彼方より
072
森の中の遺跡
俺がそう思いながら中身のなさそうな研究結果を聞いていると、カイラーさんが言った。
「どうせなら、見てみませんか?」
「え?」
「どうせ暇でしょ。ここにいても物を集られるだけですよ。遺跡の森まで歩いて半時ほどですし、今から行けば夜には戻れますよ」
そうカイラーさんが言う。
俺はいいけど、アッザーム達はどうしよう……、連れて行ってヤーブの民ではなくなってしまったらそれはそれで困るんだけど。
そう思っているとレギオンが戻ってきた。
「話は聞いた。俺が変わろう」
アッザームを連れていく訳にはいかないので、レギオンが代わりに付いてくることになった。
「大体の流れは分かったが、遺跡に何かあるとすれば、誰かが動くはずだ。俺たちが囮になるからアッザームは後から付けてきてくれ」
そうイヴァンがコソッとアッザーム達に言う。それにアッザームは心配そうに俺を見たけど、遺跡に何かあっても俺はヤーブの民ではないので大丈夫だと思うんだけどね。
「とりあえず見てみよう。それからちょっと考えるね」
俺は問題の遺跡を見てくれば、何か情報が得られるんじゃないかと思って遺跡行きを承諾した。
アッザームは心配そうだったけど、イヴァンとレギオンに、犠牲を承知のタージュさんとニザールさんが同行してくれることになった。
村長にはとりあえず報告をした。
「カイラーは改名をしているよ。彼の両親にジニ族の娘と結婚をすると言ったら大反対されたとかで、これまでの名を使えなくなったと聞いた。それでカイラーという名に変えたんだ。元々、偽名を使って考古学者をしていたのもあって、家の名前は使っていなかったそうだ」
カイラーさんは考古学者ではあるけど、家はそれを許してくれなかったんだってさ。
なんだ、ならば偽名ってわけでもないし、魔族でも怪しくないって事か。
それからカイラーさんが魔族だったことは村の人達は知っていたから、そっちに感化されればまあヤーブの民ではなくなるのかな……。
ちなみにカイラーさんは元々はシリンガ帝国のビルコって街に住んでいた考古学者で、そこで砂漠に埋もれた遺跡とかを調べている人だったみたい。
なのでこの遺跡への出入りもごく自然なことみたいなんだよね。
だから今回も誰も止めはしなかった。
俺はカイラーさんと遺跡を調べてくることになった。
俺の鑑定を使えば何か違いが分かるかも知れないという期待も込められていたから、俺は断れなかったんだよね。
すぐに準備をして村を昼前に出て森に向かった。
アルセツハントの森はヨルリ村のすぐ側にある。
砂漠から吹く風のせいか、入り口の緑は砂塗れになっていて黄色の色をしているが、触るとそれが剥がれ落ちる。
「元々はもっと西にあったらしいんだけど、森の新色で村の側まで森が繁殖してきたらしい」
そうカイラーさんから説明を受けて俺は本当にカイラーさんはこの辺りのことに詳しいんだなと思った。
考古学者ではあるから遺跡にも興味があるんだろうと思っているけど、それは村の人と結婚するほどに熱中できるものなのだろうか?
俺はそういう執着をしたことがないのでよく分からないけれど、カイラーさんはそうまでしても村に居たい理由があるってことなんだよな。
そう思って森に入った。
一行は、俺とイヴァンにレギオン、ジニ族からタージュさんとニザールさん、それにカイラーさんとカイラーさんといつも一緒にいるらしいダーウードとダーキルの兄弟。アン=ナッジャールって苗字なのは鑑定を見て分かったけれど、この二人も既にヤーブの民ではなくなっている。
それどころか……。
【名前】ダーウード・アン=ナッジャール
【年齢】150歳
【基準lv】300
【種族】ジニ族
【称号】堕落の王イェ・リク=ルドルの誘惑(従)
【技能】剣術 生活魔法 火魔法
【運】なし
【加護】なし
【生命力】590
【魔力】800
【職業】なし
変なのついてるよな。堕落の王イェ・リク=ルドルってなんだ?
神様の名前全部覚えてないから分からないけどさ……旧神にはいなかったような……でも王ってついているから旧支配者の王の一人か……。
魔族側だと確か旧支配者を信仰しているらしいから、魔族の関連になっているってことなのかもしれないけれど、カイラーさんに関わっているうちにってことかな。
でも他の人からはその王の名前はみかけなかったんだけどね……。
このことはまだ村長にも族長にも報告はしていない。
村人にはついていなかったから油断していたけど、ダーウードの鑑定が送れたせいで、同じであり違う効果の称号を持つ者がいるとは予想だにしていなかったことだった。
しくじったかなと俺は思ったけど、遺跡を見てからすぐに報告すればいいと思ったんだよね。
すぐにそれが大きな過ちだったことを知るのは、かなり後なんだけど。
しかしよく分からないままでも、俺たちは森の浅い部分にある遺跡にすぐに辿り着いた。
「元々は砂漠中にあったらしいから、かなり風化していたんだけど、森になったことであちこち木の根が彫り上げてくるのか、当時にはなかったらしいガゼボがいくつも出てきたと聞いた」
カイラーさんがそう言うので俺はちょっと驚いちゃった。
「ガゼボが出てきたのは割と最近なんですか?」
俺がそう聞くとダーウードが言った。
「俺の親父とかはガゼボがあるのは知らなかったよ。昔ここにはちょっとした建物があったんだけど、それが崩れてガゼボがでてきたみたいだけど、それでも二百年は立っているらしいし」
「そうなんだ……」
どうやら昔の遺跡には来たことがあるお年寄りもいたんだけど、誰もヤーブの民だったからおかしいと思っていたけど、どうやらその当時にはなかったのが目の前に沢山並んでいるガゼボだったらしい。
俺はそれに近付いてよく見てみる。
「確かにガゼボだよね……でも白い色をしているのは変わった石を使っているからかな?」
腐食しているとは聞いたけれど、それでも白さの上に苔が生えているだけで、擦ってみれば綺麗な白い石がでてくるのだ。
「それはイミル石というかなり高価な石だ。現在でも採れることは採れるけれど、王宮などの風呂に使われる以外で使われているのはあんまり見ないな」
そうカイラーさんに言われたのでそりゃ俺も見ないよなと思った。
鑑定をしてみるとちゃんとその通りのようだった。
【名前】イミル石
【効果】綺麗に見える。魔力を貯めることができる
【備考】魔法の発動に役に立つ珍しい石。地中深くか火山の石の中から出てくることが多い。
どうやら魔法を貯めることができるということは、風呂の保温とかも魔法で込めればできるってことで貴族が風呂にいい石だと思って使っているってことか。
石自体も高い値段で取引をされているから、科学者や魔法研究者には手が出ないんだろうな。
魔導具の一種としては使えそうなんだけどねえ。
俺はそう思って他にも遺跡の鑑定をしてみた。
【名前】アルセツハントの門
【効果】人を移動させる門への動力源
【備考】ニライムジナの苗床への輸送装置。
輸送装置ってことは転移するものなのかな?
でも一万年前のものとなると、起動するかどうかも怪しいだろうな。
そもそもそれが可能だったらとっくにジニ族が気付いていると思うんだけどね。
この結果を言うのも何だかちょっとはばかられたので俺はそれを言わなかった。
混乱させてもどうかと思ったし、先に族長さんたちに報告して許可を取った方がよさそうだなと判断したんだよね。
ちなみにイヴァンとレギオンに鑑定をして貰ったら。
「廃墟って出るな」
「遺跡の名前もでない」
と言われてしまった。
どうやら俺にしかこの遺跡が門であることを知らないようだ。
ならばここは慎重に族長と村長の意見を仰いだ方がいい。
俺は更に心に決めて俺の鑑定結果は言わなかったけど、イヴァンとレギオンは察してくれたようだった。
カイラーさんはそれに気付かなくて、俺に遺跡の説明をしてくれている。
「全部でガゼボは十二ある。何となく円形に並んでいて、その中央に十三番目のガゼボがあるはずなんだよね……」
まあそういう予想はカイラーさんでなくてもつくなあと俺は思いながら先に進んだ。
そのガゼボの中央辺りに行ってみるとカイラーさんの顔が驚きに変わった。
「十三番目のガゼボが掘り出されている!」
そういいながら近付いていくと、確かに周りにあったガゼボとは一段と違った十二角形の形をしているガゼボが木の根に押し上げられて出てきているのだ。
「昨日少しの振動があったがこれだったのか?」
そうダーウードが言うので俺はイヴァンを見ると、イヴァンも頷いた。
「夜中にそんな振動があった。よくあるんだそうだ。森が育つ音だってアッザームは言っていたな」
「そうか、森は外へと広がっているんだよな。さすがに音がするよね」
その音がした原因は分かったけど、その森の進行によってガゼボが掘り出されたから、こうなっているのだ。
ということはこの遺跡自体は普通の建物遺跡だったんだけど、木の根によって地下にあったガゼボだけが掘り起こされて地上に出てきてしまったというのが真相みたいだね。
「これは、更なる研究が進む……」
カイラーさんは喜んでガゼボに上がり込み、中を丹念に見ている。
ダーウードさんたちもカイラーさんが言う通りに遺跡が見つかったので何だか興奮気味に周りを見て回っている。
大きさ的には人二人くらいしか上がれない大きさのガゼボで、そもそもガゼボの役割を果たしているのか疑問なんだけど、二人か三人はギリギリ吸われるイスガ付いているから意味はあるっぽい。
すごく膝をつき合わせて話をするようになってしまうが、設計上恐らく一人が座って過ごす場所なのかもしれない。でもそれだと外の十二個のガゼボの意味が分からなくなる。
俺はそれを外で眺めているだけになったが、ガゼボの周りをグルリと回ってみた。
「歪んでいるけど、全部のガゼボが十二角形の先にある形なんだね。そこから何か力が加わって中央で何かが起きる感じがするね」
俺はそう言うとカイラーさんもそれに頷いている。
「まさしくそんな装置だ。だがここで何かが起きたとして……どうなるのかが分からない。ここで神託を受けるのか、何か力を授かるような神殿の一部装置なのか。はたまた何処かへの入り口か」
そう言われて俺はちょっと思い出す。
『入ります』
俺がそう言うとカイラーさんがとても驚いたように俺を見た。
「その発音は……」
あまりに驚かれてしまったんだけど俺は普通に喋っただけなので違いが分からない。
「俺には変わったようには聞こえないんだけど……でも違うんだよな?」
俺はイヴァンとレギオンに聞くと、二人は違うと言った。
「聞いたことがない言語に聞こえる」
「確かに、でも教会の賛美歌の中にそういう言葉に似たものがあったような気がする」
レギオンも記憶を思い出しながら言うんだけど、それも俺が聞いたら分かるのだろうか。
「ハル、それは何処で習って……」
カイラーさんに驚きながらそう言われたので俺は正直に話した。
「言語理解の技能を持っているんです、なので文字や言葉で困らないみたいですね」
そう言うとカイラーさんは色めきだった。
「じゃここに書いている文字も読めるはずだ!」
そう言われるもんだからさ、読んであげるしかないわけで。
俺はちょっと興味が湧いたんだよね。どんな文字が書かれているのかって。
カイラーさんたちがガゼボから出てくれて、俺とイヴァンとレギオンがガゼボに入るんだけど、しゃがんだところに文字が書いてあるのでどうしても一人出て貰わないといけないのでイヴァンとレギオンがじゃんけんをしてレギオンが勝って俺の側に残った。
「じゃ、いい読むよ?」
「読めるんだね!」
「読めますね」
俺はそう言ってガゼボの中に書かれている文字を読み始める。
『これより先へ至るのは、この文字を読め、そして言葉にできるもののみ。我の希望を叶え、そして我の元へと参じる異世界の者よ』
俺がそう発音した瞬間だったと思う。
十二のガゼボがリンリンリンと音がなり、そして光を放った。
その光が一気に中央の俺がいるガゼボに集まってきて、目の前が真っ白になるくらいに光った。
「ああああ!!」
「ハル!!」
レギオンがそう叫んで俺をしっかりと抱き留めてくれた。
俺は何かが発動する意味がある言葉だったのだと気付いたのは今だった。
あれは日本語だった。
日本語の発音で読み上げた瞬間に発動した。
そして俺は森の中から何処かへと移動させられたのだった。
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