raging inferno
6
葵依は自分の家が燃えているという状況に混乱していたが、すぐにマンションの管理人から電話がかかってきた。
自宅にはいなかったことを告げると、警察に事情を聞かれるだろうから警察署に行って欲しいと言われた。
現場に戻ることはないことや、燃えたのが隣の部屋だったことから火災の保証などもあるので管理人は早々に話したいと言ってきた。
警察だったなら大丈夫だろうと、葵依はタクシーで管轄の警察署に向かった。
警察の受付には管理人が待っていて、隣の部屋の住人もいた。
「何でいない部屋の中が燃えるのか分からなくて」
そう隣人は言っているけれど、燃えた原因が分かるのはこの火が収まってからになるだろうと警察に言われたが、それ以前に当面の住み処の問題が現実問題になった。
まだ延焼した部分が消えておらず、マンション全体が燃えた部分と水浸しで全世帯が住めない状態になったので、管理人は他のマンションに住人を移すしかなかった。
とにかく住む場所がない状態にされてしまった住人は怒りで話合いはまともには進まなかったが、深夜を回る頃にはやっと皆疲れたのか、急激に話合いはまとまった。
避難できる人は早々に移動し、移動できない人は一週間はホテルに泊まることになり、次の部屋を大家が提供するか自力で探すかで選ぶように言われた。
幸い、葵依は火災保険にも入っていたし家財保険もかかっていたので保険で保証が利くと保険会社から言われた。
家を探すとなれば面倒であったが、火事によるものであることから不動産屋がかなり融通を利かせてくれるらしく、その場で住む場所を決めている人もいた。
葵依はホテルで一週間の方を選択し、一週間以内にまた引っ越し先を探さなければならなかった。
会社に自宅の火災のことを告げ、有休を当てて特別有休と有休、災害時よる休暇を会社側が認めてくれて、まとめて一ヶ月の休みを確保した。
明日から家財一式、服から何もかもを買い集めないといけない事態になり、葵依はもしかしなくても呪われているのではないかと思える事態になって溜め息も出なかった。
ホテルに戻ると携帯電話に着信が何度も入っていることに気付いた。
五分に一回の割合で渡真利蓮から連絡が入り続けており、葵依は思わず悪態を吐いた。
「……馬鹿だな」
そう言ってから葵依は蓮に連絡をした。
ワンコールもしないうちに蓮は電話に出た。
『葵依、何処にいいる』
地を這うような声が聞こえてきて、葵依はちょっと笑ってしまう。
「大丈夫、ニュースを見たんだろ? 家は全焼しちゃったけど俺はホテルにいたから無事」
『ならいいが、この後どうする?』
「家探ししなきゃいけなくなった。会社に話し通して一ヶ月の休みを確保したくらい」
『例のロシア人の仕業ではないのか?』
そう蓮に言われて葵依は唸ってしまう。
「失火した場所は隣の家だったし、ガス爆発もしてるからどうかな? そこまで誤魔化して俺の家を燃やすか?」
そう言うと、蓮はそうなのかと言った。
燃えたのは葵依の部屋かと思っていたらしいが、そうではないと知って違う可能性もあることを知ったようだ。
「取りあえず分かったことは、ロシア人が俺の職場と道場に現れて、自宅にも侵入した。藤宮葵依を探していることは、もう間違いないと思う」
葵依は今日知り得たことを蓮に報告すると、蓮は関係ないはずなのに、何故か心配そうに相談に乗ってくれた。
『明日から休みなんだな?』
「うん、そう家を探すから、休みじゃないけど」
『明日、朝一で東京へ行く。新幹線改札で待っていろ』
そう言われて葵依はキョトンとした。
「何で?」
『……気になるから俺も付き合う。橙李にも頼まれた』
そう蓮が言うので葵依は一人でいるのも不安だったのもあり、その申し出を有り難く受けることにした。幸い、東京駅付近にいるので出迎えも近い方だった。
「分かった、頼む。助かるよ」
葵依が素直に礼を言うと、蓮は少し息が詰まったような吐息を吐いてから言った。
『お前のためなら何でもしてやるよ。何かあれば電話しろ、お休み、葵依』
そう言うと電話は一方的に切れた。
その言葉を聞いて葵依はちょっとだけ微笑んでいた。
両親が死んでから弁護士以外で親切にしてくれた人はいなかった。
社会人になってからは橙李とも離れてしまい、誰にも頼らないで生きてきたと思う。
榧流本家の当主になって様々な困難も超えてきたが、正直ここ三日の出来事の方が大きな事だったような気がするほど、葵依の環境が変わってきていた。
東京に来るという渡真利蓮は、時間通りに朝一の新幹線で東京に来た。
葵依が改札で出迎えると連は真っ先に葵依の顔を手のひらで包んでから心配そうに覗き込んできた。
「大丈夫か?」
「お、おう、大丈夫だけど……」
最後に覚えている顔とは違っている蓮の様子に、葵依は戸惑いながらもホテルに案内して、蓮は葵依と同じホテルのスイートに泊まった。
葵依の荷物も葵依の部屋から移動させて、一緒に泊まるようにされたのには葵依も反抗しかかったが、謎のロシア人の様子もあることから、葵依の名前を使った記録は消した方がいいと言われてそうすることに同意するしかなかった。
謎のロシア人たちが何者で、どういう用件で葵依たちを探しているのか知らないが、どうやら橙李のアパートにもそれらしき人が来たそうなのだ。
「え、やっぱり俺をというか俺たちを探しているってことか」
「そういうことらしい。橙李の方は日向が心配をして橙李の荷物をアパートから日向のマンションに運び込んであるから、引っ越した後に尋ねてきたらしい」
どうやら橙李は日向から逃げられずにいるらしい。何でも逃げようとしたいのだが、謎のロシア人の方が怖いのだといい、当面は日向の側にいる方が安全だと思っていると蓮には正直に話してきたのだそうだ。
「ただマンションが燃えたこととロシア人を切り離してしまうのは安易な気がするというのが、橙李の意見だが、俺もそう思う」
蓮と橙李が同じ意見で、危険があると橙李が言い、さらにはロシア人に対して接触の仕方がプロであることからマフィアの下っ端ではない人間である。
「まあ、どうにか探されている理由を聞ければいいんだけどな」
葵依がそう言うのだが、探している相手が完全に嘘を吐いて接触をしてきていることから、碌な用ではないと言う。
「そのロシア人を付けた部下によると、ロシアのマフィアである可能性がでてきた。探りを入れてみたが、こちらの知っているロシア人ではなく、敵対組織のマフィアであることが分かった」
蓮の部下の比嘉がやっと伝を使って見つけたロシア人を調べたところ、赤い雪(クラースヌィ・スニイェク)と呼ばれる組織の人間であることが分かったという。
「赤い雪? マフィア? 何で?」
「それが分かれば苦労はないが……」
本当に心当たりがないという葵依と橙李に蓮は葵依たちの親族のことを聞いた。
葵依たちには祖母はいたが、既に亡くなっていると聞いた。
「うちは、祖母がシングルマザーで祖父が誰なのか知らない。祖母はどうやらシングルマザーになった時に勘当されたらしくて、親類の話は一度も聞いたことはなかったなあ。母はその祖母に育てられて、フランスに渡ってから父と出会ったらしい」
それから武術を習う父親と共に日本に帰国して父親は母親と結婚して母親の戸籍に入った。
祖母は既に死去し、独り身になっていた母、東子は、アランとの結婚を喜んだ。そして日本名にアランは亜蘭と名前を変えた。
本人曰く、親類からもそうするように進められたという。
養子だった亜蘭の本当の父親はどうやら日本人だったらしいというのが理由だ。だから亜蘭は日本に行くことを帰ることになるのだと思ったのだという。
ちなみに産みの母親はイタリア人だったと聞いた。
イタリア系の顔をした日本人の血を引く亜蘭は、東子と共に日本で暮らし始めた。
その時には既に親類などはおらず、亜蘭は格闘技を習っていたので近くにあった榧流本家に入門した。
しかし奥義取得条件は得られず、師範代にはなれたのでそこで生計を立てていた。
「榧流か……それでお前はそこまで強いんだな。小さい頃からやってたのか?」
「いや、高校までは学内の部活程度だよ」
葵依は高校までは学校の合気道や柔道部、空手部などに所属して過ごし、たまたま父親を迎えに行った先で初めて榧流本家の当主に出会ったのだという。それから本気で古武術を学んで、師範代になり継承者として猛特訓を受けたのが大学生時代だという。
「まあ、そういうわけでうちは親類と呼べるのは亜蘭の親類だけなんだけど、そっちとは亜蘭が亡くなった時に連絡した時は、もう連絡先には誰もいなくてね……何か引っ越したか亡くなったかしたみたいで、手紙が一通だけ帰ってきて、この住所には関係者はもう誰もいないようだと書かれててさ。それが何か……」
「関わり合いになりたくないという印象だったというわけか?」
関係者が受け取ったのだろうが、亜蘭が日本に行って日本人と結婚した時にフランスの身内とは縁が切れたのだろう。そして養子であるということを考えると遺産相続などで揉めたくないというのが、亜蘭の養子先の判断だったのだろう。
「……フランスか。住所は分かるか?」
「んー、多分その住所は分かると思う。手紙は燃えてしまったけど、返信の住所は書いてなかったし、亜蘭の遺品にあった親類とやりとりした手紙は橙李が持ってたはず……」
たまたまであるが、橙李が亜蘭の遺品のほとんどを大事にしまい込んだのを思い出す。
葵依が持っていたら、昨日の火事で全て燃えていただろう。
そこで葵依はまさかと思った。
重要ですらない手紙を燃やすために、家を焼いたなんてことはないだろう。
その手紙だって、もう関係ないという文字だけである。しかしその中身を知らない人からすれば意味がある手紙になってしまうのではないだろうか。
「どうした?」
呆然としている葵依に、蓮が尋ね返してくるので葵依は蓮に言った。
「まさかと思うけど、それが……というか、父さんのことで何か関係があるんじゃないかって思えてきて……」
葵依がそう言うと、蓮は言った。
「今のところ、お前の周りでロシア人が接触してくる理由が分からないが、父親の亜蘭の何かが引っかかっているとして、今更な気がしないか?」
「それは、そうだけど……両親が死んだのが俺たちが高校の時で……十年くらい前のことだけど、その時に連絡を取ったことが巡り巡って原因の一端かもしれないと……」
葵依がそう思い当たる気がするのは、亜蘭の養子先の素っ気なさと、亜蘭が言う養子先の暖かさの温度差だ。
「仲違いをした様子はなかったし、頻繁ではないけれど連絡は取っていたようだから、迷惑がっていたわけでもなさそうだったのに、亜蘭が死んだと連絡を入れた時だけ急に態度を翻したのはどういうことだったのかなと」
葵依はそれを気にした。
亜蘭のフランスからの手紙は月一くらいに来ていた。
向こうから写真はこなかったが、亜蘭からは写真を送っていた。
でも亜蘭は家族のことはほぼ内容に反映せずに、写真と短い文章のみの挨拶しか送っていなかった。
「つまり、亜蘭の身内はお前の姿を知っているということか?」
「知ってると思う。見てどうしたかは知らないけど、要らない写真なら送ってくるなって返信が来ていたはずだから。そうした様子はなかったし、集合写真はよく撮っていたから、それを送っていたとすれば、俺と橙李の顔はほとんど最後に写真に写っている様子と変わってない感じだから……あ、それで俺が見つけられないのかもしれない」
ふと葵依がそう言うと蓮も気付いた。
「向こうはそれで昔の葵依のことを知っているが、お前が髪を黒く染めてカラーコンタクトをしている日常は知らないってことか?」
「そう、俺がこうし始めたのは、亜蘭たちが死んだ後なんだ。悪目立ちしたくなくて、高校と相談して……橙李は亜蘭のことが好きだったから、このままでいいと言ってしなかったけど……」
葵依は周囲に溶け込んで目立ちたくなかったのには、外見で既に榧流本家で嫌がらせを受けていたからだ。さすがに練習中はコンタクトはできないが、髪の色を変えるだけで悪目立ちしていたところは消えて、練習に打ち込めたので無駄ではなかった。
髪の色で売られていた喧嘩も一切なくなったのだ。
現実を生きる葵依の選択と、父親を思ってそのままの橙李では、当然生きる世界が違った。そのどちらも悪いことではなく、どちらを攻めることもできない。
「取りあえず、俺の知り合いにフランスで探って貰うことにしよう」
橙李に話を通すと、案の定住所の書かれた手紙をまとめて持っていた。
住所を写真で取り、アプリで送ってきたのでそれを蓮にも送る。そして蓮は知り合いにそれを送ってフランスで亜蘭の身内の様子を探って貰った。
思い当たる全てを当たるしか方法はないようだったが、明日には結果が分かるとして葵依と蓮はこのことは結果待ちにして、今日から取りあえず引っ越しは後回しにした。
しかし葵依と橙李を追って来る謎の外国人部隊は、やがて他の組織を巻き込んで二人を騒動の渦中へと巻き込んだのだった。
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