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食事を食べ終わって、お茶を啜って、デザートの梨を食べていると、鬼柳が風呂から出てきた。
バスローブ姿の鬼柳は、鍛えられた身体がはっきりと解る姿だった。無駄 のない筋肉、引き締められた肉体は、それは美しいと言ってもおかしくはなかった。
こんな人もいるんだ。が透耶の感想。
梨をシャリと齧っていると、足でドアを蹴って居間の隣の部屋に入って行く。
どうもそこはダイニングらしい。
うーん、どうも足でドアを蹴るのは、必要に駆られてやっているのではなく、癖らしい。と判断。
ドアを見ていると、鬼柳はビール片手に戻ってきた。さすがに閉める時は手を使うようだ。
鬼柳は透耶の隣に座ると、ビールのプルトップを開けて飲み始める。一口飲むと、眺めている透耶に気が付いた。
「何?」
不思議そうな顔をして聞いてくる鬼柳に透耶はなんでもないと首を振った。
「旨いか?」
「うん。食べてないの? はい」
折角美味しい梨なのに、鬼柳が食べずにいるのは、もしかして自分に全部出してしまったからではないか、と透耶は思って、梨を一つ取って差し出した。
鬼柳は、透耶があまりににっこりと差し出すものだから、びっくりして透耶を見てしまう。透耶は少し首を傾げて鬼柳を見ていた。
数分、そうして見つめ合っていたが、根負けしたのは鬼柳の方だった。
「貰おう」
鬼柳はそう言うと、梨を手にすることなく、透耶の手にあるままで梨に齧り付いた。
「へ?」
そういうつもりで差し出したのじゃない透耶は驚いてしまう。
まだ梨は半分残っていた。
透耶が手を引っ込めようとしたが、鬼柳の方が素早く、透耶の腕を掴むと引き寄せるようにして、残りの梨に齧り付いた。
だが、その梨の半分は、殆ど透耶の手の中である。
鬼柳は、透耶の指先を少し噛んだ。
透耶は慌てて指の力を抜いて、梨を離した。
梨は既に鬼柳の口の中なのに、鬼柳は透耶の手を離さない。
するとゆっくりと鬼柳の口が開いて、目の前にある透耶の指を舌でペロリと舐めた。
自分で指を舐める事はあるが、人に舐められた記憶はない。くすぐったい気持ちと、何処か何か違う感覚が身体を走り抜けていった。
ピクンと震えて身を固くすると、鬼柳が握っていた手を離した。
「旨いな」
「う、うん」
うわー指舐められた。と透耶が驚いていたが、鬼柳は至って平気な顔でビールを飲んでいる。
こういうのって、アメリカでは普通なのかなあ? と透耶は真剣に悩んでしまった。
んなこたあないぞ、透耶。
「透耶。お前、家は何処だ?」
今度は鬼柳からの質問が始まった。
とりあえず、梨齧り事件(?)は置いておくとして、透耶は自分の事は何も言っていないのを思い出した。
「うん、東京の…」
詳しく説明するにも住所を言った方が早いと思い、その住所を説明すると、次の質問が出た。
「家族とか?」
「ううん、うち、親がいないんだ。弟がいるけど、今は事情があって離れて暮らしてるから、一人暮らしだね」
「学生?」
「ううん、高校卒業したばかり。就職というか、仕事は一応決まったけど、ちょっと不安かな。安定してないし」
「何故だ?」
「物書きなんだ」
「物書き?」
ぽかーんとしている鬼柳。
うーん、これは素直に答えた方がいいのかなあ。透耶はその名称があまり好きではなかった。
「小説を書いてるから、小説家なんだろうけど。あ、鬼柳さんは、仕事何してるの?」
「カメラ。今は休み」
「え? じゃあ、商売道具投げちゃったの!?」
信じられない!と声を上げた透耶だが、鬼柳はまったく気にも止めてないらしく、「あんなもん、どうでもいい」と言い放ったのだ。
あんなもんって、あれってニコンじゃないの?プロ用のカメラって高いんじゃあ? と見つめていると、振り向いた鬼柳と目が合った。
見つめる目は真剣だった。
「言っただろ。中身が無事なら、カメラなんてどうでもいいって」
そう言いながら、鬼柳の顔が段々と迫ってくる。
「えっと鬼柳さん」
「何だ?」
「何で近付いてくるの?」
鬼柳が段々と近付いてくるものだから、透耶はじわりじわりと後ろへ逃げる羽目になっている。
「透耶は、何で逃げる?」
「鬼柳さんが、近付いてくるからで……って何でそんなに寄るの!?」
「透耶が逃げるから」
透耶が逃げる距離以上に、鬼柳が追ってくる。
そのうち、透耶は壁に追い詰められ、横へ逃げようとしたが、すぐに伸びてきた鬼柳の両腕が壁に付けられ、透耶の逃げ道を塞いでしまう。
前を向けば、真剣な鬼柳の顔。透耶は顔を背けて叫んだ。
「よ、酔ってるでしょ!」
「あんなもんで酔うかよ。別の物で酔いたい」
声は耳のすぐ側で聴こえた。
瞳だけで横を見ると、鬼柳の顔はもうくっ付いていると言ってもおかしくない。
耳に息を吹き掛ける様に、低いバリトンが言う。
「セックスしよ」
頭の中が真っ白になる、というのは、こういう事なんだなと、透耶は後で思った。
本当に何を言われたのか、何を言っているのか。どうしてそんな言葉が出て来たのか。色々考えてみても解るものではない。
「え?」
やっぱり出るのは聞き返す言葉。
しかし、返ってくる言葉は変わらない。
「セックス」
鬼柳はそう言うや早く、立ち上がると同時に透耶を抱え上げた。
「わあああ!」
急激に景色が回ってあたふたする透耶は、今自分がどういう状況なのかを一瞬忘れた。
190センチもある男の肩に担ぎ上げられて運ばれている。
次にハッとして、透耶は暴れ出した。
「き、き、き、鬼柳さん! ちょ、ちょっと待って!ちょっとじゃなくてストップ!ストップー!!」
透耶が暴れて叫んでも、鬼柳はびくともしない。普通、人間を、それも暴れている人を平気で担いで歩ける人間がいるとは思えない。
それでも、鬼柳は慣れた様子でどんどん進んで行く。
階段を上がる前に鬼柳が言った。
「暴れても構わないが、下手すると落ちて骨折。悪くて即死なんてなるぜ」
特に慌てている声でなく、冷静なトーンに透耶はびくっとなり全ての行動が止まってしまう。
死ぬのはどうでもいいが、痛いのは嫌だ。
そうして止まったと同時に、鬼柳はにやりとして意気揚々と階段を上がって行く。
透耶は担ぎ上げられた状態で階段を眺めていた。
確かにこれじゃ落ちたら死んじゃうな……。
などと眺めてたが、階段を登り終わったとたんに、また透耶は暴れ始める。
「鬼柳さあん!俺、男ですってば!そんな趣味ない!」
「俺もそんな趣味はない」
「だ、だ、だ、だったら何で!?」
「透耶が好きだから、したい、入れたい、抱きたい、中に出したい」
ひぇえええ!これでもかって説明!ってじゃなくて!
「俺は! そんなのしたくない!」
そう叫んだ時には、鬼柳は既に寝室のドアを足で蹴り開けていた。
「だから!ドアは足で蹴るもんじゃない!」
なんだか、意味解らない怒りになってしまってる透耶。
掴んでいる腕が緩むと、そのまま倒されるように透耶はベッドに転がされた。
チャンス!と逃げようとしたが、既に遅し。がっしりと肩を押さえ付けられて身動きが取れなくなってしまう。
「い、嫌だ! やめてよ鬼柳さん……」
懇願して鬼柳を見ると、にこりと笑った顔が覗き込んでいる。
「逃げてもいいけど、どこまでも追い掛けるぞ。追い掛けて連れ戻してセックスするから」
笑っているが目はイッている。
「……嫌だ。お願いだから、やめて」
震える声でやっとそれを告げるが、鬼柳はその言葉を聞いてない。
「大丈夫。俺、うまいから。最初はやっぱ痛いだろうけど、まあ慣れるまで我慢だ」
「大丈夫じゃない!嫌だ!これは犯罪だぞ!強姦だぞ!」
「それでもいい。透耶、抱けるなら、何だっていいよ」
うわあ!全然話が通じない!
日本人的意思疎通がまったく出来ない。
次に「人の話を聞け!大馬鹿!」とは叫べなかった。叫ぼうとした時には既に鬼柳に口を塞がれていた。
「……ん!」
激しく吸われ、叫ぼうとして開いた口の中には、鬼柳の舌が割り込んできて、暴れようとしたが、いつの間にか頭を両手で固定され、もうキスを受けるしかない状態だった。
口の中を這い回る舌に犯される。
激しく舌を吸われ、透耶は目眩がした。
こんなキスは知らない。
息も接げない。頭の中が朦朧としてくる。
鬼柳を押し返そうとしていた、透耶の腕の力が段々と抜けて行く。
それを見越した様に、やっと長いキスを終わらせる鬼柳。
やっと息が出来る様になった透耶は深く息を吸い込んだ。
「……はぁ、ん……、はぁ……」
目尻には涙が溜っていた。
眉を顰めている透耶の眉の間に、額にと鬼柳はキスを降らせてくる。
「な……何で、こんな……こと」
激しい呼吸をしながら、やっと言葉を吐いた透耶に、鬼柳がまたキスを降らせてくる。
「ちくしょう、こんな事ってあるんだな」
「……?」
うっすらと目を開くと、歪んで見える鬼柳が言い出した。何を言うのかと透耶が耳を傾けていると。
「こんな感情湧くとは思いもしなかった。ガキみたいにただ欲しいだなんてよ。俺が自分から欲しいだなんて、ほんと昔の話だぜ」
興奮したように語る鬼柳。
彼にしてみれば、この感情は決してあり得ないものだった。それなのに、こうして透耶を目の前にしていると、こうも欲情を押さえられないとは。
もう何も考えられない。
ただ、抱く事だけしか出来ない。
「ひゃあ……!」
透耶が身体を震わせた。
鬼柳の手が、透耶の身体を這い回る。
肌をしっかりと確かめるように、その後を鬼柳の舌が追い掛ける。
胸に辿り着き舌が胸を舐め、噛んでくると、透耶は自分でも思いもしなかった甘い声が口から漏れていた。
「あ……ん……」
与えられる快楽を、不快とは思わなかった。
不快とか思う前に、こんなのは知らない。ただ怖いだけで、そして訳もなく翻弄される。
鬼柳の指は更に進んで、透耶の中心をいきなり握り締めた。
「あ……いや……!」
透耶が我に返ったように、その手を除けようと身動きしたが、それより早く、鬼柳の手がゆっくり動き始めると、もはや透耶には抵抗は出来なかった。
「あああ……あん……」
指の動きが激しくなると、もう口から出るのは甘い声しかなかった。それが一層、鬼柳を興奮させているとは透耶は思っていない。
もう、自分がどんな声を出しているのかさえ解らなくなっていたからだ。
「ああ……はあん……ああ……ん」
「すげーイイ顔。感じてる?」
翻弄されて、自分の激しい呼吸の音しか聴こえない所へ、耳元から低いバリトンのいい声が、耳から犯す。
「やあ……やめ……て」
「嘘だ。こんなに濡れてるくせに。いいんだろ?」
卑猥な言葉に顔を赤らめ、透耶は鬼柳から顔を隠すようにしてシーツに伏せるが、すぐに顔を元に戻される。
「いきたいんだろ。出せよ、透耶」
ゾクッと身体中が、鬼柳の卑猥な言葉に犯されて、透耶は自分を放ってしまう。
「あ……ん……!!」
放ってしまうと、透耶の身体の力は全て抜けてしまい、全身を投げ出してベッドに横たわっていた。
鬼柳は透耶の放った物を漉くって少し舐めた。
だが、まだ終わってはいない。
すくったものを鬼柳は一つの所へ集めた。
透耶は茫然としていたが、鬼柳の指が自分の孔にあてがわれて、ハッと意識を取り戻した。
「な、何?」
顔を上げると、鬼柳が見ていた。目が合うとにこりと微笑まれた。
「何って。入れる準備だよ」
入れる、という言葉にサッと青ざめた。
「む、無理!絶対無理!嫌だ!鬼柳さん!」
「大丈夫だってば。あんま暴れると余計に痛いぞ」
にこりと笑って口付けられて、透耶の抗議の言葉は奪われてしまう。
その間も指は孔の中へと進んで行く。一本中に入ったとたん、透耶の身体は跳ね上がった。
「んんん……!」
あまりの痛さに身体を強ばらせると、孔を締める結果になる。
「いやあ!」
「透耶、力抜けよ。傷をつけたくないんだ」
「だ、だったら、やめろ!」
キッと睨むが、すぐにやっと収まった前を触られ、扱かれると身体の力が抜けてしまう。
「あ……う……」
そうすると、指がスムーズに入り、くくくっと中で回転し、内側を犯して行く。不快感、違和感が入り乱れている中で、一つの点が透耶に甘い声を上げさせる。
指が増え、また最初から中を犯して行く。
透耶は怖くなって震えていた。
どうしてこんな事に。
そう思うと涙が出た。
怖い、怖い、怖い。
「泣くなよ。大丈夫だから」
流れる涙を鬼柳は優しくキスで吸い上げていく。
「怖いなら、俺にしがみついてろ」
いくら怖いと言っても、やめてと叫んでも、懇願しても、もう鬼柳が途中でやめる気は全然なくて、最後まで犯すまで終わる事はないと透耶は思った。
「む、無理……んん……」
散々内側を嬲った指が引き抜かれた。
「あう……」
不快感がなくなり、安心したとたん、透耶の足は高く持ち上げられた。
「……え?」
それと同時に、鬼柳の熱いものが孔に押し付けられた。
「力を抜けよ。ちょっと痛いけど、すぐよくしてやるから」
ぐいっと鬼柳が腰を動かし、中へ侵入してきた。
その力に、痛さに、透耶は悲鳴を上げた。
「い、痛い! いた……い! い……つ……!」
指とは比べ物にならない程の、大きな熱いものが無理矢理身体を裂いて押し入ってくる。その衝撃は、今まで味わったことのない痛さと不快感。
ズンと力強く鬼柳が押し入って、呻いた。
「き、きつう……。すげえ、締まる。透耶、あんまり締めるなよ。はあ、サイコー」
卑猥な言葉に、透耶は身体を赤くさせて反論した。
「か、勝手に。知ら……ない……!」
力を込めて言葉を吐くと、鬼柳がうっと呻いた。
「……うわ、そんな締めたら、イクだろうが……!」
鬼柳は慌てたように、腰の動きを始めた。急速な動きに透耶は痛みと不快感を息を殺して堪えた。
だが、鬼柳の動きが激しくなってくると、もう痛みが痛みなのか解らなくなってしまっていた。
「あん……はぁ……あ……あ……」
痛みで我慢していた口から、喘ぎの声が漏れてきた。
鬼柳は透耶の中を自分自身で犯しながら、その喘ぎを聞いた。
よくしてやる、というのは本気だったから、こうして感じてくれている事が更なる喜びになる。
鬼柳の腰の動きに合わせて、透耶の喘ぎが漏れる。
甘い声、普段とは違う高い声。
それを自分が出させている。
そして自分もそれを聞いて感じてる。
「もう、一生……離さねぇ。他の……誰にも、絶対、渡さねぇ」
「ああああ!」
「透耶、好きだ」
鬼柳は、甘い声で呟きながら、透耶が達するのと同時に締め付けられ、一緒に達していた。
崩れ落ちた透耶は気を失っていた。
荒い息をしながらも、呼んでも返事はしなかった。
鬼柳は甘い息を吐いて起き上がった。
「滅茶滅茶にやろうと思ったのに、やっぱ初めてじゃ刺激強いよな」
まだ繋がったままだったものを引き抜いて後始末をする。
薄らと汗を掻いて、触ると身体が熱を持っている。
綺麗な身体だ。
まだ誰も触った事も、こうして肌を合わせた事もない綺麗な身体だった。
そう思ったから、どうしても欲しかった。
欲しくてたまらかった。
このまま帰しては駄目だ。
そう思ったから、ここへ連れ込んだ。
納得して抱かれてくれるとは思わなかったから。
無理矢理抱いた。
やっぱり正解だった。
透耶の寝顔を見ていると、思わず笑みが零れる。
透耶の顔中にキスをして、ベッドの中に潜り込むと、透耶を抱き締めて眠った。
初めて穏やかに眠れた。
朝の光の眩しさで、透耶は目を覚ました。
「う……ん」
何だか暖かい。
うーん、と手を伸ばすと、何だか広い。
目を開けると、見た事がない天井。
「え?」
一瞬で完全に目が覚めた。
がばっと起き上がって、周りを見回した。
が、急に身体の痛みが襲ってきた。
「いたたたたた……な、な、何?」
身体が痛い、腰が痛い…、あそこが痛い。
「……!」
夢じゃないんだ。頭の中は真っ白だ。
思い出しても恥ずかしい出来事。
男同士でセックス。あり得ない、自分には考えられない。と思っていたのに、しっかり翻弄された透耶。
一体、何がどうしてそうなったのかが解らない。
鬼柳は透耶を好きだと言った。
何故、好きだとか言ったのだろうか?
鬼柳が男色家、ホモで、誰でもいいから抱きたかったんじゃないか、そう考えるとただの行きずりの自分を抱いただけではないだろうか?
うん、そう考えると納得出来るかもしれない。
「そうだよ……事故だ。ここを出れば、それで終わるんだよ」
透耶は呟いて、決心した。
帰ろう。
黙って出て行けば、鬼柳も追っては来ないだろう。
しかし、起き上がったのはいいが、透耶が昨日鬼柳に渡した洋服一式が何処にあるのか解らない。
「洗濯すると言ったから、洗濯機」
呟いて、寝室の鏡台の椅子に掛けられていたバスローブを羽織って、ゆっくりと寝室を出た。
階段を降りて、居間の方へ歩いて、ドアの前で音がしないかを確認する。しかし、音はしなかった。
そろっとドアを開けて中を覗くと、そこには誰もいなかった。
ほっとして、透耶は忍び足で次のドアを開けて中を覗く。
そうやって幾つものドアを開けて行って、ようやく最後に洗濯機を発見した。
飛びついて蓋を開けてみたが、中には何も入ってなかった。
洗濯機は全自動だから、ここに入ってないとなると、乾燥器だけだ。だが、乾燥器の中にも入ってなかった。
「……うーん、これは片付けた本人に聞かなきゃ解らないって事?」
納得がいかなくて、透耶は一人ぷんすかと怒りながら、居間へ入った。どうも待っている場所はここしかなさそうだ。
ふと、見た居間の大理石のテーブルの上に、メモがあった。
「? どっか行ったのかな?」
透耶が見たメモには英語で何か書いてある。
「思いっきり筆記体って……。鬼柳さん、もしかして日本語書けないとか?」
うーん、と考え込んだ。
日本語はペラペラだが、どうも日本人的感覚はなさそうだし、ネイティブが英語なのか。大いに悩む透耶。
メモとにらめっこをしていると、表で車のエンジン音がした。
窓から外を覗くと、鬼柳が買い物袋を下げて、車から降りてきた。どうやら買い出しに出掛けていたらしい。
やっぱりドアが蹴り開けられて、鬼柳が入ってきた。
うーん、この場合は仕方ないかもしんない。思わず溜息が出てしまう透耶。だが、昨日の出来事を思い出して、透耶は鬼柳を見ると真っ赤な顔になってしまう。
鬼柳の方は、まったく平然としたもので。
「お、起きたか。今、飯を作る」
満面の笑みでそう言われると、拍子抜けする透耶。
「う、うん」
「昨日、聞かなかったけど、好き嫌いはあるのか?」
「え? うーん、特にはないけど」
「そうか」
鬼柳は頷くと、ダイニングのドアを蹴り開けて入って行く。
はたっと思い出した透耶は、その後を追った。
「鬼柳さん! 俺の服は!?」
真剣にそう言ったのだけど……と透耶は思った。
荷物をダイニングテーブルに置いて、いきなり抱き締められてキスされたら、何だかもう訳が解らない。
「んんン!」
透耶は暴れて背中を拳で叩いたのだが、まったく動じないのが鬼柳というわけで。散々好きにされてキスが止む。
「はあ、はあ、はあ、も、もう!いきなり何すんだよ!」
と叫んでも、まだ離してはくれない。
何とか逃げようとしても、これも無駄な努力なわけで。
透耶が半ば諦めて鬼柳を見上げると、満面の笑みで見つめられていた。思わず、ドキリ、としてしまう。
「な、何?」
「うん、あんまり透耶が可愛いから。どうしようかなあって思って」
何だか思いっきり殴っていいか?この馬鹿を。
というか捕まる俺がもっと馬鹿?
誰か教えてくれ! と、かなり真剣な透耶。
「あのね、そういう馬鹿な事はどうでもいいけど、俺の服、返してくんない?」
「返してもいいけど、逃げるだろ?」
鬼柳は、ぴくっと眉が跳ね上がって無表情になっている。
うーん、図星かもー。
「あの、俺はとにかく帰りたいの!」
「じゃあ、返さない」
鬼柳に拗ねた様に言われて、「はあ?」となってしまう透耶。
「何で、そうなるの!?」
「帰ったら、後追い掛ける、家に上がり込んで住み着く」
「は? 何で追い掛けるんだよ! 嫌だよ」
「じゃあ、ここで監禁」
「全然意味が解んないよ!!」
ストーカーに監禁!?何考えてるんだ、この男は!
大体、この考え方は明らかにおかしい。
双方共に自分の意志が通じてないと思っている。
鬼柳の方も眉を顰めて、透耶を見ている。
「どう言えば、解るんだ? 透耶が好きなだけなのに」
「好きだったら、ストーカーして、挙げ句監禁するのかよ!」
「うん」
「……」(難)
即答されて透耶は頭を抱えた。
解んない、解んないよぉ。
とにかく、自分の意志は通した方がいい。
透耶は深呼吸をして、鬼柳を見上げて言った。
「俺、そういう趣味ないから、こういうの嫌なんだよ。だから、ストーカーされても、監禁されても、絶対に嫌だ。犯りたいなら、他行って、そういう人とやって」
透耶がそう言うと、鬼柳は少し天井を見上げて考え込んでしまった。
よし!通じた!
と、思った透耶は甘いのだろう。
少し迷った鬼柳が言ったのは衝撃的一言である。
「……俺、セックス下手だった? 自信あったのになあ」
本格的にずっこけたくなった透耶。
「下手、上手いの問題じゃなくて……根本的に違う」
ああ、頭痛がしてきた。
このまま押問答で、到底、透耶の意志が伝わる事もなく、もちろん鬼柳の言葉の暴走はエスカレートする一方。
根気負けしたのは、許容量を越えてしまった透耶の方だった。
「解った。逃げないから、とりあえず服返して……」
結局、当初の目的である、服を返してもらう所で落ち着ける事にした。ここから始めないと話にならない。
「……逃げない?」
念を押すように、鬼柳は尋ねてくる。透耶は、うんうんと頷いた。取り合えず、嘘でも頷かないと返してくれそうにない。
するとやっと抱き締めた腕を離してくれて、透耶は自由になった。
だが、次の鬼柳の行動に唖然としてしまう。
なんと、鬼柳は透耶の洋服一式を台所の一番上にある棚の中にしまっていたのである。
「そ、そんな所に!? 何で!?」
鬼柳は洋服を渡しながら、平然と言って退けた。
「買い物行っている間に逃げないようにと思って」
「……用意周到過ぎる」
行動を読まれているというか、ただ用心深いのか、はたまた、ただの変態なのか。
強姦、監禁、ストーカー……。ある意味、究極の男だ。
俺って、このままどうなっちゃうんだ?
無事に家に帰れるんだろうか?
透耶の深い溜息が、ダイニングに響いて余計に大きく聴こえた。
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