Dawn of darkness
3
深月が次に目が覚めた時、そこは病院の一室だった。
個室の部屋は、さすがに病院側も気を遣ってくれたようで、男性の性被害者を男性だけの部屋に入れて置くわけにはいかなかったようだった。
深月には本堂が付き添ってくれていて、目が覚めた時には事情を知った深月の幼なじみの山塚も付き添ってくれていた。
「……大丈夫か? 気が付いた」
「や、やまつか?」
「そうだ。河北さんが警察の事情聴取に付き合っているから、俺がお前の付き添いを頼まれた。こんな時に大変だったな」
「……うん、そうだね……あいつら捕まった?」
「ああ、捕まったよ。逃げた奴も裸で逃げていたから、そう遠くへはいけずにね」
「よかった……これで葉月は……」
深月はそう言って山塚を見ると、隣に本堂がいるのに気付いた。
「君、あの子たちと……」
疑いの目を向けるのは当然であるが深月にそう見られた本堂が言った。
「俺は違います。あいつらとはどっちかというと反発してる側でした。なので葉月がどうしてあいつらと時々連んでいるのか分からなくて……でも、あんなことで脅され続けていたなんて……知らなかったんです……知ってたら自殺する前に止められた……!」
そう本堂が言うのでそれは本当だろうなと深月は思った。
「偶々、本堂くんがハンカチを忘れたので取りに来たんだって。家に電話しても誰も出ないからなんか嫌な予感がしたって。河北さんに頼んで様子を見てもらいにきたんだよ」
そう山塚は河北から聞いているのだろう、そう言われてそんな流れで家に入ってきたよなと深月は思い出す。
本堂が忘れ物をしてなかったら、あの男たちは逃げ果せていただろう。
「そうか、疑って悪かった」
本堂は本当に関係が無いと分かって深月はホッと息を吐いた。
「いえ。俺があんな奴らを先に帰していれば……こんなことにはならなかったんです」
本堂がそう言った。
よく知りもしない葉月の知り合いを残されて、深月が困っていたのは事実だ。
あの時一緒に引き上げてくれていれば、もう少し防ぎようもあったはずだ。彼らも警戒して引き上げただろう。
けれど起きたことはもう元には戻らない。
「すみません、本当にすみません」
本堂がそう言って謝るが、本堂に責任を押しつけてもどうにもならない。
「ごめんなさい、あなたが謝ってもどうにもならない。だからもう来ないでください。葉月のことはご迷惑を掛けました。けどこれでお互い様です」
深月がそう言うと本堂は何か言いたそうであったが山塚に促されて病室を出て行った。
「助かった、山塚」
「いいよ。あの子のせいだって言ってもあの子が責任取れるわけもないしね。なら暴言を吐く前に消えて貰った方がいいってことだよな」
山塚は察しよくそう言ってくれたので深月はホッとした。
「ありがとう……」
「うん。話は詳しくではないけど、河北さんに説明は受けた。葉月の自殺の原因、そういうことだったんだな。あいつ、殺しても死なないようなプライド高い奴だったのにって思ってて、心当たりないかってずっと考えていたけど、そりゃ分かるわけないよな。あんな奴らに学内でいいようにされていたなんて、親にだってお前にだって俺にだって言えるわけもない」
葉月のプライドの高さから明らかに葉月の目線から劣っているとされる者たちに弱みを見せることはしなかっただろう。
だからきっと葉月を救う方法はなかったのだろう。
「それでな、河北さんが提案するんだけど、オートロック付きのマンションに引っ越さないかって。あの家にこれからも住むのはさすがに怖いだろ? 俺の親父に話が通ってて三つばかり見繕ったから、もし引っ越すなら選んでくれ」
そう言われてマンションの内見用写真を見せて貰った。
一つはファミリータイプで、もう一つは独身用マンションリビングが広めで寝室が別に一つあるタイプ、もう一つはデザイナーズマンションで少し変わった間取りの部屋。こじんまりしているが一人で住むならこのタイプでも問題はなさそうだった。
「うん、引っ越すよ。ご近所さんの目もあるし……さすがに不幸続きじゃ縁起も悪いそうだし」
事件現場に住むなんて恐ろしくて無理だった。
退院はすぐにできたので深月は引っ越しをした。デザイナーズマンションがリフォーム後に誰も住んでいないところだったので、そこを内見させてもらって選んだ。
その後はホテルに泊まり、事件現場になった家から貴重品と学校に必要な自分の荷物だけ引っ越し業者に運んで貰い、そのほかの実家の荷物は貸し倉庫に全部運んで貰い、そこで仕分けをすることにした。
家はすぐに売りに出した。
ちょうど遺産関係のこともあり、深月や葉月が相続する前に葉月が死亡してしまったので深月が両親の遺産と葉月の保険金などを受け取ることになった。
その手続きがほぼ済んでいたところだったので、深月にはお金があるのを知っているから保証人がいなくても山塚の父親は簡単に深月にマンションを売ってくれた。
あっという間に深月は家族も家も失ったも同然だった。
悲しいというよりももう何もやる気がしないほど、深月は打ちのめされていた。
だから高校も辞めてしまい、一人家に引きこもった。
誰もが深月のことを忘れてくれるように願うほどに、深月が男に強姦された事実は近所の人なら誰でも知っている事件になっていた。
だから近所の人への挨拶もできなかったし、その辺りは河北弁護士が上手くやってくれた。
家は結局山塚の父親が買い取ってくれて、事件現場だけリフォームして売りに出したという。買い手はすぐに見つかっていい価格で売れたという。
それを聞いて深月はホッとして、結局高校三年間を引きこもりで過ごし、大検を通販教育で取った。
深月の親戚が気を遣って一緒に住むかと言ってくれたが、深月はそれを全部断った。事件のこともあり、暫く警察から色んな事を聞かれていたから、遠くへ引っ越すこともできず、結局大学へ行くつもりがあるのと何れは一人暮らしになるから今から苦労してみるという深月に、腫れ物に触るように親戚たちは深月の願望通りにしてくれた。
「引き取ってもきっとぎこちなくなって余計な負担がかかると思う」
深月はそう河北に言い、丁寧に弁護士を入れて断って貰ったら納得して貰った。
何より河北が深月の後継人を名乗り出て色んな手続きをしてくれたので、他の親族が口出しもできなかったのでしつこくされなかったらしい。
中には深月の引き継いだ遺産目当てもいたようだが、深月に河北弁護士という後継人が付いたことで金銭類の管理を河北がすることになったため、当初の目的が果たせないと分かったのかあっさりと引き下がっていった。
半分以上の親類は本当に気を遣ってくれていたし、いい人たちだったがそれでも安室の本家の人が手を引いた以上、他の人が口出しをするわけにはいかなかったようだ。
安室本家は深月たちの父親の家で、姉が本家を継いでいる。
その姉から深月に関して個人的な関わりを持たないようにと通達があったようで、本家に逆らえない人は深月から手を引いたというわけだ。
河北は母親の親族の人で母親はかなり頼りにしていた弁護士だ。なので河北が保証人になったり後継人になったことで安室家側から何かをすることはできなくなったのだ。
本当は家を継ぐはずだった深月の父親が駆け落ちしたお陰で色々本家では計画が違ったことになったらしいが、それは深月の父親とその姉が起こした姉に家を継がせるために行った駆け落ちだったことを最近になって姉が話し始めたそうで、深月たちへの風当たりはマシになった。
そんな和解もできたところでの事故だったせいで、余計に双方の親族が取り乱したりもした。
そこを上手く河北が纏めてくれて、本家の方も父親の姉が上手く纏めてくれたので深月は今も自由にしていられるのだ。
その自由をただ引きこもって過ごすのはいけないと、深月は必死になって勉強を頑張った結果、大検を取れて試験を受けられるようになった。
一人暮らしを始めて三年も過ぎると、深月も人なりの生活に慣れてきた。
無理して高校に行かずに辞めたことで、自分のペースで勉強ができて成績はよくなっていた。
大学試験も難なく受けられ、志望大学にも合格ができた。
そして深月は親と兄を亡くしてから三年後、十八歳になり大学生になった。
遺産のお陰で苦労しないで暮らせるほどにお金があるため、深月の大学生活はゆっくりと始まった。
その大学で小岩井俊宏という知り合いができて、幼なじみの山塚俊一とも大学で同じ学部になっていた。
言語の勉強をしたくて深月は大学を目指した。
翻訳家になりたくて、猛勉強をしたし、翻訳も自分でやってみたりもした。
将来的には日本語を英語に翻訳して日本の本を海外に売るのに貢献したいと思っている。そうした目標ができたのも一人暮らしをしている間に読んだ本のお陰だった。
そうして大学生活を楽しんでいる時に、マンションの隣の部屋に新しい人が入居してきた。
「ああ、安室さん。お隣さん、新しくなったからね。こちら棚橋祐嗣くんね。祐嗣くんのお父さんとは知り合いでね。その伝で借りて貰ったんだよ」
大家の広浦秀昌(ひろうら ひでまさ)がそう言い、深月の隣の部屋の住人である棚橋を紹介してくれた。
年齢は三十歳くらいの男性で、腕は筋トレをしているような筋肉の付き方と、胸板がとても厚いことが分かる。スーツ姿であるがそれでもよい体つきなのは分かった。
そして綺麗な笑顔を浮かべている顔は、彫りが深い少しイタリア系の顔つきをしていた。
「どうも安室です」
「よろしくです、棚橋裕嗣です。皆は祐嗣って呼ぶので名前で呼んで貰えるとありがたいです。名字だと父とかの兼ね合いでちょっと説明が面倒で」
「そうですか」
そういう棚橋裕嗣の父親は有名な政治家だと言う。
しかし選挙区に詳しくなかった深月は、地方の有名な政治家は知らないので何とも言えなかった。
その場はそれで説明は終わったが、気になって深月は棚橋という政治家を探してみると、神奈川県の元知事で政治家になった人だった。防衛大臣など何度か大臣にもなっている有名どころで、棚橋の選挙区は代々棚橋家が選挙区で当選を果たしているようだった。つまり代々政治家である。
その家の裕嗣は次男であるが政治家にはならずに自由に生きているらしい。
ネットの情報では裕嗣には兄がいてその兄が地盤を継ぐ予定なので政治家には最初からなるつもりもなく、IT企業などを興したりして今は弁護士になっているという。
相当優秀だったらしく、学生時代に企業をしながら弁護士資格を取り、弁護士として優秀だったので独り立ちしているが、依頼を受けたりは現在はしておらず事務所はあるが、IT企業の方に専念しているようだった。
「こんな独身マンションに住むような人じゃなさそうだけど……」
深月の部屋は角部屋で、その隣は長期出張の人が入っていたがとうとう栄転が決まったらしく二ヶ月前に出て行ったばかりだった。それからリフォームが入って裕嗣の入居が決まったという。
まあ人がどこに住もうがその人の好きにすればいいだけのことなので、これ以上深月は関わらないようにすることにした。
それでも隣に住んでいれば偶然が重なる。
出かけようとすれば通勤時間が合ってしまい、途中まで一緒に通う羽目になった。
「いやほんと、深月くんがいてくれて助かりました」
道がおぼろげだと言うので毎朝電車まで一緒に通っていたら、裕嗣に懐かれてしまったのだ。
「大家さんに聞いて貰っても大丈夫だと思いますよ?」
深月は適度な距離を取りながら、毎朝裕嗣と駅に向かっていた。
時間をずらしても先に深月が出たら見つけられて追いつかれるというパターンでとうとう深月は諦めた。
けれどあの事件後、他人を信用できるほど深月は強くなっていなかった。
深月のテリトリーに少しずつ入り込んでくる裕嗣の気さくさが深月にはストレスになりかけていた。
「あの、深月くんうちで一緒にご飯とかどうですか?」
裕嗣にそう言われて深月ははっきりと断った。
「すみません、無理です……ごめんなさい」
深月はそう言うと家に飛び込んで鍵をすぐにかけた。防犯バーもしっかりかけてから部屋に上がり込んでベッドルームに飛び込んだ。
ベッドに腰を掛けたら体中が震えていることに深月は気付いた。
「駄目だ、やっぱり……怖い……」
ただでさえ誰かを信用することなんてできないのに、隣に住んでいるだけの人を心から信用するなんて事ができるわけもなかった。
深月にとってあの事件は心に傷を深く付けたし、山塚以外の知り合いすらまだ怖く、大学にいる間だけの小岩井ですら、一緒に出かけたりもしないくらいに用心して付き合っているほどだ。
いくら身元がはっきりしている人だとしても決してその人が良い人かどうかなんて、蓋を開けるまで分からないのだ。
だから深月にとって棚橋裕嗣という人から向けられる好意は酷く恐怖しか抱かない出来事である。
深月はその日から裕嗣のいない時間に出かけ、裕嗣に会わないようにひっそりと生活を続けていくことにした。もしそれで解決しない時は引っ越しをしようと思うほどに精神面が追い詰められていくのを感じたのだった。
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