Dawn of darkness

8

事件は結局、棚橋家との和解により深月は被害届けを下げた。
 もちろん現行犯ではあるが、和解が成立したことで起訴は見送られた。
深月がそれを受け入れたのは河北の助言だった。
「これ以上、そういう噂は付けない方がいい。幸い事件は外には漏れていない。引っ越せばなかったことになる。君はもう二十歳過ぎているし、自分のことは自分で決められるが……就活にも響くと思う」
 これから就職活動が始まる深月にとって、裕嗣との事件はなかったことにした方が都合がよかった。
 裕嗣は反省はしていないが、深月には二度と近づかないと言って父親によって海外の支社に送られて二度と日本には戻ってこられないらしい。
 それを聞いて深月は納得するしかなかった。
 和解をして慰謝料五百万を受け取り、向こうが出してくれた引っ越し代金とマンション代を払って貰った。
「ほんとに気をつけてね? 残念だけど……引っ越した方がいいよね」
 そう言うマンションの大家である広浦がそう言って残念そうにしてくれた。
「それで何処へ引っ越しするの?」
 聞かれて深月は言った。
「暫くはホテル暮らしです。その方が安全なので」
「そっか、じゃあ」
 そう言って残念そうに去って行く大家の後ろ姿を見た深月はハッとした。
 その目に映ったのは大家の首筋にある黒子。そしてそれを掻くように手が上がったのだった。
深月は引っ越しは正解だと思った。


 新しいマンションは結局、大学を卒業するまでは決められず、ホテル暮らしをする羽目になった。七ヶ月ほどホテルで暮らした。
幸い、河北弁護士は深月のホテル暮らしは仕方ないと思ってくれてお金は出してくれた。
 そのホテルのレストランで食事をしていると、そこで見知った顔と出会った。
「……あ、深月さん……お久しぶりです」
 そう声を掛けてきたのは葉月の高校時代の友人である本堂祥弘だった。
 葉月の葬式後の事件以来なのでもう三年以上ぶりだった。
「深月さん、俺を覚えてますか?」
 その声に深月はハッとする。
 深月はこの息遣いを知っていた。
 けれど驚くと同時にやっと納得ができた。
 どうして自分がこんな目に遭っているのかという長い疑問が解けたのだ。
「ああ、君か……どうも。なぜここに?」
 こんなところにわざわざ姿を見せた理由を本堂が言った。
「父の店なんです、このレストラン。経営をやっていて」
「そうなんだ、ここの料理はとても美味しいし、ここからの眺めもいいからとてもいい店だね」
 深月がそう褒めると本堂は嬉しそうに微笑んだ。
「そう言って頂けると嬉しいです。父も喜びます」
 これで話が終わるかと思ったが、深月は本堂に言った。
「……一人?」
「あ、はい。今日は一人です」
 本堂がそう答えたので深月はさらに続けていった。
「じゃ、一緒にどう? 僕は注文したばかりだから」
「ぜひ!」
 深月の誘いを本堂は断らなかった。
 そのまま支配人を呼んで席を移動し、深月の席で本堂は食事をした。
 楽しく食事はできた。デザートまで出てくるのを待って、深月は一言言った。
「あのさ、この後暇ある?」
 深月の誘いに本堂はキョトンと一瞬したけれど、深月が熱っぽい視線を向けた途端、察したようだった。
「あの……本当に? 俺で?」
 本堂が動揺したように言ってきた。
「君に抵抗がないなら、君が思っている通りのことをしてもいいよ。今まで君は触れてこなかったから」
 その言葉に本堂は息を呑んだ。
 じっと見つめる深月の視線に本堂は深月がただ誘っているのではないと気付いたようだった。
そしてニコリと本堂は微笑んだ。
「どこから気付いてました?」
 本堂は悪びれた様子もないように深月に尋ねた。
「今だよ。君が僕の名前を呼んだ瞬間だよ。息遣いって言おうかな。イヤホンから聞こえていた声のイントネーションと同じだった。葉月の時からずっと君の仕業だったんだね」
 深月はそう言うと、さっきまで同じ年なのに後輩のような態度だった本堂は堂々とした男の顔になって座っている。とてもさっきまでの様子とは違う雰囲気に、深月は違和感の正体はこれだったのかと思った。
 あの葉月が本堂という弱そうな男のところに逃げた理由が深月には分からなかったけれど、葉月はこの本堂に言いように洗脳されていたのだ。
 家族を憎み、深月さえも憎んで、本堂だけを見るように洗脳されていた。
 だが、葉月は何処かで矛盾に気付いたのだ。頭がいい葉月である。おかしなことに気付いてきっと本堂に最後は逆らったのだ。
「葉月を殺したのは、君だったんだね」
 あのプライドの高い葉月が一人でひっそりと死ぬ訳も無い。
 やられたらやり返すくらいの性格をしていたのだ。
だからずっと葉月の自殺に深月は納得できていなかったのだ。けれどそれもこれも全部その後の強姦事件で調べ直すことは出来なかった。
「そうだよ。葉月は従順になったのにいいところで君に張り合って正気を保つんだもん。それに殺す前に「深月には相談した」なんて口走るからさ、君までこうやって痛めつける必要ができちゃって」
 そう笑って言う本堂であるが、深月は溜息を漏らしただけだった。
葉月は最後の最後に嘘を吐いたのだ。一泡吹かせてやろうとしたのか深月に恨みがあったのか、どっちでもよかったのか分からないが、葉月の嘘は本堂を混乱させただろう。そして深月をも巻き込んで葉月の復讐は叶ったようだった。
 あの葬儀の日に来ていた少年たちは全員が本堂の手下だった。
 少年たちは言われた通りに葉月を犯したし、深月にも同じようにした。
 おそらく逮捕されるまでも計算に入っていたはずだ。そうでなければ、彼らが逮捕された時に主犯である本堂の名前を喋らない理由がない。
 ただ少年院でも三年もすれば出られる計算だった。
 人を殺してなければもっと短い時間で更生したと判断される。
 狙い通りに彼らは少年法で守られて少年のボス役すらも三年で出てきた。
「やっぱりグルだったか、ずっとおかしいと思ってたんだ。ただの知り合い程度なのにいつまでも密葬の場に居座るのをおかしいと忠告すらしないで帰るなんて。深月の親友を名乗っておきながら少年たちのことをよく知らないのもおかしかった」
 深月は葉月の葬儀の時から引っかかっていたと言うと、本堂はクスリと笑った。
「お金を積んだら喜んでやってくれたよ。少年院から出てきて一人一千万、なかなか言い値段でしょ? 彼らは今そのお金で悠々自適の生活を送っていたみたいだね」
そう言って本堂は楽しそうだった。
 少年法で守られていたならニュースで名前が知られることも無いから、地元さえ離れれば案外問題なく暮らせるようである。
「葉月から僕に標的を変えて、嫌がらせをして、大家を抱き込んで棚橋裕嗣を呼び込んで、崎原秀治すらもきっとお前の手のものなんだよな?」
 ここまできてこれを疑わない方がおかしいいと深月は思った。
 オートロックの件から大家は黒いと思った。
 それはマンションの中に犯人が入り込めていることだ。
 中に犯人がいる可能性を大家が言わなかったし、オートロックの鍵は複製はできないのに犯人が何故か持っていたのも大家が関与していたからだ。
 この本堂がイヤホンで語りかけてくる男なら、大家が部屋に侵入した男。この間の事件の時に裕嗣が聞こえていたと言っていたなら共犯は後から引っ越してきた崎原秀治の方だったのだろう。
 深月が引っ越し後に大家に会った時、大家の首筋に黒子があり、首筋を掻く仕草をする姿が侵入してきた人にそっくりな仕草だった。だから大家は確実に犯人の一人だ。
 裕嗣は本堂に踊らされた一人で、きっと本堂的には深月を襲うのは裕嗣の役目だったが、裕嗣が怯んでしまったので、深月の部屋に精液を撒き散らかしていた大家の方を脅して仲間にしたのだ。
 そして大家の知り合いである裕嗣を操れる崎原を裕嗣の隣に引っ越しさせて焚き付けたのだ。
「大家は変態だったし、君を犯せればそれでよかったみたいだし、崎原は少年を犯すのが大好きな奴でね。葉月のことも犯させたこともあるよ。顔が好みだって言っていたから、深月のことも気に入っていたんだけどね」
 そう言われて深月はそんな理由かと本当に深月にとってはとんでもない理由でしかなかった。
「本当は葉月の方がよかったんだけど、こっちが葉月に殺されそうだったから諦めたら、葉月は双子でそっくりな深月がいるじゃん。ならこっちでいいやってなってね。深月は本当に長く楽しめてるよ。葉月よりずっと耐久性があるし、従順だよね。脅し甲斐もあったしね」
 そういう本堂を眺めて深月は聞いていた。
「何故自分では手を出さないんだ?」
 単純なことを深月が聞くと、本堂は笑って言う。
「だってすぐに堕ちてきたらつまらないだろ? 君たちが知らない男に脅されながら犯されているのを見るのがとても気持ちいいんだ。寝取られ体質って言うのかな。さすがに女の子相手にやってたら孕ませる馬鹿が多くて、高校でリセットしてから葉月が初の獲物だったよ」
 本堂は簡単に葉月を堕とせたはずだと深月が思っていた通り、本堂はそこが気に入らないらしい。それは本堂の中の歪んだ部分だからきっと深月には理解できないものだったのだろう。
誰かに穢される好きな相手。それが見たいだなんて十分狂っている。
 本堂は小さい頃からモテる自分を使って獲物を呼び寄せて、それを他の誰かに犯させることで満足できる人間だったのだ。
 そして葉月はその罠に掛かり、どんどん秘密を抱えた。けれど両親が死んだ時に深月と比べられたことで深月への恨みを抱え、このまま終わる訳にはいかないと調べ始め、本堂に辿り着いたようだった。
「葉月があの日、俺が全部やったことなんだろうってナイフ振り回してさ。仕方ないから気絶させて首つりに見せかけるしかなかったよ。三日くらいほっといたら結構遺体が痛んでたっぽくってそれで他殺は疑われなかったてだけ。だから葉月を正気に戻した深月に恨みがあったから調べてみたら葉月よりは楽しめそうだったから想像通りで本当によかった」
 そういう本堂に深月は言った。
「それでこれからどうする?」
 深月の言葉に本堂はキョトンとする。
「どうするって?」
「だから僕に全てバレた後だよ。これからどうするわけ?」
 深月がそう言うと本堂は少し考えた。
「警察に行くんじゃないの?」
「行ってどうするわけ? 君が主犯であることを話したところで僕の問題が解決するわけではないからさ」
 深月ははっきりとそういう問題ではないと言った。
 深月にとって本堂を警察に突き出しても、何の解決もしないことだった。
 七ヶ月ホテル暮らしをして深月の考えは違うところに行き着いていた。
 本堂は深月をここまで追い詰めておいて深月が望んでいることが分からないようだった。
「さあ、部屋に行こうか」
 深月はそう言い、会計をして貰う。
 本堂は深月が自ら本当に誘ってくるとは思わなかったようで、自分の思っている通りに事が運んでいないことに不安そうな顔を初めて見せた。
「どういうことですか?」
 部屋にさっさと上がると深月は部屋に入ってすぐに本堂の服を脱がし始めた。
 本堂は深月にされるがままだったが、そのままベッドに押し倒された。
「どういうって、僕が君を犯して全部が終わるんだよ」
 深月はニヤリと笑ってそのまま本堂にキスをして本堂のペニスを口に咥えて勃起をさせた。
「……うそだ……こんなことで勃起するなんて」
「結局どう言っても、見てるだけで満足なんてしないんだよ。寝取られるのがいい? 違うな。君は直接触れ合うのが怖いだけなんだ」
 深月はそう言って笑い、本堂の勃起したペニスを自分のアナルに突き入れた。
「あぁんっ……あっあっ……おま○こ、おま○こっおちんぽで抉られるの、気持ちいいっああんっああん……ああっ!」
深月は本堂のペニスを騎乗位で受け入れて本堂の上で淫らに腰を振った。
 本堂にとっては葉月の葬式で生で見た時以来、およそ五年ぶりの生で見る深月の淫乱な姿だった。その姿を見たら深月に執着した理由が本堂には分かった。
「おちんぽっおおきいっ……ああんっらめっああんっきもちいいっらめっらめっ……ああんっ!」
「深月……ああ……こんなに凄いとは……」
「あぁあんっ! あっああっ、いやっ、らめっはぁんっ……あっいいっあぁんっおま○こっいいっああんっ」
深月は強引に本堂のペニスを締め付けるようにアナルを閉め、左右に振って出し挿れを続ける。
 おそらく本堂にとっては強引に行われる性行為は本意ではないのだろうが、それでも少しずつ深月の動きに合わせて腰を振り始めた。
「いいっきもちっ……いいっあああんっらめっ……ああんっいいっ……あっあっああっあんっあんっ、あああぁーーっ! ……ひあっうぁあっ……あっあ゛っあぁああ……っ、おま○こきもちいい、すごっあぁっ」
「うそだろ……なんでだ……こんなこと……ぐあっ」
「おまんこっに精液だして……ああいいっあんああっ……ああんっああっいいっきもちいいっああん……ああん……いいっあんっきもち……いいっああんっおくで出してっ……きもちっいいっああんっ」
「ああ、でるっ!」
「んあっああんっああっああんっ……あっあっああっ……あん……あんああっ……あんせいえききたっきもちいいっ……あんああっ」
本堂の精液を絞り取り、中でそれを受け止めた深月は満足したように本堂を見下ろすと言った。
「これで君にはもう用はない」
 深月はそう言うと本堂の上から降りた。
 溢れる精液を掻き出して、にこりと笑った。
「遊びはもう終わり。君はつまらない遊びを辞めるし、僕は違う道をいく」
 深月はこの七ヶ月考えた。
 このまま誰かに侵害される人生なら自分で進む方がいいと思ったのだ。
「君のせいで色々僕の人生は変わったよ。でも葉月を殺してくれてありがとう。何もしないで見下してくる葉月のことはずっと邪魔だったんだよね。だから殺してくれたことだけは感謝するよ」
 深月はそう言うと慌てている本堂を部屋から追い出した。
 深月の変貌は七ヶ月という見張ることができない期間に起こったことだ。その間四六時中見張れなかった本堂には深月の変貌は真逆の存在になっていて何も言えなかった。
 それは深月は一人でここまで変貌を遂げたわけではなく、深月は確実にこの七ヶ月の間に本堂の絶することをやってきたはずである。
 そんな本堂の前に男が現れた。
「おや、やっと終わったのかい、深月」
 本堂が驚いて振り返り、深月はその方を見て笑う。
 やってきたのは碧海栄吉という政治家で起業家だった。
もっとも総理に近い男として裏から政治家を牛耳る男。そんな男が深月のところに通ってきている。その事実に本堂は深月が警察にいかない理由が分かった。
 行かなくてもいいのだ。碧海の権力を使えばいつだって深月は本堂のことを潰せたし、その父親だってどうにでもできるのだ。
 今まで深月がそれを実行しなかったのは、深月が今日になって初めて本堂が犯人だと知ったからだ。まだ実行に移す段階でもなかったからだ。
「……あ、そんな……」
 驚く本堂を見て深月は碧海に耳打ちをした。
 碧海はそんな本堂を見てニヤリと笑った。
「うちの深月が世話になったようだね……これからたっぷりと礼をしていこうと思うよ」
 碧海は深月の味方だ。
 深月は碧海とは犯人を懲らしめるという約束をしていた。
本堂は怖くなりその場から逃げ出したけれど、きっと深月は見逃しはしないだろう。


そして全ての事件の主犯が本堂祥弘だと分かった日から一週間後。
 本堂祥弘は交通事故で死んだ。単身事故で高速道路の橋から車ごと吹っ飛んで崖下に落ちたのだ。
ニュースは無謀な青年の無謀な運転による事故死として報道し、夜の小さなニュース枠で一分ほど放送しただけだった。
 深月はそれを見た後、ホッとしたように息を吐いて、そして深く息を吸った。
 これでもう深月を悩ませていた不快な存在はいない。
 これから深月は好きなように生きて、そして人生を選んでいく。
 もう何も起こりもしない。
 あれから碧海とも付き合いがありながらも深月は普通に就職をした。
 河北弁護士が独立して事務所を構えたのに援助をして、そこで雑用をする仕事だ。
 それには碧海も絡んでいて、碧海は河北弁護士を自らの御用達にしてくれた。
「本当に良かったです。全て貴方のお陰です」
 河北弁護士の身の回りは豊かになった。
 深月はそんな河北に言った。
「だって僕はずっとお世話になってきたんですから、河北さんにはこれからもっといい思いをして貰わないとね」
「偶然とはいえ、ホテルで知り合った碧海先生とこうしてお付き合いができるとは。本当に偶然というのは凄いね」
「そうですね。僕もまさか気のいいオジサンが政治家先生だとは思いませんでした」
 ホテル暮らしの時に知り合った碧海のことを深月はちゃんと政治家だとは認識していた。けれど知らない振りをして挨拶を続けていたら、一緒に食事をする仲になり、一線を越えたわけだ。
 深月は自分の持てる力を使って本堂を追い詰めた。
 実際本堂が事故死したけれど、恐らく事故は細工されたもののはずだ。けれど深月はそれを碧海に深掘りはしない。終わったことだと深月が割り切ったら碧海はそんな深月を見て秘密を共有するのに相応しいと思ったのかこういう縁を繋いでくれた。
 碧海は河北弁護士と繋がった後は、深月を食事には誘うけれど一線は越えなくなった。あの時よりも深月は成長したのもあるし、好みから外れたのもあるかもしれないが、仕事相手として接する方がいいと判断されたようだった。
 深月は株取引を始め、そこでさらに巨額の資産を手に入れて、投資を始めていた。
 投資先を碧海の会社にして献金も積む。そういう関係だ。
 
 あの闇から深月はやっと夜明けを見た。
 そして開けた世界は深月にとって随分変わった世界だったけれど、深月はそこを歩くしかなかった。
 過去を変えることは出来ないし、なかったことにはならない。
 だからこの先をゆっくりとした時間が流れるようにしっかりと歩いて行く。
 今度こそ誰にも操られない、自由な世界を歩くために深月は前を向いたのだった。


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