raging inferno

20

 藤宮葵依が東京に行くことができる様になったのは、事件後一年経ってからだ。
 葵依と渡真利家の関係は上手くいっているけれど、外からの反応がまだ分からないので一年も間をおいた。
 世界中のマフィアが九十九朱明に子供がいて、更に孫までいるという事実を知った時に彼らがどういう行動を取るのか分からないので、様子を見ていた。
 しかし、世界の主要なマフィアはそれに過剰反応はしなかった。
 というのも、孫である。しかも九十九本人が育てたわけではない。
 実の息子は養子に出され、ただの格闘家で人生を終えている。
 九十九とは何の繋がりもなかったから、九十九の手で何かされるわけでもなかった。
 しかし世間は知らないけれど、九十九の実子は他にもいて、孫ももちろん存在している。
 ただこの事実を知っている人はほぼいなかっただけで、壮比や安里は知っている程度だ。ただ審議は分からないままであやふやであったという。
 それでもはっきりと九十九の血筋であると認識がされたのは、葵依たちが始めてだ。
 だが、葵依は高嶺会の会長である壮比の息子、渡真利蓮と付き合い始めていて、沖縄に引きこもって出てきもしない。
 何をしているのかと思えば、格闘の師範代をして暮らしているというから、もうマフィアとしてもこれを気にする方が馬鹿なのかと思えるくらいに平穏である。
 さらにはその藤宮家が渡真利家と真栄城家とも繋がりがあることが分かり、高嶺会が抱え込む理由にも納得ができる理由が存在していて、九十九との繋がりよりも身内を取ったという認識をされた。
 というわけで、マフィアの世界ではほぼ一般人である藤宮葵依と橙李についてこれ以上の詮索や監視はしないと手を引いたようだった。
 それが分かってから、葵依は東京に向かった。
 両親の墓を沖縄に移すための準備をしていたので、墓自体は渡真利家が管理をしていてくれた藤宮いちの墓があり、そこに和奏も入っているというので、両親の墓を隣に用意した。
 この方が墓参りも楽だったし、橙李も日向の里帰りの時に墓参りができるので、満場一致で移動が決まった。
 けれど、橙李は大学が忙しく、足りない単位を取らないと卒業も危うい立場なので、今回は学業を優先させて葵依は蓮と共に東京へ行った。
 まずは貴重品の受け取りをしてから、墓のある寺でお経を上げて貰って、世話になったお礼を告げて、墓石は別の配送で送って貰う。けれど遺骨は葵依が二つを箱に入れて抱えて持って行く。
「東子さんは沖縄出身ってことは言わなかったな。多分、沖縄のことを祖母があまり語りたがらなかったんだと思う。それで、祖母のこともあまり語らなかった。そりゃ仕方ないよね……でもやっと静かになったところに帰れるよ。よかったねお母さんに会えるね、東子さん。亜蘭は東子さんの行くところなら何処でもいく人だから、沖縄に行くのも反対しないよ」
 そう葵依が言い、住職に礼を言って寺を出る。
 タクシーで一旦、ホテルに戻ってそれらを置いてから、葵依は東京の街を久々に歩いた。
「人が多いな」
「本当、よくこんなところに住んでたなと思うくらいには」
 葵依は既に一年以上も沖縄のゆったりとした生活に慣れてしまったから、東京の忙しそうな世界が元の世界だと言われても、思い出せない。
 葵依は久々に地元に戻り、そこの役所で戸籍を沖縄に移すために手続きをした。
 橙李も東京から沖縄に戸籍を動かすから、それも一緒に行う。
沖縄に正真正銘移住になる。
手続きが終わったら、その日はホテルで休んだ。
 次の日、葵依は蓮に連れられて背広の専門店に連れて行かれ、十着ほど新しい身体にあったスーツを作らされた。
「これから必要になるから」
 そう蓮が言うので、葵依は身体に合ったものを作って貰った。
筋肉が付いてきたから、既製品だとどうしても合わない部分が増えたのだ。
蓮は葵依の服を幾つか買い込む横で、いつも通りに自分の服も買っているようだった。
「そんなに服要らないけど……」
「流行廃りもあるから、仕方ない」
 沖縄では熱いので、あまりちゃんとした服を着ていないけれど、出かける時はさすがにちゃんとするので、いろいろと必要ではある。
 そしてこれから葵依は蓮と行動をすることが増えるので、それに合わせた服ということらしい。
 最近は蓮も東京に出たり、九州で長くいたりとするので、それに葵依が付き添っても問題がなくなったので、蓮は葵依を仕事がてらに連れて旅行にも行こうと言い出したのだ。
 幸い一年で道場は安定し、榧流本家の分家として成り立っている。師範代まではいかなくても、その力がありそうな人もいるし、葵依が道場を離れても大丈夫にもなっている。
 そういった落ち着いた事情になった。
 東京で色んな店を回り、二日間も掛けた買い物が終わると、蓮は見晴らしのいい東京名所に葵依を誘った。
 そこは葵依も東京に住んではいたが、興味はなかったのでいかなかった場所で、たまにニュースで写っている時に、そういえば行かなかったなと呟いて話した場所だ。
 蓮とくるとなると、所謂これはデートであり、部下は付き添っているけれど、デートで間違いない。
 そういえばこういうデートは初めてであり、葵依は蓮と一緒に東京を見下ろした。
「上から東京を見るのって初めてかも」
「大体はそういうもんだ。むしろ観光客の方が見ている」
「だね。俺らも今は観光客なわけだし」
すっかり沖縄の人になった葵依は、もう東京に未練もなかった。
 育った場所なのに、想い出は全部ここにあったはずなのに、葵依はここに心を置いていなかった。
「蓮と過ごしている沖縄の生活が、すっかり馴染んでいるからなのかな。ここを見ても帰ってきたとは思わない。不思議だよ。二十四年も暮らした場所なのにな」
 葵依がそう言うので蓮はそんな葵依の背中を摩っている。
「そうか? でもあそこには思い出はあるだろう?」
 そう言う蓮に連れられて行ったのは、榧流本家の道場だった。
 玄関先から管理人をしている難波が出迎えてくれた。
「ああ、葵依さん、よかった。元気そうで」
 明らかに元気だと分かる顔色の葵依を見て、難波がそう言う。
「難波さんも元気そうでよかった」
「こちらは上手くやれております。ああ、関さんが道場の方へと……その」
「うん、分かってるよ」
 葵依はそう言うと、慣れた足取りで道場へと入っていく。
 それに続いて蓮が歩いて行き、稽古道場に入った。
 そこには関を含めた師範代が五人座っていて、正座をしている。
 葵依が一礼をして道場内に入ると、座っていた五人が一斉に立ち上がる。
 葵依はそれを気にした様子もなく、道場の真ん中に行き立つと、その葵依を取り囲んで師範代四人が声を出して構えた。
「はっ!」
 その言葉に葵依も構えをした。 
 とはいえ、葵依の構えはほぼ拳を握っただけで、ファイティングポーズは取らない。
 それをしないのは、奇襲をされた時に常にファイティングポーズでいるわけではないからだという。
 無防備な状態で如何に早く相手に対応できるのかが、榧流の最大奥義にも繋がる。
 けれど、他の武術経験者はそのあたりは自由である。
 各々の構えに蓮は厳しい顔をする。
 それぞれに合気道や空手、柔道等で全員の型が違うのだ。
 そして、強いのだけはひしひしと伝わる。
 葵依が沖縄で相手をした部下よりも数段強いのが蓮にも分かる。
 けれど、その勝敗はあっという間に決まるのだ。
 全員が一斉に襲いかかっても、葵依はそれらの攻撃を避けて一人一人技返しをする。
 合気道なら合気道で、空手なら足技、柔道なら投げ技と繰り出して勝つ。一撃必殺だけれど、全員が気絶をさせられるほどの強さだ。
 四回、床に沈む音がしたと思ったら、葵依が立っているだけで全員が床に寝転がっている。
 葵依の本当の強さを改めて見せつけられた部下は、その葵依の強さにもそうであるが、榧流本家の師範代の強さにどよめいた。
 気絶した師範代を関が順番に起こしてから、ふらついている彼らに端によって貰ってから、葵依は関と向き合う。
 お互いに構えはほぼなし、ただ立っているだけだったけれど、遠くで車のクラクションが鳴った瞬間、二人が同時に技を繰り出していた。
 葵依が関の攻撃を防ぎ、拳を突き出すと、それを関が避ける。葵依の攻撃を避けられることはほぼないらしいのだが、関は読んでから避けている。
 けれど、そこから葵依のギアがもう一つ上がった。
 拳を避けられた瞬間に、足技が飛び出す。それを関が避けようとすると葵依は足技を中断してもう一度拳を突き出した。
 それは関の顔に入り、関はその衝撃に耐えられずに吹き飛んでしまう。
 もちろん、それでいつもなら一撃で終わるけれど、関は転がった後に起き上がったのである。
「う、そだろ……喰らって起きられるのかよ」
「マジかよ、バケモンかよ」
 そう部下が唸っているので、蓮も関の強さは確かにこの道場の二番目であることには納得した。
 けれど葵依が一段階早く動いたら、もうそれに付いていけないのであれば、確かに奥義は手に入れられないはずだ。
 葵依はトップギアまで、三つも残しているからだ。
 関は起き上がったけれど、すぐにその場に座り、一礼してから言った。
「相変わらずお強いですが、どこかでもっと強い榧流とやりましたね?」
 そう言われてしまい、葵依もその場に座る。
「フランスに榧流武術の分家があるでしょう? そこの門下生だったけれど、今はちょっと裏社会にいるヤツ。正直立場が普通だったら奥義取得もあと十年若かったら可能かもしれないくらいに強かった」
「……なるほど、分家でしたか」
「言っておくけど、戦ったら死ぬよ?」
「……分かってます。裏社会の人間とやる気はないので」
 関はそう聞いた後に残念そうな顔をしてから言った。
「あなたもまた一段と強くなられた。全く本気でもないのが悔しいところです。きっと壁を突破されたんですね」
「まあ、俺も悔しいけど、そいつに越えさせて貰った感じ。奥義の入り口をこじ開けられて使わされたから」
 葵依がそう言うと、関もそれには驚いている。
「それでそれを使っても?」
「いや一発入ったんだけど、邪魔が入って逃げられた」
「そうですか、なるほど。負けたのでないならいいです」
 奥義も使わずに負けたと聞かされたら、さすがに関も怒り狂っていただろうが、葵依が奥義を少しだけ使って負けなかったことが嬉しかったらしい。
 その関の見事に歪んだ愛情表現に、純粋に武術家として葵依に惚れている関が見て取れた蓮はもう苦笑するしかなかった。
 憧れの技を持つ人が気に入らないけれど、負けられるのはもっと許せないから、葵依が勝った結果が嬉しいのだ。目は少年のように輝いて、葵依の話を聞いている。
 葵依が嫌われていると言うけれど、関は葵依の武術部分にしか興味がないだけなので、そういう態度なのだ。
「それで一回でいいのだけど、あっちの男、蓮なんだけど、関さんと一回やってもらえるかな? 強さの基準というか、どの辺りにいるのか本人が知りたがっている」
 そう葵依が急に蓮に話を振ってきて、蓮が驚いているけれど、関は蓮を見た瞬間、ニヤリと笑って言うのだ。
「ほう、琉球空手ですか。いいでしょう、どうぞ」
 関が煽るように蓮を見るから、蓮も思わずやる気になる。
 そうして気付いたら蓮は関と戦う羽目になった。
 お互いに得意な戦法を使っていいのだけれど、その戦いは実に長引いたのだった。
 蓮は葵依のお陰で戦闘力は上がった。けれど、関は葵依の次にこの道場で強い。
 だからお互いに意地の張り合いであるが、攻撃が当たらないし、防がれるし、先読みはされるしするしで、とにかく互角。綺麗に互角な勝負で、全員が唖然とした。
 まず部下は、蓮がここまで戦えるのは葵依を相手にした時だけだったし、葵依はそれ以上に強いけれど、蓮には本気にならないせいで、蓮が苦戦している様はあまり見ない。
 関の強さは葵依と比較すれば段違いに弱いが、普通に道場の看板を背負えるくらいの強さであることは蓮と戦っているとよく分かる。
 また関も蓮の強さを見くびっていたけれど、ここまで関と互角にやれる他の武術家がいるとは思っていなかったらしい。
 あくまで蓮は琉球空手にこだわっているところがあり、あまり榧流には染まっていない。だからこそなのだが、蓮が榧流に絞ったとすれば、関よりももっと強くなるはずである。
 十分間一切の攻撃が入らずに、葵依が間に入って止める。
「終わり、ここまで決まらないなら、互角だ」
 そう葵依が告げると、さすがに十分間も戦い続けた二人は疲れきってその場に座ってしまった。
「なぜ、一本にこだわる……」
 関が先に蓮に聞いてきたので、蓮は言う。
「あなたこそ、榧流以外なら指導者になれたはずだ」
 そう蓮が言うと、関にはそれで通じたらしい。
「まあ、お互い譲れない部分というわけか……」
 蓮の言葉に納得して、関はそれ以上聞かなかった。そして関は葵依に言った。
「いいでしょう、認めますよ。あなたの未来を」
「ありがとう」
 葵依がそう関に礼を言うと関は葵依と握手をして、蓮とも握手をした。
 それで葵依たちは道場を後にした。
「最後にちゃんと分かって貰えてよかった。蓮、ありがとう」
 葵依は東京に残した未練を、全部蓮の力で断ち切れたような気がした。
 これで葵依は道場のことを心配しなくてもよかったし、関になら任せられたから、ちゃんとした人間に道場を託せたことは良かった。
 そんな葵依たちが去って行く時に、道場に入っていく子供の集団が見えた。
 もう葵依がいた時のような閉鎖的な道場ではなくなっている。関はよい指導者として榧流本家の道場を盛り上げていくだろう。
 もしかしたらそこから奥義継承者が出てくるかもしれない。それを期待して、葵依は自身の身もしっかり鍛えていこうと思えた。


 東京を去り、沖縄に戻って、お墓が船便で届いて両親をそこに納骨をした。
 藤宮家の墓をまとめて建てられた。
 お墓は自宅より十分先にあって時々散歩でも通えた。
 海も見えて、景色もいい。
「ああ、いい天気だ」
 葵依は納骨が終わったあと、満足したように笑っている。
 未練を全部片付けて、この地に骨を埋めることができるのが嬉しい。
 その墓は渡真利家の代々当主家族や組員などの墓もある、だから将来は葵依もここに眠るのだ。
「お前との墓は俺が用意するから、一緒のところだ」
 そう蓮が言うけれど、葵依はそれを笑って受ける。
「お前と一緒ならどこでもいいよ、墓がなくても、海の塵となってもそれでもいいよ」
 死んだ後も蓮と混ざってしまうならば、葵依にはどこでもよかった。
 葵依の返答が気に入ったのか、蓮が笑っている。
 その笑顔が葵依は好きで、これからたくさん見ていこうと思えた。
 このままの穏やかな時間がずっと続けば良い。
 それを二人は願ったのだった。

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