「……それは、悪かったと思ってる。俺が我侭だから、ズルイから、鬼柳さんを騙したんだ。御免……」
声に震えがあった。
泣いている声だ。
鬼柳は、また聞き方を間違えた事に気が付いた。
「あー、違う。そうじゃない。順番が違うって話だ。違うそうじゃなくて!」
鬼柳はそう言って起き上がり、頭をガシガシと掻いて舌打ちをした。焦ると言葉が出て来ない。
やっと言葉が出てきて、鬼柳は透耶の手を顔から外した。
案の定、透耶は泣いていた。
「透耶、泣く前に俺の話もちゃんと聴け」
どうもお互いにお互いの気持ちを早とちりしやすいらしい。
鬼柳は言って透耶を抱き起こした。
「頼むから、俺の言葉をちゃんと聞いてくれ」
鬼柳にそう言われて透耶は鬼柳を見上げた。
一体何を言うつもりなのか……。
鬼柳は真剣な顔をしている。
「先に話してくれたら、告白の時に一緒に生きてやるって言えたんだ」
「え?」
透耶は潤んだ瞳で鬼柳を凝視した。
意外な言葉を貰うと聞き返してしまう、こういうところも似ている。
しかし、鬼柳は透耶のように繰り返す事を恥ずかしいとは思わないので、何度でも透耶に通 じるまで繰り返してくる。
「だから、透耶と一緒に同時に死ねるんだろう? 愛し合ってたら、死ぬ時は一緒なんだろ? 一人で死なせやしない。俺も一緒だ。だから、ずっと一緒に居よう。一緒に生きようって言いたかったんだ」
「……鬼柳さん?」
鬼柳の言葉に透耶はまだ信じられない顔をしている。
「透耶の母親、イイ事言うじゃないか。愛し合って死ぬ時も一緒なんて幸せだなんて。寧ろ最高の死に方だ。残す事も残される事もない。二人一緒だ。40なんてあっという間だな。いっぱい楽しい事しようぜ、透耶」
微笑まれてそう言われて透耶は惚けてしまう。
「……いいの? ねえ、いいの?」
「いいの。透耶とずっと一緒だなんて最高だ。嫌なのか?」
鬼柳がそう言って透耶を覗き込むと、透耶はまたボロボロと涙を流した。
「……ううん。そう言ってくれるなんて思わなかった。本当にいいの? 俺といると本当に碌な死に方しないんだよ」
「いいの。死に方なんてどうでもいい。最後まで透耶といる事が出来るなら、そんなことどうでもいい。なあ、透耶。これがあるから告白してくれなかった?」
こんな話しなのに、鬼柳は何故かずっと微笑んでいる。
「……怖かった……俺が、鬼柳さんを好きだって言ったら。鬼柳さんがこの話を信じてなくて、それでも好きでいてくれると、俺が鬼柳さんを殺してしまう事になるから。騙したままで、鬼柳さんの生死を左右してしまうから、受け入れるのが怖かった。そんな簡単な問題じゃないから……」
「でも告白してくれた」
「……それでも、俺、鬼柳さんが好きだから、手放したくなかった。離れてしまうのが一番怖かった。綾乃ちゃんに言われた。一生に一度くらい、誰かを好きになったっていい、最初で最後だって思えばいいって。俺、きっとこの先、鬼柳さん以外の人を好きになるなんて、出来ないよ。そう思ったら、何も言わないで消えるのは、卑怯だと思った。どんな事になったとしても、これだけは話して置かないと……例え逃げられたとしても、自分の気持ち、伝えて置きたかったんだ」
透耶の瞳が瞬きする度に流れる涙が、頬に当てている鬼柳の手に流れてくる。
「たく、まだ俺を信用してないな。俺は透耶のもので、透耶は俺のものだって言ったじゃないか。全部くれるんだろ? だから俺も全部やるって」
鬼柳の変わらない言葉に透耶は長い孤独から解放された気がした。
この人は、最初から何も変わらない。
ありのままで、ストレートで、一番欲しい言葉をくれる。
「透耶は泣き虫だな。可愛い」
笑いを含んだ言い方で、鬼柳は透耶を抱き寄せた。
透耶は自分が離れてしまう事を今一番恐れている。全てを曝け出して、全身でぶつかってくるくせに、当たって砕けてしまう事を勝手に想像して考え込む。いつも最悪を想定している。
そういう所から鬼柳は透耶を救ってやりたかった。自信を持って鬼柳を信じると、透耶が思う、そういう存在になりたかった。
子供の様に泣く透耶は、いつ自分がこうやって泣いたのか記憶にはない。家族が死んでも、伯母さんが死んでも、誰が死んでも泣いた事はない。涙を流した記憶は、鬼柳に会ってからだった。いつも鬼柳の前だけだった。
散々泣くだけ泣いて、透耶はそのまま泣き付かれて寝てしまった。鬼柳はずっと透耶を抱き締めて背中を摩ったり、頭を撫でたりしていたが何も言わなかった。
安堵して眠っている透耶を見つめて、鬼柳は満足したように何度も頬を撫でる。
透耶が泣くということは、それだけ鬼柳に気を許している証拠だ。感情を露にして剥き出しにする。それが段々と出来始めている。一番怒って、一番泣く。たぶん、それは誰も見た事がないだろう。
それが全部自分のものなのだ。
願った事が全部叶った。
結婚式の誓いなんかより、死が二人を分つまで……そんな言葉より、死んでも二人一緒に居られる呪いがあった。
思わず、不謹慎ながら、この血を呪った相手に感謝したくなった。
そう、呪われた一族は、呪いには負けてない。
それどころか、それを最大限利用して、一生の恋をして幸せに生きた。誰も後悔などしていない。
ねえ、神様。
永遠を下さい。
透耶が無意識に呟いていた言葉が心地よく耳に残った。
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