015-君という光

1

 日向(ひなた)は酔っていた。
「くそぉ何なんだよ!」
 そう叫んでから一人で泣いていた。
 今日のことだ。恋人とデートでウキウキして出かけたところ、恋人から別れ話をされた。「お前のこと好きだけど、今度、結婚するんだ」
 そう日向の恋人は男で、男は大学時代の同級生みたいな存在だった。講義で隣同士になってから意気投合して、そしてカミングアウトをしても驚かないどころか、つきあってみたいと言われて付き合っていた。
 年数でいえば、五年だ。社会人になっても続いていた。一緒に住むか隣同士に住むかという話までしていた。それが和智の父親が倒れて、実家に戻ってしまった和智と連絡が取りづらくなってから三ヶ月後。久々に会おうと言われてこの様だ。
「和智のばか!」
 結婚なんて言われたら、引き下がるしかない。
 日向は親にカミングアウトをして、勘当された身であるが、和智は結局、カミングアウトはしていなかったらしい。それどころか、彼女すら作らない和智に親の方が察してしまい、見合いを持ってきたのだという。
「泣きながら見合いしてくれって言われた。どうしても親の期待を裏切れなかった」
 見合いした相手がいい人だったらしい。カミングアウトしてもそれでもいいと言って受け入れてくれて、慰めてくれたのだという。そして子供ができたらしい。
 さぞかし見合い相手は勝ち誇っているだろう。そう想像ができて余計に腹が立った。
 男同士に未来がないと突きつけられた。それも女の武器を使って。
「勝てるわけないじゃん……」
 和智が見合い相手とそういう関係になったのは分からなくもないが、不安定だった時期につけ込まれて、親の思い通りに生きていくなんて、きっと後悔するに決まっている。
 そうぶつぶつと叫んだりしていると、隣に知らない男が座っていることに気づいた。
 こっちの話はきっと筒抜けだ。
 やっと気づいたように日向が隣を見ると、隣に座っていた男は視線を合わせてニッと笑った。
「失恋したんだ? 相手の男ももったいないことしたね」
 男はそう言って笑っている。
「……もったいない?」
 どういう意味だと日向は聞き返していた。
 だってどう考えても自分は惨めに捨てられた方だ。それみたことかと笑われて、ゲイでない相手を選ぶからと散々仲間に笑われて、飲み屋から逃げ出してきたところだったのだ。
 誰に話しても「ああ、女の妊娠には勝てないからね」と仕方ないだろうと、バイの相手を選んだのが悪いとまで言われたくらいだ。
「だって、君、めったにみないくらい、いい顔しているし、体もなんか良さそうだし」
 どうやら見た目を褒めてくれたようだった。
 だが、そういう男こそ、ホストのような身なりをしていて、顔もたぶん店にいたらナンバーワンだろうと思えるほどの美形だった。真っ黒なスーツだったが、それがオーダーメイドだと分かったのは、日向が着ているものとは明らかに生地の素材が違っていると見た瞬間分かったからだ。
 体も大きく、運動選手、それも格闘技でもやっているような体つきだ。無骨な指が日向の肩を撫でている。
 明らかなナンパなのだが、日向は酔っていてそれに気づいてなかった。
「なにそれ、顔とか体が良さそうとか……それでも引き留められなきゃ意味ないじゃん」
 日向がそう言い返すと、男もそうくるかと苦笑した。
「確かに元彼には意味なかったから、褒めても駄目か」
 そう男が言って失敗したなあとつぶやいた。
「……実は俺も振られたところで、心境的には君と同じくらいなんだ」
 男がそう言うので、日向は、眉を顰める。
 こんないい男を振るなんて、どういう立場の人間だったら可能なのかと考えるほど、男はホステスにすり寄られるどころか、ホストも下手すれば引っかかるほどの美男子なのにと日向は思ってそのまま口にしていた。
「あんたみたいな人を振るなんて、おかしな話だ」
 その言葉に苦笑した男は、日向に向かって言った。
「じゃあ、俺が君を誘ったら、君は断らないの?」
 そう切り替えされて日向は、びくっと体を震わせた。
 男の体から、心地よい香水の匂いがしてきて、それが鼻孔を入ってくると妙な気分になってきたのに驚いたのだ。
「え……え?」
 今自分は口説かれているのだろうと、やっと気づいた。
 振られた話は嘘なのかもしれない。話を合わせて、ナンパした相手と一晩過ごしたいだけかもしれない。そう思えた。けれどわざわざ酔っ払いを引っかけるのは、この男の容貌からしてあり得ないことなのではないかと思うのだ。
 相手ならちゃんとしたところからいくらでも買えそうなほど、男が金に困っているようには見えないからだ。
 ホステスでも何でも適当に見繕えばいいわけで、道ばたで悪態吐いている酔っ払いを選ぶ必要はないはずだ。
「なんで、俺?」
 この状況から自分が選ばれるわけはないと思えたので素直にそう問い返すと、男は実にきっぱりと言った。
「商売の人間だと新鮮みにかけてきていて、君みたいに純粋そうなのに興味が湧いた」
 そう言うのだ。
「あー……でもなあ」
 少し迷った。危ない相手ではなさそうではあるが、バーなどでお互いが相手を見つけた状況とは違う環境にさすがに日向も迷った。
 振られたばかりであるから、今はフリーで、しかも誰も慰めてはくれず、誰かに縋ってしまいたい気分なのだ。誰でもいい、優しくしてくれるならと。
「実は、君たちが別れ話をしていた店の席の隣で俺も別れ話をされたところだったんだ。俺の方が早く終わって、君たちの方が後から別れ話が始まってね。状況的に君は俺と同じだったから」
 そう言う。
 男の彼女は他の男の子供ができたと言ってきて、別れることになったのだという。
「今は誰かに触れていたい。同じ気持ちの相手と慰め合いたい。そんな気分に商売女や男は、ちょっと向いてないだろ?」
 男がそう言って、日向を選んだ理由を説明した。
 日向の肩に乗せている手をじわじわと背中を伝って腰まで降りてきた。男が体を寄せてきて日向の体が完全に男に密着してしまう。
「……」
 男の手が尻の割れ目を何度も撫でてきて、誘ってくる。
 正直どうかと思うと日向は思ったが、男の好きにさせた。
 人通りもまばらであるが、男は気にした様子もなく、抱き寄せた日向の首筋にキスを振らせてきた。
「っっ!」
 人に触れられるのは四ヶ月ぶりだ。元彼である和智の父親が倒れてからずっと和智は日向の体に触れることはなかった。
 それもそのはずで、父親が倒れている時に男と乳繰り合っていたなんて罪悪感しか沸かなかっただろう。そう思うと触れないままで終わったことは、なるようにしてなったというべきだった。
「……ひっく」
 急に涙が出た。日向はそんな自分に驚きはしなかった。
 別れを切り出された時は絶望した。その後、怒りがわいてきた。そしてそうなるようになっていたと悟ったのが今で、それが分かって悲しかった。
「ああ、可哀想に……」
 男はそう言って日向を抱えるように抱き上げると、裏路地の方へと歩いていく。さすがに大勢の前で泣くのは恥ずかしかったので、そのまま付き合った。
 男は路地に入ると、人から見えない位置に日向を押しつけると、まず涙を舐め取っていく。そして顔中にキスをした。
「ん……」
 それが早急ではあったが優しかったので、日向はなすがままになってしまった。唇を開かれてキスをされた時でさえも抵抗はできなかった。
 男の優しさと香水の匂いが心地よくて、ここが外であることもどうでもよくなってしまっていたのだ。
 男はキスを何度も繰り返しながら、上着を開けワイシャツのボタンを外してシャツもたくし上げた。現れた乳首を指で何度も摘まんで、そして指で弾く。
「んふっ……っ!」
 キスをしたまま、乳首を弄られたことはなかったので、その気持ちよさに頭の中が真っ白になっていく。こんな感覚は和智としていた時にも味わったことはなかった。
 初めての相手のはずなのに、相手の手管に体が反応していく。
 乳首を両手でもみ、爪を使ってひっかくように擦られる。その衝撃に悲鳴が出そうだったが、男はキスをやめてくれない。
 完全に快楽に支配されたことは、ズボンの中で勃起したペニスでよく分かる。はち切れんばかりに膨らんだそれに、男はまだ指すら触れていない。それなのに日向は勃起し、先走りさえ垂らしていた。
 キスを気持ちよく、男の舌が入り込んできてもそれを受け入れた。流れ出る男との涎が口からあふれてもキスはやめなかった。
 乳首を強く捕まれて引っ張られて、痛みを感じながらも日向はそのまま射精をしてしまった。
「んふふうぅぅぅぅぅぅぅん!!」
 キスをしたまま達してしまうと、男は満足したようにやっと唇を離してくれた。
「はぁあぁっ……んぁあ……んん」
 倒れそうになる日向の体を男がしゃがみ込んで支える。だがそれが支えるためにしゃがみ込んだのではなく、男が日向のズボンを脱がすために行っていることだと気づいた時には、日向は下半身を露出した状態にされていた。
「……んぁ……んん゛ん゛っ!」
 こんなところでするのかと声に出して言おうとして下を向いたら、男が日向のペニスを掴んでいきなり口に銜え込んだ。
 射精して萎えたはずのペニスを男は口腔に含んで舌を使ってなめ回してきた。
 悲鳴が出そうだった声を手で押さえて、気持ちがいい声が周りに響かないように声を抑えるのに日向は必死になった。
「ん゛ん゛んっん゛ん゛っ!!」
 達したばかりのペニスを咥えられて日向の体が跳ねそうなのを力尽くで押さえつけられて、日向は前のめりになりながらも男に完全に抱えられたような状態で男にペニスを舐められていた。膝がガクガクと震え、立っていられないのを無理矢理男が足を押さえつけているせいで立っている。
 日向の口からは嬌声しか出ず、更に路地にいるという、いつ誰に見られるかというスリルも相まって、気持ちがいつも以上に高められてしまっていた。
 露出の気はなかったのだが、今、見知らぬ男によって開発されていると言ってもいい。
 男はペニスを舐めながらも、器用に持っていたジェルを手につけてアナルに指を侵入させてきた。本当なら怖さで縮こまってしまうところだが、男のフェラチオが気持ちよすぎてすっかり体が油断していた。
 ジェルが馴染むように指が何度も出入りすると、口腔で涎による音と、ジェルが慣らすヌチャヌチャとした音が周りに響き始めて、それが日向の耳をも犯す。
 今日はデートだった。だから前準備を日向はしてきていた。腸内を綺麗にして、すぐ繋がれるようにと拡張もした。だからなのか男の指を簡単に受け入れ、指が二本三本と入っていく。
「ゆびっんぁ……きもち……いい……んぁ……いくっいくっん゛っ!」
 ペニスを舐められながらアナルを弄られてイクという、和智とはしたこともないことをされて、日向は男の口腔に精を吐き出して達した。
「ん゛ん゛っっっ!!」
 男はそれを口腔で受け止めると、ゴクリと飲み込んでしまう。
 それすらも和智とは違っていた。
 男は日向を完全に抱えると壁に押しつけて、ゆっくりとアナルの中に男のペニスを侵入させた。日向が快感に浸っている間に、次の行動をする男の手際の良さに一瞬日向は戸惑ったが、その戸惑いはすぐに消えた。
「あ……ん……おおきい……んんっ」
 大きな男のペニスが和智と違う形であることを容易に知らせてきて、更に日向のアナルに馴染むように広がっていく感覚に馴染む方が優先になってしまった。
「ああ、すばらしい。やっぱり君との相性はよかった」
 男が甘い息を吐きながら、満足したように呟く。それが嬉しくてたまらないというような言い方だったので日向は少しだけ照れた。
 初めての相手にその場の成り行きで抱かれているのだが、それでもやっぱり合わないと捨てられるのは怖い。なまじ捨てられたばかりだから、こう言ってもらえると安心してくる。
 男はゆっくりと馴染むのを待たずに、日向の体を揺すり始めた。
 それは待ちきれないというような早急さがあり、日向は自分が求められていることが嬉しくて男にしっかりと抱きついた。
 抱きかかえたままで貫かれ、馴染む頃にやっと地面に下ろしてもらい、壁に手を突いて後ろから男のペニスを受け入れた。
 パチュパチュと音がして裏路地に響いているが、少し離れたところからは車の機動音や電車の音、人の大きな話し声が聞こえてきて、音はかき消されていく。
 どうやらこの路地は誰も通らないらしく、上手く隠れるようにできている窪みだった。それを男は知っていて日向を誘ったのだろう。
 男は慣れたように日向を飽きるまで突いてきた。
「きもちっいい……んぁあっあっんぁっ」
 男は最初こそコンドームをつけていたが、そのうちつけるのが面倒になったのか、つけることなく中出しを続けた。溢れた精子が路地に落ちていくのを眺めながら、日向はひたすら快楽に酔った。
「んぁっあっ……んぁん゛ん゛っ」
 最後には完全に気を失うような形で突き上げられ、日向は射精したと同時に一瞬で気を失った。
 夢に落ちる時は信じられないほど満足した快楽で、手放したくないと思うほど、満ち足りていることに日向は満足していたことだけは鮮明に残っていた。

2

 次に日向が目を覚ました時、日向はベルで起こされた。
 けたたましいベルが鳴っていて、何だと起き上がると、そこはホテルだった。何が起こったのか分からないが、とにかくベルが鳴る電話の受話器を取った。
『お客様、現在8時でございます。本日のチェックアウトが9時となりますのでお時間をお間違えになりませんようにお願いいたします』
 そう言われてちゃんとしたホテルだと気づいた。
「あの……ここの代金……」
 日向は周りを見渡しながら恐る恐る電話をしていたホテルの人間に尋ねた。どうみてもビジネスホテルではなく、帝国ホテルのような作りの古いホテルだったからだ。
 確実に財布に入っていた金額では到底足りるわけがない。というより、その財布も無事かどうかもわからない。
『柳原様からお代金等いただいております。なお、冷蔵庫等のお飲み物などの代金もいただいておりますのでご自由にお使いくださいとの伝言を承っておりました』
 そう言われて電話は切れた。
 日向は慌てて起き上がり、部屋の中を見渡すと、昨日着ていた服がクリーニングされて綺麗になって吊されてるのを見つけた。自分はバスローブ一枚で寝ていたことにやっと気づいた。
 裏路地でセックスをアホみたいにした記憶しかない日向は、とにかく落ち着くために冷蔵庫から水を取り出して一気に飲んでから呻いた。
「……くそ、どこの誰ともしれないヤツと路地でやった挙げ句に、気を失って、ここ何処とか……人に言ったら死んでなくてよかったねって言われる……」
 そこまで言ってからハッとして振り返った。
 テーブルの上には日向が持っていたバッグが置いてある。
 飛びつくようにバッグのところまで走っていき、急いで中を確認した。財布、そして中身、カード類、携帯、書類。すべて確認したがなくなっているものはなかった。
「……何なんだ?」
 路地でセックスするような相手が、実際は金持ちでこんなホテルを取ってくれて、親切に介抱してくれた上に、身の回りのモノも持って行かないのは何なのか。本当に理解できなかったが、すぐに日向は察する。
(……そういうことか)
 いわゆる金持ちの男が成り行きで拾った男と、路地でセックスするスリルを味わっただけなのではないかということだ。露出狂の性癖があり、ああしないといけない男だったのかもしれない。
 変態の行動に付き合ってくれる人は少ない。何より犯罪に当たる行為だ。金持ちの男も素性を探られたくないだろう。
 たまたま利害が一致しただけのことだ。
 男は路上でセックスする相手を探していた。日向は慰めてくれる人が欲しかった。それだけのことだ。
「そうだそういうことだ。よし帰ろう」
 日向はそう思うことにして、昨日のことは忘れようと思った。
 そもそも行きずりの男と路地でやるなんて、正気だったら絶対にやっていない行為だ。だからあのときは酔っていて寂しかっただけだ。
 慰めてもらったのだと思うことにした。
 実際、男の行動には驚かされたし、今も驚いている。
 正直な感想、泣きながら一人で寝るなんてことにならなかったことが救いだった。
 失恋のショックはこの愚かな行為で奇跡的に助かっていることで上書きされた。
 日向は急いで服を着替え、荷物を持ってホテルを出た。ロビーでもカードキーを返しただけで本当に代金は要求はされなかった。
「またお越しくださいませ」
 と親切丁寧に送り出された。
 ホテルを出ると、あの路地と割と近い場所にある有名な高級ホテルであることが分かった。入ったこともないし、入ることもできないような場所だったため、一気に気持ちは冷めた。
 名前は柳原だったか。そう従業員が言っていた。
 だがそれも忘れよう。
 男もそこまで気にしていないはずだ。終わったことだ。
 日向はそう思うと、地下鉄の駅に降りていった。


「分かりました、もう日向には関わりません」
 完全に諦めた声が柳原に向かってやっと言葉になったように言った。
 言ったのは和智。日向の元彼だ。
 別れた後、何を思ったのか。翌朝、日向のマンションの入り口で日向が出てくるのを待っていたのを柳原が見つけて声をかけた。
 日向の知り合いと名乗り、和智から話を聞いた。
 すると和智は昨日は別れを切り出したが、一晩経ってやっぱり別れたくないと思い、日向に謝りに来たというのだ。
 だが柳原はそこで和智を説得した。
「子供はどうする? まさか子供に母親よりも男を取ったと知られてもいいと? 日向はあんたのことを信じて待っていたけど、子供ができたなら仕方ないって泣いて身を引いてくれたのにそれを無にするって?」
 そう言われて和智はやっと自分の子供ができるという事実を思い出したようだった。
 そこで柳原は気づいた。この和智はその場の空気で流されるタイプなのだ。押してくる相手を断れず、そのまま相手に合わせてしまう。良くも悪くもよい人なのだ。
 日向にカミングアウトされてそのまま付き合ったように、見合いで親同士から押しつけられた相手の女性も可哀想だと思ったのだ。
 だからきっとまた地元に戻れば、子供が生まれると言われて結局日向を振る。そしてまた日向が可哀想になって、別れないと言い出す。
「悪いけど、日向のことは諦めてくれ。日向に父親を奪った男だって子供に言わせないでくれ。可哀想だろう、日向が」
 あくまで子供が可哀想なのではなく、日向が可哀想だと押し切る。
 こういう男は相手を思いやった自分に美徳を感じる。日向が将来に苦しいことになると言うと、真に受けてくれる。まあ、実際間違いではないからだ。
「そもそも日向と別れることになったのは、あなたが浮気をして日向に不誠実にした結果だ。別れを切り出したのは褒めてやるけど、やり直したいとか身勝手すぎる。日向はいつでも誠実にしていたのに、あなたは裏切った側だ。それをやり直したいなんて虫がよすぎる」
 柳原がそう言い切ると、和智はさすがに反論はできなかった。
 柳原は何も間違ったことは言ってなかったし、日向が何も悪くもなく、和智が悪いのである。その点柳原は別れることにしたのは誠実だとして認めた。それも間違いではない。
「確かにそうでした。私が、許されないことをした結果でした。申し訳ない。私はいつまでも日向に甘えて、その甘えをいつまでも受け入れてもらえると勘違いしていた」
 和智はそう言い、やはり別れることは悲しいけれど、それが自分がした行動の結果であることは受け入れていた。日向に別れを告げた時よりもすっきりしたように柳原に向かって礼を言い、そのまま故郷に帰ると言って喫茶店を出て行った。
 それを見送った柳原は、メールで日向がホテルを出たことを知る。
 絶妙のタイミングですれ違ってくれた。
「やっと綺麗に別れてくれたのに、やっぱりやめますって戻ってこられても困るんだよ」
 柳原がそう言うと、コーヒーを持ってきた喫茶店の店長がため息を漏らした。
「柳原さんも怖いね。三年間通い続けて、やっとって」
 そう言う。
 柳原とよばれた男はそれには苦笑するだけだった。

 三年前、この喫茶店に通ってきていた日向を目にした時からずっと思いを寄せていた。暇なときはストーキングして、様々な手を使って情報を仕入れた。
 大学を出れば別れるかと思っていたが、そうではなかったので仕方なく和智の親に息子がゲイだという情報を流した。大抵の家庭はこれを不快な手紙として読み捨てにしてしまうが、和智の親には心当たりがあったのだろう。
 それからの和智の親の行動は早かった。
 父親を偽装病人にして見合いをセッティング。息子が親に弱く断れないことを知っていたから強引に呼び戻し、更に見合いをさせ、見合い相手には既成事実までさせた。
 その見合い相手にも和智が男と付き合っていると流し、競争心を煽った。見合い相手は元々は和智の同級生でずっと和智を好きだった思いを持っていたのを利用させてもらった。
 柳原の思惑通りに皆が動き、日向は一人になった。
 可哀想だったが仕方ない。日向の相手に和智は相応しくなかった。日向がいるのに他の女に押し切られたとはいえ、平気で寝て中出しするような人間だ。今回のことがなくても、いずれ同じことが起こって、日向は捨てられるからだ。
 日向の知り合いとは柳原自身が知り合いになり、日向とは顔を合わせないようにしながらも二人が別れるまで待つという健気な男を演じた。
 日向に皆が冷たかったのは、日向がゲイ仲間には優しかったのに対し、和智の仲間と思われたくないという態度が嫌われていたためだ。別れてよかったと思った人が多かったし、柳原との間を取り持とうとしていたのもある。
 上手く立ち回った柳原であるが、昨日の泣いていた日向を見たら、もっとやり方があったのではないかと思わなくもなかった。
 けれど、それも日向の姿を見るまでのことだった。
 それから一時間ほどして日向が戻ってきた。
 昨日の泣いていた姿とは違い、何かすっきりしたように晴れやかに微笑んでいる日向の姿を見たら、やったことは間違ってなかったと思えた。
 これからのことを考えて柳原はニヤリとする。
 どうやって再会して、どうやって日向と恋人になろうかという計画だ。
 用意周到に周りを固めているから、恋人同士になるのは確実だけれど、恋愛気分というのも味わってみたいと思い出したためだった。

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