彼方より 069

ベルテ砂漠を渡り、ジニ族の村へ

 レテカの街を出ると俺たちはウヤ方面を目指さずに一旦クトム街方面に向かった。
 さすがにウヤの混乱した状態でその街の側を通るのは危ないと判断してクトム街に入って、そこから砂漠を目指す。
 ジニ族たちはベルテ砂漠は庭みたいなもので、何処から砂漠に入っても方向を見失うことはないという。
 星が出ていたら絶対に迷うことはあり得ないし、天気が悪くても風の吹く方向で分かるんだって。
 一日掛けてクトムの街まで鳥馬を飛ばして行く。
 なかなかにハードだったんだけど、俺は慣れてなさ過ぎてさすがに頭の中がグルグルとしてちょっと酔った。
 でもクトムの街には入らずにそのまま砂漠の入り口で野営をする。
 俺が酔いながらでも天幕を出して、寝具も出して並べて休んでいる間に、食事も出しておいたので皆は食べていたけど、俺は遠慮した。
 もう何か食べたら何か出る感じ。
 回復薬を飲めばいいんだけど、それを飲んでも吐きそうで駄目だったので休んでいたのだ。
「ハル、大丈夫か?」
 イヴァンが様子を見に来てくれたけど、俺は完全に撃沈してる。
「まだ頭の中が回ってるよ~」
 俺がそう言うとイヴァンもアッザームも俺が付くって渡しておいた回復薬を取り出してきた。
「これ、飲んでおけ」
「うん……さっきまではこれ飲んでも吐いてたくらいにはヤバかった」
 何とか自分の回復薬を飲んでスーッと胃の中が回復して、回っていた頭の中がやっと回らなくなって止まった効果が出てきた。
「……ふう、止まった」
「もうちょっとしたら何か食べた方がいい。明日から砂漠だ」
「うん、分かった」
 俺はちょっと横になったけど、外に出たアッザームがアフマドくんと話しているのが聞こえた。
「あいつ、もういいのか?」
「やっと回復薬を飲んでくれたから、大丈夫だ」
「ふん、鳥馬くらいで軟弱な」
 そうアフマドくんに言われたけどその通りなので反論できないと思っているとアッザームが言った。
「アフマドも最初に鳥馬に乗ったときは吐いてた」
 アッザームの何気ない一言がちょっと酷いね。
「アッザム兄さん!! それは十歳の時でしょ!」
「初めては誰にでもあるってことだ。ハルは初めて鳥馬に乗ったし、旅自体二回目だ」
 そうアッザームが言うとアフマドくんは信じられないように叫んだ。
「はあ? あいつあの年で旅したことないのかよ!?」
「年も何も、ハルは二十歳だぞ?」
「ええ、あいつそんなに子供だったのかよ!?」
 こっちの世界だと二十歳は子供になるというのもおかしいんだけど、二十歳はまだ学校とかに通ったり職業訓練所に通ってあれこれ将来を目指す時なんだって。
 村出身だと狩りができるようになって独り立ちする時。冒険者になるのもこれくらいの年からって感じで、俺なんかちょっと早めに冒険者になってちゃんと仕事をしているからちょっと偉い方みたい。
「子供というとちょっと犯罪的だが、あれでも向こうの世界では大人扱いだそうだから大丈夫だ」
 アッザームがそう言うんだけど、何が大丈夫なんだアッザーム?
「アッザム兄さん!? それどういう意味!? まさかそういう関係ってこと!?」
 アフマドくん、声が大きいから。
 めっちゃ響いてるから。
「あいつら何やってんだ?」
 俺の側に残っているイヴァンが呆れたように呟いている。
 俺はちょっと笑っちゃってビクビクしていた。
 アフマドくん、まさか今の今まで気付いてなかったんかい……。
「え、え、え……? でもあいつイヴァンとかいうやつとできてるんじゃないのか?」
 とか言い始めて、アッザームがそれをわざわざ説明してるんだよね。
 多分、全員分かってて、アフマドくんだけが分かってないんだよね……。
「ハルは俺ともイヴァンともレギオンとも付き合ってる」
「…………はああぁぁぁぁあああ??」
 アフマドくんの反応が面白くてアッザームはわざと言ってるんじゃないんだろうか?と疑いたくなるような誘導で笑ってしまう。
「三人と付き合ってるのか!? なんだよそれ!?」
「なんだよって、俺もイヴァンもレギオンもハルを譲る気が無いから、ハルは全員と付き合ってくれている」
 そう言うんだけど、三人とも大好きだから付き合っているんであって、一人にしなくていいと許してくれているのは三人なんだよね。
 本当に感謝しなきゃなんだよ。
「意味分かんない!!」
「お前にはまだ早かったか……」
「……兄さん!? 俺は子供では……!」
「三人相手をするくらいで動揺してるから。まだ童貞なのか?」
 アッザーム!! それは駄目だ!!
「……くっ……アッザム兄さん!!」
 あ、これアフマドくん、童貞だわ。
 そこでアフマドくんが怒ってどっか行っちゃったみたいで声が聞こえなくなった。
 アッザームはちょっとして戻ってきたけど、俺は思わず言っちゃったもんね。
「アッザム、アフマドくんが可哀想だから、あんまり揶揄うのやめなよ」
 俺がそう言うとアッザームがちょっと首を傾げてから言った。
「駄目か? ちょっと面白いんだ」
 い、今更微妙に弟に興味を持ったみたいでよいんだけど。
「まあ、それで兄弟仲がよくなるならいいけど」
 俺がそう言うとアッザームはちょっと笑った。
「分かった、ちょっとだけにする」
 アッザームもやり過ぎたら嫌われるのは分かっているので気を付けると言った。
 その日はそのまま疲れてたのでそのまま眠ってしまった。


 朝は早くに起きて、日が出る前にベルテ砂漠に入る。
 俺は体調も元に戻ったのでせっせと後片付けをしていたら、アフマドくんと目が合ったんだけど、めちゃ顔真っ赤にして避けられた。
 セックスしてるとは思わなかったんだな。本当に可愛いなアフマドくん。
 俺はそう思ったけどアッザームに目を塞がれて言われた。
「ハルは他を見ないでいい」
「はい」
 弟で可愛いと思うことも駄目らしいので俺はアッザームに凭れ掛かった。
 砂漠へと鳥馬が歩き出すと、急ぎで来た時よりもゆっくりと砂漠に入っていったので俺はホッとした。
「暑いね」
 だんだんと日が上がってくると同時に暑さが増してくるから、俺たちは慎重に砂漠を渡る。
 日が出てくると皆が外套をしっかりと被り、直射日光を避ける。
 鳥馬は暑いも寒いも得意な生き物で、砂漠でも極寒でも耐えられるという魔物の鳥らしいんだ。
 魔物の乗り物でここまで強いのは珍しいんだけど、そのお陰で鳥馬は人慣れして飼育も可能になったらしいんだよね。
 俺たちは四日の期間、砂漠を渡っていく。
 ベルテ砂漠は場所によって流砂や魔物が出てくるのでそれを避けながらになるのであちこち蛇行した動きになるから地図で見ているよりもずっと遠くなる。でもジニ族の村がある場所なのでわざとそういうところに住んでいるのだろう。
 今回はジニ族の人達がいるからめちゃくちゃ最短距離で進んでいるみたいで、一日くらい短縮できているらしいんだ。それでもベルテ砂漠でカザからラビを通る道を行くよりもずっと時間が掛かっている気がする。
 もしかしなくても尾行を撒くためにわざと蛇行してるのかもしれないし、罠とかあってそこを尾行があれば罠に掛けるつもりなのかもしれない。
 なので俺は道を覚えないことにした。
 多分覚えても時期や通るときの季節や時間で砂漠の様相は変わってしまって、俺の覚えていることは起きずに、何も起きないと思っていたところで何か起きるかもしれない。
 だから俺にはそれ以外を見分けられる力はないのでそこは諦めるわけだ。
 一日目、二日目と続き、三日目に入ったら大分風が変わったのが分かった。
「この風は何処から?」
 俺がそうアッザームに聞くとアッザームが懐かしそうに答えた。
「森からの風だ。まだ離れているが、ここまでくるといつもそれを感じることができたな」
 そう言われてしまったらアッザームの心の中に村での生活が浮かんでいるんだろうなと思えた。
 更にもう一日。
 野営をして村まではもう目と鼻の先だって言うんだけど、全然見えないんだよね。
 けど昼間の暑さの疲労もあるので俺は僅かな時間だったけどイヴァンとレギオンが側に居てくれたので俺は囲まれて眠った。
 また日が出る前に野営を片付けて鳥馬に乗り進むと、森の大きな緑が遠くに見え、その手前に塀が見えた。
「あれがジニ族の村?」
「そうヨルリ村だ」
 ジニ族しか住んでいないと言うヨルリ村は昔からジニ族しか住めない場所らしい。
 砂漠に対する適応力とその向こうに見える森との共存が上手くできるのがジニ族だけだかららしい。
 都会の人がここで暮らすにはあまりに何もなさすぎて暮らせないときいた。
 もちろん最初からヨルリ村で過ごしていたら暮らせるのかも知れないがそれでも先陣者はいなかったらしい。
「でも最近、外からの婿に入ってきたやつがいる」
 アッザームがそう言うと周りのジニ族の人があまりいい顔をしなかった。
 どうやらあまり好かれていないらしいのは俺も察した。もちろん、それは俺が村に住んでもきっと気に入られはしないのかもしれない細やかな違和感を覚えるのかも知れない。
「おお、門番のアイハムには伝言は伝わっていたようだな」
 俺たちはちょっとした大行列なので遠くからでも目立っていたのだろう。
「おおーい、アフマド様! アッザーム様!! おかえりなさいませ!!」
 アイハムさんが元気そうにそう大きな声を出してきたので皆が手を上げて答えている。
 一気にヨルリ村に近付くと、門のように見えたのは家の壁で分厚く付くって家同士や物置をくっつけて塀になるように村は繋がって家が建っているようだった。
「久しぶりだ、アイハム」
 アッザームがそうアイハムさんは泣きそうな感じで嬉しがっているのが分かった。
「はい、お久しぶりです。さあ、村長も族長も待ってますよ」
 そう言われて鳥馬に乗ったまま村の中に入った。
 村はとても大きいのだけど、村民は145名だと聞いた。
 ジニ族がとても特殊でアッザームの話によると近親相姦を繰り返して血を混ぜることなくしてきた一族で、本当に最近まで村には混血の人はいなかったんだとか。もちろん村を出て行った人もいるので外の世界にはいくらでもそういう人はいるんだけど、村ではそれはないらしい。
 普通、そうなると人間では遺伝子欠陥とかできてしまうのでよくないとされているんだけど、この世界はまあ、俺の知っている常識は当てはまらないので大丈夫みたいだ。まあ、ジニ族は砂漠の神ゾホニ・ヤーブの民とされ人族ではないからかもしれない。
「アッザーム、よく帰った」
 そう言ってアッザームによく似た人がアッザームを見つけて近寄ってきた。
 そこで俺たちは鳥馬を下りて、その人に挨拶をすることになった。
「父上、こちらがハルだ。それから同じ組織の仲間のイヴァンにレギオン。今はこの四人で暮らしている。三人とも、これが俺の父でアーディルだ」
 そう言われて俺はじっとアーディルさんを見た。
 とてもアッザームにそっくりで俺は二百年後のアッザームを見ている気がしたくらいにそっくりだった。
「私がアッザームの父、アーディルだ。よく来てくれたね、ハル、イヴァン、レギオン。暫く滞在をしてくれるそうだね。ゆっくりとしていくといい」
「はい、ご丁寧にありがとうございます」
 俺たちはそうアーディルさんに礼を言って、それから他の人も紹介して貰った。
「こちらはアーリフ。族長をしている。こっちは私の一番上の息子のアクラムだ」
 アーリフさんはちょっと気難しそうな感じの表情を浮かべた方。どうやら村長の役割と族長の役割が違うのか、この二つは共存しているようだった。
 アクラムさんはあまりアッザーム達には似てなかった。
 恐らく母親に似たんだろうな。そういう優しい顔をしている。
 ニコリと微笑んで軽く頭を下げてくれたので、挨拶は握手とかはしないみたいだ。
 俺もその流儀に乗って軽く頭を下げた。
「さっそくで申し訳ないが、アッザームと少し話をしたい。悪いのだが君たちはそちらの会場にいてもらってもよいだろうか」
 そう言われて日陰のテーブルが並んでいるところに連れて行かれた。
 そこにはタージュさんとアフマドくんが付き添ってくれて、俺たちは椅子に座った。
 すると村の女性達などが一斉に食事を持って現れたのだ。
「どうぞ、お客様」
 そう言われて飲み物などを差し出されてしまったんだけど、思わず俺は鑑定した。
 何だろうと初めて見るものに驚いたのもあるんだけどね。それはお茶と砂糖を混ぜた飲み物で、客人などに出すのに適しているものらしい。
 俺はそれを少し飲んでにっこりと笑った。
「ありがとう、美味しいです」
 お茶に砂糖はどうかなと思ったけど、どうやら苦みが強いお茶らしくて砂糖を入れないと飲めないみたい。
 小さな子供達が俺の周りに興味深そうに集まってきたので、俺はそうだと思い、見上げに持って来た果物を収納から取り出した。
「はい、ルムイの実だよ。甘くて美味しいよ」
 俺がそう言うと女性達も一斉にそのルムイの実に釘付けになった。
 どうやら珍しいもので皆興味があるようなのだ。
「まだありますので、皆さんどうぞ」
 俺はそう言ってルムイの実を差し出したんだけど、ちょっと彼女たちが躊躇していたので何だろうと思っているとアフマドくんの顔を見ているのが分かった。
 恐らく許可がないと駄目なのか、安全なのかどうかが問題みたい。
「大丈夫だ、まだ沢山あるから皆で先に食べて構わない」
 アフマドくんがそう言うと、女性達は飛びつくようにしてルムイの実も持ち去っていく。
 面白いくらいに消えていくルムイの実だけどまだ他にもあるんだけどなと思ってアフマドくんを見ると、アフマドくんがふうっと溜め息を吐いて言った。
「持って来たものを出してやって。どうせ村長達の話は長くなる。その前に土産を出して配ってしまおう」
 そう言ったので俺は遠慮なく次々に物を出してやったのだった。


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