彼方より 034

イヴァンと二人で過ごす-謹慎だけど、魔導具や図書館へ

 俺たちは三日間、家に居ても楽しくないので街に散策に行った。
 俺は魔導具が見たいとイヴァンに言って魔導具の市場を見て回った。
 様々な物が並んでいて、あっちの世界の家電らしいものが結構見受けられる。
「へえ、凄いな」
 炊飯器は見たけれど、外に持ち出すように焜炉も冷蔵庫も見たし、感動したのは連絡用の通信機などもある。
 通信機はスマホみたいな形をしているけれど、できるのは登録した連絡先だけらしい。一個一個個体番号が振られているのでそれを登録するんだそうだ。
 これなら作れるかな、創造魔法ってので……。
「触っていいですか?」
「落とさないでくださいね」
 そう言われて俺は気を付けながら持たせて貰った。
 まんまスマホみたいで電源を入れたら画面がついて、そこに通話用の登録番号が表示されるだけのようだ。
 さすがに顔を見ての通話はできないみたいだけど、開発したら作れそう。
 でもそれ作っても他に見せたらとんでもない騒ぎになりそうだから既にあるものを複製するならありかもしれないな。
「ハルはそれに興味があるのか?」
「あ、うん。でも一個じゃ意味ない上に、一個金貨二百枚じゃ手が出ないね」
 俺はそう言って通信機を置いた。
「まあ、買えないこともないが……普通に使い所が分からんな」
「そうだね」
 俺はとりあえず他の商品も見せて貰った。
 電卓とかまであるし、俺が生きていた時代の電化製品もある気がする。
 意外に召喚される人は現代人が多いのだろうか……。
 でも現れる時代はそれぞれ違うみたいだ。この通信機だってもう千年以上前に開発されたものだっていうからな。
 一年違うだけできっとずっと昔かずっと未来かどこに飛ばされるのかは分からないんだ。
 俺は神様に話を聞いていないから、この世界での役割はきっとないんだろうな。
 聖女としての役割が本当に分からないしな。
「明日は図書館に行っていい?」
 俺はイヴァンにそう頼んだ。

 次の日には街の大きな図書館に行った。
図書館は街の中心部にある役所の隣にあって、大きな建物の三階建て。全てに本が収まっているらしいけど、地下一階、二階は重要書庫らしく入ることはできない。
 入る時に入場料銀貨五枚が必要な他、保証金の金貨一枚が必要。
 保証金は本をダメにしてしまった時の保険で、出る時に返して貰える。
 中に入ると人が疎らにいる程度で、喋っている人は見当たらなくて静かだったが、俺が知りたい物を探す歴史のコーナーに行くとちょっと講義をしているのか人の話し声が扉一枚向こうから聞こえている。
 俺はここにきた目的をイヴァンに説明をして聖女の能力について何か詳しいことが書いている書物がないかを探して貰った。
 専門書が多くある図書館だったから結構探すのに時間がかかったけど、夕刻くらいに見つけられたのは二冊だけ。
 その図書は借りられないというのでその場で読んでみたけど閉館までに時間が足りなかったのでもう一日図書館に通って読む時間を貰った。
一冊目はそれまでに現れた聖女の能力の一覧だった。
 聖女は祈りの力で回復だったり、防御をしたりと色々できるらしいんだけど、俺にはそれはなかった気がする。
 回復は指をちょっと切った時も試してみたことがあるが、まあないもんはできんって感じで発動もしなかった。
 防御に関しても俺にはなかったと思う。
 アッザームに襲われた時には本当に抵抗したけど防御は発動しなかったし、そもそも解放されているのかどうかも分からない。
 でも他の幸運だったり、創造魔法が勝手に条件を満たして解放されている以上、それらももし解放されるなら条件は緩いはずなんだよな。
 それでも発動しないというなら、解放にならないってことだろうし。
俺は一覧表の書き写そうと思って収納からノートを取り出したんだけど、そうしたらイヴァンがそれならと教えてくれた。
「読んで気になるところがあるなら描き写さなくても魔導具で複写してもらえるぞ?」
「複写? え、コピーがあるの?」
「コピー……というのが向こうの世界の呼び方なのか?」
「あ、違うけど、複写で合ってるけど、皆コピー機って言ってた。そういうのもあるのか」
「さすがに一個の製造に金がかかるから国の施設や領主などが気紛れで置いておくものらしいが」
「うん、複写って一枚幾ら?」
「紙代と液代で銀貨一枚」
「じゃあ、こっちの三枚とこっちの二枚でいいかな。全部読んでみたけど、勇者の項目が多いから聖女についてはそれくらいみたいだし……」
 わざわざ本を買うとなると金貨五十枚するらしいので欲しい項目だけなら複写が一番手っ取り早い。それでも複写一枚千円か。結構するな。
 そういうわけで図書館の司書にお願いして複写をしてもらった。
魔導具としても高価なので奥のガラスの向こう側で作業するのが見えるだけだった。
 複写の魔導具はハンドコピー機みたいなものでスキャンして大きな魔導具にそれを戻してコピーができるらしくてちょっと手間がかかるようだった。
 まあ、その複写で出てきたものはちょっと昔のコピー機でわら半紙に刷った時のような雑さがある。
 恐らく完全コピーだと本物と偽物が区別がつかなくなるので敢えてそういうのにしているのかもしれない微妙さがあった。
スキャナがあるなら通信機で機能を付けたら電子書籍とかできそうだなと俺は思ったけど、その手間を考えると百年くらいスキャンし続けなくてはいけないだろうし、電子書籍にするソフトも開発しなきゃいけないだろうから、そんなものを開発したらそれこそ国に見つかったら終わるなと思った。
 この世界にまだない魔導具を作ったら俺が異世界人だと速攻でバレるってことだしね。
 俺はそう思って創造魔法で作るのはやめておこうと心に誓った。
「お待たせしました。全部で銀貨五枚になります」
「はい」
 収納から取り出した銀貨を使って払った。
 それからその紙を貰ってしっかりと収納に仕舞って図書館を出た。
「ハルは聖女のことを何で調べようと思ったんだ?」
 俺が急に聖女のことを調べだしたことはアッザームにも聞いていなかったらしい。てっきり情報交換をしていると思っていたけれど、アッザームは聖女の情報について軽々しく仲間であろうとも漏らしたりはしなかったようだ。
「ああ、聖女の能力って何だろうなと思ってね。そもそもどういうのが聖女の能力なのか知らないんだよね。俺は望んで欲しいと願ったわけではないからさ」
 俺が正直に話すとイヴァンはそういうことかとホッとしたようだった。
「何? 俺がとんでもないことをしようとしているとでも思った?」
 そう俺が笑って言うとイヴァンは少し切なそうな顔をして言ったんだ。
「てっきりあっちの世界に帰りたくて、聖女の能力で帰れるかもしれないと期待しているのかと思った」
 イヴァンがそう言ったので俺はちょっと笑えないなと思った。
 俺はあっちに未練はないと話したけれど、でもこっちの世界から他の世界に行ったことがないイヴァンにとってこっちの世界を捨てるという考えはちょっと思いつかないことだったらしい。
 俺が辛い目に遭っていたから、あっちに未練がないとは言っても、過ごしているうちに段々とあっちに戻りたくなっているかもしれないと疑ってしまうのだろうな。
「大丈夫だよ、イヴァン達を置いて帰ることなんてないよ」
 俺ははっきりとそう言っていた。
 俺はあっちの世界でこういう優しさに少し触れ、そして放置されて育ってきた。
 だからこそ、一緒にいる誰かと楽しく暮らすことに飢えていたんだと思う。
 三人で暮らし始めたから本当に楽しかった。
 更にアッザームも増えて、定住してこれから更に楽しくなるとワクワクしている。
 でも俺は異世界人で聖女だ。
 その力が何であるのかを知らないでいるのは、ちょっと危険だと感じたんだ。
 別に目的のために利用するんじゃないし、生きる意味を見つけたくて焦っていたちょっと前までの考えでもない。
 真面目に考えた結果、知らなければならないと思った。
「アッザームをさ、聖女の奴隷にしちゃったじゃん。俺の能力が発動した結果なんだけどさ。これが俺が聖女でいる間ならいいんだ。俺は奴隷みたいに扱わないからさ。でもこの先にアッザームの末代までそれが持続する場合、俺はとんでもないことをしてしまったことになる」
 俺がそう言うと、イヴァンはなるほどと頷いた。
 この世界に来た聖女で大きな願いをした聖女がいた。
 自分の能力を使って、この世界から病気をなくしてくれって願った人がいたんだよね。 二千年前のことらしいと本に書いていた。
 そのお陰で大きな病気は本当にずっと起こっていないんだとか。
 しかも回復魔法や水剤とか使うと病気は簡単に直るようになっている。
 それは二千年後もその聖女の願いが叶っている証拠だとされていた。
 俺が死んでそれでジニ族が聖女の奴隷から解放されるならば、それでいい。でも俺が死んでみないことには分からないときている。
 そしてそれは新しく生まれてきた子供にも発動しているらしいとアッザームが何気なしに話してくれた。
 この街にもアッザームの仲間が住んでいる。
 もう二代に渡って街にいる人達でも聖女の奴隷が発動していたという。
 つまりジニ族の血筋にはそれが呪いのように発動しているのである。
「俺は、そういうつもりは一切なかったけど……でも結局知らない人に急に奴隷にされたら堪らないし、これがずっと俺がいなくなっても続いたら……もし新しい聖女がとんでもない人で、ジニ族が非情に扱われてしまったら……それは許されないことだと思ったんだ……」
 俺がそう言うとイヴァンは俺の手をしっかりと握ってくれた。
 俺はそれを握り返して言った。
「いつか、アッザームの聖女の奴隷は取らないといけないから、聖女の能力は知らないといけない。でも聖女には沢山の種類と発動する条件が違っていて、皆違う能力を持っているらしいんだ……調べた本の一覧でも聖女はこの一万年の間に七人いる。それで真っ当に最後まで生きていた記録がないんだよね。勇者に至っては血筋もいるし、子孫も育ってるっていうのにね」
 聖女が性行為に奔放だったからこそ迫害されていた可能性もあるが、それよりも俺は殺された可能性を考えたのだ。だから誰も聖女の最後を知らないんだと。
 それは怖いことだけれど、俺がアッザーム達ジニ族の呪いを解くことなく殺された場合、俺は一生ジニ族に恨まれ続けるのだろう。
 それも悲しいから早く聖女の奴隷の称号は取りたいのだ。
「分かった。それには協力する」
 イヴァンがそう言ってくれた。
 俺はそれに微笑んで言った。
「すぐにどうこうできるとは思わないけど……焦ってもいいことがないってアッザームにも言われたから。落ち着いて考えるけど……だからこそね」
 俺はアッザームをこんな呪縛で繋ぎ止めて起きたくはない。
 呪縛を解呪したらきっとアッザームは去って行くだろうけど、それでも俺はアッザームを解放してあげなきゃいけないのだ。
 俺がそう決めたのだと言うと、イヴァンはそれが俺の決めたことだったなら誰にも止めることはできないと言った。
「アッザームには俺が解呪しようとしていることは秘密にしておいてね。今は呪われている状態だから解くと言ったら混乱しちゃうだろうしね」
 今は呪われている状態だから、きっと解呪を望まないだろう。
 そういう風に俺に忠実にできているとは言っても、どうしても譲れないことは譲らないだろうことはアッザームの意志を聞いたので知っている。
 俺はイヴァンにそう決意を話すことで挫折しないで調べていくことを誓った。
 居心地が良くて、俺がアッザームを手放せなくなる前に、できるだけ早く解放してあげなければならない。
 既に俺は自分の中に寂しさを感じていることを自覚してしまった。


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