彼方より 042

聖女の力と新しい技能のことと孤児院のこと

 そして悩んでいたが行くしかない教会への寄付のため、俺は迷宮の三階でひたすら角兎を狩る作業に入った。
 もちろんイヴァンもアッザームも付いてきてくれたので簡単に目標の数は狩れたんだけど、そのことで俺はちょっと残念な気分になる。
「なんでここで剣術の技能とか、剣士の称号とか解放されないんかな……」
 角兎が狩りやすいとはいえ、一人で二十匹も狩っているし、前も百匹以上、自力で狩っていたのに、その技能も発揮されない。
 それがとても残念だと俺が落ち込んだので、イヴァンがアッザームに昨日の出来事を報告している。
「ハルには攻撃系の技能も称号もないんだ。本人は自分を最低限守る技能が欲しいらしいが、元々の技能の中に攻撃系の技能は一個もなかった。でも何かの条件で解放される可能性があるから諦め切れないんだろうな」
 イヴァンがそう言うと、アッザームは首を傾げる。
「あとから攻撃系の技能か。普通、生まれた時に分かる技能以上は、よほどのことがないと解放されることはないと聞いたが……?」
 アッザームがそう言うとイヴァンは何か思いついたように言う。
「なら、アッザームは今欲しいって強く思っている技能か称号があるか?」
 イヴァンの質問にアッザームは少し考えた。
「そうだな、俺は結構技能も称号も恵まれている方だと言われてきたから、特にアレが欲しいと思ったことはないんだが……そうだな……収納か隠密か」
 アッザームの答えにイヴァンはニヤリと笑って俺を見た。
 俺は収納に角兎を入れていたところだったから、何だかこの流れはあれかなと思った。
「ハル、本当にできるのかどうか、実験してみようぜ」
「それはイヴァンの時に証明されただろ?」
「でもアッザームも欲しいモノはあるんだ。アッザームだけに上げないのか?」
「……ぐっ」
 イヴァンは俺の痛いところを突いてくる。アッザームだけ上げてないと言われてしまったら、やらないわけにはいかない。
「何の話だ。今は技能の解放の話だろう?」
「そこで実験なんだよ。いいからハルこっちに来て」
「はいはい」
 俺は角兎をちょうど仕舞い終えたところだったので諦めた。
「まず、アッザームはハルをお姫様抱っこをするんだ」
 そうイヴァンが言うとアッザームはひょいっと俺を抱っこした。
「これでいいのか?」
「そう」
 アッザームはこれでどうするんだ?と不思議そうにしているが、イヴァンがノッているので俺は無言でとにかくちょっと祈った。
 アッザームが欲しいと思っている技能を付けてやってくださいって。
「それで変化があるまで歩いてくれ。一キロ先まで歩いても変化が起こらなかったら、場所を変えてやってみるを繰り返す」
 イヴァンがそう言うので俺は呆れてしまったが、アッザームは堂々と俺を抱えて外を歩いていいと言われたので喜んで歩き始めてしまった。
「アッザム、変な実験でごめんね」
「別に構わないよ。ハルは軽いし、これで何か解放されるならラッキーってところだしな」
「ははは」
 アッザームは本当に純粋だな。
 いくら聖女の呪いが掛かっているとはいえ、可愛いな。
 アッザームには欲しがっていた収納と隠密どっちも付いて欲しいな。
 とはいえ、俺が望んでいるものを上げられるわけではないけど、祈るしかないな。
 そうして一キロきっちり歩いたところでアッザームの足が止まった。
「アッザム?」
 俺がそう名を呼ぶと、アッザームは俺を降ろしてくれたけど、そのままそこで抱き締められた。
「はは、ハル! 凄い!」
 アッザームがそう言って俺を強く抱き締めてくる。
「アッザム? うわっ」
「本当に収納と隠密が解放されたっ!」
「え、マジで二つとも?」
 アッザームがそう言うので俺は驚く。
 一回の行動で二つの解放がされたのは初めてである。
 そこまで俺は考えたが、あの時はたまたまレギオンが収納を選んだだけで、イヴァンも収納が欲しいと決めて歩いていた気がする。
 二つの能力が欲しいと言って決めて歩いたのはアッザームが初めてなんだよね。
「おいおい、本当に一回のこれで二つの解放もありえたのか……なら俺がもう一回抱えて歩いたらもう一個何か技能が解放されるのか?」
 イヴァンがそんなことを言うので結局実験を続行することになった。
 男が男を抱え、迷宮内をうろうろする。
 それに付きそう男が一人併走しているなんて怪しいよな。
 他の初心者冒険者たちが俺たちを奇妙な眼で見ていたよ。俺も恥ずかしかったな。
 でもイヴァンが一キロきっちり歩いてみたけど、イヴァンが望む力は与えられなかったようだった。
「駄目だったか」
 イヴァンは俺を降ろしてからそう言った。
「一回限りなのかもね。条件達成の重複はさせないってことかな?」
 俺はそう思ったので言ってみたけど、その後それを確定させるにはレギオンかアッザームがもう一度同じことをしてみるしかない。
「俺がもう一度しようか?」
 そうアッザームが言うけれど、俺は聞いていた。
「アッザムはまだ何か絶対に欲しい技能でもあるの?」
 俺の質問にアッザームは首を横に振った。
「特にはないな……収納と隠密が欲しかったのはレギオンが収納を持って便利そうだったから欲しかっただけだし、隠密はずっと昔から欲しかった技能だしな。盗賊討伐の時に持ってるやつがいて、隠密で特攻できて便利そうだったからいいなと思ってたんだ」
「ほら、こう心から欲しくて今ないと困るものしか多分解放されないんだと思う。でもこれが俺と親しい人だけに効果があることなのか。それとも誰でも俺を抱えて歩いたら解放されるのか……それも分からないんだよね。まあ普通、俺の事抱えて歩く人なんて親しい人以外いないんだけどさ」
 俺がそう言うとイヴァンもやっと納得して俺を降ろしてくれた。
「確かに誰でも解放されたとしたら……聖女ってのはいわゆる解放装置みたいな扱いになるな」
 アッザームがそう言ったので俺はちょっと考える。
 もしかして聖女が誰とでも寝ていたのと関係しているのだろうかと。
 聖女は寝た相手とならある条件下で技能を解放ができるとしたらそれはそれで重宝されるだろうけど、解放された後ははっきり言って聖女の能力は並以下になるよな。
 だから召喚された後の戦いにおいての成果もあんまりない扱いで、国をさっさと捨ててもあまり注目もされないで済んだとか?
 でもシリンガ帝国でも同じ扱いを受けた可能性はあるけれど、そこから戻ってきたとか聞かないよな……本当によく分からないな聖女の能力って。
「収納って凄いな。本当に何の力も要らずに望んだら出し入れできて思いのままだ」
 アッザームは自分の背負っていた荷物を入れたり出したりして面白がっている。
「広さはどう?」
「ああ、とりあえず俺の荷が全部入るから持ち歩く分は別として、旅するにはちょうどいい大きさかもな」
「荷物一杯入れて負荷を掛けておくと、収納って大きく育っていくんだよ」
 俺がそう言うと、アッザームが滅茶苦茶笑顔になった。
「育つのか、これ」
「うん、育つし、上手くいけば時間停止も付くってレギオンが言ってた」
「そうか……なら帰ったらちょっとやってみよう。ここじゃ荷が足りない」
 アッザームがそわそわしているので迷宮での目的も終わったので俺たちは迷宮を出た。
 俺の収納内では解体ができると知ったアッザームは便利機能がどんどん付く収納であることを知ってかなり嬉しそうである。
「でもレギオンもイヴァンもまだ時間停止までしか進んでないよね?」
 俺がそう尋ねるとイヴァンは頷いた。
「大きさも俺はやっと米袋三十キロが十個って程度」
「結構育ったね、最初は背負い袋一個だけだったじゃん」
「そうだったな」
 俺とイヴァンがそう話しているのを聞いたアッザームはもの凄く楽しそうにしている。
 そりゃ新しい技能が付いたら冒険者としては堪らないよね。
 でも家に帰る前に先に教会の孤児院に寄った。
「女神さまっ!」
「ようこそいらっしゃいませ!!」
 二人の修道女にもの凄く歓迎されてしまった。
 前回も何だかんだで歓迎されたけど、今回は最初から笑顔なんだよね。
 とりあえず、持って来た角兎の肉を冷蔵倉庫へと運び入れ、ちょうど前回の分が綺麗になくなった後だったので野菜も途中で買い込んできたのでそれも入れておいた。
 配給される食糧は米かパンだけらしくて、他の調味料とかは自腹で買わないといけない。なのでそれも足しておいた。
「他の孤児院では沢山寄付を貰っているようで、それが基準になってしまって、配給にも影響するようになってしまいまして……前はもう少し食料を多めに貰えていたんですけどね」
 そう孤児院の内情を説明されて、これは弱小孤児院に厳しい条件を付けた役人が悪いなとハルは思った。寄付頼りになると有名な孤児院ばかりに寄付が集中してしまうからだ。
 ここのように街の端にあるような孤児院だと街の人から声も小さく、修道女も二人しかいないような場所では修道女も善意の人しか居着かないわけだ。
 でも俺が政治に口出しするわけにはいかないから、俺はこうやって寄付をするだけだ。
 現物支給が一番効果があって、孤児院の修道女も受け取りやすいみたい。
 この間の寄付金は子供達の洋服代になっていた。
 見てみたらちゃんと綺麗な服を着ていたし、汚れてはいなかった。
 言われた通りに修道女は使ってくれているのだ。
「大分綺麗になってますね」
 俺が礼拝堂を見てそう言うと修道女が言ったのだ。
「実は、あなたが光っていた時に、私に技能が解放されて浄化魔法が使えるようになったのです」
 修道女がそう言うので俺はちょっと倒れそうだった。
「え、そうなんですか?」
「そうですよ。こちらの子も同じように回復魔法が使えるようになりました。それで教会には時々、病気を癒やす時間を作りまして、それで寄付金が少し増えたのです」
 修道女が興奮気味にそう言うんだけど、それってちょっとヤバくないかと俺は孤児院を心配した。
 教会としてちゃんとした技能が解放された人をいつまでもこんな街外れの修道女にしておくか?ってことなんだよね。
 大々的に取り上げて、大きな教会に移してしまうんじゃないかって不安になってしまった。
 するとそれを察したのか修道女がニコリと微笑んだ。
「大丈夫でございますよ。私たちは決してここを見捨てたりは致しません。私たちはここで神に仕えているからこそ、授かった能力だと思っております。ですので教会の方々には、神から神託があり、ここで子供たちに使えることで能力が維持されるのだと申しました……」
「実は、街の教会に無理矢理連れて行かれたのですが、その時は能力が使えなかったんです」
 二人は苦笑してそう言った。
 教会はもちろん黙っていなかった。
 二人をここから引き離し、別の有名な教会に連れて行ったんだけど、そこで二人の能力はまったく使えなかったんだ。それで調べて貰ったところ、能力について機能制限がついていたんだって。
 この孤児院でしか使えない能力であるということが書かれていたとか。
「ですので、私たちはホッとしました。これはやはりここで私たちが誠実にしていたからこそ得られる能力なのだということが証明されたんですの」
 二人はここを離れたくなかったから、その機能制限には大いに喜んだそうだ。
 教会としても二人がこの教会でのみ能力を強く発揮するのを見て、最後は諦めたらしい。
 その代わり、ここに修道女を新たに派遣しようと計画をしているのだそうだ。
 どうやらこの教会には何かの神がやってきているはずだから、修行を積んだ者がそこで神託を受けるか技能を授かるのではないかと考えているらしい。
「それじゃ……俺はあんまり来ない方がいいってことかな」
 俺がそう呟くと、修道女達は少し頷いた。
「あなた様は聖女様であられるのでしたら、寄付の時に誰に見られるのか分かりません。来週には新しい修道女が来ますので……その、ここまでしてもらっておいてどの口がと思いますでしょうが、これ以上、お姿を教会に晒すのは危険かと思います」
 修道女は俺の身を案じてくれてそう言ってくれているのが分かってちょっと嬉しかった。
 聖女と分かっているからこそ、来ない方がいい。他に利用されるかもしれないと心配をしてくれているんだからね。
「なら、次から食べ物の寄付は俺かアッザームでやろう。取るときはハルも手伝うだろうし、それでいいか?」
 イヴァンがそう提案をしてくれたので俺はそれを受け入れた。
 修道女たちもホッとしているようでこれで良かったんだよね。
 俺はそう納得するしかなかった。


「しかしハルの善意をしっかりと善意で返してくれる教会でよかったな」
 アッザームがそう言うのでイヴァンが続けて言った。
「あの人達を見れば、善意であそこに残っていることはハルも見抜いていたよ。だから続けて寄付をしようと決めたんだ。それを教会の連中どもが乗っかって搾取するつもりでいる方がどうかと思う」
 イヴァンはあまり教会にはいい思い出もないのかそう言い放つから、たぶん教会の上層部は腐っているんだろうなと俺も思った。
 なので街の中心にある派手な教会には一切近付かないことを決めたのだった。



感想



選択式


メッセージは文字まで、同一IPアドレスからの送信は一日回まで