彼方より 049

全盛期の力を振り回す終焉の業火たち

 結局、アッザームの聖女の奴隷の称号は解除できたが、新たに聖女の従者という称号を無理矢理得てしまったアッザームは元気いっぱいで朝を迎えていた。
 俺も元気に起きていくと、レギオンとイヴァンは何だか緊張した中にいた。
「大丈夫か、ハル?」
「今日はやめておいた方がいいんじゃないか?」
 二人にそう言われるけど、俺は言った。
「回復薬を飲んだから、全然元気だよ。いつもより元気なくらいだ」
 そう言うとレギオンが言った。
「だよな高位の回復薬だもんな。効き目がいいに決まっているよ……」
 そう言われてしまい、しくじった二本は結局俺の魔力回復に使えたのでいいじゃんと思った。
「いいじゃん、結局いるものだったし……」
「そうだな……結局はな」
 レギオンはちょっと息を吐いた後に言った。
「それでお前達もカルロの全盛期の力に戻ったという証明を見に行ってくれるか?」
 そう言われて俺はうんと頷いた。
「全盛期の力がどれくらいなのかは分からないけど、でも迷宮で強いと言われている白金級の腕前は見たいよね? アッザム」
「ああ、それは見たいな。滅多にお目にかかれるものではないだろうし。二十階層目といえば、ヒュドラが出る珍しく強い魔物のボスだと聞いた」
 そう言われて俺は更に興味が湧いた。
「大丈夫だ。ハルは俺が絶対に守るから、お前達はカルロとか言うヤツの本当の力をしっかりと拝んでくればいい」
 そうアッザームが昨日の様子とは明らかに違う力強さでそう言うので、レギオンもイヴァンも頷いたのだった。
 二人は行きたかったのだろう。
 ずっと白金級の組織に夢を見ていたのに、そこまでではなかった彼らの力に疑問がずっと付いていたに違いない。
 そして六十年たった今でもまだ白金級の力について信じられていない部分があるのかもしれない。
 だって噂に聞いた話と白金級の力があまりにも違うからだろう。
 自分たちが金級になれたことで更に力の違いはそこまでないことを知ってしまったのだ。
 白金級のカルロよりも金級の自分の方が強いのではないかという、あってはらない傲慢な考えが浮かんでしまったんだ。
 だからこそ、イヴァンとレギオンは見ておかないといけないのだ。


「いや、ほんと、来てくれてありがとう。イヴァン、それにレギオン」
 そう言われた二人は久しぶりの終焉の業火の主要メンバーであるマッテオさんやロッカさん、ポールさんにサンドロさんと再会して何だか照れくさそうだった。
「何か六十年ぶりだからか、照れるな」
 そうサンドロさんが言ってロッカさんは咳をした。
「行こう、二十階層目までは一瞬だ」
 カルロさんがそう言うと全員で迷宮に向かった。
 入る迷宮はレテカから近い、ラヅーツの森にある三つの大きな迷宮のうちの一つ、二番目に深い迷宮ルミアームに潜ると言う。
 ルミアームっていう迷宮の名前は発見者の苗字か名前が付けられているんだって。迷宮を発見すると権利が発生するんだけど、それを国が買い取ってくれるんだって。それで街に家と土地をくれて、さらには仕事も世話してくれるんだそうだ。
 だから一獲千金にもなるし、冒険者として街に落ち付けるから見つけたら引退してしまう冒険者も多いらしい。
 それでレテカの街に三つも迷宮があるのは冒険者がそうやって発見してくれるかららしい。
 そうして俺は初めてルミアームの迷宮に入った。
 それまでは階層の浅い、バースタンの迷宮に潜っていたんだけど、そこがいいんじゃないかと言ったらさ。
「すまん、昨日そこに潜って魔物を狩り尽くしてしまった。湧き直しに時間がかかるから無理なんだ」
 なんでも若くて浅い階層の迷宮はボスを倒してしまったら丸一日しないとボスが復活しないんだって。深い階層なら半日くらいで復活するらしいんだけどね。
 迷宮に入ってまず俺がされたことは、アッザームに抱えられたことかな。
「え、なに?」
 俺が驚いているとカルロさんが言ったんだ。
「体力温存のために、十五階層までは敵を蹴散らして走り抜けるので、ハルは抱えられて運ばれてね」
 とニコリとして言われたら、アッザームにひょいっと抱えられてしまったというわけだ。
 今回はイヴァンとレギオンは俺を守る戦力であると同時に、終焉の業火の戦力を見るために忙しいので俺だけに構っているわけにはいかないんだよね。
 そういうわけで、魔物を蹴散らかして一気に十階層目まで走り抜けたのだ。
 俺はただ悲鳴を上げないようにするだけで精一杯で何が起きているのかあんまり分からなかったけど、終焉の業火の皆さん、もの凄い勢いで走りながら魔物に突進して向こうがこっちに気がつく前に切り捨てて走り抜けていくんだよね。
 俺たちが通るところには魔物の遺体だらけよ。
 他の冒険者たちがいたら。
「ちょっと通るね!」
 ってあっさり魔物を倒してしまうけれど。
「ちょっと魔物の遺体の権利!」
 と叫ばれてしまうんだ。
 魔物は基本的に倒した方に権利が行くんだけど、終焉の業火の人達はそこら辺の魔物に興味があるわけもなく。
「譲りますので途中の倒したヤツの魔石でも素材でもお好きにどうぞ!」
 と言ったら後ろから「やった!」「ラッキー!」と嬉しがる声が聞こえてきた。
 まあこの辺で苦労している冒険者にとっては自分で倒すよりも素材が沢山貰えてお金も貰える方が嬉しいわけ。変なプライドとかないのよね。
 俺でもラッキーって言うけどね。
 何なら俺が全部収納に吸い寄せて入れてもいいんだけど、アッザームに真顔で。
「やめろ、そんな雑魚の素材集めてどうするんだ。もっといい素材がこのあと増えるからその時でいいだろ」
 って言われたので十階層まで拾うことなくきたんだよね。
 そこまで来たら休憩して皆回復薬を飲んで、食べ物を食べる。
 ちょうど十階に休憩所っていう迷宮で絶対に魔物が入れない部屋があるんだけど、そこで休憩するのが普通なんだけど、回復薬飲んでご飯を食べたらあっという間に部屋を飛び出してまた走る走る。
「ハル、そろそろ拾えるやつは拾え」
 アッザームからやっと許可がでたので拾っていくんだけど、さすが十一階層目、出てくるのはミノタウロス。
 これが結構一匹でも大変強いらしいんだけど、終焉の業火の皆様は一撃で倒して行くのでヤバイ。ちなみにミノタウロスの肉は食えないので魔石と装備している斧がメインに収集する。肉は買いたいが終わったらそのまま迷宮に捨てていく。
 そうすれば迷宮がその遺物を一時間で吸収してしまう。
 なので迷宮で死んだ人は遺体も残らないことが多いらしい。仲間がいれば持ち帰ってくれるかもしれないけど、大体は遺品だけもって置いて行くんだって。
 迷宮に残るのは剣とか盾の装備、それから人が外から持ち込んだ荷物は残るんだ。だから後からきた人は冒険者が死んだことは知れるんだ。
 そういうところに好んで潜っている終焉の業火の皆さんはとても迷宮で死にそうにないくらいに強すぎて引くレベルです。
 十五階層まで一気に駆け抜けても皆疲れてないし、アッザームも平気な顔しているし、回復薬は飲ませているけれど、飲まなくても平気なくらいに戦ってなくて走ってるだけだしね。
 どうやらこれが慣れた迷宮の攻略の仕方らしいのだ。
 浅い層でバカみたいに歩いていたら深い階層に潜ることを目指している冒険者には無駄な時間。
 なので浅い層専門の冒険者も組織にはいて、その人達が毎回迷宮の途中まで荷を運んできて、次にバトンタッチ、そして中層階の専門の冒険者が更に荷を運んで、最深部にいる人達に補給をするのが一般的な迷宮に潜る冒険者組織になる。
 なので百人越えは当たり前で、最深部に潜っているのは基本十人程度、そこまでの補給をする冒険者こそ重要な人達なんだってさ。
 でも終焉の業火は、その途中階層を潜る冒険者が結構抜けちゃったんだって。
 引き抜きや終焉の業火に見切りを付けた人達が脱退したとかね。
 あとそれまでに拠点にしていた世界最大の迷宮から撤退したからというのも理由になったみたい。
 レテカで冒険者募集もしているようだけど、シラダーズの百階層近い成長が報告されたのはつい最近、それで依頼された終焉の業火の人達も団員を増やしているらしいので、そのためには主要メンバーの呪いからの復活は正に絶好の機会だったのだ。
 それで彼らの表情が明るいし、生き生きして魔物を狩っているのをみれば、俺もちょっと手伝ってもいいかなと思っちゃうけど、浅い階層なら荷物を届けるのには苦労しないしね。
 そう思っていてもイヴァンやレギオンは潜る気はないみたいだし、それはそれこれはこれとはいかないものなのかな。
 よく分からないまま、俺はアッザームに抱えられて二十階層まで一気に駆け抜けたのだった。


 二十階層目のボスの部屋に付くと、ボス部屋のドアの前。
「さあ、準備万端にしていくぞ」
「おお、負ける気は一切しないな」
 そうカルロさんとマッテオさんは完全に全盛期の力と体力を使いこなし、ロッカさんもポールさんもいつもよりも体が動くのかまったく疲れていないようだった。
「油断は禁物だ」
 そう言うのはサンドロさんだった。
 ここまで俺たちは何もせずにきた。ほぼ後ろを走っていただけで、コウモリ系の魔物の露払いくらいしかしてないと思う。
 俺はここまで抱えられてきた上に、魔物を拾っては魔石と素材を取って残りを捨てるという作業だけしかしてない。
 ここからはボス戦なので俺もアッザームに抱えられたままでボス戦を見学したのだった。
「いくぞ」
「おお、いくぜ」
 かけ声を掛け合って終焉の業火の人達はボス部屋に飛び込んでいく。
 出てきたのはヒュドラ。首が五つある竜の種類で、その五つを一緒に斬らないと何度でも首が復活するという生物。
 かなり強くて組織で挑まないと越えられない壁だとされている。
 なのになぜこの二十階にこいつがいるのかというと、迷宮が育つ前の二十階層のボスとして五十階以上の階層ができるまではこいつが移動することがないんだそうだ。
 なのでルミアームの迷宮が五十階層目しかないと分かり、さらには移動をしていないことで迷宮が育っていることを判断できるんだとか。
 ちなみにシラダーズの迷宮はこのヒュドラが深くなるごとに移動をし、毎回最終階層にいるボスになっていたのだけど、その五十階層目から移動し、六十階層目のボスが別のボスだったことから百層目までの前例が考えられたらしい。
 なのでヒュドラの討伐を諦めてその先を進まない組織は多いんだとか。
 そのヒュドラを笑いながら狩り始めている終焉の業火の人達はそりゃ九十階層くらいまで潜れるよねっていうほどの強さだ。
「調整にはヒュドラはちょうどいいな」
 そう言いながらわざと首を同時に狩らずに、動きを見て連携を図っている。
「いじめだぁ……」
 俺はそう呟いてしまった。
 ヒュドラ可哀想に、ささっと倒された方がマシってレベルにやられている。
「強かったんだな、本当に」
 イヴァンがそう言うとレギオンが言った。
「ああ、あの時とは比べものにならないな……本当に強い」
 二人は自分たちが覚えている彼らとの時間とは違った強さを持つ終焉の業火の人達の強さに、最初に出会った時以上の強さを感じて感激しているようだった。
 俺はそんな二人の邪魔をしないようにアッザームと離れたところでそれを見ていた。
「良かったねえ」
 俺がそう言うとアッザームが笑う。
「そうだな。これであいつらの蟠りも全部消えるんだろうな、俺みたいにな」
 そうアッザームが言った。
「全部ハルのお陰だ。ハルがしてくれたんだよ」
「えー、俺はただ呪いに掛かっているの解呪しただけだよ」
「それがいいんだよ。それだけで人が救われている」
 アッザームはそう言って俺の頬にキスをしてきたけど、思いっきりヒュドラを倒したカルロさんたちに滅茶苦茶見られてたけどな。
「おい、待てアッザーム。どさくさは駄目だ」
「そうだぞ、ハル。お前も嬉しそうに受けるんじゃない」
 そうイヴァンとレギオンに言われて、同じようにキスされまくったんだけど、もちろんカルロさんたちに見られていたから、俺はもう何も言わないことにした。
 困るのは俺じゃなくて、お前達だもんな!
 って思ったんだけど。
「お前ら、そういう関係だったのかよ」
「イヴァンの冗談かと思ってたけど、本気かよ」
 マッテオさんもそう言ってきて俺はちょっと遠い目をした。
「はあ? 俺らが一緒に住んでいるんだからそういう関係に決まってるだろ?」
 イヴァンが堂々とそう証言をしてしまい俺は慌てるけど、この世界って別に男同士って普通に夫婦になる人もいるし、差別はないんだってさ。
 なのでおかしくはないんだけど、恥ずかしさは慣れないので俺だけ恥ずかしい感じだ。
「へえ、そういう関係だったのか。凄いなハル」
「マジでその三人と付き合ってるの凄いな、ハルは」
 何か知らないけど凄く感心されてしまってどう反応していいのか分からない。
 でも無事、ヒュドラは狩れたのでその亡骸は俺が引き受けて収納で解体して、肉と素材を分けたんだけど。
「え、俺らは要らないし」
 カルロさんたち、ここまでに集めた魔物の素材を要らないって言って引き取ってくれないんだ。
「え、え、え」
「俺らは権利を放棄するから、付き合ってくれたお前達に上げるよ」
 そう言われて結局俺が受け取る羽目になった。
 そしてそれを持っているのもなんだと思って自分で使う分以外は冒険者組合の依頼達成で出してやろうとしたら依頼を十個くらい達成してしまった。
 もちろんブラン組長には「またお前らか」みたいに言われたけど、いいじゃん焦げ付いてた依頼じゃん!って思ってそのまま提出。
 集めただけで結構ポイントを溜められたんだけどズルをしてるよなとちょっと反省した。
 残りの素材はいる分だけ残して街の素材買取りに出した。
 それで結構な金額になったので炎炎組織の資金にして貰うためにレギオンに渡した。

 そして一週間後、とうとう終焉の業火の皆がシラダーズ迷宮の五十階層目から先を目指すことになった。
 俺たちは見送りに行って、彼らは迷宮へと入っていった。
 帰りは二ヶ月後らしいけど、怪我しないで生きて帰ってきて欲しいよね。
 俺がそう言ったらイヴァンとレギオンが口を揃えて言った。
「大丈夫だろう、すぐ九十階層目まで行くだろう。あんなに強くなったんだから」
 だそうだ。

 もちろん、彼らがその記録を達成して戻ってくるのは二ヶ月も後の話なんだけどね。


感想



選択式


メッセージは文字まで、同一IPアドレスからの送信は一日回まで