Howling
23
目隠しされた寧野は自分が飛行機に乗せられたのは覚えている。
目隠しをしていたから飛行機は怪しまれると思ったが、中国に手術に行く患者として自家用機に乗ったので目が見えなくても縛っていても大丈夫だった。ストレッチャーに乗せて、鎮痛剤といって睡眠薬を飲まされたので、中国国内に入ってからは寧野には道案内すら無理だった。
寧野を連れてくるのに人質になった、櫂谷や香椎は幸いなことに寧野の願望通りに日本で解放されたようだ。何人も連れてくるのは不可能だったのだろう。
寧野が目を覚ましたのは、それから丸一日経ってからだった。
ふっと目が覚めて見た天井がまったく日本風ではなかったので寧野はああ敵の本拠地に来たんだなと解った。
中国でよくある派手な欄間や襖と、赤を基調にした周りの調度品ときんきらと光る黄金。どれも本物なのだろうが、部屋が派手なのはきっとここに前に居た人間の為に揃えたものだからだろう。
新品に変えられているシーツまで赤いと、どうも落ち着かない気分になってくる。
寧野がゆっくりと起き上がると、来ていた服が違う服になっていた。
「え……あれ?」
宝生の本家を出た時は、耀が用意したという服を着ていたのだが、それが真っ赤な着物の襦袢のようなものに着替えさせられていた。
「ちょっとまて、俺は男だぞ」
こういうのは遊郭で遊女が着るものではないのだろうかとふとどうもでもいいことを思い出した。
起き上がってベッドから這い出ると、着物を引き摺ってしまう。邪魔なので一生懸命かき集めて立ち上がってみてまた異変に気付いた。
「鎖で繋いでるのか……俺どんだけなの」
あれだけ暴れたからなのか危険人物と判断されたようだった。しかし足を鎖で繋がれてはいたが、部屋中はなんとか移動出来るようには配慮はされていた。
一応部屋の入り口はないものかと探してみたが、入り口らしい場所はなかった。
「ないとかない」
自分の見間違いかと思ってもう一度探しに行こうとすると、目の前に人がいた。
「……び、びっくりした……気配消さないでください……」
心臓が出て行きそうなのを押さえて、寧野はそう言っていた。相手は寧野よりかなり大きく20センチ以上は身長が高かった。顔は仮面を付けていてどんな顔をしているのか解らないが、凄く危ない奴だなという気配はした。
まさかこれが貉の総統とか言わないよなと思いながら寧野は一歩下がってから、よく男のことを見た。
男は中国のチャイナ服を着ていた。定番過ぎて普通だなと思っていたが、腰に長い剣を差していたので一瞬焦った。しかし、閉じ込めた状態でせっかく連れてきた寧野を斬り殺すのは何か変だと思い、寧野はなるべく警戒を怠らずに男の様子を見ていた。男はその剣以外は普通にイメージした中国人なのだろうか。髪の毛は黒かったし、短い。それ以上に威圧感が凄くて、恐くて近寄れなかった。
「ルオンといいます」
男は寧野が警戒しているのを見てうっすらと笑って名乗った。綺麗な日本語だった。しっかりとお辞儀をされてしまい、警戒していた分拍子抜けしてしまった。
「……ルオンさん? えっとここは?」
寧野が尋ねても冷は答える気はないようだった。
「金糸雀は大事です」
そう言われて寧野はそういうことかと思う。
茅切が殺したくても殺せないと言っていたのは、総統からの命令でそう出来なかったのだなと解った。しかし寧野を殺したい一味もいるはずだ。ここには金糸雀を存続させることと殺すことで成り立っているような気がした。
殺すこととは、そうそうに使い切ってしまうこと。前の金糸雀のように連れ回して虐待して殺す、それが総統のやり方なのだと寧野は思っていたが、そうではなくなっている。
そうなると自分は生かす方に捕まったことになってしまう。そうするとここを逃げ出すのにはかなり時間がかかってしまう。
「金糸雀は大事に保管するっていうのか」
金糸雀である寧野を殺されないように、他の人間には解らない場所へ保管したということだ。それが解って寧野はそう言っていた。
寧野の言葉に男は頷くと、ベッドの脇にある椅子に座った。
ベッドからは死角になっているため見えなかったがそこにこの男はいたようだ。
その男が座っている椅子の裏にドアがあった。あそこが出入り口のようで、男がさながら門番というところだろう。
窓はあったが開けてみると10階建てのマンションの高さであった。つまり、ここから逃げるのに紐を用意しても、部屋中の布を足しても無理ということを寧野は理解した。でもそんな作業していたとしてだ、冷(ルオン)が黙ってみているはずもなく、邪魔されるに決まっている。
まるでラプンツェルのようだった。ただし髪はないけれど。
その棟は向い側にもあり、そこにも誰か監禁されているようだった。こちらを見ているようで手を振られてしまい、寧野はキョトンとしてしまった。向う側の人間はなんだか明るい人間のようだ。
「あ、明るいな……」
思わず言葉が漏れてしまって、ルオンに聞かれた。
「眩しいですか?」
「いや、そうじゃなくて。向う側の人のこと」
窓の外を指さすと、ルオンはああと笑った。
「新雪(シンシュエ)様ですね。あの方は基本的にああいう感じですよ」
ポジティブな人間らしいと判断したが、向こうの人は何かを掲げている。
「す、すみません……あれなんて書いてあるんですか?」
中国語は意味がわかりそうでわからないから困って尋ねてしまったら、ルオンに笑われた。
「恭喜……Congratulations。つまり監禁生活おめでとうってことでは?」
そう言われて寧野はムッとして言った。
「あとであいつ殴っておく」
そう心に決めた。むかついてバタンと窓を締めてやった。
「それで俺はどうなるわけ?」
金糸雀としての素質はまだはっきりとしたわけではない。それはずっと寧野を見てきたはずの貉が一番よく知っているはずだ。寧野に金糸雀らしい素振りは一切無かった。そうだと決めつけたものだって経済学をしている人間なら誰しも一度は儲けてしまう株の取引であることもだ。金糸雀だから特別にということはなく、他にも儲けている人間は沢山いる。
あれだけでは決定打にはなりはしないと寧野は思っていた。
カジノにあるようなゲーム類を使って力をはかるのならまだしもだ。
「今はこのままです、外が騒がしいのであなたが金糸雀であるのかどうかということを調べる時間がありません」
冷がそういうのだが、寧野は首を傾げた。
「そんなに鑑定が難しいのか、その金糸雀っていうの? 父親みたいなのを言うのなら、きっと俺は違うのになあ」
勘違いされてずっと追い回れていたという風に言ってみたが、冷には通用しなかった。というより、まだ決めつけてはいけないという風であった。
「そういわれましても貴方がそうである確率の方が高いのです。ですから慎重にしているだけですよ」
ある程度寧野が金糸雀について知っていると気付いたのか、確率の問題だと説くと寧野は何度も違うのになあと呟いていた。
確かに寧野には昔はあったかもしれないけれど、今はないかもしれないものだ。精神的に追い詰められた時に寧野はそんな力なくなればいいと強く願ったのだ。
もしかしたらその効果が出ていて数字には強いけれど、金糸雀と呼ばれるほどではない普通の人間にもあるかもしれない能力しかないかもしれない。
出来れば違うと早く求めて貰って、早く御役御免になりたいところだ。
「金糸雀でなかった場合でも、貴方には使い道が沢山あるのですよ」
寧野が早く解放されたがっているのを知っているのか、冷は不気味なことを言い出した。
「何?」
寧野が尋ねると、冷は言った。
「金糸雀でなかった場合でも、貴方は金糸雀の子供であるのは間違いない。金糸雀の血筋である以上今後金糸雀を産んで貰うには、貴方の協力が必要なのです」
そう言いわれて寧野は唖然としたそこまでしても金が欲しいのかという気持ちと金糸雀に執着する酷さは、これまでそうして生きてきたから変えられない人たちの思いがあるような気がしてならない。なんという呪縛だろうか。総統すら逃げられない呪い。
彼らはその中でずっと世界を回し続けてきた。何者にも変えられないそれは今も変わらずずっと回っているのだ。何かが変わらないとずっとこのままということになる。
でもここにいる人たちはいいだろう。それで世界が終わらずにいるから。でも外から来た寧野にすれば、ここは腐った水しか残ってないような場所で、酷く腐臭がする場所でもあった。
外の世界をしれば、如何に自分が狭い世界に居たのか知ることも出来るだろうし、何か夢があれば簡単に羽ばたけるというのに、その羽をもいでしまった一族すら、自分で羽をもいでしまっているではないか。
だが誰もが重大なことを忘れていた。金糸雀にはある秘密があることを。どうして金糸雀は増えないのかということを。
耀の手元に鵺からの最新情報が入ってくる。
耀も知ってる情報であるが、そこに一言付け加えられていた。
「なるほどな」
耀の言葉に九猪もようやく納得が出来たとばかりに頷いていた。
金糸雀の一族がそれほど増えず、金糸雀も頻繁に現れない理由として挙げられている現代的な理由として、金糸雀の一族には女性は不妊の人間が多く、男性にも精子に異常を持つものが多いとされている。
つまり金糸雀がそれほど増えない理由として、金糸雀を産む一族そのものがすでに貴重な存在となっているわけである。だから内部で金糸雀を作ろうとすると異常と異常同士で子供が出来ないことが多かったのだ。だから男性は外から女性を迎えて妻にしていた。貉はそういう事情はわかっていないが、一族に何か問題があるとは気付いていたらしい。
愛子(エジャ)の場合はもっと複雑だった。
愛子の相手が不明とされていた。結婚をしたわけでもなく、どうも総統と旅行中に何かあったらしい。それを愛子と恋仲になったのは総統ということにしてあった。総統が愛子を慕っていたのは間違いなく、足を一本失うような責任の取り方をしていた。だが相手はどうも総統ではないようだと耀は思ったのだ。
愛子(エジャ)の相手は誰だったのかは、本当に当時の総統だった新雪も知らないことだとされている。しかし庇っているのだから何か事情は知っていたはずだ。
40年前の出来事でありながらかなりの話が残っていることから、新雪はまだ生きているのだと知った。
本人がまだ生きているなら、やり方はいくらでもある。
しかし、愛子を助けたとはいえ、今でもそうなのかと言われるとそうとは言えない。彼が何を考えてずっと監禁されて生きてきたのかが解らないからだ。
「新雪について何か情報はあるか?」
「それがほとんどない状態です。ただ奇妙な金の動きが4年前に金糸雀を失った後ありますね」
九猪はその資料をやっと手に入れて分析を進めていた。その中にやはり何かあったのだろうと思われる流れが作られている。
「これは寧樹氏ほどではないのですが、株などの動きがあるんですけれど。あまりに予想外の儲け方をしている部分が年に数回ありますね。よほどの予想師でないかぎり、この三つの銘柄を同時に当てる人はいないと断言で出来ます」
おかしな話が出てきた。金糸雀はもう居ないのに金糸雀がいるとしか思えない行動が金の流れから解ってきた。いないはずのものだが、いる。これはどういうことだ。
「金糸雀ではない、金糸雀が存在しているということか?」
そう耀が言った後、しっと指を口に当てて窓際から全員に離れるように指揮した。
全員が息を呑んだが、耀は当然来るだろうと読んでいた。だって耀が連れ去った人間、京を取り戻す為に、きっと高黒は動くと読んでいたからだ。
昨日今日ですでに行動出来ているということは、高黒の情報収集も凄腕だが、まだ貉に手を貸す人間が存在することを意味する。
どうせ、鵺に相手にもされず、後がない輩が必死になっているだけなのだが、こういうのがまたややこしい存在になったりもする。
その窓の外に何かが取り付けられて爆発する。窓硝子は粉々に崩れてしまったが、耀はテーブルでそれを避けた後、サイレンサーを付けた銃で反撃をした。
「殺しておけ、あとで面倒になる」
耀が迷うことなく相手の頭を打つと、周りもそうして同じように始末をした。この騒動に関してお偉方は何も言えないのだ。いずれはマフィアの抗争ということになるが、その時はどちらかのマフィアが潰れてなくなっていることになるので、説明はしやすいのだろう。
見守っているのなら、やり方を変える必要はない。尋問しようにもどうせ出所は一緒であるし、鵺は捕まえたいものは勝手に捕まえて行くので、耀は自分の目的の為にはどうでもいい人間に構うのをやめていた。
耀の先にいるのは寧野だけでいい。邪魔する者に構ってられない。用意して貰った場所がバレても耀は褪せることなく次の行動を起こしていた。
「真似ばっかりでどうかと思うけど、有効なんだよな」
携帯一つで物事が動く時代だ。耀の入れた電話でまた近くのビルが破壊された。集金所に使っている場所を爆破してやったので、貉はこれでまた金銭的なものを失っていく。中国政府がこの爆破を黙っているのは、何も鵺のせいだけではない。マフィアの集金所を爆破している耀のやり方は賛同出来ないが、持ち主が解ってはいるが、落とし物だと名乗り出てくるものがいない金が何億か入ってくることになるのを知っていたからだ。
押収された金は中国政府のものとなる。そうなれば得をする人間もいるということだ。
今度は耀の近くを爆破した。外でこちらに侵入しようとしていた者達が一旦は集合しそうな場所も一緒に爆破したので、外は大騒ぎになった。
のちに爆破されたビルからお金が大量に降ってきたとして、携帯か何かで撮影されたものが報道されるような事件になった。
耀はその騒ぎを利用し、当初泊まる予定だった部屋から移動、地下には別働隊を移動させ、耀は堂々と正面から出て車に乗り逃走した。
裏での爆破だったが、正面から馬鹿正直に逃げる人間もいないだろうと思うところを思いっきりついて平気で移動してやる。裏は裏で別の場所へと侵入者を連れて行き、京を捕らえたものたちは騒動が収まってからの移動となった。これだけ分散してしまうと、軍でもない限り全部は追えないだろうと思っていた。
なので耀の方には誰も尾行はついてなかった。地下の方はさすがについていたようだったが。
京には今度は鵺が用事があるというので、ホテルで引き渡しをしておくことにした。どうやら京に聞きたいことが山ほどあるようで、しかも耀が軽く拷問したら吐いたというから鵺からすればラッキーな人物を手に入れたことになった。
今度の耀の移動はまるで国内を横断しているようなものになった。
香港から鵺の自家用機を借りて北京、そしてそこでまたセスナを借りある街の空港へ降りる。そこで貉攻略に使う武器を全て本家から持ってきていたので、綺麗にそろえる。耀は鵺に飛行機は借りたが、武器は一切借りてなかった。
場所も耀が指定した場所で、独自に地図から割り出したものだった。
中国の中心部で北京や上海とは違い、まったくの田舎の空港に日本のヤクザが乗り込んで占拠するのも問題とされるのだが、そこは耀は上手く交渉しておいた。
地方の役員となればとりあえず賄賂だった。賄賂はどこでも通用するもので、日本でだって融通をきかそうとしたら賄賂である。
それを渡して極秘扱いの軍の演習ということにしておいたら、何も言われなかった。
そうして準備を整え、内部に侵入している人間から動きを聞く。
耀の動きはまったく読めてなかったのだろう。貉は後手に回っており、耀の行方をまだ北京で探しているらしい。もうとっくにそこにはいないのだが、耀の代わりに地下駐車場から逃げた人間をまだ追っているらしい。
鵺の方も行動を監視しているので、こちらの動きに合せて何かをしてくるつもりらしい。
妙なことだが、今回鵺の方は首を突っ込みすぎているとさえ言える。
宝生から言わなくても鵺の方から言ってくることが多いことさえある。それは全て貉を潰す為とはいえ、それでもお節介過ぎるともいえる。宝生に貉を消して貰いたいと言いながら、なんだかんだで便宜を図ってくるのが妙なのだ。
そこには宝生にすら言えなかった事情が組み込まれているのではないかと。
そんな気がしたが、今日はそれを考えるのをやめた。
「今回の行動の責任を取って貰おうか、高黒(ガオヘイ)」
耀に攻撃をしてきたのは高黒だと解っているので今はその高黒がいる貉を潰すことに専念しておこうと思った。
鵺が何を考えていようが、それはのちに解る問題だ。
そのことで耀が損をすることはたぶんないと思えたので考えるのをやめた。
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