彼方より 079

村からの出発と、新たなる始まり

 村を去る日が明日になった。
 ヴァレリアさんが戻るのに合わせて俺たちも移動をするので、森の遺跡を破壊できたヴァレリアさん達の作業も終わったので明日村を出ることになった。
 既に荷造りを終えている村人達は、残る村人達と別れを告げていた。
 俺は村の机の端に座って、アッザームがまだ説得されていることに辟易していた。
 多分俺も一緒にここに住めばいいじゃないかって言う考えがあって言っているんだと思うけど、俺が村に住むことはないだろうな。
 ここはあまりに閉鎖的だ。
 俺はもうちょっと自由で便利な場所に住みたいと思っているのでアッザームが説得してきても断るつもりなんだけど、アッザームは最初から分かっているのかその提案さえしてこなかった。
「ちょっといい?」
 そう言われて声のした方を見るとそこにはアッザームの兄であるアクラムさんがいた。
「アクラムさん、どうしました?」
 俺がそう言うと少しイヴァンが警戒をしたけれど、俺はそれを制して隣に座って貰った。
 イヴァンがアクラムさんを警戒しているのは、アクラムさんはカイラーさんとは親しくしていたんだってさ。
 でも遺跡にはいかなかったのでヤーブの民のままみたい。
「警戒されるのは当たり前だが……私もとことん見る目がないのかな。信頼していたカイラーが敵と通じていたし、信頼して相談していたカミールもカラムも……結局裏切っていたわけだしね」
 カミールさんとカラムさんは族長のアーリフさんの息子達。
 でもカイラーさんによって遺跡に誘われて肝試しをしてしまいヤーブの民ではなくなり、戦争時の投降にカミールさんが先頭を切って出て行ってしまったのだ。
 そのせいでかなりの住人が投降に従ってしまった経緯がある。
 そんなカミールさんも結局亡くなっていたようで、ウヤの街には現れなかったそうだ。
 残ったカミルさんも結局、カミールさんが裏切っていたことを知りながらも族長だけが知る情報を流していたらしくて、さすがに村に居られなくなってしまって今回の移動で村を出ることになったそうだ。
 自分は悪くないと言っているそうで、反省をしていないので族長も止めることはできなかったらしい。
「でもアクラムさんは村の人の相談にはよく乗ってくれて色々アドバイスをしていたそうですね。それを買われて今回から族長兼村長になられるんですよね?」
 そう俺が言うとアクラムさんが頷いた。
「私しか若い者で告げそうな人がいなくなってしまったからね。アッザームならいい族長になれただろうに……どうしてもあなたと一緒にいると言って、村にはもう戻らないと言っている。聖女の従者だからそうしているのではなく、そうしたくてそうしていると言っているそうだけど……」
「多少の影響はあると思いますけど、俺は自分で決めることは自分で選んでと命令に似たことを言ってあります。アッザームが本当に望むことをするようにという制限は掛けていますが、奴隷の時のような強制はないです」
 そう俺が言うとアクラムが言った。
「聖女の従者の呪いも解いてしまったらどうだい?」
 そう言われて俺ははっきりと告げた。
「それをするとアッザムが傷つくからしません。聖女の奴隷の解呪も無理矢理したんです。そうしたらもの凄く泣かれてしまって……その後ずっとアッザムは落ち込んでました。奴隷で良かったのにって。そうすれば死んでも逆らわないで済んだからって……裏切るってことはアッザムの中でどんなことがあっても曲げてはいけない物だったみたいです。だからそれに従える奴隷はとても楽だったそうですよ」
 俺がそう告げたらアクラムはふっと目を伏せていた。
「君に文句を言う場面ではなかったね。悪かった。アッザームはずっと自分の感情に振り回されて苦しかったと言っていた……私はそれを怒りっぽくこらえ性のない性格だと思っていたのだけど、本人は分かっていても止められず苦しい思いをしてきたんだと聞かされて……とても驚いた。そして今、聖女の従者になり、誰よりも落ち着いて村を見ている。そして戻ってこない決心をしたアッザームは族長に必要な落ち着いた心を持っていると思ったんだ」
「それは村として欲しいのでしょうけど、アッザムである必要性がないですよね?」
 俺はそう言うと、アクラムはふっと考えてから頷いた。
「そうだね、アッザームでなくても同じ人がいて村に残ると言ったら、きっとアッザームのことはさっさと諦めるね……そうだね……こういう勝手な思い込みをして俺たちは村を窮屈にしてきたのか……」
 やっとそこに思い至ったようで俺は少しだけホッとした。
「そもそもヤーブの民だから村にいないといけないということ自体が、ただの思い込みだったのかもしれないですよ。村を出たってヤーブの民であるのは変わらないし、変わりようもなかった。だって今までだって村を出て行った人はいるんですよ? 人それぞれで村生活が合う合わないもあるんですから、そこは自由になっていいところだと思います」
「でもそれで村がなくなったら……」
 そうアクラムさんが言うとレギオンが言った。
「俺の生まれた村はもう既にないんですよ。俺が生まれる前、数千年前からあったんです。俺が村から出て行くまでも二百人くらいはいて、人も多かったのに、五十年後には村人は全員出て行って、たった一人残った住人が村は滅んだと言った。村ってのは案外簡単に崩壊するんですよ……誰かのせいではなく、あっという間に終わる物なんです」
 レギオンの言葉にアクラムさんはそういうものなのかと思ったようだった。
 長く続いている方が不思議で、しかもここは砂漠で辛うじて住めている土地である。
 街へ出て行く人を止めることはできないし、しても駄目だ。鬱憤が溜まってやがて爆発して一気に滅ぶ結果になる。
「ここは特殊環境で九千年も続いてきていた。寧ろ今までよく持っていた方だと思いますよ。ただ崩壊時は自分たちの時代で来ただけであって、それが村が森に飲まれて終わるのか、そうでないのかの違いだと俺は思いますけどね……」
 レギオンは森の進行速度が速い事を知って、村は恐らくアクラムの次の世代になれば森の中に飲まれていくだろうという計算が浮かんでいたらしい。
 やたらと毎晩森が育って異音を発している状態だ、根はきっともう村の先まで届いているだろう。
「村は崩壊するという現実は目の前にある。目を背けてはいけない。いつか村ごと移転するか、街へ全員で移り住むか決めないといけなくなる時がくる。そうなった時のための準備をあなたはするべきだと思う」
 レギオンの冷静な話にアクラムはやっと自分が見るべき未来が見えたようだった。
 そういうしっかりとした視線を向けて頷いている。
「俺は……存続を如何にするかばかり考えていた。だが現実問題村は森に沈むのは分かっていたこと……俺はそこから目を反らしてはいけないのだな……最後の村長と族長のつもりでなすべき事をなすことを目指そう……」
 そう言った決心が見えたので俺は言っていた。
「そういうことならアッザームも外から村を助けてはくれると思いますよ。街へ移住するならその移住に必要な物は揃えられるように手配できますし」
 俺がそう言うとアッザームが戻ってきて話に入ってきた。
「ハルの言う通りだ。そういうことなら外から手助けはできる。それに今から出て行く村人だって、その助けはしてくれると思うぞ。あいつらもこの村が嫌いで出て行くわけじゃないしな」
 そうアッザームが言ってアクラムさんは驚いている。
「今のお前がそう言うと信じられるから不思議だ。前は尊大だったのにな」
 そう言われてアッザームは俺に凭れ掛かってから言うのだ。
「全部ハルのお陰。俺は平穏を手に入れたんだ。だから邪魔するなよ」
 そうアッザームが言うのでアクラムさんは笑った。
「分かったよ、邪魔はしないが、協力はしてもらうってことで」
「ああ」
 そう言って二人はしっかりと握手をしていた。
 どうやら初めて兄弟で真面に話して真面に協力をしたらしいんだよね。
 その後、アッザームとアクラムさんは俺を挟んで二人で村のことを何時間も話していた。
 俺はそれを話半分で聞いて、イヴァンとレギオンと共に村人との別れの祭りをした。
 俺たちが来て色々あったけど、村人達はずっとくすぶっていた何かが爆発してしまったのだと感じていたようだった。
 中には村の終わりが近いことは既に察していて、森の侵食によって消える前に滅びるのかもしれないと思っていた人もいたみたい。
 だから最後の結束で戦争に勝てたことは力になったし、それでもし村が終わってもいいという気分はちゃんと味わったらしい。
 そして終焉へと向かう村のために残る者と出て行く者がいても仕方ないと思ったそうだ。
 ちょうどウヤの街が再開発されるから村人がそこに入るのは実は絶好の間なんだよね。
 先に村を出る者は残った村人のために準備をしてくれると言うし、村はそういう連携を取っていくことになったようだった。
 村が滅んで生まれてくる者がジニ族ではなくなっていくかもしれないが、それも時代の流れだ。
 一万年も繁栄してきた種族である誇りは最後まで持っていこうとしている。
 それを俺はちゃんと見られてよかったと思った。


 ジニ族というのは近親相姦でしか種族の維持ができない種族で、ジニ族と人間なら、人間に引っ張られジニ族ではなくなるのだそうだ。だから村を出てしまい、外で他の種族と結婚をすればジニ族は生まれないわけだ。
 だからこれからジニ族はどんどん減っていくだろう。
 でも彼らの輝かしい記録は公式にも残る。
 伝えていく何かを残せば、きっと誰かの目に触れる。
 俺が調べ物をしているように、伝説として残るかも知れない。
 
 その後、ジニ族の村が森に沈むのに三百年も掛からなかった。
 森が村の外れに達した時に、村人は村を出ることを決心して村を捨てた。
 ウヤの街はそれを支援して村人を受け入れてくれて、一部はレテカの街も受け入れた。
 そうやってジニ族は街に馴染んでいき、やがて種族としてのジニ族は三千年の時をかけて唯一のジニ族の一人を残してこの世から消え去っていくのである。
 そういう運命であっても、それでも生きた証しはしっかりと残るのだ。



 俺たちが村を出るときは盛大に見送られて村を後にした。
 結束がより一層固まった村だったけど、元族長も元村長も新しい族長兼村長も皆いい笑顔をしていた。
「元気でな!」
「またおいでよ!」
 そう言われて見送られて、俺たちはまた砂漠を渡る。
 せっかく持って来た鳥馬を使って、村人を乗せた荷馬車を運ぶことになってしまったので、その荷馬車を持ち帰るためにアフマドくんやタージュさんもまた街にトンボ帰りになってしまった。
 まあ、荷運びは俺がいるけど生き物の人だけは運べないから仕方ないんだけどね。
 そんな俺たちの頭上を大きな竜の群れが渡っていくのが見えた。
 上空五千メートルくらいを飛んでるのか小さく見えるけど、その竜が飛ぶようになったのは最近のことらしい。
 アトフ山の南側とフルツ山に縄張りを持つ竜種がいて、それがそこを飛び回るようになったらしい。
 それは二百年前くらいは普通にあったことらしいが、それがピタリと止まってから最近再会したらしいんだよね。
「これだけ高くを飛んでいたら、全然怖くはないね」
 俺がそう言うとイヴァンが笑う。
「確かにこれくらい離れていればな。でも一瞬で急降下してくることもあるそうだから気を付けないといけないと聞いたことがある」
「速さではさすがに誰も適わないよね……」
 俺がそう言うとストンと何かが旅の列の前に落ちてきた。
 緑色に光る鱗だ。大きさは三十センチくらいある。
 兵士がそれを取り上げて、ヴァレリアさんに見せている。
 ヴァレリアさんはそれを見て言った。
「どうやら竜のお気に入りがいるようで、贈り物をしてくれたらしい。竜の落とし物は旅の安全を確証するものだと昔から言われている」
 ヴァレリアさんがそう言うと、わっと旅の一行が盛り上がった。
「幸先がいいのか」
「へえ、竜なんて私たちが生きている間に見られるものだったんだね」
 そう村人も言い合うくらいに珍しい飛竜の姿は俺たちを勇気づけてくれるものだった。
 その後、ウヤの街に到着すると整備が大分行き届いた街を見られた。
 よほど酷かったらしい街だけど、レテカの街や周辺の街の大工などが集まって修繕をしてくれていたらしく、一月でかなり見られるようにはなっていた。
 商人も支店を出してくれて、街に大分活気が戻り始めている。
 そこに越してくる人も多くいて、ジニ族が住まうエリアもちゃんとヴァレリアさんが用意してくれていたのであっさりと引っ越しの荷物も入れられた。
 全員の家を回るのに一日かかったので俺たちは一泊してからレテカの街に行く人達と共に三日後にまた先を急いだ。
 その先のレテカの街では役人と冒険者組合と商業者組合が協力してくれて、ジニ族の村人を数件分受け入れてくれた。
 街中では不安だろうからと俺たちの家がある丘のちょっと先の静かなところに家を建てて貰って、そこにジニ族だけではなく、新しい少しの住人と暮らすことになった。
 段々となれるようにとタージュさんとニザールさんが残ってくれるらしくて、アフマド君も様子を見にきてくれるらしい。
 村を出られてホッとしていた村人も大きな街を見たらちょっと不安になったみたいだけどすぐに知り合いが近くに居ると分かってホッとしたようだった。
「少しずつなれていけばいい。無理はしなくていい。分からないことは担当に聞くこと」
 そういう約束をして村人を新しいところに置いて俺たちは一旦街まで戻り、領主のいる役場に報告に行った。


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