彼方より 064

終焉の業火の皆と俺たちの結束

 聖女が作る聖水に意味があるなら、俺は回復薬を作れることは知られても、決して他の誰かに飲ませてはいけないってことが分かった。
 シリンガ帝国が新たな聖女を探しているなら俺が聖女であることを知られるわけにはいかない。
 まして聖水を作れるとを知られてもいけない。
 といっても俺が出す生活魔法の水が聖水なんだよな……だからそれを見られるか鑑定されると終わる気がする。
「シリンガ帝国じゃ、聖女が元聖女になってしまっていたなら、早急に聖女の代わりを見つけなければならなかったとすれば、ハルの力を聖なる力として強引にではあるけど、正攻法に手に入れるために領主に話を通そうとしたんだろうな」
 カルロさんがそう言った。
「でもそれで領主の方が目が覚めてしまい、聖教会としてはこれ以上、ハルのことを強引に引き抜くことはできなくなるどころか、領主の正当な権利でレテカの街から追い出される寸前だ。やつらとしてもハルの力を見極め切れていないのか、次の機会を狙っているのか、ここは一旦引いたってことだろうな」
 マッテオさんがそう言うので俺もそれには賛同する。
「ハルは気を付けて欲しい。俺たちが繋がっていることはあいつらも分かっただろうから、強硬手段には出ないだろうが」
 カルロさんがそう言うので俺はなんで終焉の業火の人達と繋がっていると聖教会が強硬手段に出ないのか分からないって顔していたんだろうね。
 それをカルロさんが説明してくれた。
「これでも俺ら、このセフネイア王国の冒険者としては頂点にいる組織なんだぜ。その頂点ともなれば王族にも一応口添えはできるくらいには権力もあるわけだ。もちろん無理難題はできないが、正当な抗議や意見なら王の耳に入れられる立場はあるつもりだ」
 カルロさんがそう言ってくれて俺は終焉の業火の皆を振り返っていた。
「任せて、うちの組織が無理難題を言ったことは一度もないんだ」
「その代わり、王国側には俺たちに借りが沢山あるんだよな~」
「そうそう、王国内の危ない迷宮は俺たちが全部踏破して潰してきたからな」
 百年という長い期間活動をしてきた終焉の業火は、この国になくてはならない冒険者組織であり、それを国王ですら無碍にはできない存在になっているのだという。
「ありがとう……とても助かる……」
 俺がそうお礼を言うと、カルロさんたちはニコッと笑った。
「俺たちだってハルにもの凄い借りがあるんだよ。それは俺たちにとって人生が変わるほどのことだったんだからそれは覚えておいてくれ」
 そう言われて俺は頷いた。
 終焉の業火の主要メンバーに掛かっていた呪いを解いたことを言っているのだ。
 あれで彼らは全盛期の力を取り戻し、迷宮へと再度挑むことができるようになったんだ。
「うん」
 とにかく聖教会が大人しくなった今、それに関わる情報を少しでも集めておく必要がありそうだった。
「それなら俺も伝を使おう」
 アッザームがそう言って考え込んでいる。
 普段そういうのを使うとか言わないので俺は驚いたけど、アッザームは笑って言う。
「こういう時に使うものだ」
「まあそうなんだけど」
 カルロさんたちも情報を集めてくれると言うので、聖教会とシリンガ帝国との繋がりや他に関わりそうなことの情報を集めて貰うことにした。
 緊急時はすぐにお互いに連絡を取り合うことにしたが、カルロさんたちは迷宮攻略という仕事があるので、その合間に何かあるかもしれない。
 それを心配してくれたけど、それはそれ。
「大丈夫です。俺たちもちゃんと考えます」
 俺はそう言ってカルロさんたちとの話合いは終わった。
「さあ、採ってきたものを渡したいけど、倉庫がいいの? それとも冒険者組合?」
 俺がそうエリアさんたちに問うと、カルロさんたちはキョトンとしている。
「なんだお前達一緒に森に行っていたのか?」
「そうなんすよ。薬草採りにいってたんですよ。それから果物も沢山取れたんですよ。ハルさんの収納を借りたんでウハウハですよ、カルロ代表!」
 エリアさんがそう言うと、カルロさんの目付きが変わった。
「なんだと……ウハウハだと……ええい果物は一部こっちにくれて、あとは冒険者に出すぞ!」
「分かってますよ、十分数はありますから驚かないでくださいよ!!」
 カルロさんとエリアさんのテンションが上がって俺もそれに巻き込まれて一緒に倉庫まで行って、それから果物を欲しいだけ出した。
 一人に五つは渡る計算で果物を出したらカルロさんが卒倒しかけた。
 マッテオさんはエクタゾの実(酔う実)があると分かったら目の色を変えて人の分も奪っていった。
 そして奥で矮人族の歓声がしたあと、エクタゾの実を受け取りに沢山矮人族がきたので渡しておいた。
 それからエリアさんたちと一緒に冒険者組合に行って、また果物を山ほど取り出したら、ブラン組長がニンマリしていた。
 どうやら前の果物は全部とうになくなってしまっているようで、待ってましたとばかりに商業者組合のフラダ組長まで飛んできて回収していったから凄い連携だなと俺は見送った。
 エリアさんはその荷の依頼料を組織で受け取ってから俺に頭を下げてくれた。
「本当に楽しかったです。いろいろあったけど、また一緒に果物も薬草も採りに行きましょう!」
 そうエリアさんが元気に言ってくれたので俺は笑ってその差し出された手を握り返していた。
「うん、俺も楽しかったよ。また行こうね、エリアさん」
「はい!」
 笑ってエリアさんたちとは冒険者組合で別れた。
 俺とアッザームが冒険者を出ると、イヴァンが迎えに来てくれていた。
 俺たちが森に泊まりで行くことはアッザームが冒険者組合の受付に知らせを頼んでおいたので、それで知っていたけれど、カルロさんがイヴァン達に一緒にいることや冒険者組合まで迎えにくるように組織の人に伝言を頼んでくれたようで待っていてくれたみたい。
「ハル、大丈夫か?」
 イヴァンがすぐに駆け寄ってきてくれたので俺はそんなイヴァンに抱きついて言った。
「うん、大丈夫だよ。でもちょっと疲れたから早く帰りたいね」
「分かった。まっすぐ帰ろう」
 そう言うとイヴァンを俺の手を握ってくれて歩き出すけど、アッザームは付いてこずに言った。
「伝を当たってくるから、先に帰っていてくれ」
 そう言い残して家に帰る俺たちとは別の方へと歩いて行く。
 そういえばさっき知り合いに情報をもらいに行くと言っていたから、そうするのだろう。
「気を付けて行ってきてね、アッザム」
 俺はそう言ってアッザームを送り出してイヴァンと家に帰った。
 家に戻るとレギオンが迎えてくれて俺はレギオンにも抱きつく。
「ハル、大丈夫だったか?」
「うん、大丈夫。カルロさんたちとも話してきたよ」
 俺はそう言ってレギオンにもカルロさんたちと話した内容を聞かせた。
 聖教会がシリンガ帝国と組んでいるのは分かっていることだけど、それがまだ生きていた聖女が元聖女になってしまった可能性があるために聖教会は俺の捕獲に必死なのかもしれない。
 そんな情報が入ってくれば、もちろんレギオンだって驚く。
「そうか……不自然なほどハルに構う様子から何かあると思っていたがそう言う理由なら執拗になっていたことも少しは理解もできるな」
 レギオンは聖女がまだ生きていて、俺がこっちにきたことで聖女が元聖女となり聖女の称号を奪われたとすればそれはそれで納得ができる理由だと思ったようだった。
 俺もそれが一番しっくりくるかなと思った。
「まさか、前の聖女がまだ生きていたなんて考えなかったもんね」
 俺がそう言うとイヴァンも話を聞いて頷いている。
「レギオンの言う通り、執着する理由は見つかったわけだが……まだハルを聖女だとは見抜いていない」
「もしそうだったら多分、大々的に俺を聖女だって言ってもっと強引なことをしたような気がするけど」
 俺がそう言うとそれは確かだろうし、あんなあやふやな噂を流す前に、極秘に俺を誘拐していたはずだ。そこまでしてシリンガ帝国は聖女の存在が必要なんだと思う。
「けど、戦火は一応収まっているから、向こうもあまり急いでないのかも」
「だが戦争時に大量にあったであろう回復薬や強化の水薬は使い果たしているはずだ。これからのことを考えればシリンガ帝国としてはもっと聖水が必要になってくるはずだ」
 レギオンがそう言った。
 確かに今はロドロン公国も落としたし、グノ王国までは取れなかったけども、この大陸に残るはセフネイア王国だけだ。あとはじっくりとどうにでもできる。
 というのも人族が治める国は国王の寿命も二百年くらいだ。代替わりしていく間に帝国の皇帝は魔族なので千年くらい生きるからいつでも介入が可能な時期を見られるわけだ。
 でも長生きの種族ってのは基本的に好戦的ではないらしい。
 割とのんびりしていたら時間が過ぎてたってことがあるらしくて、それで人族が代替わりしていることを知ってちょっと驚くらしい。
 そして一度戦争を開始するといつまでも勝つまでやってしまうのだとか。
 ロドロン公国の大公も魔族らしくて、そのせいで長く戦争が続き、千年くらいやってたらしい。魔族でも代替わりしちゃう期間の戦争だったみたい。
 そういうことがあるので魔族が一度興味を持ってしまうと、相手が死ぬまで続けてくるかもしれないわけ。
 俺の事をどこまで認識しているかは分からないけど、今は戦争後の統治に尽力を注いでいるだろうから聖女かどうかも分かっていない俺の事なんか認知してないだろうとは思う。
「今はいい、戦後の処理で忙しいだろうから気付いていない可能性もある。だが聖水を使ったものが不足をしてくれば……」
「俺ものんびりしてられないってことか……」
 俺がそう言うと、イヴァンもレギオンも同じように思ったみたい。
 俺だけが追われているなら俺だけが違う国に行くという方法もあるんだけど、俺には今その選択ができなかった。
 だってこの世界に来て一人で居たのなんて最初の数日くらいだ。
 それからずっとイヴァンが居てくれて、レギオンも居てくれて、そしてアッザームもそうしてくれた。
 それを離れて一人でまた生きていく覚悟をするなんて……今すぐに決めなきゃいけないとしても、俺は怖くてできなかった。
「ハル……俺たちから離れるなんて考えるなよ」
 レギオンが俺の心を読んだかのようなことを言い始めた。
「いや、だって……」
 俺はそれも最終的にはそうなることになるかもしれないと思っている。
「駄目だ、ハル。俺たちは絶対にハルから離れられないし、離れる気はない」
 イヴァンがそう言ってきた。
「ハルが違う国に行くなら俺たちも一緒だ。何処までも逃げるっていうなら俺たちも付いてく絶対だから、一人で勝手に思い込んで勝手な行動は取るなよ。それが俺たちのためとか言うのなら俺たちをちゃんと説得しきってからにしろ。ぐうの音も反論もできないくらいにしてからだ」
 レギオンがそう言ってきて、俺はイヴァンとレギオンに手を握られてしまった。
「俺たちがどれだけハルに助けられていると思っている……絶対に一人になんてしない」
 イヴァンがそう言うので俺はちょっと泣きそうになりながら言っていた。
「俺だって……イヴァンやレギオンに沢山助けて貰っている……だから……俺は重荷になりたくはない……」
 俺がそう言うと、イヴァンが俺を抱き締めてくれて、レギオンがそんな俺の頭を撫でてくれた。
「ハルは一人で背負いすぎだ。俺たちがいて俺たちが手伝うくらいじゃないと、きっと後悔するぞ」
 レギオンが俺の事をそう言って、イヴァンも俺をしっかりと抱き締めてくれた。
 その時のイヴァンの心音がとても落ち着いていたから、俺も興奮していたであろう感情が少し落ち着いてくれた。
「分かった……ちゃんと相談をする……」
 俺はそう二人に約束した。
 その後にアッザームが戻ってきて、俺たちの話が纏まったのを感じたのか俺に向かって言った。
「ハルは俺たちをもっと頼っていい。それにハルがここから去るというなら俺が攫っていくからな」
 アッザームがそう言うので俺はちょっと笑ってしまった。
「アッザムってば」
 ちょっとその場が和んでしまったけれど、それはアッザームの次の言葉で変わる。
「何なら、ハル。少しの間街から離れてみるか?」
 そうアッザームが言うので俺はそれもありかもしれないと思った。
「それで何処へ行くって言うの?」
「俺の村に行ってみないか?」
 アッザームがそう言ったので俺はそういう話をいつだったかしたなあと思い出す。
「そういえば、そんな話したね。でもなんで?」
 俺がそう問うとアッザームが言った。
「同じ村のやつらがちょうど街に来ている。盗賊を捕まえたとかで引渡しにきたんだが、そいつらがハルに会ってみたいと言っている」
「え、でも俺、前に聖女の奴隷とかやらかしているから、困るんじゃ?」
 アッザームに対抗する時に俺の奴隷にする能力が発動してしまい、それでジニ族は俺の奴隷になってしまったんだよね。でもその後に解呪を覚えた時に聖女の奴隷は外したんだよ。
 それで村人も奴隷ではなくなったんだけど……。
「そのことでもちょっと話があるんだ」
 アッザームがそう言うので何かトラブルがあるみたいだけど、今そのトラブルに巻き込まれていい場合かと思ったんだけど、どのみち街からは一旦出た方がいいんだよね……。
「分かった、アッザームの村に行こう」
 俺がそう言うとわざわざトラブルがありそうなところにいかなくてもと思っているような顔をしたレギオンと、ただただ呆れているイヴァンが俺を見ていた。
 どの道、アッザームの村、ジニ族の人達にはいきなり奴隷にしたことは謝るしかないんだよね……。
 そういうわけで俺は街を一旦離れることになったので、カルロさんたちと相談して、カルロさん達は迷宮に戻ることにして、俺たちはアッザームの村を目指すことで街を離れてみることにしたのだった。


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