彼方より 032

イヴァンと二人で過ごす-終焉の業火の人たち

 俺との出会いをイヴァンの知り合いに話して聞かせたらほぼ嘘で固めるなと思いっきり疑われてしまった俺とイヴァン。
 カルロさんとマッテオさんは終焉の業火組織の仲間でイヴァンとは知り合いのようだった。
 もちろんイヴァンと知り合いということはレギオンとも知り合いで、その二人のことをよく知っているような言動をしてくる人たちに今の嘘は通じないって事らしい。
 俺はちょっと困ってしまったんだけどもイヴァンは言った。
「嘘はある。けど俺たちはこう話すしかない。ただ一つ訂正すれば、俺がハルに惚れていて、レギオンももう一人もハルに惚れている。俺たちはハルを通じて纏まっているんだ」
 とうとうイヴァンが爆弾発言をしたんだよね。
「ちょっとイヴァン」
 俺はそれはどうかと思ったんだけどイヴァンが止まらない。
「俺が惚れてハルの家に押しかけて、住み着いてそこにレギオンもきて同じように居着いたんだ……俺たちはハルに惚れている。だから一緒にいる」
「いや、そこは別に強調しなくてもよくない?」
「ダメだ、どうせバレるなら言った方がいい。俺はハルが好きだ。ハルも俺を好きだよね?」
 イヴァンがそう言いながら俺に近付いてきて、剣を取り出した。
「……え、何?」
 イヴァンは真剣な顔で俺を見るとそれから剣を振り降ろしたのだ。
 俺はそれに驚いてびっくりして目を瞑ってしまったんだけど、その時に後ろでザシュッと何かが斬れる音がしたんだ。
「へ?」
 俺が振り返るとそこにはゴブリンがいて、一匹完全に剣で真っ二つにされている。
 それからまだ三匹ほどいたのでそれをイヴァンがサッと剣を振って屠っている。
「ハルも俺のこと好きだよな!!」
「え、え、え、え、そういう場面!? それって断れない状況みたいじゃんっ」
 剣を振り回して好きだよねと言われたら怖くて、はいとしか言えないだろうが!!
 俺としては普通に答えたいのに、答えがおかしい状況になるだろうが!!
「好きだよな!?」
「好きだってば!!」
 俺がそう答えるとゴブリンをあっという間に屠ったイヴァンが俺に抱きついてきた。
 そしてカルロたちに言うのだ。
「ほら、俺のこと好きだって言ってくれる」
 イヴァンはそう言っているけれど状況的にどうよという状況。
 ゴブリンを斬ったまだ血の付いた剣をぶらさげて俺に好きかどうか迫ってきて、さらにはこんな状況に陥らせた二人を睨み付けて言い放つにはちょっと突っ込みどころが多いんですが!!
 もちろん二人は真剣な目で俺たちを睨んでいるわけで……。
「ふはは、まあ言えないことの一つや二つ、それぞれにあるだろうよ」
「まあそこで全部喋ってしまうようなヤツだったら、信用には値しない」
 二人がそう言って笑い出したので俺はホッと息を吐いた。
 俺の出自なんかについては誤魔化しができたようでよかった。
 俺が聖女の称号持ちであること、それに付随する称号がついていることだけは何が何でも喋るわけにはいかない。
 それが誰によって何の価値があるのかがまず分からないし、グノ王国から逃げてきた身としては知られるわけにはいかないのだ。
 俺はホッとした息を吐いたがイヴァンは一人で何だかまだ興奮している。
「イヴァン落ち着いて、剣を仕舞ってね」
 俺がそう言うとイヴァンは頷いてから剣に付いた血を払って剣を納刀した。
「ハル……ごめん。でもこれだけは言いたい。ハル大好きだから」
 イヴァンはそう言って俺を抱き締めてくるから俺は仕方なく溜め息を吐いてから抱き締め返した。
「知ってるよ」
 俺はそう返すと、イヴァンはホッとしたように体の力を抜いた。
「たく、惚れた男を前にするとイヴァンもそういう顔するんだな」
 カルロさんが呆れたようにそう言うので俺は尋ねていた。
「イヴァン達と知り合いなんですね」
 俺がそう言うとカルロさんが言った。
「なんで、話してないのか。俺たちは昔一緒の組織で迷宮なんか潜ってたんだぜ?」
カルロさんがそう言ってきて、マッテオさんは驚いて言った。
「迷宮のあるレテカにいて終焉の業火を知らないとは驚いたな」
すみません、知らなかったです。
 二人が一時的に組織にいたことは知っていたけれど、その組織名や固有名詞はでなかったんだよね。
 でも迷宮に潜ってる人なら知らない人はいない終焉の業火の二人がここにいるのは何でだろう?
「あの、凄い迷宮に潜っている方が何故、この浅いところにいるんです?」
 俺がそう尋ねると二人は笑った。
「俺たちも薬草取りだ。俺たちの組織には錬金術師も薬師もいるんだが、その素材は自前で採ることにしているんだよ。浅いところだと魔物も弱いが肩慣らしにはなるし、魔石は住居の魔石に使えるし、一石二鳥でもあるんだよ」
「そうそう、やたら強さを見せるような組織ではそれを買い付けるらしいが、その金も結構バカに何ねえんだよ。そこを節約してなんぼって所」
 そう二人が言うんだけど、それにイヴァンが突っ込んだ。
「ハル、あいつらは言いように言っているけど、要は他のことに金を使いすぎて金欠だって話だ」
「……へ?」
 どういうこと?
 俺がキョトンとしているとイヴァンが言う。
「あいつら、家事はできないんだ。だから食べることに関しては全部外食だ。なのに滅茶苦茶食うんだよ」
「え……」
「レギオンと俺が入った時は、俺が肉を採ってくるだけ。レギオンは食事を作っているだけになって冒険ができないから辞めたんだ」
 そうイヴァンが衝撃のことを言った。
「それが辞めた理由だったの!?」
「そうだよ。俺たちは自分のことは自分でできるからな」
 何だかもっともな理由があって迷宮は生き方に合わないのかと思っていたら、とんでもない理由で二人は組織を退団していたわけよ。
「それにあの屋敷も俺たちが辞める時に、終焉の業火が領主から貰ったんだけど維持費がかかるからって返還したんだ。それでちょっと領主と揉めたんだけど、レギオンが維持費と税金がでかすぎるからだと理由を説明したら、維持費は自腹だけどそこまで掛かるわけではなかったし、税金は免除してやるって取り付けたから俺たちが退職金を貰おうとしたら案の定、金欠だったせいであの屋敷を代わりに貰っただけなんだ。俺たちは速攻で売ろうとしたけど、売買禁止の契約ついていて売れなかったんだよ」
 そう言われてまた衝撃の理由で押しつけられたのだと言った。
あの屋敷、売れないから仕方なく使ってたのか。道理で外観が放置されるわけだ。
 拘って欲しかったわけもなく、領主にしても大して思い出もなく押しつけたかっただけだったし、終焉の業火の人たちは維持費や売買禁止の不動産なんて価値もないのでイヴァン達に押しつけただけだったのである。
 何ということだ。
 もっと美しい思い出でもあると思っていたのに。
 確かに維持費は大変だよな。
 外観の掃除も庭の維持も人が手を入れなきゃ荒れ放題だったもんな。
 俺が呆れているとカルロさん達は和やかに笑っている。
「まあ、あれから六十年くらい経ってるけど、お前達が使ってくれているならよかった。荒れ放題で朽ちるってのはさすがにね。俺たちだともっと朽ちてやばかったんだろうし」
 どうやら彼らも色々旅をしているから屋敷の管理はできないからこそ、レテカを拠点にしていた二人に押しつけたのかもしれないけどな。
 二人でフラフラ何処か行ってしまうのを防ぐためにここに家を置いてくれたのかも。
 俺は何だかちょっとだけいい風に考えることにした。
「また何処かの迷宮にでも潜るのか?」
 イヴァンがそう聞くとカルロさんとマッテオさんが顔を見合わせて笑っている。
「ああ、そうさな。レテカの一番目の迷宮に潜るんだよ」
 そう言われてイヴァンはキョトンとする。
「あそこはまだ五十階層しかないだろう? それにお前達は六十年前に踏破はしただろ?」
 そう言うとその情報は古いとカルロさんが言った。
「最近、迷宮がグンと育ったんだ。五十階層目の先に階段ができてた。潜ってきたやつの言うことには六十階目までできていたらしい。その先の階層もあるようだったから、俺らが出番ってこと」
「調査依頼か」
「そう、それ。俺らはシリンガ帝国の迷宮を一つ踏破してきたばかりだからさ、まだ資源がないんだよ。だからこうやって資源集め。もちろん調査は俺たち以外も受けているから既に潜っているやつもいるが、俺たちの想像だと恐らく、九十階くらいまで一気に育った気配がするんだよ」
 カルロさんがそう自信満々に言うので俺が首を傾げるとイヴァンが俺の耳元で言った。
「カルロがそういう勘を外したことは一回もないんだ。だから終焉の業火はあちこちで迷宮を踏破できるんだ」
 踏破する迷宮の深さを事前に予測できるならきっと準備も途中で節約する方法も分かって準備ができる。そうすることで彼らは過酷な環境を乗り越えてきたのだろう。
 イヴァンはそういう人たちを見ても自分とは違うと思ったのか。
 迷宮に人生を捧げられるような心がない自分が迷宮に潜るのは失礼だと思ったのかもしれない。
「本当はお前らが戻ってきたと聞いたから、俺たちの組織に戻ってこないかと話を付けようと思っていた」
 カルロさんがそう言う。
 マッテオさんもそのつもりだったのだろう。
 だから彼らはイヴァンに近付いて交渉をしようとしたのだ。
 でもそれはできなかったのだ。
「お前がみたこともないくらいに笑っていて、優しい顔をして誰かの成長を喜んでいる。それはとてもいいことだ。けど、その後だ、お前は俺たちを見て懐かしいと思う前に俺たちを敵だと認識をしていた」
「俺たちはもうお前の仲間ではなくて、懐かしいだけの他人だと思ったな。俺たち以上に大事なものをお前はそうやって守ろうとしているんだから、戻ってこいだなんて誘えないよ」
 カルロさんもマッテオさんもずっとイヴァンのことを心配をしていたのだろう。
 その心配から仲間にならないかと言いたかったのだろう。
 でもイヴァンは会わなかった六十年の間に大事なものを見つけたのだ。
 そしてそれは誰にも譲れないものであり、レギオンも一緒に大事にしている。
 違う未来を見ている者同士では進む先は違う。
 イヴァン達が迷宮に潜ることをしないのは、きっと終焉の業火たち以外の組織と潜りたくないからでもあるんだろう。この人たち以上に気の合った組織は存在しないのだ。
 でも迷宮にそこまでの拘りがない二人は、何のかんの理由を付けて潜るのを辞めた。
 そしてそんな二人を理解していたからこそ、彼らは二人の脱退でごねて色々したみたいだけど、結局認めたのだ。
 いい関係だと思う。
 何だかほんわか気分になってしまったな。
「俺もレギオンも迷宮には本格的には潜らない。お前達のようにはなれないし、なりたくはない。迷宮に取り憑かれてるお前達みたいにな。でもお前達が執着するように、俺にも執着する者ができたから分かる。それ以外考えられない気持ちが分かるよ」
 イヴァンがそう言うとカルロさんもマッテオさんも諦めが付いたのか笑って言った。
「どうせだから、薬草の採取の仕事を受けてくれないか。依頼分と取り分以外を分けて貰えれば嬉しいのだが」
 そう言われて俺は言う。
「あの、もう少し採りたい物があるので森の中を探索してからでいいですか?」
 俺がそう言うと二人はニコリと笑った。
「いいぜ、夕刻くらいまでは俺たちも自力で採るからよ」
 そう言ってくれたので俺とイヴァンは二人で森に入った。
 もちろんスライムもいるし、小さめのゴブリンもいるから俺は大変だったけど、ゴブリンは三体、スライムは二十体を倒すことはできた。
 その合間にどんどん薬草を採り、イヴァンがそろそろ終わろうと言ったので迷宮を出た。
 迷宮を出たところでカルロさんとマッテオさんが待っていてくれた。
「お、イヴァン、ハル。ハルには紹介しておくな。こっちの金髪がロッカ、こっちの巨人がポール、そして茶髪がサンドロだ」
 ロッカさんはもろ妖精族のような人。でも純粋な妖精族って貴族くらいしかいないらしいのでおそらくハーフなのだろう。耳はちょっとだけ尖ってるけど長い耳ではない。 ロッカさんは金髪碧眼の綺麗な男性。剣士だって。
 ポールさんは巨人族の二メートル二十センチくらいある巨漢の人。ハゲていて盾役なんだって、斧も持っているから戦闘もできる。
 サンドロさんは狼人族、茶色の髪に茶色の目の賢者で回復師、魔法もいくつか使える万能な後方支援らしい。
 この人達は全員終焉の業火の人達。今日は全員で薬草採取だったんだってさ。
「なんだよイヴァンじゃねえか。彼氏持ちかよ~」
 そう言ってサンドロさんが言うと、ロッカさんが俺をじっと見て言った。
「可憐だ」
 よく分からないね妖精族の人。
 ポールさんは人見知りするらしく喋っては来ない。
「それで薬草はどうだった」
 カルロさんに聞かれたので俺は言った。
「沢山ありますけど、もし魔法袋か収納の技能持ちの人がいれば、沢山分けますけど?」
 俺がそう言うとカルロさんがキョトンとする。
「そんなに?」
「はい、依頼分意外にも重複依頼になるからって調子にのって取り過ぎました。迷宮とか森とか取り過ぎても数日で生え替わるからって聞いたので思いっきり採りましたから」
 俺がそう言うとロッカさんが収納持ちだと言うので一旦俺の収納から薬草を採りだした。
「これくらいあります」
 そう言って一メートルくらいの山になる量を出した。
「え、ちょっと待って。ハルくん、収納持ちなのは聞いたけどもしかして凄く収納が大きかったりする?」
 カルロさんが慌ててそう聞いてきたので俺は頷いた。
「容量はわかりませんけど、商会の倉庫二つ分は入りますね」
 俺がニコリと笑ってそう言ったら、カルロさんとマッテオさんが同時に言った。
「引き抜くのはイヴァンじゃなくて、ハルの方だったじゃねえか!?」
 二人がそう言って騒ぐのでイヴァンがぴしゃりと二人に言った。
「やらねえよ、バーカ」
 そう言うと二人はがっくりと肩を落とした。
「うっそだろ。そりゃイヴァンが張り付いて離れねえわけだ」
「滅茶苦茶貴重じゃん、ハルは。誘拐でもされかねないな」
まあそう言うわけで俺の勧誘はあっという間に却下されたので、ロッカさんの収納に入る分は入れて貰って、入らない分は俺が収納に仕舞って終焉の業火たちが借りている家に届けてやった。ちょうど帰り道に寄れるところだったので都合が良かった。
 で、山盛りの薬草を出したら他の終焉の業火の人達にまた勧誘されたけど、断ってさっと冒険者組織に逃げ帰った。
 面白そうな人達が沢山いたけど、それでも俺は迷宮には興味がないので荷運びでもきっと入ることはないんだろうと思った。
 その日、俺は薬草の依頼を百二十回重複達成という記録を打ち立ててしまい、冒険者組合の組長に呼び出される羽目になったのだった。


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