彼方より 061

終焉の業火の人達と薬草と噂話

 あの領主邸での事件後から二ヶ月過ぎた。
 俺たちはいつも通りの生活に戻っていたけど、俺はちょっとだけ周りに気を付けるようになった。
 それまでは俺もグノ王国関係には注意していたけど、そこまでの危機は感じたことはなかった。
 聖教会に嫌がらせをされた時も全然危機感はなかったんだよね。
 でも今は誰だか分からない人に狙われる恐怖は、俺をちょっと臆病にしていった。
「ハルだよな、あんた」
 冒険者組合で焦げ付いた依頼を見ていた時、狼の顔をした人が話しかけてきた。
 狼族と言って、レギオンみたいな人間と同じ顔をした狼の特徴である耳や尻尾がある狼人族ではなくて、獣の狼の顔した狼族は見た目からして違うんだよね。
 そこらにいるのは知っているけれど面と向かって話したりしたことはないんだよね。
「何だ?」
 まずアッザームが俺に変わって前に出た。
 すると狼顔の人はちょっと驚いてから言った。
「悪い、俺ら終焉の業火の者なんだけど……」
 そう言われて俺はアッザームの後ろから顔を覗かせた。
「カルロさんのところの人?」
「ああ、俺はリナルド・ラギエという剣士だ」
 リナルドさんがそう言うと、その隣に同じような狼顔の人がもう一人。
「俺はガストネ・ドリオ、俺も剣士だ」
 その人がそう言って、あともう一人、少年っぽい若い人が出てきた。
「俺はエリア・シカーニ、薬剤師なんだ」
 三人組でいたようで次々に紹介されて俺は驚いた。
 その時三人は俺が警戒しているからか、ちゃんと終焉の業火の証明書と冒険者組合の証明書も見せてくれていた。
 さすがに終焉の業火の組員を名乗って俺に近付く不審者はいないだろうから、俺はホッとした。
「そういえば、終焉の業火の皆さん、シラダーズの迷宮を既に九十三階層踏破してるんですよね?」
 俺がそう聞くと、三人はニンマリと頷いた。
「はい、今度の作戦で九十四層目の踏破を目指します。ボス戦までです」
 エリアがそう言って元気に答えるから俺もちょっとテンションが上がっていく。
「そうか九十層まで早かったから、そこから先はかなり辛いんだろうなと思ったけど、一層一層大事に攻略しているんですね」
 俺がそう言うと三人はちょっと顔を見合わせて笑った。
「実は……結構楽勝なんですけど……上の人達は」
「へ?」
「ほら百層で終わりだとしたら、俺たち他の迷宮にいかなきゃならなくなるから、あんまり早く最下層まで辿り着くとメリットがないんですよね」
 エリアがそう言うので俺はちょっと意味が分からなかったけど、どうやら終焉の業火の問題らしい。
 終焉の業火は五十人からなる組織で、最深部で潜っているのは十人くらい。残りは補給を持って何度か迷宮を潜り、荷を何度かに分けて運ぶ部隊とで別れる。
 居残り組の薬剤師などを残した残りの三十五名がその任務に当たるのだけど、この人達は途中の荷を運びながらも迷宮内の珍しいものを採りながら戻るらしい。
 だから帰りに魔物を狩りながら戻り、採れた荷を渡してリレーしながら戻ってくるわけ。
 そうすることで珍しいものがたくさん冒険者組合に提出されるとそれが組織の資金になるから、あればあるだけいいわけだ。給料にも繁栄されるので皆積極的に魔物を狩る。
 でも踏破目前の最下層まで辿り着いてしまったら、最下層を見つけるのだけが楽しい終焉の業火としては、また五十人の組員を連れて世界中に飛び立たないといけないわけだ。
 でも今、その踏破目前の最下層まで辿り着いていない巨大迷宮は今のところ片手で数えるくらいしかない。
 大体は踏破されては困るので踏破できそうな人達は再度潜ることを禁止されてしまうんだって。
 つまり、潜る迷宮がなくなったら終焉の業火は行くところがないわけだ。
 前の迷宮は呪いのせいで結局最下層を目指せず辞退をしてしまった手前、結構失費があって今は稼いでおかないといけない時期なんだとか。
 そこにレテカの迷宮が百層に届きそうだという話が出て、終焉の業火が潜ることを許された唯一の踏破目前まで行ける組織だ。
 そしてレテカで五十層まで潜れる大きな組織は一つ、二つしか存在しない上に、五十層以上を潜れる組織がいない。
 なので終焉の業火としても競って潜る必要もないし、自分たちのペースで潜れる今は無理して踏破目前までしなくていいわけだ。
 余裕で潜れることを知られては困るけど、余裕で最下層まで潜るわけにはいかない事情が色々重なっていて、悠長にしているというわけである。
「俺らでも七十階層まで余裕で潜れるんで……カルロたちなら百層は余裕なんですけど」
 つまりレテカの迷宮はそれまでの迷宮よりもちょっと簡単な迷宮らしいのだ。
 けれど、それはあくまで実力のある組織だから言えること。
「でもその余裕はカルロたちに掛かってた呪いを解呪してくれたハルのお陰だって聞いた」
「俺も……」
「僕は、その時にめちゃくちゃ効果のある回復薬を貰ったって聞いた」
 そう三人が言うので俺はちょっと首を傾げる。
「あんたが作る回復薬を分けて欲しいんだ。ちゃんと材料は渡すし、金も払う!」
 ひそひそ声で言われて俺はああそういうことかと分かって笑ってしまった。
「ああ、ちょうど作るつもりで焦げ付いた依頼を受けるので、どうせだから一緒にいきませんか。薬草採取」
 そう俺が言うと三人はワッと喜んだ。
 どうせ薬草採りに行くなら一緒に行った方が話が早いといえば早い。


 そういわけで俺とアッザーム、そして終焉の業火のリナルドさん、ガストネさん、エリアさんと薬草採取にいくことになった。
 回復薬や解毒薬が必要だと言うのでラヅーツの森に行くのが手っ取り早い。
 迷宮だと簡単だけど、この手を薬草はあまりないんだよね。
 俺は回復薬とかよく採りに来ているのもあって、群生地を知っているのでそれもエリアさんたちには教えた。
 といっても、結構深いところまで入らなければならない場所なので、普通の冒険者が潜ってこられない場所だ。
 今回は迷宮の七十階層を余裕で潜れると言うリナルドさんとガストネさんがいるので、アッザームだけでも全然余裕で深いところまで来られた。
 ここまで潜ってこられる冒険者はなかなかいないから、俺もちょっと安心。
 暫く狙われていたせいもあって、正直魔物よりも人間の方が怖い気分だったので、この薬草採取は本当に楽しかった。
「へえ、こんな群生地があったんですね。これからうちの組員たちとくれば苦労せずに沢山集められそうですね。解毒薬もここに来るまでに沢山生えていたし」
 エリアさんはもう興奮しっぱなしでどんどん薬草を採っていく。
 エリアさんは鑑定持ちであるけど収納は持っていない。でも魔法鞄を持っていてそれは容量はかなり入るものらしく、組織員皆で使っているものなのだとか。なので今日しか薬草採取には使えないらしくて、なるべく沢山薬草が採れると嬉しいようだった。
「うちは、遠慮なく回復薬を飲んでくれるんで、在庫はいつもないんですよね」
「お酒をあおるかのような……感じ?」
「そうらしいですよ。とにかくポンポン飲んでくれるので」
 確かにカルロさんたちの豪快さを知っていれば、彼らがそこを遠慮するとは思えない。
 俺がふふっと笑っているとリナルドさんとアッザームが情報交換をしている。
「最近、聖教会ってやつらが俺らにも教会に寄付して欲しいって言ってきて」
 リナルドさんがそう言い始め、ガストネさんがうんざりしている。
「あいつら結構いい形をしてんですよね。冒険者でも身なりを気を付けている俺らより断然いい服着て、金銀使った十字架を持って寄付してくださいとか言うわけですよ」
「ちゃんちゃらおかしいってやつですよね。お前のその身なりをもう少し質素にすればその分教会の維持費に回せるんじゃねえの?って俺は純粋に言ったんですよ」
 ガストネさんは馬鹿正直に言い返してしまったのだとか。
「ハルも似たようなことを言い返した」
 アッザームがそう言うのでリナルドさんが唸っている。
「それで変な噂が飛び交っていたんですか?」
 どうやら終焉の業火の皆さんも俺の変な噂が流れていることには気付いていたようだ。
 そしてその噂がかなりおかしな噂で、どう聞いても聖教会側が無茶を言っているように聞こえたらしい。
「噂の元を辿ったら大体聖教会の下働きのやつらが居酒屋で飲んだくれながら噂してたんでさ」
「そう、そこから一気に冒険者に広がったんですけど」
 二人がそう言っているのがエリアにも聞こえたようでエリアも話に入ってきた。
「俺も聞きました。薬剤師の間でですけど、ハルさんが凄い能力を持っていてそれを隠しているとか、聖教会の寄付金を横流ししてるとか」
 俺はそれは確か領主のところに訴えてきた聖教会が言っていた主張だなと思い出した。
「寄付金横流ししてんの、お前らじゃんか~~って組合で話が出たときに全員で突っ込んだんですけどね!」
 エリアがそう言ってあははっと笑っている。
「そうなんすよね、教会内の会計をハルさんたちがどうこうできるわけもない。それに孤児院の方に寄付をしているなんて、分かってやってるなって俺たちも気付いて、終焉の業火でも孤児院に寄付を始めたんですよ」
 リナルドさんがそう言ってきたので俺はちょっと驚いた。
「寄付を始めたんですか?」
「はい。俺らの中にも孤児院出身は多いんですよ。でも能力があったから冒険者になれた。でも孤児院の子は、能力がまだ開花してないだけで、不当な扱いを受けているって気付いて。気付くのは遅かったんですけど、それでもレテカの街のために何かできないかなと」
「カルロ代表がさ、ハルだけ悪者にしたい聖教会のやり口が陰湿過ぎるって怒っちゃってさ、それで俺たちも活動資金は確保してるし、時々寄付もしていたから、ちょうどいいやってレテカの街での寄付は当面そこにしようって決めてやってます」
 どうやら俺が引きこもっている間に、話は大きく変わっていたみたいだ。
 終焉の業火からの寄付金を切っ掛けに、孤児院の寄付が増えたんだとか。聖教会への寄付金ではなく、孤児院への寄付金ってわけ。
 まさかそれを横取りできるほど聖教会側も不当なことはできなかったみたい。
 新しく就任したらしい司教は、孤児院の寄付に関しては感謝していると述べていたし、俺への執拗な前司教のやり方によって領主からもかなり強く批判されてしまった上に、領主は聖教会への不相応な寄付金は打ち止めして、新たな孤児院を併設したんだよね。
 聖教会が今までやってきたことは感謝しているけれど、領主として領内の孤児達はまだ溢れている。だからその子供達は領主が作った孤児院で見ることになったんだよ。
 浮浪者としていた子供達は全員が教会の孤児院から逃げ出した子供達で不当な扱いを受けていたことが分かったんだって。能力がないからと平気で十五歳が来たら放り出されてしまっていたとか。手に職も付けて貰えてなかったって言うから、急いで職業訓練所を作ったみたい。
 そこで能力のない子たちが手に職を付けるために街の色んな人から教えを受けられる施設なんだって。
 ご飯も寝るところもあるちゃんとした施設で、結構浮浪者の子供はいなくなったみたい。
「やっと領主がやる気になってくれたってんで、街ではちゃんと寄付とかしてる人もいるよ」
「そうそう商人とか儲かってる人は、将来自分のところの従業員になるかもしれないからって訓練の方にも顔を出してくれているらしいよ。それで一日教えたらちゃんと給料も出るから、閑散期にはちょうどいいって」
 そう嬉しそうに話してくれるエリアさんに俺は嬉しくなってしまった。
「そうか公爵も色々考えて行動してくれているんだね」
 ホッとしたんだけど、それにエリアさんが続けた。
「でも、聖教会は自分たちがやってきた事業がさ、領主に乗っ取られそうだっていうんで文句を言い始めたらしいんだよね」
「俺たちが八千年以上やってきた人助けを、今更乗っ取ろうとするとは浅ましいとか言ってんの」
「でも街の人は皆知ってるから、聖教会の立場はどんどん悪くなってるんだよね。そうしたら王宮が血相変えて領主に文句を言い始めたらしいんだけど、それを領主がスパーンと突っ撥ねたらしいんだ」
「だって内容が聖教会側の味方しかしてないんだよね。だから、領内で起きている問題をさも領主に問題があるように口出しをするのは、いくら王宮であろうとも越権行為に当たると。さらには聖教会側の主張に嘘があり、詐欺行為が行われた結果のことだって言っちゃったらしい」
 もちろん証拠を沢山揃えてスパーンとやっちゃったのは領主がというよりはヴァレリアさんがやったんだろうなあ。
「それで聖教会側の意見のみを鵜呑みにしているのは聖教会側と繋がっていて、多額の寄付を貰っているんじゃないのかってまで言ったみたいで、それで口出しした貴族が憤慨したらしいけど、癒着してるのは皆知ってる事実だったからさ、それで王宮側としても散々手を焼いていた聖教会側の暴挙を無視するわけにはいかなくなったんだとか」
 確か、孤児院事業は元々は王宮がちょっと前にやろうとして頓挫したのは聖教会側の言い分が通ったからだったよなと俺は思い出す。でも今回のことで聖教会がちゃんとした運営をしていなかったことが露見してしまったので王宮側としても願ったり適ったりで聖教会への寄付金を打ち切れるってわけだ。
 そりゃあ司教の首が飛ぶよなあと俺はやっと司教が変わったという聖教会の事情を知れた。
 でも聖教会側には恨みを買ったことは間違いなく、打撃と言っていいい状況に追いやったきっかけは俺ってことだよね。
 俺の細やかな子供を助けたいというだけの思いが、教会自体を追い詰めているのは予想外だけど、それによる混乱はまだまだ続きそうだった。


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