彼方より 059

領主との面会、そこでの問題

 その日はちょっと暖かくて肌寒い風は吹いていなかった。
 俺たちの家の前に領主が寄越した馬車がやってきていて、それに俺とイヴァンとアッザームが乗り込んだ。
 レギオンはというと。
「俺は残ろう。全員で行って外から助けを呼べないなんて事態は避けたい」
 なんて言うのでレギオンは体調が悪いことにしてもらった。
 馬車の従者にそう告げると、さすがに体調の悪い人を連れて行くわけにはいかないと思ったのか、レギオンの動向は諦めて貰った。
 怪しまれないように近所のダヴィデさんに見送ってもらって俺たちがちゃんと出かけたことを印象づけた。
 実は俺たちは領主が俺をどうこうするつもりでいると踏んでいる。
 俺だけ手の内に入れば他は殺していいとか言うかもしれないってね。
 まあそこまでの大きな事態にはならないかもしれないけど、それに近いことは起こりそうだと思って行動することにしている。
 ヴァレリアさんのことを信用してないようで申し訳ないけど、領主とは初めて会うのだから警戒することは許して欲しい。
 そういうわけで、俺たちは全員が臨戦態勢で乗り込んだのだった。
 領主の住む屋敷は街の中央にある大きな丘がある。
 なだらかな丘なんだけど、その丘全部が領主の屋敷になる。山の麓からずっと多いな塀があって円形に屋敷を取り囲んでいる。
 街の塀が第一の門なら、領主の屋敷への丘への入り口が第二の塀、領主の屋敷の前にあるのが第三の塀と言ってよかった。それは城を作るならば当然の作りで勇者は恐らく街を作る時に王宮から兵隊で攻められるかもしれないという想定の下、この丘に屋敷を作ったんだと思うんだ。
 そういう見栄えがいいけど、実は城の役割を果たしている機能的な屋敷なのだ。
 その屋敷前の門まで潜った後はもう腹を括るしかない。
 俺はのんびりとしながらもイヴァンとアッザームが緊張しているのを感じていた。
 やっと屋敷前に到着すると、馬車が止まってドアが開いた。
「どうぞ、付きました」
 そう言われてイヴァンが先に降りて俺が次に、最後にアッザームが降りた。
 家の前の入り口にはメイドさんや兵士が並んでいる。
 最初に執事さんが俺に話しかけてきた。
「ようこそ、ご足労をおかけしました、ハル様。私は、サヴォイア家に務める執事、ジョンと申します」
「こんにちは、ハルです。こっちがイヴァン、こっちがアッザームといいます」
「はい、存じております。ではさっそく主人がお待ちしておりますゆえ」
 そう言われて並んでいる人の前を通って屋敷に入って行く。
 玄関前にも人が沢山いたのに中へ入ってもメイドが沢山いた。
「ようこそ、いらっしゃいませ」
 と挨拶をされて俺はちょっとだけ手を上げて答えた。
 これはレギオンに散々言われたんだけど、頭を下げるのは絶対に駄目なんだって。
 貴族社会でそれをするのは身分が上の人に対してだけであって、身分の下になるメイドや下働きにそれをしたら向こうが戸惑ってしまう上に、失礼があったのではないかと彼らの方がお叱りを受けるんだとか。
 だから俺はその人達のために頭を下げることはしてはいけないんだって。
 そういうわけで手を振って合図をして何とかその場は脱した。
 ちょっと緊張するけど、案内されるがままに奥へと連れて行かれて、そして大きな一つの扉を執事が両方を開いて俺を招き入れた。
 そこには一人の男性がいた。
 年は見た目で三十くらい、なのでこっちの世界では百歳くらいかな。
 パッと見た感じはまさしくヴァレリアさんにそっくりと言えるくらいに見事な金髪碧眼だった。
 そして妖精族特有の尖った耳もあるのでこの人は妖精族だろう。

【名前】ニリレオ・ゾオゾ・サヴォアイア
【年齢】110歳
【基準lv】800
【種族】妖精族(妖人族と妖精族の子)
【称号】魔法剣士
【技能】剣術 火魔法
【運】幸運(小)
【加護】火の神イデアルニー・ゾーの加護(小)
【生命力】1200
【魔力】2300

 パッと勝手に鑑定が働いてしまったけれど、見た感じはさすが妖精族と言えるかもしれない。
 しかし若いのにステータスが基本的に高いのは勇者の血筋ってことなんだろうけど、魔法剣士の称号も持っているし、加護も付いてるのには驚いた。
「忙しいのに呼び出して済まないね。私がニリレオだ」
 そう言われたのでハッとして俺は直ぐさま胸に手を当てて名乗った。
「ハルです。右がイヴァン・タキ。左がアッザーム・アル=ガンダファルでございます」
 俺がそう名乗ると、ニリレオさんは少し首を傾げて言った。
「愛称を名乗っているのかな、異世界人には我々と同じく、仮名があると聞いていたのだが」
 そう言われて俺はそこで初めて自分が情報を偽装していることを疑われている原因に気付いてしまった。
「あ、はい。事情がありまして、グノ王国を出るまでは異世界人の名を名乗るわけにはいかず、以後そのままにしておりました。……本名は藤本晴一と申します」
 俺がそう答えるとなるほどとニリレオさんは頷いた。
「確か、グノ王国の勇者召喚にて巻き込まれし者としてこの世界にやってきた異世界人であったな。それは苦労をしただろう」
「いえ。力を欲していた王国からは無能と判断されすぐに城を追い出されましたので、後は地道にやって国を抜け出してきただけですので……」
 恐らく勇者召喚をした人達の中に戦争で負けたから捕虜にでもなった者が勇者召喚のことを喋ったのだろう。それはきっと同じ勇者召喚者の血族としては詳しいはずなので確認のためにニリレオさんやヴァレリアさんには王国側から話が通っているのだろう。
「つまり勇者一行とはそれっきりと?」
「はい、そもそも召喚される前からも見知らぬ人でございます」
 俺がそう言うとイヴァンが言った。
「その放逐された直後に私と会っております。その召喚された日が、10月11日であるのでしたら、城前通りの安宿屋に記録が残っているはずです。最初に日に会い、その三日後にカザへ向けて出発する商人の護衛でまた一緒になっておりますので間違いありません。その商人はレテカの街へと移住をしておりますから、調べて貰えれば、勇者一行と同行をしている様子はないとはっきりと言えます」
 イヴァンがそう言うと、ニリレオさんははうんうんと頷いた。
「分かっている。その商人モルトには先に話を聞いている」
 そう言うものだから俺はああこれは確認作業なのだと気付いた。
 もう全ての調べが付いているから俺の嘘がないかどうか調べたいわけだ。
 恐らく中央聖教会が何か吹き込んでいるんだと思う。
 とにかくそういうわけでニリレオさんが俺たちに確認することに答えていく形になって、俺は他に隠すことはないので答える。
「聖教会への寄付は何故中央聖教会への寄付ではないのだ?」
 そう聞かれたので俺は答えた。
「そうですね。子供達の服がとても汚れていたんですよ」
 俺がそういうとニリレオさんは不思議そうにしていた。
「それで?」
「中央聖教会の人達は綺麗な服を着ているのに、孤児院の子は破れて汚れて寸法も合っていない服を着ていたんです。だから中央聖教会への寄付金はここまで届いていないんだと思って直接寄付をしました。あと痩せ細っていた子供達が気になって肉や野菜も寄付しています」
 俺が正直に答えたら、そこまでの考えがあってやっていると思っていなかったのかな。何故か凄く驚いているんだよね。
「痩せ細り、体に合わない破れて汚れた服をきていたと……何故だ寄付金はこの間値上げをしたばかりなのに……」
 そう言うから俺は思わず言ってしまっていた。
「公爵様は現場をご覧になってちゃんと寄付をしていますか?」
 俺の言葉にニリレオさんはビクリとした。どうやらやってないらしい。
「い、忙しく、秘書に任せていたのだが、最近は孤児も多くなったと聞いたばかりだったが……」
 駄目だこりゃ。
 俺はこの人の適当なことのせいで、あの孤児院が追い詰められているのだと気付いた。
「知ってますか? その孤児院に寄付していると中央聖教会の人が私のうちまで押しかけてきて、寄付金と肉はこっちに寄越せと言ったんですよ? 寄付金たんまり貰っているにもかかわらずに……それがどういうことか分かりますか?」
 俺がそうはっきりと言うと、そんなことが起こっているとも聞いた事がないとばかりに更に驚いている。
「その秘書の方はここにいらっしゃる?」
 俺がそう尋ねたらニリレオさんは首を横に振っている。
「ここにはいない、仕事は街役所でしているので……」
 どうやら仕事はここではなく、街役所の部屋を使っているという。そこの方が色々と書面のやりとりがしやすいかららしい。で、件の秘書はそこにいる秘書だという。
 俺は思わず溜め息を漏らしてしまった。
 思いっきり騙されてるじゃんこの人。そりゃ聖教会のやつらも助長するわ……。
「言いたくないですが、一度ちゃんと調べた方がいいですよ。恐らく私たちのことも寄付金を出し渋っている悪党くらいに言われているんでしょうけど……こっちはちゃんと寄付の規約通りに寄付しているだけですよ。それを横取りどころか強請集りにくる宗教ってどうかと思うんですよね」
 俺がそう言うと聞いていた話と違いすぎたらしくてニリレオさんは困っているようだった。
「すまない……判断が付かない」
 そう言われてしまい、俺は尋ねていた。
「今日はどういう用件で私たちを呼びました?」
 そう聞くと、ニリレオさんはちょっと困ったように話し始めた。
「君たちが寄付を横流ししてると言われた。孤児院の教会に入り込み、肉や野菜を置く代わりに金を強要していると……」
「へえ……そんな分かりやすい嘘をついているんですね、中央聖教会っていうのは本当にバカしかいないんですかね?」
 俺はそう言い、更に強く言った。
「俺は肉や野菜を寄付した後、お金も寄付してますし、横流ししているという根拠がそもそもない。横流しするほどに中央聖教会はあの孤児院にお金を出してないんですよね。そうじゃなきゃ子供達があんなにひもじい思いはしてなかったはずなんですよね。でも今はちゃんと寄付をしていますし? ちゃんと食べられて元気になった子供達は技能や称号を得られてたようで、中央聖教会はそんな子供達をその教会から取り上げ、また何も持っていない孤児を押しつけてるじゃないですか。私の言うことが信じられないなら、私が今言ったことを問いただしてみてくださいよ。増えた寄付金は何処へ消えたんでしょうかね? 帳簿を見せて貰えないなら寄付金の額は元に戻した方がいいですよ? 十分足りてるようで、司教の身の回りのものが眩しいくらいに光ってましたし? 装飾品に使うお金はあっても、孤児院の子供の服は買えないそうなので?」
 俺が一気にそう詰め寄ったら、さすがに俺が寄付金を横流ししているとは思えないくらいに内情に詳しいと分かったみたいだった。
 それが分かっているからこそ、寄付をしているのだと告げたらもうぐうの音もでないよね。
 だって俺が寄付金を横流ししているなんて絶対にあり得ないんだから、そもそも証拠もないしね。
 調べられて困るのはどっちだっていうんだ。
 俺のあまりの強気な態度にニリレオさんも聖教会の有様にはちょっと怪しいと思っていた部分もあったようだった。
「確かに寄付金の増額を願ってくるのは浅ましいなとは思っていたが、そこまで腐っているのか中央聖教会は……」
 ニリレオさんはまさかと思ったようでそう言うけどそれは俺の調べることじゃないんだよね。
「あなたがそれを調べなくちゃいけない立場なのに、判断を人ばかりに頼るから、そうやって付け込まれていいように扱われているんじゃないですか?」
 俺がはっきりとそう言うと更にニリレオさんは困ったようにしていたので、俺は仕方なく助け船を出した。
「どうしてヴァレリア様を頼らないんですか?」
 俺がそう言うとニリレオさんは更に渋い顔をしていたけど、プライドとかそういう問題ならはっきり言って腹立つんだけどね。
「あなたのつまらないプライドを保つために、子供達は苦しい思いをしているんですね?」
 俺の言葉にさすがにニリレオさんはうつむいてしまった。
「ハル、言い過ぎ」
 イヴァンがそう言うけれど、言わなきゃ分からないんじゃないかなこういう人は。
 俺はそう思う。
「じゃあ、イヴァンはどうすればいいと思う? 俺が助けたいのは子供たちであって決してこの人ではないんだけど? いい大人が判断もちゃんと下せないくせに一番偉いところにいて、周りの意見に流されて、結局失敗している。そんな人に助言をくれるであろう人が側にいるのに、頼らないって意地張ってる間に孤児院の子供が飢えて死ぬんだよね。確かに中央聖教会は問題だよ? でもこの人は違和感は覚えているのに、見て見ぬ振りをしたんだよね。おかしいと思ったのに調べもしなかったんだよね」
 俺はかなり怒っていたんだと思う。
 聖教会のやり方も腹が立っていたし、その違和感に気付いていたのにそれを無視して聖教会の言いなりになってるこの領主にね。
「す、すまないっ!!」
 俺がイヴァンを問い詰めている間に、領主は俺に謝ってきた。
「何に対して謝っているんですか?」
「私が感じた違和感を、ちゃんと調べもしなかったことで、孤児院の子供達が長年苦しんでいたこと……!!」
 どうやらニリレオさんは謝り方は知っているようだった。
「俺に謝ったら殴ってやるところでした」
 俺がそう言うと、ニリレオさんはすぐに秘書を呼んで自分のところの内偵部隊に中央聖教会と役所の秘書のことを調べるように言っていた。
 俺たちはそのまま部屋を出て、隣にある部屋に案内されて菓子や飲み物を貰った。
 でも俺はそれを食べることはしなかった。
 部屋に入ってから違和感が凄かったのでお菓子やお茶を鑑定したら案の定だった。

【名前】洋菓子
【効能】睡眠 痺れ
【備考】食べると眠くなり、体が痺れて身動きができなくなる。食べるのは推奨しない。

【名前】ルムイの果実酒
【効能】睡眠
【備考】飲むと眠くなってしまう。飲むのは推奨しない。


 なんでこれが出てきたんだろうな……。
 俺にも分からないし、平気でこれを出してくる執事もメイドも怖かった。
「イヴァン、アッザム。どっちも手を出さないでよく見てね」
 俺がそう言うとイヴァンもアッザームも理解できたのか、鑑定を使ったようだった。
「なんでだ?」
 部屋から執事とメイドが出ていって俺たちだけになると、俺はそう呟いていた。
 すぐにアッザームがドアに近付いたけれど、誰かが外にいるようではないようだった。
 イヴァンは窓を開けてみたけれど、ドアは開くようだ。
 監禁しようっていう感じではないようで、どうするか俺はちょっと悩んだ。


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