彼方より 076

ジニ族とウヤの街の戦争、その中での俺たち

 大きな怒号と共に戦闘が開始された。
「おおおおおおおおお!!」
 俺たちは見つかるわけにはいかないけれど、俺はフリヤールさんが心配になった。
 いくら秘薬を渡したとはいえ、子供と二人だ。
 しかもそれまで監視とはいえ、守ってくれていた人もいなくなってしまっている。
「イヴァン、レギオン、それにタージュさん、ニザールさん。こんな時だからこそ、フリヤールさんのところにいこう」
 俺がそう言うと、さっきのダーウードたちがいなくなっているのを知っているからか、他の人達は賛同してくれた。
「行こう、二人だと不安だろうし、状況が飲み込めていないかも知れない」
 そう言ってくれて先導してくれたのはタージュさん。
 もしダーウードたちが残っているなら放置するのもありだと思ったらしいんだけど、そうじゃないから、助けたくもなったのだろう。
 彼女がカイラーの何かで呪われていて取り憑かれていたようになっていたのは、俺が解呪したから分かっているのだ。
 俺たちは村人がこっちに来ないことを確認してからフリヤールさんの家に行った。
 ここまでは戦闘地域ではないけど、大きな怒号と矢も飛んできている。
 けれど村人は一気に負けてはいなかったようだ。応戦して三十分を過ぎても村までウヤの街の兵士がやってくることはなかったからだ。
 俺たちがフリヤールさんの家に辿り着くと、フリヤールさんは一人で息子を守るのが不安だったのだろう。俺たちを見てすぐに家の中に入れてくれた。
「ありがとう……来てくれて。誰もいなくて不安で……」
 フリヤールさんがそう言うのでニザールさんが状況を説明していた。
 静かに起こっていることを知ったフリヤールさんは洗脳みたいな状態が解けたからか、盲目にカイラーさんを庇うことはなかった。
「ああ、カイラーは……村を裏切っていたのですね……」
 そう言うとフリヤールさんはカイラーさんの持っていた荷物を見せてくれた。
「カイラーの荷物です。研究結果自体は持っていったみたいなのですが、書き損じや途中までの書き物などは残っていました」
 カイラーさんは森に調べに戻ると言っていたらしいが、ここに戻ってくる気はなかったようだった。
 そりゃウヤの街の兵士と繋がっていたのなら、ここが戦場になることは知っていただろうしね。
 それで自分だけ大事な物を持って逃げたのだ。
 でも今はカイラーさんが本当にガゼボから転移してしまったのか、それとも逃げるために何処かに行ってしまったかはまだ分からない。
 俺たちはカイラーさんが残していった紙を全部調べた。
 それによると、遺跡にあるものを調べてこいと言われてここにきたようだったのが分かった。
 そして居着くために権力者にある商人の娘であるフリヤールさんが適任だと思ってアプローチをしたのだという。
 そして結婚に至ったのは、やはり魅了のような状態が発動したかららしい。
 はっきりと魅了とは書いていないが、我が王の呪いが効いたようだと書いていたので、堕落の王の称号が付くとカイラーのいいなりに近い状態になってしまうらしい。
 しかし村人の中にはそれが効かないことが多く、数年を要してジニ族の誰もが持っている称号を消す方法を見つけた。
 それがあの遺跡だったのだ。
 あの遺跡の中にある称号を別の称号に変えるための祭壇があり、そこで『変わります』と発音するとヤーブの民という称号が消されてしまうのだとか。
「そんな危険な物がこんな近くにあったのか……」
 そうニザールさんが言ったんだけど、危険というよりはジニ族はそれを管理するために近くに住んでいたのではないかと俺は思ったんだけど、族長はそういうことは言ってなかったなと思い直した。
「それって転職みたいなものなんですかね?」
 俺がそう言うとニザールさんはキョトンとしていたんだけど俺がこちらの言葉でその意味を教えた。
「変わりますってこと。多分、称号を変えるか消せる機能が付いていたんだと思う。それか転職するための装置の一部とか……」
「やはりハルの世界の言葉なんだな」
「俺には区別は付かないけど、皆が分からない言葉で俺が理解できているならその可能性は高そう。あのガゼボの発動も俺にしか分からなかったみたいだけど……中途半端な言葉だと妙な条件が整って称号が消えてしまうのかもしれない」
 まだあの遺跡がどういう役割を持つのか分からないけれど、それでも竜種に繋がる道である以上、想像もしないくらいの何かができる施設ではあるはずだ。
 けれど、何故それをウヤの領主が欲しがっているのかが分からないのだ。
「ただの転送装置だとしても、行ったっきりで帰ってこられない可能性もあるのに、安易に欲しがるってことは、ウヤにはあの遺跡の情報があるってことじゃないかな。伝説でもいいし、書き付けられていたとかでも。手に入れるととてもいい物だという確証がないと戦争までして欲しがらないと思う」
 俺はウヤの街には何かあると思うんだけど、フリヤールさんは何か思い出したように自分の机にある本を開いて何かを取り出した。
「実は、カイラーの荷物から落ちた物だったんだけど、私は記念に勝手に貰っておいて隠していたんですが、見たこともない文字が書かれていて、私には模様に見えていたのですが……」
 こっちの世界のちょっと丸い文字とは違い、日本語で漢字が使われていたら角張った模様に見えてもおかしくはない。
 俺はそれを見せて貰ったんだけど、思いっきり日本語で書いていたように見えた。
「確かに模様に見えるな……ハルには文字に見えるのか?」
「うん、文字だよこれ」
 俺はそう言ってしっかりと意味を理解した。
 声に出さなかったのは、うっかり何かが発動してしまったら怖いので意味は紙に書いた。
『称号の変更をお願いします。私は~に変わります』
 つまり称号を変えることができるんだけど、その変えるためには称号を持っている人がいないと駄目だ。
「これって強制的に称号を変えることになるなら、多分他に称号を持っている人から称号を取る装置があって、そこで一旦称号を取ってから、空になった人が別の装置で称号を貰うんじゃないかな?」
 これは一個の装置ではなく、幾つかの装置が存在しているけれど、それは埋まったままかもしれないと思った。
 偶然使えたのは称号を取ってしまう装置で、『変わります』に反応して称号を取ってしまったと思われる。ならばあそこにはまだ重要な物が残っているかも知れないのだが、掘り出すことはできないし、かといって地下に入ることもできなさそうだ。
「つまり称号を付ける装置がない限り、ヤーブの民である称号は元に戻らないってことか……」
「そうなっちゃうね……」
 ニザールさんは出て行った村人にまたヤーブの民の称号が付けばまた村に住んでくれるとか思っていたみたいだけど、多分それは無理なんだと思う。
 もう心が変わってしまった以上、称号を戻すことはできないし、きっと意味がないと思う。
 人の心が称号で左右されてしまうのは何か違う気がする。
 ヤーブの民に生まれたから一生この村で暮らすっていうのも強制的すぎて、いざそれをしなくていいとなった時に心が離れるのが早くなってしまった要員かも知れない。
 そうやっているうちに暗くなってきたけれど、戦闘は止まることはなかった。
 というのも、ジニ族達は昼間に戦うよりも夜襲がとても得意だったのだ。
 ウヤの街の兵士はただでさえ砂漠を渡ってきて体力を消耗していた上に、着いてすぐに戦闘をさせられ、さらには秘薬で体力を回復したジニ族が一気に襲いかかってきたらそりゃもう持つわけもなかった。
 暗くなって一時間もしないうちに、ジニ族達によってウヤの街の兵士は敗走をする羽目になったんだけど、ジニ族がそれを許すはずもなかった。
 だってその人達がウヤの街に無事に戻ってしまったら、体力を回復してまた戻ってきて戦闘になるかも知れない。それを恐れるジニ族は敗走する兵士を追走して完全に仕留めていく。
 応戦せざるを得ないウヤの街の兵士は、どんどん減っていき、来た時には千人ほどいた軍隊は全滅する羽目になったようだった。
 たった五十人もいないジニ族のしかも若い人ではない、年老いたジニ族にさえ秘薬を与えてしまったからか、怪我も回復も早く、いくらでも秘薬で治ってしまうので死なない限りは復活可能だったからかもしれない。
 ゾンビのように蘇るジニ族に恐れをなしてしまったウヤの街の兵士は敗走もできずに全滅するしかなかったのかもしれない。
 俺もやり過ぎなのは分かっているけれど、俺がガゼボを発動させてしまったせいで戦闘になってしまったと分かった以上、惜しみなく秘薬を出すしかなかった。
 深夜になっても残党狩りが行われ、結局次の日の朝までジニ族の村は戦闘態勢で過ごしたが、やがて死に絶えたウヤ街の兵士の遺体集め、鎧を剥いで焼く作業の方が戦っているより長いという有様になっていた。
「ハル、大丈夫だったか?」
 アッザームは戦闘が終わってから俺たちが隠れている場所にやってきてくれた。
「アッザムも怪我してない?」
「大丈夫だ。ハルの秘薬がとっても役に立った」
「そう、それならよかった。まだあるから何かあったら言っていいよ」
 俺がそう言うと、アッザームが不思議そうにした。
「なんで秘薬なんかそんなに保存してあったんだ?」
「あーそれね、ちょっと止むに止まれぬ事情があってね……大量に必要だったのでね……」
 俺は竜種の話をしなければならないので、ここでは迂闊に言えないという態度でいると、アッザームは察してくれてそれ以上は聞いてこなかった。
「それでアッザム時間があればいいんだけど、族長さんに話を聞いてもいいかな?」
 そう俺が聞くと、アッザームはあっさりといいと言った。
「族長は戦闘には参加していなかったし、秘薬もちゃんと飲んでいるから元気だから、話があるなら呼んでくるが?」
「よければ呼んできてほしい、村長さんには族長さんから話して貰うってことで」
「分かった、呼んでくる」
 アッザームはそう言ってすぐに族長のアーリフさんを呼んできてくれた。
 アーリフさんは俺がガゼボから消えた話はイヴァンから聞いていたが、戻っているとは思っていなかったようで驚いていた。
「戻ってこられたのか……」
 まるであそこからは行ったっきりで戻ってこられないものだと思っているような態度だった。
「俺は戻ってこられましたけど。何かあそこは言い伝えがあるんですね?」
 俺がそう聞くと、族長は息を吐いて頷いた。
「あの遺跡の中を見たがったやつは大抵、そのまま神隠しに遭って消えるんだ。そういう言い伝えがあるから我らはあそこには近付かないが……儂等世代でも神隠しとは言っているが村から出て行った者のことをそういうふうに言うんだろうと思っていた」
「でも違った」
「そのようだな。それでどうやって戻ってこられたのだ?」
 そう聞かれたので俺は素直に答えた。
「あの先にはちょっとした空間があって、そこが苗床と呼ばれる場所です。でもそこには竜がいてそこでどうやってそこにやってきたのかを知られます。俺はどうやら正規の方法で転送されたみたいで、ちょっとお願い事を聞いたら機嫌良くこっちに転送し直してくれました」
 俺がそう言うとまさか竜の寝床に辿り着くとは想像もしていなかったのか、アーリフさんは目を見開いていた。
「竜がいるのか、あの先には」
「正規の方法で渡ったらです。あそこはちゃんとした文章を読めて、発音できて意味を理解できないと、転送装置は動きません。そして竜の場所に辿り着くには……異世界人でなければいけないんだそうです……」
 俺がそう言うと、さすがに話を聞いたタージュさんもニザールさんもイヴァンもアッザームも信じられないというような顔をしていたが、唯一俺と一緒に同行する羽目になったレギオンが言った。
「ハルの言っていることは本当だ。俺はこの目でその竜を見て、話もして、特例だが起きていられるようにしてもらった」
 そうレギオンが言うとイヴァンがレギオンに聞き返していた。
「起きていられるってどういう意味だ?」
「あの場所は異世界人しか意識を保てない場所だそうだ。俺が特例なのはハルが竜の願いを叶えたからその褒美だったらしくて……本当なら俺も何が起こったのか理解できないまま戻ってくることになるところだったんだが……本当に竜だ。あれはニライムジナにいる古竜だと思う」
 レギオンはあれがどんな古竜なのかは知っていた。
「噂を聞いたことがあったし、伝説の通りに金色の古竜だ。人語を話して、意思疎通ができる。そんな竜なのだが……あの苗床にいたからまだ俺も震える程度で済んだが、恐らく目の前にしたら、息することもできなかったかもしれないくらいの威圧を感じた」
 レギオンが詳しく話してくれたので、二人も同じ幻夢を見ていたことはないだろうと言うことで、竜がいる苗床と言われるニライムジナの何処かに転送されることは信じて貰えた。
 ジニ族にも昔からニライムジナの伝説の話は伝わっていて金色の竜がいることは有名なことらしい。
 そこへ行くための片道の転送装置だと分かってしまえば、利用する価値はそこまでないのは分かってしまった。しかしウヤの街の領主は何か別の方法を知っているか、そもそも片道でもいいので竜に会う必要があるかのどれかだと思う。
「よく無事だったな」
 そう言われて俺はキョトンとした。
「俺は怖かったけれど、恐ろしくはなかったんだよね……なんでかね」
 俺がそう言うと、レギオンが呆れたように言った。
「ハルはどうやら俺よりも少し長く竜といたからか、こう平気そうなんだよな……二匹目の竜とも普通に会話していたし……」
「二匹もか!?」
「うん、その二匹目の竜を起こして欲しいと言われてそれで起こしてきたからこっちに帰ることができたんだけどね……」
 俺が大変だったなと言うと、もう皆呆れている。
 竜種というのはこの世界において神同等の存在だ。
 更に古竜はその頂点に立つ存在で、各竜種に一匹しか生まれないらしい。
 俺はその貴重な竜種に二匹会い、会話もしてきたというから頭がおかしいと思われたのかもしれない。


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