彼方より 081

レテカの街もいつも通り?

 レテカの街に帰ってきて一週間。
 俺は引きこもりのままで、甘い生活を送っていたのだけど、街はかなり変わっていたみたいだ。
 俺がやっと普通の生活を取り戻した時、真っ先に入ってきたのは街の異変だった。
「え? 聖教会が蛻の殻?」
 俺は予想外のことが起こっていてびっくりして大きな声を出してしまった。
「ああ、ウヤの街の暴挙の話が伝わってきた時に、中央聖教会が一斉に荷を運び出し始めて、修道女や孤児を置いてそのまま貴金属を持って消えたそうだ」
 イヴァンが街で聞き込んできたのは、四日前のことらしいけど、居なくなったのなら急いで知らせることもないと思って今の報告になったようだ。
 どうやら聖教会はウヤの街と繋がっていたのは間違いなく、どうやら遺跡を完全に手に入れられると思っていたみたいだ。それで戦争に勝つのは当然だと信じて、街から出て行った。
 多分ウヤの街はその戦争に勝っても国王に責務を取らされるから、どの道戦争に勝っても結果は負けたことになる。
 でも聖教会が欲しかったのが世界樹への道だったとすれば、俺を狙っていた理由も少しは分かる。
 聖教会に伝わる伝承が正しく伝わっていたなら、遺跡の話もちゃんと残っているはずで、異世界人でなければガゼボからの移動ができないということも知っているはず。
 でもシリンガ帝国には元聖女とはいえ、異世界人がいるから俺である必要性はなかったけど、この世界に今現在居る異世界人は、俺と勇者の健二くんと、元聖女の人だけだ。
 勇者の健二くんはシグルス島に行ってしまったので手出しはできなくなったから、スペアに俺が欲しかったというのならまだ執着していた理由も分かるのだけど……それだけでもないよな。
 俺の事は聖女かも知れないと疑っていたはずだ。
 聖教会は一旦引いたけれど、俺がジニ族の村に行った上に、ガゼボを発動させてしまったのをカイラーさんからウヤの街経由で知ったからか、強硬手段でジニ族の村を手に入れて、その時にその場に居る俺も手に入れる算段だったのかもしれない。
 そういえば、街からきた俺たちには投降するようにと事前に通達があったよな。
 あわよくばって事だったんだろうか?
 壊滅的な状態のウヤの街が資金源をどうしているのかと思っていたけど、どうやら聖教会を通じてシリンガ帝国にある本聖教会から資金を得ていたんだってさ。
 あくまで聖教会がやってることであり、シリンガ帝国は知りませんってことになっている。
「全部上手くいたら、シリンガ帝国がウヤの街に入ってきてレテカの街と全面戦争って構図になっていて、中央聖教会が何か仕出かす予定だたんだろうけど、負けちゃったから貴金属持ってとんずらって事なのか」
 俺がそう言うと、レギオンが言った。
「元々目を付けられていて身動きが取れないところに自分たちに関わる組織が動き出したら保身に走るということなんだろうな」
 レテカの中央聖教会の今度の司教は小心者だったみたい。
 その代わりウヤの街へと移動させられた元レテカの街の中央聖教会司教は強気だったもんな。
 暴力で従わせるのが好きそうだったから、案外ジニ族の村に俺がいると知って強硬手段を執ったとも言えるかも。
 とにかく聖教会がこの街から消えてしまい、修道女達と孤児が放り出されてしまい、中でも力のない孤児だけが残されていたそうなので。領主はそういう孤児のためにすでに孤児院は起こしていたから、そこで間に合わない孤児のために資金を解放して、街外れに新たな孤児院を作ったそうだ。
 矮人族の人達が総出で二週間でそれができてそこへ子供達が集められ、修道女だった人達をそこで孤児の世話をする者として雇ったみたい。
 聖教会で聖女の信仰をしていた一部の修道女は孤児の世話をするために教会に入ったわけではないと反発したらしいけど、それなら自力でシリンガ帝国に帰ってもいいですよと放り出されてしまったので泣く泣く国の本教会の修道女になったらしい。
 つまり子供の面倒なんてみたくないけど、修道女としての生活はしたいというだけだったみたいだね。
 俺が寄付をしていた教会の修道女さんたちは、元より中央聖教会の本性を知っていたから、孤児院の方にさっと移ってくれて、さらには小さな診療所を作って浄化と回復を持っているからお金のない人の軽い病気を治したりする仕事にも就いたみたい。
 子供は二十五人もいるので他の修道女たちは忙しそうにしているそうだ。
 そのお陰で街からは孤児は一層された形になって、街にいた孤児も一緒にそこで育てられることになったみたい。
 領主は二度と聖教会に入り込まれないように、孤児院をしっかりとした運営に載せたんだけど。
「ハル、これが昨日届けられた」
 そう言われて見せられたのは封蝋をした封筒。
 印はサヴォイア家の紋章のキメラ。
「あーなんかちょっと分かったかも……」
 俺はそう言いながら開いて見ると案の定だった。
 今までしていた寄付金と、肉の寄付などを続けて欲しいという要望だった。
「俺の寄付する肉とかが何かめちゃ元気がでるから、子供達が普通の肉をあんまり食べないみたい……しまったな……俺の肉は複製した肉だから効能が違うんだよね……」
 味は変わっていないはずだけど、俺の解体の仕方と血抜きが上手くできているせいで、普通に売られている肉よりも美味しくなっているみたいで、子供達は味の違いが分かるようになってしまったみたい。
「負担にならない範囲でと書いてあるけど、まあ負担にはなってないし、能力開花のためには俺から肉を送らないといけないしね」
 孤児院の子たちは全員、力がないために捨てられた子たちだ。だから俺の創造魔法で複製した物が必要だ。
 複製にした肉は聖女の祝福がかかっているようで、能力解放の経験値が堪っていく仕組みみたい。
 それによって能力が早い子で三ヶ月、遅い子でも半年以内には何かしらの能力が解放されるんだって。
 だから俺は何か一つくらい能力を手に入れて、将来のために役立てて欲しいと思っているから、もちろん続けるんだけど、どうやら領主はその噂を知っているようで、期待を込めているっぽいんだよね。
「良ければ、兵士育成の宿舎にも肉を納品してくれると有り難いとか書いてあるけど、俺、肉屋になった覚えはないんだけど?」
 俺が真面目にそう言うとイヴァンがフッと笑って、アッザームが俺の頭を撫でてくれた。
 レギオンもちょっと笑ってるからな。
 肉屋になった覚えはないけれど、その仕事を受けて納品することで日々のお金を稼げるなら、ちょっと楽はできるんだよね。
 だって角兎にしか効果がないと思っているみたいで、それを納品して欲しいと書いてあるんだよね。
 肉が角兎なのは俺が角兎しか狩れないからなんだけども!!
 あと、あまり高価な肉を与えても孤児のためによくないと思ったから角兎に限定していただけだけど。
「孤児院みたいに毎日食べるようなものを与えなくてもいいだろうな。週一くらいの一日分でも兵士育成機関ならば三年はそこで修行や騎士になるための訓練を受ける。その間に能力解放があれば付いているくらいにすればいいんじゃないか?」
 レギオンがそう言ってくれて俺はそれに賛同した。
「それならいいね。騎士になるくらいなら、元々の基礎能力があるだろうし、解放されるのも全くない孤児達よりは経験値も堪っていそうだもんね」
 俺はそれで了承することにした。
 角兎を狩る日々が始まるけど、それは俺にとっては日常の生活に戻るってことだから、何だかちょっとやる気が出るね。
 そういうわけで領主には兵士の宿舎への週一回の角兎肉を納品することを請け負う書面を出して、それが承認されるのは三日後ってことなのでその前に角兎を捕ってくるかと俺は冒険者組合に向かった。
 まずは角兎を狩るために森に潜るんだけど、その時に一緒に採れる薬草とかもついでに採るつもり。これは複製はしないから特殊な効果は付かないけど、焦げ付いた依頼になっているので街の役には立つわけ。
 こうやって微量でも街のために貢献しておかないとね。
 ヴァレリアさんには色々とジニ族のために手を尽くして貰ったし、領主のニリレオさんも聖教会の孤児のことでも世話になったしね。
 俺がいない間に色んな事が街で起こっていて、肝心な時に助けてあげられなかったからね。その合間に色々してもらって助かってるんだから、街には本当に貢献しておかないとね。
 冒険者組合で依頼を見ていると、ブラン組長がやってきて俺を見つけて言った。
「生きていたな。今度こそ駄目だと思っていたぞ」
 そう言われて俺は呆れた顔をした。
「アッザームが頑張ってくれたので生きてますよ」
 俺がそう言うと付いてきていたアッザームがニッと笑う。
 今日はイヴァンとアッザームが付いてきてくれているので、いつもの日常の一コマみたい。
 ブラン組長が絡んでくるのもいつものことだったし、俺はそれでホッとしているんだよね。
「無事で良かったよ。焦げ付いた依頼を受けるのお前だけだしな」
「あははは、そうですね」
 俺とブラン組長がそう笑い合って話は終わる。
 すると他の冒険者達も声を掛けてくれて無事を喜んでくれた。
「焦げ付いた依頼が溜まっていくのを見て、心が痛むが……だが生活があるゆえに……くっ」
 とわざとらしい芝居掛かったような言い方だけど、多分どうしても薬草なりが必要になったらやってくれたと思うんだよね。
 たまたま俺が片付けているだけで、小銭が欲しい人のために俺は基本昼にしか依頼を見に行かないからね。
 焦げ付いた依頼を張られているだけ持って行くと、受付嬢がニコリと微笑んでくれた。
「お久しぶりです。無事にお帰りになられて良かったです。こちらの依頼、全て受理しますね」
「うん、ただいま。お願いします」
 受付で無事を喜ばれたのは焦げ付いた依頼がかなり溜まっていたから。だって前からだけど、俺がやらないと平気で一ヶ月以上依頼が焦げ付いて残っているのが普通なんだもんな。
 それを一気に片付け、安くても請け負ってくれる冒険者が戻ってきたらそりゃ嬉しいに決まっている。
「それではお気を付けて」
「はい、いってきます」
 俺はそう言って受付で仕事を受けると入り口に向かって歩いていると、目の前に屈強な体を持った男が三人立ち塞がった。
 なんだ?と思って見上げると、男は俺たちを見て笑い始めたんだ。
「こいつら、焦げ付いた依頼のしょぼいもの受けてやがる……あははは弱えな」
 てな具合で俺はちょっとびっくりした。
 何でわざわざ絡んできたのか訳が分からないので、黙ってみているとまた絡んでくる。
「見た目だけはそれっぽく見えるけど、駄目駄目冒険者かよ~」
「ぎゃはは、装備が泣いているぜ」
 そう言うので、どうやら俺たちがそれなりの冒険者に見えていたのに、焦げ付いた依頼を受けているから雑魚だと認識したって話みたいだ。安直だなあ。
 でも俺たちが絡まれていても誰も助けない。
 だってこの街の冒険者組合に属していれば、俺だけならまだしも、イヴァンとアッザームに喧嘩を売るなんてバカなことは絶対にしないからね。
 俺が思わず鑑定をしてしまったんだけど、うん全然だった。

【名前】ハンマー・ライク
【年齢】50歳
【基準lv】300
【種族】人族
【称号】なし
【技能】剣術 生活魔法 火魔法
【運】なし
【加護】なし
【生命力】590
【魔力】800
【職業】冒険者 鉄級


 ハンマーさんは基本的な一般の冒険者レベルかな。
 俺の周りはぶっ壊れな冒険者しかいないのだけど、この数値が平均なのだよね。
 で、イヴァンはというと。


【名前】イヴァン・タキ
【年齢】92歳
【種族】 鬼人族
【基準lv】 900
【称号】 剣聖
【技能】 剣術 鑑定 (収納-聖女の祝福)生活魔法(火 水 光)水魔法 風魔法
【運】 幸運(小)
【加護】 鬼神エルクタム・ララルニゾン(中)
【生命力HP】 1500
【魔力MP】 2000
【職業】 冒険者 金級 炎炎組織 白金級


 イヴァンがこれくらい。
 金級の冒険者であるからここまで強いわけだけど、この上には上がいるわけだから見た目だけや受けた依頼で相手を測るのははっきり言って無駄なことだなと思う。
 さてどうやってこれを切り抜けるかと思っていたら、イヴァンがスッと冒険者証明書を取り出して相手に見せた。
「は? なんだこれ金級じゃねえか!!」
「ちょっとどういうことだよ!!」
「たくっ貴族の護衛か!」
 そう言われて粋がっていた冒険者が慌てて冒険者組合を出て行ったんだよね。
 何だったんだと思ったんだけど側と通った他の冒険者が笑いながら言った。
「イヴァンにしては綺麗に黙らせたな」
「一発くらい殴るのかと思ってたけども」
「あいつら、この街にいてこの三人を知らないとか……ヤバいな」
「ほら、最近来た奴らは会ったことないからさ」
 そう言い合っていて周りはちょっと楽しそうだ。
 俺たちがどうやってこの危機を回避するのか面白そうだと見学していたみたいだ。
 酷いなあ~。
「しかしハルが貴族とか、どういう設定にされたんだか」
 イヴァンがなんだその設定と呆れている。
「ほら、俺があまりにも戦闘向きじゃないのはさすがに分かるってことじゃない?」
「まあ、それは分かるが……しかし、相手の力量も読めないとは……」
 そう嘆きそうなくらいにイヴァンが言うんだけど、アッザームが言った。
「剣術だけで鉄級になったのは認めてやるが、ここらで打ち止めのやつだ。他を貶めていないと自分のふがいなさを宥められないんだろう」
 そう言われて仕舞うハンマーさんだけど、案の定他の冒険者と問題を起こして街を一週間後に追い出されていたから、まあそういうことなのかもしれないね。
 まあ、俺には関係ないことなので、俺はそのまま角兎を狩りに迷宮へと潜ったのだった。


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