raging inferno

18

 葵依が目覚めたあとも事件のことはニュースで取り上げられたけれど、すぐに情報が行き詰まったのか、バラエティーニュースではもうすでに芸能人の不倫のニュースで盛り上がっている。
 通常のニュースも続報のない事件には時間を割かないから、ロシア人の身柄引き渡しが終わってしまうと、一気に情報は流れなくなった。
 葵依はその後、身体の調子が戻ってくると、一旦橙李のマンションに戻って、警察からの取調べを受けた。
 けれど、葵依は与えられた台詞を話し、ロシア人に追われていたことは分からないといい、会社を辞めたのは良い機会だから東京から離れたかったと言った。
 ちょうど橙李が引っ越し、日向と暮らす大きなマンションに同居させてもらい、しばらく何もせずに過ごしたが、旅をしたくなって家を出た。九州の南側を旅していて、久々に橙李に連絡をしたら警察が捜していると聞いたので戻ってきたという。
 もちろん警察はそれを調べたら、確かに葵依の名前で秘境の温泉に宿泊していることがわかった。二週間くらいいて、帰ったという証言から嘘は吐いてないだろうと警察もそれ以上の詮索はしなかった。
「本人が関係ないと言うなら、ないんだろうな……」
 刑事はそう言うけれど、組織犯罪対策部では橙李が日向と繋がったことや、葵依が蓮と繋がっていることはもう既に知っていたようだ。
 もちろんそれを隠すことは無理なことで、葵依たちは堂々とそのまま行動することにした。
「よかったよ、葵依。本当に未来が変わった」
 橙李は会ったときにそう言い、葵依もそんな橙李に礼を言う。
「橙李のお陰で、俺は生きてるし、蓮も守れた。ありがとう」
 葵依に言われて橙李は泣いた。
「葵依が生きているのが嬉しいし、予感がちゃんと予防に使えたことが嬉しい……」
 橙李は橙李でずっと覆らなかったことが、覆ったことで確かに未来が見えたのだ。それが嬉しくて橙李は泣いたのだ。
 そんなときに、ずっと橙李を守ろうとしてくれている日向のことをちゃんと見られるようになったという。
「まあ、俺にはあれくらいの人じゃないと駄目っぽいし、葵依もあいつと付き合っていくなら、兄弟揃って同じ所に行くのありかなと」
「……そうだな。それもありだ」
 葵依は橙李の方が先に折れたことに驚いたけれど、葵依もまた蓮と離れるなんて考えもしなかったので、そろそろ考えなければならないことでもあった。
 橙李の部屋を出たら、蓮の部下に連れて貰い、空港へと向かった。
 蓮は九州の地を他の幹部に任せて沖縄に戻る予定だ。
 葵依は蓮に問答無用で付いてくるように言われた。
 飛行場に着くと、まずラウンジに行った。
 蓮はまだ来ておらず、葵依は周りに人がいるエリアで外を見ながら座った。
 するとふと視線を感じて見ると、いてはいけない人がいるのが見えた。
 四十過ぎくらいに見える、スーツ姿の男が颯爽と近づいてくる。
 その顔は少しだけ葵依には見覚えがあったけれど、その歩いてくる姿で葵依はそれが誰なのか理解した。
「ちょっと、近づかないで」
「いい。大丈夫だから」
 部下がその男を止めようとすると、葵依がそれを止めた。
「いい判断だ」
 男はそう笑うけれど、声にも聞き覚えが十分にあった。
男は葵依に姿を最初に見せたときと違い、変装しているのか顔の皮膚などの具合が違う。
 部下は葵依の知り合いだと思い、少しだけ警戒をしながらも下がる。
 男が葵依の前の席に悠然と座り、葵依の顔色を見てから言う。
「悪かったな、当てるつもりは一切なかったんだが」
「飛び込んだのは俺だし、それは分かっている。でも蓮を打とうとしたし、実際何発か当てているのは許さないから」
 葵依がそう言うから、部下はやっと葵依の目の前に座っているのが、葵依を撃ってしまった真栄城俐皇なのだと気付いた。
「騒がないで……」
 部下がすぐに俐皇に飛びかからんばかりになったけれど、この間合いでは部下の方が不利だ。俐皇の強さを知っているだけに、万全の体制でない葵依もまた、今の俐皇には太刀打ちできない。
 負ける戦いはできない。
「よい判断だ。病み上がりでは本調子でもない。負けるのが分かっている戦いはしないのは賢明だ」
「それで、見舞いに来てまで何がしたい?」
葵依は要件だけ行って去ってくれないと、蓮と鉢合わせると思い急いだ。
「一緒に来ないかと誘いに来た」
「断る。お前とはいかない」
「同じ世界に来るなら、俺の所でも変わらないだろう?」
「変わるから余計にいかない。話がそれだけなら帰ってくれ」
 葵依はそうはっきりと言い、俐皇には用はないのだと言うと、俐皇は苦笑する。
「本当に、俺のお気に入りはこういうヤツばかりだ」
 俐皇はどうやら榧流の誰かを思い出しているかのように笑っている。それが誰なのか分からないが、その誰かと葵依を重ねていることは読み取れた。
 俐皇が席を立つと葵依が言った。
「お前が見ているのは俺じゃないから。俺は俺を見てくれる人の側がいい」
 葵依の言葉に、その視線の先に見ているものが違うと指摘された俐皇はそれにまた苦笑して言った。
「身代わりになるわけもないってことか。了解」
俐皇はそう言って去って行く。
 しかし俐皇の行く先には蓮が立っている。
 一発触発かと思われたが、蓮は俐皇とのすれ違いざまに言った。
「葵依はやらん」
「ちゃんと振られたよ」
「だろうな」
「やり損ねて残念だよ、渡真利蓮」
「ここでやれないのが残念だよ、真栄城俐皇」
 二人はそう言い合って、俐皇がラウンジを出て行った。
 恐らくどこかでまた変装をしていくだろうから、追うだけ無駄だ。
 葵依は二人が何事もなくすれ違ったことでどぎまぎしていたが、俐皇が去って行ったのを見てホッとしているのが蓮の目に入った。
「蓮……っ」
 幸いラウンジの人は搭乗するために去っているから人はいなかったけれど、声がラウンジ中に響く。
「どうやらまだ去ってなかったようだな。何を話した?」
 蓮がそう聞いてくるので葵依はさっき話したことを全部話す。
「お見舞いだったみたい。当てる気はなかったって」
「俺には当てる気満々だったようだが?」
「まあ、そうだけど……それと一緒に来いって勧誘」
「もちろん断ったよな?」
 蓮がそう言って葵依の横に座ると、葵依が言った。
「どうして俺を誘うのか分からなかったけど、今さっき、突然分かった。あいつ、俺の姿の裏に別の誰かを重ねてみてるだけだって」
 それは蓮も予想はできなかったけれど、それでやっと思い出す。
「あいつ、確か。榧流武術の奥義継承者に手を出して痛い目みてなかったか?」
 もう三十年も前の話であり、二人が生まれる前のことであるが、俐皇にはそうした経緯があるらしい。
「あ、だからか。それなら納得。寧野さんだよね、あの人すっごい強いから」
葵依はやっとそれに繋がって、俐皇の目的もはっきりと分かった。
 俐皇は側に置けなかった人を思い、別の同じような人を求めたのだ。
 けれど出会うのが一歩遅かったお陰で、俐皇は葵依を手に入れられなかった。けれどきっと葵依が俐皇に付き添ったとしても、きっと理想の人との違いで上手くいくはずもない。
 人は同じではないからだ。
「蓮、さっさと沖縄に行こう、負けると分かっていて耐えるしかない戦いは、性に合わない」
 葵依がそう言って苛ついているのに気付いて蓮は苦笑する。
 どうやら俐皇に圧倒的な力で押さえつけられている状況を屈辱と感じたようなのだ。それは決して俐皇に靡くことはない、葵依の強い意志が見て取れて蓮は面白かったし、嬉しかった。
「本当にお前は、戦っていないと駄目なんだな」
「もちろん、お前もだろう?」
葵依はそう言って蓮に笑いかける。
 その葵依の言葉を受けて蓮も笑う。
「そうだな」
 決して俐皇を前にしても不安な顔一つしないで立ち向かい、平然としていたのに蓮が絡むととたんに葵依は心配性になる。
 そんな葵依は、蓮と行動を共にすることを選び、裏社会の入り口に立っている。
だが、蓮はこれ以上葵依をこの世界にどっぷりと漬ける気はない。
 もう高嶺会としては九州統一によって当初の目的は果たされた。
葵依が前線で戦う必要はない。
 もう決して、葵依が前線で戦う必要もないように蓮はそうして守っていくつもりだった。

 
 葵依が沖縄に降り立った時、沖縄では夏に突入しているほど暑かった。
 湿度の高い沖縄だから、外に出たらムッとした空気が襲ってきて、葵依はすぐに蓮が用意していた車に飛び乗った。
 曇っている天気なのに蒸し暑く、さらには雨が降りそうに曇っている。
「この時期はどうしても雨が多いからな」
 蓮がそう言うので葵依は、そういえば沖縄は亜熱帯気候だったなと思い出す。
 雨も大阪あたりと比べて二倍も降るらしく、台風も沖縄辺りはいつも通っていく。 
 けれど、葵依はここでこうやって気候を感じながら生きていくことになる。
 そのまま車で市内より少し離れた高台にある大きな屋敷、その近くに似た屋敷と家が多い場所がある。
 そこは高嶺会の持ち物で、組員もそこに住んでいるお陰で気付いたら組員たちが住まう街が出来、そこに人が集まってきてちょっとした街並みになっている。
 地元の人ならそこには住まわないし、避ける場所である。
 そんな地域に入って、車は高台の屋敷に上がった。
 一番大きな屋敷に入り、そこで蓮が言う。
「父に会って貰うけど、緊張しなくていい」
 蓮の言葉に葵依は少しだけ緊張をする。
「何を言えば……」
「聞かれたことに答えて、思ったことを言っていい。もし命の危険を感じたら、暴れていい。その時は俺も参戦するよ」
 そう蓮に言われて、葵依はニッと笑う。
 それは一番安心する言葉だ。
 

 部屋に入ると中は涼しく、葵依はホッと息を吐く。
 黒服の男たちによって囲まれて会議室に連れて行かれる。
 そこには縁側の大きなガラス窓のところに立っている五十後半の男性が立っている。
「父だ」
 そう蓮に言われ、ハッとする。
 ワイシャツに簡単なジーンズ姿であるが、その優しい顔をしているのに視線だけが嫌に鋭いのが葵依には印象的だった。
 そしてそんな壮比の顔を葵依は見たことがあった。
 まさかと葵依の目がおかしいのかと混乱をしていると、壮比が笑う。
「どうやら、君の母親は渡真利の血筋が強く出たようだね。でも君は藤宮の血がよく出ている」
 壮比に言われた言葉に葵依はハッとする。
 そうなのだ。葵依が知っている壮比と似た顔は、自分の母親である東子の顔だったのだ。
「あの……母をご存じで?」
 まさか蓮の父親が葵依の母親を知っているとは思わずにそう言うと、壮比はまず椅子に座ろうと言って葵依と蓮を座らせると、部下を下がらせてしまう。ただ一人だけ残った部下は身の安全のために最低限置いているボディーガードであり、どうしても外せないと言われた。
「さて、どこから話せばいいのか。まず君は自分の父親が九十九朱明(つくも しゅめい)という男の血を引いていることは分かっているんだよね?」
「はい、それは知ってます。そのせいで散々な目に遭っていたみたいで」
「そうだね。でも君は母親が何処の出身であるかは気にしたことはないだろう?」
 壮比にそう言われて、葵依は気にしたことはないと答えた。
「もともと天涯孤独みたいなことを言っていたから……」
 葵依の母親である藤宮東子には肉親はいない。母親は東子が三十歳の時に死んでいて、葵依と橙李が生まれる前だったから写真もみたことはなかった。
「君の母親である藤宮東子(とうこ)は、私の父、渡真利壮士(とまり そうし)と、君の祖母である藤宮和奏(わかな)の子供なのだよ」
 壮比の説明に葵依は思わず蓮を見る。
 蓮はそれは予想していたようで、驚いてはいないが、更にその先は知らないようだった。
「藤宮の家は、女系でね。美人な子が多かったから、ならず者にはよく目を付けられていて、身を守るためにはどうしてもそうした輩が手出しできない人間と関係を持つしかなかった。父は和奏が古我知親子に狙われていることを知って、手助けするつもりで子をなしたらしい。和奏はそれで東子を産んでやっと沖縄を出られたわけだ」
逃げると言っても荒々しい時代のヤクザである。当然、逃げ切れるわけもなく、和奏は妥協点を壮士に求めたわけだ。
「古我知が手を出すのことに長く躊躇していたのは、問題が和奏の出生にもある。和奏は、藤宮いちという母親がいるのだが、その母親は真栄城光藍(まえしろ こうらん)の子供なのだよ。だから光藍が怖くて手を出せなかったけれど、諦めてはいなかった。東子を産んだ後も付け狙い、和奏は苦労していたよ。それでも光藍が死ぬ前に和奏も死んだから、古我知は悔しがっていたらしい」
壮比がそうネタバレをした時に、葵依は何がどうなっているのか訳が分からずに頭を悩ますけれど、蓮はそれでやっと納得ができたらしい。
「だから、葵依は身内だと言ったのか。俺たちにとってもそうであるし、真栄城にとってもそうだったからか」
「簡単に言えばそういうことだよ。でもね、君にはうちの身内だという以前に、九十九の血も入っている。こればかりはどうしようもないけれど、これほどの貴重な人間もそうそういないもんだよ。悪く言えばサラブレッドである。けれど、うちとしては、藤宮の血筋を助けてやって欲しいという父壮士の遺言もあるのでね。そっちを優先させて貰うことにするよ」
 壮比がそう言って笑うけれど、それで周りが納得してくれるのかは葵依には分からない。
 困った顔をしていると、蓮が言う。
「それで親父の狙いが何なんだ?」
 九十九の血筋を内部に入れることになる。
 まだ蓮と葵依はいい。決して子は生まれない。
 けれど日向と橙李はそうはいかない。
 葵依もそれに気付いて壮比を見つめた。
 壮比はそれに対してどういう考えを持っているのか。それによって葵依はここで生きる選択が選べなくなってしまうかもしれなかった。
蓮に何か目的があるのかと問われた壮比は、ふっと笑う。
「正直に言うと頼まれたから助けるのもあるが、それよりも私は九十九がどうでるのかを見たい」
 壮比の感想に葵依も蓮も驚く。
 九十九の反応を見たいがために、壮比は葵依を身内として扱うという。
「それはどういう……?」
「九十九朱明という男が己の血筋を全て潰してきたわけだが、その男が四十年も経って、何の心境の変化か子供を生かしている。さて、どう扱いかねたのか面白がっているだけなのか。反応がよく分からないのが現状だ」
「面白がっているだけじゃないのか?」
「それも十分あると思っていたが、最近になって、九十九の手のものの動きがほぼないことをおかしいと私は思っている」
 これだけの騒ぎが起きているのに、九十九の反応が一切ないのがおかしいというのだ。
「面白がっているならいるなりに、あの男なら何かしでかそうものを、何の反応もしないことはないと私は思っている。つまり」
 そこまで壮比が言った時に、蓮はやっと壮比が考えていることに辿り着いた。
「九十九が既に死んでるか、若しくは指揮系統を維持できない状態に陥っている可能性がある」
 壮比がそれに気付いたのは、俐皇の動きからだという。
「俐皇の動きが活発化している。昨今は水面下で動いていたけれど、急に表立って九十九のおもちゃに手を出してきた。さらには引き込もうとしている始末だ。お互いに直接関わることをしてこなかった二人だというのに、急に俐皇が積極的だ。だから私は九十九は既に死にかかっていると思っている」
 つまり九十九の指示系統が幹部辺りで止まり、九十九のところまで行っていないからこその無反応であると考えた方がまだ理解ができるという。
「さらには、その九十九の組織が俐皇の組織に下っている可能性もある」
 九十九が死ぬ間際か意識を失う前に、自分の組織を始末せずに死ぬことはないと壮比は考えている。よってそれによる破滅で、死ぬ間際に捕まることは避ける。
 全ての指示系統や幹部を俐皇の組織に継がせることくらいはやりそうだ。
 俐皇は嫌がるだろうが、それでもヨーロッパに君臨する地下組織がそのまま手に入るなら、嫌であろうが何であろうが俐皇の幹部が受け取りたがるだろう。
 一から組織を作るよりも訓練された九十九の組織ならば、他の組織に奪われたり解体するよりは我慢をして受け取った方がいい。
「私でも九十九の組織であろうと、くれるというなら貰っておくからね。ヨーロッパの地下組織と欧米を繋ぐまだ見つかっていないシンジケートが丸々手に入るなら多少のことは目を瞑るよ」
 つまり高値会の会長という立場であれば、九十九が気に入らなくても我慢はするという壮比の考えは、割と一般的な回答である。
そこまで聞いて葵依には九十九という人間が意外に俐皇を気に入っていて、離反してからも目を掛けていることが分かった。
「まあ、これは私の希望も入っているから、分からないけれど。私たちが君を受け入れることで、周りのマフィアも手出しはできないようにはなったと思うよ。何もないけれど、九十九との何かがあったのではないかと疑ってくれるからね」
 どうやら壮比は更にマフィアの世界の動向も読みたいのだという。
 微妙な時期に九州を取った高嶺会が、九十九の実の孫を受け入れている。さらには俐皇も出てきて騒動を起こし、高嶺会は下剋上で会長が挿げ代わり、ロシアマフィアとは切れた。前会長はロシアマフィアの船で死に、抗争は収束した。
 ここまでスムーズにことが起こっていれば、九十九の入れ知恵でもあったのではないかと疑うだろうし、一般人であるはずの葵依をもしかしたら九十九からの使者だったのかもしれないと疑ってくれるというわけだ。
「取りあえずあと十年もすれば、九十九は死んでくれる。そうなった時はもう九十九朱明の呪いもこの世界からは消えているだろうから、君も自由になれるだろうね」
 そう壮比が言うので葵依は言った。
「俺は、申し訳ないのですが、あなたの息子である蓮と一緒にいたいから、自由にするとなると、一緒にいることになります」
 葵依が蓮と一緒にいることを告げると、蓮は葵依の手を握った。
 長男である将来、高嶺会の会長候補である男の恋人になろうとすることは、壮比からすれば葵依は邪魔であろう。
 そう思うけれど、葵依は蓮が結婚して嘘でも家庭を持つのを見るのが嫌だった。
 その葵依の言葉に壮比はじっと葵依を見た。
「君のその強さは、君のものなのだろうね。いいよ、蓮はくれてやるから、その代わり日向には橙李を貰うよ」
壮比がそう言うので、葵依はちょっと笑う。
「それは俺がどうこういう話じゃないですが、きっと叶うでしょう」
 葵依の言葉に壮比は微笑んでから、壮比が部屋を出て行った。
 一気に部屋の空気が変わり、葵依はホッと息を吐いた。
「まさか……息子さんをくださいをやるとは思わなかった……」
 葵依はそう言って耳まで赤くなっている。
 それを蓮は見て、笑っている。
「嬉しかったぞ。俺がどうにか親父を説得しなきゃと思ったのに、お前から言って貰えるとは」
「悪い……話の流れで俺が言わなきゃって思って……」
「多分、親父はそういうつもりで言わせたんだと思う。葵依がどういうつもりで俺と一緒にいるのかを本人の口から聞きたかっただけだろうし……」
 蓮はそう言った。
 壮比は葵依の覚悟と、決意をはっきりと本人の口から聞きたかっただけだったらしい。
 そしてずっと壮比の父である壮士に誓った、藤宮の血族を助けるという約束も果たしたかったのだろう。それらは全部叶っている。
 ちょうど落ちるところに落ちたように、葵依はすっきりとした。

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