raging inferno
16
高嶺会による内部抗争になり、任侠の世界はそれが収束するまで見守る形になった。
もとより、抗争に興味がない、宝生組や嵯峨根会は自分のテリトリーに入らない限りは見守る形であり、参戦していた如罪組は引いた。
それによりロシア人マフィア、マトカの戦闘部隊を引き連れた才門が最後のあがきを続け、戦線は激化していた。
毎日起こる攻防戦により、お互いに消費するばかりで戦線は一進一退になった。
「マズイな、消耗戦は」
葵依がそう言い、疲れ切っている組員の限界が見えているのに気付いた。
「そうだな……何処かで決めないと、これじゃ他の組織にも隙を与えることになる……」
消耗戦を繰り広げると、興味がないと眺めているだけの組織が乗り出してくる可能性もある。
特に宝生組に関しては、長良沢組とも繋がりが強く、それなりに思うところもあるはずだ。高嶺会が失速すれば、もちろんその隙を狙ってはくるだろう。
嵯峨根会だけは京都付近以外に出ることはないが、万が一高嶺会が負けるようなことがあれば、乗り出してくるかもしれない。
せっかくここまで取ってきたのだ。あと一歩のところなのだ。
「どうにか打開策を見つけなければ……」
しかしロシア人の部隊は補充されて部隊の質が上がっている。
だから高嶺会側の部隊にも負傷者も増えている。
「あっちも援軍を呼んでいるのか、負傷者が増えているはずなのに、物量戦で負けかねない。補充されているロシア人を何処かで絶たないと」
葵依はそう言いながら、港を見る。
飛行機での何十人ものロシア人の移動は警察も警戒をしているから、補充されるロシア人は船でやってきているはずだ。
「本拠地はどこなんだ?」
「本拠地か。港にある船あたりが、やつらのアジトなんだろうな。それで市内でロシア人を見ないわけだ。船員としてやってきているなら、見つかるはずもないか」
蓮がそう言う。
そして葵依は奇襲を思いつく。
「なあ、俺らも船で本拠地を奇襲するのはありか?」
「しかしな……」
「少数でいい。最前線の数は減らしたくはないから、奴らが出てきた後の本拠地、そこには恐らく精鋭部隊だけれど、才門は押さえられる」
確かに葵依の言う通りなのだが、それにはリスクが高すぎる。
ロシアの基準で動く船内で捕らえられたら、逃げ道がない。船の中はロシアの領域扱いになるため、警察でも容易に突入はできない。
そう蓮がリスクを言うと、葵依はそれで別の作戦を思いつく。
「才門の生死はこちらで決められないけれど、恐らく、口を割られて困るのは俺たちだけじゃないはずだ」
葵依の指摘に蓮も葵依が何をしたいのか理解した。
「つまり、俺たちが手を汚さなくても、これでどうにかなるかもしれない」
葵依の提案に、蓮は少しだけ難色を示すも、それには部下の方が積極的に乗った。
これなら一撃必殺と言ってよかったし、しくじったとしてもマトカの急襲は当分防げるはずだ。
「やりましょう、蓮さん」
「これ以上は部下がもたない」
持久戦は百戦錬磨であるロシア人部隊には叶わない。
いつかは総崩れを起こしてしまうことは、部下でも分かったことだった。
蓮は橙李に言われたことを思い出す。
なるべく葵依を危険な目に遭わせたくはない。今までは葵依を信用できていたが、奇襲となると話は別だ。不安だと言っていた橙李の言葉通りなら、この奇襲で葵依は危ない目に遭うことになる。
だが、蓮は高嶺会の人間だ。
葵依を庇って奇襲の機会を見逃し、組織がなくなれば、その葵依すら守れなくなる。
結局全ての状況がその奇襲に掛かっている。
「分かった、やろう」
蓮の言葉にすぐに部下によって前線と奇襲作戦の人員が決められる。
奇襲も大事であるが、前線が崩れては意味もない。だからこそ、どっちも重要だ。
振り分けられた中に、葵依は奇襲に参加し、蓮も奇襲に参加した。
比嘉が前線の指揮を執り、奇襲成功の合図を決めた。
その作戦が開始されたのは深夜に突入した時間帯だ。
横付けされたマフィアが偽装している商船、タンカーであるが、それに葵依や蓮たち部下が少数で乗り込む。
見張りは入り口に集中をしており、船内は前線への兵士が出て行った後で、内部は手薄だった。
上手く一人が入り込み、救助用の船に忍び込んで見張りを葵依が一撃で倒す。
幸い手薄であるのはこうした奇襲を想定していないからだろう。
まさかタンカーを根城にしているとは港の話が出るまで蓮もしていなかった。
ロシア船籍の商船は、ロシアの品々を下ろすと、中古車や家電を買い込んでロシアに戻る船であるが、一ヶ月ほど入港を予定している。
その船には車がよく横付けされ、人の出入りは多い。
船員も頻繁に出入りをしていて、近くの食堂にはかなり通っている船員もいる。その船員とは別に、特殊部隊の兵士が上手く住み着いているらしい。
それを調べてまず、蓮は海外から沖縄を通って入る船と連携して、長崎辺りから乗り込み、北九州に荷物を下ろす船に乗船し、カムフラージュをしてその船で待機して時間を潰している間に相手の船を観察して、忍び込める間合いを把握。
どうやら船に乗ってはいけないはずの出前が、いつものことなのでと船に乗り込んでいるのを見つけ、その店に話を付けてバイトをスパイにして潜り込ませたのだ。
救助船に忍んで時間を待ち、前線が開戦するのを待ってその手引きで海から忍び込んだ。
こうなれば船に兵士がそうそう簡単に戻ってこられないからだ。
「よし、いいぞ」
葵依が簡単に見張りを倒してしまうと、外の見張りは消える。
その異変は全く察知されずに、葵依は蓮と共に操舵室にいる兵士を鎮圧した。
これで船は動かないし、逃げられはしない。
そうして船のマップを見つけ、地下一階の会議室を見つけた。
そこは普段は船員の会議に使っているところであるが、これ以上に大きな部屋はない。
階段を降りて部屋を見つけようとすると、廊下に見張りがいる。
その見張りの一人がトイレに向かってきたので、部下は取り押さえた。
もう一人の見張りは、見張りの服装を借りて着替えた部下がトイレから呼び、トイレで制圧。
それを確認してから部屋に近づこうとした時、部屋から一人の兵士が出てきて、見張りがいないことに気付いた。
『おかしい、見張りがいない。どこへ行った!』
その一人が叫び、廊下で大きな声を出すが、外の見張りは制圧していないのは入り口で屯っている兵士二人だけだ。
その叫んでいる兵士を黙らせるために、葵依がすぐに賭けだしていき、相手が銃でその不審者を撃とうとして相手が銃を出して引き金を引く前に葵依の蹴りが相手の首に入り、さらには昏倒させる。
しかし葵依は間合いに入っていたけれど、銃は一発発砲されてしまった。
『なんだっどうした!』
『銃だとっ!』
中にいた十名ほどが一気に廊下に出てきて、昏倒している兵士とその先を走って逃げる葵依に気付いてまた発砲をした。
『くそっ侵入者だ!』
『見張りはどうした!』
『駄目だ、こいつ気を失ってる!』
ロシア人が騒ぎ、葵依が逃げた方へと走っていく。葵依が発砲をされた段階でおとりになるつもりで逃げたのは分かったので、蓮は葵依を追っていく兵士を見送るしかなかった。
数人が血気盛んに追いかけていき、周りは静かになる。
「くそっ何だよ、もうここまできたのかよ! まだ前線はっ!」
そう中にいる男が叫んだのをきっかけに、それが才門であると認識した蓮と部下は一斉に中に突入して、残っていた兵士を銃で撃って片付ける。
しかしそれらはそこにいたはずの才門には当たらず、才門は兵士に守られて隣の部屋に逃げた。
他の部屋で待機していた兵士が下位から上がってきて、銃撃戦になる。
「才門を逃したか」
奇襲して一番の標的に逃げられることになったが、蓮は慌てずに他の兵士を処理する指示を出す。
「まずは、兵士を減す。葵依と合流もしなければ」
そう蓮が言うと全員が頷き、行動を開始する。
葵依は、兵士から逃げ回りながら一人ずつ処理をして確実に倒していく。
明らかに二十センチも身長が違い、体格も二回り以上も違うのに、細身の男によって次々に兵士が倒され逃げられる。
『くそっ……』
『すばやいっ』
どんなに屈強であっても、速さで負け一撃必殺で倒されてしまったらどうしようもない。相手は忍者であるとさえ兵士は思ったほどだ。
結局、一周回って甲板から地下に折り、曲がり角を使われて逃げられる。
葵依はどんどん奥まで走って行き、元いた場所まで戻ってきて外の兵士を後ろから突き倒して蓮の側まで戻ってきた。
「生きてるか!」
「生きてる、才門には逃げられたっ」
「分かった! 外の追っ手もあらかたやった!」
葵依がそう言うので、蓮は部屋から出てくる。そして甲板まで駆け上がると、合図になる花火に火を付けた。
この時期に上がる花火はなく、しかも港で上がれば全員が気付く。そしてそれが幾つも上がれば、港の関係者が異変に気付いて警察を呼ぶ。
警察が来るまでにこの船から逃げ出すのだが、才門に上手く逃げられたならここにはもう用はない。
あくまでロシア人兵士の待機場所を潰すことが目的であり、このロシア人さえいなければ、この戦いは高嶺会が制覇したも同然だ。
花火を上げながら煙に巻かれている時だった。
蓮たちが警戒しながら甲板まで上がってきた時だ。
葵依の目に対岸の山に何か光ったものが見えて、葵依は咄嗟に蓮に飛び付いた。
「蓮!」
その光を見た瞬間、葵依の脳裏には橙李の心配する言葉が浮かんだ。
蓮を庇って葵依が死ぬ。
そう言われたのを思い出した。
蓮を庇えば自分は死ぬ。
分かっているけれど、葵依は絶対に蓮を死なせるわけにはいかなかった。
庇って死ぬつもりはなかったけれど、蓮の前に飛び出さなければと瞬時に思ったのだ。
それは一瞬の出来事で葵依もどうなったのか分からないくらいの瞬間。
「くそっ!」
蓮にはすぐに何が起こったのか理解できた。
橙李に言われた言葉、それが今なのだ。
けれど、蓮は飛び込んでくる葵依をいち早く察知し、その葵依の伸ばした腕を掴んで後ろの海に引っ張り込んで落ちた。
カンカンと甲板で何かがぶつかる音が聞こえたのと同時に、蓮の二の腕を何かが引き裂くような感覚が襲い、痛みが走る。
けれど痛いと思った瞬間、蓮は葵依を引き寄せて海の中に沈み込んだ。
「蓮さんっ!」
船での用事が済んだわけではなかったけれど、落ちた蓮と葵依を助けるために全員が海に飛び込んだ。
花火の爆音と次々に上がる打ち上げ花火は、港中に響いていた。
そしてそれが止むと、遠くから警察のパトカーの音が響いて近づいてくる。
水からやっとの思いで蓮は這い上がり、部下に助けを借りて水面に出る。
そこに待機していたゴムボートがありそれに乗り込む。
警察が到着するまで船から陸に向かって打ち上げ花火がぶつけられている。
それに抵抗する兵士がいないところを見ると、葵依がほとんどの兵士を倒してしまっていたらしい。
即座にゴムボートで船を離れ、乗ってきた商船に上げて貰う。
そうしたところで警察が港に到着をした。
一斉に蓮たちは引き上げ、警察がロシアの船に対して呼びかけているのを聞きながら、蓮は抱えた葵依が身動きをしないのに焦っていた。
「葵依……葵依……」
絶対にあり得ないと、この手にしておきながら死なせるなんてあり得ないと、蓮はすぐに葵依を部屋に運んだ。
明るいところに入ると、異変はすぐに察した。
葵依の腹が真っ赤に染まっている。
「嘘だろっ……葵依っ」
蓮は葵依の服を引き裂くように開き、腹を見る。そして背中を見ると玉が貫通しているのが分かった。
幸い綺麗に抜けているけれど、葵依は気を失っている。
「医者だ、医者を呼べ」
「呼んでます」
幸いであるが、船には船医が乗っている。
それは高嶺会の関係者であり、銃創も扱ったことがある医者だ。
「葵依……死ぬなっ」
血がどんどん溢れているけれど、止める術がない。
そうしているうちに葵依の顔色が悪くなるも、医者がすぐに葵依の傷を手術してくれた。
蓮は待っている間も葵依の心配はもちろんであるが、前線の状況を受けて指示を出した。
船の外は警察のパトカーで溢れ、一時間後には船への立入り調査が始まった。
朝になり、テレビのニュースでは深夜の謎の花火とロシア船籍の船との関連から、船の中で殺人が行われたようであるという放送が流れている。
さらには市内では沢山のロシア人が街中でヤクザと抗争をしており、テロの可能性もあるとしてロシアの船が調べられている。
もちろんロシア大使館は警察の協力に応じて、その船がマフィアに関係していることまで昼までに判明していた。
葵依の手術は三時間で終わり、朝方になって医者が言った。
「まあ、よく綺麗に臓器も傷つけずに抜けたもんだ。一歩間違えたら死んでいたよ。あとは本人の気力と体力。結構血が抜けたから、暫くは辛いだろうが、まあ、問題なく回復もするだろう」
医者がそう言うので、蓮は医者に礼をしてから葵依が運ばれた部屋に入る。
「葵依……」
葵依は少し顔色が悪いまま眠り続けている。
麻酔がまだ切れていないのもあるが、撃たれた時の衝撃で気を失ったままだ。
けれどしっかりと心拍は安定して、医者の言う通り、大丈夫なのだろう。
そこで蓮はあの時のことを考える。
「あれは、俺を狙った」
あの狙撃は蓮を狙ったものだ。
だが、あの場所を狙撃するには、船の対岸にある小山しかない。あそこから海の風をモノともしない腕で狙撃するなら、四百メートルくらいを余裕で当てられる狙撃手が必要だ。
そんなものを用意して狙っていたとして、一体誰が狙ったのか。
才門がそんなことを出来る余裕もないことは知っているし、他の組織だとしても蓮を狙う理由が今はない。
「誰が……」
蓮はそれを考えても全く予想も付かなかった。
もう誰が狙ったのかは後でもいい。
今は葵依が生きていることにホッとした。
庇って死ぬと分かっていたからこそ、何とか生かすように行動ができたのかもしれない。
橙李の言う通りに、葵依は蓮を庇って死ぬところだった。
けれど、生きている。ちゃんと自分の行動が少し早かったお陰で蓮は葵依を死に神に渡すことなく済んだことにホッとした。
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