彼方より
060
領主邸での出来事、残る謎
俺たちが判断に困っていると、領主のニリレオさんがこっちの部屋にやってきたのだ。
「すまない、呼び出しておいて」
そう言うとすぐに俺たちの前に座り、出されていた菓子を見て言った。
「食べないのかい?」
その目は不思議そうな感じだったので俺はこの人が指示したわけではないのかもしれないと思った。
「お腹は空いていないので」
「そうかい。じゃあ持ち帰るといい」
そう言ってニリレオさんはメイドを呼んで菓子を包んでくれた。
「今日は家族にも会って貰うつもりだったのだが、そういうわけにはいかないね。だから済まないがこれで面会は終わりということで。もし何か進展があれば、報告をさせてもらう」
そう言われたので俺はニリレオさんに尋ねていた。
「公爵は鑑定を持っていますか?」
俺がそう尋ねるとニリレオさんは首を傾げたが、頷いた。
「では、この飲み物と菓子をみてどう思いますか?」
俺がそう言うと、ニリレオさんは何でだと言うような感じで鑑定を使ったんだ。
するとみるみるうちに顔色が変わっていって、叫びそうになるのを俺たちが止めた。
「心当たりは?」
俺がそう尋ねたらハッとしたように声を潜めた。
「す、すまない……本当に、私も訳が分からないんだ……なぜこんなものが出ているのか分からない……」
そう言われたら俺たちが分かる範囲の者ではないのかもしれない。
犯人はこの屋敷にいる者ではないのかも。
「では、これを準備した者に、何処で買ってきたのか聞いてください」
俺がそう言うと、ニリレオさんはその通りにしてくれた。
執事と菓子や飲み物に含まれるルムイの実を買ってきたというメイドに尋ねた。
そうしたら執事はキョトンとしていたが、メイドの子はみるみるうちに震えだしたのだ。
「か、買ってきたものではないのです……貰ったんです」
というのだ。
メイドの話を纏めると、確かに執事に菓子と飲み物用の果実を買ってくるように言われたので買いには出かけた。でも途中で友人に会ったのだという。
その友人は商人でお茶菓子などを売っている商人だそうで、領主の館でこれを使って欲しいと頼まれたのだという。
最初は断っていたけれど、タダでいいからと言われて、買物に使うお金が余ることに気付いたのだという。それがちょうど母親の病気の薬代とほぼ同額だったために魔が差してしまったのだという。
「申し訳ありません!!」
そう言って震えながら謝っている。
それでも俺はいいんだけど、問題はその商人、きっともう捕まらないと思うってことだ。
「その商人は何て人?」
俺がそう尋ねるとメイドは泣きながらでも答えた。
「ハンス……ハンス・レナールです……南通の異国のお菓子を扱ってます……その菓子を試してくれって言われて、それに合う飲み物だって果実酒も渡してくれました……」
メイドがそう言うのですぐにニリレオさんが指示を出してくれて調べに行ってくれたんだけど、もう既に遅かった。
同僚のティム・ベキが二日前からハンスが行方不明で家に尋ねていったら蛻の殻で荷物も何もかもなかったらしい。けれど隣人の話だと全く帰ってきてなかったし、物音一つしなかったし、明かりも付いていなかったので住んでいる人がいるとは思ってなかったと言った。
案の定、その部屋は貸し出されていなくて、誰も住んでいないはずだった。それを鍵だけ開けて入り込んだ何かがいたらしい。
それで心配になって俺は役場の秘書もいるかどうか調べて貰ったんだけど、案の定こっちも既にいなくなっていた。
昨日までは確かにいたらしいんだけど、住んでいる家に行ったら同じように貸した記録すらない部屋だった。
勝手に開けて勝手に住み込んでいたようで、こればかりは領主に尋ねられた商業者組合の方が困惑していたほどだったという。
それで繋がっていそうな中央聖教会に問いただしてみても知らないと門前払いされた。
聖教会側は俺に何かするつもりだったんだろうけど、失敗したことは知ってしまった訳だ。
そこでニリレオさんは心配になって自分が雇っているメイドから執事まで全員を調べたんだけど、やっぱり数人いなくなっていることが分かったんだよね。
もう領主の屋敷にも訳の分からない者が入り込んで好き勝手やってたわけだからニリレオさんがショックを受けるのは仕方ないだろう。
「どういうことですか、何故貴方がこんなに用意周到に狙われているのですか?」
そう言われたけどそれにはアッザームが答えていた。
「今回はたまたまハルが狙われたけれど、元々は領主一家を狙って入り込んでいたんだろうな。それでたまたま目的が近かったからハルを狙うのに使った。でもハルが鑑定持ちだったからすぐに見破れるってことを後で知ったんだろうな」
「慌てて撤退ってことは目的は達成されてないんだろう」
イヴァンもそう言うので俺には目的が何なのかはさすがに分からないけど、領主の屋敷もちょっと危ないんじゃないかなって思う。
「ヴァレリア様を呼んでくれ。もう俺だけでどうにかできることじゃない……っ」
ニリレオさんがそう言った。
まさか自宅まで何者かに入り込まれて、家族に何かされるかもしれなかったと思ったら怖くなったのだろう。
もうプライドどうこうの話ではない。家族の命の話ならヴァレリアさんにも関わりがあることだ。
俺たちは結局帰ることはできなくて、アッザームに頼んでレギオンには知らせて貰った。
家に何者かの侵入があるかも知れないので気を付けて欲しいとも告げた。
ハンスに関してはよく出入りをしていた店も調べて貰ったがそこに現れはしなかった。
恐らく、菓子を渡した段階で街を出てしまったのだろう。
そこで門の役所で調べてもらったらハンスという名前の商人が街を出ていることが分かった。行き先はグノ領ってことになっていたけど嘘だ。あの国に関してはまだ戦争の後片付けが続いてて、グノ領としてはグノ王国の元国民しか出入りが許されていない。
やっとカザの街の解禁日で、それが解放されるかどうかという話が出回っていた感じなのでハンスの行き先は全く不明ということだ。
それからすぐにヴァレリアさんこと、キルッカ伯爵が到着した。
「ニリレオ……!」
ヴァレリアさんは部屋へ飛び込んでくるなり、ニリレオを抱き締めていた。
「お祖母様……」
「よかったお前が生きていて……」
しっかりと抱き締められてニリレオさんはホッとしたのだろう。それまで頑なに拘っていたプライドは全然そこには存在はしなかった。
「アンドレアたちは……っ」
「ラウラの実家に行っている。ちゃんと無事は確認をしたし、兵士も増やしてこっちに戻ってくるよ」
「そうか……よかった何もなくて」
そう言い、ヴァレリアさんはやっと孫の無事を知ってホッと一息ついてから俺たちの方を見た。
「先日は失礼をした。ヴァレリア・バルバラ・サヴォイアだ」
そう言われたので俺は本名を名乗った。
「藤本晴一です。ハルは偽名になりますが……今ではこっちを通称として使っています」
俺がそう言うとヴァレリアさんはなるほどと納得してくれた。
「こんな騒動に巻き込んでしまって申し訳がない」
「いえ、どちらかと言えば、俺たちの方が騒動を持ち込んだようなので申し訳ないです」
そう言い合ったけれど、どっちにしても俺も身の危険はあったし、ニリレオさん達も同じだったのは間違いない。たまたま同じ時期に狙われただけなのかもしれない。
「どちらにしてもお互いに命拾いはしたようだ」
ヴァレリアさんがそう言うのでその通りだなと思う。
でもそれ以上に俺たちを狙った人と領主邸に忍び込んでいた者たちがどういう目的でいたのかが分からないけど、領主のやることなすことは筒抜けだったことは間違いない。
「役所も調べてみます。恐らく疚しい物は既に逃げ出しているだろうから見つかるかどうかわかりませんが……」
ニリレオさんがそう言うので俺たちはとりあえず、怪しまれないようにニリレオさん達に貢ぎ物を渡しておいた。
「貰うわけには……」
と言われたけれど、それでも奥さんや息子さん達に怪しまれないためには貰っておいた方がいいだろうと言ったら渋々受け取ってくれた。
あと街の洋服店からの貢ぎ物を俺が持って返るわけにはいかないんでね。
領主邸にいてもやることはないので、遅くなってしまったけれど俺たちはお暇をした。
ちょうど奥さんや息子さんたちと行き違いになったようで、怪しまれることもなかった。
家に帰り着いたらまずレギオンが玄関で待っていた。
すぐに俺を抱き締めてきたので俺はレギオンを抱き締め返した。
それにアッザームが抱きついてきて、イヴァンも抱きついてきた。
「よかった、皆無事だ」
そうレギオンが言ったので俺も頷いていた。
「うん、良かった」
それから俺たちはレギオンに領主邸で起こったことを話して聞かせたけど、半分以上はイヴァンが先に伝えてくれていた通りなので、あとは分からなかったという報告しかできなかった。
「眠らせるということはハルを連れ去ることを目的としていた訳か」
そうレギオンに言われたんだけど、そうとも限らないんだよね。
「それが分からないから困ってる。眠らせたところで運ぶ人がいないじゃん」
「だよな」
「それでもハルを強制的に眠らせたとしよう。それでハルと領主の間に溝はできるよな?」
レギオンがそう言うので俺は確かにそれはありそうだなと頷いた。
「でも仲違いさせたとして、それで俺が窮地に陥るわけではないし……この街に居られなくなっても他の街に行くだけで……」
俺がそう言うと、イヴァンが言った。
「その先の方がハルを捕らえるには準備ができていたとしたら、ハルにこの街に居られるよりは他の街に移動してもらった方が都合がよかったのかもしれない」
つまりこの街ではあまり好き勝手ができていなかったということだろうか?
「ヴァレリア様の時代にはそれはもう、厳しいと言ってよかった。聖教会がのさばってきたのは最近のことでヴァレリア様の時代はそうじゃなかった」
レギオンとイヴァンは60年前からここに住んでいるけれど、もちろんヴァレリアさんの時代もちゃんと住んでいたので知っている。ヴァレリアさんからニリレオさんに公爵の爵位が移ったのは十年前くらい。その前にヴァレリアさんの息子さんが公爵家を継ぐ予定だったんだけど、その前に亡くなってしまって、孫であるニリレオさんがしっかりと公爵を継げるまではヴァレリアさんが公爵家を支えていたんだ。
それで十年前にニリレオさんが結婚したのに合わせて爵位を譲って、ヴァレリアさんはキルッカ伯爵という勇者が国王から貰った爵位を名乗ってるんだって。元々サヴォイア公爵兼キルッカ伯爵だったかららしい。
でもニリレオさんが引き継いでから一切の手伝いを拒否しちゃったため、ヴァレリアさんはあれこれ注意ができなくなってしまったみたい。
身内とはいえ、公爵様だからね。口出しは無用って言われたら何も言えないわけよ。
そうしてニリレオさんは自分で自分を追い込んで、ヴァレリアさんがしっかりと守ってきたもの全部に気が向かなくて、そこを中央聖教会が上手く付け入った形らしい。
「ハルが怒っていたように、俺も怒りは覚えたが……」
イヴァンも俺が言いすぎたことは確かだけど、怒りたい気持ちは分かると言う。
ヴァレリアさんの時代がちゃんとしていたからこそ、ニリレオの統治の仕方が納得できないのだ。
「今回のことで公爵が気持ちを変えなかったら俺たちは街を出ていたかもしれない。そしてそれは聖教会にとっては俺たちを上手く他の街に誘導できたかもしれないからな」
でもそこでアッザームが言う。
「だが、もしお前達が追い出されて行くところがなくなったら俺が村に連れて行くけどな。他の街よりももっと安全で、外の人間は一人くらいでほぼ村人でしか形成されてない村だから、聖教会なんて入る隙間もないけどな」
アッザームがそう言うので俺はちょっと笑って言った。
「アッザムの村に行くのもありなら行ってみたいね」
「いつでもいいぞ。夏でも冬でも俺は砂漠は越えられるし、村は比較的穏やかな気候の村だからいつでもいける」
「そうだね落ち着いたらいこうね」
今はとにかく領主側の問題が露呈したところなので家を空けることはできないけど、いつかはアッザームの生まれたところには行ってみたいんだよね。
とにかく誰かが聖教会と組んで俺を追い出そうとしている可能性は出てきた。
こんなにあれこれ分かりやすく俺を追い詰めようとしているのが沢山いては困るけれど、根は一緒なのかもしれないと俺は思った。
それから二週間ほど過ぎても結局何者が領主の周りで彷徨いていたのか分からなかったし、聖教会は領主のニリレオさんに嘘の申告をしたことで、寄付金の増額はなくなり、さらには司教はいつの間にか入れ替わっていた。
俺への嫌がらせはピタリと止んで、中央聖教会からの監視らしいものもなくなっていった。
一斉に何かを起こして手を引いたのが何の組織だったのか分からないけれど、サヴォイア公爵はキルッカ伯爵に助けを求め、しっかりと領地を治めるための勉強をしていると聞いた。
せっかく拾った命かもしれないからか、ニリレオさんは人が変わったようにしっかりと働いてよい夫をしているし、そのお陰でキルッカ伯爵のヴァレリアさんもサヴォイア家に出入りができるようになってひ孫にも会えるようになって元気になってるらしい。
俺の周りの噂に振り回された人達はあっという間に噂にも飽きて、俺の事は放っておいてくれるようになった。
そしていつもの日常を取り戻すのにはたった一ヶ月くらいでいつも通りに暮らせるようになった。
でも俺はちょっと考える。
このことがまだ始まりの一旦だったとして、これから何かが起こる前触れだったとしたら、見えない相手に俺はどうやって戦ったらいいのか、それが俺には分からなかった。
今回は俺が警戒をして鑑定を持っていたから分かったことだけれど、それがなかったら俺はきっと死んでいたかもしれない。
その恐怖は俺にいつまでも付きまとっていて、決して取れない喉に引っかかった小骨のように残ってしまった。
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