彼方より 082

角兎を狩るのもいつも通り? いや不気味な人

 迷宮に潜って角兎をひたすら狩るのは、いつもの焦げ付いた仕事だからなんだけど、複製するのにも新鮮な肉の方がいい気がして思わず狩ってしまうんだよね。
 それを複製して孤児院と兵舎に持って行くことになるんだけど、複製が終わった角兎の肉はもちろん店の肉屋に流すわけよ。
 これが結構好評で、特売の大安売りになってしまうんだけど、そうなると街の人が競って買ってくれるので肉を余り食べられない人でも気軽に買えるから、肉屋としては俺に肉を持って来て貰うと普段の肉もちょっとは買って貰えるからいいんだとか。
 俺もそれで儲けようとは思っていない。だって複製が終わったら収納にしまっているだけになるので、どうせなら食べて貰った方がいいに決まっているから、安値で卸すから今のところは問題は起きていない。
 もちろん角兎を狩るような依頼を受ける新人冒険者もいるけど、そういう人は冒険者が正規の値段で買い取ってくれるので値崩れも起きてない。
 そういうわけで冒険者組合か商業者組合に止められるまでは俺の好きにしても問題はなさそう。
 最近は人も増えているから、肉はあるだけ売れるらしいので今回は依頼もかなり焦げ付いていたから、多めに狩ってみた。
 その合間に薬草を採るんだけど、結構それも採れる。
 基本的に俺がする角兎狩りにはイヴァンもアッザームも手を貸すことはない。
 俺が討ち漏らして危ない時は助けてくれるけど、俺もちょっとはステータスも上がっているからか、角兎を狩るのに苦労をすることはなくなっている。
 なので俺が角兎を狩れば狩るだけ、一応鉄級としてのポイントは貯まっているんだけど、それでも新人が狩るようなものなのでこれで昇級とかはしないけどね。
 剣術なしにしては結構狩れているので俺は個人的には剣術くらいついてくれてもいいじゃんって思ってるけど、何でか攻撃系の技能が一個も付かないんだよね……。
「ここまでやれて、剣術が付かないのが不思議だな本当に」
 イヴァンがそう言うので、アッザームも頷いている。
「これで剣術がないってのがそもそもおかしいんだよな」
 アッザームも同じように言うから俺だけが思っているわけじゃないんだよね。
 そうしていたら、すぐ近くで薬草を採っている人がいるのに気付いた。
「こんにちは」
 相手側から急に挨拶をしてきたので俺は慌てて返答をした。
「こんにちは」
 そう言うと相手はニコリと笑った。
 白髪で青い目だけど、肌が少し浅黒い感じの人だった。
 年齢は俺から見れば三十五歳くらいに見えたけど、こっちでは種族に応じて年齢が違うのではっきりとは分からないけど、人族みたいな様相をしている。
 外套を着ているので魔法系の称号か技能を持っているのかもしれないと思えた。
 けどその人は笑顔を浮かべたままで俺たちに言ったんだ。
「薬草採りに護衛ですか? 凄いですね」
 何だか含みある言い方をされて、俺はちょっと気分が悪かった。
 確かにその通りだし、薬草採りに護衛とか何処の貴族だと言われたばかりなのでそれもちょっと引っかかっていたのかもしれない。
 俺が何か言う前に先にイヴァンが答えていた。
「焦げ付いた依頼を消化しているだけだ」
 そうイヴァンが言うので向こうの人も俺たちを見てふーんと首を縦に振った。
「ああ、そういことですか」
 丁寧な言い方に聞こえるけど嫌み満載な雰囲気が漂っていてとてもよくない。
 俺はここら辺りの薬草は諦めて、奥の方に行くことにした。
「それじゃ……」
 俺たちが奥に向かって進むと、何故かその人も付いてきたのだ。
「え、ちょっと付いてくるけど」
 俺がそう動揺すると、イヴァンもしかめっ面をしてくる。
 俺たちは更に奥に向かって進み、いつもはいかないところまで行ったんだけど、やっぱり付かず離れずで付いてこられてしまっていい加減怖かったので俺は二人に言った。
「この階は諦めよう……さすがに二階以降に付いてくるとは思わないけど」
 そう俺たちは判断して、二階へと降りていくとその人も普通に付いてきた。
 だからさすがにイヴァンは切れた。
「おい、付いてくるな」
 そうイヴァンが言ったんだけど、その人は平然として言うのだ。
「近くを歩いているだけですし、近くで採っているだけですよ」
「それは屁理屈です。冒険者としてのマナーってあるじゃないですか。他人に不快な思いをさせてまでして付いてくるなら、冒険者組合に間に入って貰いますけど?」
 俺がそうはっきりと告げると彼は笑ったんだよね。
「いいですけど、多分無駄ですよ。私は冒険者組合に属してませんし」
 そう言われて俺が驚くとアッザームが言った。
「商業者組合の方の依頼だろう」
 そう言われて俺は顔をしかめた。
 冒険者組合の依頼が迷宮ではほとんどなのだけど、たまに商業者組合でも依頼があるんだよね。
 それが冒険者の権利は持っていないが、商業者の資格を持っていれば受けられる依頼があるんだよ。それが薬草採取。錬金術師や薬師がやる採取だと商業者証明書だけでもできるんだよ。もちろん冒険者組合は通してないので、商業者組合の問題だ。
 だから今回のことを冒険者組合に言っても問題を解決するには商業者組合に文句を言うしかないわけだ。
 冒険者組合と商業者組合の問題になるとお互いが譲らずに揉めることが多いのだとか。
 その火種を起こそうと言うのかと脅してきているわけ。
 そうなると冒険者組合の組長あたりが冒険者を宥めて終わらせる。
 ちょっと不快だからって一々言うなと言われるのがオチな訳だ。
 この人はそれを知っていてわざと俺たちを苛立たせるつもりらしいのだけど、俺にはその解決法が一つだけあるんだよね。
「イヴァン、今日は帰ろう」
「いいのか?」
「うん、いいよ」
 俺がそう言うと俺たちは二階へは降りずに元来た道を戻った。
 すると付いてきていた人も戻ってきて俺たちの後を付けてくるんだよね。
 でも俺はそれを気にせずに街まで戻り、そのまま商業者組合に行ったんだよね。
 それは相手も予想してなかったみたいだけど、それでも付いてきたから、俺は迷わず受付で苦情を出した。
「あの人がずっと俺たちの採取に付いてきて、苦情を言っても受けてくれません。マナーがなってないのですが、これは商業者組合の仕組みはそういう仕組みだと思っていいんですか?」
 そう俺が言うけれど、最初は受付嬢もそれくらいでというような態度だったんだけど、他の人が対応に出たらすぐに商業者組合の組長が呼ばれた。
 イムレ組長がやってきて俺の説明を受けて、さすがに付き纏いにしては分かっててやっている悪質なものだと判断してくれて調べてくれた。
 付いてきた人は商業者組合の待合の後ろの方の席に座ってこっちを伺っているようだけど、組長が出てきたことには驚いているようだった。
「分かりました、私から注意を致します。改善が見られないようでしたら迷宮への出入りを禁止させますね」
「お手数掛けます、助かります」
 さすがに俺はイムレ組長にお願いをして商業者組合を後にしようとしたら、あの人も付いてきそうだったのだけど、さすがにイムレ組長直々に引き留められたら追ってくることはできなかったみたい。
 そのまま気持ちが悪いので、再度迷宮にはいかずに、俺は冒険者組合で依頼を達成させてからすぐに孤児院に向かって久しぶりに修道女の二人に会えた。
「お久しぶりでございます!!」
「ああ、こうしてまたお目にかかれるようになれるとは……」
 二人は感激したように俺を拝んできたけど、俺はそこまで崇められるほど何もやってないんだよね。
「今日もいつものですけど、冷蔵庫まで運びますね」
「お願い致します!」
 ついでに施設の中を見せて貰ったけど、あの古びた孤児院ではなく、きちんとした建物で新しいからどこもかしこも隙間もなくて冬も大丈夫そうだなと思った。
 冷蔵庫の倉庫もちゃんと最新のものを用意してくれていたから、本気で領主が取り組んでくれているのが分かる。
 肉や野菜をまた寄付をして、お金もちゃんと寄付をした。
「何から何までいつも通りで本当に助かります……神に感謝を」
 そう言った後に他の修道女も紹介してもらったけど、こちらの人達は普通に寄付してくれた人だって思ってるので普通に感謝だけされた。
 でもこの施設の責任者二人が俺に異常なほどの感謝を捧げているのにはちょっと驚いている様子。
「あんまり俺に感謝しないでいいですよ。他の人にまた不審がられるので」
 俺がそう言うとやっと心を落ち付けたのか、普通に接してくれるようになった。
「あれから私たちの技能も少し階級が上がってるのか、回復も浄化も負担にならないくらいに使えるようになったんです」
「良かったね。方向を見失うこともなくて……」
「はい、私たちは聖教会から普通の信徒に戻ったのですが、それでもこの力は失いませんでした。正しく生きることにしました。私たちはこの力で人々を救うのが使命と考えています」
「うん、それでいいと思うよ」
 俺がその心意気はいいねと言うと、二人は喜んでいた。
 まあ、俺が開花させてしまった力だから聖教会自体関係ないのは二人とも分かっているんだよね。でもそこで俺への信仰心を失ったら、力が消えるのではないかと思っているところが違うと言ってもきっと説得は仕切れないよね。
 だから俺はそれはいいねと言うしかないんだよ。
 彼女たちは決めて、彼女たちの意志である限りは、それで正しいんだからね。
 お墨付きみたいな言葉を俺が言うことで彼女たちが安らぐならそれでもいいかなと思う。


 孤児院を後にして家に戻る途中、ダヴィデさんがサルガテさんたちと家の前に設置してある机で夕方のいい時間を酒を飲んで楽しんでいるのが見えた。
「よう、アッザームにイヴァンにハル、仕事から戻ったのか?」
 そうダヴィデさんに言われて俺たちは立ち止まった。
「そうですよ……」
 俺は和やかに返事をしようとしてから目の端に入った人を見て悲鳴が上がりそうになった。
「やあ、先ほどは痛い目を見ましたよ」
 そう和やかに話しかけてくるのはさっきまで迷宮で俺たちをつけ回し、商業者組合まで付いてきた男だったんだ。
「……なんで……」
 ここにいるんだと言いそうになるのを押さえていると、ダヴィデさんが陽気に話しかけてきた。
「なんでえ、知り合いかい。で、ガイアスお前何したんだ?」
 そうダヴィデさんに問い詰められてガイアスと呼ばれた男は笑いながら言った。
「ダヴィデさんに聞いていた人達っぽいので、後を付けて様子見をしてましたら、不審者と間違えられて訴えられたんです。組長に説教されましたね~!」
 そう暢気な感じで言うガイアスさんにダヴィデさんが豪快に笑ったのだ。
「お前、つけ回したらそりゃ怒られるに決まってるだろう!?」
「興味が湧いてしまって思わずなんですけどね……失敗しました」
 そうガイアスさんは笑っているけど目が笑ってないんだよな。
 俺は気味が悪いという表情をしていたからかダヴィデさんが俺に言った。
「悪いな、こいつ悪気は一切ないんだ。ただ頭の中で思ったことをすぐに行動に出してしまう悪い癖があってな……それで俺も最初は不審だと思ったもんだよ」
「今じゃ、気の置けない仲間だけどな」
 サルガデさんはがはははっと笑ってガイアスさんの肩を叩いているけど、俺はどうしても先の不気味さだけがあって駄目だった。
「ハルさんには嫌われてしまったようですけどね……」
 ガイアスさんがそう言うと、ダヴィデさんが笑って言う。
「そうか、じゃあ、ガイアス、お前はあの丘の家には出入りできないな」
 ダヴィデさんもガイアスさんがしたことは俺を余程不快にさせたと察したようで、イヴァンもアッザームもガイアスさんの戯言を冗談には受け取っていなかった。
 何この人、気持ちが悪いくらいに人のことを逆なでしてくる。
 怒らせたいのが分かるくらいに人を不快にさせるのはなんで?
 俺はガイアスさんが不快にしてくる理由が分からなくて、余計に不安だったから、思わずガイアスさんを鑑定していた。


【名前】ガイアス・アーネット
【年齢】590歳
【種族】妖人族(妖精と人とのハーフ)
【基準lv】1000
【称号】賢者 錬金術師
【技能】魔法使い(全六種) 錬金術 言語理解 結界 隠匿
【運】幸運(大)
【加護】なし
【職業】錬金術 賢者 商業者組合 鉄級
【生命力】5250
【魔力】3306
【備考】偽装されている情報です。しかしレベルが足りないので解除して見ることができません。


 え……ちょっと待ってどういうこと?
 情報が偽装されているのは分かるのに、レベルが足りないからそれを見ることができないの?
 今までそんなことあったっけ?
 竜種も世界樹も見られたけど……もしかして向こう側が隠してなかったから見られただけで、能力が明らかに上の人が偽装をしていたら見ることができないのが鑑定の仕様ってこと?
 でもならなぜ、偽装であることは分かるのだろう……?
 俺はそれに混乱をしてしまったんだけど、ガイアスさんはそれに気付いたみたいでニッと笑ったんだよね……。
 それはもう和やかに楽しそうに微笑んでいるんだよね。
 俺はそれを受け止めきれずに、イヴァン達を急かして家に戻ったのだった。
「あいついつの間にこの街に住んでいたんだ?」
 アッザームがさすがに近所にいるとは思わなかったのか、驚いているし、イヴァンも不審な顔をしている。
「分からないけど、あの人はこっちを知ってたってことだよね……それで何がしたかったのかそれが分からないから俺は気味が悪いんだと思ってる」
 それには二人も賛同してくれたけど、その日から俺の周りは少し変わり始めるんだよね。
 そのガイアスさんによって、俺は追い詰められていくことになるんだ。


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