彼方より
055
聖教会の暴挙で祭り上げられるけど、肉入れ替え作戦
「そういえば、聞いたかい。あの丘の上の屋敷に住んでいる冒険者の話」
「ああ、聞いたよ。聖教会のために孤児院の子供達のために多額の寄付をしたんだってね」
「今時の冒険者でそこまでやる人はあんまりいないのにね」
「そういや、その人が森から果物を沢山持ち込んで、貴族と王族は大助かりしたらしいよ」
「それで果物が少し根が落ち着いて市場に出てるんだね」
「けど果物農家からすれば、値崩れしちゃってちょっと恨まれているらしいけど、あいつらもバカみたいに高く売ろうとするからだよ」
「それに肉をよく肉屋に売ってくれるから、俺たちが最近よく食べられている角兎とかもその人が持ち込みしてくれているからだってさ」
「それで、その人は何て人だい?」
「ハルって名前の、収納持ちの冒険者さ」
てなわけで、俺の噂が何故かあの日を境に一気に街に広まっている。
ただ皆俺を見たことがないので俺が側を通っていても最初は見つからなかったんだけど、ダメージのない俺に嫌がらせをしたい中央聖教会としては俺の似顔絵を描いて配布するという暴挙にでたわけ。
そして俺は絶賛引きこもり中。
「何かするとは思ったけど、こんなにすぐに俺の事、聖教会の味方として噂を流すとは思わなかったなあ」
俺がそう言うとレギオンが言う。
「頭のいい奴がいるんだろうな。ハルが逃げ切れないように周りから固めるつもりなんだろう」
そう言われて俺はうんざりするけれど、司教としては違った方向に俺が崇められているからきっと気に入らなくて憤慨していると思う。
それだけなら別にいいんだけど、教会側の動きがなんだか不気味で俺はちょっと危機を感じて引きこもりをしているわけだ。
もしそれでも駄目なら一旦街を離れるって方向で逃げるしかないわけだけど、ちょうどいい季節だし、何ならカザの街に行って冬を過ごすのもありかもしれない。そんなふうに思ったんだけどね。
それに噂なんて一時的なものでそのうち消えると思ってたんだけど、その噂はどんどん尾ひれが付いていって、とうとう俺はとてつもない力を持つ人間にされていた。
そう聖女とは思われなくても聖者ではないかと言われ始めたんだよね。
聖者とは、神の使者のようなもので、これも実は召喚された者が貰える称号の一つ。
俺が正常な判断で称号が貰えていたら、それはきっと聖者だったのかもしれないんだよね。
何で未だに聖女なのか分からないけど、俺のことを聖者にすることで聖教会としては俺を聖教会に引き込みたい意図があるようなんだよ。
そしたらさ、毎日聖教会の使者がやってきて俺を聖教会に迎え入れると大層仰々しく言い放ってくれましてね……ふふふ、あいつら絶対アホだろ。
「我ら聖教会はハル様を聖者として聖教会の司教に迎え入れる準備がある。あなたが気に掛けてらっしゃる教会には司教はまだおりませんゆえ、そこにお迎えをいたしましょう」
てな具合に俺を仲間に引き込みたいからかあの孤児院を持ち出してきたんだよね。
それからちょっと孤児院が心配になってアッザームが隠密を持っているからそれを使って見てきて貰ったら、案の定、教会の子供達が全員入れ替わっていたんだって。
「どういうこと?」
さすがに俺も驚いてしまって、あの教会ごと乗っ取られたのかと思っていたんだけどそうではない変化が起きていたんだ。
「それが修道女は変わっていなかったから話を聞いてきたんだが、どうやらあそこで暮らしていた孤児院の子供達全員が、何かしらの技能を得ていて、新しく教会側の能力がある子供が集まる施設の方へ移動させられたらしい」
「……え?」
俺はそれに驚いてしまった。
孤児院の子供達は通常の生活魔法も発動していない、いわゆる技能が一個もない子供達だった。
子供の時に技能がすぐに貰える子と貰えない子というのがいるのは普通なんだけど、ある一定の時期を過ぎても何も技能が貰えない子もいる。
一般の人でも生活魔法の一つくらいは持っているものだけど、それが一切ない子供もいるんだよね。
そういう子は将来は正直言って危うい。
仕事は農家になるか、手に職を付けて何とかするか、奴隷同然の仕打ちを受けながらでも下働きをするかという、厳しい未来しかない。
そのうち農家になれる子はいい。まだ自分で手に職を付ける子もいい。奴隷同然の子になるとそれはもう生きている方が辛いだろうと思ってしまう。
俺はそういう子にも何か能力が目覚めないかと思って、俺が創造魔法で作った肉や野菜を持ち込んでいた。
これは俺の創造能力が混ざると回復薬が高品質になったりしたものの応用。実験と言ってしまうと身も蓋もないんだけど、何か一つの能力で世界が変わると聞いたらやるしかなかったんだよね。
そしてその結果を俺は聖教会の扱いで知ってしまったわけだ。
それがいつからなのか分からないけれど、この間イヴァンが肉を持っていった時には既に子供達は全員入れ替わっていたみたいなんだ。
なるべく聖教会の情報などは聞かないように気を付けることだけ気を付けていたらいいと思っていたんだけどそれでは駄目だったみたいだ。
「少なくても聖教会は俺が持ち込んでいる寄付の肉に何か細工があると踏んでいたわけか……」
これはまさかの結果だ。
「ハル……まさか」
「あ、うん、言ってなかったけど、あの肉と野菜……俺が創造魔法で増やした方のやつにしていたんだ。俺がお前達に能力を上げられたように、何か一つくらい技能が付けばいいなと思ったから……」
俺が素直にそう言うと、イヴァンとレギオン、それにアッザームがふうっともの凄い溜め息を吐いていた。
「それはきっとこの噂を流そうと決めたヤツには、ハルに何かの能力があって能力がない人に能力を分けられる力があると見抜かれていると踏んだ方がいい」
レギオンがそう言うので俺もそうだろうなとちょっと焦った。
ちょっとした思いつきでやってしまったとはいえ、子供達の未来は代えられたと思うんだけど、でも新しい子供を孤児院に入れてきたってことは、能力のない子が俺の寄付したものを食べて能力が本当に開花するのか様子を見ていることになる。
「待って、俺があの孤児院に食べ物を寄付するようになってどれくらいだっけ?」
「確か、この街にきてそれほど経ってない時だから、少なくても十ヶ月は経っている」
イヴァンがそう言うので俺はそれからまたアッザームに詳しく修道女に話を聞いてきて貰った。
修道女もおかしなことが起こっているのは分かっていて、自分たちの能力が開花したように子供達にも変化が起こっていることは気にしていたのでこっそりと記録を取っていたという。
それは教会には見せていないが、俺には見せてくれた。
「……能力の解放があったのは、十歳の子から順番だったらしい。よく食べる子が恩恵を受けたってことなんだろうな。それで能力が解放されても最初は中央も大した能力ではないからと取り合ってはくれなかったそうだ。どうやら生活魔法あたりが解放されたかららしい」
しかしその解放はどんどん進んでいき、魔法使いの称号まで得た子もいた。
やはり年を取っている子が先に能力解放されていく。
でも一番年が離れている十一歳から十五歳までの子の解放が遅かったのは恐らく、小さい子供たちに食べさせていたのが原因かもしれないと書いてあった。
大きい子はひもじい生活を身を以て体験しているから、自分より小さい子にお腹いっぱい食べさせるために譲っていたらしいんだ。
泣けるなんていい子たちなんだ……。
だから十歳くらいの子から開花していき、七歳くらいの子までが一気に生活魔法の一つが開花。さらには大きな子の技能は解放され始め、とうとう魔法使いや剣士といった強力な称号まで解放されていったみたいだ。
どうしてそういう称号まで解放されたかというと、多分蓄積による解放だと俺は思っている。
そしてその蓄積は恐らく俺の能力で底上げされて蓄積されていって解放が早くなるのだ。
だからレギオンの時もイヴァンの時もアッザームの時も解放が意外に早かったのだ。蓄積があったから。
つまり聖女の能力は他人の解放されるべき能力の解放もできるってことになるけど、それまでの聖女伝説にはそんな解放の話はなかったんだよね。
精々聖女が作る聖水が大事とか言う話くらい。
俺が回復薬を作る時に精製している水が思いっきり聖水の成分と同じなんだよね。だから俺は自分で聖水を作れるから教会から聖水を買わなくてもいいんだけど、それがバレたら碌な目に遭わないだろう。
「ハル……」
「この間、寄付した肉を食べた位じゃ、そこにいる子の経験値みたいなのは上げられるけど、解放まではいかないと思う。それにこれから寄付するのは複製したのじゃなくて、俺たちが狩ってきたそのままを寄付することにする……そうしないと孤児院からガンガン能力者が生まれてしまう……」
「ハルぅー……」
全員がもうぐったりしているから俺は本当に申し訳ないと謝った。
「ごめん、本当に……まさかここまで影響があるとは思っていなかったんだ……」
そうは言っても能力がない子というのは悲惨であることを知っている三人は俺の事を完全に責めはしなかった。
「ハルの気持ちはよく分かる……それでも目を瞑らないといけないこともある」
「でも……俺はそれでも子供が困っていて俺が助けられるなら助けたかった。無力がどれだけ怖いことか俺は分かっているし……能力がないと生きていけない世界だって理解している……暫くは自重するけど……それでも子供には何かの技能か能力は付けて欲しい、そのために俺の力を使うことは躊躇はしない」
「分かっている」
アッザームが先にそう言った。
「俺はハルのお陰でちゃんとした生き方ができるようになった。だからこそ分かる。ハルの助けがなかったら俺は一生苦しんでバカやって死んでいた。あの子たちもそうやって人生に絶望して、そして悪い道に走るようなことになるかもしれない……それを思ったら何かしたいと思うのは当然のことだと俺は思っている。別に、王様に強大な能力をくれてやるわけじゃないし。小さな子に小さな未来への道を用意してやってるだけだ。ハルは絶対悪くない。悪いのはそれを利用しようとしている中央聖教会と、その裏にいる奴らだ」
アッザームがそう力強く言って、俺を擁護してくれる。
アッザームはずっと自分が何に怒り何に苛立ってきたのか分かっていない。それくらいに精神を滅茶苦茶にされながら生きてきて、俺と交わることで縛られて落ち着いた心を取り戻したからね。
そういう理由で孤児院の子たちは自分の過去にも見えるんだろうな。
未来がないと見放された子供達は将来の自分だったから。
「俺も怒りたいわけじゃない。ただハルの能力は世間に知られるわけにはいかない部分がある。まだ収納や鑑定はかわいいもんだ。でも人に能力を分けられると分かったら聖教会ならそこを突いて、ハルを聖者にして能力を利用するだろう」
そうレギオンが言うのでその通りではある。
まだ確定はしていないから聖教会も俺の事は噂程度に治めているけれど、いつかその能力があの孤児院だけで起こる現象だと分かったら肉や野菜などの食べ物がそうであると分かれば、それを横取りするに決まっている。
なので俺は教会の裏を掻く方法を考えた。
まず肉はちゃんと迷宮で取ってきた物を渡す。恐らくそれは中央聖教会が横取りをする。代わりの肉を置いて行くのかどうかは賭けだけど、多分置いて行くと思う。教会が買い込んでいたり寄付で貰っている肉と入れ替えなきゃ俺がいつか気付いて寄付を辞めるかも知れないと考えるから。
そこで俺たちはその入替え作業が完了した後にもう一度、密かにそっちの肉を回収して俺が創造魔法で複製した肉と入れ替える。
そうすれば孤児院の子供達には俺が複製した能力が発達し解放される肉を食べることになって、いつかは能力が解放されて少しは生きやすくなるかもしれない。
という作戦を思いついたので三人に話した。
「なるほど……それは面白い作戦だな」
「つまり中央聖教会のやつらが能力が解放されると思って食べる肉は普通の肉だから能力は解放されない。しかし、教会が仕入れた肉を食べている孤児院の子の方はハルが入れ替えた肉を食べるから解放はされるというわけか」
「ということは、食べ物自体に関わりがあるという考えが間違っていると奴らは結果に至るとわけか」
「そうなれば、肉の入替えは行われなくなり、それこそ神の御業になってしまうと」
三人が俺の考えを聞いてくれてどういう効果を俺が狙っているのか理解してくれた。
「そうそう、そういうこと」
俺がそう言うと三人は顔を見合わせてからニヤリとした。
「いいだろう、それでいこう」
「うん!」
多分俺たち最高に悪企みをした悪い人の顔と笑い方をしていたと思う。
その作戦までは俺は引きこもりを続け、肉が必要になる時だけ迷宮へと出かけ、角兎を沢山狩って孤児院用に肉を用意してイヴァンに寄付を頼み、そこでアッザームが隠密を使って教会内で見張り。
案の定、夜になって中央聖教会がその肉を奪いにやってきた。
「その肉とこちらの肉を取り替えるのだ」
そう言われて修道女達は逆らわずに肉を渡した。その代わりに同等の角兎の肉が運び入れられた。
その人達が荷を持って帰った後、アッザームが俺が複製した肉とその角兎の肉を交換。
その時の修道女の言い分がちょっと衝撃だった。
「中央聖教会が用意した肉、ちょっと腐ってるんですよ。だから入れ替えて貰えて助かります」
あいつら本当に骨の髄までクズだなと俺はそれを聞いて思ったね。
食べきれない安い肉は恐らく寄付されたものだけど、普段オーク肉などを食べている中央聖教会の人間には角兎の肉ははっきり言って味気ないものなのだろうな。それで残ってしまった大量の肉をどうしようってなっていたところに、入替え作戦を思いついたんだろうな。
それも入れ替えますけどね!!
腐りかけの肉は俺たちが引き取って、迷宮へ持っていって誰も入れない谷に捨ててやった。
そうすることで他の魔物の餌になるし、一日もしないうちに残りは迷宮が吸収するんだってさ。
迷宮って命がないもので武器とか以外は動いていないと判断されるものは迷宮が吸収してしまうんだって。何だか便利だねえ。
土魔法があれば大きな穴を掘れてもっと証拠隠滅できるんだけどね……俺たち誰も土魔法を持ってないのよ。生活魔法では農業する時に耕すくらいしかできないから、大きな穴は掘れないしね。
そうした肉を入れ替えるという二重の作戦から三ヶ月が過ぎた頃。
「とうとう角兎の肉に嫌気が差したのか、中央聖教会が肉の取替えに来なくなったぞ」
アッザームがそう報告をしてくれて、俺たちは俺たちの作戦が上手く行ったことを知る。
何でも街の噂は中央聖教会の司教から以下二十名がどんどん痩せてきたんだって。
「ふふふ」
「そりゃオーク肉ばかり食ってたやつらが、角兎の肉だけ食うようになれば痩せるよ」
レギオンがそう言い、俺はお腹を抱えて笑ってしまった。
笑ったら可哀想かとも思ったけど、太りすぎだったんだから痩せて良かったじゃんって思う。
それでオークの肉ばかり食べていたということは角兎のササミっぽいさっぱりとした肉ばかりだと苦痛だったんだろうな。それでとうとう肉を取り替えて何も起こらないと判断したのだろう。
それよりも教会の場所かと暫く教会も調べていたみたいだけど、浄化魔法で綺麗になった以外に古い教会であることしか分からなくて、結局何もせいかが得られなかったみたい。
でも用心してそこから半年くらい様子見をしていたけど、食べ物に関わりがないと判断したようでそれから先は俺の複製した肉を普通に寄付していった。
そうして更に半年後には、その孤児院で能力が開花される子供がどんどん出てきて、聖教会としてはまあ、万々歳ではあるのかもしれない。
得体のしれない何かの加護があると思ったのか、それ以上孤児院のある教会に嫌がらせは止めたみたいだった。
これで騒動が終わったと俺は思っていたんだけど、次の年の春になると俺はこのレテカの領主であるサヴォイア公爵に呼び出されることになってしまったんだ。
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