彼方より 075

元の場所に戻ったら、色々変わっていたこと

 俺とレギオンがアルセツハントの森の中にある遺跡からニライムジナの苗床に転送されてからどれだけの時間が経過したのかは分からないけれど、俺たちは元いたガゼボに戻ってこられた。
「良かったちゃんと元のところに戻ってこられたみたいだ」
 俺がそう言うとレギオンは少し俺の事を変な目で見ている。
「ハルは本当に肝が据わっているな……俺は回復したとはいえ、それでもまだ震えが止まらないというのに」
 レギオンはちょっとまだ緊張をしているようで手が震えているのが分かる。
 俺は全然平気なのは多分、秘薬を過剰に飲んでいるし、何なら起こすためにニーズヘッグに掛けた時に霧状になった秘薬も浴びていたからか、余計に元気だけどな。
 戻ってきた時には周りに誰もいなかったけれど、ちょうど見張りの交代時間だったのか、俺たちがガゼボで話しているとそこにタージュさんとニザールさんがやってきたんだよね。
「ハル! レギオンさん! 戻ってこられたのか!!」
 タージュさんはそう言って俺たちに走り寄ってきた。
「すみません、何か発動しちゃって」
「それで戻ってこられて無事そうなのはよかった!」
 俺が状況を説明しようとしたんだけど、タージュさんはそれどころではないと言ってきた。
「ちょうどいい時に戻ってきたのか、運が悪いのか分からないな……ほんと」
 タージュさんがそう言うので俺は村で何かおきたのだろうと思った。
「何が起きたんです?」
「遺跡のガゼボが発動した後だ。急にウヤの街から兵士がやってきて村を明け渡すように要求がきたんだ」
 それは俺も想定していない出来事で、どういうことだと首を傾げてしまった。
 なんでそんなことが急に起きるのか俺にはさっぱり理解ができなかった。
「それで村の人達は大丈夫ですか?」
「大丈夫だが……いきり立っている者と明け渡した方がいいと言い出すヤツまで出てきて……」
「まさかそれがヤーブの民ではない人達が言い出したってことですか?」
 俺がそう尋ねると、タージュさんは頷いた。
「戦争になっても勝ち目がない、死にたくないから投降すると言って出て行ったんだ……」
「え……それじゃ」
「ああ、村の三割が投降した。ウヤの街で町民として暮らせると保証をしているらしいが、あんな閉鎖的な街で望んでいる街の暮らしができるとは俺は到底思えない」
 タージュさんもニザールさんもそう言うので俺も頷いた。
 先にレテカの街で起こったウヤの街の元住人と犯罪者の様子からも分かる通り、これは村に対する聞こえのいいことを言いながらも村は絶対に堕とすための嘘方便だ。
「アッザーム様も街で見聞きしていたことを話して、もう二割くらいの住人は押し止まったんだけどさ……それでも戦闘自体に駆り出されるのは嫌だといって戦闘になっても参加しないと言うんだ」
 こうなったらもうジニの村は終わったも同然だ。
「けど残りの奴らは戦う気でいて、戦闘の準備に入っている」
「なら俺も……」
 俺は村に行こうとしたんだけど、それをタージュさんに止められてしまった。
「止めた方がいい。ウヤの街の兵士が欲しいのは恐らくハルだ」
「……え?」
 俺はそれを聞いて驚いてしまった。
 どういうことだ? ウヤの兵士がそう要求をしたのだろうか?
 俺がそう問うように見たのでタージュさんが言った。
「レテカよりきた民間人は保護するのですぐに投降するようにと兵士が口上を述べた」
「でも、どうして急に戦争になるなんて」
 俺がそう言うと、タージュさんが言った。
「森の遺跡を調べていたカイラーが、昨日の夜から見当たらないんだ」
「カイラーさんがいなくなった?」
 一気に何かおかしな事が起きているのは分かったけれど、カイラーさんに何が起きたのか。
「それでフリヤールに話を聞いたら、遺跡を調べに行くと言ってそのまま戻っていないらしい。だが俺たちがずっと見張りをしていた間には現れなかったし、さっき見張りの交代で離れた以外で遺跡を見ていたから、ハルが戻る瞬間を狙って……」
「カイラーさんがあっちにいったかもしれないってこと?」
 俺たちがいた苗床に行くのに、俺たちが戻る瞬間を狙って入れ違いで行けると思ったのだろうか。
 俺はそう思ったんだけど、レギオンが首を振る。
「あそこに行くには正しい発音が必要だ。もし粗悪な発音でそこへ行こうとすれば」
「ちゃんとそこにはいけないかもしれないの?」
「そういう話をあの方とした。だから正しくいけないということは恐らく違った場所か、罠に落ちたかのどっちかだろう」
 カイラーさんがもし俺の真似をして向こうへいける確率はほぼゼロだ。正規の方法であっても異世界人でなければ行けない場所だとニライカムイは言っていた。だから魔族であるカイラーさんはそもそもあそこにはいけないことになる。
 ならば別の場所へと飛ばされているのかも知れないがそこが何処なのか俺には分からない。
「カイラーさんは探せないけれど……それにしてもどうして急に村を明け渡せって……」
 そもそもジニ族の村であるヨルリ村はセフネイア王国の領土にあるわけではない。
 ベルテ砂漠自体がどこの国にも属していないのでジニ族は自由民族として認められてきたのだ。
 それは一万年も続いた歴史があるそうで、王国よりもずっと前からあると言えた。
 それなのに明け渡せというのはおかしな話だし、タイミング的には絶妙すぎた。
「誰かこの遺跡のことを話したとかある?」
 俺がそう言うとタージュさんは少し考えてから言った。
「あれが何処かへの転移する装置だということを知った誰かがウヤの街の領主に情報を売ったかもしれないのか……」
「ウヤの街がこの村を欲しがる理由が他にある?」
 俺がそう聞くとタージュさんはないなと答えた。
「村としてはそんな遺跡を守って心中するのはごめんだな」
「村人もだけど、ウヤにとってもなんだけど、この転送装置、俺にしか使えない品物らしい」
 俺がはっきりとそう告げるとタージュさんは驚いている。
「そういえば、何処に行っていた?」
「ニライムジナの山。そこに繋がっているけど、ちゃんとした手段でちゃんとした方法で正規の条件を達成しないと俺が行った場所にはいけない。そう向こう側のヤツに言われた」
 俺がそう言うとタージュさんはそれじゃと慌てた。
「カイラーはそれじゃ……」
「正規の手段でないとあそこにいけないことは分かっているんだけど、それ以外が何処に行くのか俺は聞かされていないんだ」
 そう言うとタージュさんは気持ちを切り替えた。
「カイラーのことは後回しにしよう。ハルみたいに戻ってこられる可能性もあるわけだし」
「そうだね、そうだといいけど」
 俺たちはそう言い合いながら村の方に戻った。
 村の裏口から入っていって混乱中の中を彷徨くのはマズイとタージュに言われたので人が来ないところにいるとイヴァンとアッザームがやってきた。
「ハル……!」
「よかった、無事か!」
 そう言われて抱き締められて顔中にキスをされたんだけど、先に俺に抱きついたイヴァンが言った。
「ハル……何か大きくなってない?」
 そう言うものだからアッザームも俺に抱きついてきたんだけど、やっぱり同じことを言うんだ。
「ほんとだ、気持ち大きくなってるし、体もしっかりしてる……どうしたんだ?」
 二人に問い詰められたんだけどそんなことは後回しでいいはず。
「今はそんなことよりも……村のこと……!」
 俺がそう言うとアッザームが言った。
「もう方針は決まってる。俺たちは戦うしかないよ。他の国からの支援はないが、あっさりと明け渡すわけにはいかないし、明け渡す理由がない」
 そう言うので俺たちはウヤの街が欲しがっているのは遺跡ではないかと先に話していたことをアッザーム達に話した。
「なるほど……可能性はあるな」
「転移の装置となれば、価値はあるが……あれは特定の場所へ行く装置だろうから、ウヤの領主が望んでいるものかどうかも分からないぞ?」
 そうアッザームが言うので、俺はタージュさんに話した通りにあそこには正規の手続きと手段が必要な上に、異世界人でないといけないことを告げた。
「つまり、ハルか他の勇者でないと、行った先で意識を失ってしまってそのまま衰弱死するのがオチなわけか……」
「向こうに行っても望むものは手に入らないし、ショック死するのがオチだよ」
 俺がそう言うとお前は何で生きているのだという目で見られたけど俺は言った。
「俺はこの世界にきた時点でもう既におかしいことになってるから、今更更に違うところで変な目に遭っても割と平気だっただけで」
 見てきた物に関しては今は言わない方がいいと思って言わなかったし、レギオンがそれは後だと言ったので底での話は後回しになった。
「ハルはこのまま隠れていた方がいいな。村の住人が投降したりして疑心暗鬼になっていて、ハルを庇ってやれるほど余裕がない」
 アッザームがそう言うということは殺気立っている村人を刺激しない方がいいのだろう。
 村人からすれば俺はセフネイア王国からきた人間だからスパイ疑惑も湧くわけだ。
「アッザム、村のために戦うんだろう? 絶対に生きて帰ってきて欲しいから、これを渡すね」
 俺はそう言ってアッザーム達のために秘薬を入れたガラス瓶をありったけ出した。
「ハル?」
「皆で戦う前に飲んで、それから持っていくように」
 俺がそう言って渡すとアッザームはそれを受け取った。
「分かった、ありがとう。ハル、ちょっと行ってウヤの騎士なんか切り捨ててくるな」
「うん、気を付けてね」
 俺はそう言い、アッザームと別れた。
 イヴァンがこっちに残り、タージュさんも残ってくれた。
 本当は村のために戦いたいだろうに、俺たちが不利にならないように見つかった場合、助けてくれるつもりでいてくれているのだ。
 俺たちが村の森に近い方に隠れていると、そこにフリヤールさんがやってきた。
「あなた……戻ってきたの……ねえ、カイラーは見なかった?」
 そう聞かれたのだけど、俺は会っていなかったので正直に会ってはいないことを告げた。
「そう、遺跡にまた行ったのかしら、どうしましょう」
 そうフリヤールさんが言うんだけど、俺はフリヤールさんの持っている称号がどうしても気になったのでイヴァンやレギオンに尋ねた。
「堕落の王って何の効果があるの?」
 俺がそう問い掛けるとすぐにイヴァンもレギオンも察してくれた。
「旧支配者の中でも人を堕落させるよくない神だ。誘惑が多くて大事な物も裏切ることがある」
 そう言われてしまったので俺はタージュさんに言った。
「フリヤールさんを解呪したいんだけど……お願いしても大丈夫かな?」
「解呪をか? 理由を言えば嫌がるとは思えないけど……やるなら今の方がいい。カイラーの腰巾着のやつらがちょうど今はカイラーを探しに森に行っているから」
「じゃあ、すぐやる」
 俺は家から出て行こうとしているフリヤールさんを追いかけて行って話しかけた。
「あの、ちょっと何かの呪いみたいなのが見えるので……解呪します」
 俺はそう言ってフリヤールさんがこっちを向いてくれた時に腕を取って強引に解呪をしていた。
 こんなのはよくないけど、堕落の王の称号は更によくないと聞いたら解呪するしかなかった。
 多分、このせいでフリヤールさんは魅了に近い形でカイラーさんの影響を受け続けるし、彼を探してこうやって放浪するようになる気がしたのだ。
「は……なに……」
 俺の解呪によってフリヤールさんが倒れ込んだけど、イヴァンがさっと抱えてくれて倒れ込まなかった。
 俺は直ぐさま鑑定をしてみてホッとする。

【名前】フリヤール・ヘンケン
【年齢】160歳
【基準lv】350
【種族】ジニ族
【称号】魔法使い
【技能】火魔法 生活魔法
【運】なし
【加護】なし
【生命力】450
【魔力】500
【備考】正常に戻った。息子にアーリムがいる。誰よりも息子を愛している。

 変な称号は消えて元々あったであろう魔法使いの称号が戻っている。
「フリヤールさん、大丈夫ですか?」
 俺がそう尋ねるとフリヤールさんは何度か目を瞬かせてからゆっくりと頷いた。
「何か変化はありますか?」
 俺がそう尋ねるとフリヤールさんは言った。
「アーリム……ああ、あの子を放置するなんて……なんてこと」
 フリヤールさんはそこで解呪されたことで自分が今までどういう状態だったのかを理解した上で、息子のアーリムくんを心配している。
 お母さんなんだな。
 やっと正気に戻ったフリヤールさんだけど、解呪によって疲れ切っていたので俺はフリヤールさんにも秘薬を飲ませた。
 俺の解呪のお陰ですっきりと意識がはっきりとしたらしいフリヤールさんは俺の出した物でも素直に飲んでくれた。
「ああ、体が楽になっていく」
 そう言うと自立して立てるようになったのでイヴァンも手を離してやった。
「これを息子さんにも飲ませてあげて、今は大変な時だから家からでないように。そして怪我をしたらこれをまた飲ませてね」
 俺はそう言って秘薬を多めに渡した。
 フリヤールさんはそれが回復薬だと認識したようで、それを服のポケットにしまってから頭を下げて慌てて家に戻っていった。
 家へのドアが閉まると同時に森からカイラーの腰巾着だったダーウードたちが戻ってきたのが見えたので俺たちは隠れた。
 すると側で話している内容が聞こえた。
「カイラーさんに言われた通りにウヤの役人に遺跡のことを知らせてきたのにな」
「カイラーさんはいなくなるし、ウヤの兵士は攻めてくるし……そろそろ俺たちも出た方がいいんじゃないか? 戦闘に巻き込まれたら俺たちも戦わないといけなくなるし」
「そうだな、もう村も終わるだろうから、逃げた方がいいな」
「フリヤールはどうする?」
「カイラーさんはもう用はないと言っていたから、放っておいていいんじゃないか?」
「じゃあ、裏から行こう」
 ダーウードたちはどうやらカイラーに言われて遺跡のことを知らせていたようだった。
 カイラーさんはウヤの街の役人と繋がっていて、遺跡のことを調べてくるように言われていたのか。
 そうして俺があれを発動させてしまったから、ウヤの街に報告をして自分でも確かめようとしてカイラーさんは俺の帰ってくるタイミングにそこにたまたまいたのか、発動時にそこにいて他の所へ転送されてしまったのだろうか?


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