彼方より 054

聖教会の脅迫

 俺が書斎に籠もって調べ物をしている間、アッザーム以外が俺を放っておいてくれた。
 アッザームは俺が孤児院のことを調べ始めたことで自分も気になったからだと言って手伝ってくれたけど、イヴァンとレギオンはそれぞれにやることがあるのでそれをやってもらっている。
 それで教会というのは、この世界には二つほどあって、一つはこの国が認めた闇の神などを祀っている教会を本教会といい、本庁教会というのが正式名称。
 それで聖教会というのは、聖女を祀った教会だけど、あとでごっちゃ混ぜで旧神も旧支配者もその時の国の動向で祀る神を代えるような教会のことだ。
 本教会は国が認めたのはセフネイア王国ができた後、つまり一万年くらいが発祥とされる。
 そして聖教会は聖女が召喚された八千年前とされる。
 本教会の方が長いじゃんってなるけど、ここがちょっと一般市民からすれば違う。
 国王や貴族のみが参拝できたのが本教会であり、二千年くらいは一般市民が参拝することは許されなかったんだって。
 そしてそこに聖教会ができた。
 聖女を祀り、奇跡を起こし。聖水を使って回復魔法や様々な水薬を生み出したとされる。
 それには聖女の力があり、聖女は最初に召喚されてやってきた国ではなく、シリンガ帝国へ渡った後に奇跡を越して市民を助けたのが始まりで、その聖女が亡くなった時に聖教会は教義を人助けにこそありとして、貧民を救う教会として世界各地に殉教者が現れた。
 それぞれの国に貧民を救うものとして現れた聖教会は特に貧民たちを救い、沢山の人を救った。
 その業績は始めは本当に凄かったんだろうね。
 それで彼らは寄付金を貴族たちから集めたり、領主から貧民を助ける役割を貰い、国からも許可を貰い、正当に活動をしていた。
 でもやがてそれを利用して成り上がる仕組みができあがってきたわけだ。
 そして今や八千年前の教義は残っていない。
 辛うじて貧民を引き受けているのは、国から貰った活動理由の一つを疎かにしていると国から許可を取り上げられることになり、本教会に活動を奪われる可能性が出てきたからだ。
 それが冒険者組合で聞いたことだ。
 国は貧民を助けるために独自に政策を打ち出し、それを本教会の活動に繋げようとした。でも八千年前から放置してきた貧民救済を今更聖教会から奪い取ってやろうとするのは虫が良すぎたわけだ。
 もちろん聖教会はそれに正当な抗議をして、王国側はそれでもごり押ししようとしていたら、シリンガ帝国から聖教会に何か不当なことをしようとしているとして使者を立てられてしまったわけだ。
 その時、セフネイア王国にいた聖女がちょうどシリンガ帝国に渡り、セフネイア王国国王に結婚を強引に迫られて逃げてきたという経緯もあり、聖教会は聖女を大事に扱えもしない国が貧民のために行動するとは思えないとシリンガ帝国に後ろ盾になって貰ってセフネイア王国はこれ以上外交問題に発展するからと本教会に孤児院などの引継ぎは諦めて貰ったのだという。
 それがちょうど300年前のことらしい。
 それから国も貴族も貧民達を助ける行動はしなかったらしく、それによって貧民からはセフネイア王国は豊かであるが貴族や王族が優位の国とされているわけだ。
 国や領主は改革をしていませんとは言えないので寄付金を予算に組んだ分けだ。
 それが失策の元である。
 寄付金を増やして三百年後。今の聖教会は更に腐敗が進んでいてどうしようもない状態。
 聖教会の利益のためには役にも立たない孤児は日陰において放置する有様だ。
 そんなことを調べていると、何だか外が騒がしい。
 ドアを開けていたから居間なども窓を開けて空気を入れ換えていたからか、何かの騒ぎが聞こえてきたのだ。
「なに?」
 俺がそれを聞こうと部屋を出ようとしたのだけれど、それをアッザームに止められてしまった。
「ハル、出るな。どうやらイヴァンがしくじったようだ」
「どういうことアッザム?」
 俺がイヴァンが何をしくじったのかと思っているとアッザームが言った。
「聖教会の奴らだ」
 アッザームの言葉に俺は驚いた。
 聖教会って正に俺が今調べているところじゃん。
 ドンピシャで彼らが直接家にやってくるなんてことある?
 それがそう思っているとアッザームが舌打ちをした。
「イヴァンが付けられたんだな。昨日、孤児院に行っただろ。その時から張ってたんだろうな」
 アッザームの言葉に俺はそれはイヴァンのせいじゃないなと思った。
「完全に俺のせいじゃん。昨日言ってきて欲しいって言ったの俺だよ?」
 俺がそう言うふうにいったらアッザームが首を横に振ってきた。
「違う、イヴァンが付けられないように行動すればよかっただけのことだ。その方法だってあったはずなのに、付けられていることに気付いてないなど、迂闊にも程がある」
 アッザームとしては後を誰かに付けられていて気付かないなどあり得ないことなのだろう。
 けれど俺は付けられていてもきっと気付くことはできなかったから、イヴァンのことをどうこう言えないなあ。
 とにかく、彼らがずっと叫んでいるので内容は聞こえてくるわけだ。
「貴様らには我ら中央聖教会に寄付をする権利を与える。さあ、早く寄付金を出すのだ!!」
「肉も出せ!!」
 どうやら寄付金の催促に来たらしい。
 随分と図々しい輩がいるんだなと俺は驚いたし、アッザームも呆れているけれど、それでも彼らは騎士と兵士、それにとても偉そうな司教がこれを聞いていてきた人みたいだった。
 とりあえず姿を見られないようにコソッと台所の窓から見ていると、門のところで彼らが大挙しているのが見えた。
 兵士は十人くらい、騎士も三人ほどいる。
 それに司教と補佐らしい人二人ほど。
 白い服に赤い十字架に似たちょっと変わった紋章。十字架の中に菱形の模様が入っている。
 さっき読んでいたものを思い出すと、聖教会は菱形、本教会は縁の形をしているのが目印らしい。こっちの世界でも神様を顕すものが十字架なのは面白いけれど、今はそれどころではない。
 あちらの主張としては支部に寄付をするのではなく、本部である中央聖教会に寄付してしかるべき所だということらしい。
 でもその聖教会には何処に寄付をするのかは決まっていない。
 決まり事がないことだから俺はあの孤児院に寄付をし続けているわけだ。
 もちろん中央聖教会なんて信用できないからだ。
 だって同じ聖教会なのに、この人達は金ピカな十字架を首飾りにしているけれど、修道女たちは小さなペンダントレベルの十字架しか身につけてない。
 この違いの段階で怪しいことこの上ないわけだ。
 基本的に俺が王族貴族にいい印象が一切ないから、色眼鏡で見てるのかも知れないけど、それでも司教とはいえ、あまりにもド派手な格好に胡散臭さしか湧かないわけだ。
 そんな所に寄付金を上げたらもちろんあの孤児院の子供達の洋服代にすらならないのは目に見えて分かることである。
 そういうわけでイヴァンが同じことを言っている。
「寄付はどの教会にしようが自由のはずだ。それを中央聖教会が横取りしようとしているようにしか見えない」
 イヴァンがはっきりとそう言うとその通りなのでレギオンが言った。
「そんな本当のことを言わなくても……あんなひもじい思いをしている子供達から肉を取り上げるなんて、聖教会の司教ともあろうものがするわけがないだろう?」
 もちろん皮肉たっぷりに言っている。
「……き、貴様ら、我らを愚弄する気か!?」
 司教がワナワナと震えながらそう言うんだけど、愚弄してきて乞食行為してきたのお前じゃん。
 俺はそう思った。
「聖教会には寄付をしているし、中央聖教会にまで寄付する必要はない。俺たちはそう判断をしている。俺たちは聖教会に寄付をしているのではなく、あくまで孤児院の子供達に寄付をしているんだ。はき違えられては困る」
 イヴァンはそう言い、ついでで聖教会に寄付をしているに過ぎないと言った。
 そしてレギオンが続ける。
「寄付金は教会の修繕に使う用に指示をしているし、それ以外には子供達のための洋服などの備品に使う用に言ってその通りに使われていたら次の寄付をしている。貴方たちはその成果を俺たちにしっかりと見せることはできるか?」
 レギオンはそう言い、使い道を限定した寄付にしていると告げると、無限に与えていると勘違いしていた司教達はちょっと戸惑っている。
 まさか使い道がしっかりと決まっていて成果を見せないと次の寄付をしていないと告げられるとは想像もしていなかったんだろうね。
「それに貴方たちは裕福そうに肥え太っているようだ。肉は痩せ細り僅かなスープに入る肉程度しか食べることができない子供達に食べて貰う目的で寄付をしているんだが、お前達は肉を寄越せと言う前にしっかりと他の教会に資金を渡しているのか?」
「そういや、能力のない孤児達があそこに集められているんだっけ、そりゃ役にも立たない子供は要らないってわけだよな。そういうふうに見えるから俺たちはそこの子供達を助けるために寄付をしている。あんたたちは貴族や国からも補助金を貰って悠々自適だろうが。浅ましくも人様の家に押しかけて寄付や肉を欲しがるとは本当に司教なのかさえも疑いたくなる」
 そうはっきりと言われてしまったら、司教の顔が真っ赤になって怒りの頂点に達しているようだった。
「貴様ら、我らを愚弄すれば帝国が黙っていないぞ!」
 そう脅されたので俺はアッザームを制してから司教のところに歩いて行った。
 出て来ないはずの俺が出てきちゃったからイヴァンもレギオンもびっくりしちゃったみたいだけど、俺にはこの司教に一言言わないと気が済まないくらいにちょっと腹が立ってるんだよね。
 なので俺は司教の前に立つと、言っていた。
「どうぞ、帝国にでも何にでも言ってください。それで、あなたが我々から寄付と肉を強要した事実は消えないし、浅ましさ満載の司教が、孤児達を不当に扱っている事実も消えない」
 俺がはっきりとそう言うと、司教が震えながら喚こうとしたんだけど、聖教会の騎士がそれを制して俺の前に出てきた。
「貴様、何者だ!!」
「俺が孤児院に使い道を決めて寄付をしている代表のハルです。そんなことも知らない程度の人は下がっていてくれますか? 俺は中央聖教会の司教と話しているので邪魔しないで貰えます?」
 俺はそう言って騎士の人を睨んでいた。
 本当にちょっと腹が立っていたんだけど、騎士を威圧できるほど俺には威圧なんてないんだけど、騎士の人は息をちょっと呑んで何も言えなくなって剣を抜こうとしたんだよね。
 それでも俺は怯まなかったね。
「先に抜けば、こちらは斬るのを躊躇しない」
 イヴァンがそう言い、レギオンも剣に手を掛けている。さらにはアッザームも歩いてきたから騎士二人に兵士十人でも圧倒的に強そうな冒険者の剣士三人ではもちろん誰が見ても冒険者三人の方が強い。
 だって騎士は戦争をするけれど、この騎士は常に聖教会の騎士であって戦争を知っている騎士じゃない。兵士ももちろんそんな経験はないだろう。
 ただ人を威圧する目的で武器を所持し、自分たちが反抗されることを知らない人達なのだ。
 そんな人と、魔物や盗賊相手を散々してきた冒険者では圧倒的に経験値が違うんだよね。
 だから騎士の人は躊躇したし、兵士も剣を抜くことはできなかった。
 だって抜いたら最後、斬られることだけは分かるからね。
「わ、我らに剣を向けるか、無礼者!?」
「先に匂わせたのはあんたたちだよ? 自分たちの行いが何処でも通用すると思わないでくれる? いい加減、周りを見たらどう? あんたたちの悪行は街の人の知るところになっちゃったね」
 俺がそう言ったら、周りには騒動を聞きつけた近所の人達が道まで出てきて様子をうかがっている。
 もちろんヒソヒソして指を差しているのは司教側の方で不審な目を向けられている。
「くっ、お前達……覚えてろ……」
 司教がそう言うんだけど、俺はそれに返していた。
「覚えていますよ。最後まで俺たちを脅していたあなたのことは」
 俺がそう言うと司教たちは悔しそうに舌打ちをしてから去って行った。
 その人達が見えなくなるまで見送ったあと、近所の人達もホッとしたように手を振って家には行っていったから俺たちも門を閉めてから家に入った。
 既にアッザームが開け放していた窓を全部閉めていた。
 俺はというと家に入ったとたんレギオンに怒られた。
「ハルが出てきたらややこしくなるから出てこなくて良かったんだぞ?」
 俺はそう言われたんだけど、そう言うわけにはいかないなと思っているんだよね。
 だから正直に話した。
「多分、あの人達も寄付をしているのがイヴァンだとは思ってなかったよ。だから寄付をしている張本人である俺がでなかったら帰ることはしないでごねていたと思うんだよね」
 俺がそう言うとレギオンは確かにというように少し黙った。
「イヴァンが付けられるからだ」
 アッザームがそう言うのだが、イヴァンが言った。
「もう何処の誰が寄付をしているのかなんてあっちは分かっているよ。俺の事をその辺で聞けば俺がここに住んでいることは分かっているんだし、いつかは来たことだ。ただあいつらもハルがどんな人間なのかを知りたくてきたところもあると俺は思う」
 イヴァンも付けられていることは既に知っていたけれど、それは前からそうだった上に、最近は家の周りを聖教会らしい人が彷徨いているのも見たのでいつかは来ると思っていたらしい。
 まあ、ちょっと調べたら分かることだし、イヴァンが付けられたからこうなったわけではないよな。
「とにかく、聖教会は俺がハルだっていうことは認識したわけよ。それでどうしてくると思う?」
 俺がそう全員に問い掛けると、全員が口々に言った。
「帝国をバックにしているからな。国に抗議がきて、その後は領主から何か苦情がくるかもしれないな」
「権力を使って脅してくるのは間違いないが……」
 そう口々に言うけれど俺はちょっと考える。
「でもすぐにどうこうはできないと思うな……俺の事多分調べ直したら色々おかしいことが分かっちゃうだろうし」
 俺はそう言って恐らくすぐには何もしてこないと踏んだ。
 というのも、俺に対しての情報が中央聖教会にはないんだと思う。
 もちろん孤児院の方に聞いても俺のことは最低限のことしか分からない。それに俺に祈ったからって修道女たちが力を授かったことは絶対に修道女たちも言わないと思うんだよね。
 だって俺はそれで確定だと分かっているけど、修道女たちには確定ではないことで俺を煩わせたら聖教会も怒らせるし、俺も怒らせるしいいことないんだよね。
 だから寄付をしてくれる親切な冒険者という以外のことを話すのはメリットがないからなんだよ。
 そう思っていたんだけど教会は思いも寄らない行動にでたんだ。


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