spiraling

19

 織部寧野が宝生組若頭宝生耀がドイツで誘拐されたと聞かされたのは、耀が誘拐されてから三日後のことだった。
前の日から、耀からの定期連絡がないことを寧野が不信がり、九猪に問いただしたことで発覚。
 九猪は最初こそ耀が取引相手との商談で暇がないと言い訳していたが、組長代理が耀を助けることはしないとはっきりと組の方針を決めた時に寧野に泣きついた形だ。
「組長代理が耀様を助ける気はないとおっしゃって……どうすれば……」
 混乱した九猪をみたのは初めてだ。
 それもそのはずで九猪は耀を宝生組の組長にするために生涯を費やしているといっても過言ではない。九猪にとって宝生組で最優先するのは耀のことだけで、組長代理ですらない。
 そんな彼が自分が離れている時に耀に危機が訪れ、さらに助けてくれるだろうと思っていた組から真っ先に切られたことがショックで呆然としてしまった。
 ここまで耀の苦しみを理解してきた。組のために耀がどれだけのことを犠牲にしたのかも知っている。なのにその報いに応じてはくれない組の方針に組長代理はもしかしてと要らぬ疑いを持ってしまう。
 そうした自分をコントロール出来ず、思わず同じ思いで苦しんでいるはずの寧野に助けを求めてしまった。
 とはいえ寧野にはなんの力もない。すがっている九猪よりもだ。
 だが寧野は九猪の打ちひしがれた姿に困惑はしていなかった。
「大丈夫だよ、九猪さん。俺が耀を助ける」
 寧野は静かに九猪に言い、九猪の背中を撫でてやると同じく 現場で耀を助けられなく、憔悴しきっている億伎に言う。
「あなたたちの組以外のすべての力を貸して貰います。当然、組と関係ない立場の本家にも」
 寧野はそう宣言すると、唯一連絡が取れる老院に電話をかけた。
「織部です。緊急事態につき、あなたたちから貰った権限執行します」
 寧野は落ち着いた声でそう言うと、九猪に言った。
「宝生組組長代理に今すぐ会う手筈をつけてください」
 その落ち着いた寧野の行動に九猪は一縷の光を見た。この人は本当に すべての力を使って耀を探そうとしている。それは組とは関係ない力で未知数ではあるが、それでももしかして耀を助け出せるのではないかと思えるものだった。
 本家の当主の嫁、ヤクザで言えば組長の嫁で姐さんの執行代理だ。
 元々ヤクザとして発展した宝生本家は、そうした権限の執行があの儀式の後発生する。それだけの意味を持つ儀式だから、彼が認めた人間にしか行われないのは当然だ。
 寧野はつい先日、その儀式を受け、執行代理の権利が発生していた。
 そこで九猪はゾクリと背中に寒気が走った。
 示し合わせたように寧野が本家の進行代理権限が与えられていることに。つい一ヶ月前まで寧野は何の権限も持たない一般人で情人だった。それがあれよあれよという間に寧野は耀がいない時の最高権限を持つ立場だ。あの組長代理よりも上位に位置しており、組長代理の束縛は一切受けない。むしろ組長代理が寧野の権限に従わなければならない立場となっている。
「予知の妖怪……さすがだ」
 九猪は思わず唸っていた。
 この騒動の根元は本家の老院、予知の妖怪と異名を取る、志智達也(しち たつや)の思惑からだ。それに寧野の危機感が重なった結果だ。
 この二人の思惑が重なった結果、今まさにその役目が降って沸いた。
 もし寧野に権限がなかったとすれば、組長代理の権限代理が執行されていただろう。そうなると九猪や億伎、そして寧野はさらに蚊帳の外となっていた。
 志智達也(しち たつや)はこの状況になるとは思ってはいなかっただろうが、こういう事態が起こりえる可能性を視野に入れたわけだ。その予知はがっちりあっていた。
 志智の先読みする能力はいつも当たる。本人が何となくそんな気がした程度のことでやることは、間違ったことがない。だから前の寧野の騒動の時も耀は怒れなかった。
 志智がその状況を欲しているということは、寧野の危険を回避することも出来るからだ。
 宝生内で耀が唯一恐れていると言っていい相手が志智だ。この能力だけは才能の問題ではなく、努力しても手に入れられるものではない。長年、この世界に居て身についたものだからだ。
 だがそれに似たことをするのが寧野だ。
 だからなのか、寧野に期待をする老院の気持ちが今理解出来る。


 寧野は九猪たちに連れられて宝生組組本部に入った。あらかじめ槙(まき)に連絡を取り、了承を得てから入っている。本部は現在幹部が集まり耀の誘拐について話し合っている。
 耀を誘拐したのは、謎の組織とされ、要求はまだ解らない。だが誘拐した時に居た人物が、あの寺尾エルと名乗っていた真栄城俐皇(まえしろ りおう)であることは億伎が耳で聞いて知っていた。
 耀が億伎が聞いているという前提ではなかっただろうが、驚きを持って呟いた一言。それは俐皇が絡んでいるとは誰も予想しなかったということだ。
 だが組長代理は億伎の話を聞く前に書類を読んだだけで俐皇がこの書類も一緒に始末しようとしたのだろうと結論を出した。
 その結果が耀を助けないという結論だ。
 あれがなければ、もしくは俐皇の名前を出さなければ、組長代理はもしかしたら耀を助けようとしたかもしれないと思えてきて億伎は落ち込んでいた。
 だがそれを聞いた寧野はそれはないと言う。
「何故ですか」
理由が解らず億伎が尋ねる。
「あの書類があってもなくても、耀がこういう状況になった時、あの二人の間で助けないという選択肢しか用意してなかったんだと思う」
「それは……組長代理と若頭としての決めごとだったということですか?」
「うん。だから耀はあの書類を絶対に組長代理に渡したかったし、たぶん、耀があそこにいかなかったとしても組長代理がその立場になっていただけなんだと思う。だから耀は自分が捕まった方がまだマシだと考えた。今現在組に必要なのは自分じゃなくて組長代理だと判断出来たから」
 寧野の話を聞いた九猪はさらにゾッとした。組長代理がもし誘拐されていたとしたら、宝生組は終わったも同然だ。跡継ぎの若頭がいると言っても組は上へ下への大騒ぎで、その騒ぎを九十九や他の組が見逃すはずはなく、大混乱になっていただろう。
 だから耀は自分でよかったと思ったと寧野は言う。
「あの俐皇って人が居たことを組長代理に伝えられたことは大収穫なんです。だって今の段階で俐皇って人が関与している可能性は見えてなかったわけですよね?」
 寧野がそう聞き返すと億伎は頷いた。
 テオ=俐皇は解っていたが、あの書類から俐皇が犯人であることに繋がる要素は、読んだ人の想像でしかない。だが、想像だけ出来ればそこから繋がる何かが生まれる。耀が何かを導き出せていたとしたら、組長代理も同じ結論に至ると確信していたはずだ。
 だが問題はこの誘拐事件に俐皇が絡んでいたという証拠が、億伎が聞いた耀の呟きだけだった。
 つまり犯人から接触があっても、裏に俐皇がいることには気づけなかったかもしれない。
「だから若頭は、逃げろではなくて隠れろと……!」
 耀はその書類を持って隠れていろと言った。逃げろではなく、隠れてだ。耀からは逃げたボディガードが見えていたのかもしれない。相手が誰なのかその場に隠れて確認することは重大な任務でもある。耀は反撃してもあの状況を打破することは出来ないと考えた。だからそうなった。
「億伎さんの行動は耀の思った通りの行動です。だから億伎さんは気に病むことはないんです」
 寧野が億伎にそう言うと、億伎は慌てていた心を落ち着かせる。
「はい、そう思うことにします」
 この状況で何も慌てず、混乱している周りを慰めて回る寧野に億伎は 完全なる信頼を置いた。
 寧野が耀の誘拐の話を聞いた時のことを思い出すと、寧野の落ち着き具合は異常だった。
 取り乱すことはなく、静かに指示を出し行動を始めた。今も取り乱す周囲を落ち着かせるために説得をしている。その話す内容はきちんとしたもので、無理矢理落ち着かせるものでもなかった。
(この人はどうしてこの状況でここまで冷静で居られるんだ)
 誰もが疑問に思うことだが、肝が据わっているというような簡単なことではない。耀が居なくなったと聞いた時は慌てていた。けれど誘拐と聞いたとたん真剣に取り乱すことをやめた。
(この人は一瞬で、組長代理が若頭を助けないと判断した……だとしたらこの人は……)
 寧野は自分が何をやらなければならないかを理解していることになる。
(あの方は化けますよ……それこそ耀様のパートナーとして最高にふさわしい形に)
 ついこの間本家の老院のまとめ役である犹塚の智明が言った。
 犹塚は本家にいる間、寧野の世話をしていた。その本家の仕事で同行したのだが、そこで寧野のやったことを唯一まともに見ていた人だ。
 もしかしなくても大きな変化になる時に同席しているのではないかと思えてきた。


 本部に着いて、そのまま幹部が集まっているところに寧野は入っていく。当然、周りはそれを止めようとするのだが、何故か全員が寧野を見た瞬間、一歩下がって仕方ないという顔をする。
 ここまで組長代理が若頭を助けないという話は伝わっている。それは衝撃だったろうし、納得していない人もいるのだろう。だから寧野がここに来た理由も寧野が何をしようとしているのかも解ってしまうのだ。
 さらに寧野は激昂しておらず、静かに見つめ返すだけで誰もが拍子抜けする。それでも有無を言わせない姿勢だから、皆一歩引く。
 ほぼ邪魔する人間はいなかったが、部屋に入る前で組長代理のボディガードの二連木(にれぎ)が寧野の行動を止めようとする。
「すみませんがここから先は関係者しか入れません」
「それじゃ、組長代理に取り次いでください。耀が要らないのなら俺が勝手に貰いますって」
 その台詞に全員が首を傾げた。
「どういう……」
 意味かと問いただそうとすると寧野ははっきりと言う。
「宝生組若頭が要らないのなら、ただの宝生耀は俺が貰っていくという意味です。どうせ組の方針で耀を助ける気はないんでしょう? だったらそれを誰が助けても問題はないわけでしょう。でも助け出した後に今更若頭だの言って耀を拘束する権利はないことを確認しに来た。それは俺の処遇にも関する重要事項だ」
 そう言われて二連木(にれぎ)は仕方ないかと寧野に道を譲った。
 寧野は若頭宝生耀を助けるために来たわけではない。ただの宝生耀を助けに行くための足かせを外しにきたのだ。
 若頭が放逐されたとなれば、その存在で繋ぎ止められていた寧野の存在も放逐されたと同じだ。
 だから組長代理本人にそれを確認に来たわけだ。
 がちゃりと開いて中に入ると、幹部たちは全員が一斉にこっちを見た。そこに立っているのが寧野だと気づいた人はあまりいない。むしろ誰が来たのか首を傾げ、隣の組長などにあれは誰なんだと確認している。
「きさま、なんだ!」
 そう叫んだのは、現在一人だけ立ったまま言い訳を繰り返していた新垣組組長だ。
 その瞬間、寧野の視線が黙れと言わんばかりに険しくなって新垣組組長を睨みつけた。
「お前の顔は覚えてきた。新垣組組長伊賀流里惺」
 寧野がそう言い切ると、組長代理がふっと笑う。
「ひ!」
 組長代理が笑って息が漏れた音に新垣組組長がびくりと飛び上がる。
「用件を」
 槙(まき)が話を進めると、寧野が言う。
「組長代理、アポイントメイトも取らず失礼します。組幹部の方々も会議中の乱入、大変申し訳ありません。組長代理に二三質問をしたら、すぐに退室しますのでしばしご勘弁を」
 寧野は堂々とそう言い放つと組長代理に向かって言った。
「若頭宝生耀の処遇とそれに関連する私、織部寧野の処遇について確認したいことがあります」
 寧野がそう言うと、組長代理が顎をくっと上げて先を促すようにする。
 それを了承と認識し寧野は続ける。
「まず若頭宝生耀の解放後の処遇について、そちらは若頭として迎える権利はないと判断しても構わないでしょうか?」
 寧野がそう言うので全員が首を傾げた。
 今現在の処遇の話ではなく、解放された後の話をしているのだ。
「あれが望むのなら復帰もあり得るが、我々から戻れと強制する権利はこの場合ないと言えるな」
 耀の意志が最大限に優先されると組長代理が言う。
「つまり今回助ける気は一切なく、手助けもしないということでよろしいでしょうか?」
「どうして我々が若頭を助けないと?」
「デメリットしかないからです。それどころか誘拐犯は死んだ若頭を使う可能性もある。生きている絶対的な確証はそれこそない」
 はっきりと言い切ると、周りは一瞬騒然とするも、その可能性が一番あるとしか言えない。若頭が拷問に耐えてもしゃべりはしないと思えるのと同じく、犯人がじれて殺してしまうだろうと思えたのだ。
「若頭が組に不利になる情報を他人に喋ることは絶対にない。けれどこちらが疑心案議になってしまうことも避けたい。なら若頭を切り離すことで組の情報は守られると、そういう話になっているはず」
 寧野の言葉に組長たちが顔を見合わせる。
 どうして寧野がそこまで言い切れるのか。
「手助けが必要ないということだが、まさか織部寧野、お前が一人で助けに行くとでも?」
「私一人ではないけれど、本家は耀を救出する為に動いている。だから確認しておきたい。宝生組は若頭救出に関し、我々や似た行為をしているモノを手助けする気は一切ないと判断してよろしいか?」
 きっちり確認すると、組長代理は言う。
「組としての手助けは一切しない。だが個人的な思惑で手助けしたい人間もいるだろう。それに関して組とは関係ない立場と自己責任であれば好きにすればいいという考えだ。だが宝生組として若頭の件は「交渉しない」が基本だ」 
 組長代理がかみ砕いて言うと他の組長たちがはっとする。
 まさに皆の心の中で不審に思っていたことの答えがそこにあった。
「では、若頭を切り捨てるということは、その若頭と鵺(イエ)の間にあった織部寧野に関する契約も破棄されたという考えでよろしいか。その上で私が自由に動き回っても宝生組は一切関知しないということでよろしいか?」
 寧野がそう言い切ると幹部の一部が慌てた。
「そうなるな」
 組長代理が寧野の放逐を宣言する。
「いやしかし! 鵺(イエ)との取引はそれだけではないのですよ!」
 慌てたのは幹部たちだ。鵺(イエ)との交渉は織部寧野を預かることで、他のチャイニーズマフィアを牽制することにもあった。そのお陰で関西にしか煌和会が進出していなかった。
「だが、その鵺(イエ)も昨今の煌和会との抗争で他人の国をどうこうする力も無くなってきているのは事実」
 組長代理がここらで鵺(イエ)との交渉も考える時期に来ていると言い切った。それには寧野も思い当たることがある。
 今年に入ってすぐ、鵺(イエ)の龍頭(ルンタウ)である蔡宗蒼(ツァイ ゾンツァン)から鵺(イエ)の保護下に入るかと誘われた。つまり手元に置かないと保護できないレベルになってきていたのだろう。
 寧野はそれでも耀と離れたくはなかったので断ったが、あの時の蔡宗蒼(ツァイ ゾンツァン)は悲しそうな顔をしていた。それこそ寧野に何かあって何処で死んでも仕方ないだろうといいう諦めがあったのかもしれない。
「そもそも煌和会は、宝生の足下である、この東京に根城を構えて何かしている。こうなっても鵺(イエ)の組織が動いている気配がない以上、宝生組は別の道を撰ぶ時が来たと言うのが組長代理の意見なのでしょう」
 寧野がそう付け足すと組長代理は苦笑するだけだ。つまり耀の救出をしている間に煌和会による揺さぶりが本部にあると思っていることになる。それに俐皇を含めた嵯峨根会のことも関係があるのだろう。
 つまり耀を助けている余裕が宝生にはないのだ。
俐皇はそれが解っていて揺さぶりもかけているのだろう。
「この三つ全ての回答了承した。緊急会議の邪魔してを申し訳ありませんでした。では失礼」 
 寧野はその三つだけの答えを貰うと、そこにはもう用がないと退出した。
 その風のようにやってきて、嵐のように吹き荒れて去っていく。その姿に全員が呆気に取られたままだ。
「織部寧野とは、ああだったか?」
 一人が呟くように言った。
 随分昔、とは言っても3年か4年前だろうか。その時に見た彼はああいう風な自信満々で堂々とはしてなかったように思う。どこか危なげで、しっかりと立っていないような不安定な存在だったはず。
「……随分、雄々しくなられましたね……」
 危機になると寧野が変貌するのは今に始まったことではないと、耀が言っていたことがあったと組長代理は思い出す。
「普段、耀に隠れていて見えもしないモノなのだろうな」
 静かな怒りが一瞬、新垣組組長を見た時に殺気に変わったのを組長代理は見逃さなかった。
「あれは静かなる青い炎だ」
 赤い炎のように目に見えて荒れ狂っている様ではなく、静かにでもさらに強く燃えたぎるのが青い炎。
 組長代理の言葉に槙(まき)が苦笑する。
「響さんのように暴れてくれた方が、まだ心臓に優しい気がします」
 解りにくく怒っているようには見えないから何か言いたくなる。けれど一言でも口にしようものならその炎で一瞬で焼かれる。そんな感じだ。
 騒然とした現場で、情人であるはずの寧野に一番の殺気を向けられ、問答無用で殺す宣言をされた新垣組組長はその場にへたり込んだまま動けなくなっていた。
 織部寧野の青い炎に当てられた幹部もざわざわと騒然として騒いではいるが、この話に対して反対の意見を言える人間はいなかった。
 まさに組は、煌和会の驚異に晒されることになる。さらに今まで同盟であった鵺(イエ)の力は一切借りられないのだ。そのことについての報告や対策をこれから練らなければならない。
 たしかに組長代理や織部寧野の言う通り、若頭に構っている暇はない。
 それに織部寧野が組とは関係ない組織を使って若頭を救出すると宣言していた。正直勝ち目はなさそうだが、話から察すれば、織部寧野が使う組織は宝生本家のことだろう。となれば、それなりの協力が得られるのは確実。
ならば個人的に力になれることはしてやり、組とは関係ない個人として動けばいい。組長代理はそれは組として罪には問わないと宣言した。
 この些細な乱入による会議の中断であったが、さっきまでの一時間より断然に解りやすく素早くこの問題が解決してしまった。
 そのまま会議は仕切り直されたが、誰も織部寧野のことを問題視する人間はそこにはいなかった。
 寧野にも指摘された新垣組組長は、その場である仲介者を使って黒川を売ったことを喋った。だが若頭誘拐までたくらんでおらず、どうしてそうなったのか解らないというなんともなさけない言葉を口にした。
 そして問題だったのがその仲介者がテオ・エルツェだったという。


 織部寧野はまず先に情報を集めるために向かったのは、宝生本家だった。すぐにドイツに行きたいけれど、行ったところで耀が何処に監禁されているのか予想はできない。
 とにかく誘拐された犯人からの何かしらの接触か、テオこと真栄城俐皇(まえしろ りおう)の所在を確認してからという風に落ち着いた。
 本家の部屋に案内されると、志智や音羽など老院が揃っていた。情報収集は、寧野が宝生本部に行っている間に行っていたようで、今現在で集められる情報を提供された。
 その中で以外だったのが、黒川邸の話だった。
 宝生組組員が警察が来ないことをいいことに、黒川邸を捜索したところ、黒川が仕掛けていた防犯カメラの映像が残っていたらしい。黒川の日記によると監視カメラをつけたのは、姪っ子の不審な行動が気になったからだということだった。
「ということは、黒川は姪っ子の黒川美和の監視のためにそれを付けたとなる。なら美和はその存在を知らなかったのか。だから記録が残っていて、俐皇たちも回収を忘れたと」
「そうなりますね……」
 寧野は頷いてはみたが、気が一瞬反れた。
 耀が走って逃げていたが、足下がふらついていた。周りには催涙弾のような煙が充満しているが、耀はそれで前後が解らなくなっているわけではなさそうだった。
ふらついて歩いていても前方からの敵の侵入には気づいて近くの部屋に入っていった。そこから約5分。黒の戦闘服を来て銃を持った兵士が数人、耀が入った部屋に入っていき、3分ほどで出てきた。
 耀は拘束され、意識がない状態で連れ去られていた。
(耀……)
 連れ去られていく耀を見て思わず泣きそうになるのを寧野は堪える。ぎゅっと拳を握って耐え、それから疑問に思ったことを口にする。
「この人たちは最初から黒川さんを利用して、組長代理を罠にかけようとしていた。それは解るんですが、そうなると依頼したという新垣組の組長の依頼という話がなかったことになってしまうんですが」
 寧野がそう言うと皆首を傾げた。現に若頭が連れ去られているし、新垣組組長はそれを認めた発言もしていたという。なのにどうしてなかったことになるのか。
「新垣組組長は若頭をどうにかしてほしかったのであって、組長代理をどうこうしようとしていたわけではない。つまり、結果的に若頭が罠にかかったのであって、最初の狙いは組長代理だった」
「あ! そうか、だから俐皇が組長代理じゃないと不思議がっていたわけか」
億伎がその時の会話を思い出す。俐皇は確かに不思議そうに言っていた。
「つまり、他の誰かが組長代理があそこに行くことを知っていて罠を用意した。もちろん、新垣組組長を利用して黒川さんの居所を聞き出していたからできた事だけど。新垣組組長が仕組んだことならこの結果を新垣組組長が不思議に思っていなければいけないことになる。どうして組長代理じゃなくて若頭が?って」
 寧野がそう言うと、周りはシンとする。
「そうなると、組長代理を抹殺しようとした輩が宝生組の中にいることになるわけだが」
 誰もが思っていることを志智が言い切る。
「そうなりますが、今回彼らはミスをした。まさか組長代理が若頭に行かせるとは思ってなかった。だから若頭を誘拐するしかなかった。新垣組組長が若頭の殺害までは頼んでいなかったから」
 耀を誘拐してまで何を聞き出そうとしたのか解らないが、新垣組組長は耀から聞き出した内容を使って宝生組での危うい立場を安定させようとしたのかもしれない。
 まさか組長代理が若頭救出を早々に断念してしまうとは予想だにしてなかったのだろう。だから余計に混乱した。
「けど相手が俐皇である以上、彼の目的の為に利用されると思って間違いない。でも俐皇が宝生組をどうこうしようとしていたとしても、使い道が他にあるとは……」
 組長代理が誘拐犯からの要求を突っぱねた報告は受けた。一切合切相手しないことに向こうは驚いてはいたが理解はしたらしい。
 若頭を抱えてどうするのか解らないが、用がないと判断してしまえば、明日にでもどこかの谷に捨てられている可能性もある。
 そうしてシンとした時、寧野の携帯電話が鳴り出した。緊急時なので電源を入れっぱなしにしていたが、鳴るとは思わなかった。
 そこに表示されていたのは耀の名前。
 かけてこられる訳ない耀からの電話に寧野はぴんときた。
「はい」
 緊張して出る。できれば耀が解放されたという話だったらどんなによかったか。
『寧野、用件解る?』
 つい先日聞いた暢気な声が笑いながら問うてきた。
 真栄城俐皇(まえしろ りおう)だった。彼が耀を誘拐した犯人であることは解っていたが、これで本当にはっきりとした。
「それで?」
 寧野は先を進めるために聞き返した。
『寧野と引き替えなら、若頭返してあげてもいいよ』
「は?」
 いきなりの言葉に寧野は頭が真っ白になる。どうして自分と耀が引き替えなのか。
 だがすぐに理解した。俐皇は寧野の金糸雀(ジンスーチュエ)としての力を欲しているのだ。そう理解できて寧野は頷く。
「俺と引き替えで耀を返してくれるなら、俺はどこへ行けばいい?」
 寧野がわざわざ声に出して言うと、周りがザワリと動揺する。まさか宝生本部で断られたことに腹を立てて耀を殺すかと思われたが、寧野の交換で来るとは予想外だった。
『とりあえずフランスで。そこで道案内を用意する』
 そう言うと電話が切れた。
 耀の携帯の居場所を探ろうとしていた人がフランスでかけてきた電話だと言った。どうやら本人もフランスにいて、わざと寧野に居場所をつかませたようだった。
「なかなか、愉快なことをする青年だな」
 暢気な志智がそう言うが寧野はそれに頷いた。
「彼は始終そんな感じでした」
 否定しても始まらないけれど、本当にそうだったからだ。
「寧野殿と交換とは、これは裏に煌和会が絡んでいる模様じゃの。これ金糸雀(ジンスーチュエ)の噂を本当にしてみたい勢力がまだいるようだしの」
 音羽が自分が仕入れた情報で煌和会のことを口にする。ここのところ、様々な煌和会との関わりがある寧野であるが、その勢力が龍頭(ルンタウ)問題で4つほどあることを知ったのはつい先日のことだった。
 煌和会は龍頭(ルンタウ)戴諦慶(ダイ ディチン)が老衰で死去した後、問題が発生した。戴諦慶(ダイ ディチン)は次期龍頭(ルンタウ)を決めておらず、部下となっていた4つの組織を平等に扱っていた。
 操武藍(ツァオ ウーラン)香主(シャンチュ)率いる猩猩緋(シンシンフェイ)。煌和会の中ではエリートとされ、抗戦的ではない。だが兵力はある事情から最大とされる。
 操若栄(ツァオ ルォロン)香主(シャンチュ)率いる黒猩猩(ヘイシンシン)は、操武藍(ツァオ ウーラン)の実弟。そのせいか兄とは一切対立せず従順。兄に龍頭(ルンタウ)になって欲しくて人力を注ぐ。猩猩緋(シンシンフェイ)の第二の軍隊という存在で、和青同(ワオチントン)と対立する立場にある。
 楚凌惲(チュウ リンユイン)香主(シャンチュ)和黒同(ワオヘイトン)率いる。しかし他の三つのように兵力や資金源はなく、龍頭(ルンタウ)争いから脱落している。気分で猩猩緋(シンシンフェイ)や和青同(ワオチントン)についたりするため、彼の行き先が龍頭(ルンタウ)争いの争点の一つでもあるが、今回は猩猩緋(シンシンフェイ)が龍頭(ルンタウ)になった方がいいと思っているのかそちらを指示している。
 教裕林(ジャオ ユーリン)香主(シャンチュ)率いる和青同(ワオチントン)猩猩緋(シンシンフェイ)とは互角の兵力を持ち抗戦的。頭脳の猩猩緋(シンシンフェイ)と武力の和青同(ワオチントン)と言われる。しかし香主(シャンチュ)同士は対立している。
龍頭(ルンタウ)を決める段階で煌和会が混乱しているのは、二つの香主(シャンチュ)が争っているからだ。しかし三つの組織が押している龍頭(ルンタウ)に反対している教裕林(ジャオ ユーリン)が煌和会を離脱するだろうと言われている。
「この組織、一つは寧野様の命を狙う、一つは利用しようとする」
 そう言われて寧野は頷く。最初は誘拐しようとしていて、次は殺せと言われていたと急先恐后(ヂォンシィェンコンホウ)の人が言っていた。
 だが殺すのに呼び出して耀と交換問ういうのは誘拐をしようとしていた方が寧野を欲しがっているということだ。
「つまり今回は誘拐犯の方ということで命を狙っているわけではないということですね」
「そういうこと。寧野様、行くんですね」
 音羽がそう聞き返し寧野はやはり頷く。
「いや、しかし、それで若頭が納得するわけが……!」
「俺がここで耀を救出する方法を模索するより、耀がここにいて俺を探す方がきっと簡単なんだと思う」
 寧野がそう言うとそれに異論はないようだった。耀ならいくつもの仲介を使って居所を探し出すことは出来るだろう。
「だから一つお願いしたい。俺は取引に応じるが、その俺を監視する組織か密偵みたいなものは、こちらはお持ちですか?」
 寧野が聞くと、志智が真っ先に頷く。
 どうやら寧野がしようとすることを志智は悟ったらしい。そしてそれがどれだけ戻ってきた耀にとって重要なことになるかということもだ。
 寧野はただ誘拐されるのではないということだ。
「では、それでいきましょう」
 とっておきの切り札がまさか自分になるとは寧野も思っていなかったが、それは組長代理には解っていたのだろう。寧野を宝生組から切り離したのも、寧野がそうしたことをしやすくするためだろう。
 だが誘拐されたあとどうされるのか寧野には解らない。そうした怖さがあるけれど、自分が耀を助けられることは今はうれしかった。
 ちゃんと耀に貰ったモノを返してあげられる。
そう思えたからだ。

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