031-優しい殺し方

1

 池谷は大学の講義室で、ため息を一つ吐いた。
 メールだ。恋人の黒田からの命令メール。
 午後の部室で、一人。
 つまりセックスしてこいというものだ。
 黒田と付き合い始めたのは一年前、黒田の恋人がたまたま池谷に恋したことで、黒田が池谷を襲撃した。そして女にしてやると言って池谷を抱き、抱き心地がよかったからという理由で池谷を無理矢理恋人にした。
 それから黒田は池谷に執着を見せ、池谷はDV被害者のように黒田から離れることはできなくなった。
 というのも、黒田は池谷の親も脅し、池谷は逃げ道を塞がれていた。実家に逃げ帰れば、黒田が現れ、家中を壊していく。そして警察に相談した母親が、電車に突き落とされて死んだ。
 警察も証拠がないので、黒田のせいだとは決めつけられないといい、母親は転落事故で事故死したことにされた。
 父親はそれで心臓を悪くして入院をした。
 その父親の入院費を黒田が出してくれている。
 なんでも親から何百万と上手く融通してもらったと言っていた。
 つまり、池谷は父親を人質に取られてしまった。
 逃げれば父親は病院を追い出されてのたれ死ぬしかない。ただでさえ母親が黒田に殺されたかもしれない恐怖があるが、父親を見捨てるわけにはいかなかった。
 池谷は黒田に世話になりながら、日常を送るしかなかった。
 黒田が飽きるまでは。
 
 しかし黒田が池谷に飽きることはなかった。
 それどころか行動がエスカレートし、池谷を他の男に抱かせては、黒田と比べさせるのだ。自分がいいと言わせるためにだ。
 それから半年、池谷はすっかり大学の男子学生の間で、オナホールというあだ名を付けられるほどに、誰とでも寝た。
 だが全員がそういう対象に池谷を見ているわけではなかった。池谷の家の事情や黒田のことを知っているものは、池谷を避け、関わるのを辞めることで、池谷と寝ることはしなかった。
 このまま人生が終わるのか、大学生活が終わるのか、父親が死ぬのが先かという問題になっていた。

 池谷はそんな中で、部室で一人の学生と寝た。
 名前は知らないし、知りたくもないから誰だか分からないまま、すぐに挿入ができるように準備をして尻を差し出す。
 学生はすぐに挿入して腰を使い出した。
 黒田の言いつけは、挿入だけを認めるもので、池谷の体に触ったり、ペニスを弄ったり、まして優しく抱くのは禁句。さらには予約無しで池谷を犯したりすれば、黒田がその学生を大学にいられないようにしていた。
 まさにオナホール扱いしかできない。
 学生は挿入して、勝手に達するまで腰を振る。前立腺を刺激されれば嫌でも声が出る。「あっんっあっあっあっあぁっ」
 声はできるだけ出せと言われている。挿入している人間は声を殺されては盛り上がらないからだ。だから池谷は挿入で漏れる声を喘ぎ声だと錯覚させるように声を上げていた。
 こんなことはいつまでも続かない。
 やがて教授が知ることになる。そうなれば、池谷が大学を追い出されるだろう。そうなれば、黒田を振り切って父親と逃げようと思っていた。
 その準備を立てていた。父親は弁護士を入れ、逃げるための算段をとっている。
 だが、その池谷に問題が生じていた。
 気付いたのは、二ヶ月前くらいだろうか。部室で黒田とセックスに興じていると、誰かが窓の外から覗いていた。たまたま部室前を通った人間かと思ったが、それはセックスが終わるまでそこに立っていた。
 黒田は気付いてなかったが、池谷は気のせいだと思っていた。たまたま嬌声が聞こえたので思わずオナニーをしてしまったという人間がいなかったわけではない。
 だからその類いだと思っていた。
 それから部室でセックスをしていると必ずその人間がそこに現れるようになった。それも毎回講義中でもだ。
 さすがにどういうつもりなのかと、池谷はセックスが終わった後、その人間が立っていた場所を覗いてみた。そのところの壁には精液がぶっかけられていた。どうやらセックスを見ながらオナニーをして、射精までしていったらしいのだ。
 それから部室でセックスをした後に確認すると、毎回必ず射精をしていた。
 それが二ヶ月前からほぼ毎日続いている。
 さすがに黒田との接点がない池谷を抱きたい学生か何かだと思おうとしたが、それだけでは済まなかった。
「あっん……あっあっあっん……あんっ」
 喘いでいるところで窓を見てみると、その人間と目が合った。
 カーテンの間から覗いていて、池谷と目が合ってもそらす様子がなかった。「あぁああっんっあっあっあっぁあっ」
 明らかに相手が扱いているのが分かった。はぁはぁと息が上がっているのか、窓ガラスが曇っている。
「んふっあっんっあぁっあっあっ」
「うぉおおっ!」
 学生が呻いて、コンドームの中に射精をした。
「ああ、すごい、よかったよ」
 学生はそう言ってペニスを抜いてコンドームを捨てている。池谷は息を吐いて、下着やズボンをさっと穿いてしまう。
「なあ、黒田なんかと付き合ってないで、俺と付き合わない? 俺んちも黒田の家に負けないくらいに金持ちだけど?」
 そう学生が言い出して、池谷は苦笑する。
「心臓の悪い父親の面倒をあなたが見てくれるの?」
 池谷がそう言うと、相手はすっと目を逸らした。心臓が悪いという爆弾を抱えた父親の面倒なんて学生が見られるわけはないし、家が金持ちとは言っても学生が親から大金を引き出せるとは池谷は微塵も思っていなかった。
 黒田は特別だ。そうしたことをやれる。
 毎月出る数百万の医療費を、黒田は出してくれるのだ。
 その違いを突きつけると、学生はそそくさとお大事にと言って逃げるように部室を出て行った。
「……まあこんなもんか」
 大体、セックスをしているのに他人をオナホールとしか思っていないような人間に、黒田の変わりができるとは池谷も思ってはいない。
 黒田は酷い男だが、その酷い男よりも酷いのが、黒田から池谷を買っている学生達だ。
 黒田ほどの執着もこだわりもないくせに、簡単に淫乱な男が手に入ると思って口説いてくる。そういう人間に反吐が出る。
 それにしてもと池谷は窓を開けて外を見る。
 さっき覗いていた人間はやはり覗きでオナニーをしていたようで、壁には精液が垂れている。
「こいつもどうにかしないと……」
 知った顔かと思ったが、そうではなかった。どうやら年下で講義があまり被らない相手のようだ。まして、黒田の紹介でセックスをした一人かと疑っていたが、それもあり得ないことになった。
 とにかくしつこい男であるのは間違いはない。黒田とは違った意味での居心地の悪さに池谷は身震いをした。


 それから池谷が出歩くところに、その男が顔を見せるようになった。食堂にいけば食堂に、講義にでればその部屋に、道を歩いていると後ろにと、とにかく池谷をストーキングをするようになった。
 気持ち悪さがあるが、直接話しかけてくることは一切なく、接点を持つようなこともしない。周りにいた学生にあれは誰だと聞くと、神山という名前であることが分かった。 
 神山は大学入試を首席で入学した人間であるが、人嫌いが酷く友達はいないのだという。最近は講義もさぼり気味であるが、どうやらこの大学に来たかったわけではないのだという。
 いわゆる京大に落ちたので、仕方なくこの大学に入ったという形であるので、京大を受け直すのではないかと言われている。浪人をして京大を目指すのは、さすがにプライドが許さなかったのか、親の指示かは分からないらしい。
 なんたってそんな人間に目を付けられたのか、池谷は意味が分からない。池谷は外見は男でそれなりに背も百七十五はある。運動をしていたこともあり、少し筋肉も付いているので、その辺の可愛い少年というわけでもない。
 だから黒田が執着を持つ理由も分からなかったが、そんな神山が池谷に執着する理由も分からなかった。



2

 黒田が自宅に池谷を呼び、池谷は大学が終わった後、黒田のマンションに向かった。
 住んでいるところが別なのは、黒田の親にバレると困るという理由から、同棲はしていなかった。そのお陰で、池谷は頻繁に黒田の家を訪ねることになっていたが、呼び出した理由は分かっていた。
 神山のことだろうと。
 池谷が誰かに興味を持って話を聞いていたことを誰かが黒田に報告したのだろう。嫉妬深い黒田は池谷が他の男の話をすると、嫉妬をして男の方をどうにかしようとする。
 そして池谷にも躾だと称してセックスをする。
 それも縛り上げて、身動きができないようにしてだ。
 今日はそれが酷かった。
 部屋に入ると、明らかにクスリでラリっている黒田の仲間が四人ほど部屋にいた。その四人に池谷は回された。
 黒田は今回は見ているだけで参加はしていなかったが、その様子を録画して、今度同じことをすれば、父親にこれを見せると脅された。
 男達は池谷を全裸にすると、代わる代わるに池谷を犯した。
「んうっふっふっんふっんんん」
「はいはい、いい子だね。フェラ上手いし」
「あんま無理矢理はすんなよ。今日は池谷くんに気持ちよくなってもらうのが目的なんだからな」
「分かってるって」
「あはあんっあっんああぁっああっああっ!」
 男が腰を打ち付けてきて、池谷は喘いだ。
「乳首も気持ちいいって言って?」
 一人が乳首に吸い付き、舌で乳首を捏ね回し、もう一人が指で乳首を転がしながら、何度も池谷にキスをしてくる。
「んぁっちくび……いいっいいっああぁあんっいくっ乳首で……あぁあんっああっあっ」
 四人でよってたかってではあるが、どうみてもレイプには見えない。そういうプレイが好きな子が望んでやっているように見える。池谷は気持ちがよくて腰を振ったし、男達のペニスも進んで口に入れて扱いた。
「本当、毎日使ってるってのに、このアナル最高にいいんだけど!」
「んはぁあっ! あっあっあっんぁあっ! あああぁあああっ!」
 パンパンパンと男が腰を打ち付けてきて、池谷の体が仰け反る。
「おしり……気持ちいいぃ……ああっ! んぁあっ! おしりっお○んちんいいっお○んちん好きぃっあああぁあっ!」
 そう叫びながら池谷は達する。それでも男達は達してないのでアナルを犯し続ける。達しながら突かれ、池谷は首を横に振りながら、叫ぶ。
「いってるっ……あああっいってるッ……んぁああっいくいくいくっ!」
 ビシャッと池谷は潮を吹いてしまう。
「でた、潮吹き。池谷くんは、アナルで潮を吹いちゃうほど気持ちよくなるんだよね」
「ああぁぁぁ~~~~っ」
 透明な液体が尿のように出るのを、別の男が持っていたペッドボトルで受け取る。
「あぶね、また床が水浸しになるところだった」
「しかし、本当に潮って尿の匂いしないんだな」
「はははは、嗅ぐなってーの」
 男たちはそう言って、池谷を床に寝かせると、全員がその場を出て行く。
 池谷が潮を吹くまでが彼らに与えられた池谷を抱く時間だったが、さすがに何回か抱いているうちに、男達は池谷の潮を吹くタイミングも覚えてしまった。
 長く、二時間以上も四人がかりで抱き尽くされ、池谷はその場でぐったりとしてしまう。
 その時だった。
 ふっと見た窓の外に、神山がいるのが見えたのだ。
「……ひっ!」
 さすがに怖かった。
 こんな酷い目に遭っていることなんかよりも、池谷は神山の方が恐ろしくて、何を考えているのか理解もできなかった。
 更にここはマンションの六階だ。ベランダに侵入するなんて泥棒以外にいるだろうか?
 池谷が悲鳴を上げて、窓から逃げるのを男達がびっくりしながら遮った。
「池谷くん? どうした?」
「なんかパニックになってない?」
 さすがにいつもは淡々とやられてくれる相手が、パニックを起こしているのには、男達も心配になり、とにかく裸で外に出ないように押さえながら、黒田を見た。
 黒田はゆっくりとベッドから起き上がり、池谷が見ている窓を見た。そしてベランダへの窓を開けて外へ出る。
「……誰もいやしな……い……」
 そう言ったところで、黒田の顔つきが変わる。
 ベランダの壁を凝視した後、舌打ちをした。
「くそ、泥棒の変態が!」
 黒田がそう叫んだお陰で、全員が異常を察した。
「え、何? そこで誰か抜いたのか?」
「まじかよ……こええよ」
「じゃ、池谷くん、それを見ちゃったんだ?」
 池谷は震えたままで、一人の男に抱きついていた。
 怖い、神山が怖い。ここまで上がり込んで何をするわけでもなく、池谷が犯されているのをみてオナニーをするだけなのに、それが怖い。
 いっそのこと、手を出してくれた方がまだ怖くはない。神山をあの学生やこの男達と同じ、強姦魔として見下せる。その方が楽だった。
 だが神山はその線を絶対に越えないのだ。
「池谷、顔は見たか?」
 黒田がそう聞くが、それに池谷は首を横に振った。
 神山だと思うが、神山だとは言い切れない。ただ普段も覗いている相手だったから、そう見えただけかもしれない。 間違っていたら、取り返しがつかないことが頭をよぎって、神山の名前は口から出なかった。
「マズいな。お前らとりあえず帰れ。池谷も送っていけ」
 黒田はどうやら池谷を狙ったストーカーではなく、自分を脅すための誰かの仕業と思ったらしい。部屋を全員でさっさと片付け、池谷は一人の男に体を洗ってもらって着替えも手伝ってもらってから、家まで送ってもらった。
 時間は夜の十二時を回っていた。
「池谷くん、鍵締めて寝てね」
 男は心配そうにそう言った。この男は前から池谷に恋をしている一人であるが、池谷のことを助けられるほどの力がない男だ。だから抱くだけでいいと黒田に頼み込んで、強姦の仲間になった最低の男だ。
 優しくされても、何の感情も沸きはしない。
 池谷は頷いて鍵を閉めた。この男が入り込まないように、部屋中の鍵を確認した。ベッドで横になると、自然と体が眠った。


 翌日、目を開くと昼だった。
 あのまま帰ってきて寝たのだと思い出し、テレビを付ける。
 すると、ワイドショーがやっていた。それを見ようとすると電話が鳴る。相手は昨日の四人組の一人だ。
「はい」
『池谷くん、あのな。昨日、あれから黒田が殺されたって警察が言ってきた』
 いきなり男がそう言った。
「……え?」
『ニュースを見てる? 今ちょうど再度放送してるけど、それ見て。多分警察が行くと思うから、そのまま家にいて。アリバイなんか聞かれると思うけど、昨日真北(まきた)に送ってもらったよね? それをアリバイにするといい。ちょうど俺らが帰り着いたくらいの時間なんだ。黒田が殺されたのが』
 そう言って慌てて電話を切った。
 昨日、確か家に着いたのが十二時を少し回っていたと思う。その時、その真北という男が家の中まで送ってくれて、鍵をかけるところまで見ていた。
 それを思い出しながらテレビを見ていると、ニュースがやっている。
 黒田のマンションが映り、黒田の顔写真が出ていて、黒田が殺されたと言っている。殺されたのは十二時くらいで、近隣の住民が黒田がテレビの音を上げ過ぎて苦情が出て、管理人が鍵を開けて中に入ったところ、黒田が刺されて倒れていた。意識不明で救急車で運ばれ、朝になり死亡したというのだ。
 すると玄関のチャイムが鳴った。池谷が出ると警察がやってきて、昨日のアリバイを求められた。電話で言われた通りに話したところ、真北の証言と同じだと言われた。
「それで、君は窓の外の人間を見たと聞いたのだけど?」
「あれが犯人なんですか?」
「分かりませんが、その可能性は高いかと。侵入口が窓からなので。それとこの写真を見て何かなくなっているものとかありませんか?」
 そう言われ、池谷は写真を見る。
 部屋の写真は所々血まみれであったが、部屋の様子で気付いたことが一つだけあった。
 昨日池谷たちが片付けなかったものがある。池谷の痴態を撮ったビデオの中身がない。
「これは……中身は……」
 ビデオを指さして池谷が聞いた。
「中身は入ってませんでした。何を撮ったんですか?」
「……ホームビデオを撮ってたかと……」
 まさか乱交しているところを撮ったとはいえず、無難な回答をすると、刑事もそれには不思議そうな顔をしていた。
「まさかそのビデオに犯人が映っていたから回収したんじゃ……」
 刑事がまさかの答えを言う。
 それはあり得た。ビデオの位置は何度か変えた。そこで窓が映っていれば、神山の顔は視認できるはずだ。だから神山はビデオを盗んだことになる。
 だがそれだけではないことは池谷にも分かっていた。
 あの痴態を見たくて神山が盗んだということだ。この方があり得そうだ。
「またお話をお聞きします」
 刑事はとりあえずアリバイと証言を合わせる前に聴取をしたかっただけのようで、池谷の家から帰っていった。
 池谷はテレビを見ながら、電話が鳴ったのでテレビの音を下げてからテレビに出た。
「もしもし……お世話になってます…………え?」
 父親が入院している病院からの電話だった。
 父親が発作を起こして今朝死んだという連絡だった。


 黒田の事件後、池谷は父親の葬儀を行い、実家の片付けをしてそちらに移り住み、今住んでいるマンションを出た。
 大学は事情が事情なので休学をし、知り合いと一切接触を断った。
 父親は、母親の遺産を池谷に全額残していた。そして父親自身にかけていた保険金もすべて池谷の名義に書き換えてあった。
 黒田の世話になっている身であったが、父親が人質に取られていることは、父親にも分かっていただけに抵抗できないことを悔やんでいた。だから一銭も使わずに残しておいたらしい。
 黒田がいなくなり、父親もいなくなった。
 自分に降りかかっていた不幸が一気に消え、支えようと思っていた人も失った。
 何もかもやる気がしなかったが、逃げる準備をしていた時の弁護士があれこれ世話をしてくれて助けてくれた。
 刑事が何度か池谷のところに来たのだが、それは池谷が黒田と付き合っていたことや、学生といろいろ寝ていたことを根掘り葉掘り聞かれたが、どう説明しても刑事には納得できないだろうと思えた。
 しかし、池谷が黒田にどんな目に遭わされていたとしても、池谷が黒田を殺すわけにはいかない理由がちゃんとあり、さらには池谷にはアリバイがしっかりとあった。
 送ってくれた真北(まきた)は、タクシーを使ったので、タクシー運転手が二人が乗っていた。真北が自分が帰るまでタクシーを使ったお陰で、部外者のアリバイが手に入っていたことから、犯行当時にアリバイがある池谷を悪戯に刺激しても意味がないと、刑事は思ったのか一回だけ聞いたっきりで来なくなった。
 黒田の家族は、黒田が残していた録画の一部を見つけ、それを処分した上で池谷に黙っているようにと口止め金が送られてきた。
 これ以上警察に関係を喋るなという脅しも入っていた。
 池谷はそれで大学を辞め、一から地方の大学へ行く準備をした。
 あれから神山の姿は見ておらず、本当にあれは神山だったのかと疑い始めた時には、季節は春になっていた。

 大学を受け直し、四国の大学へと入り直した池谷は、誰も何も知らない世界で幸せに暮らせると思っていた。
 ここには池谷の痴態を知る人間は存在せず、普通の大学生として池谷は大学生活を楽しんでいた。
 けれど、その大学に神山の姿を見るようになった。
 悲鳴が出そうなほど驚いてしまったし、周りに不審がられたのだが。
「ああ、あいつ。次席で入学したヤツだろ? なんか京大に二年連続で落ちたらしくてさ。こんな地方にくるってことは、地元の大学じゃ恥ずかしいってことだろ?」
「そうそう、それに俺らのこと馬鹿にしているのか、口も聞こうとしないし、講義もさぼってるらしいしさ……やっぱ気持ち悪いよな、びっくりするって」
 そう言われて池谷は頷いた。
 神山は池谷を見ても顔色一つ変えずに通り過ぎた。
 あくまで、触れたりはしないストーカー。
 神山は何処までもきっと追ってくるつもりだ。
 逃げた先まで先回りで追ってこられるような人間から逃げるのは不可能だ。
 これからも神山が見ている前で、普通の振りをしなければならない。普通の生活を手に入れるために、あのストーカーの存在を認識しながら、それでも知らないふりをし続けなければならない一生なのだ。
 だからこそ思う。
 黒田を殺したのは、神山で、その理由もあの録画したモノが欲しかったというだけの理由のような気がするのだ。さらに父親を心臓麻痺で殺したのも、神山ではないだろうかということだ。
 安定していた父親がの容態が、発作で急に終わることなんて有り得ないと医者も言っていたくらいだからだ。
 神山はおそらく池谷を助けたと思っている気がする。
 このすべてが妄想の域を出ないのは、証拠がないからだ。
 だから、池谷はその妄想を心中に押し込めて暮らしていくしかない。
 あの神山がどこまでストーキングしてくるのか分からないが、もしかしたら一生続くのかも知れない。

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