彼方より 026

レテカの街と俺の過去

 グノ王国から脱出をしてベルテ砂漠を越え、やっとセフネイア王国のレテカの街に到着をした。
 ここがイヴァンとレギオンの拠点で、大きな屋敷が彼らの家だった。
 そんなところに俺どころか、聖女の奴隷になってしまったアッザームが住むことになった。
 アッザームに至っては旅の途中で拾ったというか付いてきたので生活品がいろいろとない状態だ。
 なのでレテカの街を観光しながら最低限の荷物を揃える買い物に出かける。
 明るいところで見た家は、やはり薄汚れていたし、蔦が張って建物を虐めているのであれは取らないとなと俺は思う。
 道を歩きながらアッザームが俺に尋ねてきた。
「ハルは、あっちの世界に帰りたくないのか?」
 昨日、寝るときにアッザームには俺がなぜ異世界人なのに全然あちらに帰りたいと言わないのかという疑問に眠いからと言ってはぐらかしてしまって、答えてあげてなかったからだ。
 やっぱり気になるらしくそう聞かれてしまう。
 イヴァンが黙って俺がなんて答えるのか聞いているところを見ると、俺とアッザームの話はしっかり聞いていたみたい。
「あー……俺さ、養子だったんだよね」
「養子?」
「親が俺を養護施設に捨てたわけ。生まれたばかりだったから俺は覚えてないけど。そこから養父母に引き取られたんだけど、俺を引き取って五年後に実子が生まれてさ。同じ男の子。そりゃ実子が可愛いね。だから露骨に俺のことを構わなくなっていって、俺はその人達の祖父母の家に預けられたんだよ」
 その養父母の家には俺には居場所はなかった。
 彼らは俺を養護施設に戻すなんて話していたらしいけど、そうなると色々と問題がある。世間体ってやつだ。
 それを気にして俺を祖父母の家に預けた。
 そこは結構、露骨に俺を奴隷扱いしかしなかった。
 掃除洗濯はもちろん、買い物もさせられたけど、料理だけはさせてもらえなかった。 それは「毒を盛られたら困るから」という理由だった。
 けど、養父母は世間体を気にして俺にはそれなりにお金を使っていた。
 俺は祖父母にお金を取られるからと言う訴えをして、自分の貯金を持たせて貰い、そこに昼食代を振り込んで貰った。
 これなら祖父母にはバレないからだ。
 高校からは給食がないのでそうするしかなかったし、世間体のお陰で高校には通うことはできた。
 俺が高校を卒業したら、俺を働かせて給料を奪い取ろうと計画していたことは俺は偶然聞いて知っている。
 ここから抜け出さないといけないと思い、俺は密かにバイトをしていた。
 到底お金は足りなかったし、時間も迫っていた。
 そんな時に異世界召喚に巻き込まれてこちらの世界にきてしまった。
 そして俺は巻き込まれた者として放逐されたというわけ。
 俺としては奴隷なんて二の舞なので、グノ王国から逃げることを選んだというわけだ。
 なので俺が元の世界に戻りたいかというと、戻っても生活は苦しくなるし、今の状況ならこちらの世界の方が実は安定して暮らせているので戻りたいとは一度も思ってなかったりするんだよね。
 そういう話をすると、アッザームが何だか怒りに満ちているようだったんだけど、それを治めてホッとしたようだった。
「よかった。こちらにきて幸せであると思っているなら、戻らなくていいってことだよな?」
 イヴァンが俺に凄く真剣な顔で聞いてきたので俺は頷いた。
「こっちの世界に慣れちゃったからあっちに戻っても魔法も使えない世界では困るしなあ」
 俺がそう言うと魔法のない世界とはという話になってしまい、俺はあちらでは鉄の塊がエンジンを使い、液体の燃料を使って何百人も人を乗せて空を飛ぶと教えたら、凄く妙な顔をされた。
 魔法で制御したり、魔石を使う世界からすれば燃料は魔石なんだろうけど、イメージはあまり湧かないみたいで不思議そうな感じなんだろうな。
 それにこちらの世界の人みたいに丈夫ではないし、寿命も百年くらい、さらには六十歳くらいから老人の部類身動きができなくなると話したら驚愕されたな。
 こちらの世界の人族は二百年生きるから。それに歩けないほどの老人にはならないんだって。老人はそれなりにいるけど、老衰するという概念がない。
 足が悪くて歩けないとか、欠損して歩きにくいなどの理由がない限り、死ぬまでは人は普通に出歩くらしい。
 寝たきりなのは呪われているか、毒などの症状に苦しんでいる人くらいらしい。
 こっちの人、滅茶苦茶元気なんだな。
 俺はこっちにきて、人族の外見をしているけど、正確には人族ではなくて上位種の特殊族になる。寿命が長くて、老化も遅く、鬼人や獣人の平均寿命の八百年くらい長生き。
「そういえば、アッザームは人族なのか?」
 俺がそうアッザームに聞くとアッザームが言った。
「俺はジニ族だよ。ジニ族ってのは砂漠の神であるゾホニ・ヤーブの民なんだ。だから俺たちは千年は生きるよ。俺は今二百歳だからな」
「何げに一番年上とか」
 俺は笑ってしまった。
 イヴァンが九十歳で、レギオンが九十二歳だとは聞いているけれど、それ以上とか。
「ハルは?」
「え、俺は十八歳だけど?」
「ということは俺が最後までハルのことを見守れるってことか」
 アッザームがそう言うので俺はああそういうことかと思う。
 イヴァンたちは俺が八百年も生きたらたぶん、その寿命を全うしても俺より百年は早くいなくなってしまう計算だ。
 まあ、あと七百年先の話なんてどうなってるか分からないからな。
「七百年ごとか想像できないな。それまで皆で仲良く暮らせればそれでいいじゃないか」
 俺がそう言うとイヴァンは俺に抱きついてきた。
「先のことは気にするな、イヴァン」
 俺はそう言ってイヴァンを慰めてやった。
 俺の生い立ちは結構アレだけど、それでもこっちの世界で何だか上手くやれているから、問題はないし、神様に会わなかったのも使命とか運命とかを決められていないんだから好きに生きろってことなんだろうし、好きに生きることにした。


 十分ほどで付く道のりで立ち話をしていたせいで、家を出てから街まで三十分も立ってしまった。
「さくっと用事を済ませて観光だ」
 俺はそう言って、まずはイヴァンと冒険者組合に向かった。
 どうやらレギオンとは話が付いていたらしく、アッザームを炎炎組織に入れることにしたらしい。
「四人だと効率がいいからな」
 イヴァンがそう言うのでそういうことなのだろう。
 俺というお荷物がいる以上、一人は俺の側を離れられないのは今回の旅で経験したし、もう一人攻撃に回さないと大変そうだなとは思ったので、アッザームの加入は歓迎するところらしい。
 まあそれもこれも聖女の奴隷という称号がついてしまったからなんだけど。
 これは俺を絶対に裏切らないという証明だからな。
 この世界に聖女の称号を持つものは一人しか存在しない。
 ちなみに勇者は一人しか存在しないらしいけど、賢者とか回復師とか盾とか剣士はいっぱいいるらしい。剣士の先が剣聖なので、その剣聖は結構いるらしい。
 剣聖の上はないらしいんだけど、剣聖は称号として生まれながらの技能なので割と持っている人はいるんだとか。
 なので勇者召喚によって呼ばれた賢者は、称号は勇者と賢者ってことになるんだってさ。
 勇者召喚ってのはこの世界ではあんまり意味がないらしい。
 というのもこの世界にはとんでもない強さの剣聖が沢山いるので勇者の剣士も結局そのレベルにしかなれないんだとか。とは言っても神に技能を多めに貰えるから、ランダムで生まれて貰う技能よりはいいものを進んで貰えるからラッキーだなって感じ。
 でもこの世界で勇者召喚が全然行われてなかったのは禁忌なのではなくて、異世界人を呼んで下手に力を付けられたら国を乗っ取られるかもしれないという、一番危惧することが起こるかもしれないからなんだって。
 実際グノ王国は、勇者に裏切られてロドロン公国に寝返っちゃったしな。
 こういうこともあるので異世界人の勇者はあまり信用できないってことらしい。
 その他にも異世界人っていうのは結構いるんだって。
 この世界にいきなり落ちてきたみたいに湧いて、何の力もない一般人として普通に生きるんだとか。
 転生者もいるらしいけど、この転生者はあまり評判はよくなくて、異世界の記憶を持っている転生者が愚者であるとされているらしい。
 神様から転生時に何か能力を貰えるらしいんだけど、それを使って横柄になるからそう言われるようになったんだとか。なのでまず転生者が生まれたら酷いところだと殺すか捨てるんだってさ。
 怖いなこの世界。
 なので俺が向こうの世界で捨てられたと言った時、ちょっとイヴァンもアッザームも微妙な顔をしたのかもしれない。
 親に捨てられる=転生者=愚者、って感じのイメージはあるようだし、実際に会った転生者がそうだったのかもね。まあ、この話は置いておいて。
冒険者組合でアッザームの仮登録をお願いして、夕方には証明書を受け取れるらしいのでそれまで買い物に出かけた。
 ちなみにアッザームの冒険者階級は俺と同じ鉄級。砂漠の盗賊を狩ることを生業にしていたかららしい。
 結構高めなのは、盗賊討伐をする人は基本的に階級が上がりやすいかららしい。
 それでもアッザームは百五十年前に登録していて最近まで冒険者をしていてこの階級なのであんまりあがってない方らしい。
 でもアッザームは全然気にしてない。
「必要ないけど、素材を売るのには冒険者証明書が必要だったから」
 ということらしい。
 それを手に入れることで街で調味料とか村で足りないものを買えたらしい。
 そういえばアッザーム達のジニ族の村はどこにあるんだろうと思ったけど、俺はそれを知らない方がいいなと思って聞かないでいる。
 ほらアッザームには聖女の奴隷の称号がついているから俺が尋ねたら嫌でも答えなきゃいけなくなるからね。
 そこまでして知りたい情報ではないので知らない方がいいに決まってる。
 冒険者組合を飛び出して、やっと街の中を見て回った。
 カザの街よりも大きく、店も沢山あり、街もカザの街の二倍がある大きさの街。
 ウヤの街が閉鎖的な街なのでそのお陰で発展した街でもある。
 領主はとても考えが庶民的で一般の商売人はとても住みやすい街なんだそうだ。なので店は沢山あるし、問屋街もある。
 俺は日用品などを買える場所を見て回り、今欲しいモノを買い込んだ。
 アッザームの日用品を揃えながら、本格的に定住するので俺もそれまで欲しかったけど諦めていたクッションとかを買った。
 ベッドについては家具屋で見てみたけど、やっぱり四人も一緒に寝るような大きさのものはなかったので特注にすることにした。
 さすがに男四人で寝るとは言わなかったけどそれくらいに耐えられるように作って貰えることにした。
「全員で寝るのか?」
 アッザームがそう尋ねてきたので俺は言った。
「どうせそうなるから、早めにね」
「……まあそうだな……そうなるか」
 今は狭いからお互いに譲り合っているけれど、四人でセックスするんだし、どのみち大きなのが必要になるのは目に見えている。
 なので家具を特注するのでマットレスとかそういうのも特注しなきゃなので、家具屋の人に相談して布団を売っている店を紹介して貰い、防水の布団も特注した。
 大きな買い物だけど、それはイヴァンとアッザームがお金を出してくれた。
「俺らが割り込むから俺らが払う」
「俺は金の使い所が分からなくて溜め込んできたから余裕があるぞ」
 そう言われたので甘えることにした。
 まあ、追い出されてもその布団は置いて行くだろうし、古い方の布団もあるからいっかと思ったんだ。
 でも楽しいのでもしの話はずっと先にしたいものである。
 それからアッザームの簡易の防具と服を見に行った。
 案の定、黒の防具は目立ち過ぎていたのですぐに選んで貰って着替えた。
 焦げ茶色の皮の防具を選んだので、見栄えは凄く綺麗になった。
 アッザームは長い髪を外套にしまっている。
 紫の髪色はとても目立つので女性が凄く振り返ってみてくる。
 色黒であること以外はとても綺麗な顔立ちなのでイヴァンと並ぶと余計に目立つ。そこに小さい俺がいたら何だこれって感じで見られるんだよな。
 俺はその視線を無視してそのまま街を突っ切って買い物をしていく。
 家具などは元々付いているし、クローゼットはあるので買うのは小物ばかりだ。
 この世界にはちゃんと紙も普及しているし、本も沢山ある。
 印刷技術もあるみたいで製本もちゃんとしていて、一般人も本を読んでいるくらいにポピュラーなものらしい。
 なので俺も魔法の本を買ってみた。
 生活魔法の基礎の冊子は貰ったけど、あれだと各一個の魔法しかなかったのでもうちょっと知りたかったのだ。
 イヴァンが教えてくれると言うけれど、俺は俺で自分で覚えてできなかったら習う方がいいと思ったのでそう言ったら納得してくれた。
 俺は生活魔法は解放されているけれど、大きな魔法を使うことはできない。
 使えたとしても魔物討伐とかしないからあっても意味ないんだけどね!
 

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