raging inferno

11

 突如真っ暗な暗闇に包まれたホテルで、全員が慌て始める。
「停電?」
「待て、騒ぐな」
 そう蓮が叫んで一瞬で部下が騒ぐのを辞める。
「暗すぎる……おかしい」
 蓮の言葉に葵依が這って窓側に近づいた。幸い月の明るい夜だったけれど、それでもおかしな明るさだった。
 ホテルから街並みを見下ろすと、街全体が停電になっているのだ。
「街中だ……」
 葵依がそう呟くと同時にあちこちから比嘉に連絡が入り始める。
「蓮さん、あちこちで何者かに襲撃をされていると……」
「くそっ如罪組(あいの)か」
「それと、ロシア人らしいと……」
 情報が錯綜する中で、暗闇の中で行動するのは危険だと蓮が判断するも、葵依はすぐにドアを開いて出て行く。
「誰だ、ドアを開けたのは!」
 葵依の行動が見えない蓮が叫ぶけれど、その先でドカッと音がしてさらにはドサッと大きなモノがいくつも倒れる音がした。
 やっと目が暗闇に慣れてくると、葵依が部屋のドアから入ってくる。
「マズイぞ、蓮、入り込まれてる!」
 どうやら内部に手引きをした者がいるのか、多くの兵隊が入り込んでいる。
 葵依が最前線でひたすら上がってくる敵を倒している。
 幸いなのは暗いことだ。それによって拳銃で狙われることがない。そしてその暗闇には葵依は既に慣れていた。
 蓮たちを置いてどんどんと敵を一撃必殺で倒していく。
「葵依、待てっ!」
「エレベーターが生きている! 蓮、そこの椅子でもぶっ込んで下ろせ!」
 エレベーターで上がってきた兵隊を葵依が連続で倒してしまって、開いたままのエレベーターに葵依に言われた通りに部下が部屋の椅子をぎっしりと詰めてから下の階に下ろした。
 これで下から上がってくる別働隊がすぐには上がれないし、二階まで達したところでエレベーター自体の電源も落ちた。
 どうやら蓮たちが降りてきたと思った下にいる侵入者が電源を落として閉じ込めたつもりらしい。
「この先、どうする!」
「ヘリがある、屋上だ」
 そう蓮が言うので、部下も慌てて屋上への道を確保するために階段に出る。
 けれどエレベーターに乗っていないことは既にバレているようで、階段を上がってくる音が聞こえてきた。
「昇ってきている!」
「葵依、お前も上がってこい!」
「いいから、ここは俺に任せて、お前は先に飛べ! どうみてもこれはお前の方の要件だ!」
 そう葵依が言うと、比嘉が蓮を連れて階段を上がっていく。
 どう考えても蓮の部下すらも捕まるわけにはいかない。
 そして葵依はどうなっても、蓮の側にはいないので口を割りようがない。
 更に呼んだヘリに乗れるのは、四名までだ。
 蓮と比嘉が乗るのは当たり前で、更に部下である二人が先に乗らないと意味がない。
 つまり、葵依は乗れたとしても第二陣にしか乗れないのだ。
 蓮は葵依の言葉を聞いて、悔しいがその通りだと思ったため、階段を上がりきった。
 ヘリに蓮が乗り込みすぐに飛び立つと、蓮は窓の外を見る。
 幸いヘリまでおいてあるとは思っていなかったのか、蓮は飛び立てたけれど、そんな屋上では部下と葵依が次々に現れている兵隊と戦っているのが見えた。
 けれどそれも一瞬で視界から消える。


 葵依はやっと蓮の乗ったヘリが飛び立って安心して戦いに専念した。
 なるべく部下の負担を減すために最前線に立っているけれど、葵依はその兵隊をそこまでではないと思ったのだ。
 実戦経験があるからなのか、それとも相手に実戦経験があまりないのか、葵依は一人でほぼそこを制圧していく。
「一人一人縛るの時間が掛かりすぎる! 何人いるんだよっ!」
 既に四十人ほどの人間を倒しているのに、まだまだ人が上がってくるのだ。
 これはおかしいと葵依は思いながらも、一人一人倒していく。さすがに発砲まではしないらしく、抵抗している中に蓮が既にいないと気付いたのか、敵が下がっていくのが分かった。
 屋上に置いて行かれた兵を拘束ができ、部下の三名が親指に結束バンドで縛っていくけれど、廊下に倒れているのまでとなると、結束バンドが足りない。
 そう思ったけれど、市街地に灯りが灯り始めると、一気にホテルの灯りも付いた。
「あ、復旧した?」
どうやら窮地は脱せたらしいと判断して葵依が先に階段を降りていくと、廊下に倒したはずの兵隊がおらず、どうやら持って帰られてしまったらしい。
 何処かに残っていないのか探していくと、蓮の部屋に誰かがいる気配がした。
「……エレベーターが空いてる……階段を確保して置いて」
 葵依がそう部下に指示をして部屋に歩いていくと、部屋には一人の長身の男が立っているのが見えた。その男の周りには、さっきまで葵依たちを襲っていたロシア人が倒れている。葵依が部屋の中で倒したものではないのでこの男が倒したことになる。
「お前、誰?」
葵依は警戒をして声を掛けた。
後ろ姿からは、ただのモデルのような手足をしている。スーツも良い物だろうと予想が出来たし、髪型もしっかりと固めている。
 その男が振り返る。
見た目は若い男だ。三十も言っていない年に見えるが、実際はもっと若いのかも知れない。
 何と言っても外国人の外見は日本人と違って、二十歳前でも年を取って見えるからだ。
 金髪が揺れ、葵依を射貫く緑の視線が強い相手だ。
 明らかな西洋の容姿をした人物は、警戒している葵依に向かって言った。
「こんにちは、あ、今は夜だからこんばんは、かな?」
「何をしている?」
 暢気な相手に間髪入れずに目的を聞くと、その人物は一瞬で葵依との間合いを詰めてきた。
 しかしそれは葵依にも予想ができたため、相手が埋めてくる距離分、葵依が離れると、男はまた一歩踏み込んできて拳を葵依の腹部に目掛けて出してくる。
 葵依はそれを避けてから男に一発ぶち込むように拳を振り上げてみると、男もそれは読めていたのか、寸前のところで避けられた。
 しかし、そこから葵依は更に二、三発拳を突き入れて前進し、男に隙を与えないように攻撃をしかけたら、最後の一発は辛うじて相手の顔に一発入った。
「……っ!」
 男も信じられないように葵依を見て、葵依に更に攻撃を仕掛けてきたけれど、葵依はそれを避けて相手の力に合わせて、その攻撃してきた腕を取り、そのまま反動を利用して投げ飛ばしていた。
 ドンと床に叩き付けられた男は、驚いた顔で葵依を見てからはあっと息を吐いて力を抜いた。
「……やべ……つよっ」
 男がそう言ったので葵依は男からすぐに離れた。
「お前、誰?」
 最初の質問を葵依が繰り返すと、相手は言った。
「アレックス……っていうんだけど。お前、それ榧流だろ?」
「お前もそうだろ? 本家武道に近いみたいだけど?」
 葵依がそう分析する。
 榧流でも本家の葵依とは違い、榧流武術を使う人口は意外に多い。
 元々それなりに榧流武術は師範代もいる。ただ榧流武術本家となると話は別だ。
 それは奥義を継ぐものしか引き付けず、もし榧流武術の道場を出したとしても本家は名乗れない。
「まあ、分家みたいなものだから……それなりに道場一強いのだけど……寧野(しずの)くらい強いの初めて出会った……」
 そうアレックスが言うので、葵依は思いがけない名前を聞いて驚く。
「え、寧野さんと知り合い?」
「知り合いというか、まあ……そうなると、お前榧流本家の方かよ……くそっ」
 アレックスはやっと葵依が榧流は榧流でも榧流本家の正真正銘榧流であることを知って愕然としている。
「これじゃ殺せないだろ……」
 アレックスが物騒なことを言うので葵依がまたスッと構えて問う。
「お前は俺に用があったのか?」
「そうだよ。周りがちょうど混乱しているし、お前は残ってるしで、ちょうどいいから腕試ししてみようと思ったんだけど……殺せないんじゃ駄目じゃん」
どうやら襲撃してきたロシア人に紛れてきたけれど、そのロシア人に見つかって抗戦した結果、この部屋にロシア人の山が築き上げられたらしい。葵依の善戦とこの男の奇襲のせいで、ロシア人はタイムリミットになって引き上げたということらしい。
「どうして殺しに来た」
 葵依が殺しの理由を尋ねると、アレックスが言う。
「お前さ、マズイんだよな。俺らが憎んで消したいくらいに嫌いなヤツの血を引いているからさ」
「それ、まさか九十九とか言うヤツの話?」
「……そうだよ。あいつ、俺らの榧流を盗んだんだ……なのに……本家の奥義まで持ってかれているなら、じっちゃんの言う通り、時代なんだろうな」
 アレックスはそう言って起き上がってくる。
 大して効いているとは思えないくらいに避けられた気がしたが、どうやら本気で入ったのは顔に入ったものと、最後の投げくらいらしい。
 そういえばモデルばりの姿をしていると思っていたが、それは榧流の武術をするための細さなのだ。身長があるからその分、ハンデが大きいのにそれを上手く合わせて動きも速いから相当な手練れであることは間違いない。
 榧流には確か、寧野が言っていたフランスの片田舎に渡った師範代の双子がいたと聞いていたが、どうやら彼はその双子兄弟の息子のようだった。
「俺が、その九十九ってやつの孫だってこと、何処まで広まっているんだ?」
 明らかにヤクザやマフィアの関係ではなさそうな彼が知っているということは、一般の武道家にまで耳に入るような話なのか。それを葵依は確認した。
「いや、俺らは父親がそういう話をしているのを聞いただけで……広まっては」
「まて、お前、俺らって……」
 そう葵依が言った瞬間、寝転がっていたアレックスがまた攻撃を仕掛けてきて、物陰から別の男が飛び出してきて葵依に攻撃を仕掛けてきた。
 完全に相手の間合いに入ってしまったけれど、葵依はそれを二人の攻撃に合わせて身体を上手く捻り、蹴り上げられた足を避けて、それを高飛びの背面跳びのように避けてから一回転して着地して、一瞬で二人の間合いから出た。
完全に間合いを取ったところで、葵依は二人を見る。
「……え?」
 驚いたことに出てきたもう一人の男は、先の男と同じ顔をしている。
 兄弟どころか、双子ほどに似ている二人を見て葵依は一瞬だけ警戒を強くする。
「それじゃ、手合わせということで……っ」
 二人が同時に同じことを言い、葵依に飛びかかるように襲ってくる。
「……っ」
 よく分からないままで葵依はその二人相手に本気で戦う羽目になる。
 繰り出される技が、一糸乱れぬ動きで繰り出されてきて、葵依は初めての相手に少しだけ混乱をするも、そのうち二人の呼吸が読み取れた。
 いつもなのだが、葵依は相手の呼吸に合わせて自分の型を変える。全く同じ攻撃がないのは相手によって型が変わるせいで、誰かが葵依を攻略しようとしても葵依の型が違うという根本的な問題で躓くらしい。
 この双子のような二人には、非常に良く覚えのある呼吸が使われていて、動きも正に見たことがあるものだ。葵依はその同じ型をもっと強い相手から味わったことがあり、その人はこの二人よりも圧倒的に強かった記憶しかない。
 だからこそ、二人の強さが分かる今こそ、まだ負けたあの時よりも強くなっていないと実感ができる。こればかりは実践がモノを言うもので、葵依ですら圧倒的に実践が足りないレベルだった。
 それはこの双子のような二人にも言えた。
 経験不足というものは、実践でしか補えないのだ。
 葵依は二人の型を読み取って弱点を把握、二人のタイミングの良さを崩していき、一人ずつ足で腹に蹴りを入れていく。
 一撃必殺の技でもあるが、さすがに榧流のモノになると、他の人のように一撃で沈んではくれない。けれど、相手はそれだけで間合いを取って離れる。
 そこに葵依は飛び込んで間合いを詰めて、まずはアレックスの方を二発目の拳で昏倒させた。
「……アレックスっ!」
 アレックスが葵依に拳を喰らって倒れると、すぐにもう一人が飛び込んでくるので葵依はその場で攻撃を身体を横に動かすだけで避け、攻撃をしてきた足を掴んで相手の足を振り回して壁に投げつけた。
「……うわっ!」
 もう一人も壁に叩き付けられて床に落ちるも、そっちはまだ気絶はしていない。
「さて、聞きたいことが山ほど有るんだけど……」
 葵依は息を全く切らした様子もなく、ゆっくりとアレックスの分身に近づく。
 けれど、そのあと一歩のところで葵依は嫌な予感がして立ち止まった。
 すると黒いコートを着た男が飛び込んできて、葵依はその攻撃を瞬時に後ろに下がることで避けた。
「……また新手?」
 次から次へと新しい敵が来るモノだと葵依が飛び込んできた男を見る。
 全身真っ黒の姿をした細身の男だ。髪はウエーブを掛けたように波打っていて、それが無造作に伸び、前髪のないワンレンボブというやつだ。
 その髪の合間から見える視線は、到底葵依では到達出来ていない死闘を繰り広げてきた歴戦者にしか許されない、そういう鋭い視線だった。
年齢は四十半ばくらいに見えた。
 その男は一瞬で葵依の間合いに入ってきて、手を伸ばしてきたらその手がふっと葵依の顎に触れた。
 触られるほどに寄られたという事実が恐ろしく、葵依は素早く離れるも相手に全て読まれているように行動が遅れる。
 けれど、それは遅れているのではなく、圧倒的に相手が強いから全ての動きをさっきまで葵依がやっていたように読んでいるからだ。
 明らかに今まで出会った、奥義継承者以外の圧倒的に強い相手。
 そこで葵依は恐怖には陥らなかった。それは絶対に訪れない好機。
 実践でしか得られない貴重な体験が出来る、死闘の始まりだった。

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