彼方より 021

春が来た、カザの街

 春到来。カザの街に春が来た。
 昼間もちょっと寒いくらいだったカザの街では、コートを着ないでも外を歩くことができるようになった。
 でも夜は砂漠の影響でまだ寒いけれど、昼間の温かさが上がると住人達の洋服も華やかな物になってきた。
 俺はいつもと変わらない装備だけどな。
 今日はイヴァンが俺の装備を調えてくれた。
 いつも着ていた防具なんだけど、子供用だからそこまでちゃんとした防具ではないらしい。
 砂漠を渡るにはもうちょっと強度が足りないとかで結局新しいのを買うことになった。
 俺は四ヶ月もカザの街で仕事をしてきたので金貨で貯金も三百枚は貯まってるし、手持ちで百五十枚くらい持っている。
 金貨二百枚くらい四ヶ月で貯めた計算で、そりゃ俺も狙われるし、組織に勧誘もされるよなって感じ。ここまで稼げれば金寄越せと言われるし、組織には金脈みたいな扱いもされるわけだ。
 金の卵を生むなんたら~ってのは俺のことみたいだ。
 でもその金自体を全然当てにしないのがイヴァンとレギオンなんだよな。
 こいつらは二人で護衛などの仕事が多めだけど、金級組織だった時から結構信頼されてきたらしい。
 まあ、グノ王国は亜人には差別が多いので、護衛で何度か来た程度だったみたい。
 本当は冬の始まる前に砂漠を越える予定が、依頼者の都合でギリギリになり、二人はカザの地で足止めを食ったんだってさ。
 でも二人はそれはそれで良かったと言う。
 俺と出会えて分かり合えるまで一緒に暮らせたし、俺との生活が苦痛じゃないから組織に入れてもいいと思ったし、何なら絶対セフネイア王国の拠点にも住まわせるとなったからってことらしい。
 それは有り難いことなんだよね。
 この世界で、俺が信用できる人はいないからね。俺が異世界からきたことは城のやつらしか知らないけれど、あまり周りに知られない方がいいみたい。
 同郷のやつらは勇者一行ってことでロドロン公国との戦争に駆り出されているとか聞いたので、俺は早々に逃げ出せてよかったって思っているけれど。まあ噂ではあまり役には立っていないみたい。
 いくら力が強くても、技能があっても、所詮誰とも知らない異世界人が召喚された国の人を助けたいかと言われたら、ノーってことなんだよね。
 女の子たちは我が儘放題で兵士からは評判も悪いし、イケメンの健二君とやらは早々にロドロン公国の方に寝返っちゃったんだとか。
 終わったねえ、勇者がロドロン公国に寝返るとか相当な物よ。
 何したんだ王族たち。
 イケメン君と一緒にいた女の子達、彼女ですらなかったんかい! そして置いて逃げるとかイケメンとしてあるまじきなんだけど、それでも俺のことを気に掛けてくれて、慈悲(パンとお金)はくれたんで、よっぽどの事情があったんだろうなといいように解釈しておくよ。
 イケメン君が慈悲くれなかったらお金もなしだったかもしれないんだから、正直詰んでいたからね。
僅かなお金で俺も使い切らないように気を付けてきたけど、今は一般の住人よりはいい生活はできるお金は持っているので結果オーライ。
 あとは何事も無くこの国を出ることだけだ。
 そういうわけで砂漠用の防具をイヴァンに見繕って貰った。
 俺は革製の防具の方が動きやすいのでそれでお願いするけど、イヴァンは何故かカチカチの鉄製を進めてくるので余計に身動き取れなくて死ぬわと却下した。
 老婆の店で買った防具はちょっと手直しすれば普段使いで使えると防具屋のおじさんがいうのでそれは手直しして貰った。
 結局四ヶ月で俺は身長も伸びなかったし、体重も増えなかった。筋力だけは付いたけど、僅かなものでそれは歩いたりしていたから付いた筋肉だけ。
 俺には剣術や魔術などの技能が解放されることはないから戦闘には参加できないから、常に非戦闘員なんだよね。
 その俺でも身を守るために武器が必要だった。
 武器屋では短剣を買わされた。
「もしハルが死んだ方がマシだと思うような状況になっても死ねないよね?」
 そう恐ろしいことをイヴァンが言って、俺に短剣を買わせたのだよ。
 まあ、その死んだ方がマシな状況になったことはないけれど、例えば魔物の群れに襲われて食われながら死ぬとか、明らかに先に自分で命を絶った方が幸せな状況もあるだろうけれど、そう言って買わせるのはずるいよな。
 俺はまだそういう状況が理解できないわけよ。
 魔物自体まだ見てないしね。
 俺を襲う盗賊とか強盗系は沢山見たんだけども。
 短剣は脇差しみたいな細い剣、俺の買った帯革は剣帯用なのでそこにしっかりと収まった。もちろん剣帯用なので普通の長剣も付けられるんだけど、イヴァン曰く。
「抜けないでしょ?」
 ってことらしい。
 こちらの剣はこっちの人の身長に合わせている。
 なので剣の長さは眺め、更に腕が長くないと抜けないわけよ。
 俺だとちょっとギリギリ。
 なので俺が剣を欲しがったとしても特注をしなければならないみたい。
 子供用でもいいんだけど、それだと安物の剣しか見つからないからだって。
 子供が冒険者階級が低いときに森の浅いところで狩れる角兎と狼、コボルト、ゴブリンを倒せる程度だとか人を斬るには強度が足りなくて下手すれば一回人を斬ったら剣が折れるかもしれないってさ。
 もうね、なんていっていいのか分からないけど、俺の場合圧倒的に人を斬る場面にしか出会わないわけよ。
 魔物は収納された荷物を襲わないしな。
そういうわけで人を斬る用の子供用なんてないので、特注するしかないってこと。
 もちろん頼めばできるけど、今は時間オーバーってやつです。
 俺たちは明日にはテジラの街に戻って、そこでモルトさんの奥さんのご両親を引っ越しさせるんだよね。
 それが上手くいけば一週間もかからないので、カザの街に戻ってそこから三日後にご両親の様子を見てベルテ砂漠を渡ることになるんだ。
 テジラの街は雪解けして、街道にあった雪も排除し終わったらしいので、翌日には俺たちはテジラの街に向けて出発をした。
 トピの街で一泊、テジラの街に到着したと同時にモルトさんのご両親に会って、一緒についてきたモルトさんの従者さんたちとすぐに荷を収納した。
「あらら、全部持って行けるのね。素晴らしいわ」
 モルトさんの妻のご両親の家は元商売人の家らしく珍しいものが沢山あった。それらを置いていくか、若しくは売らなくてはならないことがずっとネックで引っ越しには賛同しなかったみたい。
 でも俺が収納に全部仕舞っていくと、ご両親の表情は明るくなっていく。
 そりゃ全部持って行けるとなれば、生活環境は変わるかもしれないけど、思い出の品は全部手元にある状態になるからね。
 テジラで一泊、それもご両親の家に泊めて貰って、翌日にはご両親の家の不動産を商業者組合に引き渡した。
 何でもこの家には百年くらい住んでいたらしく、思い出の多い家だったみたい。
「よし、セフネイア王国で新たに暮らすぞ!」
 元気のいいモルトさんの義父は馬車に乗って意気揚々としている。それに義母も喜んでいるみたいだ。
 ご両親とはいえ、全然年老いた老人風でもない二人なので旅は順調に済んだ。
 カザの街に戻ってきて、モルトさん親子は再会。
「おお、よくぞいい人を見つけたものだ、モルト」
「義父さん、義母さん、良かった」
 親子水入らずになるので俺たちは退散。
 三日後の出発前に一回話合いをすると約束して俺たちの家に戻った。
 三日後に家を出るので部屋を片付けているのだけど、結構あれこれ物が増えていたから、レギオンは自分の収納を大きくするために荷物を入れては出しを繰り返していた。
「結構入るけど、もうあと一つ広げたい」
 ってことらしいので、荷物は台所に溢れている。
 そんなレギオンを横目に俺とイヴァンはさっさと串肉屋の肉を食べている。
「これともお別れか」
 何だか残念だなと俺が言うと、イヴァンも同じように残念がっている。
「この旨さは、カザでしか再現できないって言ってたよ。何か熟成させるのに気候が関係してるとかでさ」
「そうなんだ?」
「でもあの肉屋の弟子がセフネイア王国のウヤやレテカの街にいるらしいから、そこでは食べられるな」
 そう言われて俺はなるほどと思ったと同時にイヴァンに聞いていた。
「そういえば、お前達の拠点ってセフネイア王国のどこなんだ?」
 俺は肝心なことを聞いていなかったなとイヴァンに聞くと、イヴァンは少し視線を落としてから言った。
「言って……」
「なかったな」
 イヴァンは事を早く進めるくせに肝心なことは言ってないことが多い。本人は言ったつもりでいるから堂々としてんだけどね。
 俺は俺で注意力散漫過ぎるから、肝心なことを聞いていないのを思い出すのも遅い。
 というわけで俺たちはダメな方向が一緒なので大事な内容が抜けていたりするわけだ。
 そこをいつもはレギオンが補ってくれているんだけど、そのレギオンも。
「そういや話してないな」
 と言った。
 組織に入る時の話でちょっともめ事が起きたからそれで多分全員がそのことが吹っ飛んでしまったんだと思う。
 それは仕方ないよな。
 そういうわけでセフネイア王国の地図をイヴァンが収納から出してきて大体の場所を教えてくれた。
 地図は大きな地図なのでセフネイア王国の大きな都市は載っている地図になる。
「俺たちの拠点は砂漠よりかな。ウヤの街から一つ内陸よりのレテカの街だ。ラヅーツの森とクムの森に行けるから魔物の討伐の依頼が多いんだ。後は砂漠を渡る依頼もあるし、王都のシラバークまでの護衛とかもあるから結構仕事が多いんだ」
 なるほど位置的にはちょうどいいらしいけど、たぶん王都に近付けば近付くだけ何だか面倒臭いことが多いのかもしれないなとちょっとだけ俺は思った。
 そう思って俺が見たものだからイヴァンが言った。
「確かに王都のシラバークもいいところだけど、王とか貴族とかいて滅茶苦茶偉そうに俺たちをこき使うから住むのはやめた方がいい。行くなら観光で三日程度で十分だ」
「なるほど……」
 どうやら何処の国の王族も面倒臭いのは変わりないらしい。
 セフネイア王国はとても豊かな国で、グノ王国はその豊かな大地が欲しくて狙っているらしいけど、その前に自分の国がなくなりそうではある。
 ロドロン公国が海から攻めてきているためだ。
「たぶんロドロン公国は北の大地を捨ててグノ王国全土を乗っ取るつもりなんだろうな」
 ロドロン公国は北にある国家だけれど、最近シリンガ帝国との戦争に敗走を続けているらしい。西の国境は越えられてしまい、ナルドセヨは陥落、レタイニルまで攻められ続けているようで、そこが陥落すると首都ルロアルまで街道で一直線だ。
 ロドロン公国はシグルス島の半分を失う戦争に負けてから敗走が続いているんだそうで、とうとう国を捨ててグノ王国を乗っ取る作戦に出たみたい。
 そうなると、それは時間の問題だ。
 そりゃグノ王国の国民は逃げるよね。
 ロドロン公国はグノ王国くらいに酷い国らしいし、亜人にはもっと厳しいらしい。
 その亜人の国であるシリンガ帝国によって国を滅ぼされているんだから、まあ因果応報ってところみたい。
 俺としては対消滅してくれればいいのにと思うところ。
 そうすれば立地的にグノ王国はセフネイア王国が統治する形になるだろうし、ロドロン公国はシリンガ帝国に統治されるだろうしな。
 そうなるとこの大陸には二つの国しか存在しなくなる。そうなったらもはや戦争の意味はなくなるよな。
まあ、俺たちはこのまま南に下って砂漠を渡り、セフネイア王国にいけばいいわけで、そうすれば戦争なんか見ないで済む。
 俺たちは次の日には家を引き払った。
 四ヶ月も住んだ家だったからちょっと手放すのは寂しかったけど、グノ王国とロドロン公国の戦争が落ち着いたらまた来ることもできるのでそこまで悲観しなくてもいいかと思った。
 その時には違う国になっているかもしれないけれども。
「じゃ行こうか」
 俺たちはそう言い合って家を出たのだった。


 それからモルトさんに会い、倉庫にあるモルト商会の荷物が俺の収納に入るのかどうかを試した。
 もちろんモルトさんの両親の引っ越し荷物を入れたままでね。
 倉庫は二つに荷が沢山入ってるし、店の品もある。
 俺の収納が何処まで耐えられるのかは分からないけど、倉庫一個分でも余裕だった時から更にこの時のためにモルトさんにも協力してもらって荷を何度か入れて見たりしていた。
 そのお陰で収納のレベルは上がって大収納になってるんだけど、そこまでは人に言わないでいいってことで、普通の収納の振りを続けている。
 ほら俺が大収納を持っていると知られたらまた俺が狙われるしね。
「……入りましたね……」
 モルトさんが倉庫二個分の荷物を俺がすんなり入れてしまったから呆れたような顔をしている。
「み、店の荷物も入れて見ましょう……」
「そ、そうですね……これが全部入ったら、一回の移動で済みますね」
 ははっと笑いながら店まで歩いていった。
 モルトさんの店は昨日まで閉店セールをしていたので荷物はかなり減っている。それでも残っている商品を入れてしまうと乾いた笑いしか起きなかった。
「凄いですね、本当に。あなたのお陰で私たちは一家揃って移住ができます」
 モルトさんは既に泣きそうな顔をしているけれど、旅はこれからですよ!
 モルトさんはセフネイア王国に既に大きな屋敷を持っているとかで、そこに全員が住めるらしい。
 そして拠点は偶然にもレテカの街なんだそうだ。
「ハルさんたちも拠点はレテカなんですか?」
「そうなんですよ」
「それはとても嬉しいです。王都への荷の仕事が頼めそうですね!」
 モルトさんは嬉しそうにそう言っている。
 何ならシリンガ帝国にも買い出しに行ける仕事もお願いできるかもとか、俺を輸送のための装置として使おうという気満々でちょっと笑ってしまった。
 まあそうなると俺の仕事はモルトさんの仕事を手伝うことが大半になってしまうけれど、それはそれでいいかもね。
 そして明日にはとうとうベルテ砂漠を渡る旅に出る。
 俺はというと、モルトさんの荷物を全部持っていることになったので、早々にお高い宿に監禁された。
 イヴァンとレギオンはそのために俺の護衛として雇われている。
 組織として雇われているのにおかしな話であるが、こうしないと俺が人に攫われたらモルトさんの人生が終わるので仕方ないことだ。
 カザの街最後の宿はとてもいい宿でした。


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