190-偽りを超える奇跡
今堀由貴の家は宗教家である。
十年前ほど前に、事業に失敗した親がおかしくなったのだ。
その原因は、由貴が神様が見ていると発言したことが発端だ。
「どうしてお家には、神様がいるの?」
そう言ったのは四歳の時だった。
親たちは笑って何を言っているのかと言ったけれど、また神様のお告げが始まった。
「おうちのお仕事駄目って言ってるよ?」
それは由貴が五歳の時だ。
「誰がそんなことを言っている!」
父親が怒鳴るけれど、由貴はそれに物怖じしないで答えた。
「神様、おうちの神様だよ?」
それに恐れをなしたのは父親だった。
その通りに、事業はあっという間に倒産となった。
これからどうしようかと悩んでいた時に、また由貴が言った。
「あのね、お引っ越しした方がいいって言ってるよ? おうちが悪いんだって」
その言葉の通り、すぐに豪雨のために家が沈んだ。
何とか二階で寝起きをしていたから無事だったが、父親はこのことなのかと、やっと由貴の言葉が預言めいている事実に気付いた。
「由貴、神様は何て言っている。何処へ引っ越したらいい?」
この家も抵当に入っているから、どのみちこの家から引っ越しをしなければならないから、そう尋ねたのだ。
由貴はそれに対してちゃんと答えた。
「あのね、お家は山の中がいいって。学校の向こう側にある古いお家があるでしょ? そこがいいって」
神様は本当にそう指で示したのだ。
両親はなけなしのお金を使ってその家を買った。
ちょうど売りに出されていたし、何よりも古い家を買う人に援助が出るというので、結局百万もしなかったらしい。それくらいに古く、リノベーションなどをして住めるようにした。
前の家よりも大きく、そして古いだけの家であったが、そこで父親は由貴を神の声を聞く神子として宗教を始めた。
信者は最初は両親だけだったが、そのうち由貴の預言で助かった人たちが揃い始め、二十人くらいの団体になった。
その屋敷の周りにある古民家があったので信者が住み着き、やがてその集落が丸々宗教団体の居住区になった。
「由貴、神様のお名前はあるのかな?」
ある日、宗教団体として名乗る名前がないことを不便に思った父親から由貴に尋ねてきた。
その時由貴はもう十二歳だった。
もう中学生になっていて、家が宗教団体なのはおかしいという事実を知っている年だった。
けれどそのせいでいじめられていたから、余計に孤独だったせいもあり、親のお願いを無碍にはできなかった。一人になるのは怖かったし、親にだけは嫌われたくなかった。
それに由貴が神様の言うことを告げると親が喜んでくれたから、言うだけならとこのときも神様に尋ねた。
「名前、ないって。自分で分からないみたい」
「つまり、名のない神様なのか。まあ、そうなるよな。名前があったなら最初に名乗っているはずだし……」
父の言う通りで由貴の中で神様が初めて答えられなかったのは、この質問だけだった。
「名前、付けても良いって」
「我々に名付けを……? 何という光栄なことだ。素晴らしい名前を考えるよ」
そう言い、早速信者と名前の候補を幾つか出したのだが、その名前のない神について不信感を抱く人がいることを由貴は神様から聞いた。
「何か、神様のこと疑ってる人がいるって、よくないから出て行って貰ってって」
由貴はそう言った。
神様は繊細だった。疑心暗鬼な人はまだ認めるけれど、完全に疑っている人のことは容赦なく追い出した。
案の定、疑っていた人はどこかの新聞記者らしく、スクープを撮りに来たようだった。もちろんプライバシーに関する問題もあり、彼が撮った写真を新聞社に渡す前に処分することができた。
そのせいで信者はピリピリとし始めて、集落へ入る人間は素性までしっかりと調べてからしか入れないようになった。
そのお陰で由貴は中学を卒業と共に、社会と完全に隔離されて育つようになった。幸いであるのは、信者の中に大学生や教師がいたことだ。
そのお陰で由貴は勉強を喜んで習い、知識はちゃんと付けられた。
由貴の神様はどういう基準で預言をしたり、見抜いたりしているのかは不明であるが、信者に対して由貴に危険が及ぶことは本当に嫌がる。
信者の大しては割と寛大だったけれど、そのうちに増える信者の制御ができなくなる事態に陥った。
神様はやがて声を小さくして、教団は私物化されていった。
後から来た、頭の良い信者によって教団は乗っ取られてしまった。
由貴たちの一家は、神の名を使った偽物であるとまで言われて追い出されることになったのだが、その時久々に由貴は神様の声を聞いた。
「父さん、このまま出て行こう」
ふと強い口調で由貴が言い、父はそれで由貴が神の声を聞いているのだと気付いた。
「まさか……これが神の意志なのか」
「何か分からないけど、いらないって」
そう言うから由貴たち一家はすぐに家を出た。
その一家には最初の十人の信者が付き添って、更に山奥にある山荘に移り住んだ。
そこでの基板をやっと付けた時だ。新聞に大きく詐欺集団一斉捜査と見出しが出た。由貴たち一家が作った宗教団体が罪を犯して捕まっていたのだ。
どうやら乗っ取った信者たちは、由貴たちを隠れ蓑にして詐欺を行っていたのだという。
もちろん由貴たち一家も捜査を受けるけれど、追い出されたことや詐欺について教祖一家が関わっていないことは他の信者も知っていたようでさすがに庇った。
警察はそれでも由貴たちを調べようとするので、由貴が苛立っていると神様が呟いた。
『……あの男は、不倫をしているよ。奥さんに内緒で子供までいる。そっちの男は上司の女とできているよ。もちろん上司とは不倫だ……でも旦那さんは知っているようだよ。精算をするなら今しかない。後手に回ると上司が妊娠する』
そう呟かれてしまったので由貴はそれを言っても良いのかどうか迷った。
「どうかしましたか? 何か思いついたことでも?」
刑事に聞き返されてしまい、由貴は父を見た。
その視線はいつも神の声を聞いた時の由貴の動作だったため父は察した。
「どうやら、神の声がきたようです。あなたたちのことで言葉を下ろされたようですよ」
父は由貴に声を下ろす神は、由貴の機嫌と状況にしか反応しないことを知っている。だから由貴に危険が及んでいる今声が降りたのだ。
「あのね、そういうのはいいんですよ。我々は……」
馬鹿にされそうになったので、由貴は言っていた。
「もっともらしいことおっしゃってますけど、お二人とも不倫なさってますよね?」
由貴がそう切り出すと、二人とも驚いて言葉を失った後、二人で顔を見合わせている。
「な、何を言って……」
「そっちの人、不倫相手と会うのをやめた方がいいみたいですよ。次に会ったらお相手の方、妊娠するそうです」
由貴が迷いなく、しっかりとその相手の目を見て言うと、瞬間に気味が悪いものを見るような顔をした。
もちろん二人に会ったのはこれが初めてで、そんなことを調べている余裕すらないのは彼らの方がよく知っている。事件があって刑事がくると分かっていても、この二人がくるとは予想はできないはずである。
嘘八百言って当てずっぽうが当たった可能性もあるが、それでもドンピシャで相手のことまで口にしそうな雰囲気に、二人の刑事は何も言えなくなってしまった。
「僕らはあの詐欺をした人たちとは敵対していました。でも神様が言ったんです、いらないって。あの宗教団体は僕らの神にとってもはや要らないものだったので、明け渡してやっただけです」
由貴がそう答えると、信者もそうだと言った。
元々この十人で始めた教団だったのに、乗っ取られたのだと言った。
「あんな人たちに乗っ取られ、我々しか同行しなかったのだから、そりゃあの団体を要らないというわけですよ。他の信者も信心がなかったんですから」
信者がそう言い、刑事を追い出した。
だがそんな刑事に由貴はまた声をかけた。
「明日また来てください。そうすれば手柄は上げますよ」
そんな由貴を気持ち悪がりながらも、来ないわけにはいかないのか、刑事は頷いた。
翌日、由貴たちの山荘に他の信者たちが次々に押し寄せたのだが、由貴の不安に対して神は声を下ろした。
すがりついてくる信者が泣きながら教祖である由貴の父に訴えるのだが、由貴はその父に言った。
「いいって、いても」
そう由貴が言うと、泣き落としが通じたと思ったのかホッとしたようだったが由貴は続け様に言った。
「でも、そっちの男の人は駄目だって。その人があの乗っ取った人を連れてきた人だから、絶対に許さないって言ってる」
やってきた二十人のうち、たった一人を指さして由貴がそう言うと、全員がハッとした。
「そうだ、こいつだ」
「こいつがあの男を連れてきて、他の仲間を呼び寄せたんだ」
言われてみればそうだったと気付いた信者が言うと、男は舌打ちをした。
どうやら寄生して逃げ延びようとしたのだろうが、そうは問屋が卸さなかった。
「ああ、刑事さん、この男もあの男たちの仲間ですよ。宗教団体を隠れ蓑に詐欺をやっているボスですよ」
ちょうど昨日来ていた刑事がまた来たので、そのまま男を捕まえて差し出した。
男は刑事にすぐに捕まった。
神様の言う通り、その男は詐欺団体のボスで宗教団体を幾つか渡り歩いていた。
だが神様は最初にこの男が入り込んだ時に、何故預言をしなかったのだろうか。
不安を感じた由貴に神様は言うのだ。
『増えすぎたんだ。けれど由貴は喜んでいたからね』
どうやら仲間が増えるのを由貴が喜んでいたから、危険になるまで声を下ろさなかったらしい。
「僕のせいってこと?」
『私の判断だったってこと』
神様は笑っていたけれど、あの集落は人が増えすぎていた。
信者はだんだんと言葉を下ろさない由貴を信用しなくなっていたし、詐欺行為で得られる金を有り難がっていた。元々信心深いけれど、お金への執着も酷かったのだろう。
「もうちょっと僕も考えるね」
『そうしてもらえると有り難い』
由貴は神の声を聞いてから十五年が経っていた。
神と会話を試みたことはなかったのだけれど、やっと由貴は会話をすることを覚えた。
神は必要がないと話しかけてこないが、由貴の話しかけには答えた。
最初から会話は可能だったのだ。
「昔はよく独り言で遊んでいるだけかと思ったけれど、神様と話していたのね」
母はやっと父のように神の存在を感じるようになったようだった。
これからはきっと幸せになれると由貴は思った。
だが、神は由貴以外の幸せは考えていないことを思い知ることになった。
2
山荘で暮らすようになり、信者十人と暮らし、他の信者は麓の村に暮らし始めてから一年後のことだった。
由貴は信者のように修行はしないで山を歩いていた。
山頂に近いけれど、山荘があるだけあり、近くの崖の上に花がたくさん咲いている場所がある。その日も散歩の帰りに花を摘んで帰ることにした。
時間はまだ昼を過ぎたばかりで、草むらで眠った。
そして由貴はそのまま神に守られるまま朝まで眠った。
目を覚ました時に朝になっている事実に由貴は驚いた。
「どうして起こしてくれなかったの?」
そう由貴が言うけれど、神は言った。
『辛い事実が君を襲うけれど、それは避けては通れなかったんだ』
神の言葉に一気に由貴は不安を感じて山荘に走った。
山を下っていくと、山荘は静かになっている。
十人も暮らしていてここまで静かなことはあり得ない。誰かが外で修行をしていたし、常に家の周りには誰かしら出ていたのが日常だった。
裏口から家に入ると、家の中は惨殺された人々の山になっていた。
十人くらいは折り重なるように倒れていて、どの人も血塗れになっていた。
とても助かるわけもないと思えるほどの重傷で、台所では母、父に至っては玄関先で死んでいた。
「……何で?」
殺される理由が分からない。
『なるべく先送りになるようにしたのだけれど、ここまでが限界だった。元々恨まれて殺される運命だったんだ。それも由貴が五歳の時に』
どうやら会社が倒産した時に巻き込まれて倒産させられた元取引先の家族に逆恨みをされていて、あの時に殺されていたはずだったのだ。
けれど神は天候を崩してまでして阻止し、殺しに来た殺人犯を退け、さらには宗教団体を作って守ろうとしたりしてくれたけれど、山荘まで追ってくる犯人を振り切ることはできなかったのだという。
『由貴一人守る程度の力しか私にはないんだよ』
神はそう言うと、由貴の足跡を消すために様々な細工をした。
荷物を持ち出し、親の貯めた通帳や印鑑、金を持ち出し、服などはほぼ作業着しかきていなかったので持ち出さずに麓のアパートに由貴を操るように神は連れて行った。
もちろん山荘の惨劇は麓の村にいた信者によって発見され、現場にいない由貴は真っ先に追われたけれど、すぐに出頭した。
けれどそこから先は神様の言う通りにするしかなかった。
「親と離れたくて、それで一人で麓のアパートにこっそり抜け出してました。もちろん母は知ってます。父は、僕を神子にしていたから納得してなかったけれど……あの、最近変な男の人が来るって母が言ってました。その昔、会社をやっているときに取引先だった人に似ているらしくて……」
そう言われて写真を幾つか見せられた。
その中に見覚えのある人がいた。
「……あ、この人、山荘の近くで見ました。というか、元教団の中にこの人いました」
覚えがあるはずだ。
由貴はその人を教団内で見たことがあった。
確か、東大を出ていたはずだと言うと、どうやら犯人で決まりだったらしい。
「近くの駅から山荘へ上っていくのを信者が見ていたらしい」
というので、どうやら父を殺したくて狙っていたらしい。
犯人はすぐに捕まり、あっさりと自供したらしいが、息子が生きていると聞いて殺し損ねたことを恨んでいると言われた。
でも大量殺人をしているので、犯人が出てくることは絶対にあり得ないと刑事に言われた。
由貴は両親の遺体を引き取って、葬式は出さずに荼毘に付した。他の信者で引き取り手がない人は、教団のお金で寺の無縁仏として一斉に弔って貰った。
それによって教団のお金は尽きた。
全員が引き取り手がなかったからだ。
そうして奔走しているうちに、由貴は十八歳になっていた。
一人になってから由貴は神との会話が増えた。
由貴は世間とは隔たりがあるままであったが、神の力で何とかなっていた。
神が言っていた通り、由貴一人なら簡単に守って貰えた。
アパートも気付いたら大家が家を貸してくれたし、出て行く時もバッグ一つでアパートを出られた。
東京に移り住んでも、神の力で契約も何もかも口約束でどうでもなった。
お金がないけれど、何故か通帳にはお金が必要な時に自動でお金が振り込まれるのだ。もうこの不思議な現象に由貴は突っ込まなくなった。
神がそう言うのだからそういうものだと思ったのだ。
しかしそれだけでは不審がられるので、神の了承を得て、占いの館で占い師をした。
占いなら当たっても外れてもそれはそれ。雰囲気を楽しむものだと思っていたら、由貴はあっという間によく当たる占い師として有名になり、独り立ちできた。
政治家相手に占いをやり、相談されれば答えるだけで気付いたら通帳には億単位の金が貯まっていた。
正直、信者を集めて宗教団体をしているよりもずっと危険もなく、安全に神の声を届けられたし、金持ち相手にしているからか、客層が一層上品だった。
そうして安全な家を手に入れて、やっと落ち着いた時になって、初めて由貴は神について考えた。
「どうして、僕だけに声が聞こえるの? 何故?」
不思議と由貴は今までどうしてなのかという問いをしたことはなかった。
親に対してしたことがあったけれど、神に直接聞いたことはなかったのだ。
『さあ、私にも分からないよ。恐らく私は由貴の背後霊のような存在だ。それによって忠告も、予見したことも、そして危険から守ることもできる。他の人だって勘が良い人もそうした背後霊によって教えられているようなものだ。私はただ他の背後霊より力があり、由貴以外にも影響力が出るのだろうね』
実際神と名乗るものが背後霊として存在しているならば、それなりに力があると考えるのが妥当だろうか。神自身も自分が神という存在であることは認識しているけれど、それ以外の記憶はないようだった。
ただ由貴を守るということだけは徹底していたから、悪いものではないことだけは確かだ。
それが分かってからは由貴は普通に暮らすことにした。
もちろんそれは政治家たちが許さない。
占い師としての立場は保ちながらも、相談には乗った。
金持ちたちの欲望は止まることはないのだなと、由貴は思った。
ただ由貴はその料金に関して自分からその値段を言ったことは一度としてなかった。
占い師をしていた時に貰っていた、一回五百円から基本変わっていないつもりだったけれど、金持ちは成果に対しての成功報酬をたくさん持ってくることが多かった。
受け取った方が良いと神が言うので、仕方なく受け取っているが、億単位を超えた後は数えたことはない。
今日もまたその成功報酬だと言われて数千万が目の前に置かれる。
それを銀行に入れに行き、次の占い場所に向かった。
そこは大きな屋敷で、周りからは塀に囲まれており、庭は巨大な森だ。そんなところに連れて行かれて、見えた大きな屋敷は戦火も耐え、地震さえ耐えた家らしい。
玄関に入ると、ふっと上を見上げてしまった。
家の中に興味は一切なかったけれど、視線を感じたのだ。
ちょうど廊下の手すりのところに男が一人立っている。その男自体はイケメンと言われる人で流行の髪型をしていた。ほぼ目が隠れているから表情は分からないけれど、その人に興味があったわけでもなかった。
由貴の視線はその更に斜め後ろにある影にだった。
誰かがいる。薄らとした影が見えて、そこから視線を感じたのだ。
『どうやら、お仲間のようですね』
神がそう言った。
由貴が見えているものは神と同じ背後霊らしい。
神と同じ力を持つほどなのか、急にテリトリーに入ってきた神の存在に警戒心を向けているらしい。
しかしすぐに由貴は別の部屋に呼ばれた。
そこではいつものように占いをして、預言をした。
「どうやら責任追及は間違いなく行われます。ですが、正直に嘘は吐かないで答えてください。もちろんあなたは辞任に追い込まれますが、潔く辞任してください。表舞台から去ればすぐに世間は忘れます。あとはいつも通りで構いません」
辞任だけはしたくなさそうである政治家であるが、何回も助けた由貴の言葉に逆らえるだけの良策は思いつかなかったらしい。
取りあえず占いを信じてみるかみないかは自由なので、由貴はそう言うだけだ。
「もし信じなかったら、どうなるんだ……」
そう言われたけれど、由貴は言った。
「さあ、それは私の範囲外のことです」
由貴はそう言って信じないのであれば、この場所にいる意味はないとすぐに荷物を持って部屋を出た。
『辞めそうにないね。まあ、首を括る羽目になるけれど、それは選んだ結果だから仕方ないよ』
嘘を吐くせいで数々の悪行が明るみに出て、政治家は自殺するしかなくなる。
それを伝えないのはどうかと思ったが、由貴は回避する方法しか教えない。それが占いの依頼だからである。
「これじゃ、料金はもらえないね」
そう言って玄関先まで来ると、さっきの男が立っていた。
「お前、あいつが首を括る羽目になるのを分かっていて、それを見過ごすのか」
男にそう言われて、由貴はこの男が由貴と同じ力を持っていることを知る。
「ならあなたが言ってあげればいい。僕の役目は、この事態の回避方法を占うこと。それ以上は僕の範疇ではないから」
人の欲が深いのは知っている。
もう見慣れたほど、皆占いを信じて回避するくせに、どうしても納得できないことには従わないことが多い。
それで占いを憎むのはお門違いだ。
由貴の揺るがない意思に、男は由貴がどれだけ回避方法を教えても信じるものしか信じない人間の業を知り尽くしていると悟ったらしい。
「そうか。お前、幾つだ?」
「二十歳」
「大学生か……」
「世間ではそうらしいけど、僕は中卒だからそういう概念はないんだ」
由貴はそう言う。
早くこの家から出たくて、この男が塞いでいる玄関を通りたいのだけれど、まだ通してくれない。
そして神が言った。
『この男に憑いているのは、この家の代々崇めてきた白蛇の霊だね。相当金を呼び込む神なのだけど、大事にしないと一瞬で没落すると言われている。この家に憑いていないところを見ると、代々当主に憑いていたみたいだね』
神は神でも種類も違う。
由貴に憑いている神についてはまだ誰も言及をしないけれど、明らかに桁違いの力を持っていることだけは今の由貴には分かる。
「お前も背後霊みたいなので預言されて、それを金に換えているようだが……碌でもなく育ったな」
その言葉に由貴はすぐに返した。
「下を見て優越感に浸っているのはさぞ楽しいんでしょうね。でも僕はそういうのは聞き飽きた。君は未成年で無一文、天涯孤独になんてならないお家で育ってさぞ大事に育てられたんでしょうね? 食うにも困る経験なんてしたこともないだろうし、家を追い出されたことだってない坊ちゃんでしょう?」
由貴の言葉にそれが図星だったらしい男は怒りを見せた。
それに応じて背後の蛇が動いた気がしたが、その蛇を由貴の神が一瞬で捻り上げたのが見えた。
蛇はそれだけで降参したように、男の背後から消えた。
「それじゃ帰るので、どいてください」
すっと前に出ると男はその時になって、今まで見えていた世界が別の世界になっていることに気付いたようだった。
「お、おい、嘘だろ、おい、何処へ行った、おれの神……」
男がやっと背後から神が消えたことに気付いて、騒いでいるけれど、それを無視して由貴は門まで歩いた。
すると屋敷から逃げ出してくる白蛇の集団に出くわした。
それは何百年も住み着いていた白蛇の群れ。大量に生み育てた欲望の塊だった。
神がその一つを掴み取って、何か話していた。
そうすると、腕の太さほどの白蛇が一匹、由貴の首に巻き付いた。
「何これ?」
『せっかくなので、使役した』
神の下僕として使役したというのだ。どうやら由貴の神の方が格が上で、力も強かったようだ。それで威嚇をした白蛇のボスとの対峙で勝ってしまったから、使役する資格が得られたので「せっかくなので使役した」となったようだ。
「まあいいけど……」
そして白蛇を首に巻き始めて気付いたのだが、神の方には気付く人は少ないが、白蛇の方は気付く人が割といるということだ。見える人には見えるし、由貴にはそれに触れている感覚もあるから、不思議である。
どうやら見えている人間には警戒を抱かせることができて、非常に面倒にならなくて楽だった。それまで断れなかった図々しい人々でも、異様な気配を感じるらしく由貴には近付こうともしない。
「何か便利」
人と馴れ合うことはしたくない、由貴である。だから白蛇の神による力は非常に有り難かった。
それから暫くして、あの占いをした白蛇屋敷の政治家は辞任をしなかったことにより、膨大な犯罪が暴かれ、今や時の人である。
「だから言ったのにね」
とうとうその政治家は首を括った。
3
由貴は占い師をして知名度を上げると同時に、だんだんと密かな存在へと変わっていった。
というのも、あの政治家の事件以来、由貴が占いをしていた事実を知った占い業界が噂で由貴が占い結果を見抜けなかったと言い始めたからだ。
つまり占いを外したせいで死んだと言われた。
そのお陰で新規の客は付かなかったし、古参の客でも由貴のことを恐ろしいと思った人が占いを頼みに来なくなったからだ。
中には白蛇を従えている由貴に怯えて逃げた人もいる。
そうした日々の中で、由貴は神と白蛇によって体をもてあそばれることになった。
「ちょっと……あっ何……」
白蛇が全身を這い回り、体中を擦りつけてくるからこそばゆいし、押しつぶされる乳首やしっぽで巻き取られて扱かれるペニスがだんだんと気持ちよくなっていることに気付いた。
もちろんオナニーという自慰行為は知っているけれど、それは由貴が通らなかった道だった。
由貴は常に神に見られていたのと、そういう気分が生まれなかったことで、知らずにきた道だった。
しかし、どうやら白蛇が繁殖目的でセックスをしたがっているのだという。
「あのさ、僕は男で……もう……ああんっ」
『気にすることはない、白蛇の神は想像妊娠で生まれるものだ。由貴が産みたいと思えば自然と増えている』
妙なことを言うもんだと由貴が思っていると、白蛇は腕ほどの大きさだったのがいつの間にか人の胴体ほどの大きさに育っていた。
興奮した白蛇にさすがの由貴も観念した。
「もう、いいよ、好きにしなよ」
ここまできて神が不快でないなら、白蛇のことは嫌いではないし、異種姦ではあるが、今更な気がした。
そうすると白蛇は体をくねらせて、普段は体の中にあるペニスを二本出した。
大きさが大きさだけあり、ペニスの大きさは人のより少し大きい。
「うそ……二つ?」
『蛇は個体や種によっては二本から四本くらいまである』
「そう、なんだ……ああそれ……挿れちゃう?」
初めてアナルに異物を入れる羽目になったが、それは何だか夢のように気持ちが良かった。
きっと神が気を使って、痛みを取り除いてくれたのだろう。
「ああっ、んっ、あっ、あっ、ふあっ、あんっ……はぁっ、んっああぁっ」
白蛇のペニスはしっかりと由貴の中に合っているサイズだった。
中を擦り上げ、蠢くペニスはまるで蛇そのものだ。
「ひあっあっ……あ、ああんっあああんっあんっ……っんっ……っあっあうっ」
由貴が気持ちよさそうにしているのを白蛇は満足しているようにもう一本のペニスを由貴のペニスに擦り合わせてくる。
「ふあっ……あっいっああっ……ああそこっいいっ……あんっんんっ……ペニスも一緒に擦るのいいっっあああっ! あ゛っあ゛っうっひぃっあっあんっあああっ……!」
気持ちが良いと思う行為だとは思わなかったけれど、セックスに填まる気持ちが分かった気がした。
それでも蛇とやっているような人はいないだろうし、まして実体化してない幽霊とする人もいないだろう。
「あぁっあぁっおくっ、ああんっおしり変になっちゃうっあっあっあんっあ゛あぅっ……ひっああぁっはぁっあっあ゛っあ゛っあひっあぁっ、あんっあんっ」
強く中を擦られて、由貴はただ気持ちよくて嬌声を上げた。
「あぁっひっあ゛っあ゛っあぁあっあんっあっ……あんっ……あぁんあ゛あっ、もっとゆっくり……っあっんあひっあっはぁっあっあっああぁんっ……あんっあんっあんっ」
きっと一生誰とも肌を合わせることなんてないだろうと思う。
由貴は自分の生きていく上で人と交わることなんて絶対にないと思っている。だからなのか、神はちゃんと知っていて、人ではないモノとの交わりをさせたのかもしれない。
こうすれば人と交わる必要はなかったし、きっと湧いてくる性欲はこれで消える。
「ああ、いいっ……、あつくて、硬い蛇のおちんぽ、んぁっ……きもちぃ……あっ、あぁんっ! あーっ、あぁっあっあっあんっ、らめぇっああっ……なか、ごりごりしちゃっ……はぁっ、いぁあんっ」
グンと大きくなる白蛇のペニスに由貴は悶えながら、嬌声を上げ続ける。
「あっ、ああっふぁっ、い゛ぃっ……あっぁんっあひゃああっ! らめぇっ……あっあんっ、あんっそこっ……んっあっ、いいっ……ひあっあっあんっなめちゃっやらぁっんっ」
白蛇も興奮しているようで、今にも射精をしそうなくらいにペニスが膨らんでいる。
「ああぁんっ! んゃあぁっ、あっやあっ、あんっ、あぁっあぁっあっはぁっあっあっ!」
アナルの中に挿入っているペニスがまず精液を吐き出してきた。
「あっひぁっ……っもっいっちゃう、あっあぁんっ、せーえき、らしてっああ、なからしてっ、ぁっ……ああぁあっ、ふあっぁっ! あんっ! あんっ!」
大量の液体を吐き出し、それが一気に奥まで種付けでもするかのように刷り上げてきた。
「あっ、あっやっああんっ! あんっ、やっ、あぁっ……、いぁっ、ふぅっ」
そして一気に抜けると同時に、今度はペニス同士を擦らせていたもう一本のペニスが一気に奥まで挿入り込んできた。
「やぁっあっあんっあんっ、らめっらめぇっ……あっあっ、やあああっ! うそっ、二本目……あああんっあっあんっ!」
それも既に射精をしそうなくらいに膨らんでいて、由貴はそれによって自分も高められて絶頂をした。
「あぁっ、ああっ、ぼくもでちゃうっ、もうイクっ……あっあふぅっあっあっあっ、やぁっ、はげしっ、ああああんっイク――――――っ!」
中にたっぷりと出され、溢れる精液であるが、外にでてしまうとやはり霊体だからか感触もなく消えてしまう。
白蛇の方はそれでやっと収まったらしいが、ふっと由貴の首元には新しい小さな白蛇がいるのが見えた。
「あのさ……これするごとに増えるんじゃない?」
由貴がもしかしてと言うと、神は笑っているだけだったが、どうやらそういうことらしい。
そのお陰で由貴は白蛇に求められるがままにセックスを繰り返し、やっぱり増えていたのだが、ある程度増えたところできっちりと止まった。
『家の大きさに応じて、生まれるものだからここまでが許容範囲ってことなのだろう』
神も詳しいわけではないらしいが、これ以上蛇は増えないと言うので由貴はホッとした。
でも部屋中に白蛇が溢れているし、大蛇はいるしでちょっと手狭である。
案の定見える人には見えるせいで、マンションの隣と下の階は空き家になったので、由貴が買い取った。
白蛇が住んでいるせいで、住人には一応の恩恵があったようである。
宝くじを買ったら当たったとか、競馬をしたら万馬券が出たなど、お金が手に入るようになるけれど、大抵の人は引っ越してしまうので次々に恩恵にあずかった人たちの入れ替わりが行われている。
由貴は相変わらず占い師をしているが、仕事は大分減った。
白蛇を付けたことによって、見える人からすれば怪異そのものであるから、恐れをなして連絡を取れないけれど、信心深い人からは見えているからこそ恩恵があるのだと言って余計にお金を積んでくるから、金額的にはそう変わらなかった。
そのお金を出す人に対してはどういうわけか、ちゃんとそれに見合う収入が入るらしく、もっと秘密になっていく感じだ。
誰にも知られない自分だけの占い師になって欲しいようであるが、由貴はそんな抱え込もうとする人に対しては常に言っていることがある。
「風通しが悪いと、嫌がるから」
というのは神の言葉を借りたものだ。
どうやら抱え込まれると安定した由貴との会話ができなくなっていくので、預言が下ろせなくなるのだ。
だから教団を作った時も由貴との会話ができないから要らないになったし、また増えていく教団関係者もきっと神には邪魔でしかなかったのかもしれない。
それでもギリギリまで由貴のために親を残してくれたのは事実で、殺してきた犯人の証言から神の言う回避も本当のことだ。
それでもあれから既に五年を過ぎて、由貴は神の目的が何であれ、由貴が今生きてられるのは神のお陰なのでそこは許すことにしている。
ただ神の目的は、こういう生活をしているとどう考えても長く由貴を生かすための行動しかしておらず、本当に守護者であることは間違いない。
使役した白蛇を付けたのも防ぎきれない神の目をすり抜ける危険を排除するためのものであった。
由貴は神の願いが案外、由貴が寿命をちゃんと全うすることなのかもしれないと最近は思うようになった。
そうしていると、由貴は二十二歳になった。
増えた白蛇がだんだんと減ったのだが、どうやらそれなりに行き先があるらしく、部屋から付いてきては、占いに行った先で由貴から離れているようだった。
例えば三匹連れて行けば、二匹は置いてくる形だ。
「何で?」
理由が分からないまま撒き散らかすのはどうかと思って由貴が神に聞くと。
『巣立ちらしい。家を持つのも白蛇の役目だからね。元々金持ちの家に住んで、贅沢三昧をするのが白蛇らしく、見えるモノを操って家を乗っ取るんだよ』
「ああ、あの最初に会った家の時みたいに?」
『そう。あの時の白蛇の大群は、住み着く先を見つけられなかったようだから、使役したモノが増やすのが役割だ。ここでは乗っ取れないから、行く先に置いてくるしかないんだよ』
神がそう言うのでどうやら神と白蛇の大蛇は会話ができているらしいということが分かる。ただ由貴と白蛇が会話をできないのは、神の力が強すぎて干渉できないかららしい。
とにかく部屋にいる白蛇はほぼ撒いてしまったら、大蛇の白蛇と連れ歩く二匹の白蛇だけが残った。
繁殖が終わったらしく、大蛇とセックスをしてもこれ以上白蛇は増えなかった。
由貴が二十三歳になると、由貴の占いはどんどんと秘密になっていった。
どんどん有力者たちばかり相手をしているし、由貴から営業はしないので、減っていく一方ではあるが、その方が楽だった。
けれど人間の欲は由貴の予想を遙かに超える。
いつもそうだった。
由貴の占いが悪く出ると、必ず信じないで他の占い師の都合良い言葉に惑わされる。
もちろん由貴の占いは占いではなく預言だから、絶対に外れることはない。
「お前、碌でもない占いをしたやつか」
その家を出ようとすると、急に呼び止められた。
由貴はその方を見ると、完全に占い師の格好らしいローブを被っている。
何だか怪しいので由貴は素通りしようと思った。
「おい、逃げるのか」
呼び止めてくる占い師の男に、由貴はけだるいままで仕方なく振り返った。
「なんですか?」
「お前、商売が下手だな。占いは良いことも言わないと意味がないのにな。相手を怒らせて契約を打ち切られるとか、笑えるんだけどさ」
「そうですね、じゃあ」
由貴は面倒になってさっさと帰ろうとするも男は呼び止めてくる。
「お前だろ、噂の絶対に外さない占い師って言うのは」
「さあ、占い内容は誰にも言わないから、外れたかどうか分からないでしょ?」
由貴にとって内容はもうどうでもいいことだ。ただ神が下ろす言葉を口にしているだけなので、そもそも外れる外れないは問題ではないのだ。
ここの家の人間は、引きこもりの子供がいるのだが、一ヶ月以内に罪を犯すことが確定している。そこでそれについて、今後の身の振り方を占いとして下ろしたのだが、もちろんそれが気に入られるわけもない。
「お前はその白蛇に操られているんじゃないか?」
どうやら白蛇が見えるらしい。
なかなかいい目をしているようであるが、それでも由貴ほどは見えてないらしい。
「操られてはいないよ。こいつは僕の子だし、占いにこの子らは関係してない」
白蛇を使っているわけではないと言うと、意外そうに驚いているが、やがて由貴の背後にいる神の存在に気付いたらしく、その場で腰を抜かしたように座り込んでいる。
「あ、お、おまえ、それ、なんだ……」
恐らく神の存在を始めてちゃんと見た人だろう。
由貴ですら神の存在は感じられて声も聞こえるけど、神の姿は見えていないからだ。
「なんだろうね、僕も分からないよ」
占い師に向かって由貴はそう答えた。
本当になんなのかは知らない。
けれど由貴を守り、由貴のためにだけ行動をしてくれるのだけは確かだ。
でも何なのかなんて、きっと誰にも分からないのだと思う。それは神自身すらそれが分からないからだ。
さすがに得体の知れないものを背負っている由貴に占い師はもう何も言えなかった。
由貴はずっとこれを背負って生きてきた。これからも死ぬまできっと背負うものだ。
無理に引きはがすと何が起こるか誰にも分からない。
得体の知れないものに触らないのは、こういうものを見る人はその基本を知っている。
屋敷を去ると由貴が神に言った。
「もしかして、見えるように何かした?」
『さあ、あれは目がよかっただけだろうね。由貴よりも、今まで出会った誰よりもね。けれど、それを持ってしても私の姿ははっきりとは見えないようだったね』
その言葉に由貴はふっと思った。
恐らくではあるが、神自身も自分の姿が分からないのではないだろうか。
そういう疑問は浮かんだけれど、由貴はそれを口にはしなかった。
きっと言っても意味がない。
分からないことは、この世にはたくさんある。神の姿もその一つに過ぎない。
けれど由貴は死ぬ前には一度くらい、見てみたいなとは思った。
由貴が神と暮らし始めてもう二十五年である。
相も変わらず由貴は占い師を続けていた。
由貴が占い師を始めてから、もう七年が経っていた。
占いの顧客も、新規が増えないので古参ばかりとなった。
けれど、人が亡くなって占いの話が来なくなることはあっても、誰かが占いの助言に抵抗して死んだりすることはなくなった。
「最近は信じてもらえるようになったね」
『そうだね、信じない人は皆死んだからね』
さらりと神が酷いことを言う。
けれどそれは事実で、やっと信じてくれるだけの人が残っただけのことだ。
それでも新規が増えないのは、由貴の占いが当たりすぎるところにある。
良いことだけ当たりたい人は、悪いことは聞きたくはない人ばかりだ。
早い話、怖がりな人が多い。
由貴は悪いことも当てる。そしてその回避を教えるだけだ。
それが怖いのだという。
中にはそれがいいと笑う人もいる。
かつて官僚だった人は、由貴の悪いことも当てる能力を褒めてくれる。
「悪いことをすれば自分に返る。その返ってくる怖いものを避けて通れないならば、上手く回避していく方法を探るのが一番の安全策だ。君はそれをちゃんと教えてる。それがどれだけ凄いことか分からないやつには分からないんだ」
由貴のことをそう褒めるのだが、由貴はただ神が言う言葉を伝えているだけなので、偉くはないと思っている。
なので由貴はいつまでも庶民で、いつまでも遠慮がちだ。
その驕り高ぶらない由貴を好む元官僚は、由貴のことを信じている。
そういう人の方が信じられると言って大金を積む。
それでも由貴はそういう人とも別れることになる。
元官僚の見つかった病気は治らない。
「そうか。寿命とはこういうものなのだな。ありがとう。これで何もかもを決める覚悟ができたよ」
すっかれいと覚悟を決めた顔をしていた。
このまま元官僚が死ぬ道の回避はできないと由貴がはっきりと告げるたから、それを信じてくれたのだろう。
元官僚はその死にあらがうことはなく、全ての準備をして亡くなった。
由貴はその元官僚の葬式に呼ばれ、奥さんから凄く感謝された。
「最期の最期まで自分のことを決められたことが、あの人の未練を残さないで逝かせてあげられた。そのことはあなたのお陰です。本当に感謝しかありません」
そう言って由貴に大金を振り込んでくれた。
さらには最後の力を使って、元官僚は由貴の親を殺した犯人の死刑執行を促してくれていた。
どうやら元官僚の葬儀中に死刑執行がされていたようで、由貴は元官僚の奥さんから貰った元官僚の最期の手紙でそれを知った。
『由貴はやっとこのことで悩まなくてよくなったな。どれだけ由貴が好かれていたか分かる手紙でいいね』
神にしては珍しく他人を褒めた。
由貴のために様々なことをしてくれた元官僚のことは認めた感じだ。
「お父さんみたいに、凄く僕のことを信じてくれた人だったね」
『そうだね。良い人だったね』
由貴が珍しく好きだと思えた人は、父親のように真剣に由貴の言うことを信じてくれ、由貴のためと言って便宜を図ってくれる人だった。
いなくなって寂しいと思えたし、由貴は初めて泣いた。
両親が死んだ時は衝撃が強すぎて泣けもしなかったけれど、今初めて色んな感情が生まれて、由貴は人目を憚らずに泣けた。
場所が葬儀場だったから、誰も不思議に思いもしない環境だったから、由貴は泣くだけ泣いて、そして前を向いて歩いた。
由貴はそうした人々と出会い、そして別れてきた。
やっと最後の一人になる人を見送ると、由貴は占い師を辞めた。
この時、由貴は三十歳になっていた。
マンションを引き払い、東京を出て、北海道に引っ越した。
大きな屋敷を建ててそこに住まい、ゆっくりとした時間を過ごした。
時折、由貴の噂を聞いた人が占いを願いに来るので、その時だけは由貴は占った。
といっても神の気分次第で断ることもある。
時々家を出て旅行に行き、世界を見た。
そうしていると、心の中に色んな感情が生まれるのが分かる。
色んなところを回っていたら、由貴はだんだんと神の姿が見えるようになっているのに気付いた。
最初こそ薄らとした影として見え始めていたが、それがちゃんとした形になり、影に肌色がついて、顔も口元が見えるようになり、表情が分かり、笑顔が見えることもある。
もしかしたら死ぬ前には神がどういうモノなのか分かるのかもしれない。
そんな期待と、死ぬのが怖くないと思える希望が見えて、由貴は生きるのが楽しくなってきていた。
由貴は今でも白蛇の大蛇とセックスをしている。
大蛇は由貴が大好きだから、それに応えているうちに由貴も愛情がわいたのだ。
繁殖期はもう過ぎたから子はできないけれど、小さな白蛇も加わって絡み合うのが日常だ。
きっとこのまま、変わらずに生きていけるのだろう。
由貴はそうありたいと願うようになっていた。
まだ三十歳になったばかりだ。
未来はきっと由貴に笑顔をくれるだろう。
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