彼方より 068

ちょっと変わったことが起こり始める

 俺がジニ村へ行くために色んな準備を始め、村に必要な物を収納で運べるのでジニ族についていって街で買物をしていた時だった。
 何だか冒険者組合の方が騒がしいなと思っていると、周りの人が噂を口にし始めたのだ。
「何だって冒険者組合が混み合ってるんだ?」
「昨日からウヤの街から住人が街を追い出されたって言って保護を求めてきたんだってよ」
「それで身分証明書とかがないから冒険者組合でそれを作ってるんだよ」
「役所も人が沢山いたけど、冒険者になれないやつはそっちに行っているんだろうね」
「ウヤの街で何があったんだ?」
 そう言い合っているので。
「ハル、直接ブラン組長に聞いてくる。多分こっちに知らせることもできていないだろうし」
「うん、お願い。俺たちはこのまま買物を続けるから」
「終わったら先に帰っていていいからな」
「でも多分終わらないから、お昼に中央広場の噴水の所にいるからね。それを過ぎたら先に戻るけど」
「分かった」
 イヴァンはそう言って冒険者組合に走っていった。
 俺たちは噂話に耳を傾けては買物を続ける。
「ウヤの街っていえば、閉鎖的なんてもんじゃない。冒険者お断りの街だよな」
「ああ、そもそもジニ族はウヤの街には入れないから様子は分からないが」
 そう言い合っているので俺は尋ねた。
「ジニ族が入れないってどういうこと?」
 アッザームにそう尋ねるとアッザームはタージュさんを見る。
 理由を知らないんかーい。
「アッザーム様は入れないから興味がなかったんでしょうけど、ウヤの街にジニ族が入れなくなったのはここ百年くらいなんですよ」
「理由は冒険者と同じなんですか?」
 俺がそう聞くとどうもそうではないらしい。
「盗賊を捕まえていくんですけど、ウヤの街が近いのでそこに盗賊を渡していたんですけど、何故か簡易に裁判をされて釈放されて砂漠に戻ってくるんですよ。その盗賊達」
「え、それって……」
「多分、盗賊なんて街に置いても問題になるし、処刑する街に運ぶにも自費になるでしょ? だから盗賊も連れてくる俺たちは邪魔なんですよ。それで入れなくなったのはアッザーム様が盗賊討伐がとても上手かったことに関係してます」
「つまり頻繁に捕まえていたから?」
「そうです。なので盗賊を一々連れてくる面倒な種族ってことでジニ族はウヤの街に入ることができなくなって門前払いです」
 そう言われて理由は分かったんだけど、それでウヤの街はいつからこうなっているのだろうか?と俺は疑問に思った。
「ウヤの街は元々レテカの街に比べて発展しなかったことからコンプレックスがあるらしくて、領主がちょっと病んでるんですよね。勇者と張り合ったってどうしようもなかっただろうに。それで、レテカとはとにかく相性が悪い。だから王国としてもウヤの方を持ち上げてきたんですけど」
「ああ、王弟がサヴォイア公爵に惚れて婿に入ったから?」
「そうですそこで王族の態度も変わってしまって、それが二百年前ですが、そこから更に閉鎖的になっていって、まず冒険者が追い出されていって、最終的には外からの移住者は領主の紹介がないと入れない街になったんですよ。なので商人も領主の許可がないと入れないらしいですよ」
「そうやっていたら領民から不満も出るんじゃ?」
「不満なんて言ったらそれこそ殺してくれと言ってるようなものですよ。そうやって抗議する人の口を反逆者として始末してきて、とうとう誰も寄りつかない異様な街になったわけです」
「なんでそんな街がずっと存在し続けられるんだろうね……」
 領民もうっかりで死ぬかも知れないならこっそりと外へ旅行へ行くふりをして俺なら夜逃げするかな。
 そう思っていたんだけど、今回は多くの住人がウヤの街から追い出されたというから話は別だ。
 周りの話を聞いていてもよくわからないし、街の人達はウヤの街がどういう街かは分かってないから不安になっている。
「そんな大量の街の住人を受け入れたらこの街に何をされるか……」
 そう言っている住人の心配は現実の物になっていった。
 イヴァンが聞き出してきたことはウヤの街がまた変わった政策を打ち出したせいだった。
「どうやら市民の役には立たないものたちを粛正するのも面倒だから街から追い出したようだ。もちろん犯罪者もだ」
「え、じゃあ、そんな人達も街に入ってくるかも知れないってこと?」
「犯罪証明をする罪状がウヤの街で刑期を終えたことになっているから、レテカの街としてはなるべく水晶にかけて入れないだろうが……それでも微罪の者は入れてしまうから、どうなることか」
 とんでもないことをやってくれたものだ。
 ここにきてウヤの街の暴挙には領主も頭を抱えるんだろうな。
 そしてそれを受け入れないとは言えない立場にある。
「大混乱が起きる。俺たちも身動きは取れなくなったな」
 そうイヴァンが言うのでジニ族の人達も自分たちも街を出るには遅かったかと思ったみたい。
 でもその通りで問題はどんどん起きては悪化して沈静化してとを繰り返したんだ。


 異様な街からきたウヤの元住人はあちこちでトラブルを起こすのだ。
 仕事を与えられても仕事はしない、なのに金は欲しがり暴れる。さらにはお金も払わないで食堂にやってきて無銭飲食をするのだ。
 街では女性の鞄を狙って窃盗が相次ぎ、冒険者組合にもならず者が溢れて受付が被害を受けている。
 もちろんそれを気付いた先から逮捕したりしているのだけど、それを差別だの何だの言って暴れる人が牢屋には溢れてしまった。
 そんな状態でレテカの街の悪党たちも便乗して白昼堂々窃盗を働いたり、露店で売られているものを奪い去ったりする人が増えた。
 けれど領主はそれを手をこまねいてはいなかったので身分を剥奪して街から追い出すのだけれど、その街を出た場所に掘っ建て小屋を立てて住み着いてしまい、街に入る人や出る人に絡むようになってしまったのだ。
 そんな状態で俺たちはジニ族の村に行くことができず、家の警備をアフマドくんたちにお願いするしかなかった。
「こりゃ出かけたと分かったら、家を荒らされるのは確実だな……」
 レギオンもさすがに困ったなと呆れていた。
 そしてそこに聖教会が口を突っ込み、待ちの外へと追い出された犯罪者たちに食事を与えたり、物を与えたりするものだから街の外は治安が悪くなり、冒険者くらいしか外へと出ることが困難になり始めた。
 でもそれで国を動かす羽目になったのは、ヴァレリア様の助力があったようだった。
「やっと国王が腰を上げたよ」
「辺境の街だからって高みの見物してたんだろう」
「役にも立たない貴族どもめが」
 レテカの街には国の政策の遅さに国王の心証は失墜したとも言える。
 俺はそれがウヤの街の狙いだったならきっと上手く行ったって言えるなと思った。
 けれど、国はさすがにレテカの街からの恩恵が最近多かったこともあり、それがなくなるのは困ると責っ付かれたのか、騎士団を率いてレテカの街にやってきた。
 そうするとウヤの街の前に屯していた住人が一気に検挙されたり逃げたりした。
 でも今度はまだウヤの住人がやらかしてしまうせいで、騎士団が去ることができず、滞留することになり、その騎士団の横柄な態度に住民が苦しめられることになった。
 犯罪者は減っても貴族のアホ兵士たちが街で暴虐の限りを尽くし始め、領主内の兵士と騎士団がことを構えることになってしまったのだ。
 結果、街から騎士団が領外へと追い出されてしまい、助けに来たのに酷いことをすると騎士団は国王に報告をしたのだ。
 けれど、それで黙っている領主ではなかった。
 暴虐のが義理をした騎士団の兵士の名前と罪状をしっかりと書き記したものを王宮に送りつけ、騎士団を名乗る盗賊がいると貴族にあるまじき恥ずかしい所業を多くの住人が知れるように広げた。
 さすがに王都の住人もその横柄さには覚えがあったのか、王宮は更に追い詰められてしまったらしい。
 そのお陰で領主が騎士団に刃向かったという罪状は帳消しになったんだけど、確実に溝はできたかもね。
 結局、王宮の騎士団は信用がならないと、辺境伯の騎士団がレテカの街に派遣されることになった。
 これはレテカの領主が元々辺境伯であるアルベリック・グロスラールに依頼を直接した結果だ。
 辺境伯はグノ王国との戦争が終結したことで、他に成果を上げた伯爵へと昇進したものたちがグノ王国内の領土を治め始めるのを支えていたんだけど、その役割がやっと終わったところだった。
 その辺境伯の騎士団ははっきり言って強いだけではなく、騎士団最高の秩序を持っているとされる。
 王宮側としては恥を掻かされたことになってしまったが、それでもレテカから入ってくる様々な資産を手放せないのでそれを認めるしかなかった。
 恐らくあわよくばレテカをかすめ取れればとでも思っていたのだろうが、そこはヴァレリア様がそんなことをさせるわけもなかった。
 そうした動向が続いている間に俺が暗殺者に襲われたりしていたから、結構大変だった。
 一ヶ月も身動きが取れなかったけれど、やっと収束をするということで、俺たちは家の事は近所のダヴィデ爺さんたちに任せてやっとジニ族の村に旅に出ることになった。


 俺たちは街で鳥馬を買った。
 これはジニ族が欲しいと言うので、俺たちが移動に使う間貸してくれるならそのままお土産に渡してもいいと言ったらそれに同意して貰えたからだ。
 本当は俺も自分の鳥馬は欲しかったけど、旅をしているわけではないし、自分たちで移動するときは駅馬車を使うし、国を渡るならその駅馬車を使えばいいのでわざわざ生き物を飼うことはないだろうとレギオンに言われたからだ。
 鳥馬ってのは駝鳥の首が太い足も太いしっかりと人が乗れるくらいに大きい鳥で、極力が凄いから早いんだって。あと飛んだり跳ねたりと馬よりもずっと機動力があるので兵士などが好んで乗るんだとか。 
「良かった、鳥馬はちょっと高いからそう簡単には何頭も買えないんだよな」
 タージュさんがそう言うのも分かる。
 一頭を飼いきると大金貨十枚はいる。つまり五十万円はかかってしまうんだ。
 それを俺たちが乗る分と合わせて十頭買ったからね。
 ちょうど果物で二度目の儲けがあったんだけど、その分で買えた。レギオンが惜しむなと言ったので多分これで少しは心証もよくなるだろうと考えたらしい。
 ジニ族への荷物は、布団やベッド、家具や調理器具、調味料に肉、魔導具の冷蔵庫とかとにかく白金貨三枚分は注ぎ込んだね。
 アッザームは俺がそこまで出すことはないと言ったけど。
「聖女の奴隷って称号は一時的とはいえ屈辱に思えた人もいると思うし、不安だった人もいると思う。だからそのお詫びだってことだから本当に欲しいモノじゃないと意味がないんだよ」
 俺がそう言うと普段悪態を吐いてくるアフマドくんすらもちょっと申し訳なさそうだったのは意外だったな。
「ありがとうな、ハル」
「どういたしまして」
 アッザームがそう言ってくれて俺の頬にキスをしてくれたんだけど、そのせいでまたアフマドくんがいつも通りに悪態を吐いてきた。
「アッザム兄さんに触るな!! 変態!!」
「アフマド」
 アフマドくん、俺に変態って言ったけど、そうなったらその変態に惚れてるアッザームも変態ってことになるので、あんまり言わない方がいいと思うんだ……。
 俺はそう思ったけれど、言わなかった。
 余計に悪化しそうだったし。
 それから荷物を色々と収納に仕舞い込んで、家の中も片付けてやっと旅に出られるようにしたんだけど、鳥馬に乗るのはなかなかな体験だった。
 まずこっちの人達は余裕で二メートルはあるので、鳥馬も大きいわけ。
 俺の頭のちょい上に鞍があって、組まで含めたら三メートルある感じ。
 俺は一人では乗れないので慣れているアッザームの鞍を二人乗り用にしてもらってそれに乗った。
 滅茶苦茶視線が高くなるけど、仕方ないよね。
「おお、高すぎる」
「ハルはしっかり鞍角を掴んで」
「分かってるけど……凄く揺れる……」
「俺に凭れ掛かって構わないから」
 アッザームにそう言われたのでそれはそうした。
 人が歩いている横道を駅馬車の後ろをついて街の門までいくと、門番の人が俺たちを見て言った。
「お気を付けていってらっしゃい」
「はい」
 俺たちはそうしてレテカの街を出たのだった。
 


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