raging inferno

13

 蓮が連絡を入れた先は、自分の父親である渡真利壮比(とまり そうひ)にだった。
 壮比は現在高嶺会において二番目に権力を持つ理事長の役割をしている。
 基本、古我知才門に逆らうことはせず、かといって名誉顧問に収まって邪険にされている真栄城安里(あんり)とも仲を取り持っている。
 中間管理職みたいな存在で、長く続いてきた古我知による高嶺会の私物化に対して何とか上手く手綱を引いてきた。
 しかしここにきて、古我知のさらなるマトカとの密着によって、ロシア人が高嶺会にも口を出し始めた。
 マトカことマトリョーシカには、才門の姉である千晴が嫁いでいて、現マトカの首領であるアレクセイは千晴の夫である。
 そのアレクセイは沖縄から九州南部を牛耳る高嶺会には是非九州全土を統一して高嶺会の領土にしてほしいと願っている。
 南の海を牛耳ることで、東南アジアへの船による密輸の足がかりにし、日本へ持ち込む麻薬の量を増やし、外貨を得ることが目的だ。
 そのことに協力を惜しまない才門は、もはや高嶺会をマトカの手先にしか思っておらず、いずれは自分はあの南の小さな島から世界のマトカへ鞍替えを狙っているとしか思えなかった。
 その私物化に関しては、高嶺会が儲ける金を自宅や女につぎ込み、様々な騒動を起こしている。
 そのせいで部下からの信頼は失墜していっており、それを何とか食い止めているのが、渡真利壮比の存在だけだった。
 そんな壮比は才門に逆らうことは一切しないどころか、自分が会長になろうという気がなさそうだった。
 けれど蓮からの連絡によって自体が一変した。
 まず、蓮たちは騒動の元である九十九も孫に当たる葵依と一緒にいる。これに才門は気付いて早々に紫苑を送り込んだ。けれど、そこを恐らく赤い雪か俐皇のどちらかの勢力によって壊滅的な打撃を与えられ、紫苑に至っては生きているかどうかも分からないという。
 高台の家は元々は壮比が建てた別荘だったが、そこすらも狙われたということは、恐らく俐皇による高嶺会に対する復讐でもあるだろう。
 長年、マトカは俐皇の命を狙っている。
 ただ俐皇とテリトリーが重なっていて、赤い雪もマトカも全部どうにかしたい俐皇によって、二つの組織は年々大打撃を受けている。
 ほぼ俐皇によってロシア全域を分断され、新興勢力だったツァーリの台頭によってマトカは西も奪われ、赤い雪との抗争で東の地も失った。
 俐皇の目的はその地を自分のモノにするのではなく、俐皇にとって風通しがいい道にするだけである。ツァーリはその辺りは融通が利くらしく、俐皇が通り過ぎるだけなら見逃してくれる。けれど、赤い雪はそうはいかない。
 赤い雪は長年の俐皇に対する復讐心が強く、東の地は俐皇も避けて通るほどだ。その中間地点にいるマトカは、東西から領土を失い、支配権も失っていっている。
 もはやマトカは世界マフィアとしても重要ではなく、そろそろ高嶺会としても手を切っておきたいところなのだ。
 それを才門は理解せず、感覚が三十年前から止まっている。
 世界を恐怖に陥れていたテロリストは、もう完全に年であり、時代がもうすぐ変わる。
 その時期を見誤ったら、高嶺会も終わる。
 九州攻略において重要なことは、高嶺会を残すための戦いだ。
 蓮が父親である壮比に連絡を入れると、壮比は葵依がそこにいることに苦笑したという。
『やはり血というのは引き合うのか、呼び合うのか』
「どういうことだ、親父」
 蓮には一切理由が分からないが、壮比は葵依のことで何か知っているようである。
『こちらにとって、藤宮葵依は身内同然で扱う。九十九の血が入っていようがだ。それが問題になるなら、こちらとしても出すべきものを用意している。大丈夫だ、才門は自滅するよ、蓮、好きなように動け。ただ援軍は送ってやれないが、九州の地を死守せよ』 それが壮比からの言葉で、蓮は壮比がこれから何をするのか察した。
 下剋上だ。
 ずっと高嶺会の癌として存在した才門の排除、そしてマトカからの脱却だ。
 真栄城光藍(こうらん)から千晴によって齎された様々なロシアの呪いはもう必要がないというわけだ。
「……葵依、お前はここにいていい。俺がお前を守る。もはや九十九がどうこうじゃない。お前を身内として扱うと親父が言っている」
 蓮の言葉に葵依は首を傾げる。
「何で、俺が身内になるんだ?」
 葵依には蓮の父親である壮比がどうしてそう言ったのか理解ができない。
 しかし蓮は言う。
「親父がそうした冗談を言うことはない。何か他にも知っている可能性があるが、今はまだその時じゃないんだろう。とにかく援軍は送られないけれど、今ある九州中の戦力で、如罪組との衝突が起こる」
「それは……赤い雪どころか、マトカまで敵になるということですか?」
 比嘉がそう言うので、蓮が頷いた。
「そうだ。ただ赤い雪は葵依のことよりも、俐皇の参戦に釣られたと思っていい。あそこのボスは俐皇に復讐するチャンスを逃しはしないと思う」
 蓮が言う通り、葵依の殺害よりも俐皇を狙っていたヘリの機関銃からして、あれは赤い雪の仕業だったのだろう。
 あのまま俐皇を追っていって、打ち落とされたのなら、ロケットランチャーを使っていたのは俐皇の方ということになる。
 葵依がその時のことを話すと、蓮は唸る。
「どうやら、俐皇としては葵依を殺されるのは都合が悪いようだ。どうして生かしたいのかは分からないが……」
 そう言うので、葵依はあの時のことを思い出す。
「何か、奥義を持っているなら殺さないとか言ってたし……もし行くところがないなら、俺の所に来いとか……」
 俐皇が最後にそう言って去って行ったことは、部下も聞いている。
「それで、お前はそこに行こうとか考えたわけか?」
 急に蓮の声が低くなり、唸るように聞いてくるから葵依は慌てて答える。
「思わないし、行きたくないし……どう考えても地獄だって、マックスに言われたから」
 葵依がそう言うと、蓮の声が更に低くなる。
「マックスって誰だ……そんなヤツが急に湧いて出てきた」 
「いやだから、その榧流武術の分家って人たちで、どうやら俐皇や九十九に榧流を盗まれたと思ってる人たちがいて……何でか蓮の部屋にいて、それで戦ったんだけど……そこまで強くはなくて……でも、榧流本家の奥義を持っているのが俺だって分かったら、殺さないってなって……そこに俐皇が来て、戦う羽目になって……もう、俺も何が起きたのか理解するのに頭がいっぱいなんだから、お前まで面倒臭いこと言うな!」
 葵依はそこまで一気に喋ってから、蓮の機嫌を直せる情報がないことに気付いて、面倒だと言った。
 ただでさえ、情報過多で葵依の周りは激変している。
 この一週間で葵依は職を失って、気付いたらヤクザの抗争にまで巻き込まれ、マフィアでテロリストの孫だと言われている。
 もう完全に一般社会に戻れない予感はぴったりと当たっていて、普通に暮らしてもきっとヤクザやマフィアがついてまわることになるだろう。  
「ややこしい」
「俺に言うな。俺だって訳分からないんだよ」
 蓮もだんだんとややこしくなってくる葵依の背景に、もうそういうのはどうでもいいから葵依に構いたかった。
 置いて逃げる選択をするしかなかったことが、あの時は仕方がなかったし、後から葵依がきたから逃げられたのもある。けれど、置いて行かないといけない状況を作ってしまったことが蓮にとっては、屈辱でもあるのだ。
 蓮は取りあえず、その防空壕で一日を過ごし、備蓄している食料を使って騒ぎが収まるのを待った。
 衛星テレビで状況はニュースになって逐一入ったし、蓮の部下の一部がまだ市内に残っているので連絡を取り、情報を整理した。
 ニュースは謎の砲撃、武装ヘリはテロリストによるテロ行為と見出しが出ていて、どうやら世界的なテロリストが犯行声明を出しているらしい。
 こんな騒動になる予想があったのか、誰かが裏で上手くテロ組織を使っているようだ。
 その手際の良さに、蓮はこれは最初から仕組まれていたことなのだと知る。
「どうやらヤクザとマフィアの抗争だとは発表はしないようだな……それは好都合だ」
 蓮はそう言い、警察の介入で使えなくなったホテルとは別のホテルを用意した。
 そこは街中であるし、ロシア人の姿も見ないという。まだ南の方であるが、如罪組の手のものもいるようではない。
 九州の南はほぼ蓮の手によって九州のヤクザを取り込んでいる。
 如罪組に対して、過去にいい思いをしなかったヤクザが高嶺会のやり方の方に付いたのだ。幸い、北側のヤクザは如罪組に対して心を開いておらず、かといってまだ北上仕切っていない高嶺会に付くこともできない。
 どっちつかずであるがそれでも如罪組に付かないだけ蓮にとってはまだ希望がある。
 繁華街の博多はまだ地元のヤクザで、長良沢組に属していた雨宮組のヤクザが支配しており、如罪組でも簡単には奪えないらしい。
「雨宮組の組長とは、見知った間からであっちも空手をやっているから手合わせをしたことがある。強い人だが、如罪組に屈するのは嫌だと言っている。ただここで高嶺会と繋がっては、如罪組に事務所を奇襲される。何とか耐えているのは如罪組に条件をだし、それをクリアして貰うことで時間稼ぎをしているからだ」
「つまり、統一が条件。それは蓮の方への条件でもあるってわけか」
「そういうことだ。統一をした方に博多をくれてやるということだ」
 葵依はこうなった以上、蓮に協力して九州を統一してもらい、その流れで下剋上をする蓮の父親に勝って貰うしかない。
 そうすれば、生きる道が何処かにあるかもしれない。
 日常に戻れなくなった葵依は、だんだんと蓮の側にいることを望むようになった。
 三日後には市内に移動し、やっとホテルに入ることができた。
 福岡が最終決戦値の地になることが予想できたので、西熊本あたりまで上がってきた。
 如罪組は俐皇の反撃により、ロシア人が離脱したせいで、蓮が想像していたよりも進行はなく、むしろ撤退した風である。
 偶然ではあるが、俐皇の登場と赤い雪との交戦は思った以上に高嶺会には有利に働いたようだった。
 そして橙李のアパートの殺人は、ロシア人が関与している可能性が出てきたという。部屋から出てきた女はクラブの女で、ロシア人に頼まれて隣人の部屋を訪ねたという。どうやら人捜しをしているから協力して欲しいと言われて、手伝ったらしい。
 その後隣人が殺されていることが分かって、女性は自分も殺されるのではないかと思い、警察に事情を話しに来たという。
 彼女が放火したわけではないことは目撃された時間からかなり後に燃えていることと、隣人が夕食に出前を取っていたことが分かり、それを食べた後に殺されているので、女性が犯人ではないことが分かったという。
 女性がロシア人に見逃されていたのは彼女が警察を信じていないことが原因だったらしい。けれど殺されるとなると女性はすぐに警察を頼った。これは誤算だろう。
 そういうわけでロシア人は周りから怪しく見られ、赤い雪もまた堂々とうろつける理由がなくなった。
 葵依の身の安全はまだであるが、ロシア人にいきなり襲われることは減ったわけだ。
「葵依は、ホテルで待っていてくれていい。もしもの時は守り切れない……」
 蓮がそう葵依に言うのだが、葵依はそれに言う。
「付いていくぞ、お前が今のところ俺にとって一番の安全地帯だ。お前が死んだら話にならないし、俺がいないせいで死なれても腹が立つ。抗争だって分かっているけど、相手を別に殺さなくていいんだよな? それくらいならできる」
 葵依は蓮に向かってそう言い、蓮は葵依の決断に渋い顔をする。
「下手すればお前も捕まって、反社の仲間入りだぞ」
「どのみち、ロシア人が橙李のアパートの隣人を殺したことが公になってる。東京じゃ弁護士が洗いざらい喋ってるかもしれない。もう警察は俺を追ってると思う。当初の予定通りに」
「確かにそうした。お前が安全に警察に保護されれば……」
「でもきっと、赤い雪は俺のことは殺したいはずだ。俐皇が、俺の前に現れて何もせずに去った。つまり、俺と俐皇は繋がっているかも知れないと赤い雪には疑われている」
葵依はそう言い、俐皇が来たことが問題なのではなく、俐皇が葵依を生かしたことが大問題なのだと言う。
「俺は蓮の側にいて、高嶺会にとって不都合ではない存在でいなきゃいけなくなった。俺がお前の側を離れた時は、きっと赤い雪が殺しに来る。お前の側にいるなら、俺がお前の所有物である存在であれば、赤い雪は手出しが出来ないんじゃないか?」
 葵依がとんでもないことを言い、蓮はその可能性を考えていなかったので驚く。
 巡り巡って、葵依が簡単に手に入ると言われた。
 確かに葵依の言う通り、葵依が蓮の相方になるなら、話は違ってくる。
 高嶺会がこのまま壮比の下剋上で上手くいけば、壮比が言っていた通り、葵依は身内として外部に分かりやすく壮比が手を打ってくれるのだろう。
 それまでは葵依もまだ身の安全は保証されず、かといって一番信用が出来そうな蓮から離れるのは得策ではない。
 また橙李も日向に守って貰っているから、兄弟二人で渡真利家に匿って貰わないと今のところ生き残れないのだ。
「お前の言う通りではあるが……お前が俺に付いてくるということは、お前は俺から二度と離れられなくなるかもしれないんだぞ?」
 蓮のその言葉に葵依は頷いた。
「そんなことは百も承知だ。それでいいと言っている」
 葵依は蓮に向かってそう言い、平然としている。
「一般人には戻れないってことだぞ?」
「戻れるなら、俐皇が俺に蓮のところにいられないなら、俐皇自身を頼れとは言わないと思う」
葵依はそう言う。
 きっと橙李もそうだ。
 九十九朱明(つくも しゅめい)の血筋というのは、バレたが最後、修羅の道しか残っていないのだ。
 だからサーラは亜蘭に接触をなるべく避けたし、俐皇にすら隠し通した。
 もう他のヤクザもマフィアも葵依たちが九十九の血筋であることを耳に入れているだろう。だからきっとどこにも居場所はない。
 名前を変えて、海外で生きることすらもきっと無理なのだ。
 それこそアマゾンの奥地や、秘境くらいの人がいない場所でないと、葵依たちは騒動に巻き込まれる。
 葵依はホテルであった出来事から、到底戻れはしないと覚悟をした。
 でも蓮に言わなかったことがある。
 葵依は、この出来事で自分の心が生きている気がした。
 俐皇に言われて、自分がどうして生きているのか理由さえ見つけた気がした。
 そして葵依は、蓮の側にいたかった。
 どうしてなのか分からないけれど、自分を刺激してくるこの男と生きるのもありなのかもしれないと思ったのだ。
「分かった、連れて行こう」
 蓮の方も葵依の覚悟を見てそう言った。
 ここで二人が手を取り合ったことは悪いことではないと、その後の出来事で全てが証明されるのだった。

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