ROLLIN' ROLLIN'

5

 翌日。

 響はいつも通りの時間に起き出す事が出来なかった。

 あれだけのセックスをされてしまっては、疲労が溜っていた身体がついてこれなかったのである。
 でも楸は違っていた。いつもの時間に目が覚めて、ちゃんと起き出していた。珍しいのは、響がまったく起きなかった事だった。

 自分の隣であどけない姿で眠っている響を見ると、なんだか嬉しくなってしまう楸。
 髪を撫で、梳いて指に絡める。
 響の髪はするりと抜けて、パサリと白いシーツに落ちた。
 楸は響の頬にキスをして、頬を撫でた。くすぐったかったのか、意識のないはずの響が少し身じろいだ。
 起こしては可哀想だと思えて、楸はベッドを揺らさないように起きて、 着替えから居間に行った。

 そこには、ちょうど起きて来た耀が、自分をいつも起こしてくれるはずの響が来なかった事に首を傾げている所だった。

 耀は楸を見つけると、すぐに聞いてきた。

「パパ、響は?」
 近付いて来てそう言う耀に、楸はいつものような表情で簡単に答えた。

「疲れてるから寝かせてる。起こすなよ」
 まあ、疲れているのは自分がやった行為のせいであるが、それを素直に耀に聞かせる必要はない。

「疲れてるの?」
「ああ、昨日も遅くまで仕事してたしな」
 後で、響が困らないような理由をつけて、耀を安心させうようとした。

「そっか……じゃあ、今日は響とは遊べないんだね」
 耀はしゅんとして部下が用意した朝食を食べた。

 響がいないと食事が寂しいらしい。しかも響が疲れているとなると、遊べないのだと思ってショックを受けたらしい。

「午後には起きてくるだろうから、遊んで貰えばいいだろう」
 楸がそういうと耀は目を輝かせた。

「午後には遊べるの?」
 休日に家にいる楸よりも、響がいる方がいいらしい。耀の喜び様で解ってしまう。それにはちょっと吹き出して笑いそうになってしまった。

 どうも、宝生家の男は、響には弱いらしい。
 そう言えば、先代も響達には、破格の対応をしていたようだったし、確実ではないが、響には優しかったと思う。先代が最後まで気にしていたのは、跡継ぎの事よりも、月時家の二人の事だった。
 そういう意味でも、やはり響には弱いという事になってしまう。本気で遺伝子の中に組み込まれているんじゃないかと思ってしまう。

「ああ、午後なら大丈夫だろう」
 そう言って、ハッと気が付いた。多分……。をつけるのを忘れた。
 起きて来た所でちゃんと動けるかどうかの保証はない。まあ、響はひ弱な男ではないから、少しは手加減もしたし、大丈夫だろうと思う事にした。

「やった!」
 響の事が本当に好きなのだろう、すぐに元気にご飯を食べ直している。そんな様子に、楸は可笑しくて、つい口の端が弛んでしまう。

「そんなに響の事が好きなのか?」
 楸はコーヒーを飲みながら、耀にそう尋ねた。
 その楸の問いに、耀は御飯を飲み込んで答えたのだった。

「うん。優しいしご飯も美味しいし、話も面白いもん。響が女の子だったらお嫁に貰うのにな」
 そう真剣に耀は言ったものである。
 本気でそう思っているようだった。

 それには楸も苦笑した。それは自分もそう思っていたからである。さすが自分の甥だ。考える事は同じである。
 本当に響が女だったら、もっと扱いやすかっただろう。そう考えて楸はその馬鹿な考えを改めた。響は男だからこそ、より輝いているのだと思ったからだ。

 女では、そこまで魅力はなかったと思う。実際、響と似ている姉の雅を見ても、響の時のような欲情はしなかったからだ。それに、男でなければ、響には出会わなかっただろうし、好きになる程の付き合いもしなかっただろう。そう考えると、やっぱり響は男だったから好きになった相手だと言える。

 そう考えて、楸は耀に言った。

「そうか? 俺は今の響でも嫁に欲しいぞ」
 楸は冗談めかしながらも、本気の言葉を呟いた。
 その時、側で給仕をしていた槙が、少し表情を緩めた。可笑しかったのだろう。

「え? パパもなの」
 耀は驚いた顔をして身を乗り出した。

「そう、俺も響が欲しいんだ」
 満面の笑みを見せて、楸は答えていた。これは本気だった。気持ちより先に身体を取ったが、色んな理由や卑怯な事をしてでも、欲しいと思うのだ。
 すると、耀は少し考えてから言った。

「そっか、パパだったら響あげてもいいかな」
「何でだ?」
 楸は可笑しいそうに聞き返した。

「だって、そうなったら響はずっと側にいてくれるじゃん。そうなったら嬉しいもん」
 子供とは恐ろしいものである。
 素直にそんな事を口走るからだ。

 周りの部下はなんとも言えない顔になってしまった。
 子供と大人が、しかも男同士が、一人の男を巡っての会話である。

 唖然とするのは当然かもしれない。

 この頃には、組長があの月時響を好きで、自分の自宅に囲っているというのは有名なことになっていた。
 欲しいモノはどんな卑怯な手を使っても手に入れる人である。それが人間であっても変わりは無い。

 耀の面倒を見るという条件をつけて、更に借金というモノにものを言わせての強引なやり方だった。

 でも、部下たちも響の気さくさには脱帽だった。
 ヤクザと解っているのに優しく接してくれる。

 しかもそれは誰隔てなくなので、こっちも良くしてあげないとと思ってしまうようだった。
 ここでの響の評判は頗るよいのである。

 その響が今起きて来られない、となると、もちろん組長が抱いたりしたんだろうなとは、言わなくても解る事だった。

 それだけ組長が入れ混んでいる人間を見るのも初めてだったし、執着も凄かった。
 結婚はしないと言っているのは、響の為なのだろう。

 いつ月時響と出会ってそうなったのかは知らない者が多いのだが、側近である槙には解っていた。
 楸が一番辛い時期に一緒に過ごしてくれ、友達として最高の人物だった事は知っていた。

 その人物には会ったことはなかったが、初めて響を見て、思わず納得してしまった程である。

 男らしいのだが、それでいて優しい。
 今や組長を楸と呼ぶ人物はいない。
 響だけの特権となっている。

 特別扱いしない響の態度が楸には嬉しくて仕方ないのだろうと思えた。
 それも抱きたい程の相手だ。

 どんな卑怯な手を使ってでも手に入れたかった相手が、目の前に現れたのだ。それを逃すはずはない。
 さっそく響を罠にかけて、自分の手元に置く事に成功している。

 あとは、響を口説き落とすだけなのである。
 こうなると時間の問題だろうと槙は思った。

 響は楸を嫌っていない。でも好きでもない。
 ただ昔の情があるから付き合ってくれているだけにすぎないのだが、それももう崩れようとしている。

 既に抱き枕として一緒に寝る程になっているのだから。なにかしら特別な思いがあるに決まっている。そうなると、組長ではなく、宝生楸の思っているような状態になるのは、ホントに時間の問題だろう。

「パパは仕事?」
 コーヒーを済ませた楸は、ソファにかけてあった上着をとり、それを着ようとしている所だった。
 今日もまだ仕事がある。ヤクザには日曜日など関係ないのだが、昨日急がせて済ませただけあって、少しの情報確認だけで済む簡単な作業だけが残っていた。

「ああ、午前だけな」

「じゃあ、響と一緒に出かけようよ」
 何か思い付いたように耀が楸にそう言った。

「何処行くつもりだ」
「遊園地」

 今まで行ったことはないが、子供間では常識になっている娯楽施設である。耀はまだ行った事はなかった。
 元々、興味があったのだが、楸を連れて出かけるには、余りに似合わない場所であるのは、耀にも解っていた。
 でも、響が一緒なら、楸も付いて来てくれるかもしれないという期待も込められていた。

「いいだろう。響にはそう言っておくから、午前中はちゃんと勉強しろよ」
 楸は溜息を吐くとそう答えた。
 響が出かけるとなると、自分が一人で家に残っているというのもなんだか変な感じがした。それならば、付いて行った方が普通 の行動であろう。

「うん、解った」
 どうやら、この宝生組の頭となっている人物となるはずの人物は、月時響という人間にメロメロなようだった。
 そんな響を中心にした内容の会話に、槙は少しだけ溜息を漏したのだった。




 響が目を覚ましたのは、午前11時だった。

 ああ、寝過ごしたと思って起き上がろうとしたが、身体がギシギシいって思い通りに動かなかった。腕を上げるのも億劫。寝転がって、もう一度寝直そうと思ったのだが、それも出来なかった。

 あのやろー。

 そんな憎みの言葉が浮かんでしまう。
 身体にガタが来る程されるとは思わなかったのである。
 それでも、朝いつもの時間に起こさなかった事は、一応楸も響を気づかっている様な気がした。

 仕方なくベッドに座るようにして起き上がって、響は身体の軋みを延ばす為に、少し簡単なストレッチをした。
 それで少しは身体が思い通りに動くようになって、ベッドに腰をかけるようにしてから起き上がろうとした。
 その時、サイドテーブルにはメモが残されている事に気が付いた。

「ん?」
 それを取って読むと。

『午前中は寝てて構わない。食事は済ませた。』
 そう書かれてあった。

 さすがの楸も響には悪いと思ってそう書いたのだろう。
 それにはクスリと笑ってしまった。
 一応身体の事には気遣ってくれているようである。
 耀の食事を作るのも響の仕事の一部なのだが、それさえも中断させてでも響を寝かせておこうと思ったのは、響の身体が仕事の疲れなんかよりも、もっと酷く疲れている事を解っていたからだろう。

 こういう優しさはなんか嬉しい響。
 だが、昨日(というか、今日の深夜というか)の行為を思い出すと、空しく、そして頭を抱えたくなってしまうのだった。

「しかし……俺ももっと抵抗しろよな……」
 そんな呟きが漏れてしまった。

 昨日は楸にいい様にされて、しかも抵抗も出来なかった。

 今日が休みだからという気遣いがあったのかもしれないが、それでも自分が楸に抱かれるなどという事は、二度とあってはならないと思えた。

 そうじゃないと自分が解らなくなるからだ。
 好きじゃないのに抱かれて喜んでいる自分。

 それが嫌だった。
 はっきりしない自分にも苛立ってしまう。

 だから、それははっきりとさせなければと思っていた。

 ゆっくりとベッドから起き上がってバスルームに向かった。
 まだボーッとしていたので、はっきりと起きたかったのだ。

 部屋を出ると居間には誰もいなかった。
 静かだなあと思いながら自分の部屋で着替えを用意して風呂に入った。

 まだ腰が痛いが、シャワーの熱でなんとかマシになった気がした。楸が昨日、頭も綺麗に洗ってくれたので、シャワーは全身を流すだけで済んだ。
 服を着てリビングに出て、軽い食事を用意して食べた。
 そしてコーヒーを用意して、ソファに座った。

 すると、リビングに楸が入ってきた。ちょうど仕事から帰ってきたような服装だったので、響は少し驚いた。
 楸は響がソファにいるのを見つけて、厳しかった表情が少し和らいだ笑顔を見せて言った。

「起きたか」
 まだ寝ているだろうと思っていたようで、少し驚いてたようだった。

「悪い寝過ごした」
 一応家政夫として雇われているのだから、朝食の用意をしなかったことへの謝罪だった。
 昨日の事には触れないでおこうと響は思っているのか、その事にはまったく含まない答えを返してきた。
 そんな響を見ると意地悪したくなるのが、心情だろう。

「いや、まだ腰が辛いだろう」
 楸がニヤリとして言うと、響は顔を真っ赤にして素早く言い返してきた。

「言うなっ!」
 響は思わず腰を触ってしまう。まだ痛いのである。
 そんな響の様子を見ていた楸が何か思い付いたように言った。

「マッサージしてやろう」
 楸はそういうや否や、ソファにいた響を押し倒したのである。

「おい!」
 驚きととっさの意味不明な行動に出た楸に、響は対応出来なくて、あっさりと押さえ込まれてしまったのだった。

「楸っ!」
 響は危機感を感じて、叫んだのだが、楸は落ち着いた声を返してきたのだった。

「何もしやしない。本当にマッサージだけだ」
 楸は響を俯せにすると、腰に乗って本当にマッサージを始めたのである。触る指は昨日のようないやらしさはなく、ちゃんとマッサージの感覚がする。

 なんだ、本当にマッサージなんだ……。


 響はそう安心してしまって警戒心は解いたのだが、楸から言えば、響に触れられるのであれば、理由はどんなのでもいいという事に、響は気が付いてないという事だ。

「この辺か?」
 ぐっと指で押されると、本当に気持ちが良かった。

「そこ、そこいい……」
 身体に入っていた力が抜けていった。
 本気のマッサージは本当に良かったからだ。

 こいつ、こんなのも上手いのか?

 ふとそんな事を思ってしまった。
 どう考えても、楸はマッサージする側ではなくされる側だからだ。

「気持ちいい~」
 本当に良かったので、響はリラックスしてしまう。
 そんな響を見て、本当は欲情してしまう楸だが、それをクスリという笑いに納めるのに苦労したのだった。

「なかなか素質があるだろ」
 楸がそう言うと、響は笑いながら答えを返した。

「お前、マッサージ師になれよ」
 ヤクザやめても就職口があると冗談めかして言ってみたのだが、楸は響がずっこけるような返答をしたのだった。

「響の為ならなってやってもいいな」
 つまり、響以外の人にはやらないと言っているのである。

「お、お前なあ……」
 はあっと力が抜けてしまう。

 本気で言っているから頭が痛いのだ。
 こいつの本気って、何気ない言葉の中にあったりするから、結構、怖いかも……。
 まあ、でもマッサージは本当に気持ちいいからなあ。
 ちょっとどうしていいか解らない響だった。

 そうやってマッサージをしてもらっていると、リビングに耀が入ってきた。

「響、おはよう」
 耀は響がいるのに気が付いて、早足で寄って来た。

「あ、耀、おはよう」
 マッサージはまだ続いていたので、響がそう言うと、声が少し揺れていた。

「パパ、響を苛めてるの?」
 ちょうど響を抑えて、上に跨がって乗っているのだから、端から見たらそう見えるのかもしれない。
 響は、なんか可笑しくなってしまった。

 楸はマッサージを中断させる事もなく、耀に答えたのだった。

「マッサージしてるんだ」
 楸がそう答えると、耀は驚いたように声を出した。

「響、どっか悪いの?」
 一応、マッサージしているのは、何かの治療なのだろうと思っているのか、作業を中断させることなく、響の顔を覗き込んで耀は尋ねた。

 でも素直に答えられる答えでもない。響が困っていると、楸が笑いを含めた声で言ったのだった。

「腰が痛いんだとよ」

 誰のせいだ誰の!!と叫びたい響である。
 もう冗談じゃないと、響は楸のマッサージを中断させた。
 その楸の手が離れて行く瞬間、さらっとお尻を撫でたのだ。

「う……っ」
 思わず声が洩れてしまった。小さい声だったが、楸にも聴こえてしまったようだ。
 クスリと笑う声が上から降ってきたからだ。

 ちくしょー!変態ヤクザめ!
 と、心の中で思いっきり叫んでしまう響である。

「大丈夫?」

「だ、大丈夫だよ。楸にマッサージしてもらって大分楽になったから……」
 慌てて響はそう言って、ソファに座った。
 本当に腰の具合はよくなっていた。
 楸は当然のように響の隣に腰を下ろした。そして、その手が響の顎を掴んで、グッと顔を楸の方に向けさせた。

「な……なんだ?」
 響が驚いてそう言うと、楸はジッと響を見つめて、舐め回すように顔中を眺めてから手を離した。

「顔色は悪くないな」
 そう呟くように言ったのだった。

 な、なんだ、一応気にしていたのか……。
 少し不器用な楸の行動をなんか可笑しく感じてしまうのだった。

「じゃあ、遊園地行ける?」

 ゆ、遊園地!?
 いきなり、話が飛んで、響はびっくりして楸を見てしまう。どういう訳だ?と聞こうとしたが、それより早く楸が答えてしまった。

「そうだな、行けるな」
 そう断言されてしまって、響は一人取り残されてしまう。
 ちょー待て、なんの話だ!?

「やったー!」
 楸の答えなのに、響は何も答えてないのに。耀は喜んで飛び回っている。こうなったらもう響も止める事は出来ないだろう。
 それにしても、ここまで喜ぶ耀を見るのは久々かもしれない。なんか行った事のない場所へ行ける事が嬉しくて仕方ないという様子が伝わってきた。

「あの……耀はそういう所に行ったことないのか?」
 あまりの耀の喜びように響は驚いていて楸に聞いた。

「俺が連れて行くと思うか?」
 もっともな答えだった。

 に、似合わない……。
 しかも、耀にはボディガードが付いている。その人達と一緒に遊園地ー?
 こ、怖いかもしれない。

「無理だな」
 それで納得する響。

「耀もそうした事は言わなかったしな。お前がいるから一緒にいきたいらしい。だから俺も同行する」
 楸はそういう言って出かける支度をし始めたのである。

 え?
 今のは聞き間違いじゃないよな。
 一緒に行くー?
 響は驚いて聞き返した。

「お前もか?」
 響はまさかと思っていた。できれば聞き間違いであって欲しかった。
 頼む、冗談だと言ってくれ!!
 響は心の中でそう叫んでいたが、現実に聴こえた声は願いを撃ち破るものだった。

「響が行くなら俺も行くだけの事だ」
 そう断言されて、響はいやーな想像をしてしまった。




 その想像通り、嫌な事は起っていた。
 楸が付いてくれば、当然ボディガードは付いてくる。楸が一緒でも耀のボディーガードはついてくる。

 つまり黒服集団が出来上がってしまったという訳だ。

 絶対怪しい集団だって!
 心の中で響は叫んでいた。

 でも楸も耀も慣れているようで、平然として遊園地の中を歩いている。周りは明らかに引いている。思いっきり引いている。

 ああ、なんで、皆普段着で来ないんだ。
 普段着が黒服だから、それなのか?
 つーか、休暇の服装で……って言っても、ボディーガードは仕事だから黒服なのか?

 なんか、悩んでもどうしようもない事を響は心の中で呟いてしまった。

 耀に至っては上機嫌であれに乗ろう、これに乗ろうと響を誘う。それに付き合う響はいいが、待っている黒服集団は周りから敬遠されている。
 ある意味、並ぶのも楽なのだが。

 何かが違う!

 そう思うのは響だけではないだろう。

 耀は初めて遊園地に来て、はしゃぎまくっている。
 それは素直に喜ぶべき事だろう。

 ヤクザの息子というだけで、周りを警戒され、こういう所に連れてきて貰って無いのだから。
 やけくそになってきた響は耀の要求を全部呑んで色んな乗り物に乗った。

 あの行為の次の日に、こんなに行動的になるには、かなり身体が辛かったのだが、耀が喜んでいると思うと、辛いという表情を見せる事は出来なかった。

「パパは何か乗らないの?」
 休憩中に耀がそう言い出した。
 どうやら何も乗らずに待っているだけの楸が可哀相だと思ったらしい。

 すると楸は、ふと考えてこんな事を言い出した。

「耀が響を貸してくれるなら、観覧車に乗りたいな」

 その言葉に、お茶を飲んでいた響は、お茶が変な器官に入ってしまったようで、思いっきり噎せてしまった。
 ゴホゴホいっている響の背中を何気なしに楸は撫でてやった。

「じゃあ、僕は九猪(くい)達と一緒に乗るから、パパは響と一緒に乗ったらいいよ」
 聞き分けのいい耀は響を楸に渡すのに応じた。

 それにニヤリとする楸。
 涙を滲ませた響が、ギョッとしてしまったのだが、もう契約は済んでしまっていたのだった。

 そして観覧車の中。
 二人は同じ席側にいて、響は窓に押し付けられ、楸はそんな響の両手首を掴んでいたのだった。

「どういうつもりだ」

「こういうつもりだ」

 乗ってすぐに二人は言い合いになったのだが、楸は響の腕を捕まえると、自分の方へ引き寄せてキスをしてきたのである。

「ん……!」
 いきなりのキスに響は精一杯抵抗した。

 だが、ここが観覧車の中だと思い出し、思いっきり暴れる事が出来ない場所であるのを悟った。

 それが解っていたのか、楸はキスを深くしてくる。
 それに応じるしかない響。
 楸がキスに満足したのは、観覧車が天辺に近付いた頃だった。

「はぁはぁはぁ……てめー」

 暴れられない事をいいことに好き勝手やりやがって!!
 そう怒鳴りたい響である。
 だが息が上がってしまって言葉が出ない。

「悪い」
 悪怯れた様子も無い楸が先に謝ってくる。
 それに脱力してしまう響。

「どういうつもりだ」
 やっと息が整って、響は低い声で怒った。
 すると楸は。

「お前があんまり可愛かったんでね、ついキスをしたくなったんだ」
 平然と答えられてまた脱力する響。

「そういう顔をするな。いい景色じゃないか」
 さらりと景色の事を言い出すから、響は更に脱力してしまう。

「お前……」
 景色など見る余裕も無い響である。
 これ以上何かされたら、もう一周回る羽目になりそうだから、警戒するのも致し方ない。

 キスだけで満足したのか、楸はそれ以上響に触れようとはしなかった。
 響は離れた席に座って楸を睨んでいた。

 昨日の事といい、今日の事といい、楸が一体何を考えているのか解らない。
 考えれば考える程解らない。

「一体、何を考えてる」
 響はそう聞いていた。
 すると、楸の視線が響に戻ってきた。ジッと見つめる瞳は、何故か少し欲情したような色をしていた。そしてゆっくりと口が動く。

「何って、お前の事だ」

「俺の事って?」

「惚れた弱味かな? お前が可愛く見えて仕方ない」
 そんな事を言われて、響は驚いてしまう。

 なんじゃそりゃ!
 思わずひっくり返りそうになってしまう響。

「お前、目大丈夫か?」
 真剣に響は尋ねた。

 俺が可愛いって絶対目がおかしいって!
 いや、頭が腐ってるのか?!

「大丈夫じゃないだろうな。お前が可愛く見えてな。俺も可笑しいとは思うがそうなのだから仕方ないだろ」
 楸は響から視線を外し、外の景色をみながらそう答えた。

 響はそう言われて溜息を吐いた。
 絶対変だ。

 昔の楸なら絶対言わない言葉である。それを恥ずかしげもなく言い放つのは変である。
 絶対何かがおかしいと響は思った。

 本当に、何を考えているんだろう?
 響には楸が今考えている事は理解出来なかった。
 まさか、自分をそこまで必要としているなど、今の響には、理解しようとしても出来る事ではなかった。
 だから、楸は積極的な言葉で、響を縛ろうとするのだ。

 惑わせて、間違いであってもいい。
 少なくとも、いつでも自分を宝生楸という存在を忘れさせたくなかった。

 何か言う事も出来ず、何も喋らず、そのまま観覧車は下まで着いた。

 ちょうど、日が落ちかけていた。

 遊園地を満喫した耀は、帰りには眠ってしまった。
「よく遊んだな」
 膝に頭を乗せて寝ている耀の頭を撫でた響。

「楽しかったんだろう。特にお前がよくしてくれたからな」
 楸がそう言った。

 自分達ではここまでやってあげられなかったと思っていた。
 こうした場所で遊ぶ事はもうないかもしれない。
 それでもそうした思い出があるほうがいい。

 そう、幼い耀にとっては……。

 だが、迂闊に出かけるべきでは無かったのである。
 それは後日に解る事だった。

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