彼方より 057

妖精族の人に会う、その人は偉い人

 冒険者組合で領主サヴォイア公爵と会うことを強要され、仕方なくそれを受けることになってしまった俺。
 どうやらイヴァンやレギオン、アッザームの名前がなかったところを見ると、聖教会も領主も俺が特殊な存在だとは気付いているようだった。
 でも何故俺が特殊な存在なのかは分かっていない感じだろうか。
 それで俺を呼び出して俺は何だと聞きたいのかも知れないが、あいにくと俺はそれに答える答えを用意していなかった。
「しまったな。まさか何者だとか聞かれる羽目になるとは……」
 さて問題は何処まで話して信用されるかという問題である。
 恐らく俺が異世界人であることまで看破される可能性もあると思っておかなければならない。
 それでも俺が「巻き込まれし者」であることは変わらない。
 なら、勇者召喚で呼ばれたが「巻き込まれし者」であったため、追い出されたとする。
 そして能力は収納と鑑定に生活魔法。これで固定して俺の情報を弄っておくのが正解か。
 もし水晶などで鑑定ができる人間がいたら、隠蔽した情報を読んで貰わないと意味がない。
 というわけで俺が咄嗟に用意した情報はこれかな。



【名前】ハル
【年齢】19歳
【種族】異世界人族
【基準lv】550
【称号】召喚に巻き込まれし者
【技能】鑑定 収納 生活魔法 言語理解 
【運】幸運(大)
【加護】なし
【職業】冒険者 鉄級 炎炎組織一員


 異世界人族って言うのはこの世界にきた違う世界の人のことを言うんだって。
 だから勇者召喚でやってきた人達はこの種族を名乗ることになる。
 俺は下手に神族ってことを知られるよりは、異世界人であることを知られた方がマシだと判断した。
 その上で召喚に巻き込まれし者ならば、他の称号がないことの理由にもなる。
 言語理解は異世界人が必ず思っている技能の一つらしい。元の世界の言語とこっちの世界の言語は全く違うって事らしいんだよね。
 だから異世界人は絶対に持っていないと召喚された意味がないんだって。
 これを持たない異世界人は召喚されたのではなく、落ち人という次元の裂け目に堕ちてこっちにきた人ってことになるらしい。そうなると神様の手を通らないので能力は一切受け取れないらしい。
 俺がそんなことを考えながら依頼の掲示板を見ているとアッザームが心配そうに俺を見てた。
「ハル、情報を変えたんだ?」
 どうやら鑑定をして俺の情報を覗いているらしく、俺が異世界人族になっているのに気付いてどういうことかなと聞いてきたのだ。
「うん、今後の対策かな」
「対策?」
 ちょうど掲示板の焦げ付いている依頼だけが張られている掲示板は、ほぼ俺たち専用の依頼掲示板になってしまっているので、その近くには誰もいなかったが、俺は用心して冒険者組合を出ることにした。
 もちろん依頼は薬草の採取と角兎の肉の依頼、それに街の肉屋から角兎の依頼が入っていたのでそれを受けた。
 受付で依頼を受けてくると、すぐに冒険者組合を出てから広場にある椅子に座ってアッザームに説明をした。
「そろそろ隠し通しできない部分かなと思ってね。俺がいろいろできている理由に異世界人だったってことなら、ちょっとは不思議なことをできてもおかしくはないってこっちの人は考えるみたいだし」
 俺がそう言うとアッザームも頷いた。
「異世界人は何か能力を貰ってこっちの世界にくると聞いた。だからハルが色々できるのは当たり前だが……巻き込まれし者の称号は?」
「下手にアレだと探られないために、巻き込まれた者であることを強調すれば他に称号を貰っているなんて普通は考えないよね? 基本的な強さもなく、攻撃魔法もなく、幸運だけで生きてきましたってすれば、まあそれもあり得るかなって思ってくれたらいいなって感じにしてみたけど」
 俺がそう言うともう一度アッザームが情報を覗いてみてから頷いている。
「まあ、これでいいかもな。でもこれを固定にしないといけなくなるから、周りにも異世界人であることは知られるし、今までそれを隠していたことは問われるかも知れない」
「そこは……グノ王国を脱出するために隠蔽をかけて貰ったってことにする。イヴァンがそれを手伝ってくれたのは確かだし」
「それはちゃんとした理由になってることはなっているな……うん」
 アッザームがやっと納得してくれたのでホッとしていると、目の前に急に若い女性が立ったのに気付いた。
「貴方が噂になっていたハルか?」
 そう言われて俺は顔を上げてその人を見た。
 とても綺麗な妖精族の女性だった。金髪碧眼の美しい人。俺は妖精族をちゃんと見たことはなかったんだけど、ここまで完璧な美を持っている人は初めてかもしれない。
 妖精族は妖精族同士の子供か妖精族のハーフと妖精族の間の子供でないと妖精族とは名乗れないんだって。そう思って俺は思わず女性を鑑定してしまっていた。
 でも鑑定はパンッと弾かれてしまったんだ。
 え、なんで?
 俺がびっくりしていると、扇子を片手にした女性が扇子で俺を差して言うんだ。
「女性の情報を断りもなく覗くなど、紳士らしからぬ。一言あってしかるべきではないか?」
 そう言われて俺は素直に謝った。
「すみません、怪しい人だと思ったので。ずっと変な人達に追われていたからどうしても癖になっていて」
 俺がそう言ったら女性はそれで納得してくれたようだった。
 俺が噂でちょっと訳が分からないくらいに追い詰められているのは知っててくれたようだった。
「確かにおかしな噂が広がっていたな。聖者ではないかやら、特殊能力があるなど、興味深い内容もあったようだが」
 女性がそう言うので俺はとりあえず名乗った。
「俺がハルです。貴方は?」
 俺がそう聞き返したら、女性はニコリとしてとっても美しい挨拶をしてくれた。
 貴族の女性がするスカートを少し上げて片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げ、背筋は伸ばしたまま挨拶をしてきた。
「ヴァレリア・キルッカと申します……ハル様。そしてアッザーム様」
 そう言われて俺は驚く。
 アッザームは名乗っていないのにそう言うってことは相手は俺の情報をかなり持っている人だと言えた。
 俺は大抵街に来るときはイヴァンかアッザームとくることが多い。その中で肌の浅黒い色をしている方がアッザームだとまで認識できているということは、ちゃんと俺たちを知っている人でしかない。
 それに俺をハルだと最初から名指ししてきた時点で、この人は俺に話しかける気があって近寄ってきた人であるのは間違いなかった。
 それに俺はこのヴァレリアって名前を何処かで聞いたなとちょっと引っかかったのだ。
 でもキルッカって苗字の人は聞き覚えがなかったのでうーんと唸りながらもそこは様子見をすることにした。
 アッザームは警戒をしているけれど、女性が一人俺の前に立っているだけではあからさまな警戒をできずに居心地が悪そうだった。
「それで何か用ですか?」
 俺が単刀直入にそう尋ねたら不躾だったみたいだけど、ヴァレリアさんはちょっと笑った。
「完結でよいな。すまないが本当にハルに力がないのか、鑑定をさせて貰いたいのだが……どうも気になって自分の目で見たものしか信じられない質なのだ」
 凄くストレートな物の言い方に、俺はちょっと笑ってしまった。
 ちょうど情報も書き変えたところだったし、見て貰っても構わないようにはしてあるので俺は言っていた。
「構いませんよ、どうぞ」
 俺がそう言うとヴァレリアさんはニコリと笑ってすぐに鑑定をしてきた。
 そして一通り見終えたらしいヴァレリアさんはなるほどと言うように頷いた。
「異世界人族であったか。なるほど、しかし巻き込まれし者……それでは二年ほど前に行われたグノ王国の勇者召喚での巻き込まれし者なのか?」
「そうですよ」
「しかしそうなれば勇者どもと行動を共にしているのではないのか?」
 ヴァレリアさんにそう言われたので俺はちょっと笑って言った。
「巻き込まれし者って、勇者一行ではないんですよ。あくまで巻き込まれた無関係の人なんです。なので俺はすぐに城から放り出されてしまって。勇者たちともその時に初めて顔を合わせた赤の他人ですし……まあ、国が滅んでしまったようなので放り出されて正解でしたけどね」
 俺がそう淀みなく、嘘なんか一個もないのでそう告げると、ヴァレリアさんは驚いていたけどね。
「まさかグノ王国はそのような愚行をおかしたのか……何という……勇者召喚に関しての条約すら守れもしなかったのか……」
「条約なんてあるんですか?」
 俺はそれは知らないなと思って聞いていると、どうやらあるらしい。
「勇者召喚時にハルのような巻き込まれてしまう者が時々いると聞いた。その場合、呼び出した国がその者の生涯を保証して城での仕事か少しでも能力があれば勇者の手伝いなどをさせなければならないとしている。ハルは収納を持っているようだから、勇者達の荷を運んだりできたはず……役立たずと追い出すことはまずあり得ない」
 そう言われてしまったのだけど、もうグノ王国の俺の事を調べた人は生きていないと思うので俺は思いっきりそこは偽証することにした。
「鑑定を見たヴァレリアさんなら分かるかと思うんですが、俺、攻撃系の魔法を一切持っていないんですよ。それでゴミだって言われました。でもその時の勇者の方が慈悲をくれて、それで三日分くらいの食べ物と金貨二十枚をくれたのでそれで何とか路上暮らしは免れましたね」
 俺がそう言うとヴァレリアさんは本当に驚いていた。
「攻撃系の魔法か……なるほど切羽詰まっての勇者召喚だっただろうから、そこばかりを重視したのか……本当に愚か」
 ヴァレリアさんにとっては収納持ちはかなりの技能持ちってことらしい。
「でもそのお陰で戦争には巻き込まれなかったし、収納を使った配達作業でお金も稼げましたし、あの国をギリギリで脱出できてこの国に来られたので、結果は良かったかなと思ってます」
 俺が色々大変だったけど、結果は悪くないと告げるとヴァレリアさんも確かにそうだなと思ったらしい。
「勇者一行は結局碌な目に遭っていないようだったから、そこから抜け出せてよかったのかもしれないな」
 そう言われてしまった勇者一行のことはちょっと気になったので俺は聞いてみた。
「勇者一行はどうかなってしまったんですか? 勇者の人が寝返った話は聞いたのですが……」
 俺がそう言うとヴァレリアさんが話してくれた。
「その勇者は生きている。シグルス島に渡ってそこで生活をしているらしい。人間不信に陥っていたようで、立ち直るには時間がかかりそうだときいた」
 ああ、健二くんは闇落ちしちゃったもんな。
 グノ王国を裏切ってロドロン公国に寝返ったけれど、結局どっちも滅んで行き場を失ったもんな。
 そりゃ人間不信になるよ。
「他の勇者は女性二人だったらしいが、貴族たちと豪遊して働かず、随分と破天荒な生き方をしたようだった。それでセフネイア王国が侵攻した際に住民からかなりの恨みを買っていたようでな。それでレダイスに侵攻した時には内乱で討ち取られていたそうだ」
 ……そうなんだ。あの女の子二人、満更でもなさそうだったけど、そっち方面にはっちゃけちゃったんだ。
 俺の事を馬鹿にして笑っているくらいに性格悪そうだったけど、死んじゃったって聞いたらちょっと可哀想だったよなと思う。だってこんな世界に呼ばれて、勇者にされて、人生も運命も世界すら取り上げられたら正常じゃいられないのかもしれないしね。
「そうですか……そういう世界ですもんね。勇者の人もこれから穏やかに暮らせるといいんですけどね」
 俺はイヴァンやレギオンなんかいてくれて、グノ王国ではそれなりに楽しく暮らせてこの街に来たからね。十分幸せだもの。
「自分を見捨てた者たちを思って哀悼できるとはなかなかできることではない。だがこの世界では裏切られたら基本的には生きるか死ぬかに直結をする。努々忘れぬように」
 ヴァレリアさんにそう言われて俺は確かにそうだよなと思って頷いていた。
「ええ、分かってます。今は信じられる仲間がいるし、この街もまだいい街なのでなるべく静かに生きて行ければ満足ですよ」
 俺がそう言うとヴァレリアさんはニコリと笑った。
「この街はまだいい街なのか?」
「はい、まだいい街ですよ」
 俺はこの街が気に入っているから、できれば騒動が大きくならないまま収束してくれることを祈っている。そんな気持ちが伝わったのかヴァレリアさんが言った。
「ならば、その気持ちに応えなければならないのは我々の方というわけだな……いいだろう。私はハル、そしてアッザーム、お前達を歓迎する」
 ヴァレリアさんがそう言ったので俺はちょっと驚きながら尋ねていた。
「ヴァレリアさんは何者ですか?」
 俺の問いにヴァレリアさんは言った。
「鑑定をするのを緩そう」
 そう言われたので俺はヴァレリアさんを鑑定していた。
 さっきは弾かれた鑑定だったけど、今度は素直に情報が見られた。


【名前】ヴァレリア・バルバラ・サヴォアイア(キルッカ伯爵)
【年齢】251歳
【基準lv】3800
【種族】妖精族
【称号】魔法剣士
【技能】剣術 水魔法 風魔法
【運】幸運(中)
【加護】風の神ラーナーダ・バクツェルの加護(大)
【生命力】3200
【魔力】3300
【備考】現レテカ領主ニリレオ・ゾオゾ・サヴォイア公爵の祖母で、321年前に召喚された勇者の孫である。現在はキルッカ伯爵を名乗っている。


「……え、え、え、えーーー……」
 俺は思わず声が出てしまった。
 まさか俺を呼び出してきた領主の祖母で勇者の孫だとは……。
 道理で名前を聞いた時に引っかかったはずだ。聖女のことを調べていた時に勇者の話になって、俺たちが住んでいる屋敷の話になった時に、ヴァレリアさんの名前も出てきたよな。ヴァレリアさんが王弟に惚れられて結婚してサヴォイア公爵になったって。
 ああああ~~やっと思い出せた。
「これは大変失礼をしました」
 俺が立ち上がって一応の礼を見せようとしたんだけど、それをヴァレリアさんが制してきた。
「構わない。ハルは称号では勇者同様に異世界人族だ。異世界人が我々に傅く必要はないと言う法律も存在するほど、この国での勇者の功績は大きいのだ。それにこの街を気に入ってくれて住んで貰っている」
 ヴァレリアさんはそれはもう嬉しそうで、それまでの笑顔よりもとてもいい笑顔で俺に言ってくれた。
「いつまでもハルがこの街に居られるように、私も尽力を惜しまない。長くこの街に居てくれると嬉しい」
 そう言われて俺は頷いていた。
「この街は本当に気に入っていますよ。まあ、ちょっと中央聖教会の人達はどうかと思いますけど」
 そう俺がそう言うとヴァレリアさんもこそっと俺に言った。
「私もどうかと思っているところだ。そのうちやつらも完全に大人しくはなるだろうから、もう少しの辛抱をしてくれ」
 どうやら何か口添えをしてくれるらしく、俺にはそれは願ったり叶ったりなのでお任せしておくことにした。
「お願いします」
 そう俺が言うと、ヴァレリアさんはニコリとして言った。
「時間を取らせて悪かった。これからも隣人としてよろしく頼む」
「はい、よろしくお願いします」
 俺がそう言うとヴァレリアさんは颯爽と俺の前から去っていって、すぐ近くに止まっていた豪華な馬車に乗って広場を去って行った。
「何だか、とても面白い人だったね」
 俺がそう言うと、アッザームはずっと口を挟まなかったけど、緊張はしていたようだった。
「ハルは暢気でいいな。あの女が本気で俺たちに敵意を向けていたら、俺だけでは防げなかったんだぞ?」
 そう言われて俺は驚いたけど、そういや妖精族な上にアッザームと同じ魔法剣士の称号を持っていて、基礎能力がアッザームの倍くらいあったっけ……。
 そりゃアッザームが何も言わないはずだよな。邪魔したら何されるか分からないもんな。
「でも敵意は一切感じなかったよ。話合いもちゃんとしていたし、非公開の話合いにはなるけど、一応この街にいてもいい確約は貰ったし、問題もちょっと口添えして貰えるみたいだしね」
 俺がそう言うとアッザームはちょっと呆れていたけど、それでも俺の言うことは間違っていないのでやっと気を抜いたようだった。
 しかもアッザームは疲れているようだったので近くの喫茶店に入ってそこで甘いものを食べた。
 こっちの世界にも異世界人が伝えたマハイの実(イチゴ)の菓子があったのでそれを食べて落ち着いてから、イヴァンやレギオンにもお土産の菓子を買って帰ったのだった。
 意外な人に出会ったけれど、それはちょっとした俺の転機。
 出会ったことで変わった一つの歯車だったんだ。


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