彼方より
077
ウヤの街の開放と、俺たちの平穏
俺が遺跡のガゼボで竜種に会ってきたと話を聞いた村長達は、まさかあの遺跡が古代遺跡の何か重要な装置だったことを知って、家中の貴重な本を掘り返した。
昔の言い伝えにしか残っていないものだけれど、その一言一言に意味があると気付いたので、戦争中だったけれど秘薬で元気になってるので、平気で本をひっくり返す作業をしてくれた。
それによると、遺跡の情報がちゃんと載っていたのだ。
「九千年前の写しの写しだなこれは……少し脚色はされているが、竜に会うための遺跡と称号を変える変換装置があると書いてある」
昔の言語で書かれているけれど、俺は問題なく読めるのでそういうものを積極的に出して貰ったら案の定ちゃんと言い伝えではないけど、忠告はあるものだった。
あそこは称号を変えるための施設と、竜種のいる苗床へ行く装置の二つがあり、称号を与える装置は既に故障しており、起動せず。称号を取る機能は生きるため、村人に入らぬように忠告をするも入る人が止まらなかったので村側であそこを水に沈めたらしい。
そうして九千年以上放置されてきて伝える必要もないと思われてきたけど、森の侵食によって地下の施設が掘り起こされて地上へと露出してしまった。
どうやらその称号を移植できる装置の方をウヤの街の領主は欲しがっているようで、転移装置はたまたま見つかった偶然の産物として横取りも考えたらしいけど、行ったきりになる転送装置に意味はないので、俺が帰ってくるかどうかは賭けだったのだろう。
「こんなもののために……ヤーブの民ではなくなってしまうのか……」
族長にはショックなことだったかもしれないけど、戻す装置が故障していて既に使えないとなると、戻すことを強制はできないだろう。
それにこの戦争前に村を出て行った者が何食わぬ顔で戻ってきて暮らせるわけもないのだ。
だから出て行った若者は戻ってこないし、また今から出ていく者も止めることはできない。
村を守ることも大事だけど、その村に固執するあまり、若者を縛っていたのは事実だろうな。
そう思ったんだけど、俺は口には出さなかった。
やがてウヤの街が引き越した戦争はセフネイア王国の国王の耳にすぐに入った。
領主の勝手な行動はここのところ目に余るところがあったのか、国王軍が挙兵しい、その先頭にはレテカの街の兵士達が先鋒としてウヤの街へと乗り込んだ。
ウヤの街はそれによって解放され、一気に街の状態が報告されていく。
ウヤの街の領主は、軟禁されていて右腕的な存在であった男にウヤの街を乗っ取られていたことが分かったのだ。
その男は混乱の乗じてウヤの街を脱出していたようで、既に領主邸にはいなかった。
ウヤの街に入ったレテカの兵士達は、ウヤの街の惨状を目の当たりにして絶句したほどだった。
町民は痩せ細り、店なども存在せず、農民は死に絶えていて兵士が農民の真似事をさせられていたという。しかし戦争に駆り出されてしまい、ジニ族との戦闘にて死亡していることが分かった。
街として機能しているのがおかしいほどで、そのくせ領主邸は金ピカな宝物が沢山並んでいて、一部は持ち出されていたが、それでも余りある贅沢の限りを尽くしたものが残っていた。
領民はレテカの街からきた兵士にも素直に答え、彼らが炊き出しをした物を出してやると素直に現状を教えてくれた。
すぐにレテカの領主代理によって現状が伝えられた国王は、ウヤの街に領主の権限を領主に戻し、立て直しをさせることになった。
監禁されていた領主の息子が右腕的存在だった、カーブエシル・アドに洗脳を受け、贅沢の限りを尽くした生活をしていたらしいが、その息子のエーギル・アズスは極刑を免れなかった。
反省の一途を見せれば少しは情状酌量もあったみたいだったが、矯正不可能なほどの残虐性を持っており、とても真面に戻れるような性格や性質ではなかった。
しかし生まれた時からカーブエシルの影響を受け続けたことによるものなのは明らかだったので、死刑にはされなかったが、生涯幽閉の身になった。
そして領主だったアダモ・アズスはこれ以上領主を続けるのは領民にもうしわけがないといい、家督を娘のナナイ・アズスに譲ってしまった。
ナナイはずっとカーブエシルに逆らい続け、町民を助け、街から町民を逃がす組織を作っていて、ずっと領民のために尽くしていたことが、逃げられた領民によって証言されて、そして国王に認められたのだという。
そうしてナナイは領主となり、まずはレテカの領主に力を借りて復興をすることになったのだ。
国王としても辺境地の街を取り潰してしまうことはできなかったし、他の領主を据えるのも考えたが、領民がそれに納得をしなかったのと、あまりの惨状にその領地を欲しがるような貴族は存在しなかったからだ。
先のグノ王国との戦争において、既に武勲を上げ、辺境の地を欲しがるような貴族がグノ王国の領主に収まっていたのもあって、候補がいなかったことも原因だったみたいで、それでナナイが領主になることが認められたのだとか。
解放されたウヤの街は、それこそ制限され続けた領内は二百年ほど外の世界とは遅れがあり、そこから改革をしていく必要があり、その改革にレテカの街の領主代表としてキルッカ伯爵が暫く逗留することが決まったそうだ。
しかしこれで一件落着とはいかなかった。
ウヤの街がジニ族の村を襲ったのはカーブエシルの指示だったけれど、ウヤの街には経済力がなかったから戦争に対しての賠償金を払うことがまずはできなかった。
そしてそれがその領土を貴族が欲しがらなかった理由の一つだ。
とてもじゃないが、賠償金は払えない。
ということはウヤの街の存続をさせたセフネイア王国に責任が移行してしまうわけだ。
セフネイア王国としてはジニ族に対して謝罪をする必要がでてきてしまったのである。
ジニ族は多大な被害と無理難題を押しつけられていることから、多額の和解金が必要だった。
それを一部は領主邸に残っていた金銀の家具を王国が買い取って和解金を作ってくれたが、それでも足りない分はレテカの街が利息無しにウヤの街に貸し付けたと言う。
そしてセフネイア王国の交渉役にはレテカの領主の代理としてヴァレリアさんがやってきた。
俺はそこに顔を出すことにした。その方が話が早そうだったのでね。
「ハルじゃないか……ああ、お前の仲間にジニ族がいたなと思い出してな、私が代理としてきた」
そう言われたので俺は笑ってしまった。
「こっちがアッザームです。それから族長のアーリフさん、そして村長のアーディルさんです」
俺が仲介をすると俺と知り合いで俺と普通に会話する元レテカの領主キルッカ伯爵のヴァレリアさんの豪快さに族長も村長も呆れているようだった。
「私がヴァレリア・バルバラ・サヴォイア、キルッカ伯爵だ。ウヤの街には賠償金と和解金を払う義務ができてしまったが、聞いての通りウヤの街はそれは酷く蹂躙されており、僅かな賠償金のみの用意しかできなかった。セフネイア王国からは賠償金を支払う用意があるが、受けてもらえるだろうか?」
そう簡潔にヴァレリアさんがいってきたのだ。
堅苦しい挨拶は意味がないからこの方が分かりよかったのもあって、それには族長も村長も納得はすぐにした。
村はウヤの街の兵士を全滅させた上で、その遺体を始末して埋め、遺留品には手を付けずに取っておいたことが更にセフネイア王国には好印象に移ったようで、相場よりも多めの和解金が提示された。
それは村にとっては二百年以上、結構な贅沢が許されるような額になっていた。
そこに賠償金も加わるのではっきり言って村への賠償金としてはかなりの額である。
そこまでするということは世界各国に向けて、ちゃんとジニ族との和解をして保証もしたとアピールをしたいのだろう。
特にシリンガ帝国に付け入られるようなことはあってはならないため、ジニ族をシリンガ帝国が楚々抜かさないようにしてきたわけだ。
もちろん、ジニ族としてもシリンガ帝国に付け入られるわけにはいかない。
だからこの和解案を受け入れるしかなかった。
「ジニ族は百人くらいからなる村だと聞いていたが……死傷者はいないと聞いたにしては少なくはないか?」
ヴァレリアさんにそう言われたので俺はそれを説明した。
「先に投降の提案があって、それで一部の村人がそれに応じて出て行ったんです」
そう俺が言うんだけど、それにヴァレリア様は首を傾げた。
「先にウヤの街に行ってきていたのだが、そこにはジニ族はいなかったのは確認している……となると投降したものは……移送中に……」
街にジニ族がいないということは投降した約20名くらいは砂漠の何処かで殺されてしまった可能性があるというわけだ。
「何てことだ……」
さすがに殺されている可能性を考えていなかった村長はショックを受け、族長も神妙な顔で項垂れてしまった。
それを聞いたアッザーム達はすぐに捜索隊を出して村人の遺体を探したんだけど、遺体は見つからず、荷だけが散乱しているのを見つけた。遺体は砂漠の魔物に食われたようだったが魔物に食われなかった服の一部が剣で斬られたように血が付いていたことから恐らく殺されたのだと分かった。
捕虜を取るほどの余裕もウヤの街には残っていなかったから、そうせざるを得なかったのだろう。
そしてそれを行ったウヤの街であるが、そこに住む人達も同じような扱いを受け続けてきた人達だったと聞いた今、恨み所を持っていく場所がなかった。
それでもジニ族は自分たちで決めた運命に従った上での結果は、どんな物でも受け入れなければならないという掟があって、それはその者が選んだ未来だとされてしまった。
ほとんどが家族ごと出て行っていたのもあり、残っている村人との密接な関係ではなかったことから、知らされればもちろん泣いたけれど、恨みをウヤの街に向けることはなかった。
「元凶は逃げているカーブルエシル・アドという男なんだろう? それならウヤの街の人間を恨んでもどうにもならない」
ジニ族はそう考えてたけれど、カーブルエシルへの恨みによる復讐だけは実行する権利を執行するとヴァレリアさんに伝えた。
しかしそれにヴァレリアさんは少し難しいことかもしれないと告げた。
「セフネイア王国としてはその復讐は認めるところだ。だが、シリンガ帝国へと逃げていたとすれば、帝国でそれなりの金を使って保護を求めていてそれを帝国が受け入れていたら、我々には手を出せなくなってしまう」
つまり、帝国が保護金を受け取ってカーブエシルを受け入れていたら、帝国内でカーブエシルを殺せば、その正当性が歪んでしまうのだという。
「それでも構わない。カーブエシルの首を俺たちが取る。それで納得してくれていればいい」
そうヴァレリアさんは言われてしまい、そこまでの覚悟があるならと認めた。
「もとより私たちに止める権利はないのだが、忠告はしておいただけなので、その先はすきにすればいいだろう……」
ヴァレリアさんは融通が利く人らしく、一応のリスクだけは教えてくれただけのようだった。
そのカーブエシル・アドという人は、どうやら魔族らしくシリンガ帝国から渡ってきた商人だったが、領主に気に入られて領主邸に出入りしている間に、上手く領主を監禁できて乗っ取れたらしいが、その裏にはシリンガ帝国の宰相あたりが関わっている書面が見つかっているらしい。
けれどそれを公にできないのはそれが本物かどうか分からないかららしい。
まず、公共で使われている封蝋が違ったらしいんだ。
なのでその手紙は偽物だと突っ撥ねられて言い掛かりを付けたことになってしまうのだとか。
上手く偽印が本物が使っている偽印だと知っている人が受け取っていたら、それこそ本物の宰相からの指示だったとしても、それが見つかった時でも偽印だと言い切れてしまうんだってさ。
「帝国がよく使う手なのだが、それが効果的でな」
どうやら帝国では偽物の封蝋を使って裏を掻くような指示書が出回っているのは戦争時の用心として習慣化しているらしいんだよね。だから幾つも偽印を使い分けていて、本物が分かるのは受け取る者だけってこともあるんだそうだ。
そういうわけで帝国内に恐らくカーブエシルは逃げただろうと確信した。
「見つけたらもちろん殺すけれど、帝国内にまで行って命を狙うようなことをしても狙った者が殺されるだけだろう」
そう言うわけで村ではシリンガ帝国まで追跡して殺すことはしないつもりだった。
何より、村人が減ったことで村人がやるべき事が増えたからだ。
砂漠でも砂漠でできる農業があるのだが、砂漠の砂で採れる芋の世話や、森へ行って魔物の肉を採る役割などが一気に少ない村人でやらなければならなくなっていたので、村人は忙しい。
そういうわけで復讐をしている余裕はなく、村人は忙しく働いていたんだけど、その中の一部の村人が村を出る決心をしてしまったのだ。
それはヤーブの民の称号がとれてしまった人々だ。
投降するのは怖くて残っていたけれど、村を出る心は残ってしまっていて、レテカや復興するウヤの街が受入れをしてくれるというのでそこへ行くと言うのだ。
「こうなっては誰も止められはしない。そういう流れは我々が駄々を捏ねても止まらないのだ」
それはジニ族に伝わる言葉らしく、出て行く者を止めることは無駄なことだという教えらしい。
悲しいけれど、現実を受け入れるしかなく、出て行く者はウヤの街に戻るヴァレリアさんが身の安全を保証してくれて世話もしてくれると言った。
ウヤの街では復興に伴い、土地を分けてくれたり家を用意してくれたりするようでそれに惹かれたらしい村人は出て行く決心が更に付いたみたいだった。
俺はただそれを見守るしかなく、止めることはできなかった。
だってその中にはアッザームだって含まれている。
アッザームは村を出て俺たちと一緒に暮らす決心をしている。だから同じように村を出る人達の中に含まれているのだから、俺にはそれを止めることはできない。
俺はアッザームに村に残ってとはいえない。
だってずっと一緒にいたいから、ずっと側にいて欲しいから言えなかった。
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