寧野が本家の案内人と耀のボディガードである九猪と億伎を連れてフランス入りしたのは、次の日の朝だった。何時間もかかる距離であろうが寧野には一瞬であった。眠れず起きたままでひたすらシミュレーションし、耀を無事に日本に返せるよう手配した。
たぶん彼は怪我をしている。
拷問だって受けただろう。それがどれだけ酷いものだったのかは解らないが、あの俐皇(りおう)という人間がこれ以上無駄だと感じ、寧野との交換を言うくらいだから、歩けないかもしれない。
たぶん耀には寧野と交換することは知らされてないはずだ。だから耀が次に目が覚めた時、寧野は耀の側にいてやることができない。
それが少しだけ寂しい。
そう思っているうちにフランスに入国した。
国際空港となると様々な国の人々が行き交っているが、寧野たちが到着した時間は昼間とあり、かなりの人がロビーにいた。この中から俐皇(りおう)側の案内人を見つけるのは苦労だと思い、向こうから見つけて貰うのがいいだろうと判断した時だった。
そのロビーで寧野はすぐに俐皇(りおう)を見つけた。
真っ黒な髪で少しウェーブがかかっている見間違いようもない男。背は高く顔がスラブ系とくれば、絶対に間違いない。
相手が大胆不敵に堂々と現れたのには、周りも皆驚いた。
まさか本人が来るとは思いもしなかったので油断した。
「やあ」
そう言って俐皇(りおう)は車イスを押してくる。
予想外の登場に全員が動けなかった。
普通、誘拐犯は人気のないところで行動を起こすものだ。しかも耀のように怪我をした人間を連れている場合はだ。
「妙な気を起こすなよ。こいつをここで俺から取り戻してトンズラは出来るかもしれないが、俺の友人たちがこのロビーにいる人間たちを人質にしている」
車いすに座っているのは確かに耀だった。しかし本人は眠らされているのか身動き一つしない。しかし足は車いすに固定されていて立ち上がることが出来ないようにされていた。よくみると腕にも細い糸のようなものが巻かれていた。
それらの上から毛布をかけて足が悪い人のような扱いにしている。周りからは耀が拉致された人には見えない。最初からそうするつもりだったのか顔などには怪我がないのだ。
耀を車いすに固定し、動けないようにした上での交渉。正直誰もがやられたという気分だろう。
耀が座っている車いすに爆弾がしかけられていたら、それこそ俐皇(りおう)が自爆して全員巻き込むことだって出来るのだ。
この計画は耀があの場所にいた時から俐皇(りおう)の目的が寧野に移っていた。その耀から情報を聞き出せればラッキー、聞き出せなくても同等の対価が得られる寸法だった訳だ。
「……耀」
車いすを押した俐皇(りおう)が、寧野の隣に立ち、車いすを億伎に渡した。
その時、俐皇(りおう)が億伎に言う。
「お前、あの時居たよな。逃がしたのはお前だったか」
億伎の顔には見覚えがあったが、殺したのがどの人間だったかは見ていなかったようだ。さすがに耀の側近だから簡単には殺せなかったのは後悔しているようだった。
つまりあの書類は本当に俐皇(りおう)にとって始末したかった書類だったわけだ。耀の思惑は上手くいったと言っていい。
まさに世界に指名手配されてしまうかもしれない犯罪の証拠と言っていいものだったのだ。あのイタリアで両親殺害の容疑それだけでも今のイタリア政府は、犯罪に手を染めている俐皇(りおう)の身柄を確保出来るだけで何かが変わるかもしれないからだ。
俐皇(りおう)にとっては今更そんなことで逮捕され拘束されるのはごめんというわけだ。逃げ切れるだろうが、今のように自由に顔を晒しての行動は出来なくなる。それがどれだけ面倒なのか、俐皇(りおう)は知っているのだ。
億伎もそれだけは確信できたようだった。
「でもまあいっか」
俐皇(りおう)はそう言って笑ってはいるが、生かして返したことは悔いているらしい。それだけは億伎にも解った。睨み合っていたが億伎は俐皇(りおう)から目を反らした。今は耀の安全が優先だった。
車いすを億伎が受け取ると同時に寧野の腕が俐皇(りおう)に捕まれる。反射的に避けようとしたがそうするべきでないと悟って寧野は息を吐く。
反射神経で殴り倒してしまいそうだったのだ。
「いい子だ」
寧野の決意はみて取れたのだろう。俐皇(りおう)はニヤリと笑って寧野の腕を引いて歩き出す。
さすがにあの場で暴れてしまうのは、周りの人間を危険にさらすことになる上に、耀を受け取った今、フランス警察に耀を渡す羽目になる行為は出来ない。
怪我をしている説明も出来ないし、耀が日本のヤクザだと知られればもちろん、ただでフランスの警察が耀を返すわけないからだ。それだけはさけなければならない。
周りも何も出来ないまま、寧野を見送ることになった。
「まさか本当に寧野様が目的だったとは……」
あっさりと耀を返してきた俐皇(りおう)に億伎が信じられないとばかりに言った。
だが耀が完全に無事ではなかった。付き添いの九猪が耀の体を簡単に見た結果、かなりの重傷であることが解った。すぐに入院させた方がいいのだが、その病院の手配に少し時間がかかる。
普通に病院に運べば宝生耀(ほうしょう あき)であることがバレる。そうなると警察に通報がいき、当然当局によって耀が逮捕されてしまい、日本の警視庁や公安に宝生組を強制捜査をさせる理由を与えてしまう。それだけはマズイのだ。
だからフランスでの協力人にすぐに電話をして協力仰いだ。
それがあの榧(かや)流をフランスで押していた榧希(かや のぞむ)の孫御小柴(みこしば)兄弟になってしまうのは、俐皇(りおう)なりの皮肉かもしれない。
耀を拘束できた技を俐皇(りおう)に教えた御小柴(みこしば)兄妹にその力を見せつけてやれるからだ。
寧野はぐっと堪えて俐皇(りおう)の後ろを歩く。
手を引いているだけで逃げることは出来る。だが耀が無事にフランスの協力者のところにいけるようにするには、寧野がおとなしくする必要があった。
しかし俐皇(りおう)が約束を守ることは、耀が帰ってきたことで証明されている。だから寧野が俐皇(りおう)に対して裏切りをするわけにはいかない。
ひとまず、耀から俐皇(りおう)を遠くに離してしまってから逃げることを考えようと寧野はぐっと我慢をする。
俐皇(りおう)はそのまま飛行機の搭乗口に向かう。外に出ずにそのまま飛行機で移動するとは思わなかった寧野は呆気に取られた。
向かう先はイタリアだった。出国の手続きはすでに出来ていたらしく、俐皇(りおう)は空港券だけ持っていて、それで飛行機に乗った。
まさかすぐに国外に移動するとは思わなかった。入国してすぐ出国してもユーロ圏内の移動であればパスポートなどを提出しなくてもいいことがある。これはそれを利用した痕跡を残さずに移動する方法だ。ユーロから脱出するときに初めて出国した記録が残る。
つまりユーロ圏内ならそうした移動をされても寧野が何処にいるのか誰にも解らないということになる。
二人は飛行機のファーストクラスに乗り込み飛行機は飛び立った。
まさかこんな簡単な手順で自分が誘拐されるとは思わず、寧野は不審な目で俐皇(りおう)を見る。
鮮やかに人質交換を終えた俐皇(りおう)は頬杖をついて寧野の顔を見ていた。その顔はニヤニヤとしている。
「何がおかしい」
寧野が睨みつけてそう言うと、俐皇(りおう)は満足したような顔をしていた。
「してやったりという気分だからな。寧野たちは俺の後を付けて寧野の居場所を把握しようとしているんだろうけど、それは無理」
「……」
確かにフランスからなら無理だ。でも盗聴器や発信器は気にしないのか、それともそれを防ぐ何かを彼が持っているのか。
携帯や連絡手段になるものは事前に持たないように言われていた。もちろん約束ではあるので寧野は全部置いてきた。バカ正直にした理由は、そこから何か情報を取られたりするのを防ぐつもりでもあったからだ。
俐皇(りおう)は寧野の懐などを手で探りだし、寧野が何も持ってないのを確認した。もちろん持っているのは財布だけだ。それも自分のものではなく、ただユーロ数枚入れているだけだ。一応簡単に脱出出来た場合、一晩でもどこかに泊まることが出来る金額を入れてくれたものだった。
「なるほど」
財布を見た俐皇(りおう)はそれだけで簡単に理解したようだった。
「でもこれだけとは思わなかったな」
なんでも仕込んでくると思っていたらしく、寧野がそうしたものを何一つ持ってないのは不思議でならないようだ。
「約束だっただろう。お前はちゃんと耀を連れてきた。だから俺を渡すときの条件はちゃんと守る」
寧野はしっかりと俐皇(りおう)の目を見て言うと、俐皇(りおう)は苛ついたように寧野の顎を掴んだ。
「その口からあの男の名前は二度と出すな」
そう言われて寧野は何かあったのかと思った。だがそれをつっこむ前に別のことに口を出した。
「じゃあそれの話になった時、俺はあの男のことをなんて呼べばいい? 言っておくが変なあだ名とかは却下だからな」
真面目な顔をして、今まさにあの男のことを話合っているわけだが、呼ぶなと言われれば呼ばないように出来るが、じゃあなんて言えばいい。本当に困っての質問だったのだが、俐皇(りおう)の方はまさかそんな言葉が返ってくるとは予想だにしておらず、眉が完全に困った感じにハの字になっていた。
「お前、変わってるな……前から変だとは思ってたが」
「うるさいな。こういう微妙な立場なんだからこうでないとやってられないんだ」
威張って情人ですとも言えないし、かといって萎縮すると前にあったようなセクハラを受ける羽目にもなる。微妙さ加減を十分解っていてのあえてどっちでもない立場でいるには、こういうズレた感覚でないとだめなのだ。
もっとも耀と付き合っていく上で出来上がった性格なので、直せと言われても直るわけがない。
あの男、宝生耀(ほうしょう あき)がいてこそ出来た織部寧野という人間であることは、耀と出会ってからずっとそうだった。その耀をなんて呼ぶかなんて、寧野にとっては些細なこと。あの男と呼ぼうが若頭と呼ぼうが、それは耀を指す言葉であるなら、寧野は面と向かってそう言わない限り、耀の名を呼んでいることになると思っている。
「解ったもういい」
仕方ないように俐皇(りおう)の方から話を切った。どんな呼び方をしようが寧野にとってどんな呼び方でも宝生耀(ほうしょう あき)であることが認識出来ればそれでいいという態度が伝わってきたからだ。
それ相当の覚悟で人質の代わりとして来たはずだ。生半可な拷問や詰問に答えるとは思えない。それこそ宝生耀(ほうしょう あき)をやりそこねた時と同じ状況だ。
だが織部寧野はさらにやっかいになる。
宝生耀(ほうしょう あき)の身柄拘束をして一番やっかいだったのは、海外にあるある組織からの接触だ。明らかにその身柄を使って織部寧野を確保したいのだろうと解る内容だったが、渡したところで殺してはくれないだろう。
俐皇(りおう)が宝生耀(ほうしょう あき)を殺せない理由は様々な繋がりによる自身の保身だ。下手に宝生組に恨みを買うことになると日本での活動がうまく行かなくなる。
それに組長代理の宝生楸だったならまだしも換えが効くような若頭を殺害では、日本で一番敵に回したくない組長代理に宣戦布告したようなものになる。それでは困るのだ。組長代理がトップのままの宝生組と事を構えるわけにはいかない。
あの九十九朱明(つくも しゅめい)ですら警戒する宝生組組長代理。自分が見えている以上の何かがあるはずだ。
だが今のところは自分が勝っていると俐皇(りおう)は思った。捕らえ拷問して、何も喋ってはいないが喋ったように装うことは出来る。
そして宝生耀(ほうしょう あき)が一番大事にしていたものさえ、自分の手の中にある。
隣におとなしく座っている寧野を眺める。
寧野はさっきの言い合いから呆れたのかそっぽを向いていた。向いている方向は窓。景色は空と雲しかないが、彼はそれを眺めている。
警戒心がヒシヒシ伝わってくる。視線を外しても相手の動作は解るらしく体の筋肉が時折ピクリと反応する。だが普段ならきっと横にいる敵になる男など一発で昏倒させて逃亡出来るのだろう。
彼の動きを一度でも見たなら警戒する動きだ。だが今回は違った。寧野は精一杯、俐皇(りおう)を殴らないように我慢をしている。
どれくらいの時間、我慢してられるのかは解らないが、宝生耀(ほうしょう あき)が日本に戻れる期間の間、寧野はおとなしくしているだろう。
すぐに日本に戻ることが出来ないほどの重傷は負わせてある。フランスから逃げ出して行く先はきっとあの榧(かや)の孫のところだ。それくらいの予想はついていたので尾行はつけてある。
だがそこまで考えて俐皇(りおう)はふと疑問を抱いた。
そんな考えを誰かが先読みしていたとしたら榧(かや)の孫を頼るのが危険であることなど当然と見なすはずだ。そういう疑問。
飛行機がイタリアに到着して車で港まで移動し、船に乗り込んだ時だった。俐皇(りおう)の携帯に連絡が入った。
「逃げ切られた?」
宝生耀(ほうしょう あき)一味を再度拘束してしまおうと考えていた俐皇(りおう)は、重傷の耀を連れた宝生組一同に逃げ切られたという報告だった。
「榧(かや)の孫の御小柴(みこしば)兄妹は街から出てはいません。二人とも怪しげな行動はとっておらず。確かにみ御小柴(みこしば)兄妹の自宅に向かっていた最中に突然車が立体駐車場に入り、そこで車に追いついたところ、乗っていたのは宝生耀(ほうしょう あき)ではなく、ただのカップルでした」
「つまり乗り込むところで変装して別の車で脱出されたというわけか」
報告されたことを聞けば、彼らが俐皇(りおう)が考えそうなことは予想して、御小柴(みこしば)兄妹を頼ることをしなかったことは解った。だが彼らに協力してまで匿ってくれるような人間は存在しないのではないかと俐皇(りおう)は思った。
実際耀が宝生組から見放され、組織自体が動かせない状態で、宝生組本家という存在がどこまで出来るのかは不明だ。確かに老院という本家当主不在の間に誰かが代わりを努めてやりくりしていくだろうが、当主ほどの権限を持った人間はいないはずだ。だから本家に何か実働出来る組織があったとしても統制はとれているとはいえない。
誰かが代わりに、それも当主の権限を使える立場の人間が俐皇(りおう)の考えを読んでいて、俐皇(りおう)すらも煙に巻く計画を立てていたとすれば、今回の逃走劇は彼らにとっては寧野の安全より耀の身柄を俐皇(りおう)から隠すことが目的だったことになる。
「……やられた」
思わず呟いたのは俐皇(りおう)だった。
彼らの組織の規模を謝ってはいない。だが統制がそこまでとれる人間が耀以外が存在していたことの方が問題だ。
宝生耀(ほうしょう あき)と対等で不在時に彼の代わりとなり先頭に立てる人間。
そう考えた時、真っ先に視線が寧野に向かっていた。
「まさか……」
その対等で耀以上に俐皇(りおう)を手玉に取れる人間。そんな人間が宝生側にそうそういるわけがない。
寧野が形振り構わず俐皇(りおう)の前に現れたのも、すべて寧野の計画だ。
なんてことだ。
織部寧野を完全に見誤っていたのは俐皇(りおう)だ。
視線を向けた先で寧野はゆっくりと微笑んだ。
織部寧野は、この真栄城俐皇(まえしろ りおう)すら手玉にとって見せた。
織部寧野は宝生耀(ほうしょう あき)の安全だけを考え行動し、自身の身の安全は捨てた。どんな目に会っても二度と宝生耀(ほうしょう あき)と会えなくなっても、それでいいとすら考えたのだろう。
なんてことだ。
織部寧野はただの情人ではない。武術に長けた人間だけでもない。宝生耀(ほうしょう あき)の隣に立って一緒に歩いていけるような立場をすでに手に入れていた。
なんてことだ、これでは織部寧野を奪還する計画はすでに出来ていることになる。追跡をされていないことは確認済みだがどんな手法で相手がくるのか解らない。
俐皇(りおう)は初めて寧野の存在を不気味に思った。
宝生という闇で育っている悪魔の隣に平然と立っている人間、それが織部寧野だ。そう思ったら背中に汗がながれた。
「行き先を変更する。サーラを」
大きなクルーザーを用意して海の真ん中で小さめのクルーザーに乗り換える。行き先を混乱させるためで、わざわざ上陸せずに三度ほどクルーザーを乗り換えた。
この行為に寧野は困惑しているようだった。まさかそこまで用心して移動するとは予想だにしていなかったのだろう。
ならこの行動は合っているはずだ。
行き先を聞くわけにはいかない寧野は半分諦めたのか、船上には出てこなくなった。部屋の中からでも外が見える構造ではあるが、海外の海の上で道が覚えられるとは思えない。
そのまま半日かけて移動し、目的の島に到着した。
幾千とあるエーゲ海の島の一つ一つは所有者が違っている。その中でももっとも見つかりにくい所有者から預かっている島で、所有者から足が着くことはない。
そんな場所に降り立ち、船から降りてきた寧野は周りを見回していた。サラサラと靡く長めの髪を掻きあげてやっと安定した地面に降り立ったからか、ほっとしたような顔をしていた。
だがこれからが寧野にとっての地獄だ。
二度と宝生耀(ほうしょう あき)には会えないようにしてやろう。
余裕を持っている寧野に対し、俐皇(りおう)には余裕はなかった。組織のトップですらない自分であるが、この寧野にすら後れをとっている。それが唯一残っていたプライドすら粉々だ。
だから、寧野を傷つけて二度と立ち直れないようにしてやろう。
そういう残酷な気持ちがわいて出たのを寧野は気づいていない。
差し伸べた手に手を重ねたところで隠し持っていた手錠を取り出し、すぐにはめた。だがこの程度で寧野が動じるとは思えなく、手錠をした腕を島のボディガードに持たせて体自体を拘束させた。
「……抵抗はしていないだろう?」
寧野は思わず口に出して不満を言う。
「これから君は人質となる。ならば自由に動けないのもまた受け入れなければならない。脱走したいならすればいい。だが周囲に民家があるような島はない。命がけの脱出をはかっても無人島でのたれ死ぬだけだ」
「……つまり脱走するだけ無駄だと言いたいわけか」
「割と親切に言っているつもりだが?」
そう言われた寧野は見ていた島の周りの小さな島に明かりがいっさい無かったのを思い出した。別荘か何かがあったとしてもそこは無人で誰もいないことは自分の目で確認した。
エーゲ海の島が数千あることは知っているが、それのどこに人が住んでいるのかは正直政府が把握しているくらいのものだ。
一般人の前に日本人である自分が助けを求めるために自由に動ける場所ではない。
「お前の役割など、前と変わらない」
寧野にそう言うと、寧野はぐっと息を詰まらせる。だがそれと当時にしっかりと寧野を押さえていたボディガードが一瞬にして昏倒する。
足を固定していなかった為、金的を攻撃されれば男なら誰でも地面にうずくまる。
「抵抗しないんじゃなかったのか?」
「しないつもりだったが、してもいいという解釈をした。実際お前は驚きもしなかっただろう?」
寧野が苛立ったような顔をして俐皇(りおう)を睨みつけた。さっきまで俐皇(りおう)の考えは手に取るように解った。もちろん情人として寧野を扱うようなこともあるだろうと思ってはいたが、今の俐皇(りおう)は何か違う気がしたのだ。
「情人として扱われるのは不満か?」
「お前の情人になるつもりは毛頭ない」
はっきりと違いを告げると俐皇(りおう)はニヤリと笑った。
「だがそうなるしか道はない」
俐皇(りおう)はそう告げたと同時に一瞬にして寧野の懐に入り込んで鳩尾に拳を一発入れた。瞬時に寧野は距離をとろうとしたが俐皇(りおう)の拳の方が少し早かったため、少し威力が弱まったくらいの拳を食らった。
「……ぐ」
息が止まり体がバランスを崩して膝から崩れると、吐き気と悪寒が襲ってくる。冷や汗が背中に流れ、痛さで気を失いそうになる。
それよりも気になることがあった。
どうしてその技、使えるんだという寧野の中では重大な問題。
「そういえばあいつも同じ様なことを思ってたっけ? どうしてその技使えるんだって」
そう言う風に俐皇(りおう)が言うと寧野がハッとしたような顔をした。思い当たることがすぐに出てきたのだろう。
御小柴(みこしば)兄妹を今回頼らなかったのは、巻き込みたくないからという思いと同士に調べられたら頼ることが解ってしまう身内だと思っていたからだ。
だがまさか彼らに師事していたなんて想像すら出来なかっただろう。それも奥義の一つと言われている簡単ではあるが、相手の懐に入り込むための呼吸を掴むのは、習っただけでは簡単に出来ない。
その技をものの見事に決められれば、寧野だって驚くしかない。耀が驚いたようにだ。
「弟子が御小柴(みこしば)だけとは限らない」
御小柴(みこしば)兄妹が奥義の一部を使えるのは知っていた。だが、完全なる奥義を使えるのは月時響しかいない。けれど、榧希(かや のぞむ)の弟子は、他にもいる。
それが誰なのか、織部寧野の知るところではないだろう。なにせ破門された人間だからだ。
吐き気で苦しんでいるがさすがに気絶しない寧野を部下に押さえさせ、革手錠を持って来させ完全に動きを封じるための拘束をする。
腕や首に拘束具をし、鎖をつけてやる。さらに両腕を後ろ手に拘束した状態で部屋まで部下に運ばせた。
俐皇(りおう)が寧野を殴った手に痛みを感じたのはその後だった。
「……とっさに筋肉で防いだのか……」
ちゃんと入ったと思ったが寧野が昏倒していないところを見ると、中途半端になったのは寧野の機転だったようだ。
「不意打ちでこの様か」
寧野に劣っていると言われるとは苛立つ。だが今の感覚は異様な興奮に包まれていた。手の着けられない猛獣を飼い慣らす感覚とでも言おうか。難攻不落で実力差もそれほどあるわけではない相手。
過去から彼を気に入っていた理由はただ一つだ。
ひたすら強かったこと。母親が殺されるまでの彼がそうだったこと。
妙に嬉しくなった。
メイドのサーラに寧野用の部屋を用意させたが、そこに鎖を取り付ける。元々あの人の趣味でこしらえられている屋敷なので、どうしてこんなものがあるのかと思ったが、妙に納得できた。
これは閉じこめる人間を拘束するためのものだ。
首輪に鎖を通し、腕の鎖も通しベッドに押しつけた。
抵抗したい寧野だが、さっきの拳は想像以上に効いているらしく苦しんでいる。
部屋の明かりはベッド周辺だけにして拘束したまま寧野をベッドに寝かせて、俐皇(りおう)はベッドに腰掛けた。
高級なヨーロッパの貴族の屋敷だったからか、柱や家具はそのまま使ったものが多いが、補修で追加したものも多い。
ベッドの作り自体はその貴族たちが使っていたものである。
天蓋がついているベッドだから派手であるが、そんなものに寧野が興味がなさそうに俐皇(りおう)の顔を睨んでいる。
「汚れてしまったな」
さっき倒された時と拘束するときに砂に倒された為に体中に砂がついている。拘束された寧野は身動きがとれないため俐皇(りおう)が服を破るように脱がせていくのを苦々しく見ているしか出来ない。
キスは出来ない。唇を掻みきられそうだった。
ワイシャツをはだけさせ、シャツをナイフで切り裂く。
日焼けしていない肌に手をはわせて、肌を撫でる。
「……!」
ビクリと体がふるえている。
覚悟をしていても受け入れられないことだってある。それがこの行為だ。
散々体中を撫でた後、ズボンも下着も脱がせる。抵抗しようとする寧野だが足までも拘束され、膝を曲げる程度しか出来ないようではどうしようもなかったようだ。
膝を立てたところで寧野の足の間に体を滑り込ませると、体を捻って逃げようとする。
首筋や胸、腹と唇がつけられるところにキスをして痕をつけていく。強く吸うたびに体が震えているのは感度がいい証拠だ。快楽に弱く、愛撫に弱く、反応は素直に出す。そういう風に育てているらしい。
「……ふっく」
感じまいとして体が緊張していくも撫でられただけで力が抜ける。
「あっ……」
寧野自身を掴んでシゴいてやると完全に抵抗する力が奪われていく。こうまでして人の手に弱いのは、宝生耀(ほうしょう あき)がそう育てたからだ。乱暴なまでの抱き方も経験しているのだろう。
「あっあっ……んっ!!」
精を吐き出してひくりと跳ね上がる。反りあがった体がベッドに沈み込むのを待って道具を引き寄せた。
ジェルを簡単に塗りつけ、そのまま反りたったモノを無理矢理ねじ込んだ。
「…あっあぁっ」
入り込む感覚に苦しさを感じたのか、寧野は息を吐き痛みを感じないようにしている。自然と身についた体を傷つけない方法なのだろうが、今は犯しているのは宝生耀(ほうしょう あき)ではない。それは解っているだろうが無闇に傷つくこともしたくないのだろうか。
完全に受け入れる形になり、スムーズに中へ入り込んでいく。ぎっちりとしていてきついが受け入れる準備をしているものとしていないものでは、断然に受け入れる準備をしていた方があっさりと入ってしまう。
顔を見ると寧野は泣いていた。
だが流れた涙は一滴だけで後はなかった。
抵抗する意志は無くなったのかされるがままだが、決して俐皇(りおう)をみようとはしなかった。
強気でいたとしても易々と相手を受け入れてしまう自分の体に悔しさを感じたのだろうか。それとも宝生耀(ほうしょう あき)以外の男を受け入れた自分に嫌悪したのか。覚悟があっても実際にされると悔しさがわくのだろうか。
そのどれかは寧野に聞かなければ解らないことだが、寧野はきっと本音は口にしないだろう。
「あっあ……ん」
腰を進めると自然と寧野の息が口から漏れてくる。その少し高い声に自然と興奮している俐皇(りおう)がいた。細いがちゃんと筋肉がついている体だから抱き心地は想像よりよかった。
夢中になって突いていると絶頂が近かった。
まるでセックスに初めてはまったかのような青年のように行為に夢中になる。そんな相性がいい相手だった。
「……あっ!」
奥深く叩きつけるように押しつけると、寧野は達した。弛緩した体をさらに叩きつけるようにして突き、俐皇(りおう)も達する。
ビクビクと震える体を抱き留めると寧野の体の力が全て抜けてしまった。驚いて顔を見ると気絶したようだった。
気を失いたくなくて痛みに耐えていたが、達した瞬間に気が遠くなったようだ。様々な要因から意識を手放すことはよくあることだ。
起こさないように注意して体を離した。
事を終えたことを知ったようにサーラが濡れたタオルなどをもって入ってきた。サーラが 後始末をする予定だったが、自然と俐皇(りおう)が寧野の体をゆっくりと抱き抱え風呂に入り、その間にサーラがベッドを整え直してくれた。
風呂から戻って首輪の鎖を再度付け、腕や足にも拘束具を付け直す。なるべく自由になるように部屋の中は動けるようにしたが、それ以上の自由は与えてやるわけにはいかない。
部屋の中にはトイレや風呂といった一般的な客室のように整えられているから、食事以外の不自由はない。
「サーラ、後は頼む」
50歳になっているサーラは、イタリアの屋敷の火事以来のつきあいだ。彼女ほどの信用 できる女性を俐皇(りおう)は知らない。彼女は俐皇(りおう)の母親のように姉のように、そして絶対に裏切らないメイドであり続ける。
下手な人間を寧野に近づけると丸め込まれる危険があると俐皇(りおう)は判断してサーラをつけた。警戒は十分にしておくべきだ。
「俺は、あの人とは違う」
眺めているだけで満足だなんて、そんなバカな考えには納得できない。欲しいモノは手に入れるべきだ。どんな手段を使ってもだ。
だがいとも簡単に手に入ったはずだが、そうではないとはっきりと解ってしまう。
自分のモノに絶対になる気がしないという予感。
それが俐皇(りおう)の心に隙を作っていることなど本人が一番よく解っていることだったが、どうすれば解消されるのかは解らないままだった。
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