040-玉響

1

 その日は祖父の葬式だった。
 父親方の祖父で、生きていた時は大きな会社を経営し、会長として長く君臨し続けた。病気で亡くなると、会社の人間たちが大きな葬式を用意したほどであるが、普通の家庭に育った明(めい)は、その祖父には一回しか会ったことがなかった。
 祖父の気に入らない女性と結婚した父親は、一族の中から爪弾きにされていたからだ。それでも後継者争いから一番早くに脱出したのことで、同じ後継者争いをしていた兄からは、信頼を得ていたらしく、繋がりはあったし、母親である祖母とも繋がりは切れてはいなかった。
 そのため、葬式には呼ばれてしまうわけで、参加したとたん、周りの空気の悪さに居心地が悪くなり、明は葬式会場を抜け出し、祖父の大きな屋敷に戻っていた。明が一人いなくなったところで、問題は何もない。抜け出す時も誰も明を咎めなかったからだ。
 葬儀場で話を聞いていると、どうやら会社の跡継ぎは兄に決まっていて、一昨日祖父が亡くなった段階で遺産相続も済んでいるらしい。らしいとははっきりとそう決まったと聞いたわけではないが、人々がひそひそと話しているのが聞こえてきただけだ。
 そこに弟である明の父親が現れたら、印象が悪いのは当然だった。
 しかし兄弟は長く話し合っていて、不仲説は一掃された。
 そんな兄には、楽(がく)という明よりも五歳上の子供がいる。
 その楽はその場から早々と退出していた。
 噂では祖父とは犬猿の仲と言っていいほど悪く、大学の段階で家を出て、さらには会社には入らずに一人で起業しIT企業のちょっとした顔になっているのだという。祖父はそんな楽の妨害をしようとしていたらしいが、父親がそれを止めるように助けていたらしい。
 親子仲は良く、父親の顔を立てて一応は葬儀には参加したということらしい。
 それでも葬儀は会社主体で行われているため、孫がその場にいなくなったとしても問題はない。犬猿の仲ということは誰でも知っている。
 明は葬儀を抜け出してから、自宅の方へ戻ると庭に回った。
 この屋敷に来たのは覚えている。中でも庭が気に入っていて、ずっと庭にいたと思う。そんな庭は池や山に見立てたものがたくさんある。秋には紅葉がたくさんあったことも覚えているが、今は青く茂った木々があるだけだ。
 それをかき分けて奥まで入っていく。
 奥まで行くと葬儀で鳴り響いている音がほぼ聞こえなくなる。屋敷はそれほど大きく、維持費だけで馬鹿にならないと伯父さんが愚痴っていたので、多分建て替えて実用的にされるのだろうと言われていた。
 確かに防犯上もよくないことは分かる家である。
 そんな家を眺めて裏までくると、そこには楽が立っていた。
 楽は明がやってくるとニヤリと笑った。
「やっぱり、あの時の、お前だったんだな」
 楽は明に近づいてくると、明の顎を掴んでいきなりキスをしてきた。
「……ん」
 噛みつくようなキスであるが、明はそれを素直に受け止めた。
 明は、実はゲイである。
 自分がそれに気付いたのは、中学生の時で、高校では既にゲイの集まりに参加したりしていた。大学では恋人も男であったが、つい先日、その恋人とは別れたばかりでもあった。
 理由は、明が浮気をしたと恋人に主張されたことだ。
 要するに相手が明に飽きてそう言い出しただけのことで、明はあっさりと男と別れてやった。別れてくれと言われたので別れたら、情はないのかなど、謝罪しろだのと男が喚き散らし、喧嘩になったところを助けてくれたのが、楽だったのだ。
 もちろん名前や相手がどういう人なのかは、この時は知らなかった。
 双方が何者か知らずに出会っていた。
 明は楽に助けて貰い、酒を飲み、話が会ったので一回だけ寝た。
 バーにいれば、それくらいは普通にあることで、その場限りのことで終わるはずだった。
 実際、それから会ってはいなかった。
 けれど今日、祖父の葬儀に来てみれば、目の前にその人物がおり、紹介で従兄だったことが分かってしまったわけだ。
 だが明と楽は平然と挨拶をして、初めましてとだけ言った。あのことを除けば、会ったことは本当になかったからだ。
 けれどその時、楽は明に聞こえるように、葬儀を抜け出して屋敷の一番奥の裏庭に来いと言ったのだ。
 だから明は、抜けてもかまわないという父親の言葉を真に受けて、上手く葬儀を抜け出してきた。
 楽が何を考えているのか、聞き出す為だったのだが、想像は裏切られた。
 てっきり口止め辺りだと思っていたから、キスを求められた時に、ああそっちの方かと理解はできた。
 深いキスが終わると、楽は明の腕を引っ張って歩き出し、裏口から屋敷の中に入った。そこは入り口が分厚く、部屋の中は奇妙な空間だった。
 二十畳ほどの部屋の入り口には小さなキッチンがあるが、その部屋の中心にはダブルベッドが置いてある。そして周りにはSMで使うような道具が並んでいた。
「……なに、これ……」
 思わず引いてしまった明がそう口を開くと、楽はベッドに座ってから言った。
「祖父さんの秘密部屋ってところかな。まあ、公然とした秘密。ここに買った人間を住まわせていたんだ。で、精神が壊れると病院に投げ込んで、また違う人間を買う」
 そう楽に言われて、明は目を見張る。
「お前の父さんは、それを知って出て行った」
 その言葉に明は、やっと事の真相を知った気分になった。
「俺の親父は気付いてなかった。とことん父親に無頓着だったんだろうな。最近になって、この屋敷の処分を巡って、ここが開かれるかもしれない。そうすれば皆の知ることになるだろうな」
その時を考えると地獄しか想像できないが、案外、明の父親が上手くとりなしていくのかもしれない。知っていたなら、隠して処分する方法もあるだろう。
 そう思っていると。
「入り口はわかりにくいし、中から鍵をかけると誰も入ってはこられない。さらには一度改装して、防音を徹底してる。だから誰も中で起こっていることなんて知らない。その入り口のドアの鍵は、俺がこっそり祖父の鍵束から抜いておいた」
 楽はそう言うと、明の喪服を脱がし、上着やズボンなどをそこにあったソファに丁寧に置いた。明もここまでされて、何をするのかと聞くほど鈍感ではない。
 楽が自分を抱きたがっているのだと理解できたし、酷いことをしようとしているわけではないことも分かった。
 祖父に対して何か思うところがあったのだろう。ぶつけられない怒りや悲しみなどが渦巻いて、どうしていいのか分からないのだ。
 明ほど離れて暮らしていた人間からすれば、祖父のことなど軽い存在であったが、楽にはそうはいかない事情がある。
 ワイシャツや下着まで脱いでしまうと、楽も荒々しく服を脱いでいた。
「こっちだ」
 楽は言って明の手を引き、奥のベッドへと連れていった。
「あいつが入院して、もう帰ってこないことが確定してから、ベッドは買い変えた。あいつが死んだらお前が来ると思って、準備をして待っていた」
楽は明をベッドに押し倒すと、すぐにその体をむさぼるように犯し始めた。
 楽はちゅちゅっと首筋などに吸い付いていたが、手が明の乳首を摘まんでくる。
「ぁっ……あああっ、あんっ」
 乳首が気持ちがいいなんて、誰かと寝るようになってから知った。開発されるように乳首は敏感になり、エッチなことを考えるとそれだけで乳首が起ってしまう。今だって楽が少し触れていじっただけで、乳首が勃起しているように硬くなり、乳首は楽が摘まみやすくなるようになった。
「んんっ……ふぅ、ん、ん……」
楽の舌が張ってきて、片方の乳首に辿り着く。
口に含んで乳首を吸い、噛みついてきた。
「やあぁっ……あ゛っああっ……」
 指で明の乳首を撫で回しながら、楽は言った。
「前から思ってたけど、乳首の感度良すぎだよな」
「あっ……あっ……あぁっ……」
 乳首を舐められ、撫でられるだけで腰が抜けたようになり、ガクガクと躰を震わせる。もちろんそれは気持ちがいいという理由でだ。
「エロい乳首しやがって……気持ちいいのか?」
「んぁっ、…い、い…ちくび、きもちいっ…あっあぁんっ」
 ビクンビクッと躰が跳ねながら、明は腰まで振っている。
「……本当に乳首敏感すぎ……どれだけ開発されたんだ」
「あぁんっ! ぁっあっ、もっ、らめぇっ……ちくび、あぁっ、あんっ」
 楽にとって明は、一度寝ただけで、忘れられない躰になった。血の繋がりがあることが分かっても、止められるものではなかった。
 楽は明が親戚であることは、先に分かっていた。父親経由で知ったのだが、衝撃はなかった。妙に納得したのだ。
 俺達に未来はないのだと――――――。
「ああぁっ……んっ、あっやっ、あぁっ……」
「乳首だけで、イケそうだな」
 楽は、明の乳首だけを攻め、片方は舌で舐め取りながら、指で乳首を弾き捏ね、それを強く刺激するように激しくやった。
「あっあっあっあんっあんっあぁあっやっ――――――あああっ!!」


2

 乳首だけで達した明は、精液を吐きだし、肩で息をしている。
「はぁっ……はぁっ……」
「本当に、乳首だけで達ったな」
「ひっあっああぁんっ」
 楽は満足そうに明の乳首をまた舐めた。
「……っちくび……ばっか……んぁああっ」
「そうそう、声、もっと出して。お前の声、心地いいんだ」
「ん……え? ちょっ……あっ、あぁああっ……!」
明は意外そうな顔をしたのだが、楽が明の射精したばかりのペニスを手で掴んだので、ビクリと躰を震わせた。
 楽は明のペニスを握って扱きながら、乳首を舐めている。
「声、出して」
「やっああっ、そこっ……だめ、あっあっあっあぁーっ」
 達したばかりのペニスを扱かれ、明は二度目の絶頂を迎えた。
 ピューッと短く精液が吐き出され、それが明の腹部に散る。楽はその精液を絞り出すように、強く握って精液を二度ほど出した。
「んんっ…ふぅ、ん、ん……」 
痙攣する明の躰を、楽は笑って受け止める。
「いいね、この躰、本当に。お前がここにいて良かった」
 楽はそう言いながら、明のアナルに指を忍ばせる。ジェルをいつの間にか付けた指が、アナルの中に潜り込んでくる。
「あーっ……はぁっ、はぁっ、ぁ、ん……楽は……俺の躰が……好きなの?」
アナルを弄られながら、明は尋ねていた。
「ああ、好きだ。この触り心地、最高」
「そう……よかった……あっん」
 別れたばかりの恋人に、お前の躰が悪いと言われ、それを気にしていたのだが、楽が気に入ったというなら、やはり相性の問題で、自分に何の問題もないことにホッとした。 
気に入って貰った方が、セックスしている手前、安心するものだ。
恋人同士には慣れないだろうが、一度のセックスは気持ちよかったから、二度目があるのが奇跡と言ってよかった環境ではある。
「あぁあんっ! やっ、あッあんッあああーっ」
 明は四つん這いにされて、アナルを拡張されていく。指が増やされて、挿入が繰り返され、楽を受け入れる準備が整っていく。
 不毛な関係であることは分かっているが、それでも明は楽とまた寝てみたかった。
「あひぃっ、あっやっ、あッあああぁっ……」
 前立腺を刺激され、達しそうになるのを我慢すると、楽が少し笑っている。

「イッてもいいのに……」
「やああっ、こんなっ……あっあっあぁあんっ」
 首を振って抵抗すると、楽がまた笑っている。
「分かった分かった。入れてほしいんだな」
「……くっあっ言わせ……るなっんあっ」
 楽が明のアナルから指を抜いた。抜けた感覚に、ビクリと躰を震わせる。明のアナルが、パクパクと何かを待ちわびるように動いている。
「こっち向いて」
楽がそう言い、俯せになっている明を仰向けにした。
明は足を自分で広げ、楽を受け入れた。
楽のペニスが明のアナルに入り込む。知っている感覚に、内壁が喜んで楽のペニスを包み込んでいる。
「あ゛――――ひっあ―――んっあっあんっんっ」
 受け入れるために息を吐いて、深いところまでペニスを誘い込む。その感覚に楽は、同じく息を吐いて気持ちよさそうにしていた。
「んっ……ふっん、ん……」
馴染むまで緩く動かしていた楽だったが、段々と腰使いが激しくなってくる。楽のセックスは乱暴だ。荒々しく揺さぶり、激しく追い立ててくる。
「ひぁあぁっい゛あっそこっ……あっあうっひぁあっ」
「ここがいい? すごい締まる」
 パンパンと打ち付けながらも、楽は余裕たっぷりな様子で明に利いてくる。
「あ゛ひっあっだめっああぁあんっ」
 もう嬌声しか上がらず、まともな返事はできない明。激しい動きに翻弄されて、自分の足を持っていることしかできない。
「あっああっ……あんっ、やっ、はぁんっあっあっ!」
 内壁を掻き回す楽のペニスが、心地よくて仕方がなかった。明も一生懸命腰を振って、楽を受け入れる。
 すると楽が明の乳首を舐めながら、挿入を繰り返しだした。
「ひああっそこっあひっ……おかしくなるっあっい゛っあっあんっあんっあんっあぁんっ!」
「気持ちいい? 乳首舐めながら突くの好き?」
「あ゛っあんっきもちい、あんっ舐めながらゴリゴリ気持ちいいっあっひあぁんっ」
 楽がしてくることは、明が好きなことばかりだった。乳首を舐めながらの挿入は一番好きで、すぐに絶頂を迎えてしまったほどだ。
「あぁあっいくっいくっでちゃうっ……あっあぁあんっ!!」
 明の吐き出された精液が胸に垂れたが、それを楽が全て舐め取っていく。舌の先で乳首を捏ね回し、唇で吸ってちゅちゅっとわざと音を立ててくる。
「ひぁあっ、出てるっ……あっあっだめぇっひぁあぁっ!」
 脳天を突き抜けるほどの快楽が襲ってきて、明は悲鳴に似た嬌声を上げた。
「ああぁっ、やぁ、いっちゃ、あんっ、いくっあっあっあんっ!」
 絶頂をしたのに、また絶頂が来た。だが精液は出ていないので、ドライオーガズムだ。それでも楽は突くのを止めず、乳首も舐め続けている。
「ひっ、あーっ……だっめっ…はっあんっあっ……っ」
連続でイカされても、まだ終わらないピストンに明は躰を震わせる。頭の中が真っ白になりそうな快楽は久々だった。
「ああぁんっ! いぃっ…うぁっあっ、あぁーあっ!」
「……ッ、ハァッ」
 楽の息も上がっている。
「あぁあぁんっ! あっあぁあっ! あっいくっいくっ……あああぁーっ……!」
 三度目の連続絶頂に、明の躰が楽から逃げようとしている。そんな明を上から押さえつけて、楽が挿入を素早くしてきた。
「あ゛あ゛あんっひっい゛ってるっ、いってるからっあ゛あっもっだめぇっあっあんあんあ゛あーっ!」
 痙攣している躰に、楽がやっと精液を吐き出す。
 内壁で射精をされた明は、受け止めながら悶えた。絶頂してオーガズムを迎えているところに射精されれば、無条件でまた絶頂になる。
「ふうっ……明、大丈夫か?」
「はぁっ、はぁっ……ぁう……ん、ん……っ」
 さすがに息が上がっていた楽が、ドライオーガズムで痙攣している明を見て、心配をする。
 だが明には答えられる言葉はなくて、快楽の中で躰を痙攣させるだけしかできない。
「とま……とまん……ないっんっんっ」
 明は達している感覚がまだ残っており、頭がおかしくなるような震えが止まらない。怖くなって涙を浮かべていたが、楽が明に言った。
「お前、ドライオーガズムを知らなかったのか? いわゆるイキっぱなしってやつで、少し時間がかかるけど、すぐ治まるよ」
「あんっ……やっ、ちょっ……」
「キスでもイケるぜ」
 楽はそう言うと、明にキスをした。
 舌を吸い上げ、唇を噛む。たったそれだけのことで、明はまた達した時と同じ感覚に陥り、躰を痙攣させている。
「んんっ! ふぅっ! んっ! んっ! んぅ……はぁんっ!」
イキたくないと思いながらも、明は楽のキスを受け入れた。キスは大好きだった。だから気持ちがいいのも受け入れられた。
「んんっ! んっ! ふぅんっ!」
「お前、美味しいな」
 キスを散々した楽が口を離した瞬間にそう言った。
「もう一回、中で出させて」
「やっ、もう無理っ……あっ、あっ、ああんっ!」
 楽は明のオーガズムが終わったのを悟って、またペニスを明のアナルに挿入した。
「ぁんっだめっあっ、ぁんっ、あっ、あっ、あっ」
 挿入した瞬間から、楽は腰を振り出し、中で吐き出されていた楽の精液がどんどん掻き出されてくる。
 泡になった精液が、白く孔の周りに張り付いている。ブシャブシャと激しい水音を立てて周りに響いている。
「ああっ、んっ、あっ、あっ、ふあっ、あんっ……はぁっ、んっああぁっ!」
 パンパンパンと音が鳴り、大きく躰を揺すられ、明は四つん這いになっていたが、とうとうベッドに顔から突っ伏した。
「ふあぁっんっ! そこっ!…あっああっ!んっいいってん! あっ!あっ!」
 腰だけ上げた状態になっても明は止めろとは言わなかった。楽を受け入れ、されるがままに乱暴に扱ってもらった。
 だって心地が良かったから。気持ちがよかったから。
「あああぁっ! いくっ、いくっ、いっちゃっ……あっああぁん――――――っ!!」
「んっ、ん……」
 楽が奥の奥まで突き入れて達すると、明も一緒に達した。
 終わった二人は折り重なって、ベッドで少し休み、楽に付き添われて明は風呂に入り、アナルの中まで綺麗に洗って貰い、髪も乾かして、最後に着てきた喪服を着た。
 すると、ポケットに入れていた携帯に着信があったことを知る。
 一緒に来た父親から、何処にいるんだという心配のメールが入っていた。
 明はすぐに返信した。
『楽さんと遊んでるから、気にしなくていいよ』
 そう書いて送ると、折り返しのメールが届いた。
『じゃ、好きにして帰りなさい。お父さん達は伯父さんたちとまだ話があるから、帰りは明日になるから、家に帰るなら、戸締まりしておきなさい』
 そう来ていた。
「どうせ、遺産相続の話だろ? あの祖父さん、貯めるだけ貯め込んでたからな」
 楽が同じく着替えが終わったところで、携帯を覗き込んで言った。
「ふうん、大変だね」
「だな」
 二人は相続に関係ないと言われているので、関心は薄い。
「じゃ、帰るね」
「ああ、もうここには来るなよ」
「来たって、楽さんはいないでしょ?」
「ああ」
「なら来ないよ」
 明はそう言って、部屋を出た。
 外に出ると既に周りは暗くなっていて、静かな夜になっている。
 誰にも見つからないように裏口から屋敷を出て、明は携帯でタクシーを呼んだ。
 二度とここには来ない。
 だって、そこに楽はいない。
 明は一度だけ屋敷を振り返り、大きな屋敷が闇夜に浮かぶのを見つめ、今度は未来に目を向けるかのように、到着したタクシーに乗り込み、二度と屋敷を振り返りはしなかった。

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