彼方より
048
聖女の奴隷、解呪と新しいこと
アッザームととりあえずこのことは秘密にしようと言って、街を散歩してきたということにするつもりで果物などを買い込んで帰宅した。
その日は何事もなく済んだんだけど、翌日、朝起きて食堂に行くと食事を食べたら居間に来るようにレギオンに言われた。
朝から豚汁とご飯を食べてから居間に行くと、そこには終焉の業火の代表であるカルロ・ラザーロが座っていた。
「やあ、ハル」
「……あ、どうも」
俺はこれはレギオンにバレたなと思ってレギオンを見るととんでもない笑顔を浮かべているのが見えた。
終わった、俺の平穏な一日は終わった。
そう告げる笑顔だった。
「ハル、お前、いつの間に解呪できるようになったんだ?」
レギオンがそう言うので俺は椅子に座って素直に答えた。
「昨日です」
「ハル、こっちに座りなさい」
レギオンにそう言われてレギオンが自分の隣の椅子を指差すので俺は首を横に振った。
「いやです、こっちでいいです」
俺はそう言ったんだけど、そう言ったと同時にレギオンが椅子に来て俺を立たせると俺を抱え上げてレギオンが座っていた椅子まで運んで、俺はレギオンの膝の上に座らされた。
「昨日、ほう昨日。昨日は散歩して果物買って帰ってきただけじゃんなかったのかな?」
レギオンがそう言うので俺は震えながら答える。
「えっと、瓶を受け取りに行ったら、相談されてそれで話していたら急に解呪の解放があって……」
「ほう、それでカルロに言われて解呪をしたと? 六人分も?」
「え、いや、途中で一人、抜けたから五人だけだけど……」
俺がそう言うとレギオンはふっとカルロさんを見た。
「まだ話の途中だったからね……それでフランコが呪いは受けてないと言い張って俺の言うことを聞かなかったんだ」
カルロさんがそう言うと、レギオンは冷たい表情を浮かべたままカルロさんを睨んだ。
「まだあいつを雇ってたのかよ。いくら見放せないとはいえ、宝物くすねて横流しするようなやつをいつまでも飼っておくのはどうかと思うぞ」
レギオンが冷たい視線でカルロさんを睨んでそう言うから俺はびっくりだ。
どうやらレギオン達がいた間にもフランコさんはいた一員だったらしい。
「あいつの盗賊技術は宝物を開けるのに重宝していたのは事実だ」
カルロさんはどうやらそこを買っていて大目に見ていたらしい。
「それで寝首を掻かれそうになっているんだから碌でもないな」
「まあまあ。それで結局フランコは出て行くことになったからいいんだよ」
カルロさんがそう言うのでレギオンは何とか収まってくれた。
でも百年前の呪いってことは、レギオンとイヴァンが終焉の業火に入っていた間はカルロさんたちは弱体化していたってことだよね?
じゃあレギオンはカルロさんたちの全盛期は知らないってことだよな?
「あの、俺やレギオン、イヴァンに、カルロさんたちの本気の本当の力を見せて貰えませんか?」
俺はそうカルロさんに言っていた。
「ハル、まだ話が途中だぞ」
「だから、カルロさんたちが呪われていたのは百年前から、六十年前にレギオンやイヴァンが入っていた時は、カルロさん達は弱体化していたんだよ」
「そうなのか?」
レギオンもまさかそんな昔から呪いを受けていたとは思っていなかったようで驚いている。
「ああ、百年前の迷宮での話だ。まあその呪いをハルに解呪してもらったんだけどね」
カルロさんがそう言って苦笑しているけれど、レギオンはそれで思う所はあったようだった。
「力を見せるなら迷宮にいかないとだけれど、階層的には二十階くらいにしないと俺たちの本気は見られないよ? 低階層じゃ敵が弱すぎて全員の連携は見られないから、二十階の階層ボスのヒュドラでないとちょっとね」
そう言われてしまったので俺はちょっと引いた。
俺は低い階層しか入ったことがないので、そこまで潜ったら戦えないから足手まといにしかならない。
「えっとえええ」
俺が驚いているとレギオンが言った。
「分かった、二十階層のボス戦を見たい」
「分かったよ、明日準備して待ってる」
カルロさんはそう言って席を立ったら俺に向かって頭を下げてきた。
「ハル、本当にありがとう! お礼にはならないが、先にレギオンに渡したものと、俺たちの呪いが解けた姿を見て貰いたい」
カルロさんは凄く穏やかに言ってから、帰る準備を始めた。
レギオンはまさかそんな事態になっているとは思わなかったようで、俺をやっと離してくれたので俺だけはカルロさんが帰るのを見送れた。
「話していなかったんだな」
「言うと怒るからね」
俺がそう言うとクスッとカルロさんが笑う。
「確かにあいつの怒りようは怖かったね。でも昨日は俺たちも舞い上がってしまってお礼をするのを忘れてしまったからね」
「わざわざすみません」
「いやそれでも足りないと思っているから、ハルの提案は嬉しかったよ。やっと俺たちの本気をレギオンにもイヴァンにも見せられるからね」
「楽しみにしています」
俺はそう言ってカルロさんを見送った。
カルロさんの足取りはとても軽そうで、体調も良さそうだったから昨日上手く行ったのかもしれない。
そういうわけで俺たちはイヴァンとアッザームが冒険者組合から戻ってきたのに合わせて、カルロさん達との話をして、迷宮の二十階層のボス戦を見ることになったと告げたらびっくりしてしまう。
「カルロがずっと呪われていたって……本当なのか?」
イヴァンもさすがにその状態のカルロさんたちが迷宮に潜っていたとは信じられないようだった。
「呪われていたのは事実だぞ。俺はその場にいたが、五人から呪いが抜けるのは見えた。どこか近くにそれの媒体があったようでそっちに呪いが集結をしていたが、元はと言えばそいつのせいで呪われたようだったから元に戻っただけのようだが」
アッザームはその時一緒にいたから素直に見たことを報告した。
「なんで黙ってた?」
アッザームはイヴァンにそう言われてまた素直に答えた。
「昨日、礼を言われはしたが、お礼を貰ってなかった。カルロというやつが率いている終焉の業火が無頼なヤツなら俺から明日話していたところが、昨日は気分が上がり過ぎていただけのようで、礼を忘れただけなら、今日にでも飛んで礼を持ってくるだろうと思ったから、話はその時でも大丈夫だろうと思っていた」
二度三度同じ話をしてあーだこーだするよりと当事者達が報告した方がいいだろうとアッザームは考えたのだ。
アッザームの考えた通りにカルロさんは慌てて今日報告にきてお礼をしていったし、俺はバレたので素直に喋ったし、アッザームも素直に答えている。
「俺はハルの言う通りにしただけだ。ハルが望まないことはたとえお前達に不利になるとしても俺は黙っているしかできない」
アッザームがそう言うものだから、レギオン達はハッとする。
そうなのだ。アッザームは俺が軽くお願いしただけでも喋ることは聖女の奴隷のせいでできないのだ。だからいくら報告が必要だと分かっていても言えない。
俺はそれを思い出してハッとした。
「ごめん、俺が強制したことになってるんだな……それも解呪して……」
俺がそう言うと、急にアッザームが立ち上がった。
「駄目だ、これは解呪しないでくれっ!」
アッザームが必死になって頼んできた。
俺は驚いてしまったのだ。
だってそれは奴隷という呪いだ。聖女の呪いなのにアッザームは解呪しないと言う。
でもそれだって聖女の奴隷のせいで言わされている可能性があるのだ。
俺はだから言っていた。
「駄目だよ、アッザーム。その心は本心じゃない。聖女の呪いのせいでそう言うしかないんだ。そうした方がアッザームが楽だから、そういう風に言うようになってるんだ」
俺はそう言うんだけど、アッザームは俺を睨んで言うのだ。
「違う、俺は本当に聖女の奴隷でいいんだ。本当にこれで心が落ち着いてやっと平穏な生活が送れて、ハルのことが大好きで気持ちがいいんだ。前のような荒れた気持ちになるのは嫌だっ絶対にあの時には戻りたくない!!」
アッザームはそう言い混乱している。
「ハル、落ち付け。アッザームが混乱して自滅する」
イヴァンがそう言い、俺の口を塞いだ。
「でも……」
俺がアッザームを見ると見事に混乱して床に頭を打ち付けていた。
「やめろ! アッザーム!」
レギオンが必死にアッザームを押さえて頭を打ち付けないように拘束する。
「ハル、嫌だ、嫌だっ!!」
そう言ってアッザームが泣いているのを見たら、俺は呪いというのは本当に駄目なことなんだと思えた。ましてや奴隷。いい心地にさせて従うことに快楽を与えるような呪いだったのだ。
「アッザム、ごめんね……こんなことになるなんて思ってもいなかった……」
俺はそう言いながらもアッザームの聖女の奴隷を解除するために祈ってしまった。
どうか、どうか、アッザームたちの聖女の奴隷の解呪を。
そしてアッザームに平穏の時間をお与えくださいっ……!!
アッザームにとって聖女に捕らわれることなく、生きていけるようにして上げてください!!
俺はそう望んで、何よりも強い力で祈った。
そして俺とアッザームが仄かに青い光に包まれて願いが聞き遂げられた。
その日、ベルテ砂漠のヨルリの村は住人全員が聖女の奴隷にかかった時と同じように何かの力が作用して全員の中から聖女の奴隷という称号は消えたのだった。
俺はあの後倒れた。
かなり力を使っちゃったからね。
魔力切れまで行ってしまったのが、数時間意識が飛んでしまった。
夕方になってやっと目を覚ましたんだけど、俺の隣にはアッザームが俺を抱えて寝ているのが見えた。
「……アッザム……」
その声にアッザームは反応して起きたんだけど、すぐに俺を見てホッとしたように息を吐いた。
「ハル……動けるなら収納から高位の回復薬を取って飲めってレギオンが言ってた」
そう言われて俺は、ああそうか最高位のは昨日飲んだけど、高位のも残ってたなと思って収納からそれを取り出して一気に飲んだ。
すると怠かった体には一気に魔力が戻り、俺の体からだるさが抜けた。
「はあ……楽になった~」
俺がそう言うとアッザームが俺の額にキスをしてきた。
「ハル、なんで俺がいやだって言ったのに、奴隷の解除をした?」
アッザームにはそう責められたけど俺は自分の気持ちを優先してしまったのは謝らなければならないことだから謝った。
「奴隷って主人には逆らえないんだよ。俺はアッザムの気持ちが奴隷としての気持ちのまま俺を好きだって言うのは堪らなく辛かった……。アッザムのこと好きだよ。だから余計に奴隷では駄目だって思ったんだ」
俺がそう言うとアッザームはフッと笑った。
「そんなに俺が好き?」
「うん、大好き。だからアッザムを縛りたくなかった。イヴァンやレギオンみたいに自由になってから俺を選んでくれたらいいなって思った」
俺がそう言うとアッザームはクククッと笑った。
「なるほどそういうことか。でもな、ハル。俺はお前の奴隷でいる方が遙かに幸せで満ち足りていた」
「……でも」
「そこはハルと俺の価値観の違いだ。俺はずっと砂漠にいてハルと会うまで自由すぎて時々溢れ出る自分の感情に振り回されて村では厄介者扱いだった。ずっと自分でも何に怒って、何に苛ついているのか分からなかったんだ。でもハルに出会って聖女なら何とかしてくれると思って……それで襲ったら、聖女の奴隷になった。それは俺にとって生まれて始めてきた静寂だったよ」
アッザームがそう言ってあれほどの衝撃はなかったという、
それまでの自分とは打って変わって冷静になって物事が見られて、そしてハルという愛しい人を守ることに全てをかけることができたのだ。
その平穏をアッザームは手放したくなくて抵抗をした。
「ハル、俺のことを鑑定してみろ。俺の抵抗の後がちゃんと見えるぞ」
そう笑って言われて俺は恐る恐るアッザームを鑑定してみた。
すると、アッザームの称号は確かに奴隷ではなくなっていたんだけど……。
【名前】アッザーム・アル=ガンダファル
【年齢】200歳
【種族】 ジニ族(見た目人族) ゾホニ・ヤーブの民
【基準lv】 920
【称号】 ヤーブの民 聖女の奴隷→聖女の従者(ハル専用) 魔法剣士
【技能】 剣術 生活魔法(火 水 風) 水魔法 火魔法 (聖女の祝福-収納)(聖女の祝福-隠密)
【運】 幸運(中)
【加護】 砂漠の神ゾホニ・ヤーブ(中)
【生命力HP】 1800
【魔力MP】 2000
【職業】 ジニ族→冒険者 銀級 炎炎組織一員 白金級
…………聖女の従者ってなんでやねん!!!
俺は手で顔を覆って喚いてしまった。
「解呪失敗してるじゃん……なんで聖女の呪いが取れてないの!?」
俺がそう言うとアッザームが言うのだ。
「俺の抵抗だって言っただろ? 俺はハルの奴隷から従者になって一生ハルから離れられない運命になったわけだ」
アッザームは俺の勝ちだとはははっと笑った。
これはアッザームが望んだことだから俺の抵抗も空しくってとことなのかな?
いや、でもなあ。
これはこれで本人がいいと言うのだから、これ以上は望んじゃいけないってことなのか。
それがそれで悩んでいるとアッザームが言うのだ。
「これを解呪したら死ぬからな。ハルとの関わりを取ったら俺本当に命を絶つからな」
「物騒なこと言わないでよ」
俺が困った顔をするとその眉間にアッザームがキスをしてきて俺は溜め息を漏らしたのだった。
「分かった、降参します。解呪しないから、もう……」
たぶん解呪してもアッザームはまた逆らって死ぬ前に聖女に関わりのある呪いに掛かりたがるだろう。
それなら奴隷じゃなくて、従者なら奴隷よりは気持ちを優先できたってことで納得しなきゃなのかなあ。
「ハル、大好きだ」
そう言われて俺はふにゃっとした顔をして笑ってしまった。
だってとてもいい笑顔をアッザームがしていたから。
「俺も好きだよ、アッザム。またよろしくな」
「もちろん」
そう言い合って、その日はそのまま寝た。
回復を使ってからはとても気持ち良く眠れて、俺もアッザームも翌日は元気に目を覚ませたのだった。
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