023-神隠し

1

 その日は午前様になった。
 会社でトラブルが発生、その対応と謝罪に午後十一時までかかり、やっと対応を終えて帰宅となった。幸い、翌日と翌々日は祝日と日曜日のコンボで会社は休みとなっている。その前にトラブルを片付けられたのは会社にとってもラッキーであった。あのミスが翌日に分かっていたとしたら、休日出勤は免れなかっただろう。
 とはいえ、午前様だ。
 最終電車に乗ったのはよかったが、地元までの一時間、思わず寝てしまったのだ。
 終電で居眠りなんて、本当に地獄だ。
 実はこれが二度目のことで、最終駅で駅員に起こされて、中沢は顔を覆って呻いたものだった。
「大丈夫ですがお客さん」
「……大丈夫です……」
 ふらふらしながら電車を降り、駅を出てため息を吐く。
 ここは地元から二時間の山の中である。もちろんホテルはあるが、終電で乗り越した客が泊まるのを見越したホテルである。だが今日に限って満室だと言うのである。
「え……」
「申し訳ありません、修学旅行の学生が多く宿泊されていて……」
 どうやら、ホテルの七割がその旅行の宿泊で埋まってしまったのだという。
「この辺って、他にホテルはありますか?」
「ホテルはないのですが、旅館が一軒あります。地図をお渡ししますね」
 そう言われて渡された地図を頼りに駅から三十分も歩く羽目になった。
 旅館は、山の紅葉を見るために割と有名なところで、夏は夏で青々とした山を見ながら静養なんて人も結構いるらしい。ただ少し値段がする。タクシーで帰った方が安いのか、それとも旅館かというところである。
 しかし中沢は今日は疲れていた。
 とにかく眠たいのもあり、拾えないタクシーよりはと旅館を選んだ。
 そして山に向かって歩き出したはいいが、どういうわけか、街灯はぽつんとあるだけの道を歩く羽目になってしまっている。
「もしかして、道を間違えた?」
 どう考えても道の先に旅館らしき建物すら見えない。
 どこをどう間違えたのかさえ分からないが、今日の自分の判断が少しいつもと違うのは確かだ。とりあえず、道の端に座り、ため息を吐いていたところ、町の方から車がやってくる。
「よし、止めよう」
 さっと立ち上がって、走ってくる車に向かって合図をした。ちょうど街頭の近くだ。
 だが車は無情にも素通りしていく。
「くそっ」
 そう中沢が叫んだ時、その車が急ブレーキをかけて止まった。
 赤いランプが強く光り、その運転席から人が出てくる。
「どうかしたんですか?」
 そう声をかけられて中沢は叫んだ。
「すみません、○○旅館はどっちですか! 道に迷ってしまって!」
 そう叫ぶと。
「こっちじゃないですけど」
「どっちですか、教えてください! 地図は持ってるんですけど、現在地も分からなくて!」
 そう中沢が叫ぶと、運転手が中の誰かに話しかけている。暫く話していた運転手が顔を上げていった。
「よかったら、送りましょう」
 運転手がそう言って手招きをしている。
「た、助かります!」
 中沢は鞄を掴むと車に向かって走った。
 車はよく見ると小型のワゴンだ。後ろの席に誰かが乗っていて、その人と目が合うと中沢は挨拶をした。
 運転手は後ろのドアを開けて中沢に言った。
「一番後ろに相席してる人がいますけど、気にしないでこっちの前に乗ってください。前の席は、果物を乗せてシートベルトをしちゃってるんで、すみません」
 どうやら前の席に落ちては困る果物の箱を乗せている。それをシートベルトで固定して転がらないようにしてある。ふっと見るとそれが高級な箱に入ったメロンであることに気付いた。
 そりゃ落としたくはないよなと納得する理由だ。
 今時期のメロンなら、高級品なら一玉数万、それが大きな箱、五個入りくらいのものなら十万はいく。
「あ、いえ、じゃ失礼します」
 そう言って乗り込んだ後、車が進行方向へと向かっていく。
「すみませんね、この果物、先に届けないといけなくて、先にこっちの用事を済ませてから旅館までお送りしますよ」
 というのである。
「えっと、旅館までどのくらいの距離だったんでしょうか。あそこから?」
「そうですね。真逆の道になるから、もう四十分くらい歩くことになっていたと思いますよ。なーに、こっちの用事は十分で済みますから」
 中沢がその心配をしていることを理解していると運転手が言う。
「あ、ありがとうございます。助かります。俺、中沢といいます」
「私は、種田といいます。この辺りで、農家をやっとります。後ろのヤツは私の友人の若尾といいます。無愛想ですけど、ほっといていいです」
 種田と名乗った運転手は、がははっと笑って言うと、車を軽快に山道を走らせる。
 街灯はすでにカーブにしか存在せず、周りは真っ暗であるが、遠くの隙間から見える街がまだまだ不夜城として輝いているのが見える。
 それを見ながら、流れてきたラジオを聞くと無しに耳にいれていた。
 十分くらいと種田が言った通り、その時間になると、深い山の中で一軒だけ、ぽっと灯りの付いた屋敷があるのが見えた。
「あそこまでなので」
 種田がそう言うと車をそこへ向けて走らせていく。
 ウネウネした一車線の坂道を器用に上って、その屋敷の敷地内に辿り着く。
 大きな屋敷は、億万長者が建てそうな日本屋敷というような佇まいで、周りは塀で囲まれていて、時代劇でよく見る大きな門がある。街灯は少し多めに設置されているが、これはきっと自分の家で設置した街頭なのだろう。
 この舗装された道は、この家に来るために作られた道だったらしい。
「じゃあ、私、この荷物を届けてきますので、少し待っててください」
 そう言うと種田が助手席に置いていた果物を持って屋敷に向かっていった。勝手口を開けてさっと入っていくのを見送り、中沢は少し不安になった。
 とりあえず次は自分を送ってもらえるのだと思っていたので、ホッと息を吐くと、突然、後ろに座っていた若尾が後ろの席から移動して車を降りている。
 どういうことだと降りる若尾を見ると、目が合った。
 若尾は、山の大男といように、顔に無精ひげを生やしている。体が大きく、昔よく見た海外のレスラーのような体つきだ。よくボディービルにハマると筋肉ムキムキになるらしいが、まさにそういう体つきだ。
 しかももう秋になっていて寒い時間だというのに、半袖だから余計にそれが分かった。
ジーパンに半袖黒シャツ、無精ひげに大きな筋肉の男。
 これを見てびっくりしないサラリーマンはいないと思う。
 実際、中沢も驚いて見たから、若尾と目が合ったのだ。
「どちらへ?」
 思わずそう尋ねた。
 一応、乗り合わせた関係上、種田のこともあるので、種田の友人が何処へいくのか聞いておく必要があると思ったのだ。
 てっきり、この家の人間なのかと思っていたが、そのようではないっぽいのだ。実際、種田はそのことに言及しなかったし、若尾もそれまで車を降りようともしなかったからだ。
 すると、若尾は中沢の腕を急に掴んで引っ張り、中沢を車から降ろしたのだ。
「え? え? え?」
 何か悪いことでも聞いたのかと思ったが、車から降りると、また中沢と若尾は見つめ合う形になった。
「あの、何か失礼なことでも言いましたか、俺」
 そう中沢が尋ねる。
 余計なことを聞いて機嫌を損ねたのではないだろうか。もしかしたらこのままこの場所に置き去りにされるなんてことはないだろうか。色んな不安が頭を過ぎって、おろおろとしながら若尾を見上げた。
 そして気付いた。
 若尾はここまで一言も声を発していない。
 もしかしなくても喋れないのではないだろうかと。
「す、すみません……もしかして……」
 喋ることができないのかと言おうとした瞬間、若尾が身を屈め、中沢に近づくと、一気に中沢の見ている世界が反転する。
「うえええ?」
 若尾が中沢の体を肩で担ぎ上げ、背負ったのだ。完全に若尾に抱えられた中沢は混乱する。
 ただでさえ、少し小さいと言われた中沢は身長からしても百七十であるが、さっき隣に並んだ若尾は、完璧に二メートル近い身長で、あの体格だ。当然、中沢が敵わない体格なので、少々暴れても若尾は気にした様子はない。
「ちょっと、すみません! わ、若尾さん!? なんですかこれ!」
 一生懸命叫ぶのだが、それでも若尾は中沢を抱えたまま、屋敷の方へと歩いて行く。
「なんで? なんで人のうちに!?」
 若尾がそのままの体勢で勝手口に向かう。すると中から種田がひょこり出てきた。
「おや、若尾。帰るのか?」
「おう」
「で、その人どうすんだ?」
「もらう」
「そっか、じゃあ、俺は帰るな」
「ああ」
 二人はこんなやりとりをして簡単に別れを告げている。
「ちょ、ちょっと待ってください! てか、若尾さん、喋れるじゃないですか! なんで? 種田さん、助けてください!」
 中沢だけが訳が分からないというように暴れているのだが、種田は、ふうっとため息を吐いて言った。
「若尾が中沢さん、あんたに一目惚れしたってさ。で、この家、若尾の家だから、このまま泊めてもらったらいいよ。明日、迎えにくるし」
「ちょ、ちょっと、何でですか! 一目惚れってなんですか! りょ、旅館に行くので下ろしてください! 若尾さん!」
 そう叫んでいる間にも若尾は屋敷に向かって動いている。
「あ、危ないよ中沢さん」
 そう種田が言ったのと同時に、中沢の後頭部に硬い何かの衝撃が走り、中沢は痛みと同時にそのまま昏倒した。
 勝手口をくぐっている時に上半身を起こしたので、勝手口の上部に後頭部が激突したのだ。
「…………」
 さすがの種田も呆気にとられる。
 ぐったりとした中沢を若尾が大事に抱えるように抱き直して胸に抱き、そのまま勝手口を入っていく。
 種田はそういう様子を見送ってから呟いた。
「後は相手次第ってことか。苦労すんだろうな、あの人」
 だってここは人間の住む地ではない。
 手続きなく入れば、出てこられない場所だからだ。


2

 中沢が次に目覚めたのは、屋敷の中だった。
 会社のワンフロアーはありそうな、三十畳はある大きな部屋の中央に、一つのダブルベッドにぽつんと寝かされていた。
「あ、っー……」
 起き上がったと同時に中沢は、頭の鈍痛に顔を顰めて頭を抱えた。
 その頭を抱えたまま、ガバリと起き上がる。
「どこ、だっけ? えっと、確か」
 中沢は家の門の勝手口で若尾に担がれて暴れていて、そこで種田と話していたことを思い出す。
「なんだっけ、一目惚れがどうとか……というか、今何時?」
 慌てて時計を見ようとしたのだが、まず腕時計がない。毎日ちゃんとデジタルであるが、有名メーカーの時計をしていた。それがない。
 それからハッとして自分の体を触ると、服がまず背広ではなくなっている。
 肌触りがいいシルクのガウンのようなものを着ていた。
「覚えてない、覚えてない」
 こんなものに着替えた覚えはないので、着せられたのだろう。それからハッとして布団を剥ぎってからベッドから出る。するとガウンは足首まである少しフリルがついているガウンだった。
「つーかこれ、女性用じゃね?」
 そんな気がしてきて仕方ない。
 それから下着を履いてないことまで分かった。
「……くそっ」
 中沢はよくよく考えたら、ここに来るまでに身につけていたものすべてが自分の身から剥ぎ取られていることに気付いた。
「……鞄……って、たしか種田さんの車の中……」
 そう思い出す。あの時、車から持っては出なかったのだ。
「もうもうもうもう……何なんだよ」
 そう大きなお声でいいながら、中沢は広い部屋を歩いて入り口を探した。とにかく明るい屋敷なのだが、いかんせん窓がない。まるで地下のような作りに、外から見えた日本家屋の洋装はどこにもなかった。
「どうなってんだちくしょう」
 やっと入り口らしき両開きのドアを発見して、ノブを捻ると、ドアは簡単に開いた。
 中沢は両開きのドアの片方を開けて、そっと外を見る。
 誰もいないのを確認してから外へ出る。廊下は広く、学校の廊下の大きさくらいだ。片方は窓になっていたので、外を眺めて見たが、どういうわけか、霧でも出ているのか真っ白で何も見えない。
 時間的な感覚で朝なのではないかと予想を立てて、霧くらい出るだろうと思い直した。
 まさか異次元にいるなんて思いたくもなかったからだ。
 とりあえず二階にある部屋であることが分かったので、一階へ下りる階段を見つける。そこから更に人がいないのを確認して、外へ出ようと目論んだ。
 幸い、廊下があり、そこが窓になっていた。
 よしと思い、外へ出ようと窓を開けると庭に出られた。
 日本庭園のような佇まい、岩で綺麗に形づけられている池、その中央に小さな滝があり、水がざわざわ流れている。その中央に橋があり、滝がない方へと回り込めるようになっている。周りには植木もあり、赤い花の蕾がある。みたところツツジのようだが、秋にツツジ?と中沢か首を傾げた。
 とにかく、外へ出ようとして近くにサンダルがあることに気付いた。
 それをさっと履いて庭を歩いて壁を探す。だが歩けど歩けど壁に辿り着かない。とうとう周りは霧だけになり、歩いてきた方向さえ分からなくなった。
「マズイ……遭難する」
 山で霧の中を動くことは遭難を意味する。もし目の前に崖があっても気付かないかもしれない。それが怖くなり、来た道を戻った。だが、歩いてきた時間よりもものすごく早く建物に辿り着いた。
「あれ?」
 何かがおかしいと気付いたが、分からないふりをして家の周りを回った。屋敷の大きさは、普通の都心にある六階くらい建てのマンションくらいの敷地面積。だが上には二階しかないように見える。上も霧がかかっていて見えない。太陽は見ないけれど、明るく、家自体が光っているように見える。
「目の錯覚?」
 仕方ないので一旦屋敷に戻った。
 なんとなくではあるが、玄関から入ったら玄関からしか出られない屋敷なのではないかと、急に思い始めたからだ。
 なので中沢は玄関を探して歩き出すのだが、どこをどう行っても玄関に辿り着かない。
「…………もしかしなくても案内されないと出られない?」
 招かれた人から帰れと言われないと、出られないという昔話によくあるマヨイガ的なものなのかと中沢は思えてきた。
 あちこち歩き回ってみたが、どうにもならない。
 仕方がないので二階のあの部屋に戻る道を探すと、すんなりと見つかって部屋に戻れたのである。
 これはもう疑う余地はないように思えてきた。
 昔、絵本で見たマヨイガの進化バージョン。迷った家から出るには、家の主の願いを叶えてやること。
「普通にマヨイガなら、もう出られてるはずなんだよな……」
 中沢はそう呟く。そう例えば、普通のマヨイガならすでに服と靴を持ち出したという実績解除になっているはずなのだ。なのに出られなかった。
 だがこういう話のオチは、大抵家の主の願いを叶えてやることができずに、館の主人を殺して逃げる戦法の昔話が多い。
「どっちだ?」
 そう中沢が悩んでいると、部屋に若尾が入ってきた。
 物音一つしなかったのだが、気配で察した中沢は、大きな体を揺らしながら近づいてくる男、若尾の姿にやっと元凶が現れたとばかりに叫んだ。
「何が願いだ! ここから出るのに何を得ようとしてる!」
 そう中沢が言い出して、若尾は少し驚いた顔をしていた。まさか先に中沢から提案を持ちかけてくるとは思わなかったのだろう。
 若尾は中沢の近くまで来て、中沢の頬を撫でるように手を翳した。
 中沢は撫でられながらも表情を変えずに若尾を睨み付けている。
 すると若尾はふっと息を吐いてから、中沢をベッドへと連れて行く。
「え? え、何? また!?」
 中沢はまた若尾に意味も分からず連れて行かれることに怒りを感じて叫んだ。
「いったい何なんだよ! ちゃんと喋れ! 無言で何もかもしようとするな!」
 そう中沢が叫ぶと、若尾はそれを無視して中沢をベッドの中央に投げるようにしておいた。
「たく……っ!」
 話が通じないのか、言葉を理解してないのかと思うが、種田とは普通に話していたことを思い出す。
「何か俺に用があるのか!?」
 そう中沢が叫ぶと。
「ある」
 と若尾が初めて、中沢の言葉に反応した。
「ふぇ?」
 いきなり言葉が通じてびっくりしたが、若尾は中沢の上に乗っかり、先へと進めようとするのを中沢は止めて言った。
「待て」
 まるで犬にでも命令するように若尾に言う。すると若尾はそれで本当に待てをしているかのように手を止めた。
「何がしたい?」
 中沢は若尾に単刀直入に用件を聞いた。
「セックスがしたい」
 若尾は即答する。
「なぜ俺と?」
「お前がよさそうだった」
「男と?」
「さすがにどうかと思ったが、それでもいいからしたい」
 どうやら車に乗った時から気に入ってきていて、ずっと後ろから舐めるように見ていたのだというわけだ。セックスがしたいと思ったのが男で、さすがに迷ったのだが、それでもやっぱりしたかったので連れてきたというわけだ。
「俺の意思は?」
「俺の願いを叶えないと、ここから出られないから、ずっとここに住むことになる」
 若尾がそう言うのだ。
 やっぱり、おとぎ話のマヨイガ進化バージョンじゃないかと中沢は心の中で叫んだ。
「お前、いい匂い」
 クンクンと若尾が中沢の首筋に鼻を当てて匂いを嗅いでいる。
「香水じゃないのか?」
「それは邪魔だから洗って消した」
 どうやら香水かそうでない匂いの区別さえ付く鼻を持っているらしい。
 ということは、若尾は人間ではないということになるのか。
 中沢はそう思って聞いた。
「お前は何者なんだ?」
「俺は鬼。マヨイガに住む鬼」
 そう言って若尾は語った。
 若尾はマヨイガの庭にある木の股から生まれ、マヨイガ育ち。外には昔から出られるのでよく出ていたらしい。友人という種田は、マヨイガで知り合った人間なのだという。
「もしかして、種田さん、何かをもらうお礼に果物を持ってきてる?」
 そう聞くと。
「そうだ」
 若尾がそう言った。
「じゃあ、ここの存在は知られたくなかったんじゃないか?」
 種田的には、この屋敷の存在を他の人に知られて観光地化されては困るはずだ。だって願いを必ず叶えてくれる存在を誰が人に喋りたいと思うものか。誰にも話さず、自分だけのものにしたかったはずだ。
「だからお前を乗せたのは俺」
 若尾が困っていた中沢に見惚れて連れ込んだというのが、本来の流れらしい。
「お前は困っていた。俺も困っていた」
 願いを叶えてやるから、俺の願いも叶えてくれというわけだ。どうやら種田は、この屋敷を維持するために道を作り、土地を買い上げ、人が簡単に入り込めないようにしていたらしい。だから途中で中沢を無視したのは種田で、止めたのが若尾だというのである。
 つまり若尾がいなかったら、中沢はあのまま道に迷い、一晩山道で明かした挙げ句、その道を戻って街に行くしかなかったわけだ。だがそれも一晩、あの森で明かせればの話だ。
「あの森は熊も出る。イノシシもいる。危ない」
 若尾はそう言って中沢を抱きしめて言った。
 中沢はやっと若尾が自分の命の恩人だったのだと気付いた。
「お前はいい匂いがする」
 若尾はそう言い、体を密着してきたが、その若尾の股間が勃起していることに中沢は気付いた。
「……若尾さん……」
 思わず中沢は若尾の勃起している股間に手を当てていた。触れた瞬間、若尾が驚き、体を震わせたのが分かったが、中沢は手を止めずに股間を摩っていた。
「ふっ……ふっ……」
 気持ちがいいのか、若尾が甘い声を上げた。中沢はそれが何だか可愛くて、若尾のペニスをズボンから取り出し、直接手で扱いてやった。
「うッ……あっ……」
 扱かれて少し悶えた若尾だったが、キュッと顔を引き締めて、中沢のペニスをガウンの中から出して、同じように扱き始めた。
「あっ……んっ」
 大きな手が小さなペニスを包み込むようにして扱きあげてくるのだが、それがあまりに上手く、まるでオナホールでも使っているかのような感じだったため、中沢は身もだえた。
 そんな中沢に若尾がキスを迫ってくる。中沢はそれを断ることなんてできずに受け入れ、舌を絡めて吸い付いたりして対抗した。
 若尾も中沢がこうも受け入れてくれるとは、想像していなかったのか、すべてが後手に回ったかのように中沢に煽られる。
 キスをしながらお互いのペニスを握り合ってオナニーをし合う形になったが、それが射精するまで続いた。お互いが絶頂に達して精液を吐き出す。
「あっあぁああっ!」
「んっ―――!」
 ベタベタになった手を中沢は思わず舐めてしまう。
 興味があったのだ。鬼だと名乗る男の精液がこの世の人間の精液と同じなのかという、絶対に生きて試す機会がないであろう出来事に。
「あれ……美味しい……」
 まるでクリームを舐めているかのように、少し甘みがある味がした。それが意外過ぎて中沢は手に付いたものをすべて舐め取っていた。そういえばお腹も空いていたのだと思い出した。
 すっかりその味が気に入って、中沢は若尾のペニスまで顔を落として、潜り込むようにしてペニスを口に含んでいた。
 大きなペニスを舐めるのは抵抗がないわけではなかったが、中沢は割り切った。美味しいんだし、飲んでも問題はなさそうだし、何より中沢は実は男に抱かれることは得意だった。
 だからフェラチオはそれなりに得意だったから、その通りにしようとしたが、それよりも鬼の精液がこんなに美味しいとは思わなかったことが意外で、知り合って一日も経っていない相手、しかも鬼ということを忘れてしまっていた。
 それに鬼とは言うが、見た目は人間と同じ姿。ただ体の大きさがちょっと大きい人という印象しかない程度だ。だから問題はない。
 吹っ切れた中沢は、しっかりと若尾のペニスを舌で舐め取り、そして口で扱いた。鬼も同じように気持ちがよくなるのか分からないが、それでも同じ雄同士なら共通点はあるだろうと思ってのことだった。
 すると若尾はうめき声を上げて、腰を振り始める。そして同じように中沢のペニスを口に含んでいた。
「んんっん……あっんっ!」
 若尾のフェラチオも上手かった。二人でシックスナインになりながらペニスを吸い合い、お互いを高めていった。だが若尾はイク寸前で中沢の口からペニスを抜いたのだ。
「あっ……ん……ちょうだいこれ……」
 中沢が名残惜しそうに、若尾のペニスを欲しがる。それを見て若尾は喉を鳴らした。
 そんな中沢のアナルに若尾が何かを入れた。
 大きな指が何かを押し入れ、中沢の前立腺を触った。
「あっあっいやん……だめっあっあっん!」
 中沢の腰がガクガクと揺れる。どうやら指より先に入ったモノは、アナルの拡張を緩やかにやってくれるクスリだった。中沢のアナルに若尾のペニスとなれば、それなりに拡張が必要だ。最初からセックスをするのが目的だった若尾は、そうしたものを用意していた。
「あんっんあぁあっあっんぁあっんっ! あっ!ああぁ!あっ!」
 面白いように高められ、中沢は与えられる快楽を貪るように腰を揺らした。そんな中沢に若尾がまたキスをしてくる。
 どうやら昨今の鬼は、キスが好きらしい。そう中沢は思い、若尾のキスを受け入れた。
「んふっんんっ……あっんっ! ……うふっ! んっ!」
 アナルを広げられて大きな指が二本入り、三本目を入れようとしているのを受け入れながら、中沢は指を入れられて完全に感じていた。
 内壁を擦られ、喘ぐ中沢に若尾は興奮したようにキスをせがむ。それが可愛くて中沢はキスを受けた。
 誰がこういう風に仕上げたのかは知らないが、これはこれで可愛くていいと思ったのだ。


3

 そうして若尾はすっかり反り返った狂気のようなペニスを、中沢のアナルに挿入した。指三本を受け入れたアナルは、若尾の大きなペニスを受け入れられる。だが半分入ったところで、それ以上が入らない。
 それもそのはずで、指で緩められたのはそこまで、その先は若尾の指でも届いてなかったのだ。
「あっあぁああぁ……んああぁあっんっんっんん」
 じわじわと押し入ってくるペニスを感じながら、中沢はそれを受け入れるために大きく息を吐き、力をなんとか抜いていた。その声に興奮した若尾が、中沢の足を大きく開いて胸まで押しつけると、上から一気に中沢を貫いた。
「――――――っっ!」
 その衝撃で中沢は達した。
 いわゆるトコロテンというやつだ。
 誰も届いたことがないところまでペニスが届いていて、それが気持ちよくてガクガクと震えながら中沢は大きく息を吐いていた。
 若尾はペニスを突き入れから、中沢の体の震えが止まるまでは一応待ってはくれた。
 だが。
「お前の中、蕩けそうだ」
 そう言って一気にペニスを抜くと、また中沢のアナルに突っ込んでピストンを始めた。
「ああっ! あっあっ! あっんぁあ!んぁっふぁあっ!」
 あまりの激しさに腰が抜けそうになりながらも中沢はそれを受け止め、しっかりと内壁で若尾のペニスを味わった。
「お○んちん……気持ちっいいぃっあっあっんぁっ!」
 しっかりと若尾に抱きついて、足を絡め、その気持ちいいペニスを何度も強請った。
「いいっお○んちんっああっいいっいぃっあっあっあっ!」
 頭がおかしくなりそうなほど、快感を与えられ、中沢はそのまま達した。内壁が若尾のペニスを締め付けると、若尾も中沢の中で達した。
 その若尾の精液が内部に消えるかと思ったが、逆流してアナルから溢れて出てきた。
「……あっふ……んっ」
 若尾がペニスを抜いてしまうと、ゴボゴボっと溢れるように精液が吐き出されてくる。それを中沢は感じてビクビクと体を震わせたが、その精液がでてしまうと、若尾がまた中沢の足を抱えてから、ペニスをアナルに突き入れた。
「あああっっ! うっそ、もう……復活して……んぁああぁっ!」
 また勃起して、反り返ったペニスが、締まりかけたアナルをこじ開け、内壁を刷り上げてくる。
 すると若尾は中沢を抱きしめ、キスをせがみながら言った。
「お前、気持ちいい」
「うん、俺も気持ちいいよ。お前のお○んちん、好き」
 そういうと中沢からキスをした。
 それから、中沢の意識が切れるまで、二人はセックスをして過ごした。
 

 次に中沢が目覚めた時、がたがたと揺れた揺れに起こされた。
 目を開けると、明け方のように薄明るい感じで、ハッとした中沢は起き上がった。
 するとそこは車の中だと分かる。
「起きたんですか、中沢さん」
 そういう声がした方を見ると、運転しているのはあの種田だ。
「え?え?」
 さすがに驚いて声が出たのだが、種田が笑う。
「いきなりで驚いたようですが、朝になったので迎えにきましたよっと」
「朝って、いつの朝?」
 訳が分からなくてそう尋ねると、種田は分かっていたように笑った。
「いつってあなたが迷っていた日の翌日の朝ですよ。まあ、零時回ってたから、同じ日なので、土曜日ですよ」
「え? 結構あっちで過ごしたと思ったんだが……」
 たんまりセックスしていた上に眠ったので、どう考えても一日以上は過ぎていると思っていたのだ。
「そういうもんですよ。あっちとこっちは流れが違うんです。だからうっかり長居しても数時間程度だったり、数年だったりするので、長居はあんまりおすすめしないんですがね」
 種田はそういうことが分かっているので、なるべく素早く行動するようにしていると言った。
「そっか……」
 中沢は何だか残念だなと思った。
 あんなにセックスの相性がいい相手なんて、そうそういるものではないのだが、それが鬼だった上に、時間が違う世界に住んでいるなんて言われたら、軽くショックである。
「でもあなたは気に入ってもらえたらしいから、好きなときに尋ねるといい。私のライバルにはなりそうもないしね」
 種田はそう言ってクククッと笑った。
 どうやら富目的でないヤツならどうでもいいという感じである。
「……そっか」
 意外に会いに行っても怒られはしないらしい。経験者の種田が言うのだから、そうなのだろう。
 だから今度の休みにでも、またあそこに行ってみようと中沢は思った。

 駅まで種田に送ってもらい、別れ際には名刺ももらった。
「いつでも電話して、迎えにくるよ」
 種田はそう言って去って行ったが、その種田の名刺を見て、中沢は目を見開いた。
「種田さんって、あの種田さんだったんだ……」
 大きな会社の取締役社長で、中沢の会社で使っているパソコンソフトや携帯電話のOSなどを作っている会社だ。全世界で70%を占めるスマートフォンのOS規格元になったものを開発し、販売して急成長した会社の創始者。
 当然知ってて当たり前の有名人であるが、さすがに顔までは覚えてなかったし、あんな田舎でバンを運転しているなんて、想像だにしなかったが、あの高級メロンはそういうことなのだなと納得した。
 その日、始発で電車に乗って家に帰り、普段通りの生活を送っていた中沢だったが、やはり翌週も土曜日にあのマヨイガを尋ねていた。
 もちろん、マヨイガから持ち帰った扱いにされた、あのマヨイガに住む鬼の精液のお陰なのか、中沢は会社で大きな利益を上げ、報奨金を何度ももらい、昇進していったのは言うまでもない。
 それでも中沢の心は満たされることはなかった。
 そして週末のマヨイガ通いは、中沢が三十代中続けていたが、やがて中沢は会社を辞め、この世にあるすべてを処分してしまってからマヨイガに行ったままになり、現実世界で中沢はそのまま行方が分からなくなってしまい、失踪届が出された。
 その頃には事情を知る唯一の人である種田も老衰で死去しており、マヨイガへの道もそれと前後して完全に閉ざされた。作られた道は豪雨で消え、その先にあったはずの屋敷の場所も土の中に消えた。

 もはやあのマヨイガの存在を知るものは、物語の中だけとなったのだった。

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