彼方より
019
仕事先でのトラブル
その日のうちにと、イヴァンに連れられて冒険者組合に飛び込み、俺はイヴァン達の組織に入ることになった。
「ところで、お前達の組織はなんて名前なんだ?」
俺がそう聞くとイヴァンが一人で頭を抱えている。
「言ったことなかったっけ?」
「ないな」
俺がそう答えるとイヴァンはまた頭を抱えてから言った。
「俺たちの組織は、炎炎(えんえん)だ」
「炎炎か……そうか」
中二病的なあれか。
俺たちは止められないぜみたいなそんな若い時に付けたような名前だな。
俺がそんなことを思っているとイヴァンが言った。
「言っておくがドラゴンが吐くドラゴンブレスのことを炎炎と言うんだ」
そうイヴァンが釈明してくるのでどうやら若い時に双方が中二病的な流れで付けてしまったのは確定してしまった。
「別に何も思ってない」
「いや顔が笑ってる。そうだよ若気の至りだよ」
イヴァンがそう言うのだけど、よくよく考えたら俺もそれをこれから名乗らなきゃいけないんだから人のことを笑っている場合じゃないな。
「ちなみに途中で組織名を変えるのはあまり進められない。功績が広がっている場合は特に、国や冒険者組織や一般人などが依頼などをする時に指名ができなくなるから」
そう言われてしまい先手を打たれてしまった。
「そうか新加入があれば、その意見も尊重されるのかと思ったんだが」
俺がそう言うとその場合は、イヴァンとレギオンが組織を一旦解散をしてからでないと名前は変えられないんだそうだ。
残念だ。もっと落ち着いた名前にしたかったな。
俺はそう思ったが仕方ない。
知名度を捨てるのはなかなか勇気が要ることである。
でもその後にもっと中二病的な、火の鳥フェニックスだの、月のフェンリルだのもっと具体的な組織名を耳にすることが増えて、まだこっちはマシだと思うことになるんだけどな!
「こちらで登録完了となりますが、組織証明書は夕方の発行になります」
さすがにすぐにはできないので夕方に受け取りに来ることにして、俺は仮登録書を持って俺のいつもの依頼を確認した。
配達の依頼はそろそろ冬が明けるので春用の店の品に変わり始めているため、ちょっと増えている。
一日に三回も倉庫に歩いて行く羽目になっているほど。
今日も依頼があるのでそれを受ける。
イヴァンがちょうどいるし、そのまま宿に荷を受け取りに行くと、依頼人がニコリと笑って立っていた。
顔は普通、愛嬌だけはありそうな大男。たぶん盾持ちだろうなとは分かった程度。
「やあ、あんたがハルって言う収納持ちの冒険者か。さっそくだが、俺たちの組織に入らないか。あんたが独りで活動していることは確認済みだ」
そう言われてしまい、俺は冷静に返していた。
「残念だな、その情報は古い。俺は既に組織に入ってるから、あんたのところに入るのはない」
俺がそう言うと嘘だろうと言われてしまった。
なので俺は仮登録書であるが証明書を見せた。
「今朝、入ったばかりだが、ちゃんと仮登録書も持ってる。というわけで仕事の依頼じゃないなら帰るぞ」
俺がそう言うとその依頼人が俺の手を掴んだのだ。
「おい」
「仮登録ってことはまだ本登録してないってことだろう。だったら俺らに乗り替えようぜ」
なんて言うから、こいつら本当に碌でもないやつらだ。
自分たちのためなら俺が乗り替えると思ってる。
どんだけ頭がめでたいんだ?
でも俺が断るよりも先にイヴァンの手が俺を掴んでいる男の腕を掴んでいた。
「離せ……」
イヴァンはそう言って男の腕を掴んでいる手に力を込めた。
「は? あんた誰だ……ぐっ」
「ハルから手を離せ、離さないと折るぞ」
イヴァンがそう言って手に力を込めていくから、骨が軋む音がなった。
「……いてえっは、離したからっ!」
男がやっと俺から手を離してくれたので俺は自由になってイヴァンの後ろに隠れた。
もしこういう時があればそうするようにイヴァンに言われていたんだよね。
俺は何も言わないでイヴァンが護衛として処理するのが一番もめ事が起きないって。
でも本当に依頼にかこつけて俺を勧誘してくるとは思わなかったな。
まさか違う街から移動してきたばかりで、俺にイヴァンが常についていることを知らない輩かもしれない。
「……くそっなんだよ…っ!」
「お前達は依頼書に嘘を書いたな。強引に勧誘するために冒険者組合を利用した事実はしっかりと報告させてもらう」
イヴァンがそう言うのだけど、相手はへっと笑って言った。
「俺たちは金級の組織だぞ、そっちの戯れ言など組合が聞くわけないだろうが」
そう言われてしまった。
どうやら冒険者組合がこういう奴らの手先になっていると白状してくれたようだ。
俺はそれを冒険者証明書の録音機能で録音していた。
冒険者証明書には色んな機能が付いているんだけど、簡易の録音機能とかもついているんだって。
例えばこういう嘘の依頼で人を騙すような依頼人もいないこともないわけで、そうなると騙した騙してないと言い合いになるのは今の通りなわけで、それで録音をしておいて後で冒険者組合で声紋も調べられるんだってさ。
魔導具で声紋とか簡易なもので調べられるんだっていうのは割と最近知ったんだけどね。
「この街でそれが通用するのか試してみようか?」
イヴァンがそう言って男の手を離した。
俺たちはそのまま依頼が嘘の依頼であることを冒険者組合に報告することになった。
「依頼者は、跳ねるペガサス、金級の人たちですね。困りましたね。嘘の依頼の時点でかなりの違反なのに目的が強引な勧誘の上、暴力を振るうだなんて……」
冒険者組合の受付でそう報告すると同時に、音声も渡しておいた。
さすがにどうかと俺も思うんだけど、隣の受付の人が言った。
「それくらいで一々報告しないでくださいよ。こっちだって忙しいんだし、金級の人たちの勘違いかもしれないじゃないですか」
何だか急に口を挟んできた組合員がそう言い出して俺たちは顔を見合わせた。
「補助程度の人の言うことなんて、信じられるわけないわ」
更にそう言うので俺は音声を流してやった。
『仮登録ってことはまだ本登録してないってことだろう。だったら俺らに乗り替えようぜ』
『俺たちは金級の組織だぞ、そっちの戯れ言など組合が聞くわけないだろうが』
こんなやり取りが録音されているからさ、その言い訳通用しないんだけどな。
そう俺が思ったので大きな音で流してやったら、さすがに周りの受付や後ろで作業をしていた人たちにも聞こえてしまった。
「ちょっと、それ脅迫じゃないですか!」
いきなり受付の後ろで作業をしていた総括らしい人が席を立ってこっちにやってきた。
「すみません、受付が大変失礼を致しました。こちらの個室の方へお願いします」
丁寧に謝られてから個室に移動をした。
もちろんさっき急に口挟んできた受付の人も連れてだ。
で、個室で話を聞こうとするとその受付の人が何だかとっても偉そうに色々口走るわけ。
「こんな低階級の冒険者の言うことを信じるなんて!」
「こんなの偽装に決まっている!」
「金級の人は嵌められたんだわ!」
と、まあなんだ、この人がきっとあいつらの依頼を通して、俺のことを嵌めた人なんだなって思うくらいに喋ってくれたんだよね。
もちろんそれは総括の人も最後まで聞いてくれたんだけど、さすがに最後にはだまり始めたので総括の人が話し始めた。
「まず、この依頼はあなたが受付をしましたね」
そう言って受付の子に確認を取る。もちろん書類にはその子の名前で受付たことは報告書として残っているのでただの確認だ。
「……はい。だけど」
「言い訳はもう十分でしょう?」
ぴしゃりと言われて受付の子は黙った。
「金級の方であろうとも嘘の依頼で冒険者組合を混乱させた事実は覆りません」
そう言うからその通りだなと俺は思った。
「音声に関しましても、誤作動で受付で流れましたが、声紋は採れるので彼らがこれを言った事実は覆りません」
「……そんな」
「これから冒険者証明書の調査をしますが、何も問題がなければ……」
そう総括がそう言い出したところでイヴァンが言った。
「俺の方の証明書も調べてくれて構わない。同じ音声が取れている」
そう言ってイヴァンが自分の冒険者証明書を取り出した。
その証明書は金の証明書で、一緒に出した組織証明書は白金である。
「……白金? うそっなんで」
受付の子が驚いている。
どうやらこの子が休みの日にイヴァン達は個人では金級、組織としては白金級に上がったらしくて、この子はイヴァンの顔を知らなかったらしいんだよね。
まあ見事にガクガクと震え始めて、自分が言った金級組織の言うことの方が正しいという発言が、正に今、白金級の組織の言う告発が信じられませんと難癖付けましたという状況なので、まあ同じ立場なら俺でも震えるかな。
しかしこの子は喋りすぎて自滅してる気がするけれども。
俺はそう思っていたけれど、冒険者組合としてはきちんと調べて情報を確定させる作業はしてくれた。
一時間ほど待たされたけれども俺たちの言い分は通った。
受付の子はすっかり大人しくなって他の部屋に連れて行かれていたけれど、裏で金級の冒険者組織と良からぬことをやっていた疑惑が残っているので、その子の扱ったものを全部調べることになってしまったようだ。
もちろん審査会みたいなのが作られて、これから春に向かって忙しくなるときに面倒ごとをというような感じだったけども、俺たちは証明書を返して貰って一旦帰宅となった。
ついでに本登録の組織証明書も貰ってきた。
やっと一息吐いて組合の外に出る。
「ハル、腕の方、赤くなってる」
イヴァンにそう言われて見ると確かに握られたところが赤くなっていた。
「結構強く握られていたんだな、でもイヴァン、ありがとう助かったよ」
俺がそう言ってイヴァンにお礼を言ってなかったのを思い出してそう言うと、イヴァンは俺の顔を見て俺の肩に顔を埋めてしまった。
「どうした?」
「ハルに怪我をさせた」
「赤くなっただけだ」
「でも証拠を掴むために俺がちょっと泳がせたせいだ」
イヴァンはそう言うので、俺はちょっと驚いた。
「そうか。これで相手が暴力を振るおうとした証拠になったし、構わないよ。三日くらいで消えるだろうから」
俺は気にしないと言ったんだけど、イヴァンはそういうところを気にする性格なんだよな。
「イヴァン、お前のしたことは大事なことだ。間違っていないから気にするな」
そう言うと、イヴァンはそれで拗ねていたけど俺はイヴァンの耳にキスをしてやった。
そうしたらちょっと真っ赤な顔をしてびっくりしたイヴァンが俺を見下ろしていたからちょっと俺は笑ってしまった。
イヴァンは本当に可愛いな。
イケメンで可愛いとかお前は本当に勿体ないくらいの男だよ。
俺はそう思ってイヴァンの手を取って歩き始めた。
結局それでイヴァンの機嫌はよくなって、家まで手を繋ぎ続けて帰った。
でもね、それだけでは済まなかったんだよね。
家に帰ってイヴァンはさっそくレギオンに今日の出来事を報告したら、レギオンの顔がこの世の悪魔かよと思うくらいに怖い顔に変わってしまったんだ。
「れ、レギオン?」
「これが、お前に付けられた傷か」
そう言われて赤く腫れている腕を取られてしまった。
「だ、大丈夫だし、三日くらいで消えるってば」
俺は何だか嫌な予感がしてそう言うけれど、次の瞬間レギオンが言ったのだ。
「ちょっと出かけてくるわ」
そう言った瞬間、俺は全力で止めたね!
もう何かする気満々で出かけようとしたら嫌な予感どころじゃないよね!
「待て待て!」
そう言って止めようとしたけど、それをイヴァンが邪魔をする。
「ハル……ダメだよ」
そう言われてイヴァンに羽交い締めにされている間に俺の手を擦り抜けてレギオンが出かけてしまった。
「わあああ、ダメだって! あいつ人を殺しそうじゃないか!」
俺がそう言うとイヴァンは俺を押さえつけたままで言うのだ。
「大丈夫だって、再起不能にはしても殺しはしないって」
「するんじゃん、再起不能にはするんじゃん!」
俺が必死に止めたんだけど、全然効果なくて、レギオンはその日朝まで戻ってこなかったんだよね。
俺は俺でさすがに心配になってレギオンを探しに行こうとしたんだけど、イヴァンが俺をベッドに縛り付けるようにして襲ってきて、俺は俺でまた大変な目にあったわけよ。
あいつ、俺が気絶するまで攻め立てて、身動きが取れないようにしやがった。
それでそんな俺のことを帰ってきたレギオンに話すもんだから、レギオンはそれで寝ている俺を平気で起こして抱いてきた。
もう俺は冒険者組合からの呼出しがある二日後まで身動きが取れなくなってしまったのだった。
二日後には冒険者組合の調査も終わって、俺たちの言い分が綺麗に通った。
受付の子と跳ねるペガサスの奴らは、ずっと組んで依頼者を騙して組織に勧誘したり、脱退させるときはバレたら困るからって森の中で殺して魔物に襲われたことにしたりしてたんだってさ。
本当に怖いことするよな。
あと依頼を達成してないのに達成した依頼達成書を奪い取ったり、魔物を討伐してないのに討伐した証明のための部位を受付の子が組合から盗んで持ち出したりと、結構遣りたい放題やってたみたい。
それで受付の子はノタの冒険者組合に疑われてしまったらしくて、最近になってカザの冒険者組合に逃げてきたんだってさ。
道理でイヴァンのことは知らないし、俺のことをただの補助って言ったりしておかしなことを言う人だったなと思ったけど納得だよ。
「ハルのことを知らないカザの冒険者組合員はいないのにな」
そうイヴァンが言う通り、俺は収納を使った配達の依頼だけで今度鉄級に階級が上がるような珍しい冒険者だぞ?
それをただの補助だって言ったからね。
そう言うわけで組合からはその謝罪と、俺の貢献度から鉄級への階級を早急に上げることになった。
何でも俺の貢献度が大きいのを過小評価してるって商人たちから抗議が入ったんだって。商業者組合としても俺の貢献度は大きいからどうにかしろってさ。
錫級の仕事量ではないってことらしい。
鉄級といえば、ABCでいえばC級くらいになる。
俺の貢献度ってかなり高いんだな。それは有り難いことだけど。
そういうわけでカザの地で俺は鉄級に階級を上げることができたのだ。
なんだかんだ言っても、金級の二人に見劣りしないような階級になれたのは嬉しいね。
補助だけで鉄級になれたのは凄いことなんだって、冒険者組合では恐らく補助だけの依頼で鉄級に上がれたのは俺が二人目か、三人目くらいだってさ。
そういう例外がいることで俺の階級まで単位が上がったのだった。
感想
favorite
いいね
ありがとうございます!
選択式
萌えた!
面白かった
好き!
良かった
楽しかった!
送信
メッセージは
文字まで、同一IPアドレスからの送信は一日
回まで
ありがとうございます!