spiraling
27
嵯峨根会会長都寺冬哩(つうす とうり)は、実弟の秋篠一家総長都寺朋詩(つうす ともし)から受け取った資料を眺めて鼻を鳴らした。
「義理堅いとかいうのは、本当にややこしいもんだな」
思わず漏れるのは、朋詩の嵯峨根会理事長秋篠啓悟(あきしの けいご)に対する、絶対的な忠誠だろうか。一家で世話になったからといって、今現在まで左右される信頼など、うっとうしいだけだと冬哩は思う。
弟に関しては大して関心は持たなかったから、あそこまで忠義を発するような人間だったのかと少しだけ面倒だと思った。
そうしてふと思い出す。散々、あの朋詩を殺そうとしてうまくいかず、最終的には自分のミスなのか不安だったが、対象を他にしたところあっさりうまくいったこと。朋詩の時だけうまくいかないのだ。
「あいつ、センサー出てるのか?」
思わずそうつぶやいてしまうのも仕方ない。
今回の資料だってそうだ。最初から冬哩が書類を自分に請求することを予想して同じものを用意していた。朋詩はどうも冬哩のことをよく知っているのだろう、どういう行動をするのか予測できるらしい。
出来ればそんな人間は消してしまいたいが、今朋詩を消しても意味がない。今そんなことをすれば、資料を受け取りにいった自分たちが疑われる。だから行動しない。それに幸いなことに啓悟には自分が資料を受け取ったことをしゃべっていないようだ。どういうつもりなのか知らないが、啓悟に対してちょっとした不信感があるのだろうか。
「そうなると面白い」
朋詩一人に疑われたとしても啓悟は痛くもかゆくもないのだろうが、冬哩からすれば、啓悟の絶対的な味方が減ることはありがたいのだ。
「あら、ご機嫌なのね」
西野亜矢子(にしのあやこ)がソファで書類を見ている冬哩を見て笑っている。ウイスキー注いで出してくれたのだが、その氷が溶けているのに気づいて入れ直してくれたばかりだ。
キッチンからつまみを持ってきてテーブルに並べられたものを摘まんで食べても冬哩の感想はない。うまいともまずいとも彼がそういう感想を言ったことはない。普通なら呆れてしまうところだが、そんなところが亜矢子は気に入っていた。
恋人が欲しいわけではない、ましてヤクザの姐さんになりたいわけでもない。愛人として短い間だけ囲ってくれればそれでいいという関係が気に入っていた。
「亜矢子、おまえたしか沖縄出身だったな」
そう言われて亜矢子は頷く。
沖縄から東京へ上京し、就職したがうまくいかずにキャバクラで生計をたてていた。そこに冬哩がやってきて気に入ったからと引き抜かれて京都へ移った。そして愛人生活である。
「なぁに、沖縄のなんの話なの?」
「高嶺会というのを知っているだろう?」
「そりゃ地元のヤクザだもの」
「真栄城(まえしろ)家のことはどこまで知っている?」
「えーそうね。確か、高嶺会の前の会長が真栄城(まえしろ)って人だったかしら? 私が上京するくらいの時に変わったらしいって聞いたかな。何調べるの?」
亜矢子はそう単刀直入に聞いてきた。
亜矢子はキャバクラをしている時、どういうわけか、ヤクザ関係の人間に好かれていた。それもチンピラではなく、組長クラスの人間ばかりにだ。その伝が今でもあり、世間話くらいの情報なら仕入れられるのだ。食事一回するだけの簡単な仕事だ。
西野亜矢子(にしのあやこ)が冬哩に囲われていることは、あまり知られていない。だからやりたい放題だ。
「真栄城(まえしろ)家のことを全部」
「わかった」
亜矢子は頷くとそのまま寝室に入り、着替えて出かけていく。冬哩はそれを見送りもせずに書類に没頭していた。
三時間ほどすると亜矢子が戻ってくる。深夜に差し掛かった時間だが、書類をたくさん抱えて部屋に上がってくる。
「はい、とりあえず集められるだけ集めたやつ。感謝してよ、沖縄の友達にまで頼んだんだから」
「はいはい」
感謝もしていないような声でそう言われ、ため息をついて書類を渡す。すると二百万円の小切手が手渡される。
「んーいいわねこれでチャラよ」
疲れていたと言いながら小切手の額を見て微笑んで寝室に入っていった。たぶん疲れたので寝るのだろうが、すでに3時間前に行為を済ませているため、冬哩はかまいはしない。
数種類の封筒を拾い上げると、どこでどう手に入れたのか、戸籍が入っている。どうやら沖縄の友人というのはヤクザ関係の何かを追っている人間らしい。詳しい真栄城(まえしろ)家の家系図まで入っていた。
真栄城光藍(まえしろ こうらん)から伸びる青良安里の双子。その青良から伸びる俐皇の名前。父親が如罪組の松比良正登(まつひら まさと)であることは知っている。
安里の妻は高岸家から来ている藤子で、子供は一人。桜子。桜子は高嶺会理事長の渡真利壮比(とまり そうひ)と最近結婚している。
この辺はだいたい調べれば出てくる内容だ。
真栄城光藍(まえしろ こうらん)の妹である真境名(まじきな)るみ子は二人の子供を産んでいる。
茅乃と亜矢子の二人。
亜矢子の名前に引っかかったが、すぐに人違いであることに気づく。年齢が違う。
こっちの亜矢子は22、書類の亜矢子は46だ。
その茅乃は、織部寧樹と結婚し、離婚。子供の寧野は、茅乃の死後、父親に引き取られている。
「これが金糸雀(ジンスーチュエ)か」
気になるのは寧樹の生まれでもあるが、それは今回の資料提供に含まれていないことを思い出す。
正直、金糸雀(ジンスーチュエ)に興味があったわけではないが、いたらいたで面白いかも知れないとは思った。手に入ったら子供でも産ませて繁殖させるのもありだろう。実際、貉(ハオ)という組織はそれで巨大化したのだから。
とそこまで考えてやめる。
真境名(まじきな)亜矢子が生んだ子供は二人、弓弦(ゆづる)と紫苑の姉弟。紫苑の方は父親の古我知才門(こがち さいもん)の姓を名乗っていて、姉の弓弦(ゆづる)は真境名(まじきな)のままだ。
光藍の母親である、はやと妹であるるみ子の所在はわかっているが、死んだ茅乃と亜矢子以外で紫苑だけしか行方がわかっていない。
織部寧野は宝生組若頭宝生耀の情人として生きていると聞いたが、宝生耀がドイツで消えて以来、行方がわからなくなっているらしい。らしいとは噂を聞いただけだからだ。
この辺は冬哩の方が知っている。
織部寧野は現在、真栄城(まえしろ)俐皇が監禁しているということ。だが二日前、俐皇が二ヶ月ぶりに日本に戻ってきていた。
本人はすぐに啓悟に呼び出されていたが、どうやら織部寧野の生死は不明ということらしい。
本人の目の前で海に飛び込んで浮かんでこなくて遺体が見つからないと言っていた。
だが冬哩は知っていた。織部寧野は生きていると。
煌和会と繋がりがある嵯峨根会であるが啓悟に入ってくる情報と、冬哩に入ってくる情報が違っている。
基本、嵯峨根会に入ってくる情報はほぼ啓悟に書き換えられていると思っていい。
「この辺が不満だな」
特に嵯峨根会に興味があったわけではないが、ここ最近の啓悟の警戒の仕方が気に入らないのだ。どんな情報を聞かされても大して興味はなかったのにだ。いきなり隠されれば気になってくるもので、それを機会に調べ始めた。
きっかけは自分の父親の暗殺犯のことである。
父親を暗殺して嵯峨根会を乗っ取るのは、啓悟の計画だった。しかし冬哩は父親に何の感情も持っていなかった。だから殺すのには賛成した。
その頃にはすでに嵯峨根会は啓悟が乗っ取ったようなものだったが、それに気づいたらしい父親が急に親しくしてきてうっとうしかったのだ。
あげく、捨てたはずの朋詩にまで懐こうとした。
嵯峨根会の会長としてあるまじき行動である。周りは批判し、居なくなることを望んだ。周りすべてが望んだ結果、嵯峨根会会長都寺冬基は暗殺された。
もちろん表だっては事故であり、警察もあまり追求したくないのか、金を受け取ってもみ消した。
しかし、ここにきて、この事故を調べ直す輩が出てきた。
それが警視庁組織犯罪対策部の杉浦警視と大阪府警組織犯罪部の浅川警視正だ。この二人、ヤクザの世界では一番悟られてはいけない人間だ。この二人が関わった事件で、解決しなかった事件は一件もないのだ。かぎ付けられたが最後、ぺんぺん草も生えないように犯罪が暴かれる。
冗談じゃない。冬哩はそう思った。
暗殺事件で逮捕されて矢面に立たされるのはきっと自分だ。
啓悟は会長の冬哩にやれといわれてやったと言えば、罪は軽くなる。最初からそのつもりで暗殺を仕組んだのだろう。
これがわかってから冬哩は初めて焦った。自分が仕組んだわけではないことで逮捕されるなどばかばかしいことだ。
そこで自分の手の者を増やし、まず暗殺事件の関係者を殺害することにした。
啓悟はどういうわけか、植野千代(うえの ちよ)という証人になりそうな女を生かしていた。これは殺害しなければならない重要な人間だ。そこで放火して殺させた。
ところがこれが失敗し、啓悟が手配していた女を殺してしまったようだ。
さらにまずいことに、植野千代が啓悟が用意した見張りの男と逃亡している。
啓悟は冬哩が殺させようとしたことには気づいていないし、放火犯はすでに始末したので犯人はわからないままだが、誰かが余計なことをしていることには気づいて植野千代(うえの ちよ)を探し出した。
しかし植野千代(うえの ちよ)は二ヶ月以上見つかっていない。北海道から逃げ出したのか、他に協力者がいたのか。見事に逃げられてしまい冬哩もお手上げである。
そこで啓悟が使った俐皇の手の者である、昔冬哩をいじめていて仕返しで死にかけたという皆川芳朝(みながわ よしとも)を探した。しかし皆川も行方不明で自宅からも実家からも消えていた。殺されたわけではないだろうが、知っている知り合いも見つからなかった。
忽然と消えていく関係者。
そこで冬哩はまさかの可能性に気づいた。
自分たち以外の誰かが、植野千代)や皆川芳朝を匿って隠したのではないかということだ。
だがそんなことをして得するような組織は見つからない。それに植野千代が命の危険に気づいていたなら、警察に駆け込んだ方が助かるはずなのに、何故そうしないのかわからない。
とにかく植野千代は探し出して確実に殺さなければならない。
部下に命じてさらに探してくるように言ったがとうとう警察まで植野千代を探していることがわかってきた。
「どこに逃げたら完璧に隠れられるんだ」
警察からも逃げられるような援助を受けているとなると、相当な裏があるはずだ。
だが何を調べていてそうなったのかわからず、気になるところを調べていたところ、宝生組の人間が真栄城(まえしろ)俐皇の過去を洗い出しているという情報を耳にした。
たまたま冬哩が亜矢子から聞いた話で、俐皇自身も気づいているようだという話だった。
亜矢子はどこにでも情報網を持っていて、知らないことはあまりない女だ。何者でどこの組織にいたのかという問題はあるものの、今の所怪しいそぶりはみせていない。冬哩を利用して何をするつもりなのだろうかわからないが、それで冬哩が損をしないならそれでもいいと冬哩は思っているくらいに亜矢子は使える女だった。
その情報をもってしても、俐皇に陰は見えていない。
俐皇が海外の組織と別途繋がっていることは啓悟も知っている。そもそも煌和会を嵯峨根会に引き入れ、前会長都寺冬基の存在感を消したのは俐皇だ。そこから啓悟の力が強くなり嵯峨根会は完全に啓悟の手の中になった。
そこには冬哩も含まれるのだが、最近の啓悟の秘密主義に冬哩にも考えが浮かんでいた。
うまく暗殺事件を啓悟だけになすりつけて、嵯峨根会を乗っ取る方法を考えようというわけだ。
今までやる気さえなかった冬哩が、本気で実権を取り戻そうとするなど、啓悟からすれば誤算だろう。冬哩はあくまで飾りであるべきだという考えだろうが、残念なことに、前会長を裏切って啓悟についたはずの人間たちが、あまり恩恵にあずかれないと不満に思って冬哩に繋ぎを取っていることなど啓悟は知らないだろう。
内部の人間より外部から招いたよそ者が、でかい面して幹部になったことをその者達がよしとするわけがない。不満は最高潮に達していて、一旦賛成したものの、扱いの差に苛立ちを募らせていくだけなのだ。
そこで啓悟を填める何かを用意しようとしたわけだ。
啓悟の現在の頼みの綱は俐皇だ。
俐皇が煌和会を呼び、啓悟をたきつけることになった。本人にその気がなかったというのは絶対に有り得ない。わかっていてわざわざ選ばせたのはわかる。
啓悟の無茶を受けている俐皇を見たことがあるが、受けた瞬間困った顔をしてみせるがその後笑っていた。あれは俐皇が思っていた通りのことが起こってにやけたのだ。それを冬哩に見られていたなど俐皇は思いもしないだろうが、あれが俐皇を疑う理由にはなった。
真栄城俐皇という男がどういう男なのか、啓悟は知りもしない。ただ立場上便利だから使っているという気でいるのだろうが、どちらかというと俐皇が啓悟を利用しているようにしかみえない。
啓悟の誤算は俐皇の思う通りに行動させられているということだ。
そもそも嵯峨根会を乗っ取るのは事実上不可能であるが、啓悟を操れるなら話は違ってくる上に、邪魔になれば会長以下理事長の啓悟から幹部まで一網打尽で警察に渡すことが出来る。
啓悟が生かしていたと思っていた植野千代は、もしかしたら上手く言いくるめて俐皇が生かしていたのかも知れない。それこそ邪魔者を一掃するための駒として残していた。
くせ者だと思っていた俐皇はやはりそのままの人間だ。
書類を持ち、亜矢子の部屋を出る。寝ている亜矢子には何も言わない。オートロックのドアは勝手に閉まり、小さな音を立てる。その音を聞かずにエレベーターまでいくと、越智理一(おち りいち)と乾正貴(いぬい まさき)が立っていた。
この二人はいわゆるボディガードだ。会長である冬哩にそういうものがついていないとさすがにまずいという理由でつけられたものだ。だが人選は冬哩に任された。
大学時代の友人といえば聞こえはいいが、いわゆる悪友だ。
「亜矢子は元高嶺会顧問だった道伏信葉(みちふししんよう)に会っていたようです」
越智がそう言い、冬哩は苦笑する。
「道伏(みちふし)もいい根性をしているな」
「ええ、元顧問の立場を使ってまで仕入れた情報をあなたに流れるとわかっていて渡すなんて」
道伏は元々関西出身の組にいた。組長として君臨して組長を引退しようとしたとき、高嶺会顧問の話が舞い込んできた。そのまま顧問の話を受けて沖縄に渡り光藍が引退するときに関西に戻った。
高嶺会を鉄壁にした光藍に使えていたという理由で、秋篠啓悟(あきしの けいご)が情報をほしさに読んだ。そこで光藍の情報は得られただろうが、心機一転した高嶺会の情報はさすがにもってはいなかった。
いまでも光藍の影響は強く残っており、役立つこともあるので道伏(みちふし)は必要だが、それでも用済みといっても過言ではない。情報を漏らしたことなど高嶺会にばれてはいるだろうが、大した情報ではないか道伏(みちふし)はまだいきている。
嵯峨根会から用済みと役職を外された後、彼がどうなるかなどそれこそもらした情報次第だろう。それがわかっていて今の自分を楽しんでいるのかもしれないと思ったら、冬哩に情報を流して恩を売ろうとしている。だからいい根性しているという表現になるのだ。
「そのほかは喜多に」
道伏以外の誰に情報をもらっていたのか調べるために何人も亜矢子につけている。
本格的に啓悟に反旗を翻すなら、亜矢子の素性もはっきりさせておくべきであるというのが仲間の考え方だ。正直冬哩には亜矢子がそこまでの野心をもっているとは思っていない。せいぜい可愛い父親批判くらいだ。ただ亜矢子に大した考えがなくても亜矢子に情報を与えている人間が亜矢子を使って冬哩から何かを得ようとしているなら、阻止しなければならない。
車に乗ると喜多から連絡が入った。
『亜矢子は沖縄に連絡したようです。現在番号から相手を特定する作業をしています。早くても今日中には』
本当に沖縄に連絡をしたようであるが、それがどの資料なのか不明だ。
ふとさっきの資料を見返して、冬哩はにやりと笑った。
「なるほど、そういうことか」
そのまま資料をまとめてしまうが、ふと手が止まる。
金糸雀(ジンスーチュエ)織部寧野。現在、煌和会龍頭(ルンタウ)操武藍(ツァオ ウーラン)が監禁して飼っている。
冬哩に入ってくる情報で役に立たないと思っていた情報だ。
煌和会の龍頭(ルンタウ)という立場の人間が、金糸雀をほしがるなんておかしな話だと思っていた。確かに飼えばそれなりに未来に期待が出来るだろうが、武藍(ウーラン)のようなしたたかな人間がほしがるほどではない。それ以外にどういう意味があるのか考えると、もしかしなくてもそれなりに鑑賞に堪えうる人間なのかという予想しかない。
よくよく考えれば、鵺(イエ)の龍頭(ルンタウ)がこの織部寧野には非常に甘く、丁寧に扱っている。宝生組の若頭に至っては情人として囲っていた。そろそろ結婚などという話も出てくるはずなのに、それがなく男の情人に愛をささやいていた。そして俐皇だ。こいつまでもが織部寧野を監禁して二ヶ月以上も雲隠れしていた。さらにここから煌和会の武藍(ウーラン)が寧野を奪い、所有しているわけだ。
この中で、金糸雀(ジンスーチュエ)として寧野を扱っている人間がいない。
武藍(ウーラン)はそれすら利用しそうではあるが、それでもそれだけの理由で人一人を監禁はしないだろう。つまりほれた腫れたで織部寧野は様々な組織を行ったり来たりしている。
写真を見て、どうしてこれがいいのかわからない。確かに美青年で飼うならそれなりの容相であるが、かといって世界の裏組織の人間が我先にと優先するような美貌ではない。これなら探せばもっと他にいくらでもいるような容姿だ。
手元に置きたくなるような何かがあるのか。よくわからない。
理解しがたい何かがそこにあるのか。
そもそも織部寧野に関して、光藍が手を引くほどの何かが存在していたのはなんなんだ? 世界の黒組織の人間が鵺(イエ)を恐れて手を出さないのが理由だと言われると、鵺(イエ)はどうして織部寧野にそこまで固執している。
そこでやっと冬哩はもしもの可能性について気づく。
鵺(イエ)の関係者、それも龍頭(ルンタウ)の身内になるのではないかということ。愛子(エジャ)の相手は貉(ハオ)の龍頭(ルンタウ)新雪(シンシュエ)ではなく、鵺(イエ)の龍頭(ルンタウ)司空(シコーン)だったのではないかという可能性だ。これが鵺(イエ)の動きに関しての説明がつく。
あげく、鵺(イエ)が織部寧野に対して強制出来ないのは、織部寧樹の時に失敗をしたから。母親が死んだのはそのため、そして織部寧樹はそれを知っていた。
当然鵺(イエ)の援助なんて受けるわけがない。ヤクザで居続けたのも腹いせか。
「つまり、織部寧樹が正当な龍頭後継者。織部寧野は、現在の鵺の龍頭が死ねば、龍頭になる資格がある唯一の血族ということになる」
鵺(イエ)は直系が龍頭(ルンタウ)になる資格を持つ組織で、現在の龍頭(ルンタウ)が生まれるまでは、織部寧樹が後継者だった。しかし貉(ハオ)の奴隷であった愛子(エジャ)から生まれ、さらに貉から追放された時に鵺側はそれを把握していなかった。
長年の月日が過ぎ、愛子(エジャ)が子供を産んだことを知り、調べるとそれが司空(シコーン)の子供であることがわかった。後継者がいなかった司空(シコーン)は寧樹を強引に連れ去ろうとし、事件に発展し妻の茅乃が死んだ。
この頃、司空(シコーン)の愛人の一人が子供を産んでいることがわかり、寧樹から手を引いた。
寧野を殺せなかったのは、愛人の子供が生き残っていける確率がそれほど高くなかったため、保険として寧野を残した。
しかし、織部寧樹は金糸雀(ジンスーチュエ)として覚醒しており、寧野もまたその血を引いていたため、監視することになり、貉(ハオ)との衝突によって寧樹は死んでしまい、寧野を引き取るわけにはいかないため、宝生組に預けた。幸い若頭が寧野に惚れていて、ほっといても手を出してくることになったため、事情を話して任せた。
宝生組としては貉の金糸雀であるが、使わず預かるという名目ではあるが、それ以上に鵺の関係者であることは隠した。貉とは因縁がある鵺(イエ)は貉(ハオ)を壊滅させるために行動するが、表立って動かなかったことで余計に怪しくなっていた。
どうして自分の国の組織同士の争いに宝生組という日本のヤクザを絡めるのか、今思えば不思議ではある。織部寧野という存在のために宝生組が口を突っ込んだととれるようにしたのだろうが、今思えば鵺の行動はおかしいといえる。
鵺と宝生組はつい先日まで、関係は良好だったが、宝生耀が消えたのに合わせて織部寧野が消えた時期と同じくして、関係がこじれていた。もともとこの二つの組織が良好関係だったのは貉(ハオ)の事件の時くらいで、その関係を築いていたのは宝生耀である。その耀が消えて、宝生組が破門状を出した。
正直意外だったが、宝生組の呆気無い破門状には、さすがといえた。
宝生耀の所在不明から出るデメリットの方が、宝生耀を若頭に据えておくよりも大きいと判断されたわけだ。組長代理の非情さと思われるが、そんなことではない。宝生組はもとより、宝生耀の存在が荒れる元となっており、組織を一つにして束ねるには、宝生耀の存在をこの際切ってしまうに限ると判断したと思わせておきながら、宝生耀に自由を与えたのだ。
これがどういうことかわかっている人間がどれほどいるのだろうか。
国や組織、ましてヤクザという古びたしきたりなど超えた存在に、宝生耀はなったのだ。それを宝生組組長代理宝生楸(ほうしょう ひさぎ)は狙ってやった。
上や下という枷から放たれたら、普通はヤクザの報復などで殺されるというイメージがあるが、そんなことはない。土台はすでに海外に用意されていて、その土台に宝生耀はたどり着いた。
破門状が出たということは、宝生楸(ほうしょう ひさぎ)は宝生耀がどこで何をしているのか知っているということなのだ。つまり奴らはグルで足かせを外す行動をしていたに過ぎない。
俐皇の誘拐を利用した、旧世界からの足抜けを成功させた。
俐皇はそれを知ってさぞかし煮えくりかえる思いをしているだろう。
「面白いな」
ヤクザだから大したことなどないと思っていた。生きていて楽しいなんて思ったことはないが、自分に牙を剥くような人間を貶めるのは楽しかった。だがこうやって想像しただけでもヤクザという生き物は楽しい。生まれや生き方そのもので何もかも変わる。
その代表として織部寧野など、翻弄されて生きているといっていい。そして生まれた時からその世界に身を投じて冬哩と似た期待をされていた宝生耀は、冬哩とは違った跡継ぎとして申し分ないように育ちながら、大きすぎる組織と立派すぎる叔父の存在で、組組織からはじき出されながらも裏の世界に自らの足で立とうとしている。
うっとうしいと思っていた啓悟もまた自分の力で今の地位を築いた。
世襲制でのんびりとやる気もないのに地位に就いたのは自分だけだ。
そこで初めて冬哩は自分が周りからどんな目で見られていたのかを悟る。今まで気にしたことなどないのにだ。初めて恥ずかしく、屈辱的なことだと思えた。まだ朋詩の方が信念をもって行動している。
焦ってしくじったのは、信念がないから。
なら嵯峨根会を自分が本当に牛耳ることが、すべての人間の裏をかくことができることだ。
冬哩は手に入れられることはすべて手に入れてやろうと思った。 それこそ幻だという、金糸雀(ジンスーチュエ)にだって手を出してやる。
すべてを自分の手のひらで回す。ただそれだけのために頂点を取るのもありだ。
嵯峨根会会長都寺冬哩(つうす とうり)が初めて目的を持って行動するに至った理由は、ただ面白そうだからという些細なことではあったが、ここで彼を見下していた存在たちが、彼が化けることによって行われる粛正の恐怖を知ることになる。
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