020-言霊

1

 部活終わりのことだった。
 その日、水泳部は三年の引退があった。大会は七月中に終わり、県大会敗退によって、三年たちは受験に向けて忙しくなるのと、新人戦の準備が始まるため主体を二年に引き継ぐ。そうした最後の部活の日。特別に三年生はすることもなく、二年生はこれからのために忙しく練習をしていた。そして三年生からの話があり、部活の部長も新しく決まった。
 室内プールを持つ私立の高校では、夜間の練習もたまにある。
 その中で新人戦に向けて練習に残る生徒ももちろんいた。
 二年たちは三年たちと送別会としてファーストフードで盛り上がろうと出かけるようだったが、一人、新人戦で個人種目である平泳ぎの選手に選ばれた柴倉(しばくら)が、居残り練習をすることになっている日だった。
 先輩たちがわざとこの日を選んだことは知っている。
 武居は、それを知って少し動揺した。
 柴倉が三年から嫌われていることは知っている。それがとてもくだらないことであることもだ。
 柴倉は、一年の時からのレギュラーで、平泳ぎは県内一と言っていい。そんな彼のことを応援するわけでなく、三年たちは自分たちのレギュラー枠を奪われたと言って、柴倉を迫害しようとした。
 幸い、それは武居が発見して、教師が知るところとなり、危うく県大会出場すらなくなるところだったのを柴倉が自分も出られなくなると言って、なんとかいじめを教育機関に報告したくない学校側と上手く話を合わせたという経緯がある。
 だから柴倉は悪くはない。ただの被害者だ。
 けれどそれから三年は、柴倉を無視し始めた。もちろん下級生にもそれが伝わり、今では部自体が、柴倉に構うことを辞めたのだ。
 そのせいで、柴倉は通常の部活時間に練習ができなくなった。
 さすがにそれも教師の知るところになりそうだったのを、OBであり水泳選手になっている武居の兄が仲裁に入り、柴倉の平泳ぎは部活レベルではないと言って、個人指導を受けるように掛け合った。
 そのお陰で柴倉は居残りの時間に練習ができるようになった。
 けれど、その柴倉だけを特別扱いすると思い込んでいる同級生や下級生たちのつまらない嫉妬は、亀裂が大きくなるばかりで、柴倉は水泳部に所属しながら、水泳部ではないというような扱いになっている。
 武居も三年の先輩からは、兄に口をきいたというのが理由で、参加しないで欲しいと言われたばかりだった。
「お前には悪いけど、俺ら、やっぱり柴倉を認めたくない」
 そんな理由で、武居も巻き添えを食らった。
 だがふと思うのだが武居はそんな先輩に同調している同級生も下級生も、結局部活という枠で粋がっているだけなのだと思えて、それが部活動という活動自体、ばかばかしくなってきていた。
 それにだ、納得がいかないことがある。
 柴倉ほどの力がある人間なら、こんな学校ではなく、水泳の強豪校に推薦でいけたのではないかということだ。柴倉には聞いたことはないが、推薦は無理だったのだろうか。
 まあ、様々な事情でいけないことはあるだろう。たとえば、親が水泳を認めてくれないなど、事情はあるかもしれない。
 そんなことを考えて武居は部室を出ようとしたところ、柴倉と遭遇した。ドアを開けたところに柴倉がいたのだ。
 柴倉は濡れた体にタオルを肩からかけ、今練習をしているところだという格好だ。忘れ物でもしたのか、部室に入ろうとしたところだったらしい。
「あ……武居?」
「ああ。お前は練習か?」
 武居はそう聞いたのだが、柴倉は首を振った。
「うん、一通りは泳いできた。でも今日は武居のお兄さん、大会の前だからっていないから、気合いが入らないから帰る」
「ああ、そっか。大学の大会あったっけ……それでか、最近、連絡取れなかったのは」
 柴倉の方が兄の予定を知っている始末で、武居は苦笑する。そう笑いかけると、柴倉は少し照れたように顔を赤らめた。
「……あ、武居って送別会にいかないの?」
 そういえば今日は送別会だったと思い出した柴倉がそう言うのだが、武居は笑って言った。
「兄貴のことで反感を買ってんだ、俺」
「……え?」
 さすがにそれが想像すらしてなかったというように柴倉が驚いたように目を見開いた。そして武居に縋り付くように駆け寄ってくると言った。
「どういうこと? なんで武居まで?」
 柴倉は想像だにしてなかったらしく、武居が自分と同じように排除されているのが信じられないという顔だ。
「仕方ないさ。実際、兄貴に相談はしたんだ。柴倉のこと。兄貴はそう言ってなかったかもしれないけど」
 そう武居が言うと、柴倉は何か衝撃を受けたように体を震わせた。
「……じゃあ、あの武居さん……お兄さんが来るようになったのは、武居のせい?」
 柴倉はそう言った。
「……柴倉? もしかして、いやだったのか?」
 怒気が込められているような言い方と、武居のせいという言葉から、柴倉は武居の兄がくることを望んではいなかったと分かる。更に、今でも嫌で仕方ないという言い方だ。
 余計なことをしたのだろうか。だが、高校の一教師が柴倉の練習を見ていくのは難しいことだったのは事実だ。実際、柴倉は全国大会にはいけなかったが、県大会で二位の成績を持っている。実力が出たのは、武居の兄が指導を始めて出たのものはずだ。
「……確かに、俺が県大会でいい成績を取れたのは、武居の兄さんのお陰だけど……そのせいで俺がどんな目にあっているか、武居は知らないだろっ!」
 柴倉はそう叫んだ。
 あまりの真剣な柴倉の怒りに、武居はハッとして柴倉の腕を両手で掴んで言った。
「なんだ……? 柴倉、お前、兄貴に何されたんだ!?」
 必死にそれを聞き出そうとしたのだが、柴倉はフッと笑って言った。
「武居はお兄さんの何を知ってるっていうの?」
 そう言われて武居は眉を顰めた。
 兄の何を知っている? そんなこと口が裂けても言えなかった。
 兄が優秀な人間で、勉強の成績も運動の水泳も何もかもが親の期待に応えられる人間であるという事実。そして弟の武居にも時々、悩み相談がないかと聞いてくれ、親との間を取り持ってくれる優しい人だ。それが一般的な兄の評価だ。
 だけど、兄の本心が何処にあるのか。それは離れて暮らすようになってから分からなくなった。兄は時々、連絡が取れなくなることがある。本人は大学の友人と飲んだりしていうと言っていたが、明らかな嘘であることは親も知っている。だが兄が表面上は優秀な人間であることを崩そうとはしないため、誰もそれを指摘はしなかった。
 離れて暮らすようになってから、兄は着実に何かが壊れている気はしていた。
「あの人が……俺に何してるかなんて」
 柴倉はそう言うと、武居を壁に押しつけ、その場にいきなりしゃがみ込んだ。
 そして柴倉の手はいきなり武居のズボンのファスナーを開いて、武居のペニスをさっと出した。
「な、何してんだ! 柴倉!」
「お兄さんが、何してるのか、知りたいんだろ?」
 そう柴倉が言ってから、武居のペニスを扱き始める。
「やっ……めろっ柴倉っいてえっ!」
 必死に逃げようとするが、柴倉がペニスを握っているために、下手なことをすると握りつぶされる恐怖があった。だから強く抵抗ができない。そしてそれと同時に武居には、柴倉が兄にこういうことをされていたと知らしめるために、していることが理解できてしまったため、兄がこんなことを同級生にしているという事実で頭が混乱しているのもあった。
「ああ、ごめんね。こうすれば痛くないはず」
 柴倉はそう言うと、武居のペニスを口に含んでから口腔で扱き始めたのだ。
「うぁあっ! あっ!」
 武居はその感覚で腰が抜けそうなほどの快楽を得てしまった。
 武居はまだ誰とも付き合ったことがない。兄と比べられてきたせいで、女生徒たちは兄と比べては武居のことは見下していた。だから彼女はできたことはなかった。
 だからセックス経験もないし、フェラチオをされた経験もないわけだ。
 オナニーくらいしかしない武居だが、人の口というものの感覚は、想像を超えた快楽であることを始めて知ったわけだ。
 柴倉はしゃがみ込んだまま、武居のペニスを美味しそうに頬張っている。ペニスを扱きながら、亀頭だけを舐めたり、筋に沿って舐めあげたりと、明らかに柴倉が普段そうしていることが容易に分かってしまうほどだ。
 だがこれと兄が関係があると言われてやられているということは、柴倉が兄にこうされていたということなのだろうか。
 それが分からず、快楽でおかしくなりそうな感覚と戦いながらも武居は考えた。
 だがそれもたった三分ほどだ。
「やめっ……あっあっいくっ……いくっから……ああっぁ」
「出して、口の中に……武居の精液をちょうだい」
 柴倉はそう言うと、しっかりと口に含んで武居のペニスを扱きあげた。
「んあぁっ!」
「!」
 さすがに武居は耐えきれず、精液を柴倉の口の中に吐き出した。その吐き出た精液を柴倉は迷いもなく、飲んでしまった。
 喉がごくごくっと飲み干すように、それも武居に見えるように上を向いてから柴倉は飲み込んだ。
「……柴倉、お前……」
「……兄弟だと味も似てるんだな」
 柴倉を非難しようとしたのだが、それを遮るように柴倉が言う。


2

「お前……兄貴と何やって……」
「セックスだよ。始めて会った日に、何かクスリ飲まされて、頭が変になって体が熱くなってるところをお前のお兄さんに襲われた。お前の兄さん、美味しそうに俺の精液を飲んでいたよ。ペニスおっ起ててな」
 柴倉は口をぬぐった後、武居の前に立ち、武居の制服を脱がしていく。
 武居は兄と柴倉がセックスをしていたという内容に衝撃を受けて、身動きが取れなくなっていた。
「練習が終わるたびに、あいつ、セックスしてくるんだ。好きだのかわいいだの、嘘ばかり口にして」
「…………なんで……?」
 柴倉が怒りをぶつけるように、武居の制服を開けさせ、シャツを捲くって乳首を指で撫でる。プックリとした乳首を弄って起たせると指で摘まんでひっぱたりした。
「あいつ、高校生くらいの子を食いまくってんだって……やっと調べて証拠掴んで突きつけてやったから、もう二度と俺の前に姿を見せないよ」
 柴倉はそう言いながらも、武居の体を撫でるように触り、乳首に吸い付いて吸ったり、舌で転がしたりしている。
 手はズボンを脱がし下着をずらしてお尻をもんでいる。いつの間にか何処かに忍ばせていたローションを使い、武居のアナルに指を一本忍ばせていた。
 武居の兄にされたことを恨んでいるというのに、何故同じことをしようとしているのか、武居には理解できなかった。
 ヌチュヌチュと音がするほどにアナルをほぐされているのだが、武居は抵抗ができない。頭の中で兄が柴倉にしたことが信じられないのもあるが、それ以上に柴倉が嘘を吐く必要がなく、更に柴倉のことを兄に相談したことで、柴倉が言うようなことが起こっていたとしたら、その責任は武居にもあることになる。
 柴倉が怒っているのは、武居のせいでもあるわけだ。
 そう考えてしまい、柴倉に強く出られない。
「……柴倉…あっ…だったらなんで……こんなことっん」
 耐えながらも、息を吐き出しながら痛くないように柴倉の指を受け入れる。 武居は受け入れながらも、どうしてと問うと。
「知らないよ……今日、残ってた武居が悪いんだ……」
「なんで俺が……んぁっ」
 指が二本入り込み、さらに穴を広げた柴倉は、三本の指を広げた穴から指を抜いた。
「……そうだよ、元はといえば、お前が悪いんだよ。お前が兄貴なんかに俺のことを話すから!」
 柴倉はそう言って、武居を床に叩きつけて倒し、俯せにしてから武居の尻を掴んだ。そして水泳パンツをさっと脱ぎ、すでにそそり立っているペニスを武居のアナルに一気にぶち込んだ。
「あっ――――――っ!」
 いきなり異物でさらに大きなペニスだったため、アナルはギチギチに広がっている。柴倉の勃起したペニスはかなり大きな方だったから、武居はその苦痛で顔を歪めるのだが、それでも貫かれたとはいえ、しっかりと柴倉のペニスを銜え込んだ。
「……うぅ……柴倉……こんなことしたって……うぅ」
「うるさい!うるさい!うるさい!!」
 柴倉はそう叫ぶと、強く腰を動かし始めた。
 パンパンと音が鳴るほど柴倉に武居は強く打ち付けられる。ローションを使っているから、内壁が傷つくことはなく、スムーズに挿入が繰り返され、そのローションが滑って鳴る、いやらしい滑りの音が部屋中に響いた。
「……あぁっ、んぁあっあっあっあっんぁあっ」
「んふっ……気持ちいいよ、武居……ああ」
 腰を賢明に振りながら、柴倉は武居の体をなで回した。それは愛おしい何かを撫でるようで、武居はどうしていいのか分からなくなった。
 柴倉は確かに兄のことで弟の武居を傷つけようとしているのだが、愛おしそうな撫でられる背中や脇と、その手が酷く優しくて、何かが違う気がした。
「んぁあっあっあ゛っあ゛っんぁあっ!」
 突き上げられるたびに一緒に息が吐き出されて声が出る。それがだんだんとそうではなくなり、嬌声に変わっていく。こんな状況なのに、気持ちが良くなってくるのだ。
「あぁ……武居……武居……」
 夢中で腰を振り続ける柴倉が、一気に突き上げて武居の中で射精をした。奥まで入り込むように叩きつけられる感覚に、武居は言いようのない高揚感を得てしまった。
「んぁぁああぁぁぁっっ!」
 上半身を支える腕の力がなくなり、武居の腕の力が抜けて床に倒れると、腰だけを突き出した姿になった。それでも柴倉は構わないとばかりに武居の腰を抱き寄せる。
「あっあっ……うそ……なんで、でたのに……なんで、大きいまま……なんだ」
 さっき射精した柴倉のペニスは、瞬く間に完全な勃起状態になり、さっきよりも固く大きくなっている。射精したことでリセットされたような形で復活している。
 足されたローションが滑りを復活させ、ボタボタと落ちながらも、アナルからじゅぼじゅぼという淫猥な音を立てている。柴倉のペニスが幾度も内壁を擦りあげ、武居の嬌声を上げさせた。
「んぁあっはぁっあっあっあっんぁああんっんんっ!」
 快楽を貪る荒い息が漏れ、高まる気持ちを武居は抑えきれなかった。
「いいっ……んっいいぃっ……しぬっ……んぁあ゛っあ゛っぁああっ!」
 柴倉が武居の奥の奥まで突き上げると、武居は木森良さに喘いで達した。縮こまるように体を丸め、ペニスから射精する。それは今日二度目の射精で、バックで突かれて始めて達したことでもあった。
 奥まで突いたままで、柴倉は武居のペニスに手を添えて、立ち上がらせるためにしごき始める。
「ひぅあああぁぁぁぁああっ!」
 達したばかりのペニスを撫でれば当然、敏感になっているのだから触っただけでも、信じられないほどの快楽が襲いかかる。武居はそれだけで達したのか、体をまた痙攣させている。射精はしてなかったが、オーガズムに達したのかもしれない。
 そうした武居の痴態を眺めていた柴倉は、たまらなくて喉を鳴らして唾を飲んだ。
 最初は武居を困らせてやろうとは思った。だが、こんなに武居の体と相性がいいとは思わなかったのだ。
「……んぁあっ! あっ!あっ!あぁあっ!」
 武居のペニスを扱きながら、柴倉が腰を打ち付けると、武居が嬌声を上げ始めた。ビクンッと体が何度も痙攣しているのは、確実に絶頂しているからだ。オーガズムを迎えて、まだそれが収まらないうちにまた快楽を与えられているから、痙攣するしかないわけだ。
 何度も何度も達して、頭が鈍くなっているのか、武居は最初から抵抗はしなかったが、それでも完全に柴倉の手によって堕ちたと言っていい。
「お○んちん……ああぁ……あんっお○んちん……いやぁ……あぁ……っ!」
 絶頂を何回も感じて、頭がおかしくなるのを怖がった武居が、やっと抵抗をし始める。だが、その抵抗が柴倉を更に興奮させた。
 甘ったれた口調で、卑猥な言葉を発する武居がどうしようもなく淫猥だったのだ。
「おっきいの……いやぁあっ……お○んちん……おっきぃああぁあっ!」
 柴倉は夢中になって武居を突いた。
 グチャグチャと鳴る音と、武居の嬌声が響いているが、この時間は警備の見回りもなく、柴倉の練習が終わった後に、鍵を受け取った警備員が見回りをするだけだ。
 だから後二時間は誰も来ない。
「あんあんあんあっあんッ……んぁあっあっあっあっんっ……あんっ!」
 柴倉は武居を思い存分犯した。
 武居はすでに抵抗もなく、されるがままで犯された。

 最後はシャワールームで体を洗いながら、柴倉にバックで突かれて、武居は達すると同時に倒れ込んだ。
 ゼェゼェと息をしているところをシャワーを流されて体を洗われる。武居は溢れ出る精液をアナルから吐き出させられた。嫌がる素振りすらできないままの武居は、柴倉に連れられて部室に脱ぎ捨てられた制服を着せてもらう。
 散々やった柴倉は武居の抵抗のなさから、大体の察しはついたようだった。
「お前……被害者だったんだな……」
 そう柴倉が言うと、武居はコホッと咳を一つしてから、小さな声で言った。
「兄貴が家を出て行ったのは……俺に手を出していることを親に見つかりそうになったからなんだ」
「いつから……」
「何歳かは覚えてはいない。……兄貴はずっと俺の体を弄るのが好きだった。俺はなんとなく親には知られてはいけないと思ってた……親の期待を背負いすぎて、兄貴はおかしくなってたんだと思う。親はそういう兄貴を俺にベッタリさせることで、反抗を免れていたんだ、たぶん」
 何かおかしいと思っているはずの親すら、被害者ぶって弟に兄の精神をゆだねた。
 二人部屋で寝ている時は、兄が必ずやってきて武居の体中を弄っていた。
 それが異常だと知ったのは、武居が小学四年の時。学校行事のキャンプで友人たちと泊まった時にそういうことはしないものであることや、やるなら異性とやるべきことだと知った。
 だが兄はそういう武居の言葉を封じて、武居の体を好きなようにし、中学に上がる前にアナルを使ったセックスまでするようになった。
 こうなった時はすでに兄はおかしくなっていたのだろう。それが分かっていただけに、武居は何も言えず、されるがままで過ごした。兄が可哀想だと思ったからだ。
 武居の兄への親からのプレッシャーは大学受験でピークになる。武居の兄は毎日のように武居を犯してきた。
 だが大学に入ってから、兄の様子がおかしいことに親が気付いた。
 さすがに兄弟仲が異常に良すぎることに不信感を持った親たちに、兄は一人暮らしを薦められ、マンションを与えられた。
 それがいけなかった。
 兄は確かにそれから武居にはそういうことはしなくはなったが、他の誰かを弟の変わりにしていた。
 最初は人を買っていたのだろうが、あの背徳感が忘れられなかったのだろう。
 柴倉の話を弟から聞き、いじめられるほど弱い人間なら、抵抗はしないだろうと思われ狙われた。
 弟を性欲のはけ口にしては駄目だと言われたから、他の誰かを使っている。それだけでも親には安堵すべきことっだったのかもしれない。
 だが崩壊していく兄を、武居は放置しておくわけにはいかなくなった。
「ごめん、柴倉……練習の教師の件は、兄に言って大学の誰かに変わってもらうように言ってもらっておく。だから、こんなことは二度とないから。謝ってもどうにもなるものじゃないけど、ごめん」
 武居は、疲れた体を引きずって、置いてある荷物を持って部室を出ようとした。そんな武居に向かって柴倉は叫んだ。
「た、武居……俺……武居のこと……」
「……それ、聞かなかったことにする」
 柴倉の言葉を遮って、武居が言った。
 その言葉を聞いたら、今決めた決意が揺らぐ。
「……っ!」
 柴倉はそれで武居が今後どうするのかが分かってしまった。
 きっと家族のため、兄のために武居は自分の身を兄に差し出すのだ。そして両親は世間体のために弟を兄に差し出すことを了承するのだろう。そうした家族間の溝がとっくに出来上がっていて、誰もその道から外れようとはしない。
 だから柴倉が武居を好きだと言ったとしても、武居はそれを受け入れるわけにはいかなかった。
 犯罪者の兄を残して幸せになろうなんて、虫が良すぎるのだきっと。
 兄の暴挙の原因は、兄を拒まずに生きてきた武居の責任もきっとある。
 手を出された時に兄を見捨て、親に泣いて縋っていれば、柴倉の手を取ることだってできたかもしれないが、もしの話は夢ですら願ってはならない。
 武居が部屋を出て行くと、柴倉はその場に座り込み、膝を抱えて泣いた。
 自分だって被害者なのに、勝手に恨んで加害者になりかわった。相手も同じ犯人の被害者なのに――――――。

 一週間後、暫く学校を休んでいた武居は、転校していった。転校した場所は教えてはもらえなかったが、武居の兄も大学を辞めてしまったというから結構な騒ぎになっていた。
 どうやらあの後、両親に本当のことを話したのだろう。
 そして揉めた末に親が離婚したという。元々仮面夫婦だった二人は、一気に不満をぶつけ、子供を罵ったらしい。らしいというのは柴倉が後で武居の近所に住んでいる友人からの股聞きだからだ。
 結局親が離婚し、両方が子供を置いて出て行った。
 武居の兄が武居を引き取る形で、何処か遠くへ引っ越したという。
 その後の二人のことは、誰に聞いても分からないまま、柴倉も水泳を辞め、高校を卒業し、普通の大学生になった。
 ――――――あの時の苦い思いだけが未だに記憶に残っている。

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