彼方より 017

この世界での初めて人が死ぬことの意味を知る

 昨日の夜のイヴァンとレギオンの会話。
 俺には聞こえていない話のはずだから、俺の次の日からの態度ももちろん変わらない。 イヴァンと仕事に出て、俺は俺で配達の依頼を冒険者組合で受けて、日銭を稼ぐ生活なのは変わらない。
 その間もレギオンは一人で依頼を受けて、ノタの街まで魔物の討伐依頼を受けに行っている。
 他の冒険者組織とかに臨時で混ざって討伐依頼を受けるのは普通によくやっていた方法らしい。
「ふーん、組織を組んでいるからってずっと一緒に討伐すんじゃないんだ?」
 俺はそれが不思議でそう尋ねると、イヴァンはニコリとして言った。
「俺もレギオンも休憩する街にくると好き勝手にするよ。俺は俺でハルの側にいたいから、こうやっている。でもお金が必要になったら、俺とレギオンが入れ替わって俺が討伐依頼を受けに行くけれど、大丈夫、ハルは一人にしないからね」
 そう言われて俺はちょっと驚きながらも頷く。
「そ、そうか。有り難いけど」
 護衛がいることで依頼の仕事がちょっと信用され始めたんだよね。
 イヴァンもレギオンも金級の冒険者で、二人が組んでいる組織は白金級の組織になっている。この間、モルトさんの仕事を受けて成功したら金級になると言っていたなと俺は思い出した。
 どうやら問題なく金級に上がれたようで、その金級が二人もいる組織は白金級という扱いになるらしい。そんな二人でも今の時期の仕事は魔物退治しかない。
 金級の護衛が付いている収納持ちの配達となると、信頼が一気に上がる。
 しかも護衛は勝手に付いてきているだけで、依頼料には関係がないとくると、依頼がぐっと増えた。
 俺は二ヶ月間もそうだけど、かなりの数を受けたのでカザの街ではちょっと名の知れた、知る人ぞ知る配達人になっていた。
 あんまり目立ちたくはないけれど、それでも小さな依頼も受けるから余計に評判が広がってしまったみたいだ。
 大きな依頼ばかり受けていたら目立つと思ってやったことが裏目に出てしまったのは誤算だったな。
 まあでも俺は今年しかここにはいないので、ちょっとばかり有名になってもここは仕方ないと諦めるしかない。
 それで俺は鉛級から階級が上がり、錫級になった。
 俺は補助の仕事をメインにしているから、組織を組んだりしなくても、組織としての仕事じゃなくても、まあ鉄級までは上がるらしい。
 そこから先になると収納だけでは何処かの組織とかに入って、色んな依頼に付いていかないといけないみたい。
 俺はそこまで上げる必要はないと思っているので上げても鉄級まででいいやと思っている。
 なのでここで銅級まで上げたいなと思っていた。
 それにイヴァンが付き合ってくれたお陰で、俺は指名依頼を受けられるようになった。「補助の仕事の場合は、指名依頼が階級が低くでも大丈夫なんですよ」
 どうやら俺の収納の容量が大きいのと、錫級に階級があがったので指名が受けられるようになったんだって。
 なのでちょっと大きめの商会からの依頼も入るようになって、俺の点数はどんどん溜まっていく。
 三ヶ月もこの街にいれば俺は結構顔見知りも増えた。
 お店の亭主とか主人とかとは顔見知りになったし、いつも行く露店では知らない人はいないくらいになった。
 俺が色々と食に興味を持ってあれこれ珍しい物を買うからなんだけど、例えば米とかはグノ王国でも地方でしか採れないんだけど、食べる人はあまりいないとかで余ってるらしいものを俺は大量に買い込んだからね。
 味噌とか醤油も売ってるけど、買ってるのは俺くらいだったりする。
 俺が料理をあれこれできるんじゃなくて、レギオンが料理が得意なので俺がお願いしてこういうのを作って欲しいと頼んで作って貰っている。
 興味がなかった料理だけど、俺の高校では家庭科があって男でも料理するようにって週一の授業があって作り方だけは俺は覚えていたものが多い。
 材料も覚えているけれど、作ったりはしなかっただけなのでそこは料理が得意な人に教えてみたら再現ができるってこと。
 さすがに手際の悪い俺では微妙な感じに仕上がるけれど、足りないものもあるのでそこはアレンジしてくれるレギオンの腕前でどうにかなってる感じ。
 それを俺はすぐに収納に入れて保存したりしている。
 イヴァンとレギオンの収納は時間経過がまだ停止が付いていないので食べ物を入れたら冷めるし、劣化もして腐る。なので二人は狩りに行く依頼の時に自分の荷物や、持って返る肉を入れたりしているようだ。
 そうすることで収納の容量がだんだんとレベルが上がって増えているみたいで、それが楽しいようだ。
 なので劣化しても問題がない荷物は買い物際でも二人は積極的に収納を使っている。
 今じゃ倍くらいに収納も大きくなって、一人分の余裕のある旅の荷物と狩った魔物の遺体や素材も収納できるからかなり役に立っているみたい。
 なんで俺を抱えて歩いただけの二人に収納が解放されたのかは分からないけれど、俺に特別な力があるわけではないはずなんだけどね。
 だって技能とかに技能解放とかないしな。
「ハル」
「あ、ごめん、ぼーっとしていた」
 ちょっと考え事をしていたのでハッとしてイヴァンを見た。
「うん、ちょっと疲れた?」
「そりゃまあ」
 歩くだけの仕事になっているけれど、こっちの世界に来てからセックスばっかりと仕事で歩いてばかりを続けていたら、向こうの世界にいる時よりも運動をしているようで、ちょっと体つきが筋肉がついていい感じになった。
 それでちょっと疲れにくい体になったので今疲れたわけではない。
 あれよ、セックスが結局負担になってるんだってば!!
 朝一では起きられないし、気絶するまでやられたら体もそりゃねっていう。
 でもイヴァンはその辺は押さえる気が無いというか、俺の忍耐力を試している節があって、俺はこれをどうするかでちょっと迷っているわけよ。
 でも体力が付いたことで依頼は受けられるし、歩くことで逆に疲れを解放できているようで、俺は依頼を積極的に受けることにしている。
 今日は既に四つの依頼を受けて完遂している。
 まだ昼を回ったところでここまでできれば今日の個人的なノルマは終わったも同然。
 でも明日も仕事ができるとは限らないので、受けられる時に受けて依頼が焦げ付かないようにしている。
「倉庫行きの依頼は一気に終わらせるか」
「それがいいね。奥から順に受け取りにいけば、三つの依頼が同時に終わるね」
 イヴァンもそれに同意してくれて、三つの依頼を平行して行った。
 もちろん依頼した人には説明をして理解してもらった。
 店の主人達は説明を聞いて納得してくれた。
 なので俺が三人のおっさん主人たちを引き連れて歩くことになったけど、三人の主人たちは楽しそうにお互いの店のことを紹介したりして盛り上がっている。
 何だか楽しそうなので俺はこれはこれでいっかと黙々と歩いた。
 倉庫に着いたら倉庫の警備をしているガラムに案内して貰って、順番に荷を入れていく。そして全部を入れ終えたら依頼達成証明書を貰った。
 主人達は楽しそうに帰り道も話が盛り上がっているようで、俺は倉庫の入り口で別れた。
「何だか楽しそうでよかったな」
「そうだね、意外にああいう会わない人たちって会話することもないのかもね」
 店が近くても職種が違ったら話す内容もないと思って話さないのかもしれない。
「さて、今日の依頼はこんなもんだな」
 俺はそう言って冒険者組合に向かって歩き始めた。
 すると倉庫街の近くには管理されていない倉庫などがあるんだけど、そこからごろつきが出てきた。
「おい、金を出せ」
「殺されたくなかったらな」
 そう言われて俺たちは囲まれてしまったんだけど、最近流れてきた冒険者崩れの人が俺の羽振りの良さを知ってこうやって襲ってくるようになった。
 なので俺は依頼を一人で熟すことが尚更難しくなってきてしまった。
 カザの街も安全なところは安全だけど、こういう街外れになるとこういう輩が潜んでいて危ないことには変わりはない。
 俺一人なら俺ももっと焦るんだけど、イヴァンがいると俺も段々となれてきてしまったところがある。
「死んでも文句を言うなよ」
 イヴァンはそう言って剣を抜いた。
 それにごろつき達も襲いかかってくる。
 こういう時は俺が最後の景品なので、ごろつきに真っ先に狙われることはない。
 イヴァンを倒さないと俺は手に入らないので、ごろつき達は一気にイヴァンに襲いかかるんだけど、イヴァンはもの凄く強かった。
 剣の腕前がそれはもう素晴らしいのだ。
 そういや剣聖って称号持ちだったよなと思い出した。
 どんどんごろつき達が斬られてしまい再起不能なほどになっていく。
 腕が切り落とされたり、中には斬られて絶命しているものもいる。
 イヴァンは残酷なほどにどちらかを選んでいるようだった。
 恐らく鑑定を使ってどうするか決めているんだろうけど、腕を切り落とされてしまった人は盗賊暦が浅い人。斬られて絶命している人は既に人を殺めている人。
 そういう分け方をしている。
 人殺しの人は何年もそういうことをしてきたから、捕まえても今更改心しないし、犯罪者として一番辛い炭鉱送りにしても逃げ出してしまうかもしれない。
 それなら新たな被害者を出さないために、斬って捨てた方がいいとイヴァンは思っているんだろうな。
 俺はそういうのを見て、もちろん気持ち悪くなってるわけだけども!
 俺はこれまで人の腕が切り落とされたり、絶命して死んでいく人を見たことがない!!
 つか、人ってこんなに簡単に死ぬんだなと、毎回見せつけられるんだけど、俺はもう怖くて動けないわけよ!
 逃げるとかそういう行動もできないくらいにビビってんの!
 怖いに決まってるじゃん!!
「逃げろ!」
 十人ほどイヴァンが斬ってしまうと、そのイヴァンに一筋も傷を入れられないことに気付いてごろつき達が引き下がっていった。
 深追いはしない。
 そこに倉庫の警備をしていたガラムが魔法無線で兵士を呼んでくれていた。
「また君たちか」
 兵士が俺たちを見ると毎回そう言うようになっている。
「君たちにはこの街のごろつき全部を投獄できそうなくらいだな」
「はあ……」
 最近、カモになってる俺がネギを背負って踊り出しているように見えるらしく、ごろつき達の犯罪が俺に集中しているんだとか。
 けど、イヴァンやレギオンに返り討ちに会い続けているからか、ごろつきの数が減ってるらしい。
 それで他の商人などが襲われることがめっきり減って、ほぼゼロだったりするんだってさ。
 俺はGホイホイか何かかな?
 今回も十人中、二人以外が死んでいるし、その二人は腕がないし、このまま事情を聞かれて縛り首になるらしい。
 仲間の居所を喋ったりすれば、国営の農場地での肉体労働が待っているらしいけど、それって死ぬより辛いらしい。この冬の時期に雪かきとかしなきゃいけない重労働もあるらしい。もちろん奴隷として奴隷の首輪なんかされるらしいので逃げ出せない。
 炭坑夫の犯罪者が逃げ出せるのは時々起こる落盤とかで、それを束ねている兵士が死んだりして一時的に奴隷解放になってしまう現象で逃げられることがあるとかみたい。
「お前らがこうやってごろつきどもをやってくれるから、俺の倉庫警備が楽になっちまったよ」
 通報してくれたガラムに礼を言うと、ガラムはそう言って笑っている。
 絶対倉庫に忍び込む方が死ななくて済むと思うんだけどな。
 俺ってそこまでチョロいと思われているのか……ショックだ。
 とはいえ、俺には剣士も魔法使いも技能は一個も発動していない。
 聖女の称号を貰っているけど、レベルが十にもなってない状態ではほぼほぼ聖女の浄化とかも使えないも同然だ。
 しかも増えたのが減ったしな!
 減った時のナビゲーションがないのでなんで減ったのか分からねえのがな!
「ハル、大丈夫か?」
 イヴァンが簡単な取調べを受けてから俺に声を掛けてきた。
「ああ大丈夫だよ」
 俺はそう言うけどイヴァンは俺の頬を撫でてきた。
「顔色が青いよ、やっぱり怖いよな」
「……うん」
 人が殺されるところを見なければいいけど、俺に関わりがあるのだから俺はそれを見なければならないと思っている。
 俺を襲って斬られて死ぬ人はこれからも出てくるし、俺がそれから目を反らしてはいけないのだ。
 これがここでの現実で、ここでの日常だ。
 俺はこれに慣れていかなければならない。その上でその人達を可哀想と思って同情をしてはいけないと心に刻み込むんだ。
 俺が生きるためにこの人達は死んだのだ。
 俺がそれから目を背けることは俺が死ぬことを意味している。
 この世界は弱肉強食。
 俺はイヴァンやレギオンに生かされている存在である。
 その自覚は絶対に捨ててはいけないものなのだ。


感想



選択式


メッセージは文字まで、同一IPアドレスからの送信は一日回まで