彼方より 030

書斎で調べる聖女や勇者のこと

 レテカの街に来てから、屋敷でちょっとした調べ物をしている間、どうしてもセックスに持ち込むやつらが多すぎて、俺はちょっと流され過ぎている。
 書斎は正にヤリ部屋と化してしまい、俺はちょっと怒っている。
「夜はいいよ、でも昼間の調べ物をしている時に常に邪魔するのは頂けないんだが?」
 俺がそう言うと、さすがにイヴァンもレギオンも羽目を外しすぎたなと反省しているような表情だ。
 アッザームに関しては俺が何とかできるけれど、その調和を乱す行動っていう風になりかねないので俺は一人を相手にすると三人を平等に相手にしなければならなくなるので少しは考えて欲しいとお願いをしている。
「悪かった」
「ちょっと羽目を外したのは悪かった」
 二人は謝っているけど全裸で、俺ももちろん全裸。
 済し崩しにセックスに至ってしまい、事が終わるまで話合いも何もなかったので二人には終わったからこそ説教中。
 今日はアッザームが街に知り合いが来ているので会ってくると出かけていった日だったから、余計に二人は悪さに拍車がかかったみたいなんだよね。
 三人でよく引きこもっていちゃついていたのはつい二週間前のことだしな。
 やっと二人のテリトリーに俺が入ったからか、余計に箍が外れてるんだよ。
「とにかく、書斎にいるときは邪魔はしないで」
 俺はそう言ってそのまま風呂に行った。
 もう全身ドロドロよ。
 さっと体を拭いて綺麗にしてから服を着替えた。
 これはもう朝と違う服ってことでアッザームに突っ込まれるなと思いながら書斎に戻った。
 汚れていた床は綺麗に浄化されていてさっきまでの甘い匂いは消えている。
 二人は謝った後、何処かに行ってしまったので俺はやっと書斎の書籍を何とか読むことに集中できた。
 するとアッザームが帰ってきて書斎にやってきた。
「ハル、帰った」
 アッザームがそう言って俺にすり寄ってくるから俺はそんなアッザームの頭を引き寄せてキスをした。
「おかえり、アッザム。でも夜までダメだよ」
 俺がそう言うとアッザームは頷いている。
「話は聞いた。あいつら暴走していたんだろう?」
アッザームはそう言って俺の服を引っ張った。やはり朝と違う服を着ていたら想像は絶やすいってか。
「はは、まあね」
 俺がそう笑うとアッザームは俺が読んでいる書籍を覗き込んだ。
めちゃくちゃ格好いい顔が側にやってきて俺はドキリとする。
「聖女のこと調べてる?」
「ああ、うんそう。俺、称号は持ってるけど、聖女について知らないんだよね」
 俺がそう言うと俺が異世界人だと分かっているアッザームはなるほどと頷いた。
「俺も聖女のことは詳しくは知らない。ただ言い伝えでどの種族とも関係を持てるのが聖女だと言われているくらいだからな」
「そんなもんなの?」
 俺はそれに驚く。
「そんなものだろう。俺が知っているのはほぼ伝説化した話ばかりだ」
「ふーん。でもここには結構勇者関連の書籍が多くて、聖女の伝説とかそういう特殊な本が結構あるんだよね。組合とかの図書館ではなかったんだけどさ」
 俺がそう言うとその書籍を取り出して見たところ、二十冊ほど違う勇者召喚や聖女についての書籍があることが分かった。
「確かに多いな。この家は元々は貴族の物だったというが、どういう人物か聞いたことはあるか?」
「えっと……確か」
 俺は屋敷の話を聞いたことを思い出す。
 名前は確か。
「サヴォイアって言ってなかったかな?」
 俺がそう言うとアッザームが言った。
「サヴォイア公爵なら、この周辺の領主だぞ?」
「へ? マジで?」
「ああ」
 まさかここがサヴォイア公爵しかも領主の屋敷だったとは意外だった。
「引っ越したと言っていたから、新しい家を建てて引っ越したのかな?」
「だろうな。領主邸は街の中でも更に塀に囲まれた場所だ。元々、サヴォイア家は妖精族の女亭主、ヴァレリアが治めていた場所だ。そのヴァレリアに惚れて押しかけてきたのが、当時の王弟殿下だったシモーネだ」
 押しかけしたのが当時の王弟ってすげえな。
あれでも王様って人族じゃないっけこの国は。
「じゃあ、先に王弟の方が亡くなっちゃうよね?」
「ああ、既に亡くなってる。その妻であるヴァレリアはまだまだ元気だけどな。それで恐らくここは王弟殿下がヴァレリアに会うために建てた別荘とかなんだろうな」
 なるほど、だから別荘として建てたから最低限のものしかないんだな。
 でも無事ヴァレリアと結婚できたから領主の屋敷に行ってしまったのでこの屋敷は空き家になったと。
 でもかといって取り壊すには思い出があるし、亡くなるまでは置いておいてたけど、売ると言っても不動産価値も高いので高すぎて売れない。売れないと管理費がどんどんかかるので報酬としてイヴァンとレギオンに押しつけたというわけか。しかも税金は二百年くらい免除させてまでした。
「どんだけ厄介な屋敷だったんだよ」
 とりあえず今は二人ではなく、四人で暮らしていてもまだ広いくらいである。
 この屋敷の維持だけでも結構大変なのは外観が怪しくなっても放置していたのを見れば明らかである。
 最低限使う部屋だけに魔石を置いて、使わない部屋には鍵をかけてある。
 使用人は雇う気はないらしいので、家事と掃除はなるべく自分たちでやり、手の届かない作業は清掃商会に入って貰うことで落ち着いている。
 その出費も結構あるみたいだけど、炎炎組織の活動費はかなりあるようでイヴァンもレギオンも困ってはいないようだった。
 とりあえず半年くらい出かけていたからと暫くは仕事をしないつもりなのか、それとも依頼が入るまでは動く気もないのか、炎炎組織としては活動はない。
 個人で請け負う仕事はしてもいいと言うので俺は配達の仕事をしようかと思ったが、それには三人のうち誰か一人を連れて行くようにと念を押されたのでどうやら俺一人の活動は認められていないようである。
 まあそれは置いておいて、聖女の話だ。
「サヴォイア公爵家は元々勇者の家系だ」
 アッザームがそう言うので俺は驚いた。
「え、妖精族じゃないの?」
「妖精族だが、ヴァレリアの祖父が勇者なんだ。で、勇者は妖精族と結婚して、その子供はダブルだったが、その後妖精族と結婚してヴァレリアが生まれた。そのヴァレリアは歴とした妖精族だ。勇者が活躍して功績を残し、貰った領地がレテカだったんだよ。当時は砂漠を渡る人もそうそういなかった時代だったから王族からすれば勇者を僻地に追いやって万々歳だったんだろうが、その勇者は優秀でな、レテカどころか道中の街に街道を建設してウヤからスザまでの街道を作ってしまったんだ」
 今はシラク街道と言われている街道は勇者が作ったものだったようだ。しかし勇者はその街道をシラバークまでは繋げなかった。
 王族が勇者が攻めてくるための道を作っていると勘違いをしたため、そこで計画は打ち止めた。
 そしてベルテ砂漠を使った三国を冒険者が使って行き来するようになった。
 そのための冒険者をレテカに集め、ちょうどレテカの街の近くで迷宮が三つも見つかるという幸運が続いて気付いたらレテカは西側の主要都市にまで成長をしてしまった。
 そこで次なる王は王弟を送り、勇者一族を見張ることにしたんだが。
「そこで王弟がヴァレリアさんに惚れちゃったと?」
「そういうことだ」
 何が幸いするのか分からないが、勇者は結局早くに亡くなり(勇者は俺と同じく八百年くらい長生きのはずが不老不死ではないので流行病であっという間だったそうだ)、後を継いだヴァレリアは美しい女性だったからか、どうせならとレテカを手に入れるために王族は王弟を送り出してしまった。
 王家直轄にしようとしたらしいんだけど、王弟はそれをよしとしなかったんだとか。
 シラク街道をスザから王都シラバークまで作るための資金は出したそうだが、それを盾にして一切のレテカ街への干渉を退けたそうだ。
 そして契約が結ばれて、王族も代替わりをしてしまい、蟠りはだんだんと消えていって今のサヴォイア公爵であるニリレオに変わったことで、王家との関係も回復しているという。
 一触即発の危機は三百年くらいかけて何とか脱したそうだ。
 今では冒険者を沢山生み出すいい街で、ウヤの閉鎖的な街と比べられるくらいに発展をしている街になっている。
 ちなみにウヤの領主はレテカの街の領主が王族の血筋を入れたことで余計に頑なになっちゃったらしい。元々は王の下で建国時の騎士だった男が貰った領地で、勇者と同じく平和になったら僻地にやられてしまった元は英雄の一族なんだとか。
 勇者の方が上手く発展しちゃったから嫉妬したんだって。
 だからレテカに住む冒険者や出身者はウヤでは歓迎されないので寄らないんだ。
 だからモルトさん一家もウヤには寄らなかったんだって。だって行き先がバレたら何されるか分からないからって。あの時は全財産を持った俺がいたしね。
 で、その勇者の時代に聖女がいたらしいんだ。
 最後の聖女はそれまでの聖女と同じく、セフネイア王国の勇者一行の一人だったんだけど、セフネイア王国とグノ王国の国境が収まった後にセフネイア王国にもグノ王国にも嫌気が差してしまってシリンガ帝国へ渡ったんだ。
 けどそれからすぐに消息不明になって今生きているのかどうか分からなかったらしいんだけど、一時代に聖女は一人しか召喚できないから、俺が聖女の称号を持っているということは、その聖女は亡くなっているってことみたい。
「イヴァンが言ってたね、聖女は一世代に一人しかいないって。しかも召喚された異世界人だって。俺が聖女になってるのってどういう意味なんだろうね」
 それで聖女の能力とか調べてみているけど、祈りだの回復魔法だのはあるようだが、俺にはその辺がない。
「俺には回復だの祈ってどうこうなる神頼みもないんだけど……そもそも俺、こっちに来る時に勇者たちが必ず会うはずの神に会ってないんだよね」
 俺がそう言うとアッザームは少し驚いている。
「そうなのか?」
「そう、だから俺の能力も最初全部なしだったって話したでしょ? だからもしその力があるとしても解放される条件があるはずなんだよね。あればいいんだけど」
 そうすれば三人の冒険にも俺が付いていく意味が一つ増える。
 もし祈りが防御的な意味を持つならもっと意味があることになる。
 俺がそう思っているとアッザームが聞いてきた。
「ハルは冒険に出たいの?」
「え……いや、そうじゃないけど」
 俺自体は別に冒険がしたいわけじゃない。
 安全に暮らせるならそれにこしたことはないし、切羽詰まっていないから家を出る必要もない。
 でも俺以外がしたいかもしれない。
「イヴァンやレギオンはそうやって暮らしてきた。俺が来たからって引きこもって暮らすだけで満足するとは思えない。そりゃ一年とか二年とかなら分かるけど……それ以上になったらきっと……」
 そのうち冒険をしたくなって俺のことが煩わしくなるかもしれない。
 俺はそれまでに自分が聖女として何ができるのかそれを知りたい。
 俺にできることがあるならば、それを目指したいと思ったのだ。
「俺は……」
「でもそれってハルがなりたいものではないよね?」
 アッザームがそう言って俺は言葉が出なかった。
 その通りだ。
 俺は二人が冒険に出るなら聖女として何ができるか考えただけだ。
 俺が何かになりたいと思ったわけでもないことに気付いて俺はちょっと焦った。
「え。……あ、俺、何がやりたいんだろう……」
 この世界にいきなり飛ばされて、呼んだ奴らが俺を放り出して知らんふり。
 でもそいつらに今更世話になりたいわけではないから、その国を出て俺はセフネイア王国に来ただけだ。
 亜人には優しいなら異世界人にもそれなりに優しいかなと思ったからでもある。
 でもこの国にきて俺が何がやりたいのかって言えば何もないのだ。
 ただ平穏に暮らせるならそれでいいやって思ってしまっている。
 イヴァンやレギオンのお陰で俺は今、もの凄く平穏な時間を過ごしている。
 なので当初の目的は果たしたので、この先どうしていいのか分からないのだ。
「ハルがやりたいことが見つかるまで、ハルはできることをやっていればいいんだぞ?」
「できること……配達とか?」
「そう、ハルはそれで頼られているんだろ? そうだ、モルトさんが明日、引っ越し先が決まったから荷物を運んで欲しいと言っていたそうだ」
 アッザームがそう言うので俺はハッとする。
 そうだ、俺ができることってとりあえず配達の仕事だ。それは別にこの街だけではなく遠くまでいく場合だってあるわけだ。
 そうなった時、たぶん皆は付いてきてくれるのだろう。
 そう思えるくらいに俺は大事にしてもらっているのだと分かった。
「アッザムは俺が付いてきてっていったら付いてくるよね?」
「言われなくても行くよ。ハルが来るなって言ってもそれだけは聞けないから」
 アッザームがそう言って俺を抱き寄せてくれた。
 何かあんまり色々悩んでも仕方ないことなのかも。
 こっちにきて半年、この街にきて二週間。
 まだそこまで悩むこともないのかなと思えてちょっと気分が楽になった。
 まずはやりたいことを決めよう。
 聖女のことはこれからも調べるとしても、そこに縛られることなく俺は俺であろうと思えたのだった。


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